タイトル:歯医者と原譜マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/30 09:50

●オープニング本文








 歯が、痛かった。
 でも、歯医者は嫌いなので、ぐずぐずと行くのを先延ばししてたら、わーいたたたたたたたーってもー眠れないくらい酷くなったので、結局次の日、病院を探した。
 そしたら住宅街からちょっと離れた、工場地帯みたいな所に、何か、歯医者を見つけた。
 元は白かったのだろうけれど、すっかり薄汚れた白い外壁といい、字が読めないくらい掠れている看板といい、絶対駄目そうな気配がむんむんしていたけれど、結局、急かすかのように酷くなる歯の痛みには勝てず、ドアをくぐった。
 中は、古めかしい木造で、消毒液の匂いが漂っている。
 患者はおろか、人の気配が全くなかった。
 ドアが開いたということは、休みというわけではなさそうだったけれど、受け付けらしい木製のカウンターの向こうに、まずそもそも人が居ない。
「あおー」
 と、シイは、傷む歯を庇いながら声を出した。
 突然、「はい」と男の声が聞こえ、飛び上がりそうになった。いつの間にか、受け付けのすぐ横にあるドアが開いている。
 姿を現した男の人は、細い華奢なフレームの眼鏡をした、切れ長の目の蛇みたいな感じの人で、白衣を着ていた。
「あ、あお歯が、いは、いたいんですけど」
「ああ、患者さんね。じゃあまず、こちらの用紙に記入して貰って」
 とか何か言った彼は、悠長に受け付けへと戻って行き、がらがらーと引戸を引いて、紙を差し出してくる。
「後で書いたら、駄目ですか」
「痛いの」
「いやはい痛いです。え? 言ってますよね?」
「んーまあ、じゃあまあ先に見てあげることもできるけどねー」
「じゃ、じゃあそれで!」
 とか、思わず前のめりになったシイを、じーっていうかぼーっていうか、暫く眺めた医師は、「はい、じゃあ、どうぞこちらへ」って、やっと診察室へと続くらしいドアを開いてくれた。
 え、今のぼーの時間は何だったんだろう。
 とか思いながら、一台しかない診察台に座り。
 がたがた、とか変な音出してますけど大丈夫ですか、とか思いながら横になり。
 何だか不潔そうにも見えない事もない、道具がかちゃかちゃと用意されるのを待ち。
 看護師すらいない感じに不安を抱きつつ。
 何やかんやで、治療が始まったのだけれど。
「あ、あお先生!」
 幾度目かのガリガリーに耐えかねたシイは、とうとう、悲鳴を上げた。
「はい、何でしょう」
「い、いや先生、何かすんごい痛いんですけど、ありえないくらい痛いんですけど、これ何か、いや、申し訳ないんですけど、本当申し訳ないんですけど、これ、何か間違ってないですか」
「あーそうですねー。これ、痛い方の削り方ですしね。まー痛くない削り方とかも、出来ますけどね」
「え」
「いやだから、痛くない削り方もできますけどね」
 え。と何か、頭が一瞬真っ白になった。
 暫くして、自失茫然ってこれかな、とか、思い当たったあたり、我に返った。
「あの、先生」
「うん、何ですか」
「いや、痛くないの出来るんなら、それフツーに最初からやっときませんか」
「そうね。じゃあ、ちょっと音楽かけていい?」
「あれ? その話、今この状況と関係ありますか」
「うん。私ね、その人の曲を聞くと、調子良く仕事出来るんですよね」
「えーっと」
 いきなり何を言い出すんだ、この人は、と怯え、やはりこんな怪しげな歯医者に入るべきではなかったのだ、と途方に暮れ、けれど逃げ場は、益々ずきずき痛みだした歯も相まって、もー全然なかった。
 なのでシイはとりあえず、「そうですか」と頷いておくことにした。



