タイトル:はしゃぐ水色マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/20 15:54

●オープニング本文








「いや、お金、持ってないんですよ」
 と。
 目の前の、少年が、言った。
 それがあんまりにも堂々とした言い様だったので、もしかしたら彼は正しくて、間違った指摘をしたのはこちらの方なのではないか、と、シイは錯覚をしかけた。
 ひょっとしたら、軽食を食べてお金を払わず店を出ることは、年頃の少年ならば誰でもやっていることで、それをわざわざ追いかけて来て指摘するのは、恥ずかしい事なのではないか、と。
「いや」
 とか何か、シイは、やっと立ち直り、言った。
「いやお金持ってないのに、喫茶店で注文したら、いけない、ですよね?」
「はー、注文したのが駄目だったんですか」
 顎くらいの長さにだらしなく伸びた、中途半端なウェーブがかった黒髪の間から、真っ直ぐにこちらを見つめて来て、少年が言った。
「いや、注文っていうか」
「はい」
 ってそんな真っ直ぐに頷かれても、どうすれば、とか、思った。
「あのー、食い逃げっていうか、無銭飲食って、犯罪だと思うんですけど」
 とか何か言ったら、彼は、「ああ、そうみたいですね」と、まるで、凄い遠くの場所で起きてる戦争の事を聞いたみたいな反応をした。
 ああそうみたいですね。キメラ、出たみたいですね。
 で? それが、どうかしましたか?

 いやきっと、シイだってニュースでそんなの見たら、結構近所じゃない限り、ああまたなんですね、出たんですね、みたいな反応しかしないし、自分に関係ない限り、人の事なんてわりとどうでもいいので、うんうんそうなるよね、どうもしないよ、とか何か、一瞬相手の雰囲気に洗脳され、錯乱したことを口走りかけたけれど、冷静になって考えてみたら、そもそも戦争のくだりから、全く関係なかった。
「あれ? あのー今これ、この状況の話を、してるんですよね? つまり、君が、うちの店でカレー食べて、お金払わないで、逃げた事、なんですけれども」
「店員さん」
 じーとか、こっちを見て来たまま、少年が言った。
「はい」
 喫茶店でアルバイトしているシイは店員さんに間違いなかったので、頷いた。
「僕は逃げてるわけじゃなくて、歩いてるだけなんですよ」
「うんごめんなさいあのー、そういう事を言ってるんじゃないんですよね」
「はー」
「とりあえず、お金、は持ってないんですよね」
「はい」
 ってそんな真っ直ぐに頷かれても、どうすれば、とか、思った。
「じゃああの、これ一旦、店の方に戻って貰っていいですか」
 って、そしたら彼が、凄い素直に「はい」とか頷いたので、思わず、「え」と、シイは呆気に取られた。
 思わず、いいんですか、と確認したくなる。
「え、って何ですか」
「いやそこそんなさくっと頷いて貰えるとは思ってなかったから、何かちょっと、びっくりしました」
「そうですか。じゃあ、行きましょうか」
「え、はい」
 え、本当にいいんですか、と逆に戸惑いながら、シイは、少年の後を追った。



