●リプレイ本文
書店の出入り口に近い本棚の前に立ち、ぱらぱらと興味もなく雑誌のページを繰っていた幡多野 克(
ga0444)は、「こちら、國盛(
gc4513)」とか何か、耳に差し込んだ超小型の無線機から声が聞こえて来たことに気づき、それなく意識を向けた。
「配置についた。作戦開始まで、待機する」
「了解」
と、終夜・無月(
ga3084)、未名月 璃々(
gb9751)、緋本 せりな(
gc5344)の声が、それぞれ、応じる。
「あの」
と遅れて克は呟いて、ちら、と周りの様子を窺った。「えっと‥‥了解‥‥」
って言った瞬間、何か、顔が若干火照った気がした。
気がしたけれど、そこは何か、これはありだ、仕事なんだ、こういう仕事なんだ。とか自分に言い聞かせた。そしたらそこへ、また、無線機から今度は未名月の声が聞こえた。
「あ、対象の男ですねー。書店の前通過しましたよー」
一体何処から見てるんだ、と、見回したい気持ちをぐっと堪え、克は雑誌を棚に戻しながら、ちら、と辺りの様子を窺った。
確かに書店の前を、写真で見た男が通り過ぎるのを確認する。
「こちら幡多野‥‥」
出来るだけ唇を動かさないよう気をつけながら、俯き加減でもそもそ、と喋った。「対象を‥‥確認。追尾する」
「幡多野さん、いい感じですね。若干繊細な風情のただの男子が、陽の光鬱陶しいわーって思いながら歩いてる感じにしか見えません。見事に街に紛れてます」
シンプルな、Tシャツにジーンズという、完全普段着姿のせりなが、喫茶店にほど近い家電量販店の前で、ワゴンに並べられた安売り商品をチェックしているそこへ、ふわーと何か、家電見たくなったんで見ますーみたいな風情で合流した未名月が、言った。
「だね。それに、國盛さんだ」
せりなは、ワゴンの中のしょっぼい品を覗きながら、こそこそと言う。「あの格好は、何ていうかあれだな。ハマりすぎだったな」
「確かに。何であんな色のシャツが似合うのか、不思議でならないですよねー」
周りに人が居ないのを良い事に、小声でぼそぼそと未名月が、國盛の柄物のシャツの色について、述べる。
「そうそう居ないよね、あんな色の似合う人」
「厳つい外見が、こんなところで役に立つとはな」
今はまだ、そのすぐそばにある開店前の飲食店で待機してた國盛が、自嘲気味に苦笑しているような声で、言った。
「しかし、恫喝役というのも、難しいな。何せ慣れてないしな」
「またまたー。國盛さんといえば、恫喝ですよ。むしろ、恫喝以外ないって感じですよー」
「未名月さん、それ、褒めてないよね」
「やはり最初は、デカい体躯を見せ付けるように基本は仁王立ち。口調も変えないといけないだろうな」
むーとか何か、生真面目に悩み出した國盛が、いきなり「よぉ、兄ちゃん‥‥何処見て歩いてンだよぉ」とか何か、凄んだ声で練習を始めた。
「く」とか何か、克の短い声が無線機から聞こえる。
「いやこれでは何処ぞのチンピラだな。んー。もう少し威厳と言うか、凄みが欲しい所だな」
「練習したい気持ちは分かるけど‥‥ちょっと笑っちゃいそうになるから‥‥國盛さん、ごめん」
「おっと‥‥すまない」
そこで、突然「失礼」と、終夜のびっくりするくらい冷静な声が、会話に割り込んできた。
「お取り込み中のところ悪いのですが、対象が洋菓子店に入りました」
「買い物か。どうする?」
「俺は顔見せの危険防止のため、店内には入らず外で待とうと思いますが」
「了解‥‥無月さん」
克の声が言う。「俺が後を引き継ぐよ」
そして男の後を追い、店内に入る。その背後に並び、ガラスケースの中を眺めながらも、動向を窺う。すると注文を終えた男が、鞄の中から財布を出し、お金を払った。黒い革製の長財布の中に、免許証の存在を確認する。
