タイトル:霧の中の礼拝堂マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/21 23:57

●オープニング本文








 お昼の書き入れ時を終えると、クラシックマニアのマスターが営む喫茶店内は、すっかり鑑賞会の会場になる。
 店の木製のドアの前にかけられた札をクローズに裏返したマスターが、その日の気分で一枚を取り出し、BGMと言うには大きすぎる音量で曲をかける、というそれだけなのだけれど、その事を知っていてあえて訪ねてくる常連客も居るくらいの、内輪名物でも、あった。

 そして今日は、ジュゼッペタルティーニの、あの悪名高いヴァイオリン・ソナタが、鳴っている。
 シイの大好きなギノシェイミーの、あの美しく気高い音が、第一楽章のラルゲットアフェットゥオーソの、何処か甘みのある母性のようなメロディを、まさしく愛情のこもった優しさを滲ませた音で弾き終え、曲は第三楽章へと移っていた。
 聴いているだけで悪寒が走るような、至難のトリルの連続を、録音された音源なのだからまー当然といえば当然なのだろーけれど、毎度破綻なく、毅然とした美しさを持って奏でて行く。
 雇われバイトのウェイターであるシイには、この間にやることが山ほどあったし、今日はお客さんが居なかったので、注文を受けに行くということは今のところなかったけれど、いつ常連客が姿を現すか分からないし、それでなくても夕方の開店に向けての準備もしなければならなかったし、だから露骨に仕事をさぼるわけにはいかなくて、でもやっぱり気付けば音を耳で追っていて、そもそも人前で大々的に音に酔い痴れるわけにもいかないから、じっとシンク台の端を握りしめて、時折ぎゅっと眉を潜めることで、溢れだしそうになる快感を堪えて、耐えて、耐え忍んだ。
 それでも、彼の音は本当に偉大で、苦しいトリルを抜けた先での心地よい高音がビシーッと決まった瞬間には、う。と、何かもー、一瞬、意識が飛んだ気がした。

 曲が終わると、シーンと静まりかえった店内で、ほっと息を吐くような余韻を楽しむ。
 と。思ったら、今回は自分で立ち直るより早く、「いやだ相変わらずハシタナイわ、シイちゃん」とか何かいう若干オネエ言葉の男の声に、現実へと引き戻された。
 目を開いたら、銀縁眼鏡のインテリ美形の顔が目の前にあり、それはつまり、シイのヴァイオリンの師匠でもある、リヴァス先生の顔だった。
「こんな悩ましい顔してイってるウェイターをカウンターに置いとくとか、どーなのマスター」
「まずいかな」
 よっこらしょ、とか立ちあがったマスターが、別に興味ありませんけどイチオー返事しときます、みたいに、言った。
「まずいわよ。っていうか、そんな顔してあれでしょ、シイちゃんアタシのこと誘ってんでしょ」
「それは、はいとか言ったらどーなっちゃうんですか」
「そりゃあアタシは、シイちゃんなら抱いてあげてもいいからー」
 とか言った銀縁眼鏡の奥の切れ長の目が、意味深にこっちをちらっ、と。
「はー」
 ってそれを見つめ返して、「でもそれは奥さんが怖いんで、やめときま」す、のすと被るくらいの速さで、「うんそうね」とか、先生はもー引き下がった。
「先生」
「うん何」
「別にいいんですけど、自分で言っといて速くないですか」
「だってあの人、嫉妬の鬼だし、思い余って相手とか刺しちゃうんじゃないかな、みたなとこあるから、やめといた方がいいわよ」
