タイトル:廃墟ホテルの救出マスター:みろる

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/07 20:57

●オープニング本文



 美術館の片隅に設置されたベンチに座り、佐藤は、無料で配布されている冊子を読んでいた。
 館内は静まりかえっていた為、近づいてくる足音には、すぐに、気付いた。
 冊子の影から顔を上げる。スーツの上から黒いジャケットを羽織った飯田が、立っていた。相変わらず、有能なトレーダーです、もしくは、有能で美貌のトレーダーです、とか何か、そんな名刺を差し出しそうな佇まいだった。
「何、飯田君って、僕のストーカーか何か」
 飯田は隣に腰掛け、黒い鞄を膝の上に載せる。そこからクリアファイルに挟まれた書類を取り出しながら、「受付の男が」とか何か、言った。
「受付の男?」
「そう、受付に立ってる真面目そうな顔の男が、君のこと、ちらちら、見てた」
 取りだしたクリアファイルを、佐藤に差し出す。
「僕がきれいだからかな」
 呟いたら、頬が緩んだ。「参るな」
 飯田はそんな佐藤のことを、哀れな物を見るようにも、憎らしい物を見るようにも、どうでもいい物を見るようにも見てとれる、結局のところ感情の読めない瞳でぼんやりと見つめた。
「佐藤君」
「うん」
「珍しいからだよ」
「そうかな」
「普通女装した人は真昼間の美術館とかに現れないよね」
「でもさ」
「でもさは必要ないよ」
「でもさ、例えば珍しいの中に、あ、でも意外とイケるかも、美人かもが含まれたりするかもしれないじゃない」
「含まれないんじゃないの」
 もうその話いいよね、くらいの興味のなさで、飯田は顔を背ける。鞄の中をごそごそするので、何かまだ取り出すのかなと思って何か見てたら別にただ、ごそごそしてただけのようだった。
「ねえ。でも、飯田君が言いだしたんだよね、受付の男が僕の女装に見惚れてたよって」
「見惚れてたとは言ってないね」
「おかしいな」
「じゃあ、依頼の話するけどいいかな」
「じゃああんまり納得してないけど、何か、いいよ」
 佐藤はクリアファイルの中身を取り出し、書面に書かれた内容を、読む。立ち入り禁止区域に指定した廃墟ホテルに、民間人二人が侵入している、と、要約するとそんな内容だった。いつもながら、良く見つけてくるな、と佐藤は感心する。飯田は、占い師だとかいう胡散臭い肩書をもっているし、自身も「霊能力で見つけました」的な胡散臭いことを思い切り公言しているが、霊能力だとか占いだとか、そういった非科学的なことは、佐藤は余り、信用していない。
 けれど、飯田の民間人を発見する能力は少なくとも、本物だった。どうやって見つけてくるかは知らないけれど、ULTでも把握し切れていない民間人の動きを、それは、現在行方不明とされている者や、立ち入り禁止区域に侵入した者だったりするのだけれど、そういった彼らの動きを、見つけてきたり、する。
 行方不明の届け出を出されたところで、そこまで手が回らないのが現状であるし、勝手に立ち入り禁止区域に侵入した奴のことなんか、知るか、とも言いたいのが本音というところなのだけれど、国家には国家を支える民間人の士気を上げるためのパフォーマンスが必要だったし、救出劇の報道が良いパフォーマンスになるのは、事実だった。
「四階建ての建物だ。民間人は、2階に一人、もう一人は3階に居る」
「キメラは、居るのかな」
「居るね。虎みたいなやつ。爪とか牙とか、結構、凄いみたいだよ」
「客室に、トイレ、エレベーターは、動かないか。じゃあ、階段を昇って貰うしかないな。民間人は、客室を一つ一つ調べて見つけるしかないってことだね。面倒臭いね」
「まあ」
 と飯田は壁に背中を預け薄っすらとほほ笑む。「救わないなら別に、それでもいいんだ。俺はただ、見えたからには君達に伝えるだけで。あとは、好きにしてくれればいい」
「じゃあさ」
「うん」
「せめて、ULTに持ってきてくれないかな」
「断る」
「断られても、望む」
「あそこ行くといろいろ面倒臭いから、いいの」
「いいのって、良くないよって話してるんだよね、今」
「何が、良くない?」
「だって。僕だってこっそり、趣味の女装を楽しみたいもの」
「ULTにばれたら、困る?」
 飯田は、佐藤の骨ばった首筋に巻かれた、細いチェーンの華奢なネックレスを指に絡める。「女装趣味の職員は、まずいかな」囁くように、言った。
 佐藤はくすぐったさに俯き、顔を背ける。「まずいんじゃないかな、聞いたことないから知らないけど」
「じゃあ、秘密にしといてあげるね」
「やな感じ、脅してるの?」
「俺はね」
 飯田は、無駄に長い足を組み替える。「佐藤君が気に入ったから。認めて欲しいだけなの、俺の力を」

●参加者一覧

マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
ブロント・アルフォード(gb5351
20歳・♂・PN
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
獅堂 梓(gc2346
18歳・♀・PN
北崎 照(gc5017
16歳・♀・DG
コッペリア・M(gc5037
28歳・♂・FT

