タイトル:ランドリーと黄の怪盗マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/31 19:51

●オープニング本文










 西田は時々、ぼーっとしている。
 ぼーっと、コインランドリー内にあるドラム型の洗濯機が回るのを眺めたりしている。
 そうして、時々、どういうわけか、へら、とか笑ったりしている。
 かと思えば時々、どういうわけか、ほろ、と泣いたりする。
 その、形の良い頭の中で何を考え、それがどう転ぶのかは定かではないけれど、少しだけ眉を潜めたかと思うと、ぐるぐると回る洗濯機を眺めたまま、じわ、と涙をあふれさせ、泣く。
 例えば、仕事で何か嫌な事があっただとか、何か不幸があっただとか、何せ彼の仕事はULTのオペレーターであったから、こんなご時世でもあるし、人が生きたり死んだり、いろいろな事があるのかも知れない、とも思う。
 本当はもっと下らないことで泣いている可能性もあると、思う。
 けれど、江崎は聞かない。
 見なかったフリで、コインランドリー内の掃除をしたりであるとか、雑誌を読むであるとかそういうどーでもいーことをして、あ、出てたんですね、みたいに涙をぬぐった西田が、何か話しかけてくるまで、待つ。
 内心で、幾ら西田が、くっだらない仕事だと自分の紹介する依頼を馬鹿にし続けても、そのくっだらない事をやり続けてやろうと、そういう決意は何か、新たにしながら。


