タイトル:偏平足の舞踏マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/26 18:05

●オープニング本文








 その大っ嫌いなシャンプーの匂いが、ぶわ、と頭上から襲って来た時、シイはこれは一体どーしてしまったんだろー、と、まず、自分の頭の心配をした。
 あるはずのない匂いがしたということは、これは、幻聴とか、幻覚とかの何か、それらしい幻の何かで、だから、バッハばっかり毎晩弾いて、音符と五線譜ばっかり睨んでいたから、とうとう頭がおかしくなってしまったんじゃないか、と焦った。
 そしてどうせ幻なら何かもっと素敵な物でも良かったはずで、何故わざわざ嫌いなシャンプーの匂いなのか、とまずそこに腹が立った。

 昔、バカみたいに声をかけられてほいほいついてって、朝になってかえろーとか思ったら、家の持ち主が鍵を持ったまま出かけてしまって、え、これどーしよーとか途方に暮れた挙句、相手に電話をして確かめてみたら、「じゃあ帰るまで待ってて」とか言われて、はーじゃー待ってます、とか思って、気付いたら何かいつの間にか夜ご飯とか一緒に食べてて、何やかんやして、また朝になって、そしたらまた相手は鍵を持ったまま出て行って、え、とか思ったけどやっぱり、人様の家で鍵をかけないで出て行くわけにはいかない、とか何か逡巡した挙句、その日も大人しく待ってたら、帰ってきた相手と気付けばやっぱり何か夜ご飯を食べていて、何やかんやして、また朝になって、と繰り返し、ふと五日目くらいに、これは何か、まずいんじゃあ‥‥とか、やっと焦りだした。
 と、そんな間抜けな経験をシイはしたことがある。
 その男の人の家で使われていたシャンプーは独特の匂いがして、つまりそれが、今嗅いでいるシャンプーの匂いだった。
 でも今のこれはきっと幻で、そのわりに匂いは思いっきり自己主張していて、幻としての身の程を全然わきまえていない。
 臭い。
 臭い。
 くさーい!
 とか何か、ハッとして悪夢から目覚めたら、そこに何か、ジャミの端整な顔が、あった。
 どうやらこの匂いは幻でも何でもなくて、喫茶店の奥にある四人掛けテーブルのソファで横になるシイに、圧し掛かるようにして座っているジャミから、発せられているようだった。
 いつもする甘い香水の匂いの代わりに、風呂上がりらしい髪から、強烈なあのシャンプーな匂いが、また、プン、と漂ってくる。
 何かもー、苛っとした。
 なのでじーとか、とりあえず無言でその発信源を見つめた。
 そしたら覇気も生気も余り感じさせない切れ長の目が、じーとか見つめ返して来た。
「やあシイ、起きたんだね」
「はい、お陰さまで起きました。そして何してるんですか」
「んーそうね、寝てる人が居たから何かとりあえず圧し掛かっておこうかと思って」
 痩身の美しいスタイルの肉体と美しく整った顔があって、生活臭とか覇気とかがない薄いこの美男子は、意外と女性と一夜を共にする気力、とかは無駄にあって、けれどモラルがなく、おまけに遠慮も節操も持続力もないので、良く女性にしばかれたり、怒られたり、泣きつかれたりしている、ということは知っていたけれど、こういう意味でも節操がない、という可能性については全く考えていなかった。
 けれど、どういうあれでもそれはジャミの自由だったし、そもそも人様の事を言えない所があるので、「はーそうですか」と、シイはとりあえずそこは細心の注意を払い流しておいて、「じゃあとりあえずどいて下さい」と、お願いをした。
「シイは、このシャンプーの匂い、嫌いなんでしょ」
 そしたら全然お願い聞く気ありませーんみたいに、一歩も動かないジャミが、そのままの体勢で言った。
「言ってましたっけ」
「まあね」
「はーそうですか。じゃあ、あの、嫌いです」
