タイトル:ある事件と団体内偵マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/23 05:09

●オープニング本文






「なるほどね」
 大森の妹が、小さく頷きながら言った。
「つまりその民間人救出依頼と今回の事件は、同一犯の可能性があるって事なんだね」
 その言葉は、誰に向けて言っているかといえば、きっと佐藤に向けて言ったはずだったのだけれど、佐藤はあんまり何考えてるか分かんない表情で、ぼーっと岡本の顔とか見てて、完全にノーリアクションだった。
 なので岡本は、「ま、何かそういう事っぽいですね」とか何か、とりあえず代わりに答えておくことにした。そして何となく、随分と氷の溶けた、むしろ水なのではないか、というようなウィスキーの水割りを、口に運ぶ。
 地下にあるバーの店内は、深夜にも関わらず、余り人の姿がなく、閑散としていた。
 けれど、がんがんと煩い音楽が鳴り響き、店内に充満しているため、わりと騒がしかった。
 警察に勤務する大森の妹と、ULTオペレーターの佐藤、そしてULTの単なる事務職員である岡本の三人は、店の奥まった場所にあるテーブルにつき、顔を突き合わせている。
 ある事件について、話をしていた。
 当初、岡本は、警察に勤務するという大森の妹から、その事件について、捜査協力を依頼されていた。
 その事件の概要とは、こうだ。
 捜索願が出されている民間人の中から、バグアが関わっていると思しき痕跡のある遺体が連続して見つかった。その実行犯はすぐに逮捕され、その男は、全てを自分一人でやった、と供述した。
 けれど、どうもその男一人の実行と片づけるには無理がある状況だったため、組織的な犯行を疑った警察は、その組織にバグアが絡んでいる可能性も鑑みて、能力者に潜入捜査の協力を要請した。
 捜査は順調に進み、ある組織の名前が浮上した。
 暴力団、飯田組。
 そして今、岡本は、その暴力団の飯田組が、佐藤の知り合いである「飯田」という男性と関係があるのかも知れない、という報告を大森に対し説明し終えたところだった。
 彼、飯田は、以前に関わっていた、とある民間人救出依頼の際に連れ去られ、今も安否は不明だった。
 尚且つその民間人救出依頼も、佐藤に聞くところによれば、未だ解決しているとはいえない。
 あるバグア派の組織がバグアに対し、様々な用途に使用される人間を提供する、という取引を阻止するのが、この依頼の目的だったけれど、その依頼主であり、情報提供者でもあった飯田が浚われてしまったため、組織への糸は途絶えていた状況だったという。

 けれど今、警察という全くの異分子の介入で、この事件がまた、動き始めた。
 警察の言う「組織的な犯行」の「組織」と、佐藤の言う「バグア派の組織」の「組織」は同一なのではないか。
 その組織とはつまり、飯田組なのではないか。
 その憶測は今や、能力者達も抱いている、と岡本は大森に説明した。

