●リプレイ本文
「えーっと何探すんでしたっけー」
車も、遮る人の姿も何もないので、びのびのしますわーと言わんばかりに、大通りを闊歩する緋本 かざね(
gc4670)が、ふと振り返り、言った。
「名作フィルムだよ」
その後ろを歩く宵藍(
gb4961)が、素っ気なく答える。「タイトルは確か」と、続けようとした所で、「ああ、そうでした!」とかざねがポン、と手を打った。
「銘菓のお菓子ではなく名作フィルムでしたね。あー、銘菓のお菓子の方が良かったなあ。そしたら見つからなかった事にして食べるのにー」
「でも、食べてもいいけど、お腹壊しても看病しないよー」
そしたらそこにライトに乗っかった鈴木悠司(
gc1251)が、ライトに突き離した事を言い、「大丈夫です」と、誰かが答えた。
毒島 風海(
gc4644)だ。
「かざねちゃんのお腹はお菓子と洗脳して食べさせた物は、わりとだいたい何でも消化してしまうんです」
え。みたいにかざねが、その声に、振り返った。
そしてじーっと、その、ガスマスクでもなければ、平ら胸でもないすっかり変わり果てた姿を、しげしげと、眺める。
「何ですか、照れますよ」
「でさ、そういえばさっき宵藍さん、何か言いかけてなかった?」
と。そこで悠司が話を戻した。「名作フィルムのタイトルとか、何か」
「うん」
童顔なのが悩みだという、その、どちらかと言えば可愛らしい顔を、精一杯クールに繕って、宵藍が顎を摘む。「だいたいほら。名作フィルムと言われてもな。タイトルとか聞いとかないと探せないと思ったし」
「おおー。さすが宵藍さんはしっかりしてるなー! して、そのタイトルとは」
「タイトルは‥‥」
すると。
「つかよー」
そこでその後ろをだらだらと歩いていたヤナギ・エリューナク(
gb5107)が、割りこんできた。
「キメラに惑わされて名作フィルムを忘れたとかさー。ンな大事なモン、忘れンなよなって感じじゃねえ?」
「うんごめんヤナギさん。今、宵藍さんが喋ろうとしてたから」
「でもま、両方とも何とかするっきゃねェか。勿論キメラは倒す! ギッタギタにな!」
ってもー絶対分かってて、からかおうとしてるらしいヤナギが、芝居がかった仕草で拳を突き出し。
「しー! しー! 大声まずいって。この先にそのキメラがいるんでしょー」
あわわ、とその口を塞いだ悠司は、「あ、ごめん、で? タイトルは」と宵藍を振り返る。
むーっと、したように、ちょっと顔を顰めた宵藍は。
「‥‥だから、タイトルは」
「で、そのキメラなんだけどよ」
「おい、わざとやってるだろ! ヤナギ!」
ムキーッ! みたいに、とうとう爆発したその、可愛い怒りを振り返ったヤナギの顔には、ニヤニヤ、としたサディスティックな笑みが。
「いやあ。相変わらず可愛いねえ、宵藍は」
「可愛いって言うな!」
「しかし、宝石の次はフィルムですか。何かあの怪盗達と関連でもあるのでしょうかね」
そこでふと思いついたように、辰巳 空(
ga4698)が言う。
「いや、怪盗の奴らとは関係ないんじゃねえ?」
「ですかね、やっぱり。敵は8首8尾の大蛇ですしね‥‥首が多い上に、意外と大型だとか」
「大体、うわばみ、なんて名前付けるから、あんなのが住み着くんですよ」
突然覚醒状態に入ったらしい風海の髪と瞳が、ぶわ、と紫色に変化した。「先見の目を発動します。周辺情報を把握‥‥伝達します」
「おっとそろそろか」
ヤナギが呟き、覚醒状態に入る。瞳が何処か妖艶な艶やかさを帯び、その痩身の体が、なまめかしいほどにあやしい美しさを、放つ。甲に、クロスモチーフを浮かび上がらせた手で小銃「S−01」を取り出し――「なるほどね。近いな」
風海の伝達を受け、ガチン、と弾丸を装填する。
「よし、まずは散開して相手を撹乱してやろう」
続けて覚醒状態に入った宵藍は、瑠璃色に変化した瞳で駆け抜ける進路をイメージするように地面を睨みつけた。
凛と彼を包む雰囲気が、集中力を増し――。SMG「ターミネーター」の引き金に指をかけ。
「よーし、行くよー!」
覚醒の影響で現れた犬耳をふるふるさせながら、悠司が軽快に言ったのが合図だった。
ダダダダダダダダダダダダ!
