タイトル:蜘蛛の爆弾マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/29 13:04

●オープニング本文






 重い眠気から目を覚ますと、積み上げられた書籍や、隙間なく乱雑に数字や文字で埋め尽くされた紙の散らばる床へと、大森は、まるでなだれこむようにして起き出した。
 論文の作成が佳境に入っていたため、昨日は一体何時に眠ったのか、はっきりとした記憶はなかった。
 短い呻き声をあげながら、何とか体を起こす。
 顎の辺りまである髪の毛を掻きまわしながら、辺りに転がっているはずの煙草の箱を探した。
 ベッドに背を預けながら取り出した一本に火をつけると、唇から空間へと流れていく白い煙を、怠惰な瞳でぼんやりと、眺める。
 尿意を感じ、煙草を灰皿に放置したまま、立ち上がった。
 用を足し終わり、トイレから出てくると、ほぼ物置と化している、キッチンのテーブルに何となく、腰掛けた。
 また、その辺りに放置してあるはずの煙草の箱を探し出し、火をつける。
 積み重なった雑誌を手に取ったところで、リビングの煙草が吸いかけだった事を思い出した。
 地続きになった隣の部屋を、振り返る。あーついてますね、思いっきり煙出てますね、みたいな目で、灰皿にある煙草を見つめ、あのすぐ傍に放置されてる紙が燃えたら嫌だなあ、火事になって論文が焼失してしまったら困るよなあ、とか何か、漠然と、思った。
 思いつつ、でもやっぱりぼんやりしてたら、不意に、かさかさ、と何かが蠢くような音が、テーブルの方から聞こえた。
 大森はゆっくりと、振り返る。
 それは、絶妙なバランスで互いを支え合っている物の隙間から、こそこそ、と姿を現した。
 20センチ程度の大きさの、一匹の蜘蛛だった。
 大きく折れた8本の長い足は、黒と黄色が交互に混じっていて、体の表面は赤く、緑色のぷつぷつとした斑点模様がある。
 二列に並ぶ8つの眼の内、一際大きくなっている二つの眼は赤く、まるでガラス玉のように、差し込む陽の光に、きらきらと輝いていた。
 大森は、興味深げにその瞳をじっと覗き込む。
 蜘蛛は、8本の脚を優美に動かし、乾いた足音を立てながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
 その、人にはない一種独特な動きに、暫し、見惚れた。


 十分後。
 彼の住まうその二階建の簡素な造りのアパートから、唐突に、大きな爆発音が響いた。
 建物のほとんどを吹き飛ばし、その破片が、表の細い路地へと、まるで雨のように、降り注いだ。




