●リプレイ本文
両刃の大剣ウラノスの、その荘厳な青色に輝く刃に映り込んだ自らの顔をじーとか見つめていた壱条 鳳華(
gc6521)が、何やら大きな石めいた物を踏んだらしいトラックの大きな揺れに、「運転手君、安全運転だぞ」と、叱咤の声をもー飛ばした。
それから、私はデリケートなんだからな! と、安全運転をして欲しいという要望、あるいは、命令についての、実に私的な理由を述べ、「全く」と、また、刃に映った自分を見つめる。
そして「物を運ぶのにも一苦労とは、全く困った世の中だな」と、まるで自問するかのように、言った。
確かに。と、自問におおっぴらに同意するのも憚られて、幡多野 克(
ga0444)は内心でこっそり頷いた。
ごく薄い霧の中を、能力者達を乗せたトラックは走っている。
窓から見えている、戦闘には邪魔にならない程度の、けれど薄っすらと霞む視界は、何処か、幻想的でもあった。川が近づいている証拠だ、と克は、五感を研ぎ澄ませ、キメラの奇襲に備える。
その耳に、キキキ、と何かの鳴き声とも、弦楽器の高音弦を引っ掻いたような音ともつかない何かが、聞こえた。
ハッとして辺りを見回す。
状況や雰囲気とは全く関係なく、仮面のように薄っすらとした笑みを張り付けたままの、未名月 璃々(
gb9751)と目が、合った。
「何か‥‥聞こえた?」
「ふむ」
頷いたのは、思案するように顎を摘んだ宵藍(
gb4961)だった。「さて、そろそろお出ましかね。事前に収集した目撃ポイントでも確かにこの辺りだったが」
「どんな変態キメラがやってくるんでしょう。楽しみですねー」
首から下げたレンズ交換式カメラを無意識にか障りながら、未名月が言う。「とりあえず車、停めて貰えますかー」
停車した車から真っ先に降り立ったのは、覚醒の影響で頭の上に犬耳と、尻に尻尾を出現させた鈴木悠司(
gc1251)で、んーと気持ち良さそうに、そのしなやかな体躯を伸ばしながら、「悪魔のダンスなんて、ちょっとした見ものだよね」とか何か、にこにこと後ろを振り返った。
「しかしヤモリの体に手足だけ人間のキメラが踊るとは‥‥」
呟いたのは、宵藍で、思わず想像してしまったらしいその姿に、不愉快げに眉を潜める。「‥‥キモい」
いやそんなクールに、キモイって‥‥。
「んー、でも、ちょっとした見ものだよね。ね」
面倒臭そうに車から降りて来たヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、「ふん」と、鼻を鳴らして、嗤った。「ヤモリに人の手足が生えてるだけじゃ飽き足らず、ダンスまで踊ってくンのかよ。ふざけてくれるじゃねェか。これっきり踊れなくしてやろうぜ」
「確かに、動きがダンスに見えるってのは、舞踏家でもある俺としては何か許せんな」
宵藍が、頷く。「ざっくり片付けてやろう」
「バイブレーションセンサーを発動します」
何時の間にか覚醒状態に入っていた未名月が、雑談終わりでいいですかーみたいに、言った。
口元の笑みとは対象的な、燃えるような金色を帯びた赤い目が、じっと霞む彼方を見つめる。その背後には、まるで、その小柄な体を抱きしめるかのように白骨めいたオーラがゆらゆらと、揺れ――「六匹ですね」
バイブレーションセンサーを発動したらしい彼女は、そう簡潔に、述べた。
キキキ。
金属がきしむような不愉快な音、あるいは鳴き声が、薄っすらと白い煙のような霧の中で、どんどんと、近づいて来て。
キギギギキギギギギギ!