「そう思って彼女の家のシャンプーをわざわざ使って来てあげたんだよ」
「それは何か、会話がおかしい予感がするんですけど」
「気のせいなんじゃない」
「何か、怒ってるんですか」
「別に怒ってないけど」
 とか、本当に何を考えているのか分からない顔で言われたら、もーそれ以上踏み込めない。
「あー」とか何か目を逸らして、「なら良かったです」とかもごもご、言った。
 それで顔を上げたら、ジャミがまだじっとこちらを見ている。
「凄い今、あっさり引き下がったね」
「はいまー、わりとあっさり引き下がります」
「嘘かもしれないのに?」
「嘘なんですか」
「気になる?」
 とか、全然どーでもいいんですけど、くらいの調子で言われても、何故そんな事を聞いてくるのか、シイには真意が全く分からない。
「えーっとじゃあ、気になります」
「どうして?」
 聞かれて考えて、思い当たったけど言いたくないので、「じゃあ、気になりません」と、やっぱりもー引き下がった。
「あ、そ」
 ジャミは何がおかしいのか、ふ、とか鼻を鳴らし、さっさとシイの上から降りた。
「ヴァイオリンを弾く時は、あんなに情熱的なのにね」
「それって、この話と関係ありますか」
「あと、仕事の話があったんだ」
 それには答えず、ジャミはさっさと話しを変える。
「こんな夜中に‥‥わざわざ訪ねて来てですか」
「そう。こんな夜中にわざわざ訪ねて来て、仕事の話をするの」
「人の嫌いなシャンプーの匂いさせて、人の上に乗っかといて、ですか」
「ねえ」
 と、ジャミが、小さく笑う。「何を言わせたいの、シイ」
「別に何も言わせたくありませんけど」
「自分は簡単に引き下がるくせに」
「性格なんで‥‥」
「天文台のね」
「あ話変わるんですね」
「バイナーリ天文台という場所のキメラ退治をね。お願いしたいんだ。俺は明日からまた仕事でちょっと遠方に出るから、申請、やっといてくれるかな」
 こんなご時世だから危険な地域はたくさんある。
 すぐ近くで戦争が起こっているのに、それでもいろいろな事情でその付近を離れられない人達や、小さな集合体である町の中で、閉塞し、退屈し、怯えている人も。
 そんな場所に届ける物資を調達したりするのがジャミの仕事で、彼は時々今回のように、その道々で拾ってきた依頼の申請などを、喫茶店アルバイトの身で、どちらかといえば時間に余裕のあるシイに、頼んだりする。
「はい、それはいいですけど」
「天文台としての機能は果たしてないんだけどね。その建物内の天井画がね、とても素晴らしいらしくて。移動して修復して、ちゃんとした場所で残したいっていうことらしい。ただ周辺にキメラが住みついちゃってるんで、近づけないってことでね」
「なるほど」
「キメラがさ。何か、ぶるんぶるんした良く分からない物体で出来た茶色い奴なんだけど。体長が三メートルくらいあって、細長ーいの。ほんで、偏平足でべたべた歩いて回るらしいよ。ちょっと、面白いよね」
「まあ、面白いですね」
 とか、おずおずと目を上げたら、何を考えてるか分からないジャミの視線とぶつかった。
 暫く見つめ合い。
「あのーじゃあ。また、詳しい概要メールしといて下さいね」
 シイが言うと、「はいはい」と、ジャミが肩を竦めた。






●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
壱条 鳳華(gc6521
16歳・♀・DG
毒島 葵陸(gc6840
16歳・♂・DG

●リプレイ本文







 石の階段を登りきった先の開けた場所に、ドーム型の薄い緑色の屋根が、まず、見えた。
 やがて、青白い寒空の下に、今はもう使われなくなったというバイナーリ天文台の全景が見えてくる。
 冷たい空気の中に、荒れた建物がポツンと佇んでいるその様子は、ジャケットのポケットに両手を突っ込んでぼんやりと立つ、幡多野 克(ga0444)の目に、酷く、淋しげに、映った。
