タイトル:やたら鏡の多い家マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/30 07:01

●オープニング本文







「笑うな!」
 通路を挟み、隣のテーブル席に座っていた女性が、突然声を荒げたので、岡本はちょっとぎょっとして、ちら、とその席の様子を窺った。
 二人組の男女が食事をしている。というふりをして、喧嘩をしている。っていうか、むしろ、女性が一方的に男性に向かい怒っているだけのようにも、見えた。
 そして、男性はひたすら、謝っていた。
 謝りながら、へらへらしながら、やっぱりまたへらへらを指摘されて怒られて、謝っていた。
「ああはなりたくないでしょ」
 とか、突然声が聞こえて、岡本はハッと顔を戻す。
 未来科学研究所の、優秀だけど変人の大森が、頬杖をついて向かいの席に座っていた。
「そろそろもう、予告せずに現れるとか、やめて貰えませんかね」
 とか何か、自分で言ってすぐに「いやむしろもう、現れるの、やめて貰えませんかね、大森さん」と慌てて訂正した。
 すっかり二人組の会話に気を取られて中断していた食事を、再開する。
「やっぱりさ、こんなファミリーレストランでさ、怒鳴られるような男にだけはなりたくないでしょ」
 とかもう毎度の如くすっかり岡本の話を聞いてない大森は、二人をぼんやり眺めそれから、こちらに視線を戻した。「だけど岡本君、絶対そうなるタイプよ」
「大森さん」
「うん」
「何の用なんですか」
「なに用がないと会いに来ちゃ駄目なの」
「あはい」
 とか思いっきり頷いたら、何かじーとか大森が見つめてくるので、とりあえず見つめ返した。
「え?」
 暫くして、瞬きしながら、身を乗り出す。「あれ何でしたっけ」
「うんまあ、とりあえずさ、これ。五件目の物件の資料。俺達が一緒に住む家の候補ね」
 大森は、自分の尻の辺りから束になった書面を取り出し、テーブルの上に滑らせた。
「え、まだその話続いてたんですか」
「そうね、続いてるね。むしろ、君が、ああこの家いいですねえ、一緒に住みましょうとか言い出すまで、続くよねきっとね」
「大森さん」
「うん」
「最悪、この家いいですねえは社交辞令で言えても、一緒に住みましょうだけは絶対言えないと思うんです」
「なに女性に怒鳴られるタイプのくせに?」
「いや、関係ないですよね」
「とりあえずまた、キメラの駆除をお願いしたいんだけどさ」
「建築家の弟さんに頼んだ、変な曰くつきの家ですか」
「そうね、建築家の弟さんに頼んだ、変な曰くつきの家だよね」
「どの物件も全部、殺人事件があった家とかってやつですか」
「そうね、どの物件も殺人事件があった家とかいうやつですよね」
「あのー」
「うん」
「あのーこの家、あのー、いいですねえ」
「岡本君、顔が、凄い引き攣ってるよ」
「でしょうね。かなり頑張った社交辞令ですしね」
「だからこの物件もさ、前のと同じで一応、建築物としての価値はそれなりにあるからね。建築物保存研究会もお金出していいって事で、能力者の人達にキメラ退治をして貰いたいわけ。それで五件目ね。名付けて、やたら鏡の多い家。いやあ、探せばあるもんだね。とにかくもう、鏡が飾られてるのはもちろんのこと、壁一面が鏡とかね、ドアが鏡とかね、禁断の鏡の部屋とかね、あるらしいよ。合わせ鏡とかも、探せばあるんじゃないかなあ。怖いよね」
「怖いよねって言ってしまってますけど、むしろ住む気ないんですよね、大森さんも」
「怖いよね、とは言ったけど、嫌だよね、とは言ってないよ。むしろ、怖くてありでしょ」
 とかもう、何を喋ってるのか全然わからないので、無視して一応資料を見ることにした。「建物は二階建てですか」
「そうね。外見はわりと普通の日本家屋っぽいでしょ。瓦葺の屋根に、木枠の縦長の窓、漆喰塗りの壁。いい雰囲気じゃないこれ。あと、前の物件と同じで、討伐後に修復入れるから、多少、壊しちゃったり、傷つけちゃってもいいよ。ま、キメラが入ろうがまだ壊れてない家だからね、それなりには重厚で頑丈な作りの家だと思うよ今回も」
