タイトル:便利屋とパン屋店員探しマスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/21 04:05

●オープニング本文






 ふと顔を上げると、友永が物凄いじーっとこっちを見ていた。っていうか、直視していた。
 それはもう、直視の中の直視っていうか、これぞ正しい直視です! 直視とはこれです! くらいの勢いの直視だったので、とにかく直視だった。そして、直視だった。
 それがあんまりの直視だったので、町田は思わず作成していた報告書から顔を上げ、友永のどちらかと言えば美形の顔を、ちら、と見やった。
 それから、暫くパソコン画面の文字を目で追っていたのだけれど、やっぱり無理です、みたいに町田はやがて、友永を振り返った。
「あのー、友永さん」
「うん」
 肘かけに肘を突き、額を細い神経質そうな指で押さえ、こちらを見つめていた友永は、ハッとなんてしてないよ、絶対、みたいに、姿勢を立て直し、むしろそれを隠そうとして若干逆切れしました、みたいに「なに」とか、何か、無表情に聞いて来た。
「いやあの、何っていうか。僕の顔に、何か、ついてますか」
 とか言ったら、友永は肘かけに両の手の肘を預け、腹の辺りで手を組み合わせた格好で、ちょっと固まった。
 それから一瞬目を逸らし、そしてまた横目に町田を見やって、「ん」とか何か軽く、小刻みに頷いた。
 咳払いをする。「そうね、見てたね」
「はいそうですね、見てましたね」
「うん」
「いや、うんって、うんでは流せないくらい、見てましたよ」
「いやなにそれ、何か悪いのかな」
「あれ何ですかそれ、逆切れですか」
 一旦伏せられた切れ長の瞳が、ちらちら、と町田を思わせぶりに見やって、「別に」とか、何か、言う。
「あれ何それ、拗ねた感じですか」
「きみはあれだな。ちょっとあの、あれだ、煩いな」
「いや普通、人は人の事とか、じろじろ見ないと思うんですよ、この際、言っときますけど」
「そうか。それは知らなかった。教えてくれてありがとう」
「わりと友永さん、僕のこと見てるじゃないですか」
「そうだったかな」
 面倒臭そうに椅子から立ち上がった友永は、脇のテーブルに置かれた珈琲のポットとか、カップとかを弄り出した。つまり、珈琲を淹れ始めた。「けれどそれはきみ、自信過剰というやつじゃないか」
 とか何か言われて、そうなのかな、とか考えて、町田はちょっと黙った。
 そしたら何か、部屋がシーンとか、した。したけど、町田はとりあえず何か、考えていた。考えていたら、その内何を考えてるのか分からなくなって、何かちょっとぼーっとした。
 チッ、チッ、とか、時計の秒針の動く音が、何処かから聞こえてくる。
 珈琲を淹れたカップに口を付けながら、友永がこちらを振り返る。目が合った。
「あいやでも、やっぱり、何か」
 じーとかその顔を見やりながら、町田は言った。「見られてると思うんです」
「うん、その話はもういいよね」
「はい、もういいです」
 むしろ、実は全然興味とかなかったです、くらいの勢いで町田は報告書作成の続きを作る作業に戻る。
「いやあのさ、町田君」
「はい、何ですか」
 キーボードを操作していた指を止め、デスクに座った友永を、見た。
「いや」
 ぎし、と椅子が沈む音がする。「まあいいや」
「で、次はどの依頼に取り掛かるんですか」
「んーそうね」
 友永は、椅子に背を預けたままぼんやり呟いたかと思うと、さっと弾かれたように体を起こした。デスクの端に置かれた箱から、依頼受付時に作成する、簡単な契約書のようなものを取り出し、ペラペラと目を通し始めた。
 それから、「あ、そうそう」と、その中の一枚をぴらり、と引き抜き、町田に向け、不意に掲げた。
「ねえ町田君」
「はい、何ですか友永さん」
「このさ、クソどうでもいい依頼は、断っても、いいかな」
 目を凝らし、読むと、人を探して来て欲しい、という男性からの依頼で、町田も薄っすらとそれは覚えていた。確か、とあるパン屋に勤めていた青年を、どうしても探し出してほしい、という、依頼だった。
「いや、クソどうでもいいって、確かにクソどうでもいいですけど、そんな、思いっきりクソどうでもいいなんて言うとか、いやそりゃ確かにクソどうでもいいですけど、だからってそんなクソどうでもいいって言い方は」
「町田君」
「はい」
「ちょっと、落ち着こうか、とりあえず」
「はい」
「とにかくだいたい、人なんて、自分で探せばいいよ。僕は忙しいし、君も忙しいし、辞めたパン屋の店員さんを探すなんてくっだらない事に関わってる暇はないよ」
「いやまあそうなんですけど。でも、一応、相談に来られたわけですし、こんな所にまで相談に来るって事はこれ、よっぽど見つけたいって事なんじゃないかと思いますし、よっぽど見つけたいってことは、やっぱり、力になってあげたいっていうか、こんなご時世に、一生懸命生きてる一般の人達の力になりたい、っていうのが、この便利屋のコンセプトじゃないですか」
「いやそんなコンセプトは覚えがないけどね、意外となに、優しいのね、町田君って」
「はい」
「あ頷いちゃうんだね」
「あと、それに」
「うん」
「わりと料金を吹っかけても、払いそうな予感がしました」
「うん、え?」
「お金は大事ですしね」
「そういう考えの人が、優しいのねって言われてはいって言ってはいけないと思うよ、町田君」
「だから、この依頼は断らず、地道に解決すべきです。収入のために」
「でも、僕はやらないけど」
「どうしてもですか」
「どうしてもですね。むしろ、これから出かけますしね」
「歳の頃は二十代後半。勤めていたパン屋さんは、地図添付のこのパン屋さんですね。分かってる情報はこれだけです」
「そんな改めて依頼内容言って貰っても、僕はやらないけど」
「あと、依頼人についてですが、これもまた、二十代後半の青年ですね。何となーく、優男って感じに見えましたよね」
「町田君も、見た目はそうなんだけどね。そして、更に改めて言われても、僕はやらないけどね」
「じゃあ」
「うん」
「ULTに勤めてる友人に」
「うん」
「またちょっと手伝ってくれそうな人を、探して貰いに行ってきます」
「うん、それがいいかも」
 もうさっさと身支度を始めながら、友永が頷く。「せいぜい傭兵は、便利屋手伝いじゃないんだぞ、って嫌な顔されなければ、いいね町田君」