 スコッチを飲んだ大森妹は、書類に目を落としたまま、言った。
「つまり、遺体が出て来たのは、救出依頼が止まったからなのかな。その、飯田とかいう人が浚われて」
「民間人救出依頼の際の被害者は、組織の人間だったらしいんですけど」
 岡本は、話をしない佐藤を盗み見て、代わりに、言う。「前回の調査の報告書を見ると、飯田組の人間というより、被害者の指紋を警察が調べた時に何も出なかった事からしても、前科のないフロント企業の人間だったって可能性もありますよね」
「その件に関して言えば、以前に調査対象になってた中村に、組織が接触する可能性もあるね。あとさ」
 そこで言葉を切った大森は、能面のような無表情で、またスコッチを口に運ぶ。
「そこのULTの人はさ、話とか、聞いてるのかな」
 そしたら、ぼけーっと頬杖をつきながら、岡本の顔を眺めていた佐藤が、ちら、とだけ大森の顔を見て言った。
「そうですね、あんまり聞いてなかったですね」
「へー、ULTのオペレーターさんってあんまり話とか聞かないんだ?」
「必要なさそうですしね。むしろこれ以上警察の人に出しゃばって来られても困るっていうか」
「でもこれ一応、こっちのヤマだよね。これまでの情報を集めたのも、こっちだし」
「でもバグアが絡んでるって分かった時点で、もうこっちの管轄ですよね。警察、関係なくないですか」
「まだ、絡んでるって分かったわけじゃない」
「飯田君が絡んでるなら、十中八九、バグア、絡んでますよ」
「死んでるのは、民間人」
「殺したのはバグアの可能性が高いです」
「ねえ何きみ、警察嫌いなの」
「そっちこそULTに何か、恨みでもあるんですか」
 そこで不意に会話は途切れる。佐藤はバーボンを、大森はスコッチを、岡本は安ものの、水に近い液体を、それぞれ、とりあえず何か、飲んだ。
「そういえばさ」と、暫くして、大森が言う。「貴方のお仲間が、捕われてそうだったよね。前回の調査で新見とかいう男が喋ってたじゃない。確か、孝俊だっけ」
「そうですね」
「助けるの」
 店内に響く音楽が途切れる瞬間を狙うようにして、大森が、ふと、言った。
「でも、あんまり時間はないんだよね」
 ポツン、と佐藤が、呟く。「彼は今、ULTでエミタの調整を受けてないから、体調に異変をきたして衰弱してる可能性は高い。能力者だからね。放っておけば、最終的には死んでしまう」
「手がかりは、前回の調査で出た、地球環境協会ね。この得体の知れない団体を内偵しましょ。新見という男が向かった建物は、恐らくこの団体の関連施設とは思うんだけど。場所は、前回の追跡で判明してる。建物内を調べる必要があるね」
「もしそこで飯田さんを救出することが出来れば、捜査の進展も見込めますね」
「助けるにしたって、捕えられている場所の特定は必要でしょ。周りくどいようだけど、やっぱり今、相手にこちらの動きは知られるべきじゃない。その飯田って人を救出しても終わりじゃないからね。事件を解決しなきゃ、意味がない」
「それはまあ、確かに」
「近隣住民への聞きこみや、建物の監視を行えば、内部へ潜入する方法も見つかると思う。潜入出来たら、内部の見張りの様子、人の動き、地下室、屋上、各部屋の様子を出来るだけ記録して、建物の内部を把握する。そうして飯田さんって人の居場所を探りながら、事件解決の情報を得る。って感じかな」
「ただ、今回は、相手の核心に随分迫ってる気がします。出来るだけ内部の人間には危害を加えず、痕跡を残さないように、これまで以上に慎重な行動をお願いしないと。万が一内部に潜入出来たとしても、中を歩く時には、細工が必要でしょうね」
 岡本の言葉に、佐藤が、微かに頷く。
「強化人間が潜んでる可能性もある。敵の情報は掴むべきだけど、今はまだ、戦闘は控えるべきだろうね」
 そして言った。






●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
若羽 ことみ(gc7148
13歳・♀・SN

●リプレイ本文






 緋本 せりな(gc5344)、立花 零次(gc6227)の二人は、地球環境協会から、少し離れた場所にポツンと佇む、古めかしい作りの定食屋の中に居た。
 壁は黄ばみ、壁に貼られたメニューらしき貼り紙も黄ばみ、テーブルには、煙草で焦がした跡のような黒ずみもあった。壁際に設定されたテレビの音が、やけに目立って聞こえる。
「近隣住民の聞きこみでは、協会への印象や出入りしている人間の印象について、特に情報はなさそうですね」
 注文したオムライスを口に運びながら、零次が答えた。
「そうだね。でも、一連の事件も核心に迫ってきた感じがあるし、今回の任務は重要だ。失敗は許されない。回りくどくても、情報は集めておいた方がいい」
「本当は団体の活動について、話を聞きたいと協会へ事前に電話でもして探ってみようかとも思ったんですが、そもそもネット上にも、そんな協会の情報はなかったんですよ。なので思ったのですが、要するに「地球環境協会」というのは、フロント企業のように飯田組の名前を出したくない時に使う名称である可能性が高いような気がしますね」
「なるほど、そうかもね。地球環境協会、とは、確かに、何か漠然と大事そうではあるけど、意外と何も言い表してない名前のような気もするしね」
「見取り図は、ULTを通して、協会の建物を建設した業者から何とか入手する事が出来ましたが、地下などの施設は記入されてないんですよね。一応、皆さんにもお配りしましたけど」
「でも今の話なら、この見取り図は表向き、という可能性もあるからね。地下がある可能性はまだ、否定出来ないな。それは潜入後に確かめよう」



