タイトル:ある事件とスナック潜入マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/22 18:51

●オープニング本文








「いや、あの人のことは良く分かんないからなあ」
 と、大森妹が、未来科学研究所に居る、優秀だけど変人、おまけに無駄に美形、という兄について、述べた。
 ほぼスープだけになったどんぶりの中を、箸でゆっくりとかきまぜている。残った麺やもやしが、茶色い液体の中で、流れに乗ってゆらゆら、と揺れた。
「興味もないしね」
「はー」
 とか何か頷いて、岡本は、どんぶりの中に浮いていたメンマを口に運ぶ。
「聞くってことは、岡本君、興味あるんだ」
「いや、ないんですけど。すいません何となく、世間話とかしといた方がいいかな、と思って」
 客もあんまり居ない、っていうかむしろ、大森と自分と店主しか居ない街角の小さなラーメン店の店内が、一瞬めっちゃ、シンとした。
 それで気付いたら、彼女が、すっごい何か、無表情に、兄に良く似た切れ長の涼しい瞳でこっちを見ていた。
 何かちょっと、見詰め合った。
「じゃあ、無駄な話とか別にしたくないから、依頼の話するけど、いいよね」
「あ、はい」
「この間言ってた事件に関して、また、新たな対象が出て来たのね。また、能力者の人達には、潜入捜査をお願いしたいの」
「行方不明事件が発端っていう、例の連続殺人事件ですよね」
「そう。行方不明者の中から、遺体が出て来たっていう例のあれ。どう見ても他殺の状況だし、事件として浮上してきた。実行犯は自首して来て、一人で全部実行したって言ってるけど、てんで地域もばらばらで、被害者とその実行犯の間に、接点もない。しかも遺体の様子では、バグアが絡んでんじゃないの、みたいな様子もあった」
「だからこれは組織的な犯行なんじゃないか、という結論になったって事でしたよね、確か」
「そうだけど、何か、途中でこう話持ってく感じで割り込んでくるの、やめてくれないかな。苛っとするんだけど」
「いや何か、こう、覚えてますよアピールしたくなったからちょっと調子に乗って、会話に割り込んじゃいました」
 とかいう言い訳はもう全く相手にされなかったらしく、大森妹は飄々と話を続ける。
「とりあえず現状ではこの事件についてまだ何も分かってない。どういう組織なのか、何の目的があるのかもね。唯一分かってるのは、相手にこちらの動きがばれたら、組織は絶対、さっさと身を隠して暫く動きを止めてしまうだろうってことよ。でも、そうなる前に、奴らを捕まえ、潰したい。だから今は、せいぜい秘密裏にその実行犯の男と接触していた人間を片っ端から当たって、組織に近づいていくしかない。と。いうわけでまた、潜入捜査をお願いしたいのね」
「大森さん」
「なに」
「あのー、捜査の過程で、バグアが絡んでるって事が判明した暁には、僕の上司にもきちんと報告するって言ったのも、忘れてないですよね」
「で。今回、追って欲しいのは、この人なんだけどね」
 彼女はそう言って、バックから一枚の写真を取り出し、見せてきた。
「え、あれ、忘れてないですよね?」
「この男も、実行犯と頻繁に接触していたんだけど、やっぱり友人や仕事関係者には該当しない。どういう関係か分からないから、また調べてみて欲しいんだよね。普通の人間として街の中に紛れこんでこの男を追って貰って、住所、氏名、年齢その他、この男の情報を入手してきて欲しいわけ。盗聴器やカメラや、指示を飛ばす為の小型の無線機なんかの機材は、こちらから支給する。前回同様、貴方達の動きはこちらでも見張らせてもらうけど、そんなにこの件に捜査員を費やすわけにもいかないから、現場での動きは、基本的に、自分達で判断することになると思って。で、今度の潜入先なんだけど」
 今度はバックから地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
「目撃証言や、辛うじて残ってる監視カメラの映像から、男の生活圏は判明してるのね。ここよ。この田舎町」
「はー」
 彼女の細い手入れされた指先の動きを、ぼんやり見つめる。
「この男が活動する時間は、だいたい夜なんだよね。良く行く場所は、近所のコンビニエンスストアーと、そこから少し離れた場所にあるスナック。このスナックに関しては、従業員として潜り込む許可も取ってある。実際そういう扮装をするかどうかは、能力者の人達に任せるけど。夜道か、あるいはコンビニの辺りで接触を行い、スナックへと誘導して貰うとやりやすいかもね。店内の様子は、田舎町の寂れた場末のスナックという雰囲気で、マスターが一人居て、他には、お酒の相手をする女性の従業員が居る感じ。ま、何にしても、方法は問わないわ。能力者の人達が、何に扮装し、どのように行動するかも任せる。概要が決まったら報告だけしてくれるかしら。こちらで衣装なんかを手配するから」
「はー、分かりました」
「そして男の身元、住所、氏名、年齢や、勤め先なんかの情報を入手して欲しい。指紋も取れれば嬉しいけれど、これはまあ、最悪どっちでもいいわね。何処に何をしかけ、どんな風に情報を入手するかの良い案があったら、連絡して。使えそうなら採用するわ。で、今回もまた対象者について、一応言っとくわね。写真から分かる男の風貌は、茶色い髪をした、20代前半から半ばの青年。あと、Tシャツが、わりと派手。とまあ、これくらいかしら。能力者の人達が写真から他に何かを読み取ったら、それはそれで捜査に活かして貰ってもいいから。とにかく、相手にばれないよう接触することよ。能力者の人達の潜入能力に、期待してる。それじゃあ、よろしくね」