●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
キャメロ(gc3337
18歳・♀・ST
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
滝沢タキトゥス(gc4659
23歳・♂・GD
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
山田 虎太郎(gc6679
10歳・♀・HA
アリーチェ・ガスコ(gc7453
17歳・♀・DG

●リプレイ本文






 形を整えたパン生地をシートを敷いた鉄板の上に並べながら、マルセル・ライスター(gb4909)が語った。
「ドイツはね、パンの種類が500を越える、パンの国なんだ」
 自家製のブルーベリー酵母で作られた、ふんわりとした生地を、愛しそうに青い瞳で見つめ、生まれたての赤ちゃんを扱うかのように優しく、丁寧に、鉄板の上に置いて行く。いつもは、無造作に撫でつけられているだけのおかっぱの長さの銀色の髪を後ろで緩く結び、白い帽子を頭に乗せていた。
「だからね、ドイツでパン屋を開くのは、つまるとこ、世界屈指のパン屋になるということなんだよ。俺は、それを目指しているんだ。世界一のパン屋に、パン屋王に」
 それで、ふと目を上げると、後は簡単なデコレーションを施すだけの、焼き上がった丸い形のパンをビニル手袋の両手に持ち、胸の辺りに当てている緋本 かざね(gc4670)の姿が、見えた。
 ハッと、悪戯が見つかった子供のようにゆっくりと振り返ったかざねは、むしろそこで開き直ったのか、若干どや顔でマルセルをじっと見た。
「いやかざね」
「はい」
「そんな顔で見つめられても」
「ま、そうですよね」
 そしたら、すっかりさりげなくパンを鉄板の上に戻し、「それにしても美味しそうなパンですよね〜」と、続ける。
「まあそうね」
 また作業に戻りながらマルセルは呟いた。「かざねの焼いたパンよりはね、それは、そうだよね」
「あれ? 何ですか?」
「いや、かざね。この際はっきり言うけど。やる気になってくれてるのは、とっても素敵なんだけど」
「はい」
「そのカフェエプロンも気合い十分で可愛いんだけど」
「あ」
 そこであ、やっぱりですよね、そうですよね、みたいにちょっとにやつく。「はい」
「特売日に、良い迷惑だよ」
「あれ、なんですか?」
 マルセルは、店の隅にある、かざねが勝手に画用紙に書いて掲げた「かざねコレクション」と、その下に並ぶ、見るも無残なパンの数々に目を馳せた。
「あんな真っ黒な焦げたパンを店先に並べるパン屋さんの気持ちを、察して欲しい」
「えー、なんですかー! 私だって、本当はやればできるんですよ! それがたとえ炭のような塊になったとしても、それは私のせいではなく、そういうものだからそうなっただけで、きっと時代のせいですよ! バグアの陰謀とか」
 とか、あんな黒焦げのパン焼いといて逆切れとか、全然もう意味が分からなかった。
「ここの店長さんはとっても良い人だから良かったものの、普通だったら殴られてるよってかざね、聞いてるの」
 そしたらそこに、チリン、と店のドアが開いたので、「いらっしゃいませー」と、エプロン姿のかざねが、いそいそと飛び出して行く。
 店内に入って来た青年の姿が見えた。トレイとトングを手に持ち、店内を徘徊し出して、かざねコレクションを見て茫然と立ち尽くした。それから、籠に持ったパンを運んできたマルセルの姿を見つけ、ぼんやりと、その姿を眺めた。