「それでさ」
 西田が言って来たので江崎は、「んー」とか何か、雑誌に目を落としたまま、返事を返した。
「また、怪盗の仕事、来てんじゃないの」
「そうね、来てるね」
 コインランドリー内に取り付けられた小さなカウンターのようなテーブルに肘をついてスツールに座る西田を、その少し離れた向かいに置かれた、古い青色の横長の椅子に腰掛けた江崎は、ちら、っと見上げ、言った。
 そして、そこにもー泣き顔の欠片もない事を、何となく、確認する。
「くっだらない七色の怪盗から、お宝を守ろうって依頼ね。次は、黄色です」
 尻の隣に置いてあった茶色い封筒を差し出した。
「はー何とかかんとか黄色まで来ましたね。白、青、赤、紫、緑まで終わったんだっけ」
「まあ、何とか来たよね」
「それにしてもこの七色怪盗の窃盗の裏にある、七色グラスとの関係については、以前、謎のままだね。緑は特に情報を持ってなかったし」
「もう少ししたら、何か分かるかもしれないんだけどね。俺も一応、調べてはみてるんだけど」
「本当かよ」
「そんな事より、まー、まずは、七色の怪盗の企みを阻止することが先なんじゃないか、ってことで。今度は先回りして、自ら取ってきました。黄色のグラスの在り処と、そのグラスを購入した好事家の情報です。この人が持ってたお宝は、えー、インペリアルトパーズのリングだね」
「やるじゃん。自分から行ったんだ」
「とりあえず、えーっと、ここにも書いてあるけど」
 江崎は西田の手にある、依頼の概要が書かれてある書面の入った茶色い封筒を指さす。「今回の場所は、敷地内のビニルハウスで何でかヒマワリとか育てちゃってる好事家さんの別宅なんだけどさ。丘の上にあって、見晴らしはいいんだけど、ちょっと広いね。ビニルハウスが三つあって、その先にお屋敷がある。あと、離れに庭師が住んでる」
「ふーん」
「で、自宅に入って、捜索したり、怪盗を退治したりする許可は、貰えた」
「っていうかさ、どうせ家の中捜されるくらいならさ、もートパーズの在り処ぐらいさっさと言っちゃった方がいいとは思わないのかなあ。俺だったら絶対家ン中かき回されるより、素直にトパーズ出すよ」
「実は、黄の怪盗は、変装のプロらしくてね」
「なによいきなり」
「びっくりするくらい、それこそフィクション並に上手く変装してくるらしい」
「ふーん。っていうかさ、そもそも本当に今回も盗みに来るわけ? 毎回思うけど、こんなけ阻止されてんだから、もうやめようとか思わないのかな」
「実は屋敷の中に監視カメラがあってさ」
「なにまた怪盗の姿が映ってたとか言うわけ?」
「そこに、映ってた」
「だから何が」
「屋敷の中を漁る、庭師の姿が」
「‥‥庭師?」
「そう、庭師」
「まさかそれが、怪盗だって?」
「こっそり見てたら、避難した後にまた戻って来てごそごそやってた。あれは間違いなく変装した怪盗だと思うね」
「だったら早く行かないとトパーズが」
「うん、そうね。トパーズね」
 江崎は自分のポケットから布製の巾着を取り出し、中を開いて見せた。「実はここにあるんだよね」
「うんいやそんなとこから普通にトパーズとか出さないでくれるかな」
「そして俺は、実際の決行日より三日ばかり遅い日付を、事前に奴らにさりげなく奴らにアピールしておいた。その日に能力者が来ますよ、ってことで。奴らは今、これを捜してるはずだと思う。まだ能力者は来ないだろう、とタカをくくりながら」
「と、いうことは。今回は探し物はないわけだ。怪盗をやっつけるだけ?」
「いやそれがさ。実は、どうせなら、見つけて欲しい物があるって、言われちゃってさ」
「はー?」
「何か。実はこれの他に、トパーズのネックレスがあるらしいんだ。お揃いというか、対になってるって感じでさ」
「いや何でそれも預かってこないかな」
「っていうか何か、忘れてるっぽいんだよな。あ、トパーズのネックレス? そういえばありましたっけ、くらいの感じで」
「えーマジ何それ、そんなんばっかだよねいつも、この依頼の好事家って」
「ばっかだよね。そん時は欲しくてたまんないんだけど、買ったらどうでも良くなっちゃうって奴なんじゃないかな」
「ああ、江崎が女引っかける時みたいにね」
「いいよ別に、否定しません」
「そういう覇気のない顔でそういう事言うのやめてくれるかな」
「それに別宅だし、西田みたいに家ん中に変な物隠してもないから、別に漁りたければどーぞくらいの感じで。捜されるのは気にならないみたいだったね。むしろ、どこやったか分かんなくなってるから、見つけてくれたらまー恩の字くらいで」
「いや俺だって別に家ン中に変な物なんて隠してないけどね」
「だから今回は、変装している黄の怪盗を見つけてやっつけて、あと、トパーズのネックレスを見つけて、保護しておく、という事だね」
「変装って言っても、庭師なんでしょ」
「恐らく。でも、もしかしたら、能力者がやって来たことに気付いて、急いで扮装を変えてくるかも知れない。何せ、フィクション並だから。そこだけは、フィクション並だから、何でもやってくる。かも、知れない」
「そこだけ漫画になるかもしれないんだ」
「まーなるかもしれない。仲間に変装してくるとか」
「じゃあ、一応はそう言っておくけど」
「何か仲間だと分かる合言葉とか決めとくと良いのかもね」
「合言葉て」
「でもまあ、それほど難しい事にはならないだろうから、能力者の人達にはまたそれなりに頑張って貰うってことで。宜しく頼むよ」