そこで、「お待ちのお客様どうぞ」とか何か、女性店員の声が聞こえた。
拒否るのも絶対不自然な気がしたので、促されるままレジに向かう。
向かったからには、実はのっけから「あ‥‥美味しそう」と凄い気になっていたケーキを注文し、そしたら何か、「テイクアウトですか、それとも店内でお召し上がりですかー」とか聞かれたので、そりゃあテイクアウトだろう、と思った。
なのに何故か口から出た言葉は「じゃあ、店内で‥‥」
って、すかさずせりなが「何で店内でお召し上がりになってるんだ幡多野さん!」と、言っているのが聞こえたけれど、何より自分自身が一番、「え」とか、思った。思ったのだけれど、そこでまた店員が、こちらの隙を突いてくるかのように、「ご一緒に飲み物などもどうですか」とか何かマイルド過ぎる攻撃をしかけて来たので、「あ、じゃあ。メロンソーダで‥‥」って、もう負けた。
「何で飲み物まで注文してるんだ、幡多野さん!」
「あ、でも‥‥ケーキは歩きながら食べられないし」
と、克は、店員が背を向けた隙に、手とか口元に当てながら、まだ悩んでる風の客を装い言い訳する。
店員が金額を告げるので、お金を払い、飲み物とケーキの乗ったトレイを手に、奥まった席に着く。
その間に男は、会計を終え、箱を手に店の出口へと向かっていた。
「でもほら‥‥あんまりずっと着いて行くと‥‥ばれる恐れだってあるし」
とか何か言った克は、早速ケーキを口に運ぶ。
そしたらすかさずせりなが、「いや絶対ケーキ食べたかっただけだよね」とか言った。
「でも‥‥芝居には‥‥駆け引きが必要だし」
と、二口目を口に運ぶ。
「うんそんな口もごもごさせながら言い訳されても絶対説得力ないしね。絶対ケーキ食べたかっただけでしょ、それ」
「うんあのー‥‥ごめんね」
「あ、認めちゃたんだね」
「だけど‥‥そういえば‥‥さっき男の免許証が、財布の中に入ってるのを‥‥見たよ‥‥」
と、今度はメロンソーダのストローに口をつけた。
「何とかしてそれを見れればな」
國盛が、口を挟む。
「名字だけは‥‥薄っすら見えた。前田とか書いてあった気がするんだけど‥‥」
「対象、喫茶店へ近づいています」
そこへ、相変わらず完全に人ごみへと紛れているらしい終夜が、無線機を通し伝達してきた。「けれど、ん? あれは‥‥何か、話しかけられているようですね」
「なに? 組織の人間と接触してるのか」
状況の見えない國盛が、僅かに焦燥を滲ませ、聞いてくる。
「傍を通って確認してみましょう」
暫くすると、「単に道を聞かれているようでしたが」と、終夜の声が聞こえた。
「案内しかねない勢いでしたから、そのままこの場を離れられると厄介ですね」
「よし、引き離すか」
國盛が、勢い良く言った。
通りを歩いていく、何処からどう見てもどっかの暴力団の構成員とかにしか見えない、というかむしろ、どっかの暴力団の幹部かもしれない、くらいの勢いの國盛が、やがてどん、と男の肩にぶつかり、接触を開始した。
「‥‥何処を見て歩いてるんだ、お前」
腹の底から搾りだしたような低い声で言い、ゆっくりと落ち着きはらった様子で腕を組む。
じろ、とその、鋭い双眸が、男を見下ろした。
「どけ‥‥俺が通るんだよ、其処を」
その声に驚いたのは、男に道を聞いていたらしい二人組の若い男女で、厄介事に巻き込まれるのは絶対嫌だ! と言わんばかりの、びびり倒した表情を浮かべると、「あ、じゃあどうもすいません、ありがとうございましたー」とか何か、触らぬ神に祟りなしーと言わんばかりに男の傍から離れて行く。