「と、いうような事があって、まー、いろいろあって、彼には働いて貰ってるんです」
 椅子にきちん、と腰掛けたシイは、手元を見つめながら説明を終えて、それから、向かいに座るジャミを見やった。
 そしたらジャミは全然こっちを見てなくて、何処を見てるかと言えば、カウンターの方を見ていた。暫くして、常に覇気とか生気とかなさそうな美形の顔を、ゆらーとか顔を戻して来た。
「うんあの、その彼がさっきから思いっきりシイの事ガン見してるけど、大丈夫」
「はい。何か常にわりと僕の事ガン見してるんで、あれはデフォルトです」
「え、ガン見がデフォルトなの」
「はい、そうみたいです」
「え、シイ」
「はい」
「え、大丈夫?」
「はい」
 一体何をそんなに心配されているのだ、と言わんばかりに、平然と頷いたシイを見て、ジャミが「あ」と、小さく漏らす。「そう」と続けた。
「はい」
「じゃあちょっと明日申請しに行って欲しい依頼の事に、話、戻していいかな」
「はい。聞きます」
 むしろ、そのためにこうして向かい合っていたと言っても過言ではなく、その話の前に、ジャミが新しいバイトについて「あ、新しい子雇ったんだ」とか何か、言及してきたので、そのような話になっていただけで、本来は、用件だけ聞いて、ぱっぱと仕事に戻るつもりだった。
「まー、わりと良くある感じのキメラ駆除の依頼なんだけどね」
「はい」
 こんなご時世だから危険な地域はたくさんある。
 すぐ近くで戦争が起こっているのに、それでもいろいろな事情でその付近を離れられない人達や、小さな集合体である町の中で、閉塞し、退屈し、怯えている人も。
 そんな場所に届ける物資を調達したりするのがジャミの仕事で、彼は時々今回のように、その道々で拾ってきた依頼の申請などを、喫茶店アルバイトの身で、どちらかといえば時間に余裕のあるシイに、頼んだりする。
「場所は、小学校跡地なんだけど。校庭に埋めたタイムカプセル掘りたいから、その場所に生息してるキメラを駆除して欲しいって依頼」
「え、わざわざですか」
「んーそうね、わざわざ」
「諦めたらいいんじゃないんですか、タイムカプセル」
「でもさ、キメラが居るから、思い出を掘り起こすの諦めます、っていうのも、何か、癪に障るって言われたら、それもそうだな、とか思ってさ。折角皆で集まって、掘り起こそうとしてたのに、って」
「何の負けず嫌いですか、っていうか、意固地になってるとしか思えないんですけど」
「まあ、負けたくなくて意固地になるって気持ちは分からないわけではな、っていうかいやごめん」
 と、突然、普通に受け答えしてると思ってたジャミが、顔の前で手を振った。「ちょやっぱ凄い気になるわ、どうしよう。なに本当ずっとガン見なんだね、彼ね」
「はいー、でもまあ別に、ジャミさんのこと見てないですから、気にしなきゃいいですよ」
「えシイは気にならないの」
「んーまあ、見てるだけなんで」
「え、気にならないの」
「まあ、いろんな人が居るってことですよ。キメラに負けたくなくてタイムカプセル掘り起こそうとする集団とか、人の事ガン見する少年とか」
「いやうん全然纏まってないよ」
「小学校跡地、と言う事は、あれなんですかね。校舎とかも、あるんですかね」
「うん」
 あ、マイルドに話戻したんだね、こっちは納得してないけどね、みたいなちょっと不服そうな口調でジャミが頷く。「残ってる校舎は、三階建ての建物一つだけなんだけど。それも半壊してる」
「そうですか」
「キメラは。何か、大雑把には人型なんだけど、尻尾が生えてて、あと、指の間に、水掻きっぽい、美しい色をした膜があるキメラらしいよ。見た目は、男とも女ともつかない感じで、水色のつるーんとした体してるらしい」
「はー」
「うんそうよね。コメントに困るよね」
「困りますね」
「でもガン見は困らないんだね」
「そうですね、見られてるだけなんで別に困らないですね」
「あ、そう」
 ジャミは呟いて、呆れたように肩を竦めた。




●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
未名月 璃々(gb9751
16歳・♀・ER
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
フロン・M・カーン(gc6880
18歳・♀・AA
久川 千夏(gc7374
18歳・♀・HD
坂上 透(gc8191
10歳・♀・FC

