タイトル:保留電話と発掘所マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/21 15:05

●オープニング本文




 受話機を左手に持った格好で、岡本はパソコンに繋がったマウスを操作していた。UPC本部の、総務部の自分のデスクである個別ブースだった。
 向こう側の社員さんは、きっとデスクに居ない。デスクどころかもしかしたら社内にだって居ないかもしれない。確認してきますね、と言葉を残し、電話を保留にしたまま、突然旅行でも思いついて何処か遠いところに旅だったのかも知れなかった。
 耳からは不必要に明るいメロディが流れ込んできていて、脳味噌にある苛々するツボ、みたいなところをがんがん刺激する。
 電話機のパネルの時間表示には嘘か本当か五分、とかいう文字があって、しかもそれはまだ着々と進んでいて、焦る。というか、不安になる。ああこれはもういよいよ旅行なんですね、そうなんですね、それならそれで最悪もういいので、ただ、そうだとだけ言ってくれませんか、と、恋人から別れを切り出される予感を鬱陶しいぐらい察知する男の気分で、思う。
 そんなわけで、時間を見ているとそのうち発狂してしまうのではないか、という恐怖から、とりあえず出来る仕事をして気分を紛らわせてみることにした。
 パソコンの画面に表示される、申請された依頼をチェックしていく。ここで記入ミスや記入漏れをチェックし、申請の受理、不受理を決定する部署へと回すのが、特に急を要する用事でもない限り、午前中にこなすべき仕事だった。
 当初は保留電話の音が鬱陶しくて中々チェックに集中できなかったものの、あんまりにも長いこと聞いている内に、あれ、これは元々鳴っていた曲ではなかったかしら? と、そんな気分になってくる。
 ふと、一つの依頼の前で目が止まった。
 石英の発掘依頼、とある。未来科学研究所からの依頼で、申請者に大森の名前があった。あの端整な大森の顔を目撃すると凄い残念な気分になるのだけれど、名前を目にしただけでも、相当残念な気分になることが今、分かった。
 何より目を止めてしまった自分が残念でならない。でももしかしたら実は、研究所には大森という名の研究員が二人居て、これはまともな大森の方であの「優秀だけど変人」の大森ではないのかも知れないし、とか自分を励ましてる時点で更に残念で、大森に付き纏われて一生を終えるのではないか、という、これはもう大森の呪いとか、そういうホラーだ。
 申請理由には電子部品製造等に使用のため、とあった。
 かなり、胡散臭い。
 けれど、胡散臭かろうが何だろうが、きちんと申請された依頼なのだから、問題はないし、関係もなかった。ああ今回は自分が巻き込まれずにすんだ、良かった良かった、という安堵を感じる。
「やっぱり俺達って、運命だと思うんだよね」
 すると後ろからそんな声が聞こえ、受話機を持った格好で岡本は凍りついた。ここで大森の声が聞こえてくるなんて、やっぱりこれはホラーだったんですね、とか思った。恐る恐る振り返る。そしてまさしく「優秀だけど変人」の大森が立っていて、がっかりした。
「いや意味が分かりませんっていうか、その文言では実は何も言い表してないですよ、俺達が運命って何ですか」
「それ、見たんだー。この広いフロアの中でわざわざ岡本君のところに回ってくるなんて、やっぱりこれって運命だよね」
 そんなに運命という言葉を軽はずみに多用したら、運命協会とか運命組合とか、とにかく何らかの団体に怒られるのではないか、いやむしろ怒られてしまえ、と期待すら、した。
「まじまじと眺めちゃってさ。あ、もしかして淋しかったりしたのかな。俺、今回は岡本君に頼まなかったし」
「冗談でもキツイですけど、真剣に言われるともっとキツイです」
「なんて嫌そうな顔が相変わらず可愛いよ、君」
 とか絶対何も思ってないですよね、みたいな研究者の顔で言われても、不気味でしかない。
「でも電子部品製造の為に石英が欲しいだなんて、大森さんも遊んでるように見えて、ちゃんと仕事してるんですね」
「うん仕事はしてるよ。それは、嘘だけど」
「あれ、何ですか」
「何でもないよ」
「いや、今明らかに嘘だけど、とか言いましたよね」
「聞こえてるんじゃない」
「はい」
「いやはいって」
「だったら、何の為の水晶なんですか、これは」
「それは」
 と口走った大森は、急に顔を伏せると、物凄い意味深な笑みを浮かべながら「言えない」と、続ける。
「いくら僕と岡本君の間柄でもこれだけは言えないよ。ほら、研究者っていろいろ、極秘にしないといけないこともあるからさ」
「何か腹立たしいので、申請審査部にめちゃくちゃ危険らしいですよ、とか嘘教えていいですか」
「キメラはゼリー状の弱い子しか居ないよ。俺でも倒せるもの」
「嘘なんですよね」
「嘘じゃないよ、何だよ嘘なんですよねって」
「いや、何となく」
「何か俺、採掘所の入口で見張りしてる、ほら、管理人室みたいなところに居るオジサンなんだけど。そのオジサンに嫌われてるの。だから、入れて貰えないの」
「ああ」
「納得早いね」
「大森さんを嫌いな人というのはどういうわけか、簡単に想像できるんですね」
「偏屈なオジサンだからさ、実際向こう行って俺の名前とか未来科学研究所の名前とか出したら採掘所の中に入れて貰えないかもしれないな」
「駄目じゃないですか」
「そう、だから、能力者の方達に頼むんだよ。向こう行って実際に対応するのは能力者の人でしょ。だから、理由をでっちあげてオジサン説得して採掘所の中に入れて貰うか、もしくは山の反対側からロープとか使って忍び込むか。ただそうなると鳥類型の強めのキメラと戦うことになっちゃうけど。どっちを選ぶかは、その人達に選んで貰うとして」
「いや、絶対そんな申請通らないですよ、全然正式でも何でもないじゃないですか」
「何にしろちゃんと研究するんだから、いいじゃない」
「それって言うのは、僕にいろいろ言われるのが面倒臭いってことですか」
「うん、面倒臭いね」
「あの、大森さん」
「うん、何だろう岡本君」
「ちょっと思ったんですけど。大森さんて僕の嫌がった顔が好きとか言って嫌がらせとかしてくるじゃないですか」
「うん」
「ドSかなって思ってたんですけど、でも僕にぐちぐち言われるの分かっててわざわざ来る大森さんは、実はどМなんですかね」
 とか言った岡本の顔を大森は暫く無表情に眺めた。
「うん、岡本君」
「はい」
「とりあえず電話の保留待ってる時にドSとかどМとかそんな単語、平然と言うのはどうかと思うよ」
 でもどうせもう電話の向こうの人はどっかに行ってて出ないですよ、これはこういう拷問なんですよ、保留音を聞き続けるっていう、とか何か、愚痴をこぼしそうになった時、受話機の向こうから「お待たせしました」と、男性の声が言った。
 え、というか、むしろ電話は音楽を聴く機械と勘違いしかけていたので、人の声が聞こえたことにびっくりした。
「あ、はい」と間の抜けた声で呟く。