「と、いう事があったのがまあ、きっかけというか」
 とか何か、キャメロ(gc3337)の突き出した「指さし君2号」に若干体を引きながら、依頼人の青年が答えている。とかいうのは、実は全然聞いてなくて、幡多野 克(ga0444)は、もうとにかく店内に並べられたパンにもう夢中だった。
 わりと執着とかなさそうな恬淡とした無表情の下では、焼き立てで‥‥ふんわりパン‥‥とかもうぽわーんって、パンしか見えてない。
 とかいう間にもわりと話はどんどん進んでいて、「なるほど。あのように甲斐甲斐しく働くマルセルさんの姿を見て、彼を思い出してしまったと」とか何か、アリーチェ・ガスコ(gc7453)が、店内で働くマルセルを見やり、一体何を納得したのかうんうんと頷き、メモらしきものに文字を書き込む。けれど依頼人はそれには答えず、ぼんやりとかざねコレクション、と書かれた画用紙の方をぼんやりと眺めていた。
「あんな凄い不味いパン食べたの初めてで、その時、あの人に戻って来て貰わなくちゃって凄い何か思っちゃったんですよね。それで、依頼をしたんです」
「え、食べたんですか」
「でも、分からないですねえ。元パン屋のお兄さんの代わりは、やっぱりお兄さんじゃないと駄目なんですか?」
 びし、とまた、指さし君2号を突き出し、キャメロが言う。
「まあ、凄い美味しいパン焼く人でしたし、っていうかそれ何かやめて貰えませんか。ちょっとびくっとするんで」
「それだったらパン屋のお姉さんだって、いや、最悪、マルセルさんだって良いんじゃないですか? 駄目?」
「いや、まあってだから、その指さしやめて貰えませんかって」
「なるほど。好みが難しいんですね。マルセルさんだと若すぎると!」
「あらあら、キャメロさん。それは追及してはいけませんよ」
 ゆるりと流れる黒髪を揺らしながら、ガスコは褐色の頬をふわりと綻ばせる。マリア様のように微笑みながら、「愛ですよ、道ならぬ愛です。気軽に口には出せません」とか何か、言った。
「なるほど」
 ふむ、とキャメロは腕を組み、顎を摘む。「と、いうことは別に元パン屋のお兄さんではなく、同等のお兄さんであれば、ありという可能性も」とか何か不穏な事を呟き、「ではその線で私も当たってみましょう」とか何か、更に言った。
「いやあの、え、ちょっと待って下さい。あの何をどう当たる」
 依頼人がキャメロに恐る恐る言うと、それを制するようにガスコが「ご安心ください」と、青年の声を手で制す。
「何も心配は要りません。このアリーチェ・ガスコ。オメルタに誓い、必ず連れ戻しましょう。貴方の最愛の人を」
 颯爽と立ち上がった彼女が、いえあの、とか依頼人が言うのも聞かず、キャメロの手を引き、さっさと店を出て行く。
 その頃やっと克はハッと我に返り、「いけない‥‥。ちゃんと探さないと‥‥」とか呟いたのだけれど、もうそこには誰もいない。え、何これちょっとどうしよう、とゆらーとか顔を動かしたら、思いっきりこっちを見ていたらしい依頼人の青年と、目が合った。