「と、いうような事がね。あったんです」
 シイは目の前でカレーライスを食べるジャミを見つめながら、言った。
「ふーん」
 興味もなく頷くジャミは、シイの勤める喫茶店のカレーライスを実に上品に口へと運んでいる。
 この、痩身の美しいスタイルの肉体と美しく整った顔があって、生活臭とか覇気とかがない薄い美男子は、食べる時にも余り覇気は感じられない。ついでに言えば彼には、意外と女性と一夜を共にする気力、とかが無駄にあって、けれどモラルがなく、おまけに遠慮も節操も持続力もないので、良く女性にしばかれたり、泣きつかれたりしていているのだけれど、残念な事に、食べる姿が美しかった。
 銀色のスプーンがそっと口に入ったかと思うと、優しくふわっとその唇がスプーンを啄み、その間にさらっとカレーは口腔の中に消えていて。
 そしてまた、指先まできちんときれいな手の中のスプーンが、別に興味ないんだよなーみたいにカレーをかき混ぜる。
 そんな姿を、思わずうっとりと見つめそーになってしまって、何だかとっても腹立たしい。
 シイは顔を伏せた。
「で?」
 といきなり言われ、え? と、顔を上げた。
「いや、まだ通うつもりなの、その歯医者。やめた方がいいんじゃないの。危なそうじゃない、その先生」
「はーまーそうなんですけど。何か音楽聞きだしたら本当に凄い腕が良くなったし、こうして今、歯の痛みもないですし、暫くは、通っても大丈夫かな、とか」
「何それ」
「何がですか」
「やめた方がいいって絶対その歯医者。だいたい腕が良くなったかどうか、歯医者でもないシイには分からないじゃない」
「はー。でも実は何か、世間話してる内に依頼の申請をちょっと頼まれちゃったんで、少なくともまだ、そこには行かないと駄目なんですよね」
「え、シイ」
「はい」
「いや何で歯医者で世間話するの。口の中弄られてんのに、どうやって世間話するの。っていうか、世間話って何。依頼って何よ。何で頼まれてんの。また気弱な笑みとかでにこにこしてる内に頼まれちゃったんじゃないの」
「え、何か怒ってるんですか」
「いや‥‥怒ってないけど、別に」
「何か。治療終わって用紙の記入してた時に、治療中に鳴ってた音楽の話になったんで。そんなに売れてもなかった現代作曲家の人の作品らしいんですけど、でもその作曲家の人、キメラに襲われて亡くなってしまったらしいんですよ‥‥残念でたまらないって先生、悲しがっておられました」
「何初対面でちょっと打ち解け合ってんの、それ」
「なので、そのキメラに襲われたマンションに行けるなら、残った原譜は全部、せめてきちんと保管して残しておいてあげたいって。どうやら、ファン向けに公開されてる情報では、身寄りとかない人だったらしいので」
「それで可哀想になって、ついうっかり引き受けちゃったわけ」
「あとこれでポイント稼いでおいたら、今度から、治療とか、優しくして貰えるかな、っていう下心もあったんですけど」
「そういう子よね、シイって」
「はーわりとまーそういう子です」
「じゃあ今度その歯医者行く時言って。ついてくから」
「別にいいですけど、ついてこられる意味が全然分かりません」
 そう言ったシイをちらっと見やり。
「次はどんな頼みをあっさり聞くか、分かったもんじゃないから」
 素っ気なく答えたジャミは、また美しくカレーを口に運び、咀嚼した。






●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
壱条 鳳華(gc6521
16歳・♀・DG
坂上 透(gc8191
10歳・♀・FC

