タイトル:ランドリーとブリキ玩具マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/31 22:27

●オープニング本文







 ランドリーの緑色のゴムの床を、今日も江崎が、モップを使い清掃している。
 けれど、もちろん、せっせと、などとは到底形容できないデタラメさ加減で、撫でているのか拭いているのかもわからないような、それはもう清掃というより、何らかの通例的な儀式ともいえた。
 それをぼんやりと眺めていたら、西田の前までモップを滑らせていた江崎が、顔を上げ、開口一番、こう言った。
「あのさ。あのー、あれ、えーっと、頭、大丈夫?」
 西田は何かとりあえず、全自動洗濯機とか、ドラム型の洗濯機とか、客もいないがらんとした室内をぼーっと見た。それから「え?」と江崎を見た。
「いやだから頭」
「え何、俺に言ってんのそれもしかして」
「え、うん」
「え、なんで」
「え、なにが」
「いや、何がじゃなくてさ、何でよ。え、何で急に頭の」とか何か、凄い勢い良く話し過ぎたので、ぐ、と喉に上がってきたゲップみたいなんを飲み込み、続ける。「頭の心配したわけ。失礼じゃないの」
「そうかな」
 江崎はモップに顎を預けて、のんびりと小首を傾げる。「いやだって昨日何か、頭痛いとか言ってたし、大丈夫かなって」
「え」
「え、ってえ?」
「え何そういう意味なの」
「うん、え、他にどういう意味があるの」
「いやいや、だったらさ! 頭痛いの大丈夫、とかさ。何か言い方あるじゃん。何でそこ端折るかな、頭大丈夫、だったらさ、何かさ」
「はいはいはいはい」
 とかすっかり何かもう聞く気ありませーんみたいに、江崎は、モップを持って店舗の奥まった場所にある扉の向こうに消えていく。そして、例の如く茶色い封筒を手に戻って来た。「はい、じゃあ西田が何か面倒臭い感じになってきたので、依頼の話をします」
 そして目の前に茶色い封筒を押しつけてくる。
 江崎はコインランドリーの管理人という、実態の良く分からない仕事の傍ら、仲介業のような事をやっていた。つまり、キメラの出る地域に眠るお宝や、一般人の立ち入りが困難な場所にある曰くつきの品などの回収を請け負い、ULTに勤務する西田に、能力者への仕事として斡旋させるという仕事だ。
 こんなご時世の中にあっても、好事家や収集家は存在するらしく、多少の出費をしても手に入れたい物がある、と江崎の元を訪れる人間は、少なくないらしい。
「面倒臭い感じになってきたのでって何か、腹立つんだけどさ」
「何かとか言って漠然と腹立ってるくらいなら、無視していいよね」
「無視しないでくれるかな」
「西田」
「うん」
「無理」
 あーそうですか、みたいに顔を伏せた西田は、書面をめくりながら、言う。
「ほんで物は何なのさ」
「え?」
「えじゃないよ、探してくる物は何なのかって聞いてんの」
「ああ。ブリキの、車の玩具をね」
「え?」
「だから、ブリキで出来た車の玩具を」
「いや買えよ! 買えよ、そんなん! 何で玩具取りに行かなきゃいけないのよ。絶対怒られるよ。確実怒られるよ」
「まあ、怒られるの、俺じゃないし」
「最低」
「知ってる」
 ずずず、と四本足の簡易椅子を引いて来て腰掛けた江崎は、西田の手から書面を取り上げページを繰り、また手渡してくる。「だいたい、玩具じゃなくて、ブリキで出来た車の玩具だからね。古くて何か、それなりにマニアにはたまらない一品だとか何とか」
「完全に価値分かってないって顔してるけどね」
「場所はね。えーっと。あ、これこれ。小じんまりした民家みたいに見えるけど、昔は玩具がいっぱい飾られてた、小さい博物館だったらしくてね。まあ、物好きの人がやってただけみたいだけど、キメラがこの場所に生息し始めて、この館の持ち主の息子は、完全にこういうガラクタには興味がないってんで、家ごと完全に放棄したわけ。これが航空写真ね。写真で見た感じだと、建物は二階建みたいよ。一階、二階共にガラス張りの陳列棚とかがある感じみたいだね。その中から、この写真にある目的の物を探して来て貰う、と」
「いやだなあ。玩具を、って俺、どんな顔して言えばいいの」
「普通の顔して言えばいいんじゃないの。お金はちゃんと払うんだし。これも、あれですよ、仕事ですよ」
 江崎は煙草の火をつけながら、何でもないことのように、言う。