凄まじい勢いで、ターミネーターが火を拭いた。一度の攻撃で出る弾の数は20発!
八本ある打ちの、一本の首に向かい、集中的に打ちこんで行く。
グオオオオオッ! と、凄まじい咆哮がキメラの首の一本から漏れた。
「わー聴覚がいつもより非常に鋭くなっておりまーす。鳴き声には、ご注意下さーい!」
その雄叫びに、ヒーッ! と、これまた覚醒の影響で現れた尻尾を逆立て、悠司が耳を覆う。
「キメラめー! 8個の首で勝ったつもりですかー! 私の2本のツインテの方が、よっぽど立派なんですからねーっ!」
とか何か、無駄な対抗心を燃やすかざねは、その隙に、白く輝く美しい槍セリアティスを構え、覚醒の影響で薄い緑色の光を帯びる髪をなびかせながら、突進して行く。
「人気の無くなった映画館。防火設備が万全に機能するとは思えません。建物の崩落も困りますが、火事だけは絶対に避けてください。フィルムなどは特に燃えやすいですから、炎とか」
と風海が言ってる傍から、ブワッと、かざねの眼前をキメラの口から漏れ出た、炎が!
キキーッと急ブレーキ! そしてクルンと回転回避! と、思ったら、今度は別の首が、ブワッと、臭い息を‥‥。
「わー! なんじゃこりゃー! くさーい! ごほっごほっ‥‥うえー、いっくら私の回転に攻撃をよけられるからってー!」
って涙目になって顔を上げた所には、何と。
こっそりガスマスクを装着して、臭い息を回避していた風海の姿が。
「あー! 風海ちゃんだー!」
「いや、最初から風海でしたけども‥‥」
と、ガスマスクを、カポと取ったその瞬間。
「え、誰」
「嫌、分かるでしょうよ。風海です。確かにちょっと身長が20cm伸びたり、大人っぽく身体が成長しましたけど、間違いなく私で」
「ハッ。でも、胸が‥‥胸が、やっぱりそんなの風海ちゃんじゃなーい!」
とか何かやってる二人の対角線上では、また別の首が臭い息を‥‥。
「うっ、何だこれ! く、くはい!」
瞬間、鼻を摘んだ宵藍が、「というか、火炎や突風はまだ攻撃として認めるが、臭い息って何だよ!?」と、何かその余りの臭さに、激怒した。
そのまま、臭さと激怒に我を失ったのか、一瞬、「何だよこれ! 歯槽膿漏なのかよ! それとも胃腸が悪いのかよ! お前どっか、体悪いじゃないのかよ!」と、最終的に凄い涙目で、意味不明な心配をした。
「いやいや宵藍さん、どうしたどうした落ち着いて!」
真音獣斬を発動した悠司が慌てたように、言う。その間にも、彼の手から飛び出した布のような黒い衝撃波が、キメラの首にドーンと炸裂した。ドブッ、と上向いた瞬間を逃さず、瞬速縮地を発動し、接近! 二段撃を繰りだした。
振るう度に溢れだす、炎剣「ゼフォン」の赤い熱気が。
機械剣「莫邪宝剣」の超圧縮レーザーの光が。
鮮やかにその場で交差する。
ドシーンと、重そうな音を立て、首の一つが落ちた。
「やったー!」
「さあ、更に厄介な攻撃の手を削っていきますよ」
小銃「S−01」を構え、照準を搾る空の黒い瞳は、覚醒の影響により、光に当たると僅かに紅く煌き。
ダーンと首に向け、銃弾を放った。フォースフィールドに守られた体躯に、さほど有効とも思えない一発の弾丸。けれど、回避を失敗した敵に向け、制圧射撃を発動するのが、空の本当の狙い。
「よし!」
今だ! と、空は、弾丸を撃ち尽くすような勢いで、銃の連射を始める。90度扇状の範囲に飛び出していく弾丸の威嚇が、敵の動きを封じ込め。
「今のうちに! 二本目だ!」
カンフーシューズの足で、タタタタタタ! と間合いを詰めて来たのは、迅雷を発動した宵藍で、そのまま月詠を振り抜き、紅蓮衝撃を発動した。
まるで先程の「臭い息」の怒りが、めらめらと燃え盛っているかのような、赤いオーラがその華奢な体を包み。