●リプレイ本文






「これが、くだんの幽霊マンションなのだな」
 とか何か、ジリオン・L・C(gc1321)が、言った。
「だかこの未来の勇者、ジリオン! ラヴ! クラフトゥ! の勇気の前には、幽霊も恐れをなして逃げてしまうに違いない!」
 そして、とーう! とか何か、決めポーズらしきものを決め、若干どや! 顔で後ろを振り返れば、びっくりするくらい無表情に、一連の動きを眺めていた終夜・無月(ga3084)が立っていた。
「‥‥‥‥」
 マンションのロビーの中に、ひゅおーとか何か、隙間風が吹き抜けていく。
「のぅ」
 と、坂上 透(gc8191)が、ちょうど隣に立っていた壱条 鳳華(gc6521)に、物凄い気だるげに、言った。「あのジリオンとやらはずいぶんと残念なイケメンなのかの」
 で。返事を求めて隣を見たら、つい今までそこに居たはずのAU−KVアスタロト、もとい鳳華はそこにはいなくて、何処に居るかと言えば、ロビーの端っこにある成金趣味丸出しの彫刻を眺め「これは、ふむ。中々いいぞ」って、力加減も考えず腕の所叩いて、パーンてそれが取れた! と思ったらその腕ごと地面へ、ガンッ! と。
 ‥‥どうやら話しかける相手を間違ってしまったようじゃの。
 けれどあと残っていたのは誰かといえば。
 透は、ゆらーと後ろを振り返った。
 ドクター・ウェスト(ga0241)と目が、合った。
 その途端、彼は、「けっひゃっひゃっ」と、とても危ない笑い方をした。
 何がそんなに面白かったのかは全く分からない。
 危険な人なのかもしれない。
 透は、またゆらーと視線を戻した。
「まーなんじゃ、お化け屋敷の。死んだ作曲家の霊でも出て来たら、サインでも貰おうかのぅ」
「しかしサインの前に失せもの探し! アイテムは、原譜だ!」
 って、ジリオンがまた騒ぎだした所で、
「楽譜か‥‥」
 と、終夜が、静かに呟き、またその場は一旦、落ち着いた。「芸術は誰かの眼に触れて初めて、意味がありますからね」
「おおっと! さすが良いこと言うな!」
「で、作戦は事前に打ち合わせした通りで良いかね〜?」
 勇者のサムズアップをすっかり見なかった事、みたいに、ドクターが言う。
 その作戦とは、討伐メインと探索メインに分かれて行動する、というもので、討伐メインはその通りキメラとの戦闘を請け負い、探索メインは、キメラと遭遇したら無線などで連絡を行い、合流次第、別の場所へ移動し捜索を続行する、というものだった。
「うむ」
 今さっき、思いっきりドジっ子を披露したわりに、物凄い尊大な態度で鳳華が頷いた。「いつでも連絡をくれて構わない。私はとりあえず下の階からキメラを探していくことにするからな」
「よーし! では改めて! いくぞ勇者パーティー! 十全に捜索を果たして、報酬を倍プッシュだ!」
 といって、ジリオンはエレベーターのボタンをプッシュした。「勇者エレベーター起動!」
 チン。
 がらがら。
「さあ〜、ついてこーい仲間達〜! ハハハ!」
 って開いた扉を確認し振り返ったら、そこにはもー、透しか、居ない。
「うぬ」
 で。さっさと箱に残り込んだ透は、勇者の意見は聞かず、何となく3階のボタンを押し込んだ。
「さあ。ジリオンもさっさと乗らぬか。我がついて行ってやるからの」
 何より透は、わりと丁度、階段とか上るの面倒臭いな、と思っていた所なのだった。
「お、おーう! 行くぞ、パーティー!」
 って後から勢い良く偉そうに乗り込んできたジリオンは、意外にきちんと閉ボタンとか、押した。