黒っぽい影がバタッバタッと不細工に手足を動かしている。まるで踊りとは何かを知らない赤子が、音を感じるままに手足を滅茶苦茶に動かすかのように。
「予想通りのお出ましか。しかし、何という得体の知れない醜さだ」
アスタロトの装輪をギュイーンと回しながら、鳳華が言う。「全く、バグアはもう少し美意識というものを考えた方がいい」
そしてそのまま、竜の翼を発動したAU−KVは、脚部に花火のような美しいスパークを弾けさせながら、ズシャーッと黒く薄気味悪い物体へ、躊躇うことなく突進していく。
ぐるぐるっ、と敵を撹乱するように彼女が走り回る間に、悠司が「ヤナギさん!」と、先手必勝を発動した。瞬天速を発動したヤナギが、彼の加勢を受け、敵背後へと挟み込むようにして回り込み、奇襲をしかける。
駆け抜けざまに懐から抜いた小銃S−01を構えると、その頭をバシャッ! と撃ち抜いた。ビチャッ! と飛び跳ねてきた肉片を、ふん、と冷酷な微笑で拭うヤナギの隣を、瞬速縮地を発動した悠司が、炎剣ゼフォン共に走り抜けて行く。
ゼフォンから放たれる熱気がブワっとその軌跡を朱色に彩り、反対の手に構えたのは、機械剣――莫邪宝剣。柄を強く握りしめ、ぶん、と一振りすると、超圧縮レーザーが射出され、ギギギギギと、わめき立つキメラへ、見た目にも鮮やかな連撃を決める。
「一匹たりとも逃がせないな」
集団で踊り狂う黒い人間の手足のキメラ達が、すっかり翻弄され、ちりじりの個人技を見せ始めた所へ、克はすかさず、走り込んだ。
紅蓮衝撃を発動すると、その痩身の体躯から、炎のような赤いオーラが燃え盛るように放出される。その赤の強い勢いで醜い黒さをすっかり飲み込み、静かに、月詠を振りかぶった。
「‥‥この一撃で仕留める!」
そうして克の月詠が、キメラの体躯を真っ二つに切り裂く頃。
こちらは覚醒の影響で、鮮やかな瑠璃色に変化した瞳で、憎らしげにキメラを睨みつける宵藍は、ピシャン、とキメラが放って来た尻尾の攻撃を舞うような後退でかわしていた。
そして。
「んな醜悪なモンは、ダンスとは言えねぇんだよ!」
凛、と吠えると同時に、豪破斬撃を発動した。その瞬間、彼の構える月詠が、淡い紅の色に輝く。
朝霧の中に、幻想的に輝く月詠を巧みに操りながら、彼はくるんと体を返して、相手の側面へと回り込み、その鞭のようにしなる尻尾をピシャン、と切り落とす。流れるように太極服が美しい曲線を描き――続けて、その黒い体躯を切り裂いた。
「そうだ、醜いものは滅びればいい!」
竜の角を発動したアスタロトの腕と頭部に、パチバチッと、ド派手なスパークを走らせる鳳華が、「La grande fleur de la rose!」バラの大輪! と叫び声を上げ、毅然とした美しさを放つ青いウラノスの刃で、醜い黒の塊を破壊していく。
「はーい、皆さん、ご苦労様でしたー」
戦闘が終わると、それまで一体何処に居たというのか、未名月が、完全にやる気のない感じで言いながら、姿を現した。
「お陰で良い写真が撮れましたー。これは後でのお楽しみということで。とっとと村に向かいましょうか」
その右手には和槍「鬼火」があり、ピチピチッ、と息絶える寸前であがく川魚が刺さっている。
そして左手に見える黒いあれは‥‥キメラの尻尾の部分じゃ‥‥。
とか思ってる克と目が合うと、未名月が言う。
「珍味です、きっと」
何も聞かなかったことにした。
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見つけた少年は、ちら、と恥ずかしげに克の顔を見ると、もじもじとして、小さく呟いた。
「誰も、一緒に、探してくれないし‥‥」
少年が飼っていた犬はベン、というらしい。散歩の途中で居なくなって以来、未だ、見つかっていないのだと、言う。