横凪ぎに繰り出された月詠の刃が、ズサっ! と、キメラの首へと食い込んだ。メシメシメシッ、と重い感触が腕に伝わって――。
「あと、何本だ!」
「これで、三本目だぜ!」
こちらは瞬天速で間合いを詰めたヤナギが、連剣舞を発動する。次々と繰り出されて行く連続攻撃に、太陽の剣とも呼ばれるガラティーンの眩い光の軌跡が、まるで閃光のように走り続け!
「よーし、私も首を落としてるぞー! とりゃー!」
と、負けじとかざねが走り出そうとしたその時。
「あ、かざねさんかざねさん! きりがないから、ここは胴体を狙ってみてよー!」
残った首を翻弄するように動きながら、悠司が叫ぶ。「ほら、胴がやられたら、首は動けない訳だしさー!」
「なるほど。分かりましたやってみます! じゃーもう一度、行くぞー! とりゃー!」
迅雷を発動し、切り落とされた首達の隙間を縫って一気に距離を詰めたかざねが、真燕貫突を発動する。
翼の紋章がセリアティスを持つ腕の周囲を舞った、その刹那。
ぐさと、目にも止まらない素早い攻撃が、キメラの胴体を守るフォースフィールドを貫通、繰り出された2撃目が、その分厚い体躯をブサーッ! と。
ギィギャアアアアアア!
残った首が、つんざくような悲鳴を漏らし、やがて、ぱたり。と倒れた。
●
「んー。舞台側から見下ろすって、やっぱり気持ちいいねー」
フィルムの探索で劇場内を徘徊していた悠司は、スクリーン前のスペースにひょい、と上ると、ヤナギに向かって手を振るように、大きく、伸びをした。
「おー。どれどれ」
隣に同じく、ひょい、と上ったヤナギが、腕を組んで「フーン」と唇を釣り上げる。
「確かにこれは気持ちいいかもな」
「ライブハウスとかでも、ステージ上から見る景色はサイコーだけどさ。こういう場所も、映画スターになったみたいで気持ち良いよね。おー客席が圧巻だー」
「なー悠司」
トン、とヤナギが肩で悠司の肩を子突いた。「何か映画の物真似トカ、やってみろよ」
「えー」
無茶ぶりだなあ、とか頭をかいた悠司は、コホンと咳払い。
それから、まるでマイクを持っているかのように利き手の拳を握り。
「えー、今日は、お忙しい中、僕達の映画に足を運んで下さって、ありがとうございます」
「出た、定番、舞台挨拶」
「やっぱりここ上がったら、これやっとかないとでしょ」
「いやあ。あの雪の中の撮影は、そうすね。一番大変でしたね。悠司君が、何せもう寒がって寒がって。何せほら、犬だから」
「そういうヤナギさんは、俺が寒がってンのに、わざと雪とかぶつけてきますからねー。困りましたよー」
とか二人でへらへら笑い合ってた所で。
いきなり、バタン! と、劇場のドアが開いた。二人はぎょ、として入口を見やる。
差し込む光を背にしてそこに立っていたのは、同じく一階を探索していたはずの、かざねで。
とか思ってたら、「うー!」とか突然呻いた彼女が、お腹を押さえて、そこに蹲りだした。
「え! え、え、え、なになに、どうしたんどうしたん」
二人は顔を見合わせ、慌てて駆け寄る。
「お、お腹が痛い」
「え、何でよ!」
「何か‥‥さっき、売店で、お約束のポップコーンを見つけたので、これはもう食べるしかない! と思って食べたら、ういてててて」
「いや食べるしかない、が既に、わかんねえんだけど、かざね」
「だって、映画館と言えばポップコーン! ポップコーンと言えば、映画館! これはもう切っても切れない仲‥‥いててて」
「いやもうあんま喋ンねえ方が。おー悠司どうするよ」
「どうするたって‥‥もー! お腹壊しても看病しないって言ったじゃないかー!」
「だって凄い美味しそうだったから‥‥うてててて、お、お医者様なんかは何処かに‥‥」
「いや、医者なんて」
いるわけない。と言い掛けて、二人はハッと顔を見合わせた。
医者‥‥居る!
