●リプレイ本文
「ふむ」
アシュブルーこと壱条 鳳華(
gc6521)は、そう呟き、顎を摘んだ。
「たまには、戦闘がない依頼というのも悪くない」とか何か、続ける。
更に、「いや、これは戦いだ! むしろ違う意味で戦いだ! 如何に私の魅力でスカウトを成立させるかという、ある意味己との戦いなのだ!」とか、緩やかにウェーブした銀色の髪を揺らしながら、最終的には自己陶酔しきった様子で声を上げた。
けれど、毎度の如くすっかり聞いてないエリノア・ライスター(
gb8926)は、「お、何あれ何あれ、カラオケ喫茶だってよー!」とか声を上げ、指をさし、小さい体から発揮されるビックな勢いで、鳳華のくだりはとりあえず一旦、全部持っていった。けど、それでもめげない鳳華は、「アシュトルーパーにイエローも加わったことだし、ここらで私の美しい知略センスも見せておかんといけないしな」とか何かまだまだ続け、またそれを、「おー! 面白そうじゃん、カラオケ喫茶。いこーぜ、カラオケ喫茶。我がアシュトルーパーに新入隊員も入ったことだしよ」とかまたエリノアに浚われて、むきーとかなってるブルー先輩も、全然気づいてないグリーン先輩も、何この小動物達、可愛い、みたいに、子供たちが遊んでるのを優しく見守るお母さん的雰囲気で、わりと放置気味にアリーチェ・ガスコ(
gc7453)は、見ていた。
それで気付いたら、二人の頭を優しく撫でている、とか、長身の彼女は先輩を差し置き、完全に上からだった。
「こら。私の頭を撫でるな、イエロー」
「姉ちゃん。私に気易く触れてんじゃねえよ! 火傷するぜ!」
「あ、すいません、つい、無意識に」
「とにかくよ」
はい、このくだり終わりましたーみたいに、エリノアが両手をパン、と叩き合わせる。「何でもいいからカラオケ喫茶行こうぜ。カラオケ喫茶。久々にイチジョーリサイタル聞きたいしな!」
「な、何だ、そのリサイタルとかいうのは」
「いやだから、イチジョーリサイタルだろ。イチジョーのリサイタルだよ」
「そ、そうか、私の」
とそこでまんざらでもない様子で照れ始めた鳳華が、「まあ、だったら私の美声を聞かせてやらんことも」
「しっかしよォ。アリーセ、オメェ、随分背がでけぇなぁ。何したらそんなにでかくなれるんだ、チクショウ! 私に20cmくれェ分けやがれ!!」
とかすっかりその気にならせといて、エリノアは相変わらずもう全然聞いてない。
「アシュグリーン」
「あ、うん」
「せめて、責任を取って最後まで聞いて欲しい」
「けれど私など、図体ばかり成長してしまって、お恥かしい。身長もそうですが、また少し、胸の辺りもキツくなってしまって。サイズ新しくしたばかりなのに困ったものですよね」
「アリーセ」
「はい」
「いや、やっぱいいわ」
「とにかく、グリーン。何にしろカラオケは、ちゃんと依頼の人物を見つけてからだ。これでも一応報酬も出ているわけだし、仕事としてだな」
「んーだよ、ブルーはよ。真面目かよ、めんどくせーな」
「めんどくさいとは何だ。だいたい」
「わあったわあった。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」
癇癪を起こしたようにわめいたエリノアは、二人を置き去りにするようにとことこと歩いていくと、弁当屋からふらっと出て来て、歩いて行こうとする青年に背後から突然声をかけた。
