●リプレイ本文
「いやあ、あるところにはあるんですね、お金って」
立食パーティのような和やかな雰囲気の庭を、今日もすっかりガスマスクの無機質な双眸でふわーと見渡した毒島 風海(
gc4644)は、今日もすっかりツインテールの友人、緋本 かざね(
gc4670)を振り返り、言う。「これもう、絵に描いたような金持ちじゃないですか。妬ましさのあまり、踊りながら火を放ちそうですよ」
なんて思い切りさらっと言ってくれてますけど、確実に重罪ですよね、と緋本 せりな(
gc5344)は姉の隣の風海を思わず、見る。けれど最早もう、のっけから全然聞いてなかったらしい姉かざねは、「なるほど。揃いましたね。七色のグラス」としかつめらしく顎に手をやり、それからふっふーん、とか不敵に微笑んだかと思うと、ばっと腰に手を当てた。「しかし忘れてはなりません。全部揃ったのは私の力があってこそですよ! なにせ赤、青、菫っと、3つのグラスを探しましたからね! 私の知略がなければ難しかったでしょう!」
と、わりと興奮した面持ちのかざねを、ガスマスクの双眸がじっと見つめる。やがて、「なるほど。そうですか」とか何か言いながら、離れて行った。
「あれ、何だろうこの残念な空気」
「大丈夫大丈夫、姉さんは間違ってないよ」
するとせりなが、子供をあやすように口を挟んだ。「姉さんは凄いよ」
「とりあえず、お金持ちさんは、個人的になにかお礼をするべきですよ。お金持ちなんですから」
「うんそうだよね、さらっと厚かましいけどね、そんな所が可愛いよ、姉さん」
「それにしても、なーんか、いかにもってかんじのお金持ち施設ですよね。もっといい感じの新しいトコがよかったのになあ」
「確かに。いかにもって感じの館だね。ちょっとドイツにある家の屋敷にも近いかな?」
「ここで一体何が起きるんですかねェ」
風海の呟きには、せりながさあ、と小首を傾げる。「私も何度かグラス探しに行ったけど、なんだか仕組まれてた感があったりしたんだよなぁ。結局集めてきたやつはあそこに並んでるけどさ。何も起こってないじゃないか。ただの金持ちの道楽なんじゃないの。取りあえず姉さんが楽しそうだから特に文句言うつもりもないけどね。だいたい、やっぱり古文書とか胡散臭かったよね」
「胡散臭いのではない。あれは男の浪漫だよ。分からん奴らだな」
そこで突然、渋い男の声が乱入してきた、と思ったら、國盛(
gc4513)だった。「それに何らかの何かをしたら、そこで初めて何かが起こる、というものかもしれん。うむ。やはりこれは、浪漫だ。男の浪漫だよ」
隣には、若干申し訳なさそうな顔をしたLetia Bar(
ga6313)が立っていて、「ね、ねぇ‥‥私、ほんとに来て良かったのかなぁ」とか何か言いながら、逞しい腕を組んでいる國盛を見上げている。
「大丈夫だ。関わった俺が連れて来たんだから平気だよ」
とか何か、いっかつい顔の男性が恋人を優しい笑顔で見下ろしているとかいう光景を見た風海は、わーとか何か物凄い棒読みで言ったかと思うと、ちょっとよたりながら後退して、どしん、とその場に尻餅をついた。
「何をしてるんだ、風海」
得体の知れないものを見るような目で、というよりそもそもガスマスク姿の女子、とか得体が知れないものだったけれどとにかく國盛は、そんな目で風海を見下ろす。彼女は黙々と立ち上がり、服の裾をぱんぱん、と叩いた。
「やれやれ。いえ凄い攻撃力だったもので。さすがマスターの微笑は相変わらず強いです。その不気味力! いや、破壊力! 途方に暮れるしかありませんよ」
「もー。風海ちゃんは相変わらずだなあ」
レティアが苦笑しながら、國盛の方に寄りかかる。「でも、いくら風海ちゃんでもマスターのこと、悪く言っちゃやだよー。こんな風に見えるけど、ほんとに優しい人なんだから。ね、マスター」
「ふふ、‥‥レティア」
とか何かすっかりいちゃついたら、「わー」と、今度はかざねとせりなが棒読みで言って、やっぱりちょっとよたりながら後退して、どしん、とその場に尻餅をついた。「くそう、何て攻撃力なんだーアタタタター」
「勝てないですよー。太刀打ちできませんね、せりなちゃん」
みたいな、相変わらずな事をやってる五人から少し離れた場所では、幡多野 克(
ga0444)が、テーブルの上に並べられた料理の数々に、ぼんやりとした目を向けていた。あんまり興味もなさそうに、むしろ何だったらさっき来たばかりですけど、帰れって言われたら帰りますよ、くらいの熱意のない表情だったので、立花 零次(