●参加者一覧

紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
フランツィスカ・L(gc3985
17歳・♀・GD
ミコト(gc4601
15歳・♂・AA
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA

●リプレイ本文






「探すのはブリキの車か。その手の品は高いってよく聞くけど、今回のもそうなんだろうね」
 とか何か言って緋本 せりな(gc5344)は、後ろに立つマルセル・ライスター(gb4909)を振り返った。「というか、マルセルさんとかもこの手の玩具、好きそうだよね」
「うん。できれば、ここにあるもの、なるべく傷付けたくない、とは思うよね」
「だから、今日はミカエル装着してないんだ」
「まあね」
 棚を見る瞬間、青い瞳をきらきらと輝かせたマルセルは、「それでね、せりな」と、わりと真面目な顔っていうか、ちょっとどうしていいか分からない事に遭遇した人みたいな表情になって、言った。
「え、うん」
「実はわりとさっきから言おうと思ってたんだけどね」
「うん」
「彼女がね」
 と、マルセルは、自分の背後のフランツィスカ・L(gc3985)を指さす。「何かね、陳列棚見て泣いてるの」
「いやいやそんなわけってえー! 本当に泣いてるー!」
 一体どうやったらブリキの玩具を見て泣けるというのか、ぐるぐる眼鏡を外した目尻を、そっと拭っていたフランツィスカは、二人の視線に気づいたようにハッとしたように顔を上げた。
「いやいやいや、何で泣いてるの」
「い、いえ。すいません。少し、弟たちの事を思い出しまして、目頭が‥‥」
「え?」
「思えば、弟達に玩具なんて、買ってあげたことなかったなあ、と思いまして。玩具どころか、服も買ってあげたこと、なかったんです。全部わたくしの手縫いばかりで‥‥」
「あ、そ、そうなんだ。それは何ていうか、大変だったね」
「あとこれは言っていいかどうか分からないんですけど」
 すん、と鼻をすすったフランツィスカが、マルセルの生足覗く短パンの辺りを、ちらちらと見やる。またぐるぐる眼鏡をかけ直し、「あれ多分、キメラだと思うんです!」
「えー! 俺の短パン関係なーい!」
「しかもサムズアップ違うから!」
「あ、すいません‥‥それでは、ピースでしょうか」
「いやそれはもういいから! 行くよ!」
 背後を振り返ったせりなが、すぐさま覚醒状態に入る。見れば確かに、今振り返られたのでちょっと止まりました、みたいな明らかに不自然な様子で、ブリキの兵隊の玩具が、廊下に突っ立っていた。
 彼女はすぐさま両断剣を発動し、駆け出して行く。「オッサンはいいとして、玩具まで一緒に壊すのは少し忍びないんだけどね」
 赤い光の纏う炎剣ガーネットで流し斬りを発動した。
 とかいうその間にも、フランツィスカが流し斬りで露わになったブリキの中身、ちっちゃいオッサンキメラに、「そこ、ですか。姿を晒しましたね‥‥。フフフ」とか何か、言っている。のは良いのだけれど、すっかりその目が、覚醒の影響でキュピーンとか、薄っすらと翡翠色の輝きを放って、怖い。っていうか、やばい。しかもそんな大人しそうな顔して構えてるの思いっきり釘バットとか、この人完全に殺る気だわ! 殺られるわ、俺達! とキメラは思った、かどうかは分からないけれど、とにかく馬のブリキとか呼んで騎乗し出した。
 すかさず、槍が飛んでくる。それを弾き落としで、パコーンと打ち返しておいて、しゃーと距離を詰めていく彼女の背後で、残った槍が陳列ケースを突き破ろうとする。その瞬間、「職人の魂と、思い出がここにはあるんだ、傷付けさせはしない! 守ってみせるっ!!」
 ザシュと、間に割って入ったマルセルは、パンパン、とパイモンを鮮やかに操り飛んできた槍を叩き落とし、竜の爪を発動した。キメラとの距離を詰める。足元を払うように低い斬撃を繰りだし、ペコ、とか倒れたところを、上から鎧の隙間を縫うようにして、す、と右手用の剣ラバルを突き刺した。
「おやすみなさい」