 って物凄い淡泊な人に見られがちだけど、事恋愛の事に関してだけ言えば、意外と嫉妬深い所、というか、先生曰くの思い余って人とか刺しちゃうかも知れない一面、が、自分にもあることを最近気付いて、尚且つ、全然幸せになれていないシイは、先生がそれを嬉しそうに言ったっていう時点で何かもー腹が立ったので、「嬉しいんですか」ってちょっと馬鹿にしたような顔で言ってやったのだけれど、普通に「嬉しいね」って返されて、シイはもー負けた気がした。
「ところで、バッハの方はどうなってんの」
 マスターの入れた珈琲を口にしながら、先生が言う。
「まー、ぼちぼちです」
 戦時中という状況で、西洋音楽の楽譜なんていう生きていくのに最低限必要でもない贅沢品は、大々的に新たに産出されていく事もなく、それらに興味がある人々の中で、写譜などの原始的な手によって細々と出回り、値段が高騰するものは高騰して、特に巨匠の名曲といわれる楽譜などは、クラシック好きでしかないただの人達には、本来、中々回ってこない。
 それがとある依頼で手に入った幸運に喜び、シイはまさしくとりつかれたように練習をして、すると友人のジャミが、良く分かりもしないくせに、それは是非皆に聴かせるべきだ、とか言い出したので、わりと面倒臭い事になりつつあって、でも万が一聴かせる事になったりしたら、生半可な物を出したくないという思いもあるので、もう少ししたら先生には聴いて頂くつもりをしていた。
「まーどーせ、シイのヴァイオリンなんか、アタシはおろか、シェイミーちゃんの足元にも及ばないから、気楽にやったらいいと思うけどね」
「まーそれはそうだと思うんですけど」
「思うんですけど、何よ」
 と言われても、何もないので、困る。
 シイはちょっと俯いて、じゃー何か探した方がいいのかなーとか思っていろいろ考えたけれど、やっぱり何も見つからなかったので、そこはマイルドに話を変えることにした。
「っていうか僕、ギノシェイミーのバッハって聴いた事ないんですよね。バッハに関しては録音がないし」
「あ、そうかー。たまにやる演奏会でしかやってないかな、そういえば」
「はいそうなんです」
「聴いてみたいんだ?」
「はい、聴いてみたいです」
「じゃあ、言ってみてあげてもいいけどね」
「え」
 とシイは一旦停止し、次の瞬間カウンターから痩身の体を思いっきり乗りだした。「真面目ですか」
「でもまー、簡単にはうんとは言わないと思うよ、あの人もわりと気難しい人だし」
「あ、ですよね」と、体を戻す。
「でも何か、ここでバッハをやってみたい、とか、前に言ってた場所があるんで、そこでならギャラなしでもやってもいいよ、とか言うかも」
「え、真面目ですか」
「真面目ですよ」
「ちなみにその場所っていうのは」
「レンドルア邸跡地にある礼拝堂。今、屋敷はもうないんだけど、礼拝堂だけ残ってて、そこがまた、アクリルと水晶と大理石でできた、透明の美しい礼拝堂でね」
「はー」
「でもキメラが居るのよ。住みついちゃってるのよ」
「あー」
「細長いアーモンドみたいな形をしたキメラが、ふよふよ浮いてるの」
「気持ち悪いですね」
「気持ち悪いわよ。またそのキメラも表面がダンゴムシみたいで、気持ち悪いらしいし」
「でも、そこでならバッハ弾いて貰えるかも知れないんですよね」
「まあ、そうね」
「じゃあ」
 と呟いて、シイはちら、っとマスターの方を見やった。
 また、依頼費用折半して、討伐のお願い、しませんか。
 って口には出さないけど、じーとか見て、とりあえず、訴えてみることにした。







●参加者一覧

比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
桐生院・桜花(gb0837
25歳・♀・DF
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN
イスネグ・サエレ(gc4810
