タイトル:魔女達の宴マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/21 08:13

●オープニング本文






 そんなシイの姿を見つけたのは、閉店後の喫茶店の前を通りがかった時だった。
 漏れ出すヴァイオリンの音に、ジャミは足を止めた。そして、クローズと札のかかった店の中を覗きこんだ。
 オレンジ色の緩やかな灯りが、店内を薄っすらと照らし出している。
 薄闇に伸びるシイの痩身の影が、木枠の隙間にはめ込まれたガラスの向こうに見えた。


 後日、店を訪れた時、その時の事を思い出したジャミは、見かけた事をシイに話した。
 すると彼は、はーそうですかー、とか愛想のない返事をして、代わりに喫茶店の店主が「シイはバッハにとりつかれてるのだ」と、解説の口を挟んだ。
 聞いてみるとどうやら居残っていたのはあの日だけではなく、毎晩のように同じバッハの曲ばかりを練習しているらしい。

 それは幸運にもあるお屋敷で、キメラに襲われる自らの命という命題の前にすっかり忘れ去られ、捨て置かれていた楽譜で、店主とシイは、依頼費用を出し合い、それを手に入れた。
 戦時中という状況で、西洋音楽の楽譜なんていう生きていくのに最低限必要でもない贅沢品は、大々的に新たに産出されていく事もなく、それらに興味がある人々の中で、写譜などの原始的な手によって細々と出回り、値段が高騰するものは高騰して、特に巨匠の名曲といわれる楽譜などは、クラシック好きでしかないただの人達には、本来、中々回ってこない。
 それを手に入れる機会に恵まれた店主は、費用を多く負担した、という強引な理由で付けでそれらの楽譜を喫茶店内に保管した。持ち出し厳禁。そんなわけでシイは、閉店後の喫茶店で練習をしているという事情らしい。
 完成したらマスターに聞いて貰います、とか何とかシイは言い、楽しみにしている、とマスターはどちらかと言えば無愛想に答え、それで二人の会話は成立するようだったので、わざわざ口を挟むこともなかったけれど、まー所詮クラシックの曲でしょ、とジャミは心の何処かで馬鹿にしていた。
 けれど。
 そんな思い上がりを、シイはある晩、その痩身の体で覆して見せたのだった。