●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
小森バウト(ga4700
30歳・♂・BM
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA
若羽 ことみ(gc7148
13歳・♀・SN

●リプレイ本文





 コンビニエンスストアの駐車場に停車した黒いワゴンの後部座席に、緋本 せりな(gc5344)は待機していた。
 警察から預かった対象の写真を眺めながら、時折、田舎の夜道に青白い光を放つ店内の様子を眺める。けれど何度見てもがらんとした店内には対象者の姿は無く、そもそもまだ姿を現していないのだから、姿が見つかるはずもなく、物凄い「無」って感じが車内に蔓延していて、とにかく何か、落ち着かない。
 そんなわけで、せりなは気がつけば、一人分空けた隣に座る、セシリア・D・篠畑(ga0475)に、「どうでもいいけど」とか何か、話しかけていた。
「この男」と、対象の写真を揺らす。「特に冴えない容姿のわりに意外とハデな服だね。こういうのは、私の趣味じゃないな」
 そしてふとセシリアの方を見ると、彼女は同じく警察から渡された対象者の写真を、何か気になることがあるのか、物凄いじーとか何か見つめていた。
 と思ったら、いきなり何か物凄い無表情のまま、ポケットから油性マジックを取り出して、びっくりするくらい滑らかな迷いのない動きで、その男の額に「肉」と。
「うんセシリアさん」
 続けて、またびっくりするくらい無表情なまま、口元に髭とか書き出している彼女の肩を、せりなは優しく、叩いた。
「うんいや暇なのは分かるけど‥‥そんな社会の教科書の偉人にする落書き‥‥」
 そこでインスピレーションを受けました! と言わんばかりにハッとしたセシリアは、成る程、偉人への落書きということであれば、ここに鼻毛、と言わんばかりに、物凄いマイルドに鼻毛を書きだした。
「いやいやセシリアさん」
 とかいうこちらの慌てっぷりを全く意に介さず、鼻毛を書き続けながら、セシリアは、言った。
「‥‥写真を見る限りでは、特に何も無いですね。飯田さんの身内だと、美形でしょうし」
「飯田さん?」
 せりなはその名前を繰り返し、それからその何を考えているのか全く読めない無表情な横顔をちょっと、見つめる。
「もしかして君、この間の事件の報告書を?」
 セシリアが、無言で頷く。
「君もしかして。以前、私達が関わった、民間人救出の依頼と、今回の事件に何か関係があると見ているのかい?」
 そして彼女が、何事かを言おうと振り返った、まさにその時、ジジ、と耳に差し込んだ無線機から音が聞こえてきた。
「こちら國盛(gc4513)。今準備が完了した。聞こえるか、どうぞ」
「あ、ああ、こちら、せりな。聞こえているよ、どうぞ」
「俺はこれから、スナックの店内に潜入する」
「了解。酔っぱらわないようにな」と、ふざけて注意すると、國盛が、ふんと笑った。
「だったら俺が酔っぱらってしまう前に、きちんと男を店内に誘導してこいよ」
「おっと、発破をかけられてしまいましたね」
 皮肉っぽく笑う男の声が、聞こえた。「小森バウト(ga4700)です。僕も配置に着きました。準備完了です」
「あの」
 おずおずとした、若い女の子の声がそれに、続く。「若羽 ことみ(gc7148)です、同じく配置に着きました。‥‥はじめての作戦で緊張してますけど‥‥微力ながら皆さんにお力添えできるようにがんばりますね。皆さん‥‥よろしくお願いしますっ」
「これまた、初々しいな」
 國盛が父親のような笑みを滲ませ呟いた。そこで。
「よろしいですか」
 と、終夜・無月(ga3084)の声が、会話に割り込んできた。
「こちら無月。今、対象の男らしき人物を、コンビニ手前の歩道にて発見。そちらのコンビニに向かい歩いて行きます。対象かどうか、確認、お願いします」
「了解」
 短く答えたせりなの視界に、一人の男の姿が、過る。「お、来た来た」
「Tracking‥‥Start」
 隣でセシリアが、小さく呟くのが、聞こえた。