 そのエレベーターが、三階に到着するその前に。
 二階の探索に当たっていたドクターは、さっそくもーキメラの奇襲とか、受けていた。
「吾輩は探索メインのドクター・ウェストなのだよ〜」
 覚醒の影響でキラーンとか、めちゃくちゃ強い光を発している目をキメラへ向けて、すぐさまエネルギーガンを、撃った。
 と、同時に無線機を取り出し、仲間へ連絡!
「吾輩だ。二階にキメラを発見したよ〜。討伐メインはさっさと討伐にあたってくれたまえ〜」
「一階の鳳華だ。丁度二階に上がろうとしてた所だったからな! すぐ、そちらに向かうぞ!」
 と、その返事が無線機から聞こえている間にも、一旦は、壁の外へとブウーンとチェーンを巻き付け、攻撃を避けていたキメラが、元の位置に戻り、今度は反撃だ、とばかりにシャーッ! と、足首に巻いたチェーンを投げてくる。
 ズサ、とそれを寸での所で交わせば、壁にガーンとチェーンが激突し。
 シャーッと、また戻って行こうとするそれを、ドクターはすかさず、掴んだ。
 グイーっと力任せに引っ張れば、スコーンとキメラが転ぶ。けれどもう片方の足に巻いたチェーンをひゅ、と。
 勢いは弱く、今度は容易に掴み取ることが出来た。
「ひゃっ、ひゃっ、こうすれば逃げられまい〜」
 と、その頭にエネルギーガンの照準をしっかりと突き付け。
「さあ、その亡骸の細胞サンプルを解剖して採取してやろうかねぇ」
 けっひゃっひゃっとか、危うく、高笑い。
 とかやってそこへ、ズシャーッと鳳華のブルーのアスタロトが滑り込んできた。
「すまん遅くなった。後は任せろ!」
「そうだった。いかんいかん、我輩は探索メインだ」
 言ったその口が、チッ、と漏らす。エネルギーガンを下ろした。「地球人類のためにバグアの弱点を見つけ出すのは、後回しだな」
 すかさず鳳華は、転んでいるキメラへ、竜の翼で飛ぶように駆け寄る。天剣「ウラノス」を振りおろし、首を掻き切った。
 その間にも、ドクターは、する、と目の前にある部屋のドアの中へ入り込んで行く。
「ふう‥‥まずは一匹」
 鳳華が呟く。
 けれどそこへ、突然、壁の向こう側から、突然バッ! と飛びかかってくる影が。
「うわっ!」
 ガチン、と足を振るようにして繰り出された攻撃を横に体を倒すことで逃れ。
「っていうか、このキメラなんか動きが気色悪っ! 変な動きでちょこまかと動くんじゃない! くそっ! AUKVじゃなかったら絶対痛いだろそのチェーン!」
 また繰り出されてきた攻撃を、今度は突き出した腕にガツッと巻き付けておいて、ウラノスで叩き斬る。
「そのチェーンがなければただの薄気味悪い子供だろ! 私より背が低いくせに生意気なんだ! 不愉快だ!」
 まずはその足から切り落としてやる!
 ブウンッ、とキメラへ竜の翼で加速し、距離を詰めた。
 ぶわっ、と荘厳に輝く青色の大剣を横に振り抜く。「チェーンが好きなら私の美しきチェーンを喰らうがいい! Une chaine rose!」