●リプレイ本文







「まあ! なんて、タイプカプセル日和なのでしょう!」
 とか何か、校庭の端っこに立つ、ロジー・ビィ(ga1031)が言った。
 続いて、ピコっとか、赤と黄色で出来たポップなぴこぴこハンマーを叩き、ぴこぴこ、と更に叩き。
 とか何か何でもいいのだけれど、今、彼女は、聞き間違えでなければ、確か、タイプ、カプセル、と言った予感がする。
 未名月 璃々(gb9751)は、はー何でもいいですけど、間違えてませんかー、みたいに、ロジーを振り返った。
 そしたらロジーが、
「それで、タイプ=カプセルとは、一体どういった物なのでしょう? 新しい武器か何かなんですの? それとも何かを指し示すコードネームか何かなんですの!」
 とか何か、今度こそ完全に、タイプ=カプセルと言った。そして‥‥。
「掘り起こして、ド派手に飛ばすんですのね! 宇宙へ! ドーン!」
 ぱーっと両手を上げて、それから、ね? と、満面の笑みを浮かべ、セシリア・D・篠畑(ga0475)を振り返る。「ね? セシリア」
 対するセシリアは、物凄い「無」の表情で、暫くじー、とかロジーを見つめた。
 やがて「はい」と。
 あ、そこは頷いちゃうんじゃな、みたいに、坂上 透(gc8191)がゆらーとちょっと反応していた。
「やっぱり、タイプ、カプセルを打ちあげるには、今日のお天気は、うってつけなんですのね!」
「はい。いよいよ私達も打ちあげるのですね、タイプ=カプセルを」
 と、無表情かつ抑揚のない喋り方をする彼女が言うと、これはもしかしたら壮大なプロジェクトの話だったのではないか、と錯覚しかけてくる。
「いや、打ち上げたりは、しないんじゃないかの」
 とりあえずそんな面倒臭そうな展開になったら困る、と思ったのか、透が、そっと指摘をした。
「成る程。では、私達で埋めるのですね。タイプ=カプセルを」
 あ、そうくるんじゃな。みたいに透がセシリアを見た。
 それからちょっと、何か、見詰め合った。
「‥‥いえ、分かりました。分かってました。倒しましょう。キメラを」