彼の両親は、息子が能力者の人達にそんな事を言っていたのか、と慌てふためき申し訳なさそうに謝っていたけれど、どちらかと言えば引っ込み思案のようにも見える彼の、必死の非常な決意の果ての頼み事なのだ、ということは、克には、すぐ分かった。
町の人の、ほんの少しの無関心が、決してそれは、悪意から来るものではないのだろうけれど、自らがただ生きるために他者を切り捨てるという無関心が、こうして幼い心を傷つけている。
克は、幼い頃の自分をほんの少しだけ思い出していた。
剣術一家の中で、優秀な兄弟と比べれば、自分には素質がないのだ、と、そんな外圧に、どんどんと内向的になって行ったそんな頃の自分の事を。
そういうことって‥‥あるよね。
苦笑するような気持ちで少年を見下ろし、「一緒に‥‥探そう」と克はその、今ではより実践的に刀を操る事を覚えた手を、そっと差し出す。
どう喜びの感情を出していいのかも分からないらしい少年は、やっぱり少しもじもじとして、それからおずおずと躊躇いがちに克の手を。
と。
そこへ。
「わんわんわん!」
覚醒状態の悠司がバア、と建物の影から姿を現した。「はい、呼ばれて出てきてじゃじゃじゃじゃーん。犬の精、悠司君です」
「そしてその飼い主のヤナギです」
からかうようにニヤニヤ笑いながら赤毛でピアス満開とかいう、どっからどう見ても怖いヤンチャなお兄さんヤナギの登場に、少年がびくっとした。ぎゅっと握ってくる手に力を込めている。
「おうそこの歳の離れた兄弟みたいなお二人さん。犬、探すンだろォ? 手伝うぜ」
「そうそう。仲間が何処かで腹をすかせて困っているのに、放ってはおけない! からね」
拳を突き出して、悠司が加勢する。
「何せお仲間、だしな」
「なにその嫌な言い方。もう本気で探す気がないなら退いてよね。ほら、行こう行こう!」
少年が、その楽しげな雰囲気にすっかり巻き込まれ、はにかんだような笑みを浮かべた。克は何だか少しだけ、嬉しかった。
その頃、未名月と鳳華は、要望のあった宿で荷物の整理を終えると、ぶらぶらと町の中を徘徊していた。
「しかし、偏狭な場所にある割に中々いい感じのところじゃないか。こう、いかにもな雰囲気が、いい」
「はーそうですかねー」
相変わらず覇気のない口調で相槌を挟む未名月は、時折首から下げたカメラのファインダーを覗き込み、けれど、シャッターは切らなかった。
「何だ。撮らないのか」
「私が興味あるのは、変態キメラだけですのでー。あー」
と、そこで何を思いついたのか、肩に下げていたバックを下ろすと、分厚いファイルを取り出した。
「変態キメラ全集を持ってきたので、見ますかー? 遠慮はいりませんよ」
「い、いや、私はいい。醜い物を見ると悪寒が。そうだ、買い物をしよう!」
とか、完全にわざとらしく逃げ出して、辺りをきょろきょろと見回す。「しかし買い物と言っても、何があるんだ? 名物の一つもあるのか? ‥‥ん? あれは何だ」
小柄ではあっても、態度だけには尊大な威厳を滲ませ歩いて行くと、露店のような店の店頭に並ぶ、色彩が鮮やか過ぎてもう、何だか目に痛いくらいの置物を手に取った。
そして何時の間にか、ついて来ていたらしい未名月を振り返り、「ほら、どうだ!」と、自分の横にそれを掲げる。
「はー」
「何だその気のない返事は」
「いやそんないきなり振り返られて、どや顔されてもー、どうしていいかー」
「感想を言えばいいんだ、感想を。どうだこれは。この妙に派手なオーラを放っているところなど、私にぴったりではないか?」
「はーいやべつにー」
とか何か未名月が小首を傾げた時、その背後を、美しくもエキゾチックで、何処か懐かしさすら感じるような、深みのある弦楽器の音が通り過ぎた。
