●リプレイ本文
受け付けカウンターと店内へと続く廊下の中間辺りに位置する、三つばかりの個室は、見知らぬ客同士が互いに顔を合わせないようにしながら、待ち合わせをする時や、メイク室などが混雑している時に時間を潰すために使われる。
佐藤(gz0425) と飯田が待つその場所へ、店員に誘導されて最初に姿を現したのは。
「やっとお二人が揃いましたのね」
二人の顔を見比べ、はしゃいだ笑顔を浮かべたロジー・ビィ(
ga1031)と。
「‥‥飯田さんはすっかりお元気そうで何よりです」とか、わりと「何より感」が伝わってこない、無表情で、言ったセシリア・D・篠畑(
ga0475)だった。
「とても嬉しいですわ。‥‥まだ問題は山積みとばかりに残っていても」
「ご心配をおかけしました」
ゆっくりと立ちあがった飯田が、腰を下ろした二人の前に屈みこみ、そっとその手を取ったかと思うと、気障な仕草で甲へと社交のキスを落とす。
「素敵な場所ですわね」
王女の貫禄でそのキスを受けたロジーが、悪戯っぽい笑みを浮かべ、「このお誘いは、飯田さんも自ら女装する気になった、と、そういうことですわよね?」と、ころころと、笑う。
「では、そこにあるリクエストカードに、今日する格好を書いて店員に渡して貰えますか」
と、佐藤は、部屋の隅にあるアンティークな台を指さし、説明をした。「メイク室の準備が整ったら、呼んでくれる手はずになっていますから」
「そうか。今日の格好を決めないといけないのか」
飯田が頬を撫でながら唸ると、突然、セシリアが喋り出した。
「私としてはピンクでミニのナース服にナース帽、紺のカーディガンですね、ええ」
いきなり何ですか、っていうかむしろ、そんな無表情でどういうことですか。っていうか、あれ? 誤作動ですか? と、佐藤は若干、慌てた。けれど、飯田は「ああなるほど。ナース服ね。うんいい。紺のカーディガン」とか何かもー普通に答えていて。
「ええ。紺のカーディガンは外せません」
「外せないよね」
「ええ、外せません」
「うん外せな」
っていやもう紺のカーディガンのくだりはいいんじゃないかな、と佐藤が指摘しようとしたまさにその時、「どうも‥‥」と、また店員に誘導され、終夜・無月(
ga3084)が姿を現した。
店員は、終夜をちらっと見やると、あれ、もう扮装終えてますよね? みたいに一瞬戸惑い、「お客様‥‥カードのご記入は」と、言葉を濁した。
「いえ‥‥結構です」
台の方を見やり、意味を理解したらしい終夜が、静かに言う。「男装の麗人です」
けれどどう見ても彼は、まだ、何の扮装もしていない。
なのに店員は、「あ、そうでございますね。かしこまりました」とかもー、すっかり引き下がり、確実に女性に良く間違われるのだという彼の美しい外見に騙されている。
続いて入って来た國盛(
gc4513)は、「何だ。そういうのもありだったのか」と、不満げに腕を組み、ぎろ、と佐藤を睨んだ。
「慰労会をやってくれるのは嬉しいが‥‥女装、とはな」ってこれはもう完全に怒られそうな雰囲気だったので、「それは何か飯田君が‥‥」って人のせいにしようと思ったら、意外と「まあこうなったら俺の本気を見せてやらんこともないが。まずは化粧からだな」
ってあれ何。意外とやる気? え、やる気なの。本気なの?
「何だ」
「いやえーっと」
「俺は本気だ。本気の大人をナメるな。この日の為に既に練習済みだ」
「あ、はい、え」‥‥練習?