20歳・♂・ER
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
ルティス・バルト(gc7633
26歳・♂・EP
葵杉 翔太(gc7634
17歳・♂・BM

●リプレイ本文





「おぉ? 全部透明な礼拝堂ー! なんか綺麗だー!」
 とか何か、きょろきょろと辺りを見回していた緋本 かざね(gc4670)のおでこが、次の瞬間、ゴンッ、といった。
 そんな馬鹿な、と思うくらい、油断しきった、物凄い痛そうな音だった。
 礼拝堂の外は深い霧で、尚且つ内部の壁や柱が透明であったから、どうやら気付かなかったらしい。思いっきり目の前を歩いていた彼女が、そんな事になったものだから、比良坂 和泉(ga6549)は、あー気の毒だなあ、とか思って、その誠実さの滲む顔に、同情の色を浮かべた。
 浮かべたのだけれど、バッと、ツインテールに束ねられた髪の毛がぶつかりそうなくらいの勢いで振り返った彼女と目が合った瞬間、ぎょ、として顔を伏せた。
「見て‥‥ましたよね!」
 もー誰も笑ってくれないんで自分で笑いますね、くらいの、清々しいくらいに残念な笑みを浮かべたかざねは、どういうわけか、サムズアップを。
「い、いえ。見てません」
 女性への免疫力が、どうにもびっくりするくらい低い和泉は、「失態を見たなんて言って女性を傷つけてはいけない」という、素朴かつ真面目な性格も相まって、もーさっさと、逃げた。
 けれど。
「いやーフツーに見てたんじゃないですかねー」
 オリジナル仕様らしいカメラを片手にした未名月 璃々(gb9751)が、どーでもいーですけどーくらいの覇気のない口調で言ったわりに、「思いっきり」と、付け加える。
「何なら後で証拠の写真とか、現像して送ってもいいですけどー」
「と。え、と、撮ってたんですか」
 さっさと渡り廊下を歩きだしていた和泉は思わず未名月を振り返った。
「はいー。先程外観も撮影しましたし、内部ももちろん撮りますよー。レンドルア礼拝堂。良いですねぇ、風情があります」
 するとそこで、ちょうど真横を歩いていたモココ(gc7076)が、のんびりとした仕草で辺りを見回しながら、「確かに綺麗な場所です」とほんわりと控え目に微笑んだ。「でも、こんなに綺麗な所を汚すキメラは許せないです」
 引っ込み思案らしい彼女が、ポツンと呟いた言葉が、すっかり今しがたの出来事を流してくれたことに感謝しながら、和泉は「それにまあ、これも人助けってことになるんでしょうしね」と、苦笑を浮かべながら、依頼についての感想を述べた。
 誰にかと言えば、隣を歩いていた男子イスネグ・サエレ(gc4810)にで、「でもそれにしたってあの依頼人の人の音楽好きも相当ですよね」と、更に続けて、顔を見た。
 わりと、じっと。
 返事を待っていたのだ。
 って思いっきりガン見されて、絶対喋り掛けられてるだろ、って状況なのに、サエレは、何かぼーっと前方を見たまま、暫くとことこと歩いていた。何を見ているかと言えば、修道会や教会で使われる僧衣を着こみ、先頭を切る桐生院・桜花(gb0837)の事で、あの衣服が気になるのかな、でもまあ礼拝堂だし、とか何かいろいろ思ったけれど、思ったからといって、沈黙されたままの状況は何も変わっていない。
 あ何かこの感じどうしよう、とか俄かに和泉が焦り始めた所で、サエレが、突然、ゆらーと振り向いた。
 そして目が合うと、ハッとしたようにちょっと体を仰け反らせ、「え。あれ、何ですか」とか何か、言った。
 ん? もしかして、天然ですか、と思った。
 とかいう困惑が、顔に出ていたらしい。サエレが頭をかきながら、苦笑して説明をしてくれた。