「と、いうような事があってね」
 腕と足に包帯を巻いた未来科学研究所、研究員の大森は、研究結果を報告するかのような覇気のない口調で、一昨日の朝に起こった爆破事件について説明をした。
 彼は一昨日の朝まで、論文作成に集中するため、ラストホープを出て別の地域に借りたアパートに居たのだという。どうやらそこを狙われてしまったらしかった。
 どうせならそこで不幸な死とか遂げても良かったのだけれど、むしろ、普通なら気付かずに死んでるところなんじゃないか、とも思うのだけれど、一応それでも能力者の端くれである彼は辛くも逃げ出し、それなりに傷は負ったものの命に別状はなかったらしい。
「大森さん」
「うん、何だろう岡本君」
 岡本は、ぼんやりと大森の包帯の腕を見つめた後、言った。
「煙草の箱、一体どんなけ放置してるんですか」
「岡本君あのさ」
「はい何ですか」
 大森は、病室の窓の方をぼんやり眺めながら、言った。
「のっけに言ったことがそれってわりと凄いよね、この話、もっと他に食いつくべきところがあるんじゃないの」
「だったらその朝起きたとこからのくだり、要らなくないですか」
「岡本君には俺のこと、いろいろ知っておいて貰いたいもの」
「じゃあそれを踏まえてもう一回言いますけど、その朝起きたとこからのくだり、要らないですよね」
「またまた。本当は知りたいくせに」
「あのーじゃあ、爆弾の話とか、しときますか」
「そうね、爆弾ね。蜘蛛の形をしてたんだよね」
「はい、聞きました」
「めちゃくちゃ上手い事作られてて、ぱっと見、機械とは思えなかったくらいでさ」
「はい、聞きました」
「あの蜘蛛がまた、素敵でね」
「はー、そうなんですか」
「何その全然興味ないですってリアクション」
「すいません、全然興味ないです。だって蜘蛛とか、気持ち悪い見た目だし、好きじゃないんですよね」
「えーあんなに可愛いのにー?」
 って、何かを可愛いとか愛くるしいとか思う気持ちなんて、本当は持ってないですよね? みたいな、抑揚のない爬虫類めいた美形に言われても、全然感化される気がしなかった。
「じゃあたぶん、その話を何時間しても分かりあえないと思うんで、やめましょうか」
「うんいいよ」
「あと思ったんですけど」
「うん」
「命とか狙われたんじゃないんですか、大森さん」
「んー」
 相変わらず何を考えているのか良く分からない、覇気のない美形は、覇気のない声で、小さく頷く。「まー、そうね」
「え、そうね、って今ライトに言いましたけど、心当たりとか、あるんですか」
「俺が意識を失う寸前、男の姿を見たんだよね」
「はー、え。男ですか」
「まずは手始めに、プレゼントだよ」
「何ですか、いきなり」
「彼がそう、言ったんだよね」
「手始めってことは、続きがあるんじゃないんですか」
「かも、知れない。あの顔、どっかで見たことがあるな、ってずっと思ってたんだけどさ。さっき思い出した。彼は俺の元同僚だよ。わりと優秀だった記憶があるな。ただ、少し前に失踪したらしくてね。最近は、見かけない。彼の家の住所なら知ってるから、一度、調べてみた方がいいかもね」
「それ、警察に言った方がいいんじゃないんですか」
「それよりもまず、こっちで独自に調べた方がいいんじゃないかな」
「どうしてですか」
「彼は、失踪前、バグア派と接触していたらしい、と聞いたことがある。バグアが絡んでる可能性は、大きい」
「その人に恨まれるような覚えがあるんですか」
「さあ。他人にはあんまり興味ないんだよね」
「はーだと思いました。あと確実に、嫌われてたような気がします」
「恐らく彼は、あの元同僚の男で間違いがないとは思う。ただそうして顔を見せたからには、もしかしたら彼は、俺が調べることも見こして、部屋に爆弾を仕掛けているかもしれない。蜘蛛には注意して、彼が本当に事件と関わっているのかを調べて貰おう。もし関わっているなら犯人に繋がる何らかの手掛かりがきっとあるはずだと思うんだ。それを捜索してきて貰ってくれないかな。俺は今、この体だから、足手まといになるだろうし、ここで待ってる。万が一爆弾が見つかった時のために、取り扱いについては、一応事前に一般的な事は説明しておいた方がいいかもね」
「その人も、他の人に危害とか加えずに、大森さんだけを狙えば良かったのに」
「俺を含めた人全部が、嫌いなんじゃない」
 どうでも良さそうに、大森は、言う。







●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
國盛(gc4513
46歳・♂・GP
緋本 せりな(gc5344
17歳・♀・AA
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA

●リプレイ本文






 大森が別宅として使用していたというアパートはもう、跡形もなく吹き飛んでいた。
 とは言えず、元はアパートの壁だったと思しきコンクリートの残骸が、立ち入り禁止の黄色いテープの向こうに残っていた。
 それを横目に、エイミー・H・メイヤー(gb5994)は、幸いにも殆ど爆破の影響を受けず、壁を少しばかり焦がしただけの隣のアパートの一階で、聞きこみを行っていた。
「この間の爆発事件について聞きたいんだ」と、切り出すと、戸口に現われた青年は、「昨日、刑事さんが来たんでお話しましたけど」と、わりと鬱陶しそうな素振りを見せた。見せたけれどそこは「そうか、なるほど」と、聞き流し、「では、もう一度聞かせてくれ」と、強引かつマイルドに、ドアの間へと足を押し込む。
「事件の前に、この辺りで、こんな男を見かけなかったか、聞きたいんだ」
 貸与された大森の元同僚だという男、荻野の写真を、青年に向け翳した。
「はー」と、青年は諦めたように頷き、荻野の顔写真をじろじろと、見る。「んー、見たかもしれないけど、少し雰囲気が違うな」
「雰囲気が違うとは、どういうことだ?」
「髪ももう少し長かったし、んー、髭もあった気がするし、もっと痩せてて‥‥だいたい、顔をはっきりと見たわけじゃないから、やっぱり、別人かも知れないけど」
「ではその人物を見た前後に、見慣れない車両が大森氏の自宅付近に長時間停車していたのを見たことはないか?」
「ああ、そう言われれば丁度、このアパートの斜め前くらいに白い車が長時間停車してて、邪魔だなあ、と思った記憶があるよ。そういえば、その男を見たのも、その日だったかなあ」
「ではその男の風貌を教えてくれ。似顔絵を描く」
 エイミーは持参したペンと紙を取り出し、青年の言う特徴通りにペンを走らせていく。「やっぱり、足を使って聞き込みは捜査の基本だよな」



「それでその荻野さんの事なんですけれど」
 一方ロジー・ビィ(ga1031)は、荻野の自宅アパートの隣に住まう、大家を訪ねていた。一軒家に一人暮らししているらしい、紫メッシュの混じった白髪頭をした、品の良いお婆さんは、久しぶりに来た来客に喜んでいる様子で、ロジーの質問に「まあまあ」と鷹揚に笑い、「こんなにきれいな娘さんが、警察か探偵さんみたいねえ」と、のんびり、言った。
 警察と探偵は、全く違う気がしたのだけれど、というかロジーは能力者で、警察でも探偵でもなかったのだけれど、すっかりその秘密めいた呼び名に悪乗りし、「ええ実はそうなんですのよ」と、ロジーはきゃぴきゃぴ、と笑い、黙っていれば、落ち着いた美しい女性の殻を自ら破天荒に撃ち破って行く。
 それを「まあまあ」とか何か、楽しそうに目を細めて眺めていたお婆さんは、「そうねえ荻野さんねえ」と、小首を傾げた。
「良い人ですよ。挨拶なんかもきちんとして、親切ですしねえ。お家賃だって前もって一年分頂いてますし。そうそうそれから、部屋に可愛らしい女性が出入りしてましたねえ。今思えばあれは多分、彼女なんじゃないかしら」
 と、そこまで言ってお婆さんは、意味深にちら、とロジーを見やる。「と、これは言ってはいけなかったのかしら」
 途端に申し訳なさそうな表情になった彼女の顔を見て、一体あたしをどういう探偵と勘違いしてるのかしら、とロジーは内心で苦笑する。
「いいえ、大丈夫ですわよ」
「ああそう。なら良かったわ。でもそういえば荻野さんもその彼女も、最近見かけないわねえ。旅行にでも行っているのかしら。貴方、何かご存じ?」