gc6227)は、きっと彼は暇を持て余しているのではないか、と、検討をつけた。何となーく、「グラス集まりましたけど、どうなるんでしょうね」とか何か、話しかけた。とか思ったら、どうなるんでしょうね、の、で、くらいで「ねえ‥‥あれ、食べていいのかな」と、克がもう言った。
「え?」
「いや‥‥あの料理。並べられてるのに‥まだ誰も手をつけてないから‥」
「あー、いやぁ。どうなんですかねぇ」
そこはとりあえず日本人らしく、決断というやつは誰か他の人がやってくれないかしら、くらいの感じでお茶を濁して、丁度隣に居たカルマ・シュタット(
ga6302)を見やる。それからそのまた隣に居た高日 菘(
ga8906)を見て、そのまた隣の銀華(
gb5318)を見て、そしたら何か、ゆらーっていうか、一歩間違えれば幽霊なみに覇気のない感じで振り返った銀華が、「花屋で色とりどりの花を眺めていて、ふとグラスのことを思い出したのよねー」とか何か間延びした声で言い、その得体の知れない威圧にもう完全に負けて、顔を戻した。
「まあ、並んでるからには食べたらいいんじゃないか」
一瞬何だかわりと、ストレンジで微妙な空気に陥っていたその場の空気を知ってか知らずか、カルマが、さらっと言う。
「あ、ですよね、いいんじゃないですかね」
それで零次もさっそく克を見たら、どういうわけか暫くじーとか見られた。
「じゃあ‥零次さん、食べて来て‥いいよ」
とか言った顔を何か暫く、茫然とした表情で見つめ返した。それから、あれ、と、抑揚の抜けた表情のまま、わりと素っ頓狂に声を上げた。
「ん‥‥何だろう」
「あれ俺食べたいって、言いましたっけ」
「言ってないかな‥‥」
「言ってないですね」
「おかしいな‥‥」
さらーと、ナイーブさと繊細さの滲む横顔を背け、克が俯く。
その前を、すたすたと確かな足取りで横切って行く影があった。鐘依 透(
ga6282)だ。彼は、グラスの並べられたテーブルの前へと一直線に突き進んでいくと、その前でぴた、と足を止めた。
その同じ頃、屋敷から庭へと伸びる、雄大な造りの階段に、御巫 雫(
ga8942)と毒島 咲空(
gc6038)、マルセル・ライスター(
gb4909)とエリノア・ライスター(
gb8926)が、到着し、姿を現す。
庭を見下ろし、いち早く階段の下の人の群れの中に風海の姿を見つけた雫は、すっかり今日も、毎度の如くマルセルの短パン姿に、どちらかと言えば冷たい、けれど獲物を狙う肉食獣のように鋭い瞳を向けている咲空の肩を、叩こうとした。彼女に、何とかして本当はこんなに身近に居る妹の風海の存在を教えてやろう、とまさにその肩に触れたその瞬間。
「いでよ!!」
と、庭中に青年の声が響き渡った。何事か! と雫は当然、顔を向けた。振り向きざま、体をねじった。
ブチ、と嫌な感触が、背中で、した。それから、バイン、と何かが胸元で垂れ下がる感触がした。
ブラのホックが千切れていた。
それだけでも、わりといろんな意味でびっくりだったけれど、その胸元の大きな膨らみが突然、重力に引き寄せられて垂れ下がったものだから、雫はどうやらバランスを崩したらしく、ととと、と前につんのめるようになり、そのまま前方の、綿密な計算の元に置かれたような物凄いベストポジションにあったマルセルのズボンの後ろのポケットに、手を引っかけた。
相当慌てたのはマルセルで、こんなうららかな日和の平和なはずの庭で、セクハラどころかいきなりズボンを引きずり下ろされようとしているなんて、もう完全に理解不能っていうかむしろ若干命の危機っていうか、「えッ! ちょ、ちょっといきなり、な、なんッ」とか何かわめきながら、ズボンを掴む。
そんな双子の兄の貞操の危機っぽい感じに、すっかり慌てたのはエリノアで、「ちょちょちょ、雫! てめえ何してんだ!」とか何か言いながらタックルしてきて、「いや違うんだ」とか言いながらマルセルを抱きこむようにして一旦回避した雫を、まだまだ逃がさねえ! とばかりに追ってくる。「確かにコイツは馬鹿兄貴だけどよ、ズボンだけは! ズボンだけは脱がしてんじゃねえ! そこには大事なアレがアレだろぉが!」
「いや、違うんだ。まて、エリノア。これは」
と、もう、一歩間違えれば対象を抱き込んで逃亡を図っている誘拐犯と身内、みたいな構図で階段の踊り場でひとしきり暴れ倒し、結局、何か、落ちた。
階段をあーれーとか何か落ちていく三人を、わりかし冷静な女医咲空は、ポケットに手を突っ込んだまま見守り、地面にどしん、と着地したのを見届けると、だらーと自らも階段を下りて行く。
