●リプレイ本文
石造りの建物の、殆ど鈴木悠司(
gc1251)の体と同じくらいの大きさはあろうかという出窓の向こうに、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)の姿が、見えていた。
元ロックミュージシャンの別宅の一階にある、スタジオのような部屋だった。
エメラルドを探しに来たというのに、そんな物は何処吹く風といった表情で彼は、煙草を咥え、流線型のフォルムが美しいオリジナルモデルのベースを、勝手にアンプやエフェクターに繋いでいた。
それが終わると今度は、意味のない音の羅列で指鳴らしをし、足元のディレイエフェクトのボタンをべち、と足で踏み込み、リズムを刻むように音を出した。そしてまた、エフェクトを足でべちっと。
「このアンプやっぱ古くても良い音だすわ」
そんな事を呟きながら彼は、繰り返し演奏される自らのベースに合わせ、今度はギターをかきならす。
すっかり一人演奏会になってしまっているのだけれど、そうしてディレイされていくベースの音も、その隙間を縫うように弾かれるギターも、とても気持ちのよいリズムとメロディを刻むものだから、注意するのも忘れ、思わず聴き入った。
そして気持ちの良い曲だと感じるだけに、まるで、からかわれているかのようなもどかしさが次第に膨らんだ。
つくづく、ドラムが欲しかった。
人に殴られたい欲求。というのがあるなら、これはとてもそれに、近い。
奏者の性格がそのまま出たような淡々としたメロディには、こちらが乗った途端にいつでもプイと顔を背けてしまうような呆気なさがあった。
ゆるぎないものが欲しい。力強い音が欲しい。ここにガツンと来てよ! と、本能にも似た欲求がそう言うのに、まるで焦らすかのようにゆっくりと、ヤナギはドラムセットに移動した。ぺしぺし、と、様子を見ます程度に叩いて。
ジジジジジ、と静かに、シンバルにバチを当てた。
まるで波が引いていくかのような余韻。そして、バシッ! と、どんぴしゃりのタイミングで、ヤナギは、ドラムを打った。
ぎりぎりまでお預けを食らった体に、入り込んでくるドラムの音が。
「あーークソーッ!」
やがて呻いたヤナギが、感極まったようにドラムセットを蹴り、「ドラムいねえのかよ! ギターは何処だよクソッ!」とわめき散らしながら、ベースをひっつかみ、アンプに近づき、ギイイーーインッとハウリングの音を出す。
それから自らのディレイに合わせて、太く本領を発揮したベースの音を。
これはもー音楽馬鹿というやつだ。
と、悠司は思った。
だいたい、エメラルド探しに来たんだよ? それを見つけておいて、飛んで火にいる妖精さんって、やる予定なんだよ?
でも、そんな事を考えている内に体はもう、割れた出窓を飛び越えていた。
転がっていた埃まみれのマイクをひっつかみ、そして、絶叫にも似た野太い叫び声を。
瞬間、窓の向かいに見える木の上から、「ぎゃー!」という絶叫と共に、ずさああああ、と誰かが落ちて来た。
「うーッ! いたああああい! 能力者じゃなかったら死んでたね、これは!」
長いツインテールが地面に緩く円を描いている。
緋本 かざね(
gc4670)だった。
「だからー。庭の木を、立派だなあって見ている内にですねー、何か登りたくなっちゃったんですよー」
立派だなあって思って、次に登りたくなる、っていう発想が既にもう何か分からないっていうか飛んでいる気がしたけれど、分かりたい程必死にならなきゃいけないような事でもない気がしたので、「へー」とか何か、とりあえず悠司は、流した。
「そしたら何かー、こう登ってる間に、びっくりするくらい高くなっててですね。怖くて降りられなくなっちゃったんです。でもあの声で降りれました! 良かったですよー本当」
「あーあるよねーそういうの」
とか、確実またライトに流して、悠司は納屋の床に転がっていた絵を持ちあげる。
下手だな、と思った。絵心のない自分にだって分かる。いやむしろ絵心がないから、この絵に込められた芸術的な何やかんやが分からないのだろうか。
それにしたってこんな幼稚園児の落書きみたいな絵から何かを感じろ、と言われても、一旦、ヘタクソッ! ってなった脳味噌にはもう、無理だ。
悠司は多少乱暴に、それを投げるみたいにして、隅っこにがさ、と放りだした。
そして梯子を引っ張って来て、取っ手の付いた天井の下に設置する。
果たしてエメラルドは。
悠司は上まで登り切り、天井についた取っ手を引いた。
と思った瞬間、バサッ! って何かが落ちて来た。
絵だった。額縁に入ったでっかいの。
咄嗟に飛び跳ね避けたものの、驚いたことには変わりない。
バシーンと音を立て、絵が床の埃を、刺激する。
こンのー‥‥。
もうもうと立ちこめる埃の中で悠司は思った。
ヘタクソッ!!!!
ムキッ! と、犬耳が尖り、尻尾が逆立つ。
しかもその絵には、メモが貼り付けてあった。
「私へ。この場所にエメラルドはない。私はまたこの場所を探してしまうだろうから、ここに書き遺しておく。それにしても一体何処にしまいこんでしまったのだろう。例えば、あちらの母屋の方なのだろうか」
知るかっ!!