「まあ。外見はわりと嫌いじゃないですけど」
「ないですけど、なに、あ分かった。俺と住むのが、怖いの、岡本君? 大丈夫よ、君のどんなとこ見ても、俺、君のこと嫌いになったりしないし」
「大森さん」
「うん何だろう、岡本君」
「見当外れが甚だしいです」
「じゃあ。二人のスイートホームのために、今回も頑張って申請してくれるかな。ULTの事務職員君」
「知ってると思いますけど、僕、総務部ですしね、申請全然関係ない部署ですしね、ほんとは」
「うん、知ってる」
「ま」
 残念な笑みを浮かべた岡本は、そっと書面をテーブルに戻した。「そうですよね」






●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
篠原・育美(gb8735
18歳・♀・DG
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
アリーチェ・ガスコ(gc7453
17歳・♀・DG

●リプレイ本文







 壁だと思っていたその部分が上へとスライドし、奥に新たな部屋が出現した。
「へえ。隠し部屋になってたんですね」
 立花 零次(gc6227)は隣に立つ幡多野 克(ga0444)を見やり、感心したような声を上げた。克が、小さく、頷きを返す。「少し、違和感があった気がしたから‥‥」
 二人は、とりあえず部屋の中を探索することにした。
 その部屋は、余り人の侵入がないからか、もしくは普段隠されているからか、表の部屋より少しだけ、きれいに、見えた。部屋の中央に、真っ赤なカバーのキングサイズベッドが置かれてある。
「でも沢山の鏡‥‥何の為にあるんだろう、って思ってたけど‥‥もしかして」
 克は部屋の中を見回しながら、言った。驚くべきことには、他の部屋の壁の一部が鏡張りになっていたのに対し、この部屋の壁の全てが、マジックミラーになっていることだった。もしかしたら、というよりも、むしろほぼ確定で、他の部屋で見かけた鏡張りの部分に対応して、この部屋のマジックミラーは貼られている。左隣の壁からは、隣の部屋の様子が見えたし、また、右隣の壁からは、右の部屋の様子も見えた。
「もしかして‥‥このため?」
 克は、零次を見やる。
「このためって、え、覗き部屋を隠すためってことですか?」
 えー、みたいな表情で言った零次は、それからん? と、入って来た壁の辺りにある、レバーのような物を発見した。「何だろうな、これは」
 とか何か言って、言った傍からもうガシンとか下げている。
 あ、わりとあっさり下げるんですね、躊躇いとかないんですね、みたいに無表情な顔の裏で若干驚いていた克の前で、スライドしていた壁の一部が、ズーンとか何か、閉じた。と思ったら、ここも、もーマジックミラーだった。
「いやあ何か、何ですかこれ。日本家屋でやると違和感が凄いですねー」
「いやそんな事より‥‥早く出よう‥‥」
「そうですね、キメラ退治もしなきゃいけないですし」
 と、零次が、つい今しがた操作したレバーを、入る時弄ったんですから出る時もそりゃ弄りますよね、くらいの勢いで、操作した。
「あれ?」
「え、どうしたの」
 けれど、扉はぴくりとも動かない。
「いや、何か」
「え?」
「あれ? おかしいな」
 とか何か、やってたら、「こーんな鏡が多い家なんて、どんなナルシストな人がすんでたんですかねー。日本的なおうちなのに〜」とか何か、声が聞こえて来た。
 緋本 かざね(gc4670)の声だ、と二人は顔を見合わせる。一階に居るはずの彼女の声が何故聞こえるのだろう、とふと部屋の中を見回すと、奥まった所に細い梯子とも階段ともつかないようなものがあることに、気付いた。
 二人は、その階段を、降りた。一階を探索していた仲間の姿がそこに見える。
「隠し覗き部屋」