「なあなあはじめちゃん」
菘が言った。「あれ、何やってはんの」
指し示された指の方角には、グラスを前に両手を掲げる痩身の青年、透の姿があった。零次は、「いやあ」と小首を傾げる。
彼はまた、「いでよ!」と大声を張り上げた。何事か、中国的な名前を口にし、恐らくは何かを呼びだしたのだろうけど、続けて「願いを叶えたまえー!!」とか何か、言った。
庭が、びっくりするほどシーンとした。
「おかしいな」
暫くして透が、そのどちらかといえば華奢な造りの顎を撫でながら、小首を傾げる。それからハッ! と何かに思い当たったように顔を上げた。「そうか、呪文が違うのか! 何か‥そうか、そして、だ。そして願いを叶えたまえだ!」
その必死な背中からは、誠実さと飾り気のない素朴さばかりが滲んでいて、見ているこちらの胸を、甘酸っぱいような愛おしいような、得体の知れない気分にさせた。
「うんはじめちゃんやっぱりあれさー、誰か止めて上げた方がいいと思うわー」
菘の言葉に、零次は「はい、そんな予感がします」とか頷く。
「透さん‥必死だよな」
カルマが言った。そしたら、グラス以外にはわりと興味がないらしい銀華が、「揃っているところを見られて良かったわ。やっぱり七つ並んでいると綺麗ね、素敵だわ」とか何か、誰のボケも完全にさらっと流します、みたいに全く関係ないことを言いだして、ねえ、とか最終的に克を見たけど、「そうだよね‥あの料理‥食べていいのか‥気になるよね」とか克も克で、どさくさにまぎれて、もう全然関係ないことを言った。
「呪文が違う。何か、ヒントが。ヒントがきっと何処かにあるはずなんだ。僕は。僕はそれを見つけなきゃいけない。平和のために。世界の平和のために」
もうやめた方がいいよ! 知恵熱出ちゃうよ! とか何か、誰かが駆けて抱き付くとかいう劇的なシーンが繰り広げられたらどうしよう、とか、絶対ないだろうけど何か心配になってきた頃、「少し」と額を指先で押さえた透が、呟く。「風に当たってこよう」
「ま、グラスは酒が注げればそれで十分だと思うがね」
透の姿を見た咲空は、言い、それからむくり、と起き上がった雫を見た。
「大丈夫かい」
「ああ。私は、大丈夫だが。あれは何の騒ぎだ」
「さあ。青年が、何かを呼びだそうとしているらしい」
「まあ」と、雫は服を叩きながら、頷いた。「色々謎が多い依頼であったしな。そうしたい気持ちも分からんでもないが。しかし、グラスには鍵穴のような装飾があったな。あれは何か、別のお宝を導くアイテムなのではないかと私は踏んでいたんだがな」
「なるほど。雫は何か起きると思っているんだね? ふふ、ロマンチストだね。可愛いじゃないか」
とかいう咲空は既に、いつも白衣のポケットの中に忍ばせているらしいお酒で、若干酔っぱらっているようだった。「こちらも可愛いしな」とか何か言いながら、今まさに起き上がろうとしているマルセルに目を向ける。けれどそこで、ふと眉を潜めた。「いや違う。何か違和感がある‥どういうわけだ。いつものショタっ子オーラを感じない」
「え?」
そこでバロオオオン、と凄まじい音が轟き、何事か、と一同が頭上を見やると、どういうわけか柵を飛び越え、一台のバイクが庭へと侵入してくるところだった。唖然とする一同をよそに、ビヨオオオンと飛んだバイクは、ボディの部品を陽の光にきらきらと輝かせ、ずしゃああ、と地面をえぐりながら着地した。
ハンドルを握っていたフルフェイスヘルメットの男が、首に巻いた真紅のマフラーを揺らしながら、しゅぱ、と片手を上げる。
「いやあ、ハハハ。皆さん、ごきげんよう!」
広場中が、唖然としている中、エクリプス・アルフ(
gc2636)は言ったけれど、とりあえず咲空は全然聞いてなくて、むしろ見てもいなくて、何を見ていたかと言えば、丁度同じくして立ち上がった双子のエリノアの方が、バイクの走り抜ける突風にスカートを煽られ、いやだな何だか下半身がスースーするな、とでもいうように自分のそこを見て、え、みたいに一瞬固まり、じんわり頬と耳とを赤く染めている様子を見ていた。
「おかしい‥エリノアから、いつもは感じない色気を感じる‥‥」
「んだと。おい、咲空、何だおめーそりゃあ、どういう意味だよ!」
意気込んで怒ったのはエリノア、かと思いきや、マルセルだった。普段は絶対使わないような乱暴な口調で、憤っている。確かに外見はマルセルなのだけれど、まるでそれでは、エリノアだった。
「ってええええええ」
そこで素っ頓狂な声がエリノアの口から洩れた。「な、何なの、これ。ど、どういうことだ! お、俺何で、エリノア‥‥えええええ」