「確かに、國盛さんの女装というのは非常に気になる所だな」
何時の間に姿を現していたのか、緋本 せりな(
gc5344)が、カードにペンを走らせながら、佐藤の心中を代弁してくれた。「今のうちにコメントを考えておかないといけないかも知れない‥‥」
「どういう意味だ、せりな」
「いや、ただの独り言だ、気にしないでくれ」
そして書き終えたカードを店員へ。
「私はどうしましょう‥‥」
彼女と共に部屋へ入って来ていたらしい若羽 ことみ(
gc7148)が、じんわり目元を赤らめながら、カードを前に考え込んでいた。
「お揃いなりましたね。それでは、順番にお部屋へご案内致しますので」
店員が、部屋の全員に向け、言った。
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「先ずは無事で良かったです‥‥」
男装の麗人、もとい、終夜が、そっとワイングラスを置きながら、言った。
するとそこに程なくして、男装を終えたらしいセシリアとロジーが現れた。
ぴっちりと一つに纏めたらしい髪を、帽子の中にいれ込んだセシリアは、丈の長いブーツに包まれたすらりとした片足を、さりげなく前へと差し出し、立っていた。
「なるほど。士官制服か」
「普段の夫と同じ服装です‥‥」
「え」
と、飯田が、びっくりしたような声を上げたので、佐藤は「え」とその顔を見やる。
「はい私、既婚者ですが、何か」
「あすいません、何でもありません」
そしてその隣に現れたロジーは。
「お宝は全部このロジー様が頂きましてよ!」
偽物の剣を収めた鞘に片手をつきながら、偽物の拳銃の銃口で、白い羽根のついたド派手な帽子の大きなつばを押し上げている。
ああこれはもしや仮装と間違えているんじゃあ‥‥。
とその時。
「これは大変。お坊ちゃま、危のうございますので、こちらへ」
凛とした声で言ったのは、執事服に身を包んだせりなで、言葉を向けたのは、隣に居る、金持ちの坊ちゃま的な銀髪おかっぱ少年に扮したことみにらしい。
「なるほど。執事と少年か。似合ってるね」
飯田の言葉に、せりなは、手袋をはめた手で、胸元を優雅に押さえ、一礼。「これはお褒めに預かり、光栄です。ま。いつも姉の執事的な立ち位置な感じだし、違和感はないんじゃないかな」
「ボクも、似合ってますか」
短パンから覗く足を内股気味にして立つことみは、小首を傾げながら、下唇を触る。得体の知れない、色気が滲み出ている。
何か、危ない。
良く分からないけれど、何か、危ない。
と。そこへ。
「待たせたな」
良く通る低音の声が、響いた。
一同の視線が、俄然、そちらへ惹き付けられる。
むっきむきの、ある意味ではとても美しい逞しい体を、大きく胸元の開いた、黒い革製のタイトなワンピースで包み、羽飾りが豪華なマントを羽織った、もう女装とか男装とかっていうか、男なのか女なのかも良く分からなくなってくる感じの凄い人が、堂々とした立ち姿でそこに、立っていた。
國盛さん‥‥いや、國盛さん?
顔にあった、黒い蝶を模したヴェネチアンマスクを取るとそこから出て来たのは確かに、國盛さんっぽいけれど‥‥。
ばっさばさの付けまつげに、赤いルージュ、黒くしっかりと引かれたアイライン。そしてド金髪のふっさふさした、金髪のウィッグ。
ただでさえ二メートル以上ある身長は、十センチはあろうかという黒いハイヒールのブーツで、余計大きく、得体の知れない威圧を醸し出している。
「どうだ、中々、悪くないだろう」
佐藤はもう、どうしていいか分からなくなった。
「じょ、女王様」
「っていうか、ドラッグクイ‥‥」
「‥‥誰だ? 今ドラッグクイーンとか言うヤツは。お仕置きしてやるから、前に出て来い」
「いえあの國盛さん‥‥に、似合ってますよ」
可愛い少年、もとい、ことみが、物凄く申し訳なさそうに、言った。
●
「飯田さんの女装は何だか新鮮ですね‥‥」
とセシリアが新鮮と形容する飯田は、女装の礼儀が全くないだけに、美男子ではあっても実に何処からどう見ても「男」だった。
「しかしそれに引き換え佐藤‥‥お前は何でそんなに女装が似合ってるんだ?」
ってそんな、ドラッグクイーンに呆れた目で見られなくない。とか思ってたら、更に國盛がボソと。
「やっぱりゲイ‥‥」
「ん? あれ、何ですか」
「ところで飯田さんは‥‥、現在は佐藤さんと同棲中なのでしょうか」
そこへ更に何かきわどそうな質問を投げて来たのはセシリアで、「なるほど。同居、ではなく同棲‥‥」と、國盛が意味深に頷き、佐藤を見やる。
「あと、好きな食べ物は何ですか?」
「え、セシリアさん、どさくさに紛れていきなりどうしたんですか」
「んー、そうね、ハンバーグとか」
「あ、普通に答えるんだね、飯田君」
「ところで、今回は今後の方針についても、話合うということでしたが」
終夜が静かに言って、場の空気をすっと真面目な雰囲気に戻した。
「ええ、そうでしたわね。ふふ。すっかり忘れていましたわ」
先程飲んだアルコールに、ほんのりとその白い肌を上気させたロジーが、ころころと微笑む。
「そういえばお伺いしたかったのですが」
セシリアが、すっかり真面目な表情で、というか、彼女はずっとそうなのだけれど、「地球環境協会と飯田組。この二つの組織は協力関係にあるのでしょうか」と、飯田に向け問いかけた。
「協力関係だね。飯田組の子飼、といった施設だ」
「子飼の施設‥‥」
「そもそも、民間人行方不明事件。これが、民間人救出依頼と繋がっていたのは事実なのでしょう?」
セシリアの呟きの続きを、ロジーが浚う。「そして、そこにはバグアが関わっていますわ。何せ、飯田さん、貴方は以前、自分のお父様とお兄様はバグア派だった、と。あたし達に説明して下さいましたわよね」