 クラシックに抱いていたイメージといえば、穏やかであるとか、小奇麗であるとかで、だから「良い音だね」とは言っても、厳密には、背景に流れているのに丁度良い音という意味で、つまりは、まー鳴ってても騒音にならない、というか、これはもー聴いて楽しむ音楽にすら、分類されていない。
 メロディや歌詞が、何らかの琴線に触れるような、曖昧模糊としていて言葉にすら出来ないような何かを表現して見せてくれるのが、自分にとっての聴いて楽しい音楽ということになると思うのだけれど、西洋音楽は何も見せてくれない、と、そんな風に思っていた。
 どういった経歴か詳しい所は知らないけれど、人にはいつも、自分は一介のフィドル弾きだと言い、踊れる民族音楽を奏でるのが常のシイは、一方でフィドルではなくヴァイオリンと称される楽器を所蔵していて、弾き手としての教養がある。でも、フィドルの音の方がよっぽどジャミは好きだ。
 だからまーヴァイオリンの方はなりを潜めてBGMくらいになってればいー。
 とか。
 それはもー完全に不遜だった。今日、気付いた。今、目の前で奏でられている音楽を聴いて、思った。
 こんなにも情熱的で美しい音を聞いたことがない、というような、力強い自己主張を込めた音に、こちらの五感は否応なく引っ張られ、揺さぶられ、ジャミは完全にもー何か、負けた気がした。
 とはいえ、こっそり入り込んだこちらに気付かないくらい、ヴァイオリンの演奏に必死になっているらしいシイが、激しいボディアクションをしているだとか、そう言う事は全くなく、むしろどちらかといえば恬淡ともいえるくらいの様子で弓を動かし、ヴァイオリンを鳴らして見せているだけで、だから何が凄いといえば、とにかくその音と曲が凄い。
 叩きつけられるように繰り出されていく音の衝撃は、衝撃は、とても一人と一台の物とは思えない。
 シイはどちらかと言えば華奢で痩身で、彼の愛器は、その体のほんの一部分にしか満たないというのに。それはまさしく朗々と熱く、時折愛らしく、時折厳しく、歌ってみせる。
 そう、ヴァイオリンは、歌うのだ。
 艶っぽい低音がぐわあん、と響いたかと思えば、次の瞬間には、冷たい氷を想わせるピーンと張り詰めた高音を奏で、メロディはめまぐるしく変化し、酷い緊張と緩和を繰り返していく。
 脅威的な速度で弦の上を滑る左手の指は、滅茶苦茶に走っているのではなく、計算された動きである事に感嘆し。その緊張があとほんの少し続けば壊れてしまうのではないか、という危惧の手前で、音はまた、差し伸べられる手のような穏やかを取り戻し。気付いた時には激しい音の螺旋の中にすっかり包まれていて、高揚していく気持ちのまさしく頂点を再現してみせたような一際美しい高音が店内に響き渡り――。
 まるで祈るように、自らのヴァイオリンに耳を傾け弓を操るシイの姿が。眉を潜め没頭するその姿が。崇高な音で表現される、深い敬虔な祈りのようなメロディとは、矛盾するような、色香を放ち。
 禁欲的でストイックな毅然とした姿が、汚してはならないものを汚したくなる人の克己心を試すのか、ジャミの中の歪んだ衝動はどんどんと大きくなっていき。
 閉じ込めてしまえればいいのに、と不意に、思った。
 この美しい曲を奏でる、美しい姿を、このまま自分以外の誰の目にも晒すことなく、閉じ込めてしまえばいいのに、と。
 そこで。
 ――完成したらマスターに聞いて貰いますね。
 そう言っていたシイを思い出した。
 完成したらマスターに聴かせる。マスター達に、ではなく、マスターに。
 それはつまり、彼に捧げられるようにして、この曲が奏でられるという事にならないか、と思い当たり、思い当たったら、何か無性に腹が立った。
 ムッとしてようが、興奮してようが、余り顔に出ないタイプのジャミは、カウンターに肘をついた格好のまま、相変わらず恬淡とした端整な顔でじーとかシイを眺める。
 そして、どうせ。と思った。
 どうせ閉じ込めておけないならば、一人より、数十人の聴衆に与えるべきだ。と。
 するとその想いに呼応するように、先日物資調達の仕事の際に見かけた、とある小劇場の記憶が甦った。
 石の階段の先に見える、蔦の茂った石壁。木製の重厚なドアの先に広がる、バイオレットホールと呼ばれる小劇場の事だ。
 その近くで小競り合いがあったため、あの時には、そこから逃げ伸びた野良のキメラが住みついていた。近隣の町の人達は、それを魔女と呼び、恐れていた。
 薄気味悪い形をした魔女。
 あれを退治して貰って。多少の修復をして。と、ジャミはスツールを長い足でゆらゆらと揺らしながら、考える。
 そしてマスターは、彼の完成したバッハをあのホールで聴けばいい。他の聴衆に紛れて。
 そう、思った。







●参加者一覧

宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
葵・乙姫(gc3755
15歳・♀・FC
ルリム・シャイコース(gc4543
18歳・♀・GP
壱条 鳳華(gc6521
16歳・♀・DG
恋・サンダーソン(gc7095
14歳・♀・DF
坂上 透(gc8191
10歳・♀・FC
テイ(gc8246
15歳・♂・SN