その時だった。
「あっ」とか何か、何とも微妙な男子の声が、聞こえて来たのは。
え、と悠司は振り返る。納屋の隅に、どうやら盗聴器の受信機らしい箱を見つけた。
母屋にでも仕掛けているのか、声は、そこから聞こえて来た。
また、「あっ」と。
その声は、え、なになに、なによ、とか、俄然そわそわしてしまうくらいには、微妙に吐息のような囁きで。
そして、「んっ‥‥違う」と。
でもこの声ってもしかして。
その頃、母屋の寝室を探索する幡多野 克(
ga0444)は、何らかの気配を感じ、ハッとして後ろを振り返っていた。
そこには、母屋の一階を捜索していたらしい辰巳 空(
ga4698)が、びっくりするくらい無表情に立っていた。と言っても、克も無表情なので、これはもー見詰め合う無表情同士というやつで、空気が既に静寂だ。
けれど、実のところ克は、わりと狼狽していて、その狼狽の原因は、今の声‥‥聞かれたりしてないよね、とかいうものだった。
「えーっと‥‥なに」
口にしていたマスクを外し、完結に克は、聞いた。
「何をしてらっしゃるんですか。掃除の‥‥おばさん」
そしたら突然空が、マイルドにちょっと面白いことを、言った。
確かに、克の姿は掃除のおばさん風で、それは前回の探索の時にもやった格好で、いや、決して癖になったとかそういう訳ではないのだけれど、エプロン、ほっかむり、マスク、というこの格好は、意外と探索に向いているのではないか、と気付いたので、今回もこの格好だった。
けれど、ずっこけるには、空の顔が真面目過ぎ、空気が静寂過ぎた。
「エメラルドを‥‥探してるんだけど」
わりとそういう所はシビアに切り捨てられる克は、もー普通に答えておくことにした。
「単純すぎて隠した場所を失念した、とかも‥‥充分、ありそうだし」
「なるほどノーリアクションですか」
本業が医師だという空は、それを、まさしく病気の患者の病巣を発見したかのような口調で言い、つまりは、びっくりするくらい真面目な口調で言い、顎を摘んだ。「それから、先程から気になっていたのですが、何処か体の具合でも悪いのでしょうか。変な声を出してらっしゃいましたね」
ガーン。
「いや‥‥時々意味深に、見つけたけど違った、みたいな声を出して、怪盗をドキドキさせたいな‥‥って」
恥入りたくなるような気分でぼそぼそ。と。
けれど、元々わりとぼそぼそな克のそんな内心は、全く相手には、伝わらない。
「なるほど。しかし先程の声は、拝聴した所によると、見つけたけど違った、という意味で怪盗をドキドキさせるようなものではなく、いろいろと違った意味で怪盗をドキドキとさせてしまうもののような気がしましたが」
‥‥え?
「えーっと‥‥」
と言った顔こそポーカーフェイスで、飄々とした口調だったけれど、その内心はもーわりと混乱っていうかパニックっていうか、だから思わず言っていた。
「とりあえずあの‥‥一旦黙って」
そして、そんな事を言ってしまった自分に愕然とした。
けれど意外にも空は、こくん、と頷いた。それから小脇に抱えていたB6版のPDAを開くと、「賢明な判断ですね」と打ちこみ、克に示した。それからすたすた、と寝室に入り中を見回すと、盗聴器を発見し、摘み上げた。
どうやら覚醒状態にあったらしい彼の瞳が、差し込んでくる光に僅かに紅く、光る。そして、「これは、相手が監視をしている盗聴器かも知れない」と、また、画面に。
どうして、と思った克の内心を察したのか、「盗聴マイクや監視カメラも警戒していました」という文字が現れる。
運良く勘違いしてくれて良かった。これも、GooDLuckの加護だったりして‥‥とか何か考えている目の前に、また新たな文字が示された。
「そして実は、エメラルドはここに」
空はそっと懐から箱を取り出す。中身を開いて見せた。
「あっ!」
「またそんな変な声を出して。果たしてそのような手に怪盗が引っ掛かるんでしょうかね」
今度はきちんと声に出して言った空が、口の前に指を出しながら、続ける。「それにしても本物のエメラルドは何処にあるんでしょう」そして暫くの間。「あ。これは何だ。ヒントじゃないか? 表の川の近くだろうか、か。なるほど。さっきの部屋にも、こんなのがあったな」
そんな台詞を言いながら、彼はまた、パチパチ、と。
「幾つかの部屋でこのトラップをしかけました。怪盗が監視していれば動くはずです。私はこのまま隠密潜行を発動し川の近くに身を潜め、バイブレーションセンサーで向こうの行動を先に捉えて機先を制する事にします」
「で。何をやってらっしゃるんですか」
川辺に腰掛け、どう見ても釣りを楽しんでいるようにしか見えないUNKNOWN(
ga4276)に向かい、かざねは、言った。
「うむ」