「捨てられた天文台ですか」
 隣を見ると、同年代らしい外見の比良坂 和泉(ga6549)が立っていて、あーもしかしたら彼も同じように何か、この微妙に淋しい感じを感じてるのかな、とか思って、「やっぱりこうやって跡地を見るのは‥‥少し寂しいよね」とか何か言おうとした矢先、和泉が先に「でもあれですよね。やっぱり、宝箱と言えば、お宝を期待してしまいますよね!」って屈託なく言って来たので、克は「あ‥‥うん」とか、すっかりもー何か、負けた。
 そこへ追いついて来た毒島 葵陸(gc6840)が、
「そういえば、天文台だったんですね、ここ」
 パープルがかった塗装のAU−KVアスタロトのフェイスガードを開きながら、門の横の壁に埋め込まれた、ネームプレートらしき朽ち果てた黒い石を見つめ、言った。
「星ですか。そういえば、カンパネラから見た地球と宇宙(そら)は、とても綺麗でしたね」
「ああ。そうだな、確かに美しい景色だったな」
 更に隣に追いついて来た、こちらはブルーの塗装のAU−KVアスタロトを身に付けた壱条 鳳華(gc6521)が、ちょっとしんみり頷いた。でも次の瞬間、そのしんみりは嘘だったみたいに、「しかしまあ、あの美しさですら、私の美貌には、叶わないがな!」とか何か、豪快な自慢を披露する。
 そんなわりとムードぶち壊しの先輩の姿を、葵陸は、呆れているのか、小馬鹿にしているのか、余り感情の読めない表情で振り返った。
「パープルもそう思うだろう」
 すかさず鳳華が、同意を求めてきた。
「まあ、そうですね」
 ぼーっと葵陸は頷いた。
「うむ。そうだ、間違いない」
「まあ何にしても、埃っぽい所は月よりも美しい僕には似合わないということで、間違いありませんから、早くキメラを片付けましょう」
「うむうむ、そうだな。埃っぽい所は、月よりも美しい僕‥‥ん?」
「いえ」
 と、そこで葵陸はすかさず、洗脳するように、言った。
「今不自然に思ったそれは先輩の気のせいです」と。




「じゃあとりあえず‥‥全員でまとまって庭を一回りした後‥‥屋内を探索するって事で‥‥いいよね」
 そして内部に入ると、克は、年長者の頑張りというやつを見せ、皆の意見を聞くことにした。
 でも。その矢先、
「おい! あれを見ろ!」
 とか何か、突然、鳳華が叫び声を上げ、さっそく全部持ってかれた。
「キメラだ! 見つけた! よしよし幸先がいいぞ! さあ、行くぞパープル追いかけろー!」
 そしてそのままだーとか彼女が走り出して、「はいはい危ないですよ先輩」と葵陸も走り出して、その場はすっかりもー破綻した。
 うん、そんな予感はしてたんだけどね‥‥。
「しかしあれはまた随分‥‥えー‥‥何というか」
 ふと隣に並んで走り出した和泉が、表現に困りました、みたいな顔をして、ぽりぽり、と額をかいた。
 確かに、とっても変な形をしたキメラだった。ながーい手足をしていて、茶色くて、そしてとっても、ぶるんぶるんべろんべろんしていた。
 なので克は思わず立ち止まり――。
「あの、さ‥‥。あれって‥‥コーラ味のグミに‥‥似てない? 駄菓子屋さんとかにさ‥‥あーゆー感じの‥‥売ってた、よね?」
 そしたら。
 はっ!
 としたように、和泉が、頬くらいの長さの髪を振り乱すかのようなすんごい勢いで振り返った。
 その勢いがあんまり凄かったんで、「え、変な事言ってごめん」とか何か謝る気満開だったのだけれど、「本当だ!」と、和泉が声を上げたので謝らずに、済んだ。
「凄い! その通りだ! コーラ味のグミ! まさしくそうだ! そう言われればそうですよ! あれはもー、コーラ味のグミ以外の何物でもないですよ、本当そうですよ!」
 そして何だったらもーこの勢いで、その発見にはノーベル賞とかあげてもいいですよ!