●リプレイ本文






「そういえば」
 それまで凄いぼんやりと、壁の一点を見つめていたテイ(gc8246)が、突然、口を開き、言った。
「何か、今回のキメラって、魔女とか。呼ばれてるんですよね」と。
 それは実のところ、おっとりタイプであるテイが、依頼を受けてからというもの何かどったどた進んでいく周りの状況に全然ついていけてなくて、呆気に取られているままに、気付いたら、えあれ、もー現地ですか、みたいな所から、今やっと我に返った、という状態だったのだけれど、彼と同じく裏口班として待機していた坂上 透(gc8191)からすれば、それは、何かいきなり電源の入った玩具、みたいな、何かいきなり喋り出した人、で、いやいやいきなりどうした、とか、思わず、覇気のない赤い瞳で、ぼーっとか彼女はテイを振り返っていた。
 そしたら目が合ったテイが、もう一回、言った。
「魔女とか、呼ばれてるんですよね」
 マイペースか。と思った。
 すると、三人目の裏口班の宵藍(gb4961)が、頭に被ったへヴィラー・ヘルムに、装着式LEDライトを取りつけながら、「魔女、ね」とか何か、納得出来ません、みたいな感じで小首を傾げた。「魔女って言われるとさ、黒尽くめの婆さんのイメージなんだよな、俺の場合」
「はーまー、そういうイメージもありますよね。でも確か今回のは、蛇みたいなキメラだとか」
「蛇か。あれってどっから上半身でどっから下半身か分からない所、あるよな」
 冷静な顔つきで話しだした宵藍は、何か凄い有益な事を言いそうな気配があったので、何か凄い戦闘に役立つことを言うんじゃないか、とか、期待したけれど、ふと顔を伏せた彼は、
「だから、伸ばしたもん勝ちみたいな、さ。伸ばした分身長高くなって羨ましいよな」
 と。ポソ、と言った。
 言った。
 確かに聞こえたので、透は何か、じーとか、どちらかといえば確かに小柄で華奢な体つきの宵藍を見た。
 けれど実のところ、思わずポロっと零してしまった自覚が無かった宵藍は、顔を上げた所でじーっとかこっちを見ている二人の視線とぶつかり、咄嗟に自分の失態に気付いたけれど踏ん張って、「とかは、別に思ってないからな」って、思いっきり冷静な顔で逆切れして無かったことにしよーとかしたけれど、全然無理みたいだった。
「大丈夫じゃ、確かに、聞こえたからの」
 覇気のない表情のまま、透が、しっかりと、言った。



 その頃、正面入口の方では、「ふむふむ、なるほどな」とか何か、壱条 鳳華(gc6521)が、ロビー内をAU−KVアスタロトでがしがし、とか徘徊していた。
 どうやらロビーにキメラの姿はないらしい。というのを確認しているのかと思ったら、「ふむ。この色あせた廃墟も昔は素晴らしかったのだろう。バイオレットホールなんて名前からして、私のイメージにぴったりな場所だったに違いない! そしてここで奏でられるバッハか! さぞ美しかろう。そう、私のようにな!」
 とか、全然関係なかった。
「でも弾き手本人の意思を確認してなさそうだったのは、ちょっとねー」
 それを横目に、フローラ・シュトリエ(gb6204)は、ベルトに装着したウォーキングライトで足元を照らしだしながら、どーでもいーけどいちおー言ってみました、くらいの感じで、言う。
「んーつーか正直さ」
 恋・サンダーソン(gc7095)が面倒臭そうに、頭をかいた。「クラシックとか興味ねーッス。どーせならあれじゃね。ゲームのBGMとか、弾いてくれたらいいよね」
 そしたら、
「おお、おお、そんでさ、そんでさ」とか何か、葵・乙姫(gc3755)が彼女の話に乗って頷き、じゃあそこからゲームのBGMの話になるのかな、とか思ったら、「ちょー恋さー、それであれ、キメラさー、どっちが多く倒せるか、つーか、どっちが強いか、やってみよーぜ。な?」
 ってもー、クラシックどころか音楽の話でもない感じで、気付けばマイルドに話を変えていた。
「じゃーあれかよ、負けた方が何か奢りかよ」
「おう、それでいいぜ」
 葵は、気合いを入れるかのように、パチンと掌を拳で打つ。「んじゃーそろそろ、ド派手な合図、行っとこーぜ」
「あ、待って。裏口班にも連絡を入れるから」
 葵の言葉に無線機を取り出したフローラは、一同を見渡す。黒と白を基本としたオリジナルデザインの修道服に、豊満な体躯を包んだルリム・シャイコース(gc4543)と、ふと、目が合った。「ええ、いつでも構いません」と、彼女は勝ち気に釣り上がった青い瞳を細める。
 懐から閃光手榴弾を取り出した葵が、館内への入り口ドアの取っ手に手をかけ、投げ込むタイミングを計った。
「こちら正面班。これよりロビーから閃光手榴弾を投げ込むわ」
 フローラが、ちらり、と葵を見やる。一瞬の間のアイコンタクト。暗所に慣れた敵に、まずは一発!
「っし、それじゃキメラ撲滅キャンペーンスタートっ!」
 バッと勢い良く両開きの扉を開き、素早くピンを抜いた閃光手榴弾を投げ込む。すぐさま扉をきっちりと締め、背中で動向を窺いながら待つこと暫し。
 凄まじい音が館内に轟き。