 廊下に、四つの扉を確認した。
 つまり、教室二つ分。
 校舎内探索班の那月 ケイ(gc4469)は、素早く一つ目の扉へ近づくと、壁に身を隠すようにしながら、そーっと、扉を開き、さっと内部の様子を窺った。
 覚醒の影響で金色に変化した瞳を、素早く走らせる。
 右、左、天井。
「よし、キメラなし、と」
 瞬間。
 何かが後ろからぴゅっ、とケイを追い越して行き、えっ、とか思ったら、フロン・M・カーン(gc6880)だった。
 戦闘用ドレスの白いレースをひらひらさせながら、教室内に飛び込み、「小学校だー! わーわー!」とか何か、はしゃいだ声を上げる。
 そのまま何か、教室の隅っこ置かれた掃除用具入れにガーン! と突進して行き、バーンと開き、中からアルミのバケツを取り出したかと思うと、それをケイに向かって投げて来た。
 わりと凄い勢いで、ヒュッ! とか飛んでくるバケツを、うわ、とか思って避けた。
 と思ったら、踏み込んだ先の木材が傷んでいたらしく、そのまま床にズボッ、とか足がハマり込み。
「のあぁっ!!?」
 って後ろに仰け反った鼻先をバケツが通り過ぎて行き、ガツッ、と壁にめり込み、止まった。
「さあ! ボロボロになった校舎を綺麗にするのです! 水を汲んで来て頂けますか! 那月様」
「いやいやいや‥‥フロンさん」
「はいっ!」
 返事と共に、彼女の左右に結んだ髪が、子犬の尻尾のようにパタパタッ、と動いた。覚醒するとこうなるらしい。
「いやはい、じゃなくてさ。その「掃除」っていうのが既に、違うから」
「えっ!」ぱたぱたっ。
「今日はキメラの討伐ですよ」
 と、浮ついた雰囲気を完全に引き締めるような真面目さで、久川 千夏(gc7374)が、言った。背後からの奇襲を警戒するように、来た道の方をじっと見つめながら、「肉体を酷使してキメラ討伐、なんて、時代錯誤も甚だしい限りですが、仕方ありません。本当は、上空から爆弾でも落として一掃、というのが合理的なんですが、目的がタイムカプセルだと言われると、それも無理ですし」
 とか何か、わりと豪快かつ過激かつ、金のかかりそうな事をさっぱり、と述べた。
「だからやっぱり、肉体を酷使してキメラを探すしかない私達は」
 と、話の続きを浚ったのは、多目的PDA「タクティカル・サポーター」の液晶画面を操作していた辰巳 空(ga4698)で。
「一階、二階、と探索を終え、残るは、三階のみなわけですが」
 ただもうこれ、校内にはキメラいなんじゃないんですかね、と言おうとしたまさにその矢先。
 覚醒の影響で僅かに紅く変化した瞳が、ぷっつりと切れた廊下の向こうに飛び上がる、青い何かの姿を見つけた。
「あれは‥‥河童? 両生類?」
「キメラだ!」
 ケイが、声を上げる。
「全く、バグアのセンスは‥‥」
 呆れたように言いながら、空は、尻のポケットに端末を仕舞い込み、すぐさま背後の階段の方を振り返る。
「上にも、居ますね」
 気付いていたらしい千夏が、先に、言った。
「ええ、やっと動き出したようです」
 空は頷き、駆け出した。
 その間にもケイが、片手剣カミツレを手に、廊下から侵入してきたキメラへ向かい走り出している。
 そこに居るのは、キメラ、二匹。キーッ! と耳触りな威嚇の声を上げ、水掻きのついた手を振りかぶり、突進してくる。
 プロテクトシールドを突き出しながら、躊躇う事なく飛び込み、繰りだされた攻撃を、ガンッと、受けた。
 瞬間、周りに赤く浮かび上がる盾の紋章に、パシッ! と、金色の閃光が走る。
 すかさずカミツレの刃を、その横っ腹に向かい振り抜く。
 と。
 バッ! と、背後から、もう一匹のキメラが飛び上がった。ビュっ! と回転した勢いで、鞭のようにしなった尻尾を、ケイ目掛け――。
「よーし、キメラの討伐ですねー! もちろんやります! やらせて頂きますともーっ!」
 可愛らしい声と共に、バシューッ! と、フロンの黒刀「鴉羽」から飛び出した衝撃波がキメラに衝突し、攻撃を食いとめた。
 直撃を喰らった青い体が、ダンッ、と床に叩きつけられ、その衝撃に耐えられなかったのか、バキッ! と木が破れた。
 そのまま、落下するキメラを、たたたた、とスカートをはためかせながら追ったフロンは、流し斬りを発動し、渾身の一撃でキメラを斬る!
 ギシャーっ! と倒れ込んだキメラを、烏の濡れ羽色をした、艶のある美しい刃が、尚も背後から、斬る斬る、斬る!

 と。
 その頃、三階に駆け上がった空は、四匹のキメラの姿を確認すると、戦闘用のハイテク靴「シャドウランナー」で、その内の最も手前の一匹へと素早く駆け寄っていた。奇襲に気付くのが遅れたキメラは、武道家らしい引き締った空の腕に口を塞がれ、そのまま、ストライク・アームズの爪に喉元を掻き切られ、バタッ、とその場に、落ちる。
 それが、開戦の合図だった。
 ハッ! としたように、残りのキメラ達が、空と、そして千夏を振り返る。
 ギャシャーッ! と、派手な鳴き声を上げ飛びかかってくるキメラへ、千夏はすかさず拳銃「スキンファクシ」の照準を合わせ、引き金を引いた。
 眩く輝く白色と青銅色の銃身を持った、高級感溢れる拳銃から、ダンッ! と、飛び出た弾丸が、プツン、とキメラの腕を撃ち抜く。
 致命的なダメージはない。
 千夏は、拳銃を構えたまま、スタイリッシュグラスの赤いフレームを押し上げる。急所を狙わなければ。
 けれど。
 急所、何処よ! っていうかこのキメラ、気持ち悪いのよ!
 とか何か、わりと忙しい千夏の前では、空の息を飲むような攻防が。
 キメラの尻尾の攻撃を翳した腕で、バシッと受け止め、振り払うように回転し、その反動で、爪の刃を振りかぶる。
 うっと、それを避けたキメラは、後退し、足を踏ん張り。
 そのまま、ズボッ! 
 とか何か、片足を完全に床の中に突っ込み身動きが取れなくなった仲間を、このアホー! みたいに飛び越えて来たキメラと、また応戦し。