 みたいな勢いが彼にはあったので、自分で言っといて克は何だかちょっと、申し訳ない気分になった。
 それで何か思わずどうしよー‥‥とか目を逸らしたら、「しっかし足場が悪いな! いろんな残骸も落ちてるし‥‥よし。皆! 気をつけて走れよ!」
 って言ってる傍から、広場に落ちた大きな鉄くずに思いっきり躓いた鳳華が、ガッシャーンっ!! とか、すっごい音を立てながら、転んだのが、見えた。
 と。そこへ。
 音に気付いたのか、どんどんわらわらキメラが集まって来た。
「出たな! キメラめ! くそ。生理的に受け付けない姿だ。何せまずその色がダメだ! しかも、ブルンブルンしてるって、何だ! どういうことだ! 気色悪い!」
 とか何か、鳳華が慌てて体制を立て直し、怒っている。
 のを。あーあ。
 って見てる場合じゃない!
 克は慌てて若干たるんでいた気を引き締め直し、覚醒状態に入った。
 コーラ味のグミみたいな形でも、キメラはキメラ。むしろこんな馬鹿みたいなキメラにやられて、負傷するなんて、絶対嫌だった。
 ぶわ、とその髪が覚醒の影響で銀色に変化し、瞳が金色に変化する。腰に携えていた、直刀「月詠」の鍔に指をかけ、駆け出した。
「俺はこのまま、間合いを詰めるから」
「了解です」
 同じく和泉も覚醒状態に入る。その瞬間、拳を握った両肘から、若草色の闘気が噴出! 髪が、その勢いを受けたかのように舞い上がった。
「援護しましょう」
 腰にさした銃、オルタナティブMをすかさず抜いて構え、克とは違う方向へと走り出して行く。
 相手の手は、長い。余り間合いを詰め過ぎると、すぐに捕まってしまう危険があった。
 と。
 二つの痩身の影が、キメラへの距離を詰める頃。
「さて。害虫駆除といきますか」
 葵陸は、長弓「百鬼夜行」を取り出し、そろそろ壱条先輩のバックアップとかしてあげようかな。みたいな、わりとローなスタートを切っていた。
 仄かに、青緑色の光を放つ百鬼夜行に、慣れた仕草で矢を番えた。そして、ピンと背筋を伸ばしながら、弓を打起こす。
 そのまま竜の角を発動すると、バチバチッと、腕と頭部に知覚の上昇に合わせて、スパークが走った。
 ぎりぎりと力を込め弦を引く、その一つの完成された姿は、アスタロト越しにも、あくまで美しく――。
「見た目からすると物理的ダメージが通りにくそうだが、あいにく私は知覚派だからな! 散り様くらい美しく‥‥と思ったが、こいつには無理だな。うん」
 その目の前を、がーっと装輪走行で、天剣「ウラノス」を構えた鳳華が走り抜けて行く。
 天の御剣とも呼ばれるその大剣の荘厳な青色が、竜の角の発動で走るスパークに、寒空の下、キラッと輝いて。
 ブルンっ、と伸ばされてきたキメラの腕を、颯爽と切り裂いた。続けて、その細長い胴を切り裂く。
 ビチャア! と茶色い、ブルンブルンした何かが、頭上から彼女を襲った。
「きーーーー! 何だこの薄気味悪いぶるぶるはー!」
「ええ、流石先輩ですね。そんな姿になっても、美しさを失わないなんて」
 とか完全に棒読みで言った葵陸の手には、まだ、放たれることを許されない矢が。
 相手は身長こそ高かったけれど、体自体は酷く薄っぺらく、位置によっては狙いを定めるのがとても難しい。
 けれど、抜けた弓が、仲間や建物を壊してしまわぬよう、無駄打ちはしない。
 一撃一撃を丁寧に――。
「さっさと打たんか!」
「僕は、わりと、気だけは長いんです」
「ならばこちらはどんどん行くぞ! 茶色い汚物を、ちょっと浴びるも、いっぱい浴びるも、この際一緒!」
 最後のは自分に言い聞かせるように言った鳳華が、攻撃の手を止めることなく、わらわらと集まってくるキメラの元へと突進し、斬り裂き。
 けれど相手の数は、やっぱり多い。
 たちまち囲まれ出した先輩の危機に、葵陸はやっと、時機を見た。
 今だ!