「今、男がスナック菓子を購入して、コンビニを出た」
 自分もスナック菓子を購入したせりなが、ワゴンに戻りながら、言った。「追跡班、頼むよ」
「了解」
 男が買い物をしている隙に、ワゴン車から降りたセシリアが、終夜と合流し、尾行を開始する。
 全く油断し切った様子で、ぶらぶらとだらしなく歩く男の背中を見つめながらセシリアは、その男が「飯田組」に関係しているのかどうか、そもそも「飯田組」とは何なのか、考えていた。
 すると前方を行く男が、何気なくといった様子で、背後を振り返った。
 その傍を、せりなの運転するワゴンが抜けて行く。
「何か。びっくりするくらい二人、楽しそうじゃないんだけど。無表情な二人が並んで歩いてたら‥‥ちょっと真夏の夜の怪談の趣すら、あるよ。男も今、ちょっと気持ち悪そうに何か、見てたし」
「あー目に浮かびますね」
 せりなの声に、小森の残念そうな声が便乗する。
「次に男が振り返ったら、何か、上手く誤魔化した方がいいんじゃないかな?」
 セシリアは無線の声を聞きながら、無表情に俯き、少し、考える。
 次に男が振り返ったら。
 もしも万が一ばれそうになったら。
 2人で歩いてましたよ。ええ、何の違和感もなく2人で歩いてましたよ感を出して‥‥。
 とか思ってた矢先、男が振り返った。
 何か、目が、合った。
 ‥‥なるほど。ここで誤魔化すのですね、とか、悠長に思っている間にも、めちゃくちゃ男がセシリア達をガン見している。
「おいおい、どうなってるんだ? 大丈夫なのか」
 國盛の若干焦ったような声が、不意に騒がしい喧噪と共に紛れこんでくる。
「今夜は‥‥」
 やがてセシリアは、無表情に終夜を振り返った。
 皆が一瞬シンと静まり返って、固唾を飲むような沈黙の中。
「肉じゃがにしようかと思っています」
 ポツン、と彼女の声が浮かぶ。
「え」
 と、誰かの声が言った。
 それでもやっぱりまだまだ無表情の終夜が、セシリアを振り返った。目だけをそろーっと一瞬横にスライドさせ、次の瞬きで元に戻す。「なるほど‥‥それは、いいですね」
「どうしよう、何て嘘臭い芝居なんだ」
 愕然としたようなせりなの声が言った。
「凄いですね。正真正銘の弾まない会話っていうか、これぞ弾まない会話の見本っていうか」
「でも、誤魔化せたなら、よし! どんな感じだ」
「さあ。僕のところからも見えませんね」
 とか何か、話してる小森とせりなの声を聞きながら、二人は男のことを追い抜いて行く。
 そして、せりなのワゴンが曲がったのと同じ道を曲がり、ワゴンの影へと身を潜めると、すかさずセシリアは、タクティカルゴーグルを装着した。
 望遠機能を使用し、対象の様子を把握する。
「目標の店舗まで、距離、約50」
 隣では探査の眼を発動した終夜が、男の周囲に鋭い視線を走らせていた。「今のところ、他との接触はないようです」
「うんそこのめっちゃ落ち着いてるお二人さん。こっちは、わりとひやひやしてたんだけどね」
 ワゴンの窓から顔を出したせりなが、ひそひそと、言う。
 そこへ、「マッチはいかがですか〜」とか何かいう、か細い少女の声が聞こえて来た。
 一同はスナックの方を見やる。
 すると、スナックの辺りから現れたことみが、「マッチはいかがですか〜」とか何かまた言いながら、対象の男へと近づいて行き、目の前まで辿りつくと、やっぱりそこでも「マッチはいかがですか」と、言った。
「え」
 と、物凄い何これどうしよう、みたいな雰囲気で、男が立ち止まった。
 店内から、姿を現した小森が、「こら、ことみ」とか何か言いながら近づいた。
「いやあ。僕の子供がすまんですね。店のマッチを使って遊ぶのがどうやら流行りみたいで」
「え?」
 男が戸惑っている間にも、小森は、へらへらとした演技の笑顔を浮かべ「どうですかお詫びに一杯。奢りますよ」とか何か、背後のスナックを振り返る。
「何だよ、お前」
「僕、あの店で流しやってんですよ。一曲、いかがですか。お好きな曲があったら、お弾きしますよ」
 見るからに年下と思しき対象の男にも、低姿勢を崩さず、小森は少しずつ歩きだすようにして、男をスナックへと誘導していく。
「あの、流しって分かります? カラオケみたいもの、なんですけど」
 出来れば話続け、男に隙を与えないようにすることが重要だった。
「どうせ、営業の手だろ」
「そうですねー。田舎のスナックは、流行りませんしね」
 そこで、ニヤリ、と皮肉な笑みを浮かべた小森は、おっと。と、小さく肩を竦める。「ママには内緒ですよ。僕、クビになっちゃいますし」