「もしかして話しかけてくれていましたか? いえ、すいません。悪気はないんですけど、ただたまにちょっと、意識が飛んじゃう事があって」
 でも、え、大丈夫ですか、と思った。
「何にしても、神秘的で美しい場所こんな場所で演奏をしてみたいって気持ちはとても良く、分かるわ。これはもう退治してあげるしかないでしょう」
 そこで突然、実は話を聞いていたらしい桜花が振り返り、チョーカーの十字架を握りしめ、うっとりとしたような速度の遅い瞬きをする。
「え」
 そんなちょっと荘厳になった雰囲気の中に、サエレの驚いたような声が、響いた。
「どうしたんだ?」
「えー! ここのシスターさんじゃないんですかー!」ってむしろ驚きな発言をしたサエレに、「えー! ここのシスター様だと思ってたんですかー! そんな馬鹿なー!」って、ついさっき、思いっきり「そんな馬鹿な」としか思えないような、激突をしたかざねが、反応した。
「ああ、修道服を着てらっしゃるものですから、元ここにいらっしゃったシスターの方が、ご案内してくれているんだとばかり」
 って言ったサエレと桜花をフレーム内に収め、未名月が、パチリとシャッターを。
 何で撮影したんだ。とか思った矢先ゆらーと和泉を振り向いた未名月が曰く。「記念です」
「私は、小隊マジカル♪シスターズの一員でもあるし、場所は礼拝堂でしょ。外見はやっぱり、シスター風よね」
「あとあとー」
 かざねが、ワンコの尻尾のようにツインテをわったわった揺らしながら、桜花の周りをクルクル回った。「気持ち分かるって言ってらっしゃいましたけど、桜花様は、ヴァイオリンが弾けるんですかー!」
「んーまあ。ヴァイオリンは『いいとこのお嬢様』のたしなみよ。ついでに弓道もね」
「わーすごーい」
 ってやたら意味不明にテンション上がったかざねは、すごーいとか何か歌いながら、くるんくるんスキップして階段を登り、挙句。
 ゴンッ!
 そんな馬鹿な。と思った。
「うーいてて」
「その扉は絶対分かりそうなものですけどねー」
 またパシャ、とシャッターを切った未名月が、全然心配してないみたいに、言った。
「あと今、扉の向こうの礼拝堂内部に過った影‥‥あれ、キメラじゃないですか」
 モココが、おずおずと指し示した先に。
 確かに、何やら黒い物体のような物が、一瞬、見えた。





「それじゃあ、行くわよ」
 扉に手をかけた覚醒状態の桜花が、仲間達を振り返る。その右目は青い光を発し、左目は赤い光を発していた。
 SMGターミネーターにペイント弾を装着していたサエレが、顔を上げ、頷く。
「キメラペイントは任せて下さい」
 その背後では一応覚醒状態に入っていると思しき変化を見せている未名月が、「じゃああと、私の護衛もお願いしますねー」と、炎を想わせるような金色にも赤色にも見える瞳を細めながら、ゆらゆらと手を振る。
「じゃあ俺も、ガーディアンとして協力しますよ」
 太陽神の名を冠した、光り輝く太陽のような形状の盾「ハイペリオン」を構えた和泉は、覚醒状態に入り、言った。その瞬間、両肘から若草色の闘気が噴出し、犬歯がズズと伸びた。顎の辺りまである髪が、ぶわ、と風を受けたように舞う。
「じゃあ‥‥私もそろそろ覚醒を」
 モココが呟いたのを見て取って、桜花が、祈るように一瞬、エレキバイオリンの形状をした超機械ケイティディッドを握りしめ、頷いた。
「巨大虫は人並みには苦手だけど‥‥やるっきゃない。さあ、行くわよ、桜花」