「ブリキのおもちゃか」
 興味があるのかないのか、良く分からない飄々とした顔つきで陳列棚を見つめながら、ミコト(gc4601)が言った。
「そういえば昔も、こういうものにコレクターが、お金を出したらしいね」
「へえ、そうなんだー」
 人の話を聞いているのか聞いていないのか、今日もすっかりエアーでファインな鈴木悠司(gc1251)が軽やかな返事を返す。「コレクターとか居るんだねー」
「うん」
 最後尾を歩いていたヤナギ・エリューナク(gb5107)が、わりとどうでもいいですけどね、みたいな顔で口を挟んだ。「そもそも今回の依頼、それだからね」
 そしたら何か、その場が若干シーンとした。
「え? あ、そうか!」
 とかまず、悠司が今分かりました! みたいに、ポンと手を打ってヤナギの顔を見た。
「え、何それ今なの」
 ヤナギは、とりあえずじーとかその顔を見つめ返した。
 えーっとじゃあ、何か見られてるので俺も見ますね、みたいに悠司は、ミコトの顔を見た。
「いや」
 と、相変わらず、若者特有の愛想を内側に押し込めたような表情を浮かべ、彼は言う。「いや、そうね。俺は知ってたよ」
 それであ、そうなのね、俺だけなのね、みたいに若干ジュンって何か、落ち込みかけた悠司の手を、ヤナギがちょっとこっち来てみ、とか引っ張って行く。それで、空になった人が入れそうな大きさの陳列ケースの中に無言でその体を押し込んで、「お。こんなトコに男前のマネキンが‥‥‥って、いやぁ悠司クンじゃないか」とか何か、いきなり棒読みで、言った。
「いやもう、何がしたいの、ヤナギさん、分かんないよ、ねえ、俺、これだけは分かってあげられな」
「しかしあれよな」
 そしてもう全然聞いてません、みたいにヤナギは、また歩き出しながら、言う。「よくもまぁ、こんなにほいほいと好事家が出てくるもンだよな。だいたいブリキの車の玩具ってねェ‥‥俺なら楽器の方が良いケド。ま、好みは人それぞれだろうけどさー。って、俺やべえ今何か踏んでねえ?」
「わー! ブリキの兵隊さん! ブリキの兵隊さんだー! って、キメラだー! 何て言うファンシー攻撃だチキショー!」
 とか何か、言った悠司が、すぐさま覚醒状態に入る。機械剣「莫邪宝剣」の超圧縮レーザーを射出させ、だ、と走り出した。
「しっかし、また変なキメラだな、おい。つい踏ん付けちまったじゃねーか!」
 同じく覚醒したヤナギが、チッとか舌打ちしながら、そのままキメラを蹴りあげる。そのままそれを追うように、瞬天速を発動した。「こんなヤツ、さくっと退場願おうゼ」
 円閃を発動すると、ヤナギの体がふわ、と舞うように回転する。眩い光を放つガラティーンが空に閃光を描きながら、バチッと、ブリキを貫いた。
「ふん、どうよ。痺れるだろ? って、うわっ! ナニコレおっさん出てきたっ?!」
「よーし俺もしっかり倒させて頂きますよっと! うわーこっちも中からちっさいオッサン出て来たー!!」
 大興奮! と言わんばかりに、覚醒の影響で現れた尻尾と耳をふるふるさせながらも、悠司はすかさず流し斬りを発動する。目にも止まらない速度で、キメラの側面へと回り込んでいくと、莫邪宝剣のレーザーでオッサン達を次々と薙ぎ払った。
「ったく、好き放題やってくれるね。物を壊さないってのが最初のお仕事だってのに」
 ため息を吐き出しながら言ったミコトが、同じ調子でさらっと覚醒し、背中に背負った両刃の剣リジルをすぐさま抜いた。飛んできた槍の攻撃をすかさず叩き落とす。「‥‥まぁ、これくらいで命中させられると思われてもね」
 その間にも、キメラがじりじりとミコトへの距離を詰めている。展示物を壊さないよう、ちら、と彼は左右に視線を走らせると、リジルを小脇に両手で構え、キメラへ走り込んだ。「本物かどうかは知らないけど、一応、無駄に壊すのもどうかと思うしね」
 ぐい、とブリキの隙間を縫うように、刃を差し込んだ。