●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN

●リプレイ本文







「瞳に注目‥‥」
 ビニルハウス内の探索を終えて合流してきた終夜・無月(ga3084)がそう言うので、辰巳 空(ga4698)は言われた通りじっとその瞳を見ていた。
 覚醒状態となったらしい彼の瞳が、真紅から、漆黒の夜の中に、ぞっとするほど孤独に浮かぶ月を連想させるような、冷たく静かな金色へと変化したのを見て取って、「なるほど」と、空は頷く。「なるほど。分かりました」
 それから空は、自らも覚醒と通常の状態を見せた。
「奇遇ですね、私も瞳に注目です。余り、分かり難いのですが」
 覚醒すると空の黒い瞳は、色素が変異し、光が当たれば分かるといった程度だけれど、僅かに紅く変化する。
「そういえば、スポーツ栄養学的に見て、消化を促進させるカレーの香辛料は大変な魅力なんです。緑黄色野菜は、抗酸化作用もありますし、疲労した体にはもってこいなんですよ。ああ、試合の後に食したりですね」
 そしていきなり、とうとうとスポーツ医学を専攻している医師らしい事を語りだした空を、終夜はちょっと無表情に見つめた。
「ハヤシ、ですね」
 同じ表情のまま、答える。
 答えるってもー全然答えてないのだけれど、むしろ会話としても全く成立してないのだけれど、空は「ええ、ハヤシライスです」とか何か答えて、会話を強引に成立させた。
 そして庭師が生活していたという小屋の中を改めて振り返る。
「では、探索を続けましょうか」



「でもさでもさ、無月さんと辰巳さんが、カレーとかハヤシとか言ってるのって、ちょっと想像できないよね。二人でどんな会話してるんだろー」
 ってその合言葉を持ち出したのは自分だったのだけれど、鈴木悠司(gc1251)は、屋敷の外の探索をしている二人を想像し、ちょっと何か、ニヤついた。
 指の間に挟んだ煙草から、白い煙がゆらゆらと登っていく。
「んー」
 と隣で、同じように煙草を吸っていたヤナギ・エリューナク(gb5107)が、煙を吸い込むついでのような返事を漏らし、組んだ足をぶらぶらとさせながら、豪華な装飾の施された灰皿へ、灰を、ぽん、と落とした。
「あと灰、落ちそうになってっけど」
「わおっと。人様の家を汚しちゃいけないよねカレー」
「おーハヤシ」
 今回の敵は、変装の達人の強化人間らしい。
 それを見破る手段として立てた作戦は、合言葉と覚醒だった。とにかくカレーと言えば、ハヤシと答える。これが、合言葉だ。
「しっかし、変装する強化人間とか、うぜェねマジで」
「でも表面上が似てるってだけでしょ、どうせ。ヤナギさんが妙に優しかったり、かざねさんがこぷたーしてくれなかったり、克さんとか無月さんが妙に饒舌だったり、辰巳さんがびっくりするくらいコミカルだったり、覚醒してるのに犬耳も尻尾もない俺だったり、あと、ヤナギさんが優しかったりすれば、判別もつくよね」
「今、俺が優しいっていうのは二回言ったけどね、お前」
「二回言ったね。絶対ヤだもん。何せ優しいヤナギさんなんて、気持ち悪‥‥」
 って気付けばめっちゃ爽やかな笑顔に「ふうーん」とか睨まれている。
「まー悠司に変装した怪盗を見つけた場合はさっくりヤッてやるから、安心していいぜ。眼の前で自分がヤられてるとか、あんま見れない経験だから、楽しいかも。な! 悠司!」
 何をどーヤるのか、確かめるのはやめておくことにした。そしてやっぱり友人は優しい方が良いから、この際もう偽者でもいいんじゃないか、と、悠司は一瞬ちょっと何か、揺れた。