「そうそう、俺もそうなりました」
 いきなり、頭上から飛び出して来たキメラの足に驚いたものの、何が起こったのか理解したケイは、ちょっと、思わず、笑っていた。
 ツンツン、とカミツレの刃で突くと、ビクッ、としたように動きが一瞬止まった。そして火事場のくそ力! とばかりに凄い勢いで引き抜かれようとした、それを。
「おっと、逃がさねぇよ!」
 声と共に、力の限り足を引っ張った。
 凄まじい音を立てながら落ちて来たキメラを、そのまま床に叩きつけ、すかさず、喉を掻き切る。
 頭上で、ダンダンダンッ! と、銃声が鳴った。
「急所は分からないけれど、目を撃たれたら、少なくとも、困るでしょう!」
 続けて千夏の、鋭い声が聞こえてくる。
 と、思ったら。
 突然「キャッ!」と、いう声と共に、穴から細身の彼女の体が、ものの見事にスルン。
「おっと。危ない」
 差し出したケイの腕の中に、どしっ、と彼女が落ちてくる。
「おっと、ご無事で。俺、受け止めたものの、このまま床が抜けたらどうしようと思った」
「こ、これは、半壊した校舎が‥‥いえ、ありがとう」
 ぼそぼそ、と聞き取れないくらいの声で、千夏が、言う。
 眼鏡のフレームを、そっと押し上げた。