「もしやこれは」
雫もやっとそこで二人の異変に気づき、眉を顰める。咲空を見た。
「まさか」
「どうやら入れ替わり願望が高じ過ぎて、頭を打って正気を失っているようだ。面白いから、見ていよう」
「俺がお前で‥お前が俺で」
視線の先でマルセルが茫然と呟いている。それからまた「えええええええ」とわめいた。
●
「七色揃ったグラス、何が起こるか超楽しみだよね! ねっ!」
鈴木悠司(
gc1251)が廊下をぴょんぴょん飛び跳ねながら言うと、「けど良くもまぁ七色も揃ったモンだよな」とか何か、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)がわりと面倒臭そうに答えた。
「ねえねえ、何が起こるんだと思う!」
また悠司が無駄にくるん、とか回転して言った。
「あー?」とか何か、威圧的答えたヤナギが、「ま、そうだな。俺は龍が出ると睨んでんだケドさ」とか何か、英日ハーフの、赤髪の色白の、一歩間違えたら、あ、吸血鬼的なあれですか、みたいな雰囲気のある美貌で、そんな事をさら、と言った。
いつもならばそこで、今日もすっかりエアーです! 人の話なんてわりとちゃんと聞いてません! なので何言われても、最悪流します! みたいな悠司は、どういうわけか今日は、ふと足を止め、友人の顔を凝視した。
「前から‥言おうと思ってたけどさ‥」
と、そこまで言って悠司は、ふと芝居がかった仕草で顔を伏せた。「龍、なんてさ‥痛いんだよ‥。そんな、龍が出てくるとか言われてもさ、俺、どうしていいか分かんないよ。ヤナギさんが格好つけて言う程、どんどん切なくなってさ。もう、どうしようもないよ。ごめん‥俺‥ヤナギさんを苦しませると分かってても、これだけは、言わずにはいられない」
「そうか」
するとヤナギも、かなり芝居がかった仕草で、顔を伏せた。「俺はお前を苦しませてたんだな。悪かったな‥‥」
「ううん。いいんだ。俺‥ヤナギさんになら傷つけられても」
「なあ、悠司」
「うん、なに」
「でもさ」
「うん」
「それで‥‥ちっちぇ何かのぬいぐるみトカ出て来たら大笑いだよな! やぁ、コンニチハとか言っちゃってな!」
一気に言って、ひゃひゃひゃ、とか、美貌にあるまじき声でヤナギが笑いだすと、悠司も、ひゃひゃひゃそれさいこーとか、そんなん出たらヤバ過ぎるー! とか、一緒に笑い出して、さっきのあれは、完全に二人しか分からない茶番みたいだった。それで、ひとしきり笑い合ったあと二人は「あーあ」とか何か言って、最終的には、一緒に廊下を歩いていたセシリア・D・篠畑(
ga0475)の方を見た。
二人に見られたセシリアは、びっくりするくらいの無表情、ザ無表情で、自分の隣のロジー・ビィ(
ga1031)を振り返った。
そして、「‥‥ロジーさん。どうやら小芝居が終わったようです」と、上官に報告する兵士、もしくは社長にスケジュールを伝える社長秘書のように、抑揚のない真面目な声で言った。
「ええ。見ておりましたわ」
銀色の髪を揺らす、細身の彼女は、確かに上官、あるいは社長、もしくは、屋敷の主の娘、といった風格を滲ませながら、赤と黄色で作られたポップなぴこぴこハンマーをポップにピコっピコ、叩く。「それでは皆様、屋敷の探索に戻ると致しましょう!」
「そうだな。どんな別荘か分かんねえし‥‥こんなけ古めかしいと何か出るかも」
ヤナギが言って、悠司を見やる。「何か出るかも」
「なんで二回言うの」
「いや何となく」
「そうですわ! 残念ながら七色のぴこハンは見付かりませんでしたけれど、七色のグラスは揃いましたわ。そうしてあたし達はこの屋敷に招かれたのです。ええこれは、そう、ひょっとすると、いえ、ひょっとしなくても、ミステリーな出来事が待っているに違いありませんわ! 全てはここへくる伏線ですの! このまま探索してたら、一人ずつ消えていくとか‥‥っ!」
とか何か言ってたらテンション上がっちゃったあたし! みたいに、ピコピコピコピコ! とか連打した。
「いやロジー! この場でぴこぴこしたら雰囲気ぶち壊しじゃねーか」
そしたらその合間から、どう考えても彼女が出した物ではない音が響いた。え、と悠司とヤナギは顔を見合わせた。
「さあセシリア‥‥準備は宜しくて? 慎重に参りますわよ‥‥っ」
するとそこでピコッ、とピコハンの音が鳴った。
え、とまた二人は顔を見合わせ、悠司は思わず身を乗り出して先を歩くセシリアの手元を見た。そしたら同じタイミングでそこに気付いたらしいヤナギが、声を上げた。