「うううう。どうしよう、おなか、おなかいたーい」
悠司は慌てて無線機を取り出す。そして、2階を探索しているはずの、空へ連絡をした。
「なるほど」
2階の従業員用の控室等を重点的に探していた空は、腹痛の知らせに、探索を切り上げ、一階へと向かった。
「ふむ‥‥専攻は、スポーツ医学なんですがね」
と多少呆れたように漏らしながら、一応傍らに、救急セットを展開し。
寝そべったかざねのお腹を「失礼」と、触診し、胃、腸、と手をスライドさせ。
「診察道具が何もないので、あれですが。まあ、食あたりでしょうね」
「だろうな。明らか腐ってそうなポップコーン食ったんだしな」
「うおぇ!」
と、そこでかざねがいきなり、嘔吐いた。
「しっかり出して、あとは水分補給と安静です」
「うおぇ!」
「やれやれ。医者の肩書が、今日はこんな所で役に立つとは」
全く。と、呆れながらも、どうやらトイレに駆け込みたいらしいかざねに、空は、肩を貸してあげることにした。
一方その頃、2階の映写室では。
風海が、延々と機材を弄くっていた。
そしてその背後では、宵藍が、延々と探していた。
何を。
脚立を。
そしたらいきなり風海に、
「それで先程から宵藍さんは、一体何を探してらっしゃるんでしょうか」
とか思いっきり指摘されて、「え」と、立ち止まった。
高い棚とか‥‥届かないから‥‥脚立を‥‥。
いや、駄目だ。言えない。
「き、決まってるだろ。名作フィルムだ」
「そうですか」
じと、と青い目が、上目にこちらを見上げてくる。
「‥‥大丈夫だ。今日中には探し出すから」
「そうですか」
ならいいですよ、みたいに呆気なく目を逸らした風海は、「さて、出来た」と、服の埃を払いながら、立ちあがった。
「そっちこそ、何をしてたんだ」
「映写機を直していました。芸術はね、人目に触れてこそ、価値がある物だと思うんです。大事に保管されるだけならば、それは失われていることと同義。折角ですから、これを流してみましょうか。名作フィルム」
と、その手にあったのはまさしく「名作フィルム」で。
「そ、それ!」
宵藍は慌てて、その手の中にあるフィルムを指さした。
「え?」
「それだ! 名作フィルム!」
「え。これなんですか」
「それだ。それそれ、題名はその名も、名作」
「ストレートですね」
「映画やドラマに出てる身としては、そんな名前の映画に出てみたい気がするよ。それで自分の出演作もさ。後世で、幻の名作フィルム、なんて言われてさ」
「私はどちらかといえば、撮る方に回りたいですね。おじいちゃんのような芸術家になるのが、私の夢ですから」
「ふーん、芸術家、か」
宵藍は、名作フィルムを見つめながら、頷き。
「で。フィルムは、凄い分かりやすく私の横に、ずっとあったわけですが。本当の所は何を探してらっしゃったんですか?」
と、見つめられ、逃げるように、そっと視線を逸らした。