タイトル:やたら回転壁の多い家マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/29 12:29

●オープニング本文






 陽の光の差し込むカフェテラスで、昼食を取っている時だった。
「やあ」
 と、背後から聞こえ、井川は何となく顔を上げた。
 見れば、よれよれのプリントTシャツに、白衣を引っかけた長身の男が立っている。顎元まで無造作に伸ばされたと思しき髪の間から、ハッとするほど端整な顔が覗いていた。
 首からネームプレートが垂れている。そこには未来科学研究所、大森、とあった。
 ああこれが、と、井川は思った。
 これが、あの変人だけど優秀、と名高いあの大森って人なのか、と。
 それから、格好良い人だなあ、と漠然と思った。やっぱり格好良い人はどんな服を着てても成立するんだなあ、であるとか、足が長いなあ、とか何か、そこは女性としていろいろ素早く、チェックした。
 けれど、ふと向かいに座る岡本を見たら、露骨に顔を歪めている。もう何ていうか、この世で一番面倒臭い事態に遭遇した、と言わんばかりのそれは、あんまり井川が見たことのない岡本の表情だった。
「ねえ、何してるの」
「お昼を食べています。邪魔をしないで下さい」
 だいたい、常に何か柔らかい感じっていうか、強い自己主張もない草食の男子の彼が、はっきりとそんな事を言ったので、驚いた。けれど大森は全然もうめげない。
「あ、デート?」
 とか何か緩やかな笑みを浮かべながら、当然のように空いてる岡本の隣の席に腰掛ける。「どうも、大森です」とか何か、こちらに向かって会釈してくるので、「ULT職員の井川です。岡本君とは学生時代からの友人で」とか何か、答えておいた。
「友人。なるほど、そうですか」
 小刻みに頷きながら、大森がメニューを取った。切れ長の美しい形をした瞳で、どうでも良さそうに文字を眺めている。
「いや何しに来たんですか、大森さん」
「何って、決まってるじゃない。昼食を食べに来たんだよ。いやはや、奇遇だね」
「大森さん」
「うん何だろう岡本君」
「あのー。いろんな意味で、迷惑です」
「ま、まあ。いいじゃない。どうせなんだし、ご一緒したら」
 ちらちら、と二人の顔を見比べながら、とりあえず口を挟んだら、「井川さん」とか何か、味方に裏切られたような表情を岡本が浮かべた。隣ではメニューを眺めている大森が、おかしそうにニヤニヤと唇を歪めている。
「あのー。こんな事を言っても多分、絶対井川さんには分かって貰えないと思うんですけど」
「え、うん」
「時限爆弾隣に置いてる気分なんです、僕今」
「え?」
 この友人は突然何を言い出すのか、と、茫然とする。「え?」
「ですよね。いいんです。分かって貰えないと思うんです、いいんです」
「ねー。この人、可愛いでしょー」
 全然覇気とかなくて、うっかりすると褒め言葉を口にしたことすら気づかないような抑揚のなさで、大森が言う。「シャンプーの匂いも、いつもと違うしねー」
「関係ないですよね」
「とりあえずさ、何なの、その匂い。いつもと違うじゃない」
 まるで、恋人を追及するかのような台詞だったけれど、口調には相変わらず覇気がなかった。しかもメニューを見たままだ。
「知りませんよ」
「記憶喪失なの」
「記憶喪失じゃないですよ、何ですか記憶喪失なのって」
「分かった」
 パタン、とメニューを閉じた大森が、水を運んで来たウェイトレスに、面倒臭そうに珈琲を注文した。昼食を食べに来たんだよ、とは本人が先程口走ったことだけれど、ちなみに珈琲は飲み物であって、食べ物ではない。
「君がそういう態度を取り続けるからさ、一緒に住もうよ、って事になるんじゃない」
「なるんじゃない、ってなってないですしね、大丈夫ですか大森さん」
「うんそうなの、一緒に住もうよ、ってことになってるの、俺達」
 と、何故か大森が真っ直ぐ井川を見た。とりあえず何か、美形に見つめられるとか緊張したので、「え、あ、はー」とか頷いておくことにした。
「今、家を探してるところでね。いやあ、岡本君の好みが難しくて、中々決まらないんだけどね」
「それは大森さんの探してくる物件が悉くおかしいからで、いや、それより何よりそもそも一緒に住むっていう前提が間違ってますしね」
「折角だし、井川さんも見て、いいよ。これが、四件目の候補の家でね」
 尻のポケットから大森が、折りたたんだ紙を取り出す。はーとか言って見ようとしたら、すかさず岡本が「見なくていいですよ。建築家の弟さんに頼んだ、変な曰くつきの家ばっかなんですから。真面目に探してないんですよ、冗談なんですよ。だいたい、一緒に住むって前提が成立してないんですから」
「建築家の弟さんに頼んだ、変な曰くつきの家は間違ってないよ。冗談ではないけどね」
「どの物件も全部、殺人事件があった家とかってやつで」
「そうね、どの物件も殺人事件があった家とかいうやつよね。冗談ではないけどね」
「あのー」
「うん」
「ちょっと黙ってて貰えますか」
「岡本君」
「何ですか、大森さん」
「そんなこと言われたら抱きしめるけど、いいかな」
「だからもう、これ言うの四回目だと思うんですけど、絶対無理なんですよ。住めないです。むしろ住まないです」
「うん前にも言ったけど一応、建築物としての価値はそれなりにあるからね。建築物保存研究会もお金出していいって事で、能力者の人達にキメラ退治をして貰いたいわけ。それで三件目ね。名付けて、やたら回転壁の多い家。とにかく壁がね。ぐるんぐるん回転するから。うっかりもたれたらもう、ぐるんぐるんいっちゃうから。しかも巧妙に隠されてる回転壁もあって、これはもう、あれよ。あのーあれ、あのー」
「大森さん、何も考えないで喋るのやめて貰えますか」
「とにかく建物は地上二階建、地下三階建で、見た感じは普通の洋館。あと、一件目と同じで、討伐後に修復入れるから、多少、壊しちゃったり、傷つけちゃってもいいよ。ま、キメラが入ろうがまだ壊れてない家だからね、それなりには重厚で頑丈な作りの家だと思うよ今回も」
「はーそうですかー」
 とか何か棒読みで答えた岡本が、ふと前を向き、井川と目が合うと、困ったようにか弱く微笑んだ。