「それでですね」
 ソウマ(gc0505)は、顎を摘んだ格好で、目の前に居る思いっきりガスマスクの不審人物にしか見えない紅月・焔(gb1386)をじろじろ見つめ、言った。
「何してらっしゃるんですか、こんな所で」
 と、辺りを見回す。そこにあるのは、小じんまりとした車庫だった。
「いや、今回はブリキの車ですからね。ええ、探してるんですよ。しかしそんなもん」
 しゅこーとガスマスクから息を吐き出して、焔は腕を組む。「走るのか?」
「いや走らないですよ」
「ん?」
「いや、走らないですよって、んって何ですか、んって」
「なるほど。走らないのに、探す! 乗ってみて楽しむだけですね! これぞ紛う方なき夢想プレイ! 確かにそれは、マニアですね、ぐへへ」
「いや、ぐへへ、違いますし、大きさ、完全に違いますし」
「え?」
「いやもう、ですからね。完全にこんな所でごそごそしてるとか不審者でしかないので、あのー、僕らの評判にも関わりますし、とりあえず室内に戻ってですね」
「分かりました。ならば‥‥なんて素直について行くと思うなよ!」
 とか言った焔のガスマスクのキャニスターからモシュ〜っと荒い鼻息が漏れた。「いやよ! いやよいやよ。あたいのお迎えは女性じゃないといやよ! ついでに巨乳で、美人で、若くていや、熟女でもいい! 何でもい」
「しっ、静かに」
 そこはもう全然聞いてなかったソウマは、さっと身を低くし、手を翳す。「やれやれ。キメラが嗅ぎつけて来ちゃったじゃないですか」
「あ。本当だ。ブリキが行進している」
 と、それを見つけた瞬間、ぐへへ、とまた焔は薄気味の悪い笑い声を漏らした。「なるほど。俺を待っていたのはこれだっていや、聞いてよ」
 とかもう、そこも全然聞いてないソウマは、すかさず覚醒し、瞬天速を発動する。みるみる内にキメラとの距離を詰めると、篭手型の超機械「ミスティックT」を装備した手で豪力発現を発動し、空中に放り投げ強力な電磁波を発生させる。
「瞬獄殺」
 彼が無表情に呟く頃、焔もまた、「ああ言う兵隊の中身は現代の定説から言えば美少女」とか何か、呟いている。呟いているのだけれど、もう次の瞬間にはソウマの攻撃でギャチャと飛び出して来たちっちゃいオッサン見て、「ってうわ何これ中年だし!? オッサンだし!? 定説の嘘つき!!」
 と、それでもう彼はすっかり、キレた。らしい。
「キサマ」
 シュコーシュコーと呼吸音を轟かせ、「オレヲ」機械剣「莫邪宝剣」のレーザーを噴出し、「オコラセタ!!」
 そしてわりと遠くから、そっと、練成弱体を発動した。






