タイトル:ランドリーとフィルムマスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/28 00:08

●オープニング本文








 冷たい風が吹き抜けて、西田は、たっぷりとしたサイズのよれたカーディガンに包まれた痩身の体を、「寒ッ」と縮めた。
 真昼間の土手には、犬の散歩に歩くおじさんや、自転車で抜けて行くおばさんや、こんな時間に一体どうしたというのか、学生服の少年の姿などが、あった。
「うー」
 とか何か、隣を歩く江崎も、長めの丈の、よっれよれのモッズコートのポケットに突っ込んだ両腕を、ぎゅっと寄せ合い、ぶるっと一つ、震えた。
「くそ、ずっと暖かいんだと思ってたのに」
「んーどうせ異常な気象になるんなら、ずーっと暖かいとかでいいんじゃないかと思うよね、これ」
「いやー、それはそれでどうかと思うけどね」
「しかし、急に寒いね」
「残念なことに、来たよね、冬がね」
 覇気のない様子で、江崎はふわーと欠伸を一つ、漏らす。
「もーこれ何か俺、暫く髪とか伸ばそーかな」
 そしてだらだらと歩みを進めながら、のんびりと言った。
「伸ばすってどれくらいよ」
「肩くらいまで。ほんでパーマとかかけよーかな」
「ふーん」
 西田は興味なく頷いて、ちら、とか隣を歩く長身を眺めて、「っていうかさあれ何か、かずっちゃんのさ」とか話を変える事にした。
「いやいや髪の毛の話何処行ったよ」
「別に江崎の髪型、あんまり興味ないし」
「ああどんな髪型でも格好良いから」
「んーもー最悪何言ってもいいけど、そういうフツーの顔でマイルドに言うのだけはやめてくれるかな」
「んー」
「いや、んーて」
「っていうか、何か今言いかけてたっけ」
「あー。いや、かずっちゃんから何か、連絡入ってた? イベントのやつ」
「あー」
 足元を見つめながら、江崎が覇気なく頷いた。「あれレゲエのやつでしょ。連絡入ってたわー。めっちゃヤバいダブ入ったって」
「んーそうそう」
「でもあれ何か」
 と、面倒臭そうに目元を擦り、「予定がなー」と、続ける。
「そうなんだよね。俺もそれ思ってた」
「あとあそこのクラブ、ちょっと嫌な思い出あんのよね」
「ああ」
 友人の言う嫌な思い出はすぐに分かったので、西田は笑った。「あれでしょ、あの落ちたやつでしょ」
「そうそう」
 そしたら江崎も、もー笑うしかないのか、自嘲気味な笑みを漏らしながら、気だるく頷く。
「あん時はほんとびっくりしたよね」
「ねー、びっくりしたよねー」
「んー」
 それで会話は、ちょっと何か、止まった。
 隣を、原付自動車のエンジン音が、ぶーんとのんびり通り過ぎて行く。
 土手に生えた雑草が、風に揺れ、その向こう側に見える水面に、小さな波がたった。
 西田はそれを、ぼんやり眺めながら、暫くはそのまま無言で、透き通るような青白い空の下をただのんびりと、歩いた。

「あ、そうえば」
 少し経った頃、江崎が唐突に、言った。
「明日また、あれ、申請しといて欲しいやつあるんだけど、依頼」
 江崎はコインランドリーの管理人という、実態の良く分からない仕事の傍ら、仲介業のような事をやっていた。つまり、キメラの出る地域に眠るお宝や、一般人の立ち入りが困難な場所にある曰くつきの品などの回収を請け負い、ULTに勤務する西田に、能力者への仕事として斡旋させるという仕事だ。
 こんなご時世の中にあっても、好事家や収集家は存在するらしく、多少の出費をしても手に入れたい物がある、と江崎の元を訪れる人間は、少なくないらしい。
「ふーん、どんな?」
 何だかぐいーんと、地に足がついた所へ戻された気になりながら、西田は、足元を見て呟いた。
「何か、うわばみ座っていう映画館から、幻の名作フィルムを捜して来て、っていう依頼」
「ほんで、キメラとかが出るんだ」
「そうね、キメラとかが出るんで、探しに行けないんで、探してきてよ、ってやつね」
「もうそういう何か、名作フィルムとかさ、あるんだったらさ、キメラに襲われる前の段階で、持って逃げててよ、とか思うよね」
「思うよねー。でも実際、キメラに襲われそーなってんのに、名作フィルムもねーわ、ってなるのかも知れないしね」
「まあ、そうかもね」
「帰ったら、また概要書いた書面、渡すから」
「んー」
 返事と重なるようにして、江崎が「あー」とか小さく伸びをする。「腹減った。で? 西田は何食うか決めてんの」
「いやもーそりゃ俄然、南蛮でしょ」
「はーまた南蛮? お前もー、南蛮ばっか食ってんじゃん」
「いやいいじゃん。え、何、迷惑かけた?」
「いやいーけどさー」
「つかそろそろ決めないと、弁当屋、着くから。また向こうで、メニュー前にして、んーとかやめてよね」
「んー」
 いい加減な返事をしながら、江崎がのんびり歩く。
 その背中を、西田は肩で、何となく思いっきり、押しやった。