「とかいう事情らしいと、聞いたけど」
 道端にしゃがみ込んだジョシュア・キルストン(gc4215)は、ガスコから分けて貰ったパン屋のラスクを一つ頬張ると、両手をぱんぱんと軽く払い、元パン屋の店員だとかいう今回の捜索人の青年の顔写真を手に取った。「でもまあ、痴情の縺れとかいうより、単純にめんどいからなんとなく依頼しただけかもしれませんよね」
 すると、んーとか、隣で腕とか組みながら、ぼんやり突っ立った滝沢タキトゥス(gc4659)が、考えているんだか気が無いんだか、判断の微妙な返事をした。
 とか、ジョシュアとしても、全く捜索には興味がないっていうか、むしろ何か、お金貰えてナンパ出来るならいいですよね、くらいの感じで受けた依頼だったので、んーとかとりあえず同じように頷いておいて、目の前の通りを行き交う女性を眺め、物色状態に入た。そしたら、ふと斜め後ろの方から後頭部の辺りに視線を感じ、それはもう確実に、女性の視線だ的にセンサーは反応していたのだけれど、せいぜい何気ない風を装って振り返ってみたら、女性っていうか、金髪の小さな女の子が立っていた。
「失礼。この男性を探しているのですがお見かけになった事は‥‥っと、すいません。あまりに貴女がお美しいので仕事を忘れて見入ってしまいました」
 って用意してた台詞は、完全に使えないので、し、まで出かかっていた音を飲み込む。「しって若いな」
 とかいうその間も、わりと愛らしい顔をしたその少女はじーっと、ジョシュアを見ていてっていうか、実は良く良く見てみたら、ジョシュアの横にあるラスクの入ったプラスチック製の包装容器を、そのつぶらな青い瞳でじーっと見ていた。
「食べますか」
 それで容器を差し出したら、途端に彼女がとことこと寄ってくる。どちらかといえばテンション低めに、黙々ともう当たり前かのように食べ出した。
「あ、すごい無言で食うんですね」
 とかわりとどうでも良さそうに言ったジョシュアが、突然、弾かれたようにハッと通りの方へと顔を向けた。無言ですく、と立ち上がった。颯爽と、それはもう、颯爽とはこのことだ、と言わんばかりの颯爽とした足取りで歩いて行く。
 誰に。道を行く女子に。
「それであの、あなたは?」
 黙々とパンを食う彼女の勢いに若干押されながらも、滝沢は問うた。
 暫く無言だった彼女は、一通り、食い気が収まったのか、やがて、顔を上げた。自らを山田 虎太郎(gc6679)と名乗り、「何やら気が付いたら、見知らぬ場所に出てたんですよー。あのーこれってー、もしかしてバグアの罠ですか?」とか何か、続ける。
「え、何がですか」
 何を聞かれているのかが、まず、全然分からなかった。
「パン屋さんで人探しっていう楽な依頼があるって聞いたんですけどねー。いつまでたってもその問題のパン屋さんに辿りつかないんですよねー」
「あのー、それっていうのはもしかして」
「あと、アイス、食べたいですよねー」
「え」
「甘くて冷たいモノを食べたい気分なので、アイス屋さんとか周辺に無いですかねー? 買ってきて貰えませんかー」
 ってそれはマイルドに命令だったけれど、何か気がついたら「あ、はいわかりました」とか、凄い良い返事をした自分に、滝沢は何かちょっと愕然とした。一瞬頭が真っ白になって、すぐにいやいや、と我に返る。「あのそんな事より、そのパン屋さんなんですが、知ってるかもしれません」
「西ですよね」
「え」
「山田、朝の占いで西の方角がラッキースポットらしいんですよねー」
「え違いますよ、えいやなに言っ違いますよ」