 その頃、二階を捜索する緋本 かざね(gc4670)は、今まさに、見つけたばかりの、何か良さげな物が入ってそーな小箱を開けようとしているところだった。
 そしてかぽっと開いた中からは何と。
「こ、これは!」
 クッキーだ! と、甘いお菓子に目がないかざねはすっかり喜び、それから自慢のツインテールを揺らしながら、きょろきょろ、と辺りを窺うと、その箱ごとそっと懐に‥‥。
 って振り返ったら、思いっきり無表情に、私室の入り口に立っていた幡多野 克(ga0444)と目が合った。
 けどそこはもう「あ、ど、どうもこんにちは克様〜。はは、いやあ。それにしても二階にある開かずの間は怪しいですねー。開かずの間だなんて絶対怪しいですよねー、怪しい匂いがぷんぷんですよねー、さー、トパーズ探しに行こーっと」とか、思いっきりマイルドに無かったことにしようって通り過ぎようとしたら全然無理で、気付けばもー手を掴まれていた。
「今、何か入れたよね」
 じーとか眼鏡の奥の切れ長の瞳が見下ろしてくる。
「はい、入れましたが、何か」
 かざねは開き直ることにした。
 痩身の彼を、お菓子は渡さない! という意地だけで、きりり、と見上げる。
 謎めいた人ではあるけれど、その日頃の物憂げっぷりから言って、きっと強引に押してしまえば許してくれるはず!
 そしてそれを裏付けるように彼は、何かを考えているのか、呆れているのか、こっちをじっと見下ろしたまま停止している。
 これはもー、勝った気がした。
 よし今の内にマイルドかつ強引に逃げ出して――「では、失礼!」
「ってうん駄目だよ、出して。何が入ってたの」
「え」
 そんな馬鹿な。
「こっちに‥‥渡して」
 見た目には細身の、けれど、力強い腕が、ぐい、とかざねの腕を引っ張る。
 え。克様ってこんなに強引な人だったんですか、とかざねは裏切られた気がした。
 何かやばい。何か分かんないけど、凄いヤバい。そして何より、お菓子が食べたい!
「わー! かざねこぷたー!」
 とか何か言って、かざねは覚醒状態に入ると、力いっぱいぐるーんと回転し、克の手を振り払い廊下をかけていく。何処をどう走ったのか、目の前にドアが見えて来て、逃げ込もうと思いドアノブを引っ張る。が、開かない。
「こ、これは開かずの間! けれど私は開けてやるー! くそー!」バンバンバーンっ! ずるっ。
 え、ずる?
 って思った時にはもー、思いっきり横にスライドしたドアが、ガラガラバチン! って消えてって、目の前には。
 床。
「わー!」
 そこへ。
「今度の強化人間は‥‥変装の名人か‥‥。撹乱されないように‥‥しないと‥‥」
 とか何か、ぽつぽつ独り言を言いながら歩いて来た克は、まさしく床に激突しかかっているかざねを見つけ、危ない、と思って腕を引っ張り。
「大丈夫‥‥?」
 って明らか助けてあげたのに、どういうわけか、「で、出たー!」とか叫ばれて、思いっきり抵抗されて、もーどうしていいか分からない。
「やだやだやだやだ、お菓子は絶対渡さないんだぞー! くそー!」
「えっえっど、え?」
 戸惑ってる間に、何かアッパーカット的なものを食らい、ガコっと思わず上向いた瞬間、眼鏡がずるっと。
 そこで。
「その子を離して貰おう」
 聞き覚えのある声が聞こえた。っていうか毎日聞いている気のする声が聞こえた。
 え。まさか‥‥。
 克は慌てて、ずれた眼鏡を戻した。そして、振り返った。
 克が、立っていた。