 ――ぎギギャアああ!!

 そこへ来てやっと敵の襲撃に気付いたらしいキメラの雄叫びが、能力者達の耳をつんざく。

「耳触りな声!」
 覚醒状態に入ったフローラが、不愉快そうに眉を顰めながら勢い良く内部へ突進して行く。銀色の紋様が浮かび上がった手で、機械剣「ウリエル」を一振りすれば、「神の光」とも謳われる眩い光を放つ超圧縮レーザーが、ブウン、と。
「正に悪魔の落とし子の如き姿、浄化してくれましょう」
 その後を追って館内に踏み込んできたルリムの両手に装着された双篭手シザーハンズの刃が、その神の光に反射した。ギラっと残酷に、ぞっとするほど鋭く、美しく。
「さーって、サクっと片付けるぜー」
 両手に構えた美しい銀色の小銃「S−01」を掲げた葵が、座席の上に乗っかり、声を上げる。「たまには二挺拳銃もカッコよくね?」
 とか何か恋へのアピールをした葵の背中には、青い光で模られたトンボのような羽根がちらつき。
「はいはい言ってろって」
 一方、覚醒と共に刀身が不気味な赤色を放つ「鬼蛍」を手に、通路を突き進んでくる恋の背にもまた、同じような羽根が光を帯びていて。
 まるで小柄な妖精のような二人が視線を交わし合う中、その間のスロープを、ライトを煌々と点けたブルーのアスタロトが、装輪走行でズダーッッ! と走り抜けて行った。
「こう座席がいっぱいあってはAU−KVでは戦い辛い、が! スロープを抜けて舞台へ行けば問題なし! 決着は舞台でつける!」
 そうして鳳華が目指す舞台上では、美しい身のこなしで月詠を抜いた宵藍が、覚醒の影響で瑠璃色に変化した瞳で、舞台下の醜いキメラ達を凛と、見下ろしている。
「さて、ペルセウス気取りで行ってみるか」
「援護します」
 神聖な雰囲気を持つ白色の天銃エンジェルFを構えたテイが、上手からキメラへと照準を定め。
 と思ったら、
「飛び道具はあんまり、好かんのぅ」
 とか何か相変わらずのんびりした様子で下手に居る透が言い、彼女は何をしているかと言えば、小柄な体で物凄いでかい舞台装置を抱えていて、どうやら豪力発現を発動しているらしい、というのは分かるけれど。
「え、何してるんですか」
「適当にその辺の物を集めてバリケードのような物を作っておる」
「いや、え」
 とかいうその間にも、舞台下の戦闘はどんどんと加速していく。