 とか何か、二階がわりと忙しくやってる事、三階を探索中のジリオンは。
「勇者フィィィィィルドッ!」
 かっ。と目を剥き、まずは丁寧に、キメラの居場所を知る事から始めるようだった。
「襲って来た時は襲って来た時で、良いのではないかのぅ」
 つい今しがた一応覚醒状態に入った透は、既に少し腹が減り始めていて、むしろもー何でもいんじゃないかのーくらいの、若干投げやりな気分になっていたのだったけれど、勇者曰く。
「びく! となるからな!」
 でも、別にびくっ! なるくらいはいーではないか。と思った。
「しかもジリオン。びくっ、の前に既に腰が引けておるぞ」
「いや、敵の居場所を知るのは、これ、これはもう、本当にとてもとても大事な」
 必死な姿が、切なかった。
「勇者ならもう少しシャキッと」
 って透の言葉は全然聞いてないジリオンは、突然ハッとしたように、前方を見た。「不審な振動はっけーん! キメラはあっちにいるみたいだぞ! ‥‥くくくキメラめ。出現したことを後悔するがいい! さあ! 任せたぞ、勇者パーティー! 俺様は楽譜の捜索に回る!」
 って言った傍から、ぴゅーっとジリオンはもう、傍にあったドアに入った。
 というか、逃げた。
 しかも、カチッとか聞こえたあれは、もしや鍵を‥‥。
 あやつ‥‥と思った、瞬間、バッ、と視界の隅にもーキメラが!
 すかさずびゅっと来たチェーンを、透は小柄な体躯を活かし屈みこみ、避けた。
 背後でガーンッと、チェーンがマンションの壁を叩き壊す中、透は、豪力発現を発動する。ムキッと、隆起した腕で銀色の鉄槌「メテオライト」を構え、「今度は、我の番かの」と、すかさず立ちあがり、鉄槌の先端に付いた重い小型の打撃部を振り当てる。
 ブワン、と柔軟性を持った柄がしなり、まさしく、天から降り注ぐ隕石の如しと評される一撃が、キメラの片足を、その骨を、グキっと砕く。
「我は子供はお断りじゃ、もうちょっと大きくなれば良い男になるかも知れぬのに。全く惜しいわい」
 とか何か言いながらも、う、と体制を崩したキメラの頭部へ、更なる追撃を。
「さらばじゃ」
 ガシャン! と骨格ごと崩したような音が腕に伝わった瞬間、
「危ない‥‥」
 って全然危機感ない呟きが背後で聞こえた。
 ぬ。と思って振り返った透の眼前に、球形の何かが高速回転しながら飛んで来て。
 飛び退いたそこへ、ボトっと落ちたそれはキメラの頭だった。
 ゆらーっと透は顔を上げる。
 そこには、幅広の白銀の刀身と金色の柄が、眩いばかりに神聖な光を放つ、聖剣「デュランダル」を構えた‥‥。
 あれ? 誰じゃ?
「良くそのような表情をされますが、無月です」
 とか、良く考えたらわりとちょっと面白いかも知れないことを、終夜は、凄い無表情で淡々と、述べた。
「覚醒すると、こうなります。そのような次第で、後は任せて下さい」
 と。どのような次第か分からなかったが、それはそれとして、とにかくキメラならもう居ない。
 けれど。
「上か‥‥」
 呟いた終夜が、突然バッと駆け出した。と、同時に、ダランッと、今度は頭上から、キメラの体躯が現れる。
 デュランダルの刃の、横一文字に繰り出された攻撃を、一旦ひゅっ、と消え、寸での所で交わしたキメラは、別の位置からバッと飛び降りて来た。
 器用に三階の壁に吊り下がって止まり、反動のように廊下へ飛び出してくる。
 そこへ終夜は回転するようにして距離を詰め、攻撃を叩きこむ。後ろへ飛び跳ねたキメラから繰り出されてくるチェーンの攻撃!
 それをデュランダルに巻きつけるようにして受け止め、ガンッと引き寄せれば、引き摺りだされたキメラが廊下へバタンッと。
 終夜は、その隙を逃さず剣劇を繰りだした。
 目にも留まらない連続攻撃が、キメラを滅多打ちに。あるいは、八つ裂きに。
 斬っても斬っても、斬っても、斬っても、斬っても、斬っても――‥‥。
 長髪を艶やかに振り乱す終夜の攻撃の瞬間の残像が、幾重にも重なって、見えた。
 と。
 そんな中、透は。
 うむ。そうか。任せろというなら、任せよう。
 戦闘は早々に切り上げて、空腹を満たすための食糧‥‥もとい、原譜探しを手伝うべく、間近にあったドアを見つめていた。
 そういえばこれは鍵がかかっていたかの。
 なんて覇気なく、ちょっと見つめて。
 たかと思うと、突然ブワッ! と、メテオライトを振りかぶり、ダーーーンッ!
 バッシーンッと壊れたドアが、凄まじい勢いで部屋の中へ向かって飛んで行き。
「だー! な、なななななな、なんだ! 何事だ! キメラか! くそー! ゆ、ゆゆゆ、勇者!」
 部屋の中に、小型自動小銃スコーピオンをへっぴり腰で構える勇者ジリオンの姿が、見えた。
「なに、これが噂のマジカル鍵空けじゃ。かわゆいかの?」
 透は薄っすら笑いながら、のんびりと、言う。