●参加者一覧

月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
和泉 澪(gc2284
17歳・♀・PN
エクリプス・アルフ(gc2636
22歳・♂・GD
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
神羽 魅雪(gc5041
18歳・♂・FC

●リプレイ本文


「凄い今更なんだけどさ」
 不意に、神羽 魅雪(gc5041)が、言った。「これ今、何してる状況なの」
 無線機から聞こえてくる会話に耳を澄ませながら、前方の様子を窺っていた緋本 かざね(gc4670)は、ん今聞こえたのは何だ、え、あ、空耳? みたいな表情でゆっくりと神羽を窺い、同じように振り返った隣の和泉 澪(gc2284)が、え? と遅れて声に出した。
「何って」
 かざねは恐る恐る、言う。「待ってるんですよね?」
「そうそう、タイミングを見計らって私達三人が迅雷で、ですね」
 澪はその冗談って何処で笑えばいいですか、みたいな、ぎこちない笑みを浮かべた。
「いや俺だってさ、待ってるっていうことくらいは、分かってんだよ」
「あ、それは良かったです」
「たださ、何を待ってんのか、それが分かんねえんだよ」
 信頼していた味方のミッドフィルダーから、予想外のパスを受けたかのような戸惑いを感じる。「え?」
「いやだからさ、大森は発掘所のオッサンが邪魔だから懲らしめてくれって言ってたわけだろ。だったらこんな所で無駄な時間潰してないで行こうぜ! オッサン懲らしめにさ!」
 とか言って神羽は今にも走りだして、俄然やる気だ。
「いやいやいやいやいや」
 そこは敵のゴールですよ! そのまま行ったら貴方オウンゴールですよ! と、かざねは慌てる。神羽の服を引っ張り、オッサンを懲らしめてはいけない、むしろ邪魔ではあるので多少手荒な方法を用いることがあったのだとしても、一応ただの一般人で、何だったら大森の方が有害くらいの勢いであるので、懲らしめるというスタンスで行ってはいけない、という趣旨について、説明する。
「オッサンを懲らしめろなんて誰も言ってないですよ」
「え、そうなの」
「懲らしめては駄目です」
 何処でそんな勘違いをしたのか、何処をどう端折ったらそうなるのか、驚きを通り越して神秘にすら、感じる。
「まあでも確かに、そう勘違いしてらっしゃったのなら」
 状況を把握したのですっかり立ち直りました、みたいに、もう適応したらしい澪が、むしろ今そんなに朗らかなのは変です、くらいの朗らかさでのほほんと、言う。「何で待ってんだ、ってなりますよね」
「澪様、暢気な事言ってる場合じゃないですよー」