「そのパン屋さんなら知ってますよ。それ、本当なんですの」
 四角い顔をしたオバサンの言葉に、ガスコはええ、と艶やかな黒髪を揺らしながら頷いた。「しかもその店には現在、他のいろんな意味で優秀な少年がいましてね。これがまさかのもう、三角関係なのですよ」
 とか彼女は何か、近所のおばさんに独断と偏見に満ちたっていうか、独断と偏見しかない推測を話しまくっているけれど、克はわりとそこのところはどうでも良くて、その日の当たる公園の端に立つ木の陰にそっと立ち、店から貰って来た餡パンを齧り、隣の酒屋で買った牛乳を飲み、気分はもう勝手に張り込みする刑事になっていた。
「恋愛か‥‥」
 そして、遠い目をして呟く。「そんな対象が‥‥いるだけ、いいかも‥‥」
 そこへ、見知った顔が公園を横切って行った。ガスコ達の座るベンチの前を通り過ぎ、克の前を通り過ぎ、たけど、すぐあれ? みたいに戻って来た。
「あれ、何してらっしゃるんですか」
「張り込み‥‥ごっこ」
「木陰で餡パン食って?」
 克はその無表情な顔を、そっと伏せた。「写真見せて聞き込みって‥‥刑事ドラマみたいだし‥‥。張り込みのアンパンと牛乳、あれ‥‥憧れたんだよね‥‥」
 滝沢は気の毒そうな表情を浮かべ、「大丈夫ですよ」と、克の肩をぽんぽんと叩いた。
「滝沢さんは街で‥‥聞きこみしてたんじゃあ‥‥」
「いや何かどういうわけか、アイスを」
「え」
「こう命令されると、何かこう、無意識に体が」
「え?」
「やっぱり、駄目ですね。手掛かりなしです」
 そこへガスコが戻って来た。小さく肩を竦めて、息を漏らす。と、そこでやっと滝沢の存在に気付いたらしく、その顔を何か、じーっと、見た。
「あれ、何ですか」
 凄く嫌な予感がした。
「そういえば、滝沢さんって、まだ、依頼人さんに会ってないですよね」
 やがて、彼女が言った。
「はい、まだ」
 益々嫌な予感がした。
「思ったのですが」
「たぶん、間違いですよ、その思い付き」
「滝沢さんでもう、いいんじゃないでしょうか、この際。昔の恋を忘れるのに、新しい恋をするって、そういう方法もあると思うんです」
「あーそうですねー」
 とか何か言いながら、滝沢はじりじりとガスコから距離を取って行く。「じゃあ自分は忙しいんで、これで」
 とか言ったその手を、がし、とガスコがすかさず掴む。
「のぉ、にいちゃん」
 聖女のような柔らかい笑みをたたえたままで、凄いどすの利いた広島弁が言った。「四肢を折られて連れ戻されるのと、素直にお店にいぬるんの、どっちがええじゃろか?」
 わー目が据わってるーとかわりとテンパり過ぎたからか、滝沢は「いぬるんが、帰るだって、あんまりふ、普通の人には分からないですよね」とか、気がつけば、全くどうでも良いことを言っていた。助けを求めて、克の方を見た。「あのこんな滅茶苦茶」
「いやまあ」
 克は無表情に呟く。「それは、それで」




「それで何、見つかったの」
 腰にエプロンを巻いた格好で、ごりごり、と珈琲豆を挽きながら、マルセルが言う。「んーもう少し配合を変えて、口当たりを良くしようかな」
「ええ、この通り手配完了です。良かったですね♪ お兄さん♪」
 キャメロが、るんるんと歌いながら、お店の甘い菓子パンをそれ無理ですよね、くらいにトイレに載せながら、言う。
「まあ明らか探す気ないって展開ですよね、これ」
 椅子に座ったジョシュアが、腕を組み、足を組んだ格好で呆れたように言う。「僕連れてくるとか、どういうことですか」
「だってこの際もう、手当たり次第、美形を連れてくるしかないじゃないですか。その中から好みの人を探して貰って。恋人紹介所的な」
「いや依頼変わってますよね。恋人紹介所言ってしまってますしね」
「山田のアイス、遅いなあ」
 足をぶらぶらと揺らしながら、山田が言う。「おかしいですね。早くって言ったはずなのに」
「こっちは依頼もう関係なくなってますしね」
「ってわけで、新しい恋を探して下さい。ああ、私今、良いこと言った〜♪ いい事したから〜♪ パンも美味しい〜♪ 食べ放題〜♪」
 とか滅茶苦茶な歌を歌うキャメロの言葉に、何かフォローとかした方がいいのかなあ、とか思ったジョシュアが依頼人を見ると、「そうですよね」とか、彼が言いだすので驚いた。「え」
「いや、そうですよね。何か、これ、恋かもしれない」
「え?」
「こんなこだわってるの、良く考えたらおかしいですよね」
「え、今気付いたの」
「っていうかっていうか」
 そこで店の奥から現れたかざねが、「見てください! この髪留めをっ!」とか何か、可愛らしい髪留めを掲げながら店内を徘徊した。
「デザインは、なんと私です! かわいいでしょー! こう見えて、すっごいいいものなんですよー! 今までのように覚醒しても、ツインテが解けないすぐれものなんです!」
 ほらほら見て下さいよ、この柔軟性ー! と、彼女は、平和な店内で無駄に覚醒している。
「だったらもう、探さない方がいいのかな」
 そんな中、青年が放心したように、小さく、呟く。
「ま、自由ですけどね。本気の恋愛なんて、わりと面倒臭いですよ」
 その問いにジョシュアが、軽快に、答えた。