 葵陸は、竜の瞳を発動する。頭部にバチッ! とスパークが走ると同時に、飛び出して行った矢が、並んで立っていた三つのキメラの体を貫いた。
 その頃、和泉と克もまた、相手の数の多さに辟易していた。
「まだ、出てくるみたいだ」
「くそっ」
 和泉が呻いた傍から、キメラの頭突きが頭上から襲ってくる。
 克は、咄嗟に抜いた小銃「S−01」で、その頭をすかさず、撃った。
 のだけれど、自身の背後にまたキメラがブルンブルンと迫っていて。拳銃は投げ捨て、回転する反動で、月詠の刃を叩きつけた。
「すいません、助かりま‥‥あ! 背後に!」
「えっ」
 と。振り向くとそこには、一瞬の隙をついて、キメラの腕が伸びていて。
 回避する間もなく、ぐにょ、とおぼつかないような、生理的に嫌な感触が、克の腰を――。
 思わず、投げ飛ばされるのを覚悟して身を固くした。
 そこに、ダンダン! と、銃声が!
 あ、片方の手の感触がなくなった、と思った時には、びゅっと突っ込んできた和泉の顔が眼前に迫っていて。
 おっと。
 する、と横へと身を交わした克の真横で、幅の厚い短剣チンクエディアを振りかぶった彼の攻撃が、キメラを切り裂く。
「はー。きりがないですね。こっちは四人ですし」
 二人は、背中合わせに、自分達をまだまだ取り囲んできそうなキメラを、うんざり見やった。
「残り、纏めて、吹き飛ばしてやろうかな」
「え。そんな事出来るんすか!」
 克は、周りに素早く目を走らせ、残りの二人が近くに居ないことを確認した。
「出来る。かも、知れない。でも、君にも危害が及ぶといけないから、離れて欲しいんだけど。技を出すのはその後ということで」
「なるほど。了解しました」
 背中合わせの、相談と了承。
 そして。
「行け!」
 克の短い合図と共に、ダンダンッ! と、和泉の放つ弾丸が進路を遮るキメラを撃ち抜き。
 その間にも迫ってくる敵と、離れる仲間との間でタイミングを計り。
「よし‥‥吹き飛べ!」
 克は、月詠の刃を地面へと叩きつけるようにして、十字撃を発動した。
 その場所を中心に、ブフワアアアア! と、凄まじい勢いで、十字に衝撃波が走って行く。
 次々とその衝撃波に当たったキメラが、花火のようにバチャバチャバチャ、と破裂していき、その肉片を巻き散らしていった。
「うわー何か、振ってきたぞー、ぎゃー!」
 遠くで鳳華が叫んでいるのが、聞こえる。
 確かに。花火にしては、茶色の肉片は全然綺麗では、なかった。





「なるほど。これが、天文台の内部ですか。装置類がないのが、残念ですね」
 とか何か、内部の様子を眺める葵陸の隣で、
「ひい、ふう、みい‥‥」
 和泉が指を折って空間を見つめ、何らかの数を、数えていた。
「しっかし、天文台に宝箱とはどういった了見なんだろうな」
「誰かの‥‥忘れ物とか‥‥」
 そして、その傍らで、鳳華と克は、天文台内部に置かれた宝箱を、ぼんやり眺めていた。
 特に克なんかは、わりと何か、ふーん宝箱ね、くらいの全然興味ない顔で三つある宝箱を見下ろしていて、でもそれは、顔だけだった。
 実の所、内心ではかなり、興味津々だった。むしろ、目の奥がもーマジだ。ガン見だ。ガンガン見だ。ガンガンガン見‥‥。
「どうするんだ、これ」
「え」
「いや、その何だ。ここまで来たんだ。開けてみるか」
「でも‥‥怪しいし迂闊に開けたら‥‥」