 そうして男の誘導に成功すると、今度は「すいませーん、お父さん来てないですかー?」
 とか何か、常連の子供に扮したせりなが、戸口に立った。
 彼女の姉の物だという、可愛らしい服を着用し、普段のクールさからは余り想像できないような、明るい口調で彼女は言う。
「ここに来てるから迎えにって言われてきたんですけどー‥‥いないみたいですね。と、あ」
 それから、今気が付きましたーみたいなノリで、酒をちびちびとやりだしている対象へ近づいて行き、「あれ、もしかして山田さんですか」とか何か、言った。
 國盛は、そうして男がせりなに気を取られている内に、グラスをさっと別の物と入れ替えておいた。そしてそれを、ハンカチでくるむと、隣の椅子にさりげなくおいておく。
「は? ちげえよ」
「えーお父さんと同じ会社の山田さんじゃないんですかー? 聞いてた雰囲気と似てるんですよねー。恰好良い部下がいるって。よく一緒にここに来るって話でー」
「ちげえつってんだろぉが、何だおめー」
「あ、じゃあいいです、すいません」
 せりなはあっさりと引き下がると、「じゃあお父さんも来てないみたいですし、帰りますねー」とか何か、店を去って行く。
 その際、椅子に置かれたグラスをさりげなく、回収した。