 かざねの悲しそうな声が、耳にはめた無線機のイヤホンから、聞こえた。
 あらー、あちらは楽しそうですねー、とエクリプス・アルフ(gc2636)は、思わずニヤつく。するとそれを見ていたらしい、発掘所管理人のオジサンが「おい、お前、何で笑ってんだ」と、すかさず指摘した。
 顔を挙げると、強固そうな肉体をもった、発掘所の管理人と思しきオジサンが立っていて、アルフのことを睨みつけている。
「笑ってましたかね」
 いやあそんな言葉生まれて初めて言われたので、びっくりですねーくらいの調子で聞き流すと、オジサンは不愉快そうに顔を顰める。それから、改めてそこに立つ一同を、不審者を見るような目で眺めた。
 アルフを見る。その隣に立つ有村隼人(gc1736)を見る。彼がどちらかと言えばぼんやりと空の方とか見てるので、え、何それ何それ、何かあるの、と凄い気になってるような素振りを見せつつどうにか踏ん張り、何処か空虚な表情で雰囲気とは関係なく常に薄っすらとほほ笑んでいる未名月 璃々(gb9751)に視線を移す。その、少女らしからぬ表情に、ちょっと薄気味悪そうにし、更にその隣の月城 紗夜(gb6417)を見ると、首輪と眼帯の冷たい中性的な美貌に睨み返され目を逸らし、毒島 風海(gc4644)に至っては狐のお面とか被ってるので、怒ったらいいのか、同情すればいいのか反応に困り、最終的には何か、意地と根性で踏ん張ったらしく平静を装う。
「言ったと思うが」
 月城が口を開いた。「我等は発掘に来た、通してくれ」
「それは、聞いたが」
 オジサンはこんな不審な奴らを、狐のお面を被った奴を、どうやったら快く中に入れられるというのだ、とでも言いたげな表情を浮かべる。
「使用目的は電子部品の研究開発です」
 風海が口を挟む。狐のお面が喋った、いや喋ったどころか、その声は可憐な少女の声だ、とオジサンはきっともう、どうしていいか分からなくなっているに違いない、とアルフはその心中を察すると気の毒な気もした。
「依頼元はKVメーカーにしておきましょう」
「しておきましょう?」
「いえ、あの、あれです。KVメーカーです」
「そんなに明らかに嘘臭いのに、俺に信じろというのか」
「いえ、実は、キメラがいるという情報を得たんです」
 気を逸らさせる為、アルフは別の話題を口にした。
「ああ、まあそうだな。中には、弱い奴だが、居る」
「討伐依頼を受けました。これの駆除を行いたいんですよ」
「ULTの未名月です」
 するとそこで、それまでずっとまるで人形の置物のように、不自然にほほ笑み突っ立っていた璃々が歩み出る。彼女はUPC北阿従軍勲章をさりげなくというよりむしろ、全面に押し出すようにしてチラチラ見せながら、「オー、駄目ですとか大人気ないので止めて下さいね」と、権力とか肩書とかを押し込み、畳み掛けるように「内部の地図、貰えますよね」と、言う。
 左手にはいつの間にか、「石英頂きます」と書かれた紙があり、それも押し出していた。
「つまりお前らは、発掘がしたいのか、キメラを討伐したいのか、どっちなんだ」
「うんあのー発掘もしますし、キメラも討伐するんです」
 面倒臭くなったので、アルフはざっくりまとめた。
「そうだ、発掘と駆除だ。石英の乱獲が気になるなら付いてきて貰って構わん。UPCが必要としている、問題があるのなら直接説明してくれ」
「採掘許可も貰ってきています」
「しかし、狐のお面の奴に言われても」
「この場で本部に通達しても構わん。どうせ発掘料は、本部に請求することになるだろう」
 オジサンが、うーんと唸るような声を挙げた。本部がどうとか、依頼がどうというより、こいつらを中に入れていいのか、俺はそれを許すのか、と、自分の判断基準と戦っているようでもあった。
「石英。二酸化ケイ素が結晶化した鉱物。石言葉は、完璧・冷静沈着・神秘的」
 すると突然、風海が、語りだした。
「突然、何だ」
 オジサンが驚き、他の仲間も、コイツはいきなり何を言い出すのか、というような目を風海に向けた。
「母の好きな石だな、と思い出したんです。毎年父が誕生日に贈っていました。もう2人とも、この世にはいませんが」
 あ、そういう話なの、と一同が呆気に取られる。
「そうあれは3年前の冬のことです。あの日はとても寒い、寒い冬の日でした。とりあえずいろいろあって父と母は帰らぬ人となったのです」
「あそこはざっくりまとめるんだね」
「残った私も顔に酷い火傷を負い、マスクを外せなくなりました」
 と、悲しげな声で鼻とか啜って見せるけれど、お面のせいで本当に泣いているかどうかは分からない。むしろ明らかにどう見ても嘘臭い。けれどオジサンは「な、泣いてるのか」と、こんな小柄な、声だけ聞くと可愛らしい少女が泣いてるのを、俺は黙って見てるのか、とそんな表情で、すっかり騙された。何だったら「狐のお面の奴だなんて言ってごめんね」とか、今にも言い出しそうな慌てぶりだった。
 そんな馬鹿な、と月城、未名月、アルフの三人は逆に不審者を見る目で、オジサンを見る。
「ごめんなさい。オジさん、死んだ父にそっくりで。つい。あの、迷惑でなければ、お父さんって呼んでいいですか?」
「お、お父さん?」
「お父さんの話、聞かせて下さい。私、お父さんの話、聞きたい」
 とかオジサンの岩のような顔をすっかりとろけさせた所で、それまでびっくりするくらい興味を示してなかった、何だったら今日の空模様の方が気になりますね、くらいの顔でそこに立っていた有村が、動いた。
 一体何をするんだろう、と皆はもう有村に夢中なる。彼はポケットから何かを取りだした。ハンカチだった。このタイミングでハンカチ。何故ハンカチ? 手品でもして見せるか! と、ドキドキして見ていたら、それを風海に向け差し出した。
 ああ、と納得して気を緩めた瞬間、彼がそれをあからさまに、でも手が滑ったのかもしれない、とも見えるギリギリのラインで、ポト、と落とした。
「あ」
 そこに居る全員の視線が、落ちたハンカチに向いた。
 今だ、とアルフは背後を振り返り、咳払いする。