 小型無線機から聞こえる、そんな二人のやり取りを聞きながら、若羽 ことみ(gc7148)は、隠密潜行を発動し、協会の駐車場へと潜入していた。
 電気の配線関係の調査という名目で潜入する手はずになっている、セシリア・D・篠畑(ga0475)とロジー・ビィ(ga1031)、それに裏口からの潜入を試みる國盛(gc4513)の乗った、その手の会社のロゴが入ったワゴンを、より人目につかない場所へと誘導するためだった。
「ことみです」
 どちらかといえば小柄な体躯をいかし、停車する車の影に隠れながら、無線機に向け、言う。「現在、駐車場に、人影はありません。東の奥にワゴンの停車をお願いします」
「了解しましたわ」
 ハンドルを握るロジーが軽快に答える。
「そろそろ飯田さんを助けたい所ですわね」
 そして、アクセルをぎゅっと踏み込む。窓の外の景色が、どんどんと速度を増して行く。
「まだ女装して頂いてませんし?」
 助手席に無表情に座るセシリアを振り返り、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 表情こそ能面だったけれど、セシリアは一瞬何かを考えるかのように俯くと、「‥‥飯田さん不在の所為か、佐藤さんも、お元気なさ気でしたしね‥‥」とか何か言って、軽口を返した。
「ふふ。本当ですわね」
 少女のように微笑んだロジーは、けれど次の瞬間、ふと、真面目な表情を浮かべた。「それに、エミタですわ」
 物憂げに窓の外を見やる。「不具合が出ない内に何とか助けなくてはいけませんしね」
「ここが正念場‥‥か」
 後部座席に座る國盛が煙草の煙をくゆらせながら、呟く。「地球環境協会。いよいよ核心に迫ってきたんじゃないか」
「飯田さんのことは」
 駐車場で待つことみが、言葉を挟む。「実際にお会いしたことはないですが、私も、気持ちは同じです。誰かが傷つくのは見たくありません‥‥がんばりましょう」
「駐車場まで、あと三分程度で到着します‥‥誘導をお願いします。その後先ずは、駐車場にて新見の車の有無を確認します」
 セシリアが、事務的にも聞こえる平坦な口調で、状況を案内する。けれどその青い瞳には、確かに、確固たる決意の灯が。
 そして運転席を振り返れば、そこにある美しく透き通った緑色の瞳にも同じ灯が。
 二人はそれを確かめ合うように、小さく頷き合った。





 長く美しい自慢の銀髪を束ね帽子の中に隠したロジーと、やはり同じく作業着に身を包み、目深に帽子を被り、表情があまり目に着かないよう細工したセシリアの二人は、その後、正面玄関から内部に潜入した。
 零次が入手してくれた見取り図によると、一階はエレベーターホールに、警備員室、エントランスやトイレの施設があるだけで、オフィスらしい空間はなかった。
 エレベーターに乗り込み、二階へと向かう。
「駐車場内で新見の車を発見しましたので、小型発信機を取り付けておきました」
 箱の中で手短に報告をするセシリアの声に、國盛が「了解」と、応答する。
「やはり、今現在、一番怪しい個人は新見だからな。俺も潜入まではあの車の動きには注意しておこう。その後は、零次とことみに、引き継いでおく」
「了解‥‥お願いします」
 ほどなくして、ちん、という軽やかな音と共に、箱は停止した。
「潜入完了。これから、ブレーカーの位置特定に入ります」
「了解。こちら、せりな。もうすぐ駐車場に到着する。零次さんも一緒だ」
「了解しました」
 ことみがワゴン内から、双眼鏡を使用し、駐車場内の様子を窺う。「現在、駐車場内に人影はありません。また、出入り口から人が出てくる気配もありません」
「零次です。今、駐車場に到着しました。これからせりなさんと共に、そちらへ向かいます」