「引き離し、成功」
何処かから、様子を窺っているらしい終夜の声が言う。「次は、喫茶店への誘導ですね」
その間にも、國盛の芝居は続いている。
「いてえなあ。骨でも折れてたら、どーしてくれンだ。ああ?」
「どうしよう‥‥国盛さん‥‥あれちょっと本気出してない? ハマりすぎ」
洋菓子店の店内から、様子を窺っているらしい克が言う。
「演技とは思えないというか、素で怖いというか、 國盛さんはさすがというか、言葉では語りつくせないものがあるね」
せりなが、苦笑したように同意した。
けれど、男のリアクションは妙だった。全く怖がる様子もなく、それどころか、自分より巨体を見上げ、ふんと少し鼻を鳴らしたかと思うと、眼鏡のフレームをやれやれと言わんばかりに押し上げた。
「貴様、何を笑っている」
外見の様子からは全く窺い知ることは出来なかったけれど、もしかするとこの男は堅気ではないのではないか、という予感を抱きながらも、國盛は、とりあえず芝居を続けることにした。
「俺を舐めてると‥‥痛い目に合う事になるぞ」
「ふん。お前、何処の組のもんだ」
男が、いきなり、言う。
「なに‥‥?」
「様子がおかしい」
無線の会話に耳を傾けていたせりなが、言う。
「確かに、妙ですね」
と未名月が、そのわりに全く緊張感なく呟き、「ではせりなさん。これお願いしますよー」とか何か、言う。
「予定とは少し違うが、私も出る」
そしてせりなは家電量販店を離れ、國盛と男の方へ向かい、歩きだす。
「何処の組のもんか聞いてンだ。俺に因縁つけて、ただで済むと思ってるのか?」
男がまた、落ち着き払った、何処か人を見下したような声で言った。
「何処の組とは」
國盛は、多少予想外の事に驚きながらも、落ち着いて芝居を続ける。「穏やかじゃないな。貴様こそ、何処のモンだ。俺にはったりをかまして、ただで済むと思うなよ」
今しも人を平気で殺しそうなくらいの、酷薄な鋭さを持った笑みを浮かべ、男を見下ろす。
「凄いね‥‥あの演技、國盛さんしか出来ないな」
「全く。今から転職を考えた方がいいんじゃないですかー」
どちらかと言えばのんびりとした、克と未名月の会話が耳を抜ける。
「俺は飯田組の」
男が、鼻の穴を膨らませ、威張るようにそう口にした、その瞬間だった。
「飯田組?」
そこへ、「きみ」と、せりなが乱入した。
男の方を見やり、それから訝しぐように國盛を見やる。「絡まれてるのか」
と、善意の一般人を装い、男の耳元へ囁く。その際、せりなは、男からは見えない角度で、そっと、手に持っていた封筒を落とした。
「あ、いえ」
とその瞬間、男は、突然表情を変えた。
驚くほどの代わり映えだった。「大丈夫です、すいません」と、あからさまに善意の一般人を装ってくる。
「何なんだ‥‥あの男」
「この手の依頼も久し振りでしたが‥‥確かにあの男、何かありそうですね」
克の呟きに、街の中へと溶け込む終夜が答える。
「そうか、それじゃあ」
せりなが去って行こうとしたその時、今度は「きみ」と、男がせりなを呼びとめた。
「落としたんじゃないですか、これ」
と、一通の封筒を差し出してくる。
「え?」と、振り返るせりなに男が気を取られている隙に、素早く國盛がその場を離れた。わき道に入り込み、身を隠すように歩きながら「おい、あの男、飯田組がどうとか言ったぞ。暴力団か?」と、答えのない問いを漏らす。
「その可能性は高いでしょうが、現時点では、まだ何とも言えないですね」
終夜がその問いに答える。
その間にも、せりなの小芝居は続いていた。
「ああすまない」
と謝りながら、ジーンズの背後のポケットを探っている。「鞄を持つのが嫌いなんだ。落としてたみたいだね、ありがとう」