 零次が呟いている目の前で、かざねに続き入って来たアリーチェ・ガスコ(gc7453)が、AU−KVアスタロトのフェイスガードを開き、落ち着いた様子で部屋の中を見回していた。そして、ふと、仲間の様子をちらちらと窺うと、部屋の隅に移動し、というか、思いっきりマジックミラーになっている壁の前に移動し、人目を盗んで、ちょっと髪をかきあげたり、セクシーポーズとったり、くるっと回ったり、挙句にっこりとほほ笑んだり、し始めた。
「え」
 思いっきり目の前で繰り広げられる女性の、凄い何か絶対見てはいけなかったとしか思えない状況に、二人は暫し、言葉を失った。しかも、AU−KVを着こんだままなのに、顔はわりと本気で、もう何ていうか、凄い何とも言えない、気まずい気分に、なった。
「何だろう」
 ポツン、と克が呟く。
「凄い何か今、胸が切ないんだけど」
「はい」
「どうしよう‥‥」
「あのー。見たってこと‥‥内緒にしませんか、克さん」
「うん‥‥そうだね、零次さん」




「しかし鏡ばっかりの家なんてのう」
 どちらかと言えば大人びた冷たい口調で、AU−KVミカエルを装着した篠原・育美(gb8735)が、言った。呆れているのかと思ったら、次の瞬間には、「牛乳ばっかりの部屋ならよかったのに」とか何か、ぽそ、と、言った。
 すかさずそれを聞いていたらしいマルセル・ライスター(gb4909)が、AU−KVパイドロスの顔面を、振り返らせた。
「あの、育美」
「何だ」
「ごめん、凄い何か、牛乳ばっかりの部屋がどういう事か分かんない」
 ゆっくりと振り向いたミカエルが、腕を組んだ格好で、じーとか、マルセルを見た。暫くして、言った。「ん?」
「いや、ん? じゃなくて」
「まあとにかく何だ。マルセル。私があまりにも可愛いからって油断するでないぞよ」
「いや誤魔化しても駄目だよ。ばっかりってどういう状況なの。ねえ、どういう状況なの」
「だから、それは」
 顔を背けるようにして、育美が呟く。「壁一面に牛乳がだな」
「育美」
「何だ」
「何か、抱きしめて、いいかな」
「マルセル‥‥えっちなのは、ちょっと」
「いや、嫌らしさじゃないんだ。これはどっちかっていうと、優しさ」
 とか何かやってたら、それまできょろきょろと部屋の中を見回していたかざねが、突然、ハッ! と、声を上げた。「あれ、もしかしてこれって!」
「え、どうしたの、かざね」
「何か、私の周り、AU−KVだらけだっ! 何これ何これ、皆AU−KV着てるじゃないですかー! どういうことですかー!」
「え、今気付いたの」
「何か鏡も相まって、私だけ浮いてる!? 誰か! 誰か私にもAU−KVを! 私もつけたい! ダメ? ちょっとで返しますから〜」
「かざねさん、それは、無理だ」
「あ、育美、ちゃんと答えてあげるんだね」
「ちぇー、いいなー。AU−KVいいなー」
 とか、一瞬不貞腐れたかざねは、ハッとまた何かに気付いたように目を見開き、「そうだ! これがあった!」とか何か、自分の荷物をごそごそし始め、じゃーん、と特注品らしい、左右に取り付けられた大き目の吸収缶が特徴的な漆黒のガスマスクを取り出すと、かぽ、と顔にはめた。
「ふふん! これで私もAU−KVっぽいですよ! 仲間仲間〜! AU−KVブラーックかざねー!」
 って、周りの残念な物を見る目に全く気付かず、るんるん、と鼻歌を歌いながら、辺りを徘徊し始める。
「かざね危ない!」
 そこでかざねの、明らかに緊急的な残念な空気を救うべく立ちあがったマルセルは、そのまま駆け出して行った。かと思うと、「おっと足がスベッタァ!!」とかずべーとか床に滑って、落ちていた鏡の辺りを徘徊するかざねの、まさにスカートの中が映った鏡の方を、ちら。
 って可哀想な空気を救ってあげた感出しながら、それはもう明らかマイルドにセクハラだった。