 一同が石英の発掘に取りかかろうと、道具等を取り出し準備をしていると、もそもそ、と地面を何かが這うような音がし、ねばねばとした形状のキメラが姿を現した。
「ふん、やはり来たな。雑魚め」
 月城は呟いたかと思うと、すぐさま覚醒状態に入る。赤く染まった瞳に、白い十字架が浮かびあがった。左頬に黒い蝶の痣が浮き出る。バイク形状で停車してあったAU−KVに跨ると瞬時に装着を完了させた。自らの傍にペイント弾を投げつけ、中身をぶちまける。「殲滅してやる」
「スライムですね。相手になりますよ」
 同じく覚醒状態に入った澪が、直刀「隼煌沁紅」を構えた。
「さてと、雄姿はカメラに収めるので大丈夫ですよ」
 目の周囲に赤い刺青のような模様を浮かび上がらせた覚醒状態の未名月が、後方の方に腰掛けた状態のまま、超機械グロウを一振りした。練成強化を使用する。
 月城と澪の構える武器が、淡く、光を帯びた。
「新しい技を試すいい機会ですね」
 澪は目を閉じて穏やかに呟くと、すっと目を見開いた。「鳴隼一刀流・隼瞬弐ノ太刀!」キメラに向かい走り込んでいくと、剣を振り上げ敵の勢いを殺し、瞬時に持ち替えた刃を切り下げ、キメラの体を叩き付けた。
 月城は、超機械ザフィエルを構えると、血の匂いに引き寄せられて来たキメラに向け、装輪走行で突進していく。ぐにゃり、とキメラを踏みつけにしながら「鬱陶しい、朽ち果てろ」強力な電磁波を放った。

「おっと、こっちにもかよ」
 おどけたように言うと、神羽はすぐさま覚醒状態に入った。周囲が冷気に覆われ、髪が凍てつき白くなる。
 有村は無言で水晶球型の超機械シャドウオーブを構えると、緑色に変化した瞳で写り込んだ自分の姿をじっと見つめる。ゆっくりと手を翳した。
「神名武蔵政名流が継承者、神羽魅雪。推して参ろうぞ」
 機械剣「α」を構えた。柄の部分を強く握りしめる。超圧縮レーザが噴射した。背後に陣取った、風海が「援護します」ビスクドール型の超機械を構えた。「練成強化」
「俺の懐に飛び込んだ所で、死角得たりと思うなかれ、円閃!」
 神羽はキメラに接近した身体を回転させ、遠心力を利用した一撃を叩き込む。
 一方の有村は水晶に翳した手をゆらり、と動かした。水晶がじんじんと光を帯びる。黒色のエネルギー弾が射出した。