●参加者一覧

エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
泉(gc4069
10歳・♀・FC
壱条 鳳華(gc6521
16歳・♀・DG
毒島 葵陸(gc6840
16歳・♂・DG
鈴木庚一(gc7077
28歳・♂・SN
香月透子(gc7078
27歳・♀・DF

●リプレイ本文






 視線の先で、「回転壁か。個人宅でこんなのたくさんつくってどうするっていうんだか」とか何か、わりと偉そうに文句臭いことを言った壱条 鳳華(gc6521)が、そのまま思いっきり回転する床というやつに足を乗せ、バランスを崩し前へつんのめり、でも持ちこたえようとして今度は後へ仰け反り、ちょっとあわわわ、って、なっていた。なって尚且つ、「なんだこれ! なんで床まで回転してるんだっ!」とか、憤っていた。むしろ、憤りながら、バランスを取っていた。
 けれど、最終的にはやっぱりそのままバランスを崩してこけてしまう、っていう一連のくだりを、とりあえずぼんやりと見つめて、毒島 葵陸(gc6840)は、彼女に歩み寄った。
「壱条先輩、いろいろ、大変そうですね」と、手を差し出す。
「パープル! 遅い! さっさと助けろ!」
「いや多分、これは途中で助けに入ったら、もっと大惨事になってるケースだと思うんですよ」
 鳳華の勢いをさっとかわすかのようなぼんやりとした無表情が言い、「確かに、わりとちょっと見てて面白い光景ではありましたけど」とか何か付け加え、それでこっちが睨んだら、え、睨んでるんですけど分かってます? くらいのぼんやりさで見つめ返し、暫くして「いえ、すいません」と、同じ表情で付け加える。
 何か凄い変な空気になった。
 暫くして、あれ何かこの雰囲気わりとヤバくないですか、とか何か、鳳華が若干内心で何らかの危うい感じを感じ始めたところで、前方の壁が、バタンと勢い良く開き、エリノア・ライスター(gb8926)が姿を現した。
「おう、グリーン」とか何か、この助けに縋りついちゃえくらいの勢いで喋りかけようとした。瞬間には、もういない。すっかり回転する壁の裏側に入り込んでいて、と思った次の瞬間には、また顔を出し、と思ったらもう居なくて、いや、どんなけ回るんですか、と思ってる間にも、二回くらいは回転している。
「なにこれ、やべー! チョー楽しーー!!」
 エリノアは、自分の尻尾を追いかけるのにハマってる猫、くらいの勢いで、どんどん回転壁を回して行く。最悪もう、キメラの討伐とか忘れちゃってるんじゃないかな、今日はもう、壁回すだけに来たんじゃないかな、みたいになりそうになった所で、無線機が着信し、未名月 璃々(gb9751)の声が聞こえてきた。のっけに、「どうですー」とか何か、めちゃくちゃ漠然とした事を言われたので、思わず「何がだ」と答えた。
「いえさっきも言いましたけどー」と、彼女はわりとさらっと嫌味っぽく付け加え、「キメラですよー。追い込む形でー、倒していけばいいんです。位置はさっき、バイブレーションセンサーで、お教えしましたよね?」
 とかいうその間にも、ずっと葵陸は隣に立っていて、じーっと何か、こっちを見ている。
「そういう璃々は何処に居るんだ。さっさとこっちに合流してだな」
「すぐ近くの階段の辺りで座ってますよー。いえー、キメラは退治して下さるそうなので。皆さんが」
 とか、マイルドに、自己主張を組み込んでくる未名月に驚き、何か言い返そうとした隣で葵陸が、「なるほど。上手いですね。確実に自分はやらない感を押し込んできます。さすが、未名月さんです。ねえ、鳳華さん」とか、どさくさに紛れてこっちもマイルドに名前とか呼んでくるので、一瞬「うん」とか流しかけて、「えっ」と振り返った。「鳳華、さん?」
「や別に。ちょっと妹の名前に近かったから、呼びたかっただけですよ」
 そしたらまたバタン、と現れたエリノアが、「え、何お前ら、付き合ってんの?」とか、めちゃくちゃなことを言ったわりには、「なななな、何を。おい、そこは全力で否定しろ、パープル!」と叫んでるこっちとか完全無視で、もういない。
 しかも葵陸は葵陸で、「はーでも、この家、建築物としての価値が、ホントに、それ程あるんですかね。階段や扉は、家に普通にあるものですし、そっちの多い家は、それ自身が何かを象徴するものだから僕にも理解できますが、回転壁ってむしろ、家よりテーマパーク寄りな気がしますけど。どこで方向性間違えたのやら。どうせなら、鏡の多い家とか、あればよかったのに」とかもう、全然関係ない。
「鏡って何だ、鏡って。そんなに自分を映したいのか。ああそれとも、もしかして鏡に映った私の美貌が見たいとかそういう何だ。あれか」
「ああそうですね、壱条先輩って、どちらかといえば、美人ですよね。目鼻立ちが整っていて、体型もスマートで。でもまあ僕の方が、美しさでは勝ってますけどね。あ、ドジッ子度はお譲りしますよ」
「なにを戯言を。私のほうが美しいに決まってるじゃないか」
「え?」
「大体だな、男が美しいってなんだ。ナルシストなのか! いや、自分を美しいと思うことは構わん。しかし、私の美しさは青天井ってやつでな。そもそもだ、後輩が美しさでたてつくんじゃない。なぁ、グリーン。私のほうが美しいよなー?」
「え、何、お前ら付き合ってんの?」
「ちが、だから、ちょっと待てエリノア!」
 また、壁の向こう側へ消えて行こうとしたエリノアの手を掴み、鳳華は止める。「ちょっと落ち着け! あと、付き合っては、ないってええええ、ドリルテールが直毛になってるぅー!」
「おー」
 とかわりと面倒臭そうに、自分の髪を弄ったエリノアは、「あんだ、アレだよ、逆向きの回転が加わったからだろ。気合で戻すから、しんぺーすんな」とか、めちゃくちゃ真面目な顔で、超理論な事を言った。
「な、なんだよ。そんな真面目に答えられたら、困るじゃないか」
「まぁ何だ。何でもいいけどさ、さっきなんか、蝙蝠の群れ見つけてよー。なんやかんやあってよー。もう直ぐここにくると思うぜー。あ、そうだ。あとさ」
「うん」
「お前ら、付き合ってんの?」