●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
毒島 風海(gc4644
13歳・♀・ER
緋本 かざね(gc4670
15歳・♀・PN

●リプレイ本文







「えーっと何探すんでしたっけー」
 車も、遮る人の姿も何もないので、びのびのしますわーと言わんばかりに、大通りを闊歩する緋本 かざね(gc4670)が、ふと振り返り、言った。
「名作フィルムだよ」
 その後ろを歩く宵藍(gb4961)が、素っ気なく答える。「タイトルは確か」と、続けようとした所で、「ああ、そうでした!」とかざねがポン、と手を打った。
「銘菓のお菓子ではなく名作フィルムでしたね。あー、銘菓のお菓子の方が良かったなあ。そしたら見つからなかった事にして食べるのにー」
「でも、食べてもいいけど、お腹壊しても看病しないよー」
 そしたらそこにライトに乗っかった鈴木悠司(gc1251)が、ライトに突き離した事を言い、「大丈夫です」と、誰かが答えた。
 毒島 風海(gc4644)だ。
「かざねちゃんのお腹はお菓子と洗脳して食べさせた物は、わりとだいたい何でも消化してしまうんです」
 え。みたいにかざねが、その声に、振り返った。
 そしてじーっと、その、ガスマスクでもなければ、平ら胸でもないすっかり変わり果てた姿を、しげしげと、眺める。
「何ですか、照れますよ」
「でさ、そういえばさっき宵藍さん、何か言いかけてなかった?」
 と。そこで悠司が話を戻した。「名作フィルムのタイトルとか、何か」
「うん」
 童顔なのが悩みだという、その、どちらかと言えば可愛らしい顔を、精一杯クールに繕って、宵藍が顎を摘む。「だいたいほら。名作フィルムと言われてもな。タイトルとか聞いとかないと探せないと思ったし」
「おおー。さすが宵藍さんはしっかりしてるなー! して、そのタイトルとは」
「タイトルは‥‥」
 すると。
「つかよー」
 そこでその後ろをだらだらと歩いていたヤナギ・エリューナク(gb5107)が、割りこんできた。
「キメラに惑わされて名作フィルムを忘れたとかさー。ンな大事なモン、忘れンなよなって感じじゃねえ?」
「うんごめんヤナギさん。今、宵藍さんが喋ろうとしてたから」
「でもま、両方とも何とかするっきゃねェか。勿論キメラは倒す! ギッタギタにな!」
 ってもー絶対分かってて、からかおうとしてるらしいヤナギが、芝居がかった仕草で拳を突き出し。
「しー! しー! 大声まずいって。この先にそのキメラがいるんでしょー」
 あわわ、とその口を塞いだ悠司は、「あ、ごめん、で? タイトルは」と宵藍を振り返る。
 むーっと、したように、ちょっと顔を顰めた宵藍は。
「‥‥だから、タイトルは」
「で、そのキメラなんだけどよ」
「おい、わざとやってるだろ! ヤナギ!」
 ムキーッ! みたいに、とうとう爆発したその、可愛い怒りを振り返ったヤナギの顔には、ニヤニヤ、としたサディスティックな笑みが。
「いやあ。相変わらず可愛いねえ、宵藍は」
「可愛いって言うな!」
「しかし、宝石の次はフィルムですか。何かあの怪盗達と関連でもあるのでしょうかね」
 そこでふと思いついたように、辰巳 空(ga4698)が言う。
「いや、怪盗の奴らとは関係ないんじゃねえ?」
「ですかね、やっぱり。敵は8首8尾の大蛇ですしね‥‥首が多い上に、意外と大型だとか」
「大体、うわばみ、なんて名前付けるから、あんなのが住み着くんですよ」
 突然覚醒状態に入ったらしい風海の髪と瞳が、ぶわ、と紫色に変化した。「先見の目を発動します。周辺情報を把握‥‥伝達します」
「おっとそろそろか」
 ヤナギが呟き、覚醒状態に入る。瞳が何処か妖艶な艶やかさを帯び、その痩身の体が、なまめかしいほどにあやしい美しさを、放つ。甲に、クロスモチーフを浮かび上がらせた手で小銃「S−01」を取り出し――「なるほどね。近いな」
 風海の伝達を受け、ガチン、と弾丸を装填する。
「よし、まずは散開して相手を撹乱してやろう」
 続けて覚醒状態に入った宵藍は、瑠璃色に変化した瞳で駆け抜ける進路をイメージするように地面を睨みつけた。
 凛と彼を包む雰囲気が、集中力を増し――。SMG「ターミネーター」の引き金に指をかけ。
「よーし、行くよー!」
 覚醒の影響で現れた犬耳をふるふるさせながら、悠司が軽快に言ったのが合図だった。
 ダダダダダダダダダダダダ!
 凄まじい勢いで、ターミネーターが火を拭いた。一度の攻撃で出る弾の数は20発!
 八本ある打ちの、一本の首に向かい、集中的に打ちこんで行く。
 グオオオオオッ! と、凄まじい咆哮がキメラの首の一本から漏れた。
「わー聴覚がいつもより非常に鋭くなっておりまーす。鳴き声には、ご注意下さーい!」