「ひぃっ」
 纏わりついてくるスライムの攻撃から逃げながら、かざねの口から素っ頓狂な叫び声を上げた。
「ぬ、ぬるぬるして、き、気持ち悪い! 来ないでぇ」
「あら大変そうですねー、かざねさん」
 ふと見ると、ぷるぷる、ねばねばとしたスライムの体の端を、天使の羽のオブジェがついた盾で押さえつけ、寄り掛かるようにして立つアルフの姿が目に入った。
 身動きの取れなくなったスライムが盾の下でじたばたとしている。
「アルフ様! のんびりしてないで、早くやっつけてしまいましょうよ!」
「えー? のんびりしてるように、見えます?」
 覚醒の変化で赤く変色した瞳を細め、アルフがほほ笑む。
「い、いいんで!」
「じゃあ、潰しちゃいましょう」
 笑顔で言ったアルフが、盾を振り上げると、躊躇いもなく、振りおろした。べちょ、と嫌な音がする。「早く、くたばれぇ!」
 ちょっと泣きべそをかきながら、もはや、害虫を殺す女子みたいな必死な様子で、かざねがぶんぶんと、機械剣「フェアリーテール」を振り回した。



 青く澄んだ空の下、ごつごつとしたむきだしの石の上に、それぞれが思い思いの格好で座っていた。
「さあみんな、腹減っただろ? 遠慮せずに食え!」
 神羽が持って来たビーフシチューを皆に振舞っていた。
「すいません、頂いてしまってー」
 アルフが笑顔を浮かべる。「俺も本当はレッドカレーを振舞おうと思ってたんですが、忘れちゃいました」
「いいっていいって」
「でも、魅雪様は召し上がらないんですか?」
 かざねが言うと、神羽はポケットからじゃーんと温泉まんじゅうを取りだした。「俺はほら、饅頭あるし」
「あのー」
 そこで有村が小さく手を挙げた。「その饅頭、僕も貰っていいですか」
「お、いいぜ、一個しかねえからよ、半分こしようぜ」
「すいません、甘い物が切れると、何か、頭が働かないんですよね」
「ああ、分かる、俺も俺も」
 今日の失敗も何だったら、切れた糖分のせいで押し切ろう、とかしているかのようだった。
「でも私、石英の発掘なんて初めてなんですよね」
 澪が言う。「石英といえば透明な色の物を考えましたが、訊いた話しではいろんな色の物があるみたいですね」
「僕は、スモーキークォーツやシトリンを発掘してみたいですね」
 物凄い美味しそうに、饅頭を黙々食べながら、有村が口を挟んだ。
「でも石英なんて何に使うんでしょうね?」
「時計でも作る位しか浮かばんが」
 月城が答える。「まあ珍しい類であるが、しかしこれもただの任務、我はそこまで興味ない」
「そうですね、私も何かしらの研究の役に立つならそれでいいです。優秀なら人格は問題ありませんし」
 未名月が薄っすらと、それは皮肉な笑みとも取れるのだけれど、とにかく、ほほ笑みながら、言う。
「しかし、あてが外れた。あのオッサンに同行して貰い、石英の発掘場所について、レクチャーを受けるつもりだったのだが」
「お父さんは待っている」
 風海がぼそ、と呟き、にや付いているような声で、言う。「とか言ってましたね、あのオヤジ」
 ぷぷ、と三人は顔を見合わせて笑うので、澪は思わず「おじさーん」とか声を上げて、今すぐオジサンを呼んでやるべきだ、という思いに駆られる。
「でもま、発掘に関してなら問題はないでしょう。火成岩、特に白や黒の石の部位を集中的に探して、六角形の石柱等が見つかれば、救急セットの鋏で傷が付くかどうか試せばいいんです。モース7ですし、石英なら鋏の方に傷が付く筈なので。どうせ発掘するなら透明で結晶の綺麗な物がいいですね、水晶板等、人工物は論外だわ」
「石を透かして見て、二重になるか見るんだったな」
「そうですね。二重に線が写るか。でも私、力仕事は苦手なんですよね。石英は教えますので、後は任せます」
 未名月はそう言って気だるげに髪をかきあげると、「高みの見物と洒落こみますよ」と肩を竦めた。