「いや、セシリアもピコハン持ってんのかよ!」
ピコ、とまたピコハンの音が鳴った。
「いやもういいよ」
「凄い。あんな楽しさの全く伝わってこない無表情で、ピコハン叩いてるよ」
「ふふふ。お揃いですわね、セシリア!」
「‥‥はい。ロジーさんと‥お揃いなのです」
ピコ、ピコ、とまたセシリアが、ピコハンを叩く。見たこともない玩具に夢中になる赤ちゃんですかくらいの、真剣な表情でピコハンを扱っている。むしろ若干、動物っぽい可愛さすら滲んでいた。「なるほど。打ったら音が出るわけですね‥‥なるほど」
「わー全然嬉しそうじゃな」
「嬉しいですよ。ええ」
「あ。すいません」
とかやってる間にも、すっかり興味の対象が移ったらしいロジーは、「何でしょう。あちらから変な音が聞こえますわっ」とか何か言いながら、だーっていうかむしろ、ピコピコと走り出して行く。
「開かずの間、発見ー!」
両手を広げ叫んだかと思うと、くるんと軽やかに体を翻し、勢い良く皆を手真似きする。「早く、早く、早く!」
「もうロジーさー」
とか何か、ヤナギはだらだらと面倒臭そうに走りながら、同じようにしては走っている悠司を見る。
「しっかしわりとボロい別荘だよな‥そこの床とか抜けそ‥って悠司!」
「うゃあッ!」
呻いた悠司の体が、ズボッ、と床の下に落ちた。
「アラー‥‥早速落ちるなんて、さすが悠司クンデスヨネー」
「み、見てないで助けてよ! っていうかこれ、どうするんだよ、ばれたら絶対怒られるよ!」
そんな背後の動きは全く意に介していないらしいロジーが、駆けよってきたセシリアの顔を見て、こくり、と真剣な表情で頷いた。「ここは、抉じ開けますわよッ!」
ピコ、と真剣な表情でセシリアがピコハンを打つ。
瞬間、ロジーが覚醒した。全身が、蒼い闘気に包まれる。豪力発現を発動した。ぐ、と力を込め、ノブを捻り、捻った瞬間、ベキッと嫌な感触がした。
「あ」
思いっきり取れたドアノブを持って、ロジーが振り返る。「セ、セシリア‥‥」
切ない表情を浮かべたロジーを、澄んだ青い瞳でセシリアは見つめる。それから、どちらともなく頷き合うと、一気に二人して覚醒し、その場を走り出した。
「ちょ悠司! おい、あいつら、逃げた! 壊し逃げだー!」
●
その頃、別荘のすぐ傍にある海では、猫屋敷 猫(
gb4526)が、ぼんやりと防波堤に腰掛け、釣り糸を垂らしのんびりと魚が来るのを待っていた。
もしかしたらぎりぎり眠ってるんじゃないかくらいの、薄っすらと開いた瞳で海面を見つめながら、「新鮮なお魚さん‥‥来るですよ〜」とか何か、たまに、呟く。
「やる気、あります〜?」
少しばかり離れた場所に座り、やはり同じように釣り糸を垂らしていた住吉(
gc6879)は、あんまり引きが来ないもんだから、ちょっと暇になって、むしろ退屈は大嫌いなので、思わず彼女に話しかけていた。すると、今夢から覚めました! みたいにハッとか顔を上げた彼女が、おろおろと辺りを見渡し、「ハッ! わ、私の焼き魚!」とか何か、意味不明なことを口走った。
波が防波堤にぶつかっていく、ちゃぷちゃぷという音が、暫く響いた。
「なるほど。寝てらっしゃったんですね」
住吉が言うと、ゆらーとか顔を向けた猫が、「いえ、起きてましたのです〜」とか、わりとそこは頑固に言い張った。
「大丈夫ですよ。私もわりと、何処でも眠れるタイプなんです」
「いえ、私は寝てませんよ〜。もう、新鮮なお魚さん大好き、っていうか、いやむしろ、来たれ大物! くらいの意気込みで、ですね〜」
「はーただ意気込みであっても、釣れませんよね」
「まあー、そうですよね」
とか何か、すっかりお婆ちゃんちの縁側ですか、みたいなノリで二人で話していたら、「報酬が良かったので依頼を引き受けたんですが、本当に七色のグラスが揃ったんですね」とか少年の物と思しき声が聞こえた。
ソウマ(
gc0505)がティム=シルフィリア(
gc6971)、関城 翼(
gc7102)と共に、防波堤をぶらぶらと歩いてくる。「いくら古文書通りの場所にあったといっても怪しさ爆発な訳ですが、まあ確かに、興味深いのも本当なんですよね」
そしたらそれまでわりとぼーっと海の方を眺めていたティムが、「わしはの」と、ソウマのことを振り返る。「7つ集めると不思議な力でスーパー化したり、秘められた力を使って瞬間移動とか、時間をさかのぼれたりとか出来たりしての、あるいはあれで、グラスタワーで積み上げて上からシャンパン流すと何か印みたいなの現れたり、新しい暗号が浮かびあがったりするんじゃないかと思っておるのじゃ」
「え?」
「だからの、わしはの。グラスを集めた暁には、不思議な力で」
とか何か、わりと平然とした様子でもう一回言われたのをソウマは既にもう全然聞いてなくて、釣り糸を垂らす人影に気付き、近づいているところだった。
「なるほど。釣りですか」
「海の近くですし、食料品に魚介類はあると思いますが、あえて自ら調達なのです」
「私も大漁祈願にGooDLuckを発動してるんですが、中々」
住吉も小首を傾げ、ねえとか何か、猫と二人顔を見合わせる。
「ふむ」
と顎を摘まんだソウマは、「実は、大漁祈願の歌というのがありましてね」と、少々得意げに微笑した。
「大漁祈願の歌!」
「ええ、まあ、おまじない程度のものですが、実は僕はハーモナーでしてね。その僕が歌えば、貴女のGooDLuckと合わせて、何かしかの効果を生むかもしれませんよ」
「それは名案なのです。是非、やって欲しいのです〜」
元来の人懐っこさが顔を出し、またうっかり見知らぬ男子にでも抱きついてしまいそうになりながら、猫が言う。
「ええ、では少し、失礼して」
覚醒状態に入ったソウマが、コホン、と咳払いをする。ゆったりとしたメロディの歌を歌いだした。のだけれど、実のところ、その歌は微妙にうろ覚えの箇所があって、そこがとってもほしくずの唄に似ているものだから、どういうわけかどんどんほしくずの唄に持ってかれ出して、気付けばもう完全に「ほしくずの唄」を発動していた。それは戦場では、対象者の考えを混乱させる歌となるのだけれど、そしたらどういうわけか、いやもしかしたら魚が混乱してしまったのかも知れないのだけれど、とにかく、ピン、と猫の竿がしなり、次に住吉の竿までしなった。
「きたあ! ぬぅ‥‥重いですよ!」
「すごいのう、その大漁祈願の歌とかいうやつ」
ティムがじーっとソウマを見る。まさか今更、間違って歌ったのだ、とは言えなかった。
●
「さあ、アルフさん始まりましたね。メインデッシュは俺のもの、対決です。リポートは私、毒島風海、解説はアルフさん、カルマさん、銀華さんでお送りいたします! さあまずは、選手の状況を見て参りましょうか。あちら、青コーナーには、緋本かざね選手が妹せりなさんに付き添われ、スタンバイしております。どうですかね。コンディション的に。どう見ますかね、銀華さん」
と、風海はマイクに見立てたニンジンを銀華に向ける。ゆらーと顔を向けた彼女が、「え?」とか何か漏らした所で、「なあーるほどぉ」とニンジンを戻し、また自分のガスマスクの口元へ向ける。「そして赤コーナーには、あちら。幡多野 克が、早くも口にいっぱい食べ物を放りこんで、いやああれはもう、どうですか。やる気満々だぞ俺はやってやるぞっていう威嚇行為ですかね。どう見ますか、カルマさん」
と、ニンジンを向けられたカルマは、ちら、とそれを見下ろし、「まぁ」とか何か頭をかいて、「最初っから、食っていいかな、とかずっと言ってたしな」とか何か、とりあえず、答える。
「なぁーるほどぉ。しかし、幡多野VS緋本という夢のようなカードが出そろったわけですが。どうですか、アルフさん。これはもう世紀の対決と言っていいんじゃないでしょうか」
「はいー。これはもう、見ものですよねぇ。夢のカードが揃いましたよー」
アルコールの入ったグラスを片手に、アルフが陽気に答える。そこへ、どういうわけかエプロン姿のエリノアが、料理を手に現れた。
「おっとー! これは意外なコックの登場だー。あれはどういうことでしょうか。エリノアさんが、今日だけはすっかり女子に見えるという異常事態が発生しています!」
「まるで、マルセルさんと入れ換わっちゃったみたいですよねぇ」
アルフが、ははは、とか何か笑いながら、またグラスを煽る。
「シュウェンカーです。これは、吊り下げた網の上で焼くというバーベキューで、揺らしながら火を均等に通すものです。焼肉タレに漬けた豚肉と、ドイツの焼き用ヴルスト、野菜類。ハーブとスパイスで味を調えたドイツ風のバーベキューです。ブイヨンとドレッシングで作ったポテトサラダと一緒にどうぞ」
マルセル風の料理蘊蓄を披露したエリノアは、にっこりと微笑みながら、料理をテーブルに置く。そこですかさず克が、出てくる料理は常にチェックと言わんばかりの目を向け、だ、と走り出した。
「おっと、克選手が動きだした! あーっとかざね選手は、あろうことか、エリノア選手と話しこんでいるー!」
「こんなに沢山‥‥美味しいモノ食べられるなんて‥グラス探しに行って‥本当に良かった‥」
んぐんぐ、とか何か、もう咀嚼してるのか喋ってんのか、全然分からない感じで、あの淡々とした常に無表情の克が、無表情なのは変わらないのだけれど、とにかく、凄い勢いでばくばく食っていく。
「あ! ちょっと幡多野様ー! 待って下さいよー。私も食べるんですからー!」
「さあ。いよいよ対決も白熱してきました。っと。おーっと、今度はスイーツの登場だー。いやあそれにしてもどんどん運ばれてきますねー」
「さすが金持ちですねー」
とか何か言ってる間にも、克がまた、走り出している。けれど今度はかざねも走りだした。先程から悉く美味しそうな物ばかりを奪われて、食い意地とでもいうべき本能が目覚めたのかも知れない。二人は同時に山盛りスイーツに辿り付くと、むしゃむしゃ食いだす。と、そこでまた新たな皿が運ばれてきた。ハッと、二人は顔を上げる。顔を一瞬見合わせ、まただ、と走り出した。
「おっとー! これは凄いぞー幡多野選手、覚醒したー!」
「しっかし」
テーブルの脇でぼんやりとそんな二人を眺めるマルセルが、隣で同じく姉を見守っているらしいせりなを見やった。「せりなもよ。かざねの面倒みるのも大変なんじゃねえか」
「んー」
姉をそれはそれは愛しげに見つめながら、せりなは苦笑する。「大変といえば、大変かもしれないけど。可愛いから、許すよ」
「分かるぜ。かざねってなあんかふわふわしててよ、まるで風船みてーだ。ちょっと手を離したら、どこまでも飛んでいっちまいそうで。でもまぁ、だから可愛いんだろ。わかるぜ。いや、なんか、今なら分かる気がすんだ。妹の気持ちって奴がよ」
そしてマルセルは、まるで無垢で純朴な少女のように、微笑する。せりなは不審げに、その顔を、暫し、見つめた。
「しかしあれ凄いなー。食い意地対決やなー」
またこちらも、テーブルの周りを競うように駆けまわる二人を見つめて、菘がのんびり、と言う。それから何かに思い至ったように、ポン、と手を叩き、零次を振り返る。「ほなさ、あの対決に勝った方にさ、『おでん「すずな」』特製わさびぎっしりおにぎり、通称「メガわさび」を進呈したげてもいいわー」
「え、持って来てるんですか」
「まあね」
「いやまあね。って」
「でもそういえばグラス、どうなんねやろなあ」
「そんな思いっきり欠伸しながら言われても、ああ確実に興味ないんですね、ってばればれですけどね」
「その擦れた性格どーにかならんかー。突っ込みきつーて、うちもー泣けてくるわー」
「そういえば、俺もあのグラス、二つくらい探しに行ったんですよね。ただまあ‥特別何かしてたとか、何かの役に立っていたわけではなかったような気はしますけど」
「んー、まあ。そんなことないんちゃう。うち、はじめちゃんおって、それなりに楽しかったで」
「菘さん」
「うん」
「それって、喜んだらいいんですか、それなりにってところにがっかりすればいいんですか」
「よし。ほな、これでも食べて、元気だしー」
「あれ、それ、確実にメガわさびですよね」
「あはは。いやあ、ばれたー?」
「ちょ‥だっ、だからあれはお前の!」
雫はその頃、やっぱりどういうわけか全く妹に気がつかない咲空に、やっぱりそれでもその存在を教えてやろうと、四苦八苦しているところだった。「ホレ、アレ、アレがお前のいも」
と、半ば強引に詰め寄り、詰め寄り過ぎて躓いて、どしーんと二人して、こけた。むしろ、ハッと気付いたらこれはもう、雫が咲空を押し倒している。
「う‥その‥すまん。‥け、怪我はなかったか?」
とか何か、何故かそこで雫は頬を赤らめた。
「ああいや‥。まあ、強引なのは、その何だ、嫌いじゃない」
そしたら何か、咲空もすっかり頬を赤らめていた。
「まあ、何だ。咲空」
「うん」
「い、一応言っておくが、そっちの趣味は無い」
「そうか‥いやまあ私は、君になら別に、いいんだけど」
「え」
とかすっかり二人が、何だか途方もなく奇妙な空気に陥っている間に、もちろん風海は、かざねらと連れ立って温泉へと姿を消していた。
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「少し肌寒いけど‥この時期の海もいいね。空も、綺麗に星が見えてる‥‥」
レティアが、その茶色い髪を風に揺らしながら、囁くように言った。國盛は、繋いでいた手をそっと解き、その華奢な肩を抱き寄せる。
「こうして‥‥レティアと一緒に居るだけで‥満ち足りた気分だ‥」
ほんの少し擽ったそうに微笑んだ彼女は、「そういえば、グラスが揃ったら起きる事って何だろうね。何か素敵な事だといいな。七色の虹とか、花火とか? ありきたりかな」と、照れくささのためか、話を変える。
そんな普段の、いつも笑顔の元気で陽気な可愛いモノ好きねーさんの顔とは違う、照れた彼女が初々しくて、愛しくて、國盛は思わず、肩を抱く腕に力を込めた。
「ねえ、マスター」
波の音に飲みこまれてしまいそうな声で、レティアが、呟く。
「ずっと‥‥抱いていてね。マスターの腕の中なら‥‥怖さも不安も溶けて消える。私‥もう失くしたくない。大切な人達を‥。失くさない為に‥もっと、強くなりたい‥ううん、私、強く、なるよ」
國盛は見上げた彼女の瞳を覗き込み、その両の肩を強く、抱きしめた。
「レティア‥愛している。ずっと‥‥俺の‥傍に居てくれ‥‥」
そしてその華奢な顎を優しく掴むと、そっと彼女の柔らかい唇に、自らのそれを押しつけた。
「‥‥やめないで‥‥もっと‥‥」
きゅっとレティアの指先が國盛の上着を掴み、消えそうな声が、求める。その頬を撫で、髪の間に手を差し入れると國盛は、強引に抱き寄せ、開いた彼女の唇の隙間から覗いた舌を絡め取った。
同じ頃、少し離れた場所で、透は一人、すっかり藍色になりつつある空を眺めながら、考えていた。
考えていたのは、どうすればグラスの力を呼びだせるか、ということだったけれど、次第に思考は違う方を向いて行く。すなわち、もし、本当に願いが叶うとして、グラスの力なんかに頼って何かが変わるのか、ということだった。
今までグラスと自分の願いを重ねて一生懸命やって来たけど、人が自分の力で成さない事に、意味はあるんだろうか。
「生き残った人間が出来ること‥亡くなった人達の無念も、思いも引き継いで‥‥やっていけること‥‥」
結局、急がば回れ。時間を掛けて、じっくり、一歩一歩踏みしめて行くのが、一番の近道なのかな。
それがいくら辛い道でも、途方も無く長い道のりに思えても、願いを叶える為の最大の対価は、諦めない心と、時間を掛ける事なのかもしれない。
と、頬を撫でてくる夜風を感じながら、透が、そこまで考えたところで、ふと突然隣から「まさしく、そうなんだよね」とか何か、男性の声が聞こえた。
びっくり仰天し、透はえ、と思わず横を見る。見知らぬ、自分よりも少し年上くらいに見える青年が、何時の間にか座っていた。
「君、今、人が自分の力で成さない事に意味なんてないって、思ったでしょ。俺もさ、そう思うんだよね」
「え、だ、誰ですか」
「自分で呼び出しておいて、そんなこと、言うの」
「え?」
「君が七色のグラスを前にして、俺を呼んだんじゃないか」
「いえ、きっと、え、呼んでません」
「まあ、いいけどね」
彼は小さく肩を竦める。「とにかく俺もさ。最近は思うんだよね。君達人間にはきっとそういう力があるって。何かを成し遂げる力というやつがね。グラスを集めるようには簡単にはいかないだろうけど、地道に、負けないで、逃げ出さないでやればさ、君達ならきっとやれるさ。だから俺は、もう手を貸さないことにしたんだよ。努力しようとしている人達を前にして、俺の出番なんてないよね。言い伝えだけは、残ってるみたいだけど。でもさ、何かを成し遂げようとする。その過程にだって君達は成長する。その方がよっぽど素敵だと、思わない?」
そう言って彼は、透を振り返った。こちらを見つめてくる瞳が、きらきらと虹色に輝き。
「君は、もしかして‥‥」
と、そこまで言ったところで、「あー!」と、背後から聞き覚えのある声がして、透は思わず、振り返った。
「よお、透じゃねえか」とヤナギが手を上げる。
「もふってくるちょっと変わった面白い子、透さんはっけーん!」と、悠司が快活な笑い声を上げた。
見れば、それぞれ、ギターとベースを下げている。開いた手に、屋敷からくすねて来たと思しき缶ビールが握られていた。
更にはその後ろに、ロジーとセシリアの姿もある。
「ふふ。楽しむ為に水鉄砲も持ち込みましてよ!」
叫んだロジーが、バズーカタイプの水鉄砲を夜空に向け掲げ、引き金を引く。「これでセシリアときゃっきゃうふふですの」
「おー! 季節外れの海ってのもイイもんだなー!」
テトラポットの上に寄り道しながら、だらだらとヤナギが歩いてくる。
「よし、ここでセッションと行こうゼ、悠司!」
「よーし海に向かって明るくノリのイイヤツを一発いっちゃうよー!」
ぎゃーん、と悠司が、ヤナギから借りたギターの弦をつま弾いた。
仲間たちが騒ぎ合う中、透はハッと自分の隣に居たはずの青年の事を思い出し、顔を向ける。しかしそこに、彼の姿はもうない。
「もしかして‥‥あれが依頼主の暇人金持ちだったのかな」
透は呟いて肩を竦めた。