 その雄叫びに、ヒーッ! と、これまた覚醒の影響で現れた尻尾を逆立て、悠司が耳を覆う。
「キメラめー! 8個の首で勝ったつもりですかー! 私の2本のツインテの方が、よっぽど立派なんですからねーっ!」
 とか何か、無駄な対抗心を燃やすかざねは、その隙に、白く輝く美しい槍セリアティスを構え、覚醒の影響で薄い緑色の光を帯びる髪をなびかせながら、突進して行く。
「人気の無くなった映画館。防火設備が万全に機能するとは思えません。建物の崩落も困りますが、火事だけは絶対に避けてください。フィルムなどは特に燃えやすいですから、炎とか」
 と風海が言ってる傍から、ブワッと、かざねの眼前をキメラの口から漏れ出た、炎が!
 キキーッと急ブレーキ! そしてクルンと回転回避! と、思ったら、今度は別の首が、ブワッと、臭い息を‥‥。
「わー! なんじゃこりゃー! くさーい! ごほっごほっ‥‥うえー、いっくら私の回転に攻撃をよけられるからってー!」
 って涙目になって顔を上げた所には、何と。
 こっそりガスマスクを装着して、臭い息を回避していた風海の姿が。
「あー! 風海ちゃんだー!」
「いや、最初から風海でしたけども‥‥」
 と、ガスマスクを、カポと取ったその瞬間。
「え、誰」
「嫌、分かるでしょうよ。風海です。確かにちょっと身長が20cm伸びたり、大人っぽく身体が成長しましたけど、間違いなく私で」
「ハッ。でも、胸が‥‥胸が、やっぱりそんなの風海ちゃんじゃなーい!」
 とか何かやってる二人の対角線上では、また別の首が臭い息を‥‥。
「うっ、何だこれ! く、くはい!」
 瞬間、鼻を摘んだ宵藍が、「というか、火炎や突風はまだ攻撃として認めるが、臭い息って何だよ!?」と、何かその余りの臭さに、激怒した。
 そのまま、臭さと激怒に我を失ったのか、一瞬、「何だよこれ! 歯槽膿漏なのかよ! それとも胃腸が悪いのかよ! お前どっか、体悪いじゃないのかよ!」と、最終的に凄い涙目で、意味不明な心配をした。
「いやいや宵藍さん、どうしたどうした落ち着いて!」
 真音獣斬を発動した悠司が慌てたように、言う。その間にも、彼の手から飛び出した布のような黒い衝撃波が、キメラの首にドーンと炸裂した。ドブッ、と上向いた瞬間を逃さず、瞬速縮地を発動し、接近! 二段撃を繰りだした。
 振るう度に溢れだす、炎剣「ゼフォン」の赤い熱気が。
 機械剣「莫邪宝剣」の超圧縮レーザーの光が。
 鮮やかにその場で交差する。
 ドシーンと、重そうな音を立て、首の一つが落ちた。
「やったー!」
「さあ、更に厄介な攻撃の手を削っていきますよ」
 小銃「S−01」を構え、照準を搾る空の黒い瞳は、覚醒の影響により、光に当たると僅かに紅く煌き。
 ダーンと首に向け、銃弾を放った。フォースフィールドに守られた体躯に、さほど有効とも思えない一発の弾丸。けれど、回避を失敗した敵に向け、制圧射撃を発動するのが、空の本当の狙い。
「よし!」
 今だ! と、空は、弾丸を撃ち尽くすような勢いで、銃の連射を始める。90度扇状の範囲に飛び出していく弾丸の威嚇が、敵の動きを封じ込め。
「今のうちに! 二本目だ!」
 カンフーシューズの足で、タタタタタタ! と間合いを詰めて来たのは、迅雷を発動した宵藍で、そのまま月詠を振り抜き、紅蓮衝撃を発動した。
 まるで先程の「臭い息」の怒りが、めらめらと燃え盛っているかのような、赤いオーラがその華奢な体を包み。
 横凪ぎに繰り出された月詠の刃が、ズサっ! と、キメラの首へと食い込んだ。メシメシメシッ、と重い感触が腕に伝わって――。
「あと、何本だ!」
「これで、三本目だぜ!」
 こちらは瞬天速で間合いを詰めたヤナギが、連剣舞を発動する。次々と繰り出されて行く連続攻撃に、太陽の剣とも呼ばれるガラティーンの眩い光の軌跡が、まるで閃光のように走り続け!
「よーし、私も首を落としてるぞー! とりゃー!」
 と、負けじとかざねが走り出そうとしたその時。
「あ、かざねさんかざねさん! きりがないから、ここは胴体を狙ってみてよー!」
 残った首を翻弄するように動きながら、悠司が叫ぶ。「ほら、胴がやられたら、首は動けない訳だしさー!」
「なるほど。分かりましたやってみます! じゃーもう一度、行くぞー! とりゃー!」
 迅雷を発動し、切り落とされた首達の隙間を縫って一気に距離を詰めたかざねが、真燕貫突を発動する。
 翼の紋章がセリアティスを持つ腕の周囲を舞った、その刹那。
 ぐさと、目にも止まらない素早い攻撃が、キメラの胴体を守るフォースフィールドを貫通、繰り出された2撃目が、その分厚い体躯をブサーッ! と。
 ギィギャアアアアアア!
 残った首が、つんざくような悲鳴を漏らし、やがて、ぱたり。と倒れた。