「謎めいた洋館に蝙蝠」
 地下を探索するエイミー・H・メイヤー(gb5994)が、辺りの壁にうろうろと視線を馳せ、最後に、隣を歩く泉(gc4069)を振り返った。「なんだか良い雰囲気だな!」
 青い瞳を細め、微笑を浮かべる。それから、ランタンの明かりを翳し、「棺とかないかなぁ。吸血鬼がいそうな雰囲気なのにな」と、瞳をらんらんと輝かせた。
 泉はんーと困ったようにちょっとだけ俯いて、彼女の手を握る手に、ぎゅっと力を込める。
「こわーい、よーかん‥‥こーもりさん‥‥きゅー、けつきさんも、出て、きよん‥‥?」それから赤い瞳で、心細そうにちら、と見上げた。
「大丈夫だ! あたし達は、洋館探検隊なんだ!」
 エイミーは、ちっちゃい妹を頑張ってエスコートする、実は自分もやっぱりまだまだ若い姉、みたいに、力いっぱい頷いた。そしたら泉も、姉を慕ってやまない妹、みたいに、「ん! エイミーさん、いっしょの、いらい‥‥ひさし、ぶり、やし、ボクがんばる」とかすっかり単純に持ち直し、「にゃにゃっ♪ たんけーん、はっけーん♪」とか笑顔で歌い出す。
 それで、わりと仄かな灯りしかない地下室でも、すっかりキューティな雰囲気で二人がずんずんと進んでいくと、「む。見つけたぞ、回転壁だ。これだな」とか何か、エイミーが壁の一角を指さし、言った。
 明らかにそれは隣に向け言った言葉だったのだけれど、抱いていた猿のぬいぐるみを、何でか今、凄い気になったんです! みたいに、背中へと背負い出していた泉は、「あ、こーちゃんは‥‥なんぞあったら、あぶない、さかい‥‥おんぶ、なー‥‥?」とか何か、全然聞いてなくて、たどたどしく「こーちゃん」を背中へと背負い直すと、「え、なん、やった‥‥?」と物凄いマイペースにやっと振り返った。
「回転壁だよ。よし、回ってみよう」
「なんぞ、でよる、かな‥‥? きゅー、けつきさん‥‥おともだち、なれよん‥‥かな‥‥?」
 二人は見つめ合い、こく、と頷くと、壁をぎーとか押し込んで、中へと侵入した。
「おー、これは凄いぞ! まるでニンジャハウスだ!」
 とか驚いてるエイミーの後で、どうも何か、出るタイミングを間違ったらしい泉が、そのまままた入った方の部屋へと引き返して行く。「ま、待て泉嬢!」とか慌てつつも、手を繋いでる勢いで、やっぱりエイミーも表に出て、もう一回半回転して、でもやっぱり出損なって、もう一回半回転して、でもやっぱり出損なった。
「あにゃぁっ!? にゃー‥‥ぐる、ぐるー‥‥っ?」
「違う、ぐるぐるじゃなくて、ぐるぐるしたらいけないんだ! ここで止まって、いやいやいや、だから、ぐるぐるしたら駄、いや泉嬢、待て!」





 その頃、更に地下を探索していた鈴木庚一(gc7077)は、その隣を歩く香月透子(gc7078)に、「回転壁ねぇ‥‥面白そうではあるが、やたらはいらねぇよな」とか何か、面白いと思ったことなんてちっともないです、みたいな覇気のない瞳で言っていた。