 そんなこんなで、4階の探索に取りかかっていたウェストは。
「作曲家ということは、何か楽器があったりするのだろうねぇ」
 とか何か言いながら、幾度目かになるドアを開き、入り込んだ部屋の中で、やっとこさ、黒いグランドピアノの姿を発見していた。
「おお、これは発見したんではないかね〜」
 ふむふむ、と辺りの棚を見回し、目当ての楽譜らしきものはないか、とチェックする。
 無線機を取り出した。
「こちら、ウェストだー。どうやら見つけたみたいだね〜。手が好いたら、四階の一番右端の部屋に来るんだね〜」


 暫くすると、「ちょあーっ!」とか何か言いながら、ジリオンがごろごろ、と廊下を転がり、無駄に派手に登場した。
 それから、しゅた、と膝立ちになり、無駄にキリっと、どや顔を。
「この辺りに楽譜があるみたいだね〜。とりあえず全て持って行けばいいかね」
 ウェストがマイルドに無視した。
 それがあんまりマイルドだったので、後で追いついた鳳華も全く違和感を感じず「そうだね。じゃあ、手分けして持って行くか」とか何か、答えた。
「しかしこういう物を見ると、やはり人間には無限の可能性があると感じるものだね〜」
 ばらばら、と楽譜のページを繰りながらウェストが、言う。
 その姿は、その白衣姿と相まって、まるで科学者が論文をチェックしているようにも、見える。
「ところであれは、ピアノではないか!」
 と、そこで、どや顔ポーズ。はもう気が済んだのか、立ちあがったジリオンがピアノへ近づいていた。
「よし、未来の勇者様が、勇者パーティーの皆を鼓舞するような一曲を弾いてやろう! 勇ましく!」
 ダーン! ダンダンダン! ダンダン! ダーン!
「こら! 煩い!」
 鳳華が叫び、叫んだ瞬間。
 ガシャーンッ。
 勇者があんまりにも無茶苦茶に力加減も考えず叩くもんだから、ぶっ壊れた。
 何が。
 ピアノが。
「‥‥‥‥」
 えー。みたいな皆の視線が、ジリオンに、向いた。
 見れば漫画みたいに、鍵盤の真ん中辺りが、真っ二つに、叩き割れている。
「や‥‥やわなピアノだな! そういえば、ここにヒビがあった!」
 えー。
「‥‥‥‥」
 パタン。
 と、そこで、静寂の中に、何かが閉じるような音が、響いた。
 隣の部屋だ、と気付いた鳳華は、ふとその隣のキッチンを覗きこむ。
 冷蔵庫の前に座り込み、何やらもぞもぞしている透の背中が、見えた。
「‥‥何をしてるんだ」
 ぬ。と振り返った透の口の周りは、チョコレートらしき黒いてかりが‥‥。
「物の隠し場所といえば、だいたい冷蔵庫の中と相場は決まっておるからの。大きな茶封筒が冷やされてあって、その中に直筆原譜が入ってないか、と思って見てたのじゃ」
 明らか何か食ってるんですよね、間違いないですよね? みたいに口をもごもごさせながら、透が、言った。
「決して食欲とかで冷蔵庫を覗いているのではないからの」
 そこまで開き直られたらもー何も言えない、と思った。



「やーやー! 待たせたな勇者パーティー! 大漁だ !報酬は倍プッシュ間違いないぞ!」
 外でキメラの残りが居ないかと見張りを行っていた終夜に向け、わりと何もしてない勇者は、むしろピアノぶっ壊しただけの勇者は、偉そうに、言った。
「見つけたのは、吾輩なんだがね〜」
 やれやれ、みたいにウェストが肩を竦める。
「芸術は誰かの眼に触れて初めて意味がある‥‥行きましょうか」
 終夜が、やっぱり相変わらずの無表情で、言った。