 キメラ退治を終えた一同は、それぞれ、目的の品の捜索に勤しんでいたのだけれど、一階から捜索するもの、二階から捜索するもの、とそれぞれが歩いている内、館の奥まった場所にある円形の部屋に、全員が、同じように到着していた。その部屋は、どの陳列棚にも増して棚が多く、壮観だった。
 とかいう部屋の手前にあるドアを、「まさかこんなトコには無ェよな?」とか何か言ったヤナギが開き、覗き込んでいる。
 悠司はそのドアを見上げた。思いっきり、トイレットとかプレートが貼ってあった。
「いや、ヤナギさん。全然探す気ないでしょ。ねえ。ないでしょ」
「でも殆ど探したしなあ。残るはこの部屋だけってこった。な」
「わー。やっぱこれだけ古い玩具があると壮観だねー。テンション上がったりしちゃう! これとかちょっと可愛いかもー! ねえ見て見て」
「何がよ」
「あー1個位持って帰れればイイのにー!! 姪っ子用に欲しー。可愛いんだよー俺の姪っ子ー。もう、すっごい、すっごい可愛いの!」
「いや悠司さ。全然探す気ないでしょ。ねえ、ないでしょ」
 その傍では、ドイツ車を模した玩具を手に取ったマルセルが、懐かしむような表情で「この子達にもきっと、一つ一つに、いろんな思い出、あったんだろうね」とか何か言っている。
「はい」
 と、フランツィスカが頬を染めながら、マルセルの言葉に頷く。「わたくしには価値はわかりませんが。でも、何か、人の温もりや想いが、このブリキの空洞の中に、表面に、込められているように思います」
「うんそうだね。このままここに放置していくには、心苦しいね。放っておいたから、大分痛んでいるし」
「いつか、この温かさが、人々を満たしてくれる日が、来るのでしょうか。いえ、きっと、この子達は、その日をじっと待っているのかもしれませんね。戦いが終わった後の、希望‥‥」
「だったら一応、ULTに保護を要請するだけでもしとこうかな。せめて貴重なものだけでも、回収して保存してくれれば」
「ええそうですね」
「しかしこれは本当に、お宝なんですかね。見る人が見ればお宝の山なのかな? 僕には理解できないのが残念ですが」
 ソウマがうーんと唸り声を上げる。
「お宝っていうか、こういうのはさ」
 ふらっと近づいてきたミコトが、呟くように、言う。「文化だからさ。だからできれば、このまま保存しておいて欲しいと思うけどね」
「なるほど、文化ですか」
 とかいうのはもうわりと聞いてなかったミコトは、棚を見て、唸り声を上げる。「ふ〜ん、これはレトロな車だね。ロータリーエンジンを積んだ車とかのもあるし。お、あっちにあるのはダメなロボットかぁ。この時代ってのもあるかもしれないけど、結構面白いものが置いてあるよね」
「あ、意外と、こういうの、詳しいんですね」
「え何それ、もしかして今、女顔のくせに、って思ったの」
「あ、意外とそれ、気にしてるんですか」
「そんなことは」
 顔を背け、ミコトは呟く。「ないけど」
「っていうかなんだろう。今ゆらっと紅月さんが見えた気がしたんだけど」
 棚の捜索に勤しんでいたせりなは、薄気味悪そうに辺りを見回し、それから、物がけからこちらを見つめるガスマスクの双眸を見つけ、ハッと固まる。
「どうしよう何かめっちゃ見られてる、どうしよう」
「ぐへへへ」
「どうしたのせりな」
 マルセルが、ポン、とその肩をたたき、それからやっぱり、ガスマスクの双眸を見つけ、ハッと固まる。
「何あれ」
「ガスマスクだね」
「お。それじゃねえの、ミコトの持ってるやつ」
 その時、室内にヤナギの声が響き、依頼の品の発見を知らせた。
「ホントだ〜見つかったねー!」
 一瞬そっちに気を取られ、それで振り返ると、すぐ隣に焔が立っていて、せりなはぎょっとする。
「こ、紅月さん」
「依頼の品を発見したか。よくやったな、皆」
「いや、な。違いますよ。紅月さん今回完全に、車庫で不審人物になってるか、室内で女子見つめて不審人物になってるか、要するに不審人物にしかなってないですしね」
「例え不審人物になっていたとしても、俺は今回の戦いでかけがえのない物を得たんだ」
 ふ、とガスマスクが遠くを見つめる。
「疲労、肩凝り、目の疲れを。な」
「さ、目的の物も見つかったことだし、帰ろうか」
「いや、聞いて。せめて聞いて、ねえ緋本嬢、お願いしますよ」
「きっとまた、いいご主人様に会えるよ。それまで、バイバイ」
 マルセルがふんわりとした笑みを浮かべ、部屋に手を振った。