 でも実のところ、今日もすっかりばっちり仕事の出来そうなお姉さんですが、何か、くらいのスーツ姿の透子は、何何何ーー! ちょっと、聞いて無いわよ! また殺人事件現場だなんてっ! しかも蝙蝠みたいなキメラが出るとか気味悪いったらありゃしないじゃなーい! とか何か、内心ですっかり忙しくて、しかも、怖い妄想は怖い妄想しか呼ばなくて、すっかり蝙蝠は吸血鬼に変化していたし、殺人事件は斧とか持ったとち狂った殺人鬼の出没に変わっていた。
 なので、また、全然覇気なく庚一が「だから多少なら欲しいかと問われれば‥‥あったら面白いわな」とか、わりとしつこく、回転壁について述べてくるそれに答えようとして口を開いたら、「ああ吸血鬼ね」とか、何か、言っていた。
 ちょっと、ん? みたいな、空白の間があった。
 けれど、透子はそこを「ああ、回転壁ね」と普通に言い直して、何事もなかったことにしようとした。したけど全然、何事もなかったことには、ならなかった。
 思いっきり庚一が、「あ怖いんだ」と、面倒臭そうな目のままで、言ってくる。
「こ、怖い? はは、誰が怖いなんて言ったのよ。な、何よ。こ、怖くなんかないわよ」とか最初こそちょっと笑ってみたけど、全然庚一が見つめているので、「何よ。こ、怖くなんかないんだからね!」と、最終的には逆切れして、ふんとして、透子はずんずん歩いて行く。
 その間にも、あーこの壁回りそーなので何か回ってみまーすくらいの勢いで、ふと回転壁を見つけた庚一が、透子を置き去りに、くる、と壁を回って姿を消して、「だいたいたかが哺乳類のキメラじゃないの。さくっとやっつけて帰ってこればいいだけの話よ」と、すっかり強がった事を言って、「聞いてるの庚一」と振り返れば、当然そこに彼はいない。
「え」
 透子の顔から血の気が引く。「ちょ、え。庚一? え?」
 おろおろと辺りを見回し、駆け出して、「庚一!」と叫ぶ彼女の背後から、ふら、と現れた彼は、実の所「隠密潜行」とか発動してて、わりと気配が分かり辛くなっていた。別に悪気があったわけではないけれど、一応元婚約者の彼女が何か、慌ててるんで、肩とか叩いて居場所を教えてやろうかな、と思った。なので、ぽん、と肩を叩いた。それで、そんなデカイ声出さなくてもこっちだ、って言おうとした。時にはもう、「ぎゃあああ!」とかけたたましい声で、透子が叫んでいた。
 とりあえず庚一は、わりと冷静にそれをじーっと見た。落ち着くのを待って、「ねえ。ちょっと、落ち着けば。俺だから」と、言った。
「な、何。庚一、お、おおお、驚かさないでよ!」
「驚かしてねえよ別に」
「じゃあ何で気配とか消してるのよ! 後ろに立ってるとか全然気づかなかったし」
「一応壁の向こうにキメラが居るかもしれないじゃん」
「信じられない! ほんっと信じられない! あのさ、こういう時はさ、ちょっと考えたらさ、そういうことしたらさ、驚くとかさ、考えないわけ。ねえ、考えないわ」
「あー‥‥分かった分かった」
「だいたいね、貴方のそういうところが」
「はいはいそうね、分かった分かった」