 おー、あったあった。
 ヤナギは、いかにもここに宝石とか入ってますから。みたいな装飾の小箱を、リビングで見つけ、中身を開いた。
 そうそうこういう、いかにもな所に意外とさ。
 とか思ったら、開いた途端、ビヨーーーーンって、銅細工のピエロが飛び出して来て。
 ――‥‥。
 シーンとしたリビングで、秒針が時を刻む音とか聞きながら、何かその「ははは、なんてね‥‥」みたいに、ゆらんゆらん揺れてるピエロをじーとか見ていたら、何か薄っすらと殺意が沸いた。
「‥‥‥‥」
 ま。とりあえずこれは、悠司をからかうのに丁度いいんじゃないか、ってことで。
 ヤナギはそっと蓋を閉じ、それを持って物置へ向かった。
 埃っぽい物置きの開いたドアの先に悠司が居た。
 けれどそこにはヤナギも、もー居た。
 おっと。
「こうぐっちゃぐちゃだと、あるかないか分んないよねぇ」
「んー」
「でも探す! 今回こそは! お宝を! 俺がみつけるっ!」
「おー」
 って答えてるのは、確実偽物のヤナギなのだけれど、あ、とこちらに気付いた悠司が、「偽物はっけーん!」と声を上げた。
 芝居が大根だ、と思った。けれど、怪盗は気付いていないらしい。
「間違いないんじゃね? さくっとやっちまうか。おい、下がってろよ、悠司」
 それで偽物は墓穴を掘った。
「あれー、何かヤナギさん、優しくない? おかしいなあ」
 そうだ。おかしい。下がってろ、なんて俺は絶対に、言わない。そして自分の顔で自分が言わない事を言われるのは何かもー凄い居た堪れない。
「あ。もしかして」
 よし、行け、悠司!
「分かったー。あれでしょ。偽物の優しいヤナギさん演じてる、ってフリで、何、俺に本当は優しくしたいなあ、とか思ってた本音がちらりしたんでしょ?」
 はーーー?!
 って思いっきり顔を引き攣らせる本物ヤナギを、悠司が、チラッと。
 その目には日頃の鬱憤を晴らさんとばかりに、若干サディスティックな色が。
 殴りに行こうとした時にはもー偽物ヤナギが、ヤナギの格好で、顔で、ふ、とか肩を竦めて、「ばれたか」とか何か言ってて。
 いやいやいやいや。
「お前は俺の大事な友達だからさ。時々は優しくしてやりたいって、思ってンだぜ、本当は」
 いやいやそれはない。絶対ない。
 益々顔の引き攣ったヤナギを、また悠司が、チラッと見た。そして、ニヤニヤ、と。
「そうだよね。俺達、友達だもん。ねー? ヤナギさん」
「な、悠司」
 はいはいそう言う事やらすわけね。
 ヤナギはにっこりと美しく微笑み、悠司を睨んだ。
「な、何て邪悪な笑み‥‥」
「いいんだよ、悠司君。分かってやってるんだよね。そして、覚悟が出来てるんだよね」




 その頃、終夜と空は、庭師の小屋内から監禁されていたらしい本物の庭師を見つけだしていた。
 念のため終夜が、拾い上げた石を「失礼‥‥」と断って彼へと投げつけ、フォースフィールドが発生せず、痛ッとか確実に命中したのを確認し、本物と断定した。
 探し物のトパーズのネックレスは、彼が「体内」に、隠し持っていた。
 ちょっと公衆の面前では言えないような、公衆の面前ではなくても人様にはちょっと言えないような、そういう場所に隠されてあったトパーズを差し出され、空はさすがに受け取るのを躊躇った。
「まあ、持っておいて頂ければ、あとは怪盗を始末してきますので」
 と、逃げ口上を打ったまさにその時。
 無線機から「ぎゃー! ヤナギさんがー!」という声が聞こえ、続けて「ぎゃー! 克様が二人ー!」とかいう声も聞こえて来て、二人は顔を見合わせた。