「指紋照合の結果、男の前科が出たそうです!」
 駆けつけた私服警察官にグラスを渡し、鑑定結果を待っていたことみが、無線機に向かい指示を飛ばした。
「男の名前も判明。中村敏章、26歳」
「了解」
 手に持ったグラスを見つめながら、國盛が小さく頷く。「その情報を使って中村に接触を試みてみる」
「おい、お前も一杯、どうだ」
 國盛は予め用意して貰っておいたボトルを掲げ、小森の演奏に聴き入っていた男、中村に話しかけることにした。
 不審げな表情を浮かべ、中村が、國盛を見る。
「いやどうもな。あんまり大きな声じゃ言えねえが、お前、ムショん中で会った男に似ててな」
「いやあ國盛さんが言うと、冗談に聞こえないから不思議だね」
 せりなの声が、笑いをかみ殺しているように、言う。「その外見は最早武器だ。完全に堅気じゃない」
 そう言う自分だってさっき、俄然イメージが崩れていたぞ、むしろ、姉とキャラが被っていたじゃないか、と、文句を垂れたいところを、國盛は必死に我慢した。
「俺がケツ番だった時に、そいつがいろいろ良くしてくれてな。アンタに似てるもんだから、ついな」
「ケツ番って、何だ」
 せりなが、言う。
「簡単に言えば、刑務所なんかでの新入りの事ですね」
 ことみが意外に詳しいところを、見せた。
「へー。凄いな君」
「一応、この依頼に入る前に、予習してきました」
「一体どういう予習なんだ‥‥っていうか國盛さんは、何でそんな用語を知っている」
「確かに、ケツ番はつれえな。俺も最初の頃はマジしんどかったもんな」
 男が、酒の勢いか、それとも全く堅気に見えない國盛の誘導にか、いやむしろその両方のせいかも知れなかったが、さらと話に乗って来た。
「何年だ」
「四年。簡単な仕事だと思ってたらしくじってよ。四年間、別荘だよ。ったく。俺だってレーインが噛んでるって知ってたら、あんな仕事、手ぇ出さなかったのによ」
「レーイン」
 國盛の眼が鋭くなる。「レーイン興業か」
「ああ?」
「いや、聞いたことのある名前だったもんでな。バックに、飯田組がついてるって噂なら、聞いたことがある」
 そんな國盛を、中村は胡乱な瞳でちょっと眺めた。
「もしかしてオッサン‥‥仕事でも頼まれてんのか」
「まあ、そんなところだ」
「そうか。俺もレーインと飯田組の繋がりは、噂でしか知らねえよ。飯田組の奴らには会ったことねえし。あそこのトップが飯田組と知り合いとか、やべー仕事の時は大抵、飯田組が絡んでるんじゃねえかとかよ。表向きは真っ当な会社だしな。でもあいつらはやべえよ。オッサンも、何か仕事頼まれてんだったら、断った方がいいぜ。ポイ捨てされるのが、落ちだ」
「そうか。忠告、ありがとな」
 ふん、と男は國盛から目を逸らし、「ま、オッサンがどうするかは、オッサン次第だけどよ。俺はもうレーインとは関わらないぜ。田舎に引っ込んで真面目にやってこうかと思ってんだ。ま、こんなご時世だしな」
「それは、良い心がけだな」
 あたり障りのない相槌を打つ國盛の耳に、ふと、
「飯田組‥‥あの飯田さんと関係があるのでしょうか」
 セシリアのそんな呟きが、聞こえた。



「対象、自宅に戻りました。監視、継続中」
 終夜と共に自宅前にはりつくことみから、報告が聞こえた。
「中村もやっぱり、レーインと関わっていた、か」
 そのすぐ近くに停車したワゴン内で國盛は顎を摘んだ。「けれど、中の情報についてはまださっぱりだな」
「やばい、ということしか言ってませんでしたしねえ」
 小森がギターケースからお金を取り出しながら、言う。そして、ニヤリ、と笑みを浮かべた。「おや結構儲かりましたね」
「自宅の中に盗聴器でも仕掛けられたら、もう少し分かるかな」
「でも、もう関わらない、と言っていたがな。全く、飯田組やらレーインやら。一体何者なんだ‥‥、それにセシリア。先程から気になっていたが、あの飯田さんというのは、どの、飯田さんなんだ?」
「ある救出依頼に関わっていた青年のことだよ」
 せりなが口を挟んだ。
 セシリアが抑揚無く、完結に、その後を続ける。
「彼はその依頼の依頼主であり、バグア派を親族に持つ青年です」
「その件とこれが、どう関係するんだ?」
「それまだ分かりませんが‥‥少し、似ている気がします」
「似ている?」
 そこで突然、「中村の自宅から出てくる、男の影を発見」と、無線を通じ終夜の声が聞こえて来た。
「何だ」
 ワゴンの中の三人が、中村の自宅アパートに向け、目を凝らす。セシリアはゴーグルの望遠機能を使い、男の姿を確認し、ほんの僅かにぴくり、と眉を動かした。
 どちらかと言えば上品な身なりをした、目鼻立ちの整った感じの、こんなぼろアパートには用事などなさそうな男が、足早に階段を駆け下りて行く。そして停車してあった車に乗り込むと、早々にその場を去って行った。
「あの男は‥‥誰だ」
 國盛が呟く。
 その問いに答えられる者は誰も居なかった。