「そうそう、いつも食堂で日替わり定食だったあいつがさ、暫くは彼女の手作りの弁当を持って来てたね」
 荻野と大森の同僚でもある人間達に聞きこみを行っていたセシリア・D・篠畑(ga0475)は、荻野について述べられたその同僚の証言を無表情にメモに書き留めると、「ちなみに荻野さんですが。爆発物に関しての知識は、あったんでしょうか」と、続けた。
 平然と無表情に聞くセシリアには、まるで善も悪もない子供のような無邪気さと、機械のような冷たさが同時に滲んでいて、白衣姿の男達は思わず顔を見合わせる。
「いやまあ、そりゃあったんじゃないかな。ただ専門は、情報理工学的なものだったらしいけど。仕事の傍らこっそり生活支援なんかの知能ロボットの研究をしてたらしいし。実用化まではいってなかったみたいだけどね」
「そうですか」
 大森を通して入手した荻野の経歴にもそのような事は記されていた。ロボットの研究をしていた事と、動く蜘蛛型の爆弾とは、とても近い気がしていた。確認の意味でも、その事実はやはり、直接人の口から聞いて、確かめておきたかった。
「ああでもそういえば、失踪前の様子って言えばさ。自慢げに持って来てた、手作り弁当がある日を境に無くなってさ」
 不意に思い出したかのように、同僚の内の一人が言った。「振られたんじゃねえか、って、ちょっと面白がってたんだけど。その後ぐらいじゃなかったかなあ、あいつが失踪したの」
「‥‥ちなみに」
 セシリアはメモから顔を上げ、その同僚を感情の読めない青い瞳でじっと見つめた。「その、女性のお名前は」
「ミカ、とか言ったかな、確か」





「それにしても大森だか岡本だかも、また災難な」
 荻野の自宅と思しきアパートの一室の、ガスメータを覗き込みながら、國盛(gc4513)が、言う。
「うん、大森さんだけどね」
 ガス会社の人間っぽく、作業着を着こみ、その偽装をよりそれらしく見せるように彼が用意していた、家庭用工具セットのボックスを預かる緋本 せりな(gc5344)が、壁に背を預けながら、答える。「っていうか、絶対それ覚える気ないんだよね、國盛さん」
「しかし狙われた原因が嫌われていたから、なんてな」
「あ、無視なんだね」
「無視だな」
「聞こえてるんじゃないか」
「聞こえているよ」
「それに、それではまるで、他に何かあるみたいな言い方だ」
「少なくとも俺は、嫌いの中に、何らかの更なる理由が含まれている気がして、ならんがね」
「何らかの理由、ねえ‥‥それにしたって、大きな蜘蛛を模った爆弾なんてね。そんな気持ちの悪い物を模したというのは、犯人の趣味なのかな。それとも」
「そう、それとも。もしかしたらそこにも何か、メッセージがあるかもしれないぞ。さて、終わった。どうやら、メーターに動きはないようだな。一応、部屋の中は無人のようだ」
 その頃、同じくガス会社の作業着に身を包んだ立花 零次(gc6227)は、屋上から軍用双眼鏡を使用し、周辺の警戒監視を行っていた。特に不審な人間の姿は見当たらなかったけれど、先程から、マンションの裏手の歩道に停車している白い車のことは、何となく気になっていた。駐車場がきちんとある場所にあるにも関わらず、その車はそこにずっと停車していて、人が乗っている気配はなかったけれど、ちょっと車を離れたにしては、中々持ち主は帰ってこない。
 後でナンバーを控えに行こうか、と考えているところで、突然、無線機から「零次さん大変だ! ゴミ箱の中から蜘蛛爆弾」と、せりなの緊迫した声が言った。
「本当ですか!」
 すぐさまその場を離れるため動きだそうとした、その瞬間。
「と、思ったら、その残骸だったんだけどね。どう、びっくりした? ごめんね」
 と、全く申し訳なさそうなせりなの声が、飄々と謝る。
「せりなさん」
「うん」
「そういう冗談は、やめませんか」
「國盛さんがね。一応ゴミ収集場所も調べておこう、って言うんで調べてみたら、薄気味の悪い、黒と黄色の棒状の物を見つけてね。蜘蛛の脚だった物じゃないかと思うんだけど。私達も見つけた時は相当驚いたからね。この驚きを零次さんにも伝えてあげようと思って」
「それに赤と緑で塗装されたプラスチックの破片も発見した。これは一応、回収しておこう」
 國盛の声が、続けて言った。「指紋が出るかも知れんからな。そっちはどうだ? 何か見つかったか?」
「いえ、不審人物の姿などは今の所ありませんね。ただ、気になる車があるので、ナンバーだけを控えておこうと思います」
「ではそれが終わったら、そろそろ作戦通りガス漏れの可能性ということでアパート内の住民の避難誘導に入ろう。俺は三階、せりなは二階、零次は一階を頼む」
「了解しました。それではまた、後ほど」