 その頃、二階を行くロジーとセシリアの二人は、オフィスの受付部分のような空間で、団体職員らしき女性との接触を開始していた。
「電気配線の調査、保守点検で参りました。現在、電気を使用されている部屋はこちらの他にありますか」
「はー三階とこちらの部屋になると思うんですが。四階、五階に関しては、倉庫となっておりますので、大丈夫だとは思いますけど‥‥」
「そうですか」
 その間にも、ロジーは動き出し、目視による外観点検を行っていく。
 ふりをして、工具類が入っているようにしか見えない、小さなボックスを開き、盗聴器や小型カメラの設置を行うことにする。ボックスの中は二重底になっており、工具の裏からは、貸与申請した小型カメラや、盗聴器が入っていた。それを取り出し、さりげなく備品の裏側や、人の視界の死角となるような場所へ設置していく。
「では全体が終わりましたら、またご報告致しますので」
 事務的に述べたセシリアが、その後を追う。ロジーをサポートするふりをしながら、オフィスの中に目を通していった。
 人の数は思いのほか、少ない。五階建ての建物内に対し、オフィスは小さかった。中には、三人ほどの男性職員の姿と、二人ほどの女性の姿がある。けれど、新見の姿は、ない。
 その後二人は、早々に引き上げ、廊下へと出て行った。先程位置を確認した、階段側のブレーカーボックスらしき物へと近づいていく。
 辺りの様子をさりげなく確認後、ボックスの蓋を開いた。
「ブレーカーを‥‥特定しました」
「了解。いよいよ潜入か」
 セシリアの報告に國盛の声が答え、更にせりなの声が、「周辺に移動を開始する」と、続けた。
「目標対象まで、距離、50メートル。2分後に電源を落として下さい」
 二人の姿をワゴン内から監視する零次の声が、指示を伝える。
「了解‥‥2分後に、一階部分のみ、落とします」
 腕に巻いたSASウォッチを確認するセシリアが小さく、頷く。
「けれど見たところ、ブレーカーでも地下の存在は確認できませんわね。そんな場所は存在しない、という事かも知れませんわ」
「あるいは、地下の存在は、完全に表から隠しているか、だ」
「配線を辿っていけば地下や屋上の有無も自ずと分かるかとも思ったんですけれど、こうなると、見せて頂けない地下は、益々怪しい箇所と言うことになりますわね。何か、や、誰か、を隠しておくのに最適ですもの」
「では俺達は潜入後、階段を使い、まずは四階と五階調べるとしよう。倉庫という事だし、電気も使ってないなら、人の姿もなさそうだしな」
「了解ですわ」
「それに新見の姿も見つかっていません。車はあるはずですから、内部に居る可能性は高そうです。私達はこのあと、二階をもう少し見て周り、三階に向かいます」
「では、そういうことで。零次さん、ことみさん、私達も配置についたよ。いつでも動ける。準備は完了だ」
「了解、セシリアさん、そちらはどうですか」
「人影もなく良好です‥‥作戦続行。一階部分の電源が落ちるまで、あと十秒‥‥九、八、七」
 セシリアが、秒針を読み上げていく。「GO」
 ぶちん、とブレーカーのレバーを落とした。
「こちら、零次。ワゴン内のモニターで、受付付近に居る女性が、電話を受けました。恐らく内線電話で、どうやら警備員からの模様。配線工事の為、と説明をしています」
「了解。こちらからも、警備員と電話機だけが微かに見えるよ。どうやら電話の方に気を取られているようだ」
「現在まだ、通話中」
「よしせりな。行こう」
「OK!」
 二人は這うようにして、カウンターから頭が出ないよう気を付けながら、警備員室を通過していく。作動していないと分かっていても、監視カメラのレンズがこちらを向いているのは余り、気持ちの良いものではなかった。
 エントランスへと出ると、二人は颯爽と走り出し、滑り込むように階段の踊り場へと身を隠すと、すぐさま途中まで登り切る。
「よし。潜入、完了だ」