 って言った瞬間、「え? 巨大虫?」とか間の抜けた声を出したのはかざねで「そうですよ。甲殻がダンゴムシみたいなアーモンド形の」とか何かサエレが、親切に説明をしたのだけれど、最後まで聞かず「え、ダンゴ虫? え、アーモン‥‥え、虫なんすか! アーモンド形の虫なんすか! 何で、だま。クソー! 騙されたー!」って、切れた。しかも何か、その勢いで、ぶわ! とか何か覚醒し、結んでいた金髪が解け、若干薄い緑色に代わり、全身に淡い光を纏いながら、ムーっ! とか、完全に扉の向こうを睨みつけ。
 バッ! と扉が開かれた。
 瞬間、飛び出たのは、何と、モココだ。
 青黒色の篭手に、月牙の付いた武器「ストライプBS」を装着した腕を突き出し、ふっと姿を見せたキメラへ、勢い良く突進して行く。しかしキメラも、敵発見! とばかりに、すかさずパカッと甲殻を開き、そこからさっそくビーッとか、幅広の閃光を出し、攻撃してきた。
 瞬間彼女は、小柄な体躯を活かし、地面に寝そべるようにしてその攻撃を避ける。
 背後に居た和泉へと閃光はそのまま飛んで来て。
「おっとっと‥‥あまり好き勝手やられても困りますね!」
 ハイペリオンを突き出し、ドオンッ! とぶつかって来た衝撃を、足を踏み込み、耐えた。
「アハハッ! すっごくすっごくイイ! もっと楽しませてよ!」
 その隙に、ストライプBSの三日月のような刃を、グズリッと、その内部の肉へと差し込んだモココが、高らかに、笑う。
 どうやら覚醒すると完全に性格が変わってしまうらしい。
 そこへ、ズダダダダ、と、凄まじい勢いでSMGターミネーターの銃声が轟いた。サエレが空を俊敏に移動するキメラへと、ペイント弾を放っているのだ。
「あーまるでホタルみたいで、見えやすいですねー」
 って、サエレの後ろですっかり悠長な未名月は、自分だけしっかりディフレクト・ウォールで抵抗力を高めて、尚且つ、より、安全な場所へとちょこちょこと移動を重ねている。
 その前を、「わーホタルみたーい。光ってるー、綺麗ですねー! とか言うわけないだろコノヤロー!!!! ぎゃーでたー! 虫嫌ー!」とか何かすっかり騒がしいかざねが通り過ぎ、ビーっとか出たキメラの攻撃を、「回転舞こぷたー」って、回転舞を発動し、避けていた。
 彼女の手にあったはずの白く美しい槍セリアティスが、一瞬何もない場所に固定されたようになり、それを支点にした体がグルウンと回転し、攻撃を回避したのだ。
「今度はこっちから行くわよ。さあケイティディッド‥‥電磁波を響かせなさい!」
 そんなキメラの攻撃後の瞬間を狙い、ヴァイオリンを構えるように超機械を構えた桜花が、躍り出る。
 ネック側面にあるスイッチを、ポチリ、と押し込んだ。ジジジジ、と敵の周辺に強力な電磁波が発生し、ヒットした攻撃にキメラが、ボトっと。
 しかし。
「今度は頭上よ!」
 モココが叫ぶと同時に、すかさずビッーっと、桜花の頭上へ閃光が振って来た。
「くッ!」
 片腕に微かに攻撃を受けながらも、床を転がり、攻撃を回避する。そしてシュタッと、方膝立ちになった彼女は、「ええ、そうね」と荒い息を吐きだした。
「飛んでるっていうくらいだから頭上もだったわね。でも残念。私は体力あるし活性化も使えるし、多少傷つくのは必要経費よ」
「その経費、使わせて貰うね!」
 疾風脚を発動し、脚の膝から下を淡く無色透明に光らせたモココが、もうキメラの背後に迫っていた。
「キミの敵はこちらだよ。何処を見ているのかな」
 脚爪「クーシー」を装着した足でふよふよ浮いているキメラをぶっ飛ばし、油断したまま裏返った所を、急所突きを発動したストライプBSの刃でブスリッ! と。
 そして、さあ、次だ! と振り返った瞬間だった。
 浮かんだキメラが、赤い目をぎょろっと向けてモココを見つめた。
 ズン、と脳の深い所に衝撃を受け、ハッと気付いた時には何故か目の前に、もう死んでしまった筈の姉が立っていて‥‥。