 マルセル以外の誰もが気付いていた。けれど彼だけが、何をどう誤魔化せると勘違いしたのか、「いやあ、参った参った。ここの床、滑るから気をつけてね」とか、その無害そうな童顔に爽やかな笑顔を浮かべ、立ちあがったところを、かざねのツインテアタックが炸裂した。
 顔面に、金髪ツインテのアタックが、炸裂する。バシッ。
「通報しますた。見た分は、後で払え、マルセル」
 腕を組んだ育美が、じろ、と彼を見下ろした。
「おやおや、そんなところで。危ないですよ?」
 マリア様のような慈愛に満ちた笑みを浮かべたガスコが、ずずい、と前へ歩み寄った。がし、とパイドロスの足を踏む。
「あれ何だろうこのチームワーク」
「言っときますけどマルセルさん。全然さりげなくないですしね」
「パイドロスの存在感、半端ないですしね」
「そんな」
 愕然と呟いたマルセルは、「ハイドラグーンがAU−KVに策を潰されるなんて‥‥! こんな屈辱」と、がっくりと絶望したように項垂れる。
 とかもう、すっかりそのくだり全然興味ありませーんみたいに、ふらふらと、もうキメラの探索を再開していた育美は、続き間になった隣の部屋のテーブルの上に、ふと、それがポツン、と置かれてあることに、気付き目を見開いた。
「牛、乳?」
 ふらふら、と引き寄せられるように、その明らかにあり得ない、テーブルの上に置かれた牛乳瓶へと歩み寄っていく。
 そして、「ふふふ、私がこんな罠にかかると思って」
 と言いつつ瓶のふたを。
「いやいやいやいや、駄目駄目駄目駄目、絶対駄目でしょ、飲んだら!」
 慌てて駆け寄ったマルセルが、その腕をがし、と掴んだ。「ちょ、ちょちょちょ、冷静に」
「ええい離せ、マルセル! 牛乳が私を呼んでいるんだ!」
 その手を振り払うと、育美は、追っかけてくるマルセルから逃げるように、怪しげな牛乳瓶を持ったまま、走り出して行く。




「しかし、幡多野さんと立花さんは何処に行かれたんでしょうね」
 廊下を歩くソウマ(gc0505)が、小首を傾げ、言った。そして、自分の手の中にある、銀髪紅眼で、黒のゴスロリ系の服を着た儚い少女の人形を、見下ろす。
「折角、この細部にまでこだわって作ったアリスを見せてあげようと思っていたのに」
 それでふと顔を上げると、未名月 璃々(gb9751)が、わりとジーとか、ソウマを見ていた。
「あの、何ですか」
「いや、人形に名前とかつけちゃう人なんですねー。こんな所にまで持ってらっしゃって、よほど大事なんですね。いえ、大丈夫ですよー、私が興味あるのは、変態キメラだけですから」
 とか気付いたらさっくり、変態扱いだった。
「いやあの何か勘違いをされているようですが、これは超機械のビスクドールで、ですね」
「はいはい大丈夫ですー、興味ないですしー」
 って、だいたい、そんな、目だし帽的な、フェイスマスクを装着し、しかもその上からサングラスとかかけた、明らか不審人物みたいな井出達の人にだけは、変態扱いされたくない、と思った。
「さて、そろそろ、近いかと思うんですが」
 と、呟いたかと思うと未名月は、懐から、来る時に購入してきたらしいインスタントカメラを取り出した。バイブレーションセンサーを発動している影響で、それとなくキメラの居る位置を探っているらしい。
 一方ソウマもまた、探査の眼とGooDLuckを発動しているお陰で、何となく何かが待ち伏せしているのではないか、ということに、気付き始めていた。
「でも、そのカメラは一体何を」
「変態キメラ全集、作成中なんですよー。写真を載せるべく、シャッター押します。戦闘はお任せしますねー。撮影で忙しいので」
 とか言ったまさにその時、目の前に、全裸に四角い鉄の箱みたいな鎧を着た、顔を見た感じでは中年の男性くらいかしら、な、キメラが現れた。
「お父様、お人形さんが来たみたいよ」
 ソウマの手の中のアリスが、歌うように、言う。腹話術なのだけれど、それは、演劇部所属の花形部員であるソウマの演技力も相まって、まるで本当に彼女が喋っているかのようだった。
「そのようですね」