「付近の住民は、近くにキメラが棲み付いてるとなると気が気でないでしょうしねー。悪いけど、キッチリ仕留めてくわよ!」
 フローラは、薄闇の中を素早く移動し、舞台上を目指した。事前に劇場の構造や通路については、調べてある。突入時にどう動けばいいかは、全て、頭の中に出来ている。けれど前方には、進行を阻む、キメラの図体がぎゃあ、と大口を開け、待ちかまえていて。
 追いつかれたと思ったのか、尻尾を振りかぶり攻撃してきた所を後ろへ飛び跳ね、避けておいて、電波増幅を発動する。
 ずりり。と相手が、何だかとっても重たそうに体制を立て直している間に、脚爪アクアによるキックをお見舞いし、次の攻撃で腹を切り裂いてやるわ! と、ヒットアンドアウェイの法則で、後退しようとしたら、キメラの頭から伸びて来た長い髪がその脚にすかさず巻きついて来た。
 どしん、と尻餅!
「いたー! ちょっとちょっと何すんのー!」
 憤慨した彼女は、ウリエルでその髪の毛をぶった斬る。
 そしてすぐさま、戦闘用旗袍の白い裾をはためかせ、飛び跳ねるようにして体制を立て直した後、回転するようにしてウリエルのブレードをその首へと叩き込んだ。
 中途半端に切れた首から、吹き出して行く血の横を、黒い修道服の裾をひらひらと揺らしながら、ルリムが駆け抜けて行く。
 シザーハンズの刃で、向かってくるキメラの髪の毛を豪快に切り飛ばしながら、懐へと接近し、瞬即撃を発動した。腹の辺りへ叩き込まれた膝蹴りにキメラが気を取られ、フォースフィールドで弾いた瞬間、彼女のシザーハンズが、牙を剥く。
 急所突きの効果を受けた刃が、敵の目に思い切り、グチャアッ! と突き刺さり。
 ――悪魔の使いなど断じて許しません。
 顔の半分を覆う、黒いレースの向こうで、ルリムの感情の無くなったかのような青い瞳が冷たくキメラを見つめ――。ぐ、と利き手に力がこもった。刃が顎へと向かい、キメラの顔面を残酷にも切り裂いて行く。
 ――浄化完了。次の浄化へ移ります。
 とか、わりと凄い事やっといて冷静なルリムの背後を、疾風を発動した葵が、敵を翻弄するように跳ねまわっている。
「ほらほら、こっちだぜ?」
 あっちの壁からこっちの壁へと移動して、ずりりずりり、と向かってくるキメラへS−01の弾丸を放つ。ダンダンダン。フォースフィールドにめり込んでいくようにして、撃ちこまれて行く弾丸が、キメラの髪を打ち落とし。
 けれど何故か、命中する度、どうしようもない物足りなさばかりが、どんどんと募った。
 オレはやっぱり。
 抜刀・瞬を発動した葵は、小銃を蛍火と素早く持ち替え、じりじりとしか迫って来ないキメラの懐へ飛び込んで行く。
 この両手に、敵を切り裂く確かな実感が欲しい!
 すかさずキメラの髪の毛がシャーッと伸びて来て腕に絡みついてくる。「甘ぇんだって」
 それを利き手とは反対側の腕で受け、ぐい、と引っ張る。噛みつかれてチリ、と走る痛みすら、スリルを味わわせてくれる快感で。
 飛び込んできたキメラの首に、渾身の力で蛍火の鋭い刃を突き刺し。引き抜き、もう一度、突き刺し!
「おー、オレはやっぱこっちの方がいーや」
「うっし、こっちは二匹目!」
 座席から飛び跳ねた恋が、ぺろっと葵に舌を出し、両断剣を発動した鬼蛍の赤い刃をキメラへと振りおろす。すかさずキメラの長い髪の毛が巻きついて来て応戦し、じりじりと力比べの様相を呈し。
「ほらもっとドキドキさせてくれよなぁ!」
 また、別の髪の毛が襲ってくるのを、後ろにすっと後退することで避け、反対側の手に構えた獅子牡丹で、髪を斬り払う。
 獅子を模った金色の鍔が薄闇に瞬く間にも、彼女は流し斬りを発動し、キメラの側面へと回り込むと、その心臓辺りを目掛け、渾身の一撃を打ち込こんだ。
「案外いけるな」
 ビチャアッと飛び跳ねた返り血を受けながら、彼女は飄々と、呟く。