「あれは、私特製の、ストーカーからの手紙です」
未名月の声が、補足するようなタイミングで言う。「愛してるがビッシリ書かれた感じのラブレターですよ。今日の私は、ストーカーの模倣犯です」
「中身‥‥読まれないのに‥‥」
「本当は、彼の自宅ポストに入れる予定でしたー」
「‥‥あやしくない?」
その間にも、手紙を受け取ったせりなが、「じゃあ」と、さっさと離れるように歩いて行く。
「はい指紋ゲット」
そして國盛と同じく通路に引っ込むと、透明の袋に封筒と手紙を入れ、封をした。
「ただ、喫茶店への誘導はちょっと無理だったよ。どうする?」
「仕方がありません。喫茶店は諦めるしかないでしょう。指紋もとれたことだし、名前も名字だけですが判明しています」
「写真も何枚か撮れてますしねー」
とか何か、終夜と未名月が話しこんでいるところへ、
「そうね。作戦を変更しましょう」
と、突然、大森の声が割り込んできた。
「送れちゃってごめんなさい。今やっと現地に到着出来たわ」
「遅いご到着で」
せりなが、皮肉を漏らす。
「はいはい、ごめんなさい。そんな事より、指紋、取れてるのね」
「ばっちり。未名月さんのストーカーラブレターのお陰だね」
「本当は喫茶店とかの方が、後から指紋も取りやすいかと思ってたんだけど。もうとれてるなら、問題ないわ」
「了解。それでは引き続き、俺が、追尾を続けましょう」
人通りが少なくなっていく道の為、隠密潜行を発動した終夜が、答える。「人の命が懸かっています‥‥申し訳有りませんが貴方の事をもっと詳しく教えて貰いましょう」
更にその後ろを、洋菓子店から出た克が追尾して行く。
「家か職場に向かってくれたらいいんだけど‥‥」
その頃、大森の待機するバンへ戻った國盛は、男が口走った「飯田組」について、彼女に報告をしていた。
「飯田組ね、聞いたことがあるわ。この界隈を仕切ってる暴力団ね。残念ながら指定暴力団には入ってないけれど」
「やっぱりな」
國盛は腕を組み、首を振る。「堅気ではないとは思ったが、マフィア、か」
「構成員なのかしらね」
「俺の見たところ、組の人間というよりは、企業舎弟の類の男じゃないかと思うね。あの男の顔付きは極道というより、悪ガキだ」
「あら、やけに詳しいわね」
「それにしてもバグアと暴力団とはな。何とも、きな臭いやつが揃ったもんだ」
「まだ、バグアと絡んでるかどうかは、分からないけどね」
「だが無視しておくわけにも行くまい。黒だった場合、殲滅せねば。放ってはおけん、な‥‥」
「指紋も調べてみるわね。でも企業舎弟だとしたら、マエがあるかどうかは、微妙ね」
「バグアの組織的犯行‥‥この男も関係してるのかな‥‥」
男を追尾する克の声が、聞こえる。
「何にしろ‥‥集めた情報の精査は、警察の人任せるけど」
と呟いた克がそこで「あ」と、小さく呻いた。「男がビルの中に入る。無月さん‥‥後は宜しく」
そのまま克が通り過ぎて行くと、「了解」と、ビルの陰に姿を隠した終夜が、エントランスでエレベーターを待つ男の動向を見張る。
エレベーターに乗り込む姿を確認すると、停止する階数を特定した。壁にかけられた、会社名の札を順番に眺めて行く。
「こちら終夜。エレベーターは六階で停止しました。そこに入っている企業の名前は、レーイン興業」
「レーイン工業」
能力者達の呟きが、重なる。
「了解ありがとう。今後はこの企業と前田という男についてもう少し、調査を続けてみましょう。前田はこの企業と関係があるのか。関係があるとしたら、この会社は企業舎弟なのか。そして、事件と飯田組がどう関わっているのか、ね」
大森が、言った。