 近隣住民の避難を完了させ、聞きこみ班と合流をした一同は、今度は屋内探索班と、周囲警戒班に別れ、動いていた。
「配置完了。外は任せてくれ。内部班は安心して爆弾の捜索に専念してくれよ」
 エイミーの声が軽快に報告をする。
 それを受けて、屋内探索班であるセシリアと零次は頭上に暗視ゴーグルを、國盛は引き続き探査の眼とGooDLuckを発動し、部屋の中へと入って行った。それぞれ、思い思いの場所を捜索し、まずは、もしかしたら何処かに仕掛けられていると思しき蜘蛛の爆弾の発見に努める。
「意外ときれいに片付いているな。さすがに一見して爆弾を作ってましたと分かる部屋、ではないようだ」
「‥‥そのようです」
 こくん、と頷いたセシリアは、辺りを見回し、そのまま無言で床に屈みこみ始めた。何かの断線や、火薬などが落ちていないか、微かな痕跡も見逃すまい、と、調べる。
「だが、生活感は余りない」
「そういえば先程ロジーさんが、大家さんも最近荻野さんを見かけていないと証言してたと仰ってましたね。それに一年分の家賃を前払い。これは、もしかしたら計画失踪かも知れないですよ」
 本棚を調べ始めた零次が、その中の一冊を手に取りながら、言う。
「計画失踪‥‥か。家賃を前払いしてまでこの部屋を置いておいた理由は、何だ?」
 訝しげに呟いた國盛は、徐にデスクにあるパソコンへと近づいた。電源を入れ、起動させ、マウスを掴む。すぐに画面は現れた。
「チッ、ご丁寧にパスワードだと‥‥これじゃあデータの抽出も出来ないぞ」
 セシリアは、その声に顔を上げる。デスクの上に飾られた写真が、見えた。微笑みを湛える、長い黒髪の女性と、荻野の姿がある。思わず、「ミカ‥‥」と口走った。
「ミカ?」
「彼女の名前です」
「ところでセシリアさん。これは?」
 零次が、彼女の傍に落ちていたそれを拾い上げる。荻野の写真だった。というか、半端ない落書きをされた荻野の写真だった。
「セシリアさん。聞きこみ中、どれだけ暇だったんですか」
 これぞ気合いの入った落書きっていうか、写真は殆ど原型を留めていないけれど、わりと丁寧っていうか、きっちりと髪は長く伸ばされていたし、髭もあるべきところにきちん、と生えていた。
 このクオリティはとか、思わず突っ込もうとした零次は、次の瞬間、あれ? と、小首を傾げた。髭と髪に引っ掛かりを覚える。これと同じものを、お前は何処かで見ているぞ、と脳の何処かにくすぶる記憶が、懸命に呼び掛けてくる。もどかしい。何処で見たんだ。一体何処で。避難誘導の時だろうか。もしかして、あの一階にたむろしていた人混みの中に紛れて?
 そう気付いた瞬間、同時にフラッシュバックのように、不審な白い車の映像が脳裏を過った。
 ‥‥あの車は? どうなった?
 慌てて零次は無線機を掴む。連絡をしようとしたその瞬間、向こう側からロジーの声が聞こえて来た。
「今、零次から聞いていた白い車両に、男が乗り込み走って行きますわ。この場はエイミーとせりなにお任せして、あたしは後を追ってみますわね」
「その男は」
「それが、エイミーから頂いた男の似顔絵にそっくりですのよ。恐らく荻野は、変装していますわ」