「おい、そこの兄ちゃん」
その声にえ、とか振り返った顔は明らかに見知った顔で、むしろ、山崎・恵太郎(
gb1902)だった。白いタートルネックに、黒いジャケットを羽織り、よれたジーンズをはいている。彼は、エリノアに気付くと、わりとリアクション薄く「あれ?」とだけ、言った。
「おお! 何だよ、K太郎じゃねえか」
先にエリノアが言うと、K太郎ですが何か、くらいの従容とした様子で「うん」とか頷いた恵太郎は、じゃあもういいよね、くらいの勢いで、手元の、包装紙から半分だけ突き出たコロッケを齧る。そのまま、無言でもぐもぐ食べ出したので、あれ何これ、私、忘れられてんじゃねーのくらいの勢いで「おい」とか声をかけたら、「あ、なに? これ、食べる?」
「いらねーよ! しかも何でお前の食いさしなんだよ!」
「だよね」
「つか、こんなとこで何やってんだよ、オメェ。ふつーに商店街に馴染み過ぎててオメー、一瞬分かんなかったじゃねえか」
「ん、人探し」
「奇遇だな」
そこでガスコと鳳華が追いついて来て、話に加わった。「私達も人探しをしてるんだ。な?」
「ええ、プロモーションビデオの」
「あ、同じだね」
「同じなんだ」
「とりあえず俺はさ。作業着の似合いそうな、がっしりとした体格の土木現場でツルハシを握っていそうな男性を探そうと思ってるよ」
「思ってるよ、はいいけどよ。それとそのコロッケとはカンケーあんのかよ」
「そういう人たちは必ず街中で昼ごはん、または晩ごはんの惣菜か弁当を買っているはずだから」
「どういう思い込みだよ」
「買い食いしてるのはターゲットの趣味嗜好をさぐって調査に役立てるためにも大事な行為なんだよ」
「何でそんな平然と無理矢理なこじつけが口に出来るんだよ」
「でも私は、逆にこう、日常に溶け込むほど当たり前の人の方が良いかも知れないと思ってたんですよ」
そこでガスコが、口を挟んだ。
「当たり前で素敵な青年です。どちらかといえば線の細い。何処にでも居るような。それでいて、あれ? やっぱり居ないかも、と思わせるような」
「いやー、線が細いのはないんじゃないかなあ。やっぱりこう、作業員だよ。つるはしだよ」
「いや、やっぱり、こう、柔かそうな髪をしてて、横顔が繊細で、皆が思い描く青年像そのままの、こう、少し気弱な感じの、相手の押しの強さにうっかり負けちゃってあれよあれよという間にこう、押し倒されているような」
「うん、きみ、少し、落ち着こうか」
「あ、はいすいません」
「だいたい男限定というのがな。そうでなければ私が出てやってもいいのに。私ならどんな雰囲気にも華やかに演出できるというのに、わかってない、実にわかってない」
「いやブルーはとりあえず黙ろうぜ。もっと話がややこしくなるからよ」
「グリーン」
「うん」
「それはもう絶対グリーンにだけは言われたくない」
「いやどういうことだよ」
●
「おしながき」
その頃、カラオケ喫茶の店内では、カウンターに腰掛けたマヘル・ハシバス(
gb3207)が、ゆったりと湯気の立つ珈琲を前に、壁に乱雑に貼り出された貼り紙の数々を、物珍しげに口に出し、読んでいた。
「おしながき‥‥おしながき、とは何でしょう」
小首を傾げながら呟き、珈琲を口に運ぶ。それからまた、壁の文字を読んでいく。「やきそば。たこ焼き」
たこ焼き?