「えー、あっれー? そこに居るのは悠司クン? なんでだー。手元狂っちまったなあ」
 レーションを投げつけて来たヤナギが、ケッケッケ、と悪魔のよーに笑った。「えー何でカレー被ってるンデスカ」
「意地悪!」
「おうよ、俺があんな気ン持ち悪ィこと言うかよ、ふざけてんじゃねえぞ、テメー」
 ってヤナギが覚醒しようとした瞬間、駆けつけた終夜が、めちゃくちゃ無表情につかつかと歩み寄って来て、
「悪いが‥‥」と、前置きをし、突然びーとかほっぺたを引っ張って来た。
「いでででで、俺は本物!」
「すまない‥‥確認を」
「あっちだよ、偽物は。おら、行くぞ!」
 明鏡止水を構えた終夜が頷いた途端、豪力発現を発動したかと思うと、その怪力で怪盗を屋外へと叩き出した。
 それを追うように、ヤナギと悠司は窓から飛び出す。
 瞬天速を発動したヤナギがまず敵との距離を詰め、エーデルワイスの美しい純白の爪でその顔を引っ掻いた。「その顔、いつまでやってんだよ、見苦しいぜ!」
 途端にびゅっと、黄色い物が怪盗の手から飛んでくる。
 それを避けた瞬間、背後の悠司が騒いだ。
「えーカレー? カレーですよね? え、食べれるの? え、食べられるの!」
「どーでもいいから」
「いや食べられるかどうかは大事でしょ!」
 ムキッと、叫んだ悠司の体が、瞬間、炎のような赤いオーラに包まれた。興奮の勢いで紅蓮衝撃を発動したらしい。そのまま炎剣ゼフォンを構え突進して行くと、怪盗の肩に、ガツッと刃を喰い込ませ、渾身の一撃を振り下ろした。
 それに追い打ちをかけるように、連剣舞を発動したヤナギの眩いばかりのガラティーンが、ふざけの過ぎた怪盗を滅多打ちにしていく。
「手加減しねえぞコラ。覚悟しやがれ。あーあ剣がカレー臭ェじゃねえか、この野郎!」




 克は一応、かざねに向け、カレーと呟いてみた。
 でも慌ててるかざねは、カレーと聞いて、「カレーの隠し味はチョコですよね! えへへー、チョコ食べたいなー」とかもー全然わけのわからないことを言い出したので、克は諦めることにした。
 それからわりと冷静に、「あの変装の仕組み知りたいな」だとか、「なんかこう‥‥後々依頼で役に立つかも」だとか、考えた。結構余裕だ。
 そこへ、突然、歌が聞こえた。
 いつの間にか、近づいて来ていたらしい空が、偽物克に向け、ほしくずの唄を歌ったらしかった。
 訳すると実の所、混乱すると〜、着ている物を〜、脱ぎたくなる曲〜、みたいな事しか言ってない英語の歌を、わりと格好よく歌って、それはそれで良いのだけれど、そしたら何か、目の前の克が、混乱のせいか若干頬とか赤らめながら、いそいそ、と服を脱ぎ始めた。
 え。と、克は思った。
 いや。え、いや。え。どうしよう‥‥。
 人前でヌードとか始めそうな自分を見ているのは凄い嫌で、内心では物凄い赤面っていうか顔を覆いたいくらいなのに、そんなオーバーアクションは絶対出来なくて、どうしていいか全然分からない。
 それでどーしていいか分からな過ぎて、気付いたら何かもー、覚醒していた。
「わー! 偽物ー!」
 そこで、やっと気付いたらしいかざねが、叫び声を上げた。
「ふん! 出ましたね、怪盗! 偽物が変装しようがバレバレなんですよ! 互いの内面をよく知る私たちが騙されるはずがなーい!」」
 って全然気づいて無かったわりに、ちょっと良い事言っちゃったドヤ顔のかざねは、早速、白く美しい槍セリアティスを構え、突進して行く。
 更にすっと、隠密潜行の影響で気配を消した空が、背後からぐっと怪盗の首を絞め上げ、顔に張り付いた「メイク」をビリ、と。
 けれどびゅっ、とカレーめいた謎の液体を手から出した怪盗は、反撃を行い。
 というか、確実ぷーんと香ってくる香りはカレーだった。
 その瞬間、プチ。と克の頭の中で、何かが切れたよーな音がした。
「カレー‥‥カレーを武器にするなんて‥‥食べ物を粗末にする奴は俺が許さない!」
 くわっ! と目を剥き、月詠を抜くと、怪盗に駆け寄り、剣劇を発動した。
「えー! 今そこで切れるんですかー!」
 と驚き足を止めるかざねを追い越し、
「正義の鉄槌を!」
 目にも止まらない連続攻撃を繰りだして行く。
「あるいは、食べ物の恨みを」
 空がその光景を見やり、そっと合掌をした。