「公園で演奏会とちょっとした舞踏を披露します。暇のあるものは、集まってくれ」
何事かと見ると、奏者は宵藍で、何という曲なのか、彼の自作らしい曲を弾き語りながら、町の人達に向け、宣伝をして回っているようだった。
「公園か。なるほど、覗きに行ってみよう。おい、店主。これは後で買いに来るからキープしておいてくれ」
「そんな心配しなくても、誰も買いませんってー」
●
何時の間にか、陽が暮れていた。
何処までも溶けていくような澄んだ藍色の空に、二胡の音が朗々と響き渡っている。宵藍は、どちらかといえば華奢なその体躯で、おおらかに弓を操りながら、時折仰け反り、眉を潜め。
深い甘みを孕んだ二胡の音を奏でる姿は、太極服の鮮やかな色味と相まって、夜の空間の中、何処までも美しく、幻想的だった。
見ている誰かがほう、と溜息を吐いている。
「美人の姉ちゃんだなあ」
あ、すいません姉ちゃんじゃありません、それ言ったらガンガン怒られます、と、ライブの出番を待つ悠司は思ったけれど、二胡をステージの隅にさりげなく寄せた宵藍は、まだ続く背後の音に合わせ、今度は、艶めかしく優雅な身のこなしで、中国舞踏を舞い始めた。少しも気を抜かれることなく、体の細部にまで神経をとがらせているのだろう動きは、まるで関節それぞれすら意志を持っているかのようで。
ひら、とその手の扇子が翻された。
いつもは何処か、本人には申し訳ないけれど年相応の無邪気さが滲んでいる金色の瞳が、ちら、と艶やかに客席を振り返る。
うわっちゃあ。と何でか分かんないけど、悠司は焦った。
そして、何か凄いヤバい気がする! それ以上やったら、いろんな意味で今晩、宵藍さんは一人寝が危機だと思う! とか何かどんどん焦ってる内に、宵藍の出番は終わった。
「おい行くぜ、悠司」
べしッ、とヤナギに肩を叩かれて、ハッと我に返った。
「今度は俺らがこの小せェ町ン中に、ロックの風を届けてやろーじゃん」
「しゃー。んーじゃあ悩みや不安諸々全部ぶっ飛ばす勢いでいくよっ!」
ギュイーンとギターをかきならすと、ヤナギのベースがリズムを刻み始め、その間を悠司のギターが走り始める。まるで自らを焦らすように、最初はゆっくりと、徐々に助走を付けて――疾走する。
そしてちらっと見やったヤナギは、俯き気味に、自分の内側へとより深く深く入り込んでいき。その白い横顔は微かに上気し、腹立たしいが、わりと、オトコマエだ。
悠司は、指が外れるのではないか、と言うほどの早弾きを、ヤナギに仕掛け、競い合い。ダダダダダダダ! と駆けあがった階段の頂点で、さあ、行け! とばかりに、自分の中に沸き起こった言葉にならない迸りを、声にして、叫び出す。
あらゆることを忘れ、今この一時の音の中に、皆、逃げ込め! 歌詞なんてない。ただ、今、叫びたい。それだけ。
客席とも呼べない公園の地面では、「たくさん‥‥買ったんだ」とか何か言いながら、めちゃくちゃ無表情に口だけをひたすらもぐもぐさせながら言った克が、そのお菓子を大事そうに子犬のベンを抱いた少年へと差し出している。
そこをパシャッと。
「撮影係は承りましたー。演者の方も撮影してきますのでー、この危険人物の見張りお願いしますー」と、未名月は、私の芝居を見せてやると言っているのに! とか何か騒ぎ始めている鳳華を克へと預けると、「現像した分は、この村への土産として置いて行きますからー。これは売れますよ。良かったですね」
村の店主らしき中年男性の肩を叩き、とことこ、と去って行く。
「あのー‥‥食べる?」
克は、とりあえず鳳華にも、お菓子を差し出すことにした。
「うむ、まあ、食ってやらんことも、ない」
鳳華がどか、と腰を下ろす。
夜はまだまだ、明けない。