またそこに小首を傾げ、今度は腕を組む。「名前からするとたこを焼いた物でしょうけど‥‥たこってなんでしょう?」
とか、目を戻すと、カウンターで皿を洗っていた口髭を生やした中年男性のマスターとちょうど視線が合った。
「え、私に聞いていますか」
「他に、いませんよね」
「ま、そうですよね」
「私実は」
とか言いながら、珈琲を口に運び、続ける。「この辺りに来るのが初めてなもので。いろいろ珍しくて」
「あそうなんですね」
「それでは一つお願いします。そのたこを焼いたとかいうやつを」
でも本当は冷凍したやつを揚げるだけなんだけどな、ただの冷凍食品なんだけどな、みたいな顔で、「はい」とか頷いてるマスター、とかはもう全然見てなくて、マヘルはまた壁に貼られた貼り紙を口に出して読んでいく。
「近頃、この近辺で下着が盗まれる事件が多発しています。この顔にピンと来たら‥‥」
「それにしてもお客さん、あれですか。この辺りには、お仕事か何かで?」
マスターが手元を動かしながら、話しかけてくる。
「え? ああ、まあ、そうですね。人探しの依頼を受けたんですが、ただ昼間の町には余り居そうにない人物なので、ここで時間を潰そうかと」
「はー」
「珈琲が好きなもので、喫茶店という字には目がないんですよ」
でもうちはカラオケ喫茶で、厳密には喫茶店とは多分別物なんですよ、とか言いたそうな目でマヘルを見つつ、でもマスターは何も言わなかった。
「しかし、ガスタンク」
「え?」
呟きに反応したらしいマスターが顔を上げたけれど、彼女はすっかり聞いてなくて、「正直、特に思いつかないわね。作業員っぽい人かしら」とか、そこで思い出したからには、みたいに腕を組み顔を伏せ、探す人物について本格的に考え始めた。
「とりあえず対象にはヘルメットでもかぶせてみましょうか」
そしたら何時の間にか、毎度の如く考え事になると無意識に覚醒しちゃう発作的なものが出ていて、すっかり覚醒していて、でも彼女の考えはまだまだ止まらない。「やっぱりここは、作業員度の高い人を。しかしその作業員度の高さは、ヘルメットにより証明されなければならない」
やがて椅子から立ち上がったかと思うと、うろうろと辺りを徘徊し始めた。更には、どういうわけか、カウンターの中にまで侵入してきたマヘルに、マスターは完全に慌てて、「お、お客さん、え、ど、どうし」って、全然聞いてない彼女は、狭いカウンター内をうろうろ、うろうろした。そしたら、一体何がどうなったのか、つる、とか油っぽい床に滑って、バランスを取るために、傍にあった水道の蛇口を掴み、そしたらその力で水道の蛇口が壊れ、バキ、とか嫌な音がした。
勢い良く噴き出し始めた水が、辺りに、飛ぶ。
それを顔面に受け、やっと彼女はハッと我に返ったようだった。
「あら、私?」
●
そんなカラオケ喫茶から、五十メートルほど離れた地点で、終夜・無月(
ga3084)は目的の人物探しに勤しんでいた。
壁にもたれ腕を組みながら、行き交う人々を眺めている。ガスタンクに合う人物が一体どういうものか、さほど興味もなかったが、どちらかといえばニヒルに笑う、メキシコ国籍辺りの青年で良いのではないか、という気がしていた。
そんなわけでそのような人物を探しているのだけれど、これが中々居ない。ただそれに辛うじて近そうな人物なら通りかかったりする。ちょうど今も、向こうから青年が歩いてくる。
ふ、と地面から沸いて出て来たかのようなさりげなさで、終夜はその青年の前に立ちはだかった。
口髭を生やした、土色の肌の青年は、若干驚いたように体を引き、目を見開いた。目の前で見ると、さほど思っていた顔と近いわけではなかったが、まあ、いい、と片づけ、「失礼。少し、話を聞いて欲しいんですが」と、とりあえず切り出す。
「はー」
青年は、じろじろと終夜を不審げに、見つめた。
とかいうのを、ちょっと間、無表情に眺め徐に終夜は言った。「何ですか」
「いや、え、そんな逆切れされても‥‥何だって、すいません、何でもないです」
「証明が欲しいならば」