「んー。舞台側から見下ろすって、やっぱり気持ちいいねー」
 フィルムの探索で劇場内を徘徊していた悠司は、スクリーン前のスペースにひょい、と上ると、ヤナギに向かって手を振るように、大きく、伸びをした。
「おー。どれどれ」
 隣に同じく、ひょい、と上ったヤナギが、腕を組んで「フーン」と唇を釣り上げる。
「確かにこれは気持ちいいかもな」
「ライブハウスとかでも、ステージ上から見る景色はサイコーだけどさ。こういう場所も、映画スターになったみたいで気持ち良いよね。おー客席が圧巻だー」
「なー悠司」
 トン、とヤナギが肩で悠司の肩を子突いた。「何か映画の物真似トカ、やってみろよ」
「えー」
 無茶ぶりだなあ、とか頭をかいた悠司は、コホンと咳払い。
 それから、まるでマイクを持っているかのように利き手の拳を握り。
「えー、今日は、お忙しい中、僕達の映画に足を運んで下さって、ありがとうございます」
「出た、定番、舞台挨拶」
「やっぱりここ上がったら、これやっとかないとでしょ」
「いやあ。あの雪の中の撮影は、そうすね。一番大変でしたね。悠司君が、何せもう寒がって寒がって。何せほら、犬だから」
「そういうヤナギさんは、俺が寒がってンのに、わざと雪とかぶつけてきますからねー。困りましたよー」
 とか二人でへらへら笑い合ってた所で。
 いきなり、バタン! と、劇場のドアが開いた。二人はぎょ、として入口を見やる。
 差し込む光を背にしてそこに立っていたのは、同じく一階を探索していたはずの、かざねで。
 とか思ってたら、「うー!」とか突然呻いた彼女が、お腹を押さえて、そこに蹲りだした。
「え! え、え、え、なになに、どうしたんどうしたん」
 二人は顔を見合わせ、慌てて駆け寄る。
「お、お腹が痛い」
「え、何でよ!」
「何か‥‥さっき、売店で、お約束のポップコーンを見つけたので、これはもう食べるしかない! と思って食べたら、ういてててて」
「いや食べるしかない、が既に、わかんねえんだけど、かざね」
「だって、映画館と言えばポップコーン! ポップコーンと言えば、映画館! これはもう切っても切れない仲‥‥いててて」
「いやもうあんま喋ンねえ方が。おー悠司どうするよ」
「どうするたって‥‥もー! お腹壊しても看病しないって言ったじゃないかー!」
「だって凄い美味しそうだったから‥‥うてててて、お、お医者様なんかは何処かに‥‥」
「いや、医者なんて」
 いるわけない。と言い掛けて、二人はハッと顔を見合わせた。
 医者‥‥居る!
「うううう。どうしよう、おなか、おなかいたーい」
 悠司は慌てて無線機を取り出す。そして、2階を探索しているはずの、空へ連絡をした。