 ソウマは不敵に瞳を細め、すぐさま、ほしくずの唄を発動する。手の中のアリスが歌い出す。「遊んでくれるの? 遊んでくれるんでしょ? 遊んでくれないなら‥‥いえ、答えに意味なんかないわね。だって」
 その時、パカ、と、キメラが鎧の前を開いた。そこに仕込まれた鏡が、眩い光を放つ。ソウマはすぐさま、軽やかな身のこなしで、その攻撃を見切ると、続けて、歌う。「結局、壊れるまで私と遊ぶんですもの」
 みるみるうちに、キメラの様子に変化が現れ始める。何故か酷く怯え出したその目は、じっと、ソウマの手の中にある、美しい人形アリスを見ている。意味不明な音を発しながら、がくがくと体を震わせ始めた。
「なるほど。着用しながら露出しているタイプですねー」
 その頃未名月は、壁の影に隠れ盛んにシャッターを切っていた。「変態ランクの度合いが、違ってきますね。着用しながらの露出は、レベル高いです」
 そして一応、念の為に構えていたケルビムガン、が凄い邪魔だって事に今更気付き、床に置こうとして、どういうわけか引き金を引いていた。
「もうあきちゃったわ」
 やがて、笑いを滲ませた声でアリスが呟く。
「そうですか。それならさっさと決めましょう」
 ソウマは、アリスをキメラへと突き出し、強力な電磁波を発生させキメラを攻撃している。と、同時に、未名月がうっかり放ってしまった弾が、鏡の壁を突き抜け、破壊した。
 ガシャーンと凄まじい音が響き、中から。
「あ、じゃあ、克さん。このクッキーいかがですか? ケーキでなくて申し訳ありませんがってえええええ!」
 真っ赤なベッドの上に腰掛けながら、クッキーとか差し出していた零次が、凄い素っ頓狂な声を漏らした。
 そしてまさに、それを受け取ろう、としていた克は、同じ唖然とした表情で、繰り広げられる戦闘風景を、見た。「え」
「あー、ちちくり合ってるところに、すいませんねー。引き金に指が当たっちゃいまして」
「いや、え。未名月さん。ちちくり合っては」
 とか何かやってる間にも、隠し部屋の床下からガシャーンと何かと何かがぶつかるような音が聞こえ、「私の牛乳ー!」と、もう全然意味が分からない声が聞こえて来た。そのすぐ後に、「っていうかっていうか何ですかーこの部屋ー! わー何だこの階段ー」とか、かざねの叫び声が聞こえて来て、そう思ったらドカドカ、とそこに、マルセル、育美、かざね、ガスコの姿が現れる。
「っていうか何でガスマスクなんですか、かざねさん」
「あ、キメラだ! よし、何ちゃってAU−KVかざね号、とっしーん!」
 とかもう全然聞いてないかざねは、セリアティスを手に走り出して行く。「くそー! 私より小さいオッサンのくせにー! 固い箱なんて無駄なんですからね! おりゃー!」
 真燕貫突を発動した。
「育美ッ、背中を貸す!」
 マルセルがさっと身を屈めると、その後ろから、「くそー、私の牛乳ー! おおうりゃ!」と、やっぱり意味不明な叫びをあげた育美のミカエルが、背中をジャンプ台に飛び込んでくる。脚甲グラスホッパーを装着した足を突き出し、キメラに飛び蹴りを喰らわせた。
「皆さん、勝負に勝つ方法はー、吊るす事ですよー」
「いや未名月さん、どさくさにまぎれて何を」
 覚醒状態に入り、黒耀を構えていた零次は、思わず、出足をくじかれる。
「それにしても隠し部屋なんて」
 相変わらず落ち着いた風情のガスコが、部屋の様子を見回しながら、言う。「覗き部屋‥‥マジックミラー」と、そこまで呟いて、今更ながらに先程の事に思い至ったらしいガスコがハッとしたように体を揺らした。それから、慌てたように辺りを見回し、そこに居た克と何か思いっきり、目が合った。
 凄いじーとか、見られた。
「まさか」
 とか何か呟いた彼女から、克はそっと、目を逸らす。
 月詠に手をかけ、覚醒状態に入った。
「鏡さえなければいい家なのかも知れないけど。やっぱり、鏡の多い家なんて、落ち着かないよね。いろいろ見なくて良いもの、見えちゃうし」
 そして、走り、出した。