「四階、五階に人影はなかったよ。本当に倉庫だったな。絵画などが保管してあった」
 あらかたの探索を終えたらしいせりなの声が、言った。「一応、小型カメラや盗聴器を見つかりにくそうな場所には仕掛けたけどね。更に監視を続ける、ということで、今回はここまでで撤退した方がいいんじゃないか。長居をしても見つかる可能性が高くなるだけだからね」
「しかし、飯田の居場所の糸口さえ掴めていないんだぞ‥‥やはり何かあるなら、地下、か。キメラやバグアの気配でも察知出来ればいいんだが」
 探査の眼を発動し、辺りに鋭い目を走らせる國盛が言い、続けた。「三階の様子は、どうだ?」
「サーバー室を発見しましたわ」
「サーバー室?」
「電子ロックですが、かなり厳重に規制されていますわ。見たところ、暗証番号と、ICカード、それに指紋認証も必要そうですわね」
「おいおい、それじゃあ入れないじゃないか」
「電子魔術師を使って頂きますわ」
「電子、魔術師?」
「お願いできますわね、セシリア?」
「はい‥‥ロジーさん」
 無表情ではあるけれどしっかりと、セシリアが頷く。それから「ですが」と、電子ロックの装置と扉を見比べた。
「部屋の中に何かが仕掛けられた場合の事を考え、國盛さんの探査の眼で中を確認後‥‥としたいのですが、どうでしょうか」
「そうだな。了解。すぐに、そちらへ向かおう」
「人影は注意して見ておきますが、階段口から廊下を東の方へ向かって来て下さい。今現在、人の姿はありません」
 その時、無線機から零次の声が。
「皆さん。新見が、二階のオフィスに現れました」
「何だと。セシリア、ロジー、二人とも、新見の姿は見てないんだったな?」
「ええ、見ていませんわよ」
「駐車場から監視していた限りでも、新見の姿はありませんでした」
 ことみが、おずおず、と申し訳なさそうに、言う。
「どういうことだ」
「どういうことですの」
 國盛とロジーの不審げな声が、重なる。
「彼は一体、何処から現れた?」
「とにかく、仕掛けられた盗聴器とカメラの映像から、新見のデスクからの電話の様子が見えました。彼の口から、B1の様子に問題はない、という言葉が出ていました」
「B1‥‥やはり、地下か!」
「彼はまだ電話中ですが‥‥もう少し、俺はそちらを集中して聞いておきますね」
「頼んだ。せりなと俺は今、二人に合流完了した。探査の眼を発動する。うむ‥‥内部に、待ち伏せやトラップはなさそうだ」
「了解。ではこれより、解除に入ります」
 セシリアが、無表情にじっと電子ロックの装置を青い瞳で見つめる。
 覚醒状態に入った彼女の瞳が、赤く変化する。目の周りに赤い血管の様な模様が浮かび上がる。「解‥‥除」
「やりましたわ! さあ、入りましょう!」
 ロジーの弾んだ声が、言う。
「ロジーさん‥‥冒険し過ぎない様、注意です」
 セシリアが小さく、呟いた。




「これは」
 サーバー室に置かれた三台あるパソコンの内の一台を調べていたロジーが、声を上げた。画面を開いていく内に、画像ソフトが作動し、そこには何と。
「飯田さん‥‥」
「飯田さんだ!」
 手足を拘束され、床に転がされるようにして放置された飯田の姿が。
「零次、見えていますか! パソコンの内部に動画が!」
 ロジーが、自らの服に付けた小型カメラをもどかしそうにパソコンへと近づける。
「ええ、大丈夫、見えていますよ」
 穏やかに微笑みながら、零次が言う。「実は俺も、見取り図と、小型カメラの映像を見ていて気になった事があります」
「気になったこと?」
 その間にもロジーは、PC端末を見つけたら内容をコピーするため貸与申請しておいたUSBを、すかさず、差し込む。
「見取り図にはない柱が内部にあるんですよ。もう一度、後でその場所を確認してみて欲しいんです。指示は、出します」
「もしかしたらそこが‥‥地下への通路、か?」
「ではその付近に小型カメラを仕込んで、出入りする人間の観察を行おう。四階、五階は任せてくれ」
「まずい」
 そこで零次が、それまでとは多少声色の違う、鋭い声を発した。
「どうした」
「電話中の新見の会話に、サーバー室から、動画を添付してそちらにメールを送付する、との内容あり。そちらに向かう可能性が出てきました。早急に撤退して下さい」
「でも、まだ、コピーが完了していませんわ」
「くそ、どうする」
「よし、私がサポートに回ろう」
 せりなが、言う。「一階に下りて、エレベーターを呼んで、少しでも時間を稼ぐ。一か八かだ」
 言うか早いかせりなは走り出す。階段を降りながら覚醒していく彼女の全身に金色のオーラが纏う。
「頼んだ。俺は、小型カメラを五階と四階に仕込んで来よう。その後、一階窓から外部へ脱出する。零次、ことみ、一階西側の窓周辺の監視と、バックアップを頼む」
「了解です」
「今新見がオフィスを出ました。エレベーターホールに向かって歩いています」
 ことみが、緊迫した声で、言う。
「どうか、間に合ってくれ‥‥!」
 一階に降り立つと、覚醒状態を解き、エレベーターへと滑るように近づき、ボタンを押しこむ。
「どうだ」
「間に」
 ことみの体から、力が抜ける。「‥‥合いました。新見は階段を使う様子もなく、エレベーターを待っている模様です」
「ああ、良かった」
 全員の体から力が抜けた。
 その時、ぴこん、とパソコン画面上に、コピー完了の文字が現れる。
「さあ、セシリア、脱出ですわ」
 USBを大事にそうに懐へと仕舞い込んだロジーが、軽快に、言った。