と、UNKNOWNは顔を向けずに、ゆらゆら、とロッドを揺らしながら、言った。
「バカンスにだね」
「え? いやあの」
「いやいや判っている。つまりかざねが言いたいのは、この手法のことだろう? フライ・フィッシングだ」
「え、あ、はい」
って全然違ったけれど、彼には有無を言わせない得体の知れない威圧があった。それは一重に、口元は微笑んでいても全然笑っていない鋭い瞳のせいだったけれど、とにかくそんな威圧と、深い知性と哀愁と冷静さを漂わせる彼に、「いやいやちゃいますがなー」なんて、かざねはもー、言えない。
そんなわけで、自分だって木に登っていただけだったけれど、それとなくここには決して釣りをしに来たのではないのだ。エメラルドを探しに来たのだ。むしろ、緑色した変態の怪盗を倒しに来たのだ、ということを、伝えることにした。
「それにしても今度はエメラルドなんですって。うむり。最初の奴らに比べて宝石寄りになってきましたね。でも阻止しなければ! 誰かが得をするのなら、それは私であるべきだもの!」
そして、ちらっと。
けれど、反応はなし。
「でー、今回は先に探しちゃって見つけたとこを狙ってくるかもなんですよねー」
そしてまた、ちらっと。
けれど、反応はなし。
と思ったら、ゆっくりと無言でロッドを置いた彼は、何故かバケツに入っていた魚を手に掴んだ。
スーツ姿でまだビチビチッとか跳ねてる魚を掴んで立ってるっていう、何のコメディですかみたいな格好でも彼は、深い知性とダンディズムは忘れずに。
「危ない」
って全然危なそうではなく言って、その魚で突然、かざねの頭をべたんッ!
不意を突かれたかざねは、「えー!」って何でぶたれたか分からない絶叫のままに、普通に川に落ちた。
「へぶっ! うぇーびちょびょー! なんでー!」
「騒ぐな」
びたんっ。と。またくるかと思ったそれは、今度は緑の怪盗へと。
えっ。緑の怪盗?!
「歩くな」
ぺたんっ。
けれど怪盗だって馬鹿な格好をしていても負けてはいない。能力者だ! エメラルドは何処だ! とか何か、やたらきらきら言って、武器を取り出した。
「む、危険だ。やめるんだ、平和的に話し合おう」
と言った傍からUNKNOWNは知覚銃カルブンクルスを抜き。
連射。
と思ったら、すかさず怪盗が、銃口から逃げた。
けれど、ばたばたというよりむしろ、びらびら、と逃げるその背後には、隠密潜行を発動し忍び寄っていたらしい空が、すかさず天剣「ラジエル」を構え立っている。
炎のような光を纏ったそれで、思いっきり、ばこっ! と。
そこへ、びっちょびちょになったかざねが、水飛沫を振り撒きながら、両手に機械剣フェアリーテールを構え迅雷を発動し、突進した。
「妖精気取り相手ならこれですよね! 久々フェアリーテールのツインテール! 水まみれだって、へっちゃらだー! ちきしょー!」
バシバシ、と八つ当たりとも呼べそうな攻撃を、その両手に加え駆け抜けて行き。
静かに銃口を定めたカルブンクルスから、追い打ちをかけるように火炎弾が、連射。「ぎゃー!」連射。「うわー!」連射。「ひー!」連射。「がぎゃー」連射。
「ぜ。全然平和的じゃ‥‥」
と、死ぬ間際にどうしてもそれだけは言いたいのだ、という気迫を見せて、緑の怪盗の内の一匹が、呆気なく、燃え尽きる。
「‥‥だから、危険だと言ったのに」
十字を切りエィメン。
そのすぐ傍では。
「こっちも逃がさないよ!」
瞬速縮地を発動した悠司が炎剣ゼフォンを一振り。炎を纏っているかのような複雑な模様の剣から、熱気がぶわ、と飛び出してその軌跡を辿る。
続けて、瞬天速を発動したヤナギも遅れて飛び出し、ガラティーンをぐい、と怪盗に向け突き出した。シニカルに、微笑む。「おおよ。行かせねえぜ」
そのデモンストレーションに足を止めた怪盗へ、月詠を抜いた克が素早く接近した。
「格好はアレでも強化人間だからね。‥‥手加減はしない」
天地撃を発動した。陽の光を浴び、きら、と煌いた、鍛え抜かれた月詠の刃が、ぶわっと凄まじい風圧を起こしながら、怪盗を空中へと放り上げる。
そしてその着地地点には、オーライ! と、流し斬りを発動した悠司の姿が。
「何時もふざけて‥‥は、いないけれども! 今回は相当真面目な俺だよ」
ゼフォンから放たれる熱気が、幾何学模様のような、美しい軌道を描く。
そして、ザシュッ、と。
克の攻撃からまだ体制を立て直せずに居る怪盗を、側面から切り裂いた。
「残りの色は黄と菫か」
覚醒状態を解いた克が呟いた。
「今度はどんな強化人間が現れるんだろうね。だいたい、この宝探しゲームで‥‥バグアは何を得られるんだろう‥‥。ただ遊んでいるわけじゃ‥‥ないんだろうけど‥‥」
けれどその問いに答えられる者は、誰も居なかった。