「そ、そんな‥‥なんでここにいるの!? だって‥‥あなたは‥‥」
 とかいうその隣では、同じく赤い瞳の睨みを受けたサエレが、
「まぁ、すわって」と、絶対座れないキメラに向かって意味不明な事を言い出し、「ねえきみ、いつまでもこんなことしてちゃダメじゃないか」とか何か、全然キメラは座ってないけど、腰に手を当て指を突き出し、説教を、始めた。
「まずい、混乱してる!」
 どっからどーみても、もー混乱以外何物でもない二人の状況にいち早く気付いた和泉は、一先ず仁王咆哮を発動し、眼光を飛ばすことでキメラの気を。
 引こうとしたのだけれど、その前を。
「混‥‥乱‥‥こ、私は混乱などしてなーい! なぜなら普段から混乱してるようなものだからだー! じゃー、アーモンド、いただきまーす!」
 って真面目に混乱してるのかしてないのか、判定が微妙なかざねが通り過ぎて行き。
 いや、やっぱりアーモンドって言ってしまってる辺り混乱してるんじゃあ‥‥。
 いやいや。いけない。そこじゃない。今やるべきは、戦闘に集中することだ。と、むしろそこに惑わされそうになりつつも、和泉は仁王咆哮を発動した。
 ガッと圧倒的な存在感を持ったその眼光に、キメラ達の気がハッと向く。
「さあ、混乱は終わりよー」
 桜花が、すぐ傍に居たサエレに接触し、キュアを発動した。
「終わりですよー」
 まーしょーがないので、未名月も、キュアを発動した。こちらはモココに。
 その間に桜花が、動き回るかざねに四苦八苦してキュアを発動しようとしたけど失敗し、立ち直ったサエレが結局、「今助けますよー」と、ひまわりの唄を発動した。
 瞬間、その痩身の体に、白く淡い光が灯る。
 意外に美声の歌声が礼拝堂内に響き、かざねの体や傷を負った桜花の体が、白い光に包まれて――。
 ハモるように聞こえてくるのは、未名月の歌う、子守唄だ。
「くそっ。キメラめ。もう惑わされない! 残りのやつ、さっさと片付けてやる!」
 先んじて立ち直っていたモココが、またその体内に宿る狂気の欲望のままに、眠ったキメラへと攻撃を開始した。
「では私はこれを試してみましょう」
 先端に、黄金に輝く玉のついた杖型の超機械「ヘスペリデス」を構えたサエレが、つかつかと眠っても浮いているキメラへ近づき、ビリビリと、した。
 ビリビリすると弱点の口が開くかもしれない、とかまー、冗談のように思ったからやっただけだったのだけれど、冗談のように本当に、キメラの硬く閉じていた甲殻が、何か顎外れた! みたいに、突然、バイン! と開いた。
 瞬間キメラは目覚めたのだけれど、
「ハッ開いた! 今だ! いくぞー! 私を期待させた罪は万死に値するー!」
 ってすかさずセリアティスを構え突進してきたかざねに後は任せることにして。
 また次のキメラに、ビリビリ。バインっ! と。
「え、何これ、ちょっとおもろ」
「さー! 偽アーモンドめ、アーモンドチョコに謝れ―! っていうか、謝ってもゆるさーん!」
 またかざねが、サエレがバインッさせたキメラへ、突進してくる。
「いやどっちですかー」
 変態キメラ全集の気持ち悪いカテゴリーに登録するため、討伐後のキメラの内部だとか何だとかを熱心に撮影していた未名月が、思わず、といった様子で突っ込んだ。




「う〜ん‥‥やっぱり汚れちゃいましたね」
 すっかりまた、大人しいほんわかした女の子に戻ったモココが、礼拝堂内を見渡し、苦笑いを浮かべた。
「はーい。じゃーお掃除手伝いまーす」
 隣でかざねが声を上げ、「行きましょー」と、走り出す。
 それに続きながらサエレは、「いい演奏会になるといいですね」と、和泉や桜花、未名月に笑顔を向けた。