終夜はそこで言葉を切り、さっと覚醒状態に入った。白銀の長い髪が、ふわ、と舞い、赤い切れ長の瞳が月を想わせる金色へと変化する。そしてすぐに、それを解除した。中性的な美しい顔を、ぴくりとも動かさないまま、「俺は傭兵です。このことが何よりも、信頼に足る材料となるはずです」と、言った。
「え、あのー」
「はい」
「いやあのそのー、これっていうのはそのーあのー、もしかして、逆ナンですか」
終夜は無言で相手を見つめた。それはもう、明らか、は? みたいな雰囲気で見つめた。
「いやすいません。何でもありません」
思いっきりその威圧に負けて、青年がおずおずと謝ったところで、「だからよー。もう何でもいいからぱっぱと声かけてよーって、お。何だあの三人組。作業着じゃん! いいじゃん、近いんじゃねえの」とかいう年若い女子の声が近づき、四人組がぞろぞろと傍を通り過ぎて行く。「お、見ろよ。カラオケ喫茶に入っていくぜー。あれでいいんじゃねえの! 何だあの、ガスタンクとかいうやつ」
「ん? ガスタンク?」
気がつけば、終夜は呟いていた。
「ん?」
と、銀色のくるんとカールした髪を二つに分けた少女が、その声に振り返る。「何だ、姉ちゃん」
「いや、姉ちゃんでは」
「どうしたどうした」
「いや。スカウトの依頼を受けましてね。任務を遂行している最中だったんですが」
「ガスタンク、とか言ってなかった?」
「任務の内容にそのような事が」
「お。マジか。私達もなんだよ、な?」
「うん」
と、今度は長身の、長髪の青年が答える。「もしかして、きみも同じ依頼を受けた人なのかな」
「かも」
と、終夜は、そこに入る四人を交互に眺め、「しれないですね」と、簡潔に答える。
「そっか。ま、きばんな。じゃ、私ら急ぐんで、またな。姉ちゃん」
少女が手を振り去って行く。
最後まで姉ちゃんと勘違いされたままだったけれど、良くあることなので気にしない。何事もなかったかのようにまた青年に向き直り、「少し、話を聞いて欲しいんですがね」と、そこからまた、始めた。
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「なるほど。水道工事の方ですか。これは、いいかもしれませんね」
作業に訪れた三人組に近づいたマヘルは、「実は今手伝ってくれる人を探しているんです。お願いできますか?」と、わりと唐突に声を掛けた。
「え」
と、青年が目を丸くしている。そこで、「たのもー!」と、騒がしく店のドアが開いたかと思うと、恵太郎、エリノア、鳳華、ガスコの四人が登場した。
「お、居た居た。ちょっと待ったー!」
エリノアが突進せんばかりの勢いで店内に走り込んでくる。その後ろからゆったりと歩みよってくるガスコが、「そちらの方、少し、いいですか」と、一人の水道屋の青年に声をかけ、恵太郎がもう一方のガタイの良い青年に「きみ、いいかな」と声をかけ、「なるほど。これがマイクか。すまんがマスター。リモコンは何処にあるんだ」とか鳳華がわりと、カラオケに慣れた所を見せ、残ったおじさんと目があったマヘルは「う〜ん、ちょっと違うかな」と、小首を傾げた。
「え」
「あ、すいません。詳しい話は向こうで聞いてください」
「え」
とか何かやってたところで、「おおおお」とかカウンターに身を乗り出したエリノアが、素っ頓狂な声を上げる。
「この顔! ぴんときた!」
「何を騒いでるんだ、グリーン」
「下着泥棒だ! さっきの姉ちゃんと一緒にいた! よし来た、ブルー! イエロー! 行くぜ! 街の平和を守るアシュトルーパー出動だ!」
「いやいつからそんな少年探偵団みたいなあれに」
「というより、依頼はどうするんですか」
「んーなもんあれだあれ。ここに居る水道屋の兄ちゃんらと、最悪、K太郎でいいじゃねえか! 二十代後半っていう条件だが、大丈夫! オメー、老け顔だからよー!」
「え」
と恵太郎は一瞬きょとんとし、けれどやがてまんざらでもなさそうに、「じゃあ。こっそりツナギを着て俺もオーディションに出てみようかな。あわよくば芸能界デビューなんて‥‥」とか、こっそり、呟いた。