 追いかけるロジーに気付いているかのように、白い車体はどんどんと加速し、離れて行った。
 覚醒状態で追いかけるも、あと一歩の所で追いつかない。と、そこで。車の窓から、突然何かの物体が振って来た。
 それは、まるで。
「蜘蛛の爆弾?!」
 ロジーは咄嗟に足を止め、二刀小太刀「花鳥風月」を、構えた。



「本物の蜘蛛なら居ますね、これ」
 と、表情一つ変えず、むしろ、ゴミ屑を見るように言ったセシリアが、ふと同じ表情で、床下からにょろ、と現れたそれを見て、「離れて下さい」と、静かに言った。
 余りにも静かだったので、零次や國盛は思わず、「え」と漏らし、そちらを普通に何か、見やった。
「爆弾です」
 その言葉に、場が一瞬、シン、となる。
「それは」
 いち早く立ち直ったのは、零次で、「早く外に連絡しなければいけませんね」と、自身が要請し待機させていた、爆発物処理の人員に向け無線機を飛ばす。この反射神経の差は、歳の差なのか、と國盛はちょっと、何か、残念な気持ちになった。
 けれどそれは、それ。
 ドアの外で待機していた人間がどかどかと入り込んでくる中、「こちらもやったぞ。パスワードはmikaで解除だ」と、パソコン画面を指さした。
「この、トップページに貼り付けてあるのは」
「そうだ。俺も気になっていた」
 國盛はマウスを操作し、画面を開く。
 するとそこに現れたのは。
「これは‥‥何だ」



 無線機で連絡を受け、すぐさま駆けつけたせりなとエイミーはそこに佇むロジーを見つけ、近づいて行く。
「爆弾処理の人達はもうすぐ」
 と、せりなが言い終わる前に、ロジーが小さく首を振る。地面をそっと指差した。
「爆弾ではありませんでしたわ」
 そこには切断された蜘蛛の姿があった。少しでも辺りに及ぶ被害を食い止めるべきだ、と考えた彼女が、咄嗟の判断で対抗した痕だったのかも知れない。
 けれど。
「ばーんばーん、ばーーん!」
 蜘蛛に仕掛けられた、テープレコーダーから、腹立たしい程ふざけた声が、聞こえている。
「足止めのためか」
 せりなが、軽蔑したような瞳を向ける。「ふん、面白くも何ともない」
「ええ、ちっとも面白くありませんわ」
 口調こそ軽やかだったけれど、憤慨のためか、その白い頬を微かに紅潮させ、ロジーが呟く。
「爆弾魔め‥‥必ずその尻尾を掴んでやるぞ」
 エイミーが忌々しげに、唇を、噛んだ。



 ばくだんをしかけた。はやくみつけないと、ぜんぶふっとぶぞ。

 人を馬鹿にしたような稚拙な文字の並ぶ画面を見つめながら、國盛がふん、と鼻を鳴らした。
「くそ、ふざけた奴だな。だが、これで決定的だ。爆破予告など、自分は爆弾犯だと名乗ったようなもんだぞ」
「誰かが調べに来ると知りながら」
 零次が画面の文字を指で、追う。「手掛かりを残していった犯人の意図は一体何なのか、ずっと考えていたんです」

 つぎのくものいばしょ、をみつけろ。
 おもいだして、しんけんにかんがえろ。こんどはおまえのだいじなものが、ふっとぶぞ。

「もしかして彼は、大森さんに何かを思い出させたいのか?」
「次の蜘蛛の居場所‥‥?」
 セシリアが、小さく、呟く。
「もう少し、調べないといけないのかもな。聞きこみで何が分かった事についても、もう一度詳しく話し合おう」
 國盛が、言った。