「さーておでましだ。お仕置きの時間だな」
 覚醒状態に入ったエイミーが、まさしくヴァンパイアとの異名を持つ大鎌「蝙蝠」を手に、出現したキメラめがけ走り出して行く。覚醒の影響で金色に変化した瞳を、冷たく据えると、「使い魔ごときに吸わせる血はありませんよ」
 ソニックブームを発動した。
 ザシュッと飛び出した衝撃波がキメラを纏めて吹っ飛ばしている頃、「にゃんこさんの、パーカー、着て‥‥お友達に、もろーた‥‥にとー、こだちー」とか何か、つい今しがたまでのんびりとした歌声を披露していた泉が覚醒状態に入り、すっかり人が変わったかのような鋭い顔つきで、二刀小太刀「松風水月」を片手に迅雷を発動していた。
「おーに、さーん‥‥こーち、らーっ♪」
 キメラを撹乱するように走り回り、鞘尻に仕込まれた小太刀で、躊躇いなく飛び回るキメラを切り裂く。



「あーもーキモチワルイッ!」
 とにかく、やたらめったら撃ちまくるわよっ! と言わんばかりの勢いで、透子が、ソニックブームを発動した。彼女の動きに合わせ、覚醒の影響で彼女を包む金色のオーラが、ふわふわと揺れる。
 その間にも洋弓「アルファル」を構えた庚一は、わりとやる気とかなさそうに、キメラの翼を狙い弓を放っていた。
 落ちた所は、透子が何とかするでしょくらいの調子でキメラを打ち抜いていたけれど、ふと、金色に変化した髪の毛を振り乱しながら、クラウ・ソラスを振り回していた透子の死角から飛び出たキメラを見つけると、影撃ちを発動し、さりげなく弓を放つ。
 彼女は全然、気がつかない。
 だからと言って庚一も、別に言わない。
 ただ息絶えたそのキメラの死骸だけが、ボト、と地面に落ちる。
 二人は、キメラ討伐を続ける。




「っしゃー! 壁ごと豪快に回りやがれェ!! シュツルムヴィント!!」
 竜の瞳を発動したエリノアの超機械トルネードから、特殊な竜巻が発生した。辺りの回転する壁をバタバタバタッと、回転させながら、キメラに向かい突進していく。「あはははは、なにこれ、チョー、楽しい!!」
 とかすっかりツボってる彼女の横から、こちらも竜の角で知覚を上昇させた鳳華が装輪走行で抜けて行く。「ふん! 今日の私は気がたってるんだ! 手加減なしで殲滅してやるから覚悟しろ!」
 天剣セレスタインを振りかぶり、「La chaine de la rose!」薔薇の連鎖と声を張り上げたかと思うと、ウロチョロと飛び回るキメラを次々と切り裂いていく。
 その間にも、ほしくずの唄をわりと楽しげに歌う未名月の声で、どんどんとキメラの飛行はふわふわと危うい感じになっていき、そこに狙いを定めたがごとく、葵陸の放った矢が、飛んでくる。
 長弓「百鬼夜行」の弦を引く腕に、竜の角によるスパークをバチバチと弾けさせながら、ビュン、とまた矢を放った。
「黄泉の国にお帰りください」