●リプレイ本文



「こんにちは〜。俺達はULTの依頼できた傭兵です〜。貴方達を保護しに来ました〜。怪しい者ではありません、安心して下さい〜」
 マルセル・ライスター(gb4909)は、廃材や埃、ゴミが散らばるホテルの廊下を歩きながら、声を張り上げた。
「そうそう、怪しくなんかないんだから、さっさと出てらっしゃい〜」
 コッペリア・M(gc5037)が、物凄いはしゃいだ声で、言う。親切心というか、援護のような気持ちで彼は言ったのろうけれど、御鑑 藍(gc1485)ムーグ・リード(gc0402)の視線が、わー凄い説得力ないーみたいに、コッペリアに、向いた。
 え、みたいにコッペリアがとりあえず笑いながら「あらん、何かしら」とか、皆を見回す。それでもまだ皆が見つめているので、「そんなに見つめられたら私、は、ハッスルしちゃうわ」とか何か、がっちりとした体躯をくねくねさせ始めたので、何て言ってあげたらいいか、こんな状況学校でも教えて貰えなかったし、とりあえず見なかったことにしていいですか、みたいに、視線を逸らす。
「本当にあの、怪しくないですから〜。そのまま落ち着いて待機するようお願いします〜」
 マルセルがまた、声を張り上げた。
 それにしても、と、藍は、辺りを警戒しながら、むしろ隣に居る大きな男の人はどういうわけかしら、みたいに、ちら、ちら、と、ムーグへ控えめな視線を送っていた。あまりにも長身な彼からすれば、目の動きすら人見知りな藍の視線など、鉄塔に針でちくちく程度のようにも思えたけれど、やがて彼が無言でぬう、と藍を振り返った。
 見下ろされ、ハッと目を逸らす。「ドウカ、シマシタ、カ」
「あ、い、いえ、特には、どうも」
「ヨロシク、お願イ、シマス、ネ?」
 ぬ、っと大きな手が差し出される。あ、う、あと、藍は少し、怯え、それから、え、これは何ですか、握手という奴ですか、間違ってないですか、みたいに、恐る恐る手を差し出した。顔を見上げようとして、予想以上に高く、途中でめげた。胸元辺りを見つめる。「えっと、よ、よろしくお願いします」
 驚くほど大きな手が、けれど、驚くほど優しく温かく藍の手を握りしめてくる。
「大きな手、ですね」
「ハイ、ヨク、言ワレ、ルンデス」


「私達は衛兵だ」
 シクル・ハーツ(gc1986)は、大きく息を吸い込むと、一気に言った。普段、余り使わない肺が、軽く酸欠状態になる。けれど、それを周りに悟られないよう、そそくさと息を吸い込み、「キメラがこの周辺に居るかも知れない。私達が、討伐する」と、続ける。
 またこっそりと深呼吸すると、「近くにいる者は、キメラを倒すまで見つからないようにその場に隠れてくれ」と更に続けた。
 北崎 照(gc5017)が装着するAU−KVの装輪の走行音が、ずいいん、と、廊下に響いていた。小走りになり、後を追う。二人は、三階フロアを分担し、調べていた。開いた扉の向こうに、キメラが潜んでいる可能性もあるため、扉を開ける瞬間はいつも、慎重にならざる追えない。
 ドアノブを掴んだ照が見つめてくるので、シクルは頷く。長弓「桜姫」をそっと、構える。そろり、と彼女がドアを開いた。
 開いた視界から、飛びかかってくる影はない。高まっていた緊張がずん、と下降する。二人の唇から、ため息が、漏れた。
「いらっしゃい、ますか?」
 どちらかといえば緊張感のない、友人の家でも尋ねました、みたいに、照が言う。「キメラがいるみたいなんです、なので助けに来ました」
 二人は室内に入り込み、バスルームやクローゼット、ベットの下などを、手分けして、調べた。
「いないみたいだな」


 四階部分は、三階部分に比べ、圧倒的にドアの数が少なかった。
 その代わり、一つの部屋の大きさが、他のフロアに比べ、二倍以上は、あった。
 ドア螺子が緩み、微かに開いたドアの前に、立つ。ブロント・アルフォード(gb5351)は、拳銃「ライスナー」を腰元で構えた。いつキメラが飛び込んでくるか分からない状態であるため、緊張からか無意識にスライドを引いている。装填されていた弾丸が、床に落ち音を立てた。
 いつでも発射完了ですよ、と言わんばかりの表情で、獅堂 梓(gc2346)が同じく拳銃「ライスナー」を構えている。ドアノブを引いた。
 拳銃を前に突き出すようにして、梓が躍り出た。小柄ながらも、しっかりと堂に入った構えで、銃口を方々に散らす。「なんだ」と、彼女は呟いた。「いないみたいだよ、キメラ」ほっとしたようにも、残念がっているようにも、見える。そして途端に油断した様子で室内を物色し始めた。キメラは居なかったが、民間人が隠れている可能性は依然としてあるため、ブロントも広々とした部屋を横切り、バスルーム等を調べる。得体の知れない液体で濡れ、湿り、腐りかけた床を注意深く、踏む。
 戻ってくