●リプレイ本文
「ふんふん」
内部の廊下を歩きながら、壱条 鳳華(
gc6521)が頷いている。「なるほどな。全体的には悪くない作りだな」
そして、目に前に現れた扉を開く。「まるで悪くない家ない」
それで何か、また、扉を開く。「悪くはないが」
そしてまた、扉を開いた。
そしてまた、扉を。
「なんだこの扉の数はっ! いちいちいちいち面倒臭いっ」
そしてそれまで、はーそうですかーみたいに後ろをついて歩いていた、立花 零次(
gc6227)と、毒島 葵陸(
gc6840)を振り返り、「くそう、私はもう開けん! ほら、さっさとエスコートしろ!」とか何か、高飛車に言い放った。
高飛車なあれには、基本いろいろ面倒臭そうなんで逆らいませんよー、くらいの大人な対応で立花は、さっさと先頭に立ち、歩き出そうとする。けれど、葵陸は、ここが僕の定位置です、と言わんばかりに最後尾を移動しないどころか、先頭から下がって来て、廊下の横の壁にも点在する扉を眺めながら、「む。この板チョコチックな扉。これが家にあれば我が姉さまも‥‥よし、葵陸この扉を家に運べ」とか何か言った彼女の顔をちょっと何か、じーっと見た。
若干高飛車仕様ではあるけれどお願いをしたにも関わらず全く返事がないので、不審に思い、鳳華が振り返る。「どうした、パープル。さっさと運」
とかもう全然聞いてない葵陸は、「あれ何ですかね」とか何か言って、ゆらーと前方の扉を指さした。そこには二つの大きな扉があり、一方には○が、もう一方には×印が、彫り込まれてあった。
「しかしどちらから開きましょうかね。おやこんな所に何かありますよ」
零次がドアとドアの間に貼られた鉄の板のようなものに近づく。「問題です。え、問題?」
傍によってそこに刻まれた文字を眺めた葵陸は、「なるほど。これは○の扉を開く方が無難ですね」とか何か、言った。「この問題の正解が○なんで」
「そうなんですか」
「そうなんです」と零次には断言しておいて、鳳華を振り返る。「正解した方を開くと何があるんでしょうね。楽しみですね。ああ、壱条先輩は、自分で扉を開くのが嫌なそうなんで、僕が開きましょうか」
「いや。待て」
蒼銀のAU−KVアスタロトを装着した鳳華が、ずずい、とわりと偉そうめに前へと進みだして来た。「そこは、私が開こう。先輩だからな」
とりあえず何か良く分からない理由を述べ、ドアノブに手をかける。しかし、どう力を込めても扉は開かず、押しても引いても、はたまた上へと少しずらしてみても駄目なので、これは鍵がかかっているんじゃないか、とやっと気付く。
「開かないなんて気になるので、多少壊させて貰ったらいいんじゃないですか」
背後から、にこにことした笑みを浮かべたままで、零次が言う。
「笑顔でさらっと怖いこと言いますね」
「だって気になるじゃないですか。この中にキメラが居ないとも限らないですし、やるからには徹底的に排除しておかないとですね」
とか何か言ってる間にも、鳳華が、そうか壊せばよいのか、とばかりに、少しばかり助走をつけ扉に体当たりした。ほんでそのまま、どーんとか突きぬけた。突きぬけて、べちゃ、とか、思いっきり泥の中へ落ちた。落ちた瞬間、「パッ、パーブル! ぶえ、あ、あんだこれあ」とか何か、叫んだ。
「ああ、そうですね。思い出しました」
一体この状況で何を思い出すことがあるというのか、鳳華をじーっと見たまま葵陸が言う。「扉館殺人事件でしたね。あれは、嫌な事件でした」
「え?」
「屋敷で次々に発見されるバラバラ死体。そういえば、手だけはまだ発見されてませんでしたね。まだ、何処かにあるのかな。もしかしたらその泥の下とかかもしれないですよね」
「ま。マジでか」
何か全然怖くないよ、って顔しようとし過ぎて、若干、棒読みになっちゃいました感満載で鳳華が言う。
「いえ、嘘です」
きっぱりと葵陸が言うので、何か凄いその場が一瞬、しんとした。
「い、いやそんな事より、は、早く助けろ! だいたいお前がさっき、○を開けとか物凄い断言したからこういうことに」
「そうですね、すいません先輩。今、助けます」
ゆらっと前へと歩み出た葵陸は、そのまま手を差し出し鳳華を引き上げる、のかと思ったら、その前に何かふらっと来て、うわー、汚い。絶対俺、この中に入るのだけは、嫌だ。みたいな、深刻な顔で佇んでいる、意外と神経質で潔癖なところのあるらしい零次に「おっと」とぶつかった。突き出され、泥の中に今まさに落ちてしまわんとする彼は、「ひいいいいい」と、あんまり見たことのない取り乱し方をし、甲高い悲鳴を上げた。そして、落ちた。
「あー。何かすいません、立花さん」
「ねえ」
GooDLuckを発動する幡多野 克(
ga0444)と共に屋敷の二階を行くLetia Bar(
ga6313)は、薄気味悪そうに首を竦め、背後を振り返った。
「す、克くん。い、今何か、悲鳴みたいなの、聞こえなかった?」
「え」
と、克はすっかり怯えきった表情の彼女をゆらりと振り返り、それからそっと顎を摘んで、顔を伏せた。「あうん‥‥どうだろう」
「いや克くん。そこだけははっきりしてくれないかな!」
「でも、いろんな意味で怪しすぎる建物ではあるよね。ここに引っ越したら、悪夢が‥‥見れそう」
「わざわざ新居に曰くつきなんて、信じられないよー。何なんだよ、曰くって。扉が多いだけの家じゃないの!? むしろ、それだけじゃ駄目なの!」
「あのさ」
「うん」
「レティアさんさ」
「うん」
「もしかして、怖いの?」
ちなみに聞くけど、というか、一応、今後の為にも聞いておきたいのだけれど、くらいの勢いで克は言ったつもりだったけれど、そしたらレティアが、「いや、そんなことないけどさ!」とか、すっかり過剰な反応を示したので、じゃあもうそれで、と納得するしかない気がした。
「あ、そうなんだ」
「いや、怖いっていうかさ、ほら。何か、あるじゃない」
「うん」
全然分からないけど、何か勢いに押されてとりあえず頷いた。「えっと‥‥あるよね」
「あるよね! 分かるよね!」
「あうん‥‥分かる」
とか言って全然分かってない克は、覚醒時の気分の高揚も手伝って、普段よりは若干マイルドに「でもさ。浮いてるクラゲって‥‥少し幽霊に、似てない?」とか何か、思ってる事を口にした。「何でもいいけど、奇襲されるのだけは、回避したいよね」
そしたら「えっ!」とか振り返ったレティアの殺気だった顔が何か凄い、怖かった。むしろ、幽霊より全然怖かった。
全然分かんないけど、何か凄い怒ってるー、けど、どうしていいかもう全然分からない。それでとりあえず、「えーっと。ま‥‥まあ、あまり長居したくない、し。手早く退治して‥‥帰ったら、いいよね」と、若干気ぃ使いめの言葉を言ってみたのだけれど、彼女はもう全然聞いてなくて、「でさ。しかも何かちょっと背中がゾクゾクするんだけどさ」とか、もう怖がってんの、怖がってないの、どっち! みたいなことをまた、言う。
それでこれはフォローした方がいいのか、ここはもう開き直って怖がらせればいいのか、とか、わりと小さいことを繊細に考え込もうとした瞬間にはもう、「なんて、まだおヘソ出すには早かったって事だよね、うん。きっとそうだよね、ははっ!」と、彼女がすっかり自己完結している。
と思ったらまた彼女は、自分の衣服から覗いたお腹の辺りを撫でながら、「でも。洋館、扉、曰くつき、なんて。開けたら女の人とかバンッとか、白塗りの子供とかがこっち見ながらもっそりしてたり追いかけてきたらどうしよう」とか弱りかけ、でもすぐに、「でもお仕事、お仕事だから!」と、またすぐに、上がる。
その展開の早さに、もう全然ついていけない。
「じゃあ、扉を開けるけど、いいかな」
なのでついていくのは諦めることにして、依頼の話に戻そうとしたら、レティアが、ふと顔を上げ、じーっと克を見る。
「克くんてさ」
「うん」
「彼女いないでしょ」
とか言われて、いやもう全然聞こえませんでしたーみたいに克はゆらーとか視線を逸らせた。
「でもこの家、隠し扉とかあっても、意外とちゃんとしてるよね。たくさん扉があるのは‥‥カモフラージュの為だったりね」
「カモフラージュ?」
「たった一つの、真実の扉を隠すため‥‥とか」
と、自分で言ってて、若干恥ずかしくなった。思わず物憂げに顔を伏せる。
「克くんってさ」
「うん」
「ちょっと可愛いよね」
一方その頃屋敷の三階では、エリノア・ライスター(
gb8926)が、ずんずんと勢い良く、探索隊の先頭を歩いていた。その後ろに、どちらかと言えば小柄なエリノアより更に小柄なトゥリム(
gc6022)が続き、最後尾を香月透子(
gc7078)が歩いている。
けれど透子は、自らで最後尾を選んだくせに、意外と最後尾も怖いのではないか、むしろ何かに追いかけられた時は最後尾が一番怖いのではないか! とむしろ、最後尾を選んだことを後悔し始めていた。
それでさっきから、さりげなーく、トゥリムと入れ替われないかしら、とか何か、チャレンジしているのだけれど、さりげなくは意外と難しい。そしたら何か、トゥリムがふと視線を左方向へ向けた。
え、と思って透子も見てみると、そこは壁だ。と思ったら、下の方に、小さい子供が匍匐前進してやっと通れる大きさの扉がついていた。「え、何これ」
入る前こそ、「綺麗なお家ですねぇ」とか言ってたトゥリムだったけれど、すっかりもう彼の嫌なとこ見ちゃって幻滅しちゃいました、みたいに、軽蔑の眼差しで壁のそれを眺めている。「何なんですかねこの家。人、住めるの」
そこで「おーい! あんたらー! こっちこっちー!」と、前方からエリノアの逞しい声が響いて来た。
ハッとして追いかけると、廊下だった視界がぽっかりと開けた。円形の部屋に出た。壁には六つの扉があり、それぞれが色分けされている。
「それにしても扉、多いわね。とりあえず片っ端から開けてみる?」
「っしゃ!」
ぱしん、と両手を叩き合わせ、躍り出たのはエリノアで、「折角だから私はこの緑の扉を開くぜ!!」ともう果敢に扉に向かい突進している。
「キメラの姿はねえな」
中を覗くとエリノアは、すぐに顔をひっこめる。その後を、暗視スコープを装着したトゥリムが、律義に確認している。
「まぁ一発目は、こんなもんか。よし、次だ、次」
とか言ったエリノアが、バタン! と勢い良く、いやむしろ乱暴に、扉を閉めた。そしたら、バカン! と、隣の赤い扉が開いた。
ひ、と透子は出そうになった悲鳴を飲み込んで、「や、ややや、やっぱり何か、で、出るのかしら。べ、別に怖いとか思ってないけどっ!」とか、いやもう明らかにビビってますよね、みたいな顔で言った。
それで気付いたら何か、トゥリムが凄いじーっとこっちを見ていた。
「な、何よ」
「怖いんですか」
いきなり思いっきり、図星を指された。
何か、ちょっとシーンとした。
「こ、怖かろうが怖くなかろうが」
透子は精いっぱい平然とした表情を装って、長い黒髪を後ろへと流した。「お仕事はお仕事だから」とか決まった瞬間、また次の扉を思いっきりしめてるエリノアのバチン! とかいう轟音が響き、思いっきりびくう! とした。
それで視線を戻したら、やっぱりトゥリムがまだ、見ていた。
「み、見てたの」
「いえ」
薄っすらとした笑みを浮かべながら、彼女が視線を逸らす。
「私が開く前に勝手に開いてんじゃねえ!」
そこですっかり勝手に開くドアに苛立っているらしいエリノアの怒号が響く。
「い、いいじゃない別に、だいたいエリノアが乱暴に開くから」
「ちが、こういうの腹立つんだよ! 自動ドアなら自動ドアらしくしろよ! 違うなら、勝手に開くんじゃねえ!」
「意外とちっさいことに腹立てるのね」
「っしゃ、今度はこの扉だ! キメラ出て来いゴルァー!」
そしてすっかり、怒りの勢いに任せ半端無いくらい警戒心ゼロで次の扉を開いたのだけれど、何故かその先に広がっていたのは完全に外だった。片足踏み外して、そのまま落下! するかと思ったが、そこはドアノブに捕まりぶらん、と下がる。
「き、気合いで回避だゴルァ」
さすがに若干覇気を落とし、エリノアが呟く。「あ‥‥あっぶねぇ‥‥。こ、殺す気かよ」
「なるほど。ああはなりたくないですね」
「ええ」
すっかり助ける気のない二人は、その更に次の扉に取りかかった。透子が前に立つ。
「よし。次こそは慎重に。ん。これも開かない。でも引き戸じゃないし。んーーーッッ!」
回す手に思い切り力を込め、踏ん張る。瞬間、手の負担がふっと軽くなり、よし開いた! と目を開けたら、思い切り外れたドアノブが手の中にあった。
凄い、何かその場がしんとした。
●
ぐお、と、零次の構える超機械「扇嵐」から、竜巻が発生し室内を渦巻く。
「さて、そろそろ決め時かな。クラゲに私の美を刻もう! Une trace bleue!」
蒼の軌跡と、声を張り上げた鳳華の天剣「セレスタイン」が、ふわふわと浮くクラゲにも似たキメラの体をぱし、と打って行く。
「クラゲのキメラですか。僕は、幻想的で綺麗で、結構好きですけどね、クラゲ。ですがまぁ、所詮キメラはキメラ」
葵陸のホーリーナックルを装備したアスタロトの右手が、クラゲを打つ。「竜の咆哮!」パシ、とスパークが走ったかと思うと、キメラを遠く弾き飛ばした。
同じ頃、克は扉の先に開いた部屋の中へと素早く視線を走らせていた。キメラの姿を発見すると、すかさず月詠を構え走り出す。
「この程度のフォースフィールド‥‥!」流し切りを発動し、斬りかかる。
拳銃バラキエルを構えたレティアもさっと銃口をキメラへ向け、急所突きを発動した。
「私何もやってないよ、何もしてないよ、何も見てないからヤメ‥‥ハッ、ふぇっ、ま‥‥紛らわしいんだから! もう!」
「ちきしょー! こちとら、チマチマ扉開けして、色々溜まってんだ! テメェらで、晴らさせてもらうぜぇぇええ!!」
竜の角を発動したエリノアが、ダイオプサイドをぶうんぶうん振り回し、キメラへ向け突進していく。「シュツルムッ、ヴントッ、ドラングゥーー!!」
「なるべく家を傷つけないようにしてるのは、希少度を意識してではなく、家の崩落に巻き込まれないようにする為です」
サプレッサーを装着したクルメタルP−56から、弾丸を放ちながら、トゥリムが少ない動作で的確にキメラを打ち落とした。
「出たわね、キメラ! アンタ達を倒しに来たのよ。それが今回のお仕事!」
クラウ・ソラスからソニックブームの衝撃波を放ち、透子が叫ぶ。
「そうよ、扉と格闘しに来たんじゃないんだから」
目の前でバシイ、とその波に打たれたキメラがばちゃあ、と破裂した。
「ええ、決して」