 さすがに小学校の跡地に食べ物はないかのォ。
 と、ふら、と目を向けた先に、透は何故か、スナック菓子が落ちているのを、見つけた。
「え」
 自分で見つけておいて大層びっくりしたのだけれど、もしかしたら、何処かの悪ガキが内部へ入り込み、たむろしていた痕跡だったのかも知れない。そこには、幾つかのお菓子と、煙草の吸殻や、空き缶などが、転がっていた。
 ああ、お菓子じゃ‥‥!
 透は喜び、とにもかくにも手を伸ばそうと近づいた。
 瞬間、ガシャッ、とそれを青い足が、踏みつけた。
 ‥‥‥‥。
 ガシャガシャガシャ、と駆けつけて来た青い足が、尚も、踏んだ。
 ‥‥‥‥。
 食べ物を貰った恩は、三日間は、忘れない。
 そして、食べ物を奪われた恨みもまた、忘れない。
 ただしこちらは。
「一生じゃぞーこのやろー」
 と、相変わらず覇気のない声ではあったけれど、透は確実に怒っていた。
 じと、と目を据わらせ、キメラを睨みつける。そして、ゆっくりと鉄槌「メテオライト」を。
 と。そこへ。
 ズサっ! と、凄まじい勢いで背後から、何かがキメラへ向かい颯爽と飛びかかって行った。
 セシリアだ。
 覚醒の影響で赤く血管のような模様を浮かび上がらせた腕に、ホーリーナックルを装着した彼女は、ガツッ! と、早速その手でキメラの顔を、ぶん殴った。
 ウワー‥‥。
 でも、瞳を赤く変化させ、目の周りにも腕と同じような赤い血管の模様を浮かび上がらせたセシリアは、とにかく、「無」の表情で。
「キキキキー!」
 その場に居たもう一匹のキメラが、やばいよやばいよ、コイツやばいよ! みたいに、鳴き声を上げ、水掻きのついた掌をバタバタ、と動かした。
 その手から発生した突風がセシリア目掛け、ズサっ! と飛んで行くかと思われたその矢先。
 ズドーン、と、エネルギー弾が飛んで来て、それをかき消し。
 すちゃ、とエネルギーガンを下ろしたロジーは、銀色の美しい銀髪の裾をそっと、肩から払い。
 遅れて、背後から駆けつけてきた仲間のキメラを知っていたかのように、腰から二刀小太刀「花鳥風月」を抜き去ると、回転の反動で、その刃を早速キメラへと打ち込んだ。
 頭から立てに真っ二つ――!
 そこから、ロジーの動きはどんどんと加速する。
 蒼い闘気をその身に纏いながら、あるいは羽根の一部を羽根のように広げながら、やってくるキメラに向かい、無言で突進して行く。
 花鳥風月を振りかぶり、キメラの頭部を。
 身を屈め、キメラの足を。
 ずさーっと滑り込み、キメラの腹を。
 美しい一つの風のように、次々と駆けつけてくるキメラに負傷を負わせ、その後に続くセシリアが。
「‥‥はい。速攻でブン殴ります。兎に角ブン殴ります。ええ、ブン殴っていきますとも」
 という言葉に違わず、白銀のグローブに、十字架の模様が刻まれた神聖な雰囲気を漂わせるグローブで、びっくりするくらいがっつがっつとぶん殴り。
「キュキュキュっ」
 降参です降参です! みたいにキメラが可愛い鳴き声を放つ。
「‥‥‥‥」
 のをまた、殴り、殴り、殴り!
 とかやってるセシリアの周りを、有名女優の奇行を発見した記者みたいな勢いで、パシャパシャパシャ、とカメラのシャッターを切りながら、未名月が通り過ぎて行き。
 何という華麗かつ恐ろしい連携じゃ‥‥。
 と、思わずぼんやり見てしまっている透の元にも、セシリアのぶん殴りから漏れたキメラが。
 くわ、と俄に、食べ物の恨みが込み上げ、回転の勢いを付けたメテオライトの打撃部を、ガーン、とその腰に打ち込んだ。
「必殺、めておいんぱくとー」
 ぐき、と何らかの骨格が折れたらしい音が、耳に届く。
 けれど、聞こえなかったふりで、まだまだ、打撃部を打ち込む、打ち込む、打ち込む!
 って、もう原型が分からなくなるくらいやった所で、透は、空腹がピークになりばたんきゅーした。
「ああ‥‥もう一歩も動けん。どうか最後に、我にそのお菓子を‥‥」
 とか何か呟いてたら、パタパタパターっと、白い小さな旗を振りながら、とことこと未名月が歩いて来た。
「えー、倒したっぽいです。見た限り。御苦労さまでした」
 そして、ポン、と足元にお菓子を置いてくれた。
「このぐちゃぐちゃになった死骸は頂きましょう。色々と中身も気になりますし、保存用に採取します」
 って一切戦闘に参加しなかった彼女は、エンジニアの顔つきで、言い。
「このキメラには是非、この全集の一ページを飾って貰いたいですが‥‥んー、やっぱり、気持ち悪いタイプのキメラですかねー」
 そして、自ら作成中だという、変態キメラ全書のページを繰りながら、小首を傾げた。




「なるほど、タイムカプセルというんですの」
 未名月から、説明を受けたロジーは、「記念や思い出に何かを埋める物‥‥確かにセシリアとこうしていることが一番の記念で思い出ですけれど、その証が欲しい、と。そう言うワケですのね!」と、早速もー埋める気になった。
「はい」
 とロジーの言葉にセシリアが頷く。
「こうしてロジーさんと一緒にタイムカプセルを埋めようとした事自体は、素敵な思い出‥‥です。でも何か埋める物は欲しいですね」
 そしてセシリアは、きょろきょろ、と辺りを見回し。
 やがて、キメラの死骸を凝視した。
「‥‥埋めましょう」
 ロジーがそっとセシリアの肩を叩く。
「さぁ、今! ここにっ! あたし達の思い出、タイムカプセルを‥‥っっ!! 」

 って何だかもーいろいろ間違っている気がしたが、面倒臭かったし、何よりお菓子を食べるのに忙しかったので、透は黙っておくことにした。