 一方その頃舞台上では、援護射撃を発動し、仲間の援護をするテイに向かい、覚醒の影響で、びっくりするくらい腹が減って行くらしい透が、「食べ物持ってないかの」とか何か、聞いていた。
「いや、え、食べ物、ですか」
「ギブミーチョコレートじゃ」
「いやチョコ、えいやもっ、持ってないですね」
「なんじゃテイ。我のようなカワユイ子供の願いも聞けんと申すか、冷たいのぅ」
 って言ってる目が、どんより据わり、もーマジだ。
「いや、本当に持ってないですし、あと、あの。キメラが」
 って言ってる傍から、舞台上にキメラがもー来た。
 そして「うわわわ!」って慌て出したテイを尻目に、ゆらーってそっちを見た透が、突然小銃「ブラッディローズ」を取り出し、気付けばもー撃っていた。
「え、飛び道具、嫌いなんじゃあ‥‥」
「嫌いに決まっておる。が、それとこれとは話が別じゃ。便利な物は使わんと勿体無かろう」
 って言ってる間にも、また、撃った。
 ドブウッと、放たれた弾丸が、キメラの髪の毛蛇を豪快にバッチャア! とか吹き飛ばし。
「ほれ、援護せい」
 そしてまた、ダーン! と。
 なのでテイも負けじとエンジェルFの弾丸を放ったのだけれど、今まで凄いやる気を見せていた透が、突然、ふっと銃を下ろした。
「ん。よし。後はおぬしがやれ」
「え」
 テイは思わず、ぎょっとして振り返る。
「な、ど、え? どういう事」
「腹が減った。我はもー動けん。あんな中途半端に人間のようななりをしたキメラに、プリティーチャーミーな我が襲われ、怪我でもしたらどうする。おぬしも出来るんじゃ。あとは任せた」
「えー!」


「さー。そうこうしている内に、そろそろ終盤だー!」
 キメラの妨害を受けつつも、やっとこさ舞台上に辿りついた鳳華は、残ったボス格キメラと対峙する。
「さて、まずはその気味の悪い髪を撃たせてもらおう! まぁ、私の剣は少々抑えが利かないのでね、そのまま両断してしまうかもしれないがな!」
 そして竜の角により知覚の威力を高められた、大剣「ウラノス」を振りかぶり。
 けれどブウンッと相手の丸太のように太い尻尾が、振りむきざまに、鳳華を攻撃する。
「おっと、させるか!」
 彼女は装輪走行で、ズシャアとそれをかわした。
 と。
「加勢する!」
 宵藍が、踊るように軽やかな身のこなしで、舞台上へと飛び上がって来た。すかさず、その月詠の繊細にも見える刃から、ソニックブームの衝撃波を発生させ、キメラへと命中させる。ばあん、とその体を守るようにして出るフォースフィールドと激突し。
「さー! 終劇の時間だ! 貴様らの血でこの舞台を再びバイオレッドに染め上げよう! Un Violette a rose!」
 バイオレッド色の薔薇! と声を荒げた彼女の振りかぶる、天の御剣とも謳われる荘厳な青色の刃が、キメラへの追撃を打ち込む。
 その更に後方から、高く舞い上がり、月詠を振りかぶる宵藍の華奢な体躯は、紅蓮衝撃の影響で、妖艶な赤い炎に包まれているかのような、オーラを纏い。
「とっておき、貰っとけ!」
 しなやかな軌道を描く直刀が、するり、と躊躇いなくキメラの首に斬り込んだ。ぶんっ、とその静かな動きとは裏腹に、勢い良くキメラの首が飛ぶ。
 とん、と着地した宵藍は、ゆっくりと息を吐き、折っていた膝を立てた。
「メドゥーサも首斬られてエンドだったよな」
 鞘へと刃を収めながら、冷たく朽ち果てたキメラを見下ろした。