「なるほど」
 2階の従業員用の控室等を重点的に探していた空は、腹痛の知らせに、探索を切り上げ、一階へと向かった。
「ふむ‥‥専攻は、スポーツ医学なんですがね」
 と多少呆れたように漏らしながら、一応傍らに、救急セットを展開し。
 寝そべったかざねのお腹を「失礼」と、触診し、胃、腸、と手をスライドさせ。
「診察道具が何もないので、あれですが。まあ、食あたりでしょうね」
「だろうな。明らか腐ってそうなポップコーン食ったんだしな」
「うおぇ!」
 と、そこでかざねがいきなり、嘔吐いた。
「しっかり出して、あとは水分補給と安静です」
「うおぇ!」
「やれやれ。医者の肩書が、今日はこんな所で役に立つとは」
 全く。と、呆れながらも、どうやらトイレに駆け込みたいらしいかざねに、空は、肩を貸してあげることにした。



 一方その頃、2階の映写室では。
 風海が、延々と機材を弄くっていた。
 そしてその背後では、宵藍が、延々と探していた。
 何を。
 脚立を。
 そしたらいきなり風海に、
「それで先程から宵藍さんは、一体何を探してらっしゃるんでしょうか」
 とか思いっきり指摘されて、「え」と、立ち止まった。
 高い棚とか‥‥届かないから‥‥脚立を‥‥。
 いや、駄目だ。言えない。
「き、決まってるだろ。名作フィルムだ」
「そうですか」
 じと、と青い目が、上目にこちらを見上げてくる。
「‥‥大丈夫だ。今日中には探し出すから」
「そうですか」
 ならいいですよ、みたいに呆気なく目を逸らした風海は、「さて、出来た」と、服の埃を払いながら、立ちあがった。
「そっちこそ、何をしてたんだ」
「映写機を直していました。芸術はね、人目に触れてこそ、価値がある物だと思うんです。大事に保管されるだけならば、それは失われていることと同義。折角ですから、これを流してみましょうか。名作フィルム」
 と、その手にあったのはまさしく「名作フィルム」で。
「そ、それ!」
 宵藍は慌てて、その手の中にあるフィルムを指さした。
「え?」
「それだ! 名作フィルム!」
「え。これなんですか」
「それだ。それそれ、題名はその名も、名作」
「ストレートですね」
「映画やドラマに出てる身としては、そんな名前の映画に出てみたい気がするよ。それで自分の出演作もさ。後世で、幻の名作フィルム、なんて言われてさ」
「私はどちらかといえば、撮る方に回りたいですね。おじいちゃんのような芸術家になるのが、私の夢ですから」
「ふーん、芸術家、か」
 宵藍は、名作フィルムを見つめながら、頷き。
「で。フィルムは、凄い分かりやすく私の横に、ずっとあったわけですが。本当の所は何を探してらっしゃったんですか?」
 と、見つめられ、逃げるように、そっと視線を逸らした。