「そうだ! 怪しい! だから、開けよう!」
 はっ。
 として、克は鳳華を見つめた。「そ。そうだよね‥‥わ、罠だったら、放置しておくわけにはいかないし、むしろ俺達が」
 そして開けたい欲望で爛々と光る目で宝箱を‥‥。
「さあ。大きいのと、小さいのと、中くらいの宝箱だ。うむ。ならば私は当然、この一番大きく豪華な宝箱担当ということになるだろうな」
「じゃあ俺は‥‥中くらいので‥‥」
 けれどいざ開けると決めたものの、実際開けるとなると、やっぱり罠かも、とか思って手が竦む。
「何だ。ビビってるのか、幡多野」
「いや‥‥そういうわけじゃあ」
 って言ってる傍から、月詠の切っ先を宝箱の蓋に引っかけ。とかやってる腰が完全に若干引いている。
「ビビってるんだよね、幡多野」
「いや、これは。あの‥‥そう、罠だった時、対処するために」
 その時だった。
「よし、足りてる!」
 と和泉が声を上げた。と、同時に、何かがびゅー! と飛んできた。
 何処から。
 背後から。
 わー! とか思って克は慌てて避けた。のだけれど、克の方角ではなく、明らか鳳華の方にそれは飛んで来て、同じくあわわわわ! と避けた彼女の目の前で、ガコーン、と打ち抜かれた宝箱の蓋が、床に転がる。
 弓を構え、ぼーっとこっちを見ていた葵陸が「よし」と小さく言って、弓を下ろした。
「中にキメラが入っていたら危ない所でしたが。ふう。大丈夫でしたね、良かったですね、先輩」
「いや、何だろう、全然嬉しくないんだが‥‥」
「でも、討伐したキメラの数は、11匹以上いましたよ」
 どうやら和泉はずっと、それを数えていたらしい。
「でも‥‥くらいだから、それ以上いる可能性も‥‥」
 はっ。
 とまた、和泉が克を見た。
「そ、そう‥‥そうですよね‥‥」
 そんなに分かりやすくしょんぼりされるなんてどうしよう、と思った。
「ぎゃー!」
 そこに、鳳華の悲鳴が轟き、二人はぎょっと、そっちを見た。見れば、大きな宝箱からわっさわさ出て来た蜘蛛のような昆虫やら、黒い昆虫やら、蛇やらが彼女を追いかけていて。
「先輩にあんなに沢山、虫や動物達が。動物に好かれるなんて、さすが先輩。素敵ですね」
 ピクリとも表情を変えることなく、ぼーっとした表情のまま、葵陸が言う。「微笑ましい光景です」
「いや、ぱ、パープル! み、見てないで助けろ!」
「じゃあもしかして、こっちも」
 と、克は宝箱を見下ろした。
「いや、こっちはきっと大丈夫ですよ!」
 和泉が力強く言って、宝箱の中を開ける。中くらいの中身は、空っぽだったが、小さい宝箱の中には。
「これは。家族、写真‥‥?」
 そっとそれを摘み上げた和泉が克へとそれを掲げる。
「誰かの‥‥忘れ物なのかな」
「手紙のような物も入ってますよ。ええと宛名は‥‥娘へ」
 娘へ。
 読みあげた彼の表情が、何らかの悲しい物語を想像したのか、瞬間、曇る。
「ねえ」と克は、背後からそっと切り出した。
「それ‥‥持って帰って届けてあげること、できないかな?」
「あ‥‥そうですよね。それくらいは、したいですよね。何が書いてあるかは分からないけど」
「やっぱり、さ」
 克はその写真を眺めながら、
「こうやって跡地を見るのは‥‥少し寂しいな‥‥。また‥‥天体観測ができるようになると‥‥いいよね‥‥」
 今度はそれを、しっかりと口に出して、呟いた。