「そうだったね」
「となると、あの救出依頼の際に出現していたキメラですわね。これを飼っている施設が必ずあるはずですわ。地球環境協会は調べましたけれど、キメラの姿はなかった。と言う事は他に、そのような施設がある、ということですわね? まずはそこから突き止めたい所ですわ。キメラは、何処から来るのか。ちなみに飯田さんは何かご存じかしら?」
「詳しくは分からないけれど、そういった施設がある、というのは監禁中に耳にした覚えがあるな」
「監禁中‥‥他にはどんなやりとりがあったんでしょうか。敵は貴方に何をさせようとしていたのか、喋らせようとしていたのか」
「奴らは俺に協力をさせようとしていた。向こうも俺が内通者を通じてどんな情報を入手し、能力者の人達がどんな動きをしていたか、知りたがっていたんだ。そういう情報を引き出そうとして、そして、最終的には、裏切らせようとしていた。まあ、踏ん張ったけど。恐らくは兄から指示を受けていた新見は、地団太を踏んでいただろうな。兄さえ許せば、俺を殺したがっていたくらいだから」
「その君の兄は飯田組の人間なんだよね?」
せりなが、口を挟む。「けれどそもそも飯田組が暴力団だなんて、君は教えてくれてなかった。君は同じ飯田だし、もちろん知っていたはずなのに、だ」
「まあ。そうだね。言わなかった。聞かれてないしね」
肩を竦めた飯田を、せりなはその切れ長の瞳で睨んだ。
「私達がまだ知り得ない情報を、更に隠し持っているのなら、今度は事前に言っておいて欲しいね。この際隠し事はしてほしくない。今後のためにも知っている事は全て話しておいてもらいたい」
「もちろん、隠すつもりはないけど」
「ならば新見‥‥彼は飯田さんの親族なんでしょうか」
「そうだ飯田。あの新見と言う男について何か知っていることは無いのか?」
「そうですわね。この際、ご家族について、もっと詳しく聞いておきたいですわね。お父様とお兄様‥‥それに今回の新見さん。調査するならばその方達からになるでしょうから」
「そうだね。まず新見は、俺の従弟だ。そして、飯田組の幹部である俺の兄の片腕でもある。飯田組は、俺の父親という男がトップにある組織で、バグア派だ。救出依頼は、その飯田組が、関係企業などの一般人から、バグアに対して生贄と称し、人体実験などに使われる人間達を提供していたことを、阻止するために始めたことだった」
「では、今後もやはり、もう少し飯田組について調べてみるのがいいんでしょうか」
それまでじっと黙って話を聞いていたことみが、周りの反応を見やりながら、そっと差し出すように疑問を呈す。
「確かに飯田組を探るのも重要ですけれど‥‥大元を叩けば自然と飯田組の実態も分かるはず。ともなれば、今後は「バグアの拠点」を探す、これが一番の近道だと、あたしは思いますわ」
「そうだね。バグアの拠点を見つけ出し、最終的には潰したい」
「しかし、バグアの拠点を探すにしても、情報の質と量を上げるためにも、飯田組を更に調査するのは必要なのではないでしょうか」
終夜が言い、「具体的には」と、続ける。「例えば、飯田組の幹部クラスや、幹部ではなくてもバグアとの繋がりを知りそうな人間を警察に別件で逮捕して貰って、尋問する、などですかね。バグアとの繋がりや、その拠点となる居場所が分かる人間の手掛かりだけでも掴めるかと思うのですが」
「そうですわね‥‥その方法もかなり使えそうではありますけれど。警察には手を引いて貰っても良いかと個人的には思いますわ。最終的な敵がバグアなら‥‥警察では歯が立ちませんもの」
「ああ。この事件はもう、警察の手の及ばない所まで来てるんじゃないか」
「そうだね。完全に手を引いて貰うとまでは言わないけれど。でもやっぱり、能力者でない警察が関わるには荷が重いと思うよ。最悪こちらの動くのに害になる恐れもあるしね。こちら側中心に動きたいところだ」
「しかし‥‥飯田組が暴力団と考えると、表面上の事は調べて頂けるとも思いますので、あくまで非公式な形で協力関係に在れれば良いかと」
「飯田組を調べ上げるならば、警察も使える、か。難しい所だな」
「今後も必要で協力は願える様にしておく、という程度で良いのではないでしょうかね。但し本格的なバグア側の匂いがすれば、即座に連絡と能力者への要請はして貰うという条件付きで。やはり、警察だから取れる行動、用意出来る物は今迄もありましたし、これからもあるでしょう」
「ではそうして、警察には完全に裏方になって貰うとして。ロジーの言うキメラの出所だな。地球環境協会でも飯田組でも無い、そこから派生する、第3の施設‥‥それがあるかどうかを、突き止める」
國盛に見やられ、飯田は頷く。「そうだね。あると思う。ただ今はまだ、情報が足りないけど」
「では先ずは、飯田さんが居なくなった事により、地球環境協会がどんな反応を見せているかを調べ、その第3の組織について、情報を得ること、ですね」
「その前に、情報を整理して提示して欲しいな。これまでに手に入れた情報だ」
「ええそうですわね。以前の事件から洗い直した、全ての情報ですわ。何か見落としている点があるかも知れませんし」
「分かりました。次回までに一応の整理をして、提出します」
「あとはそうだね。今後に当たり、まずは相手にアクションを起こしてもらわなければ契機すらないかも知れない。だから、多少危険ではあるけれど、再度囮として動いてもらうということも視野に置いてほしい」
せりなが言う。
飯田は、「俺に出来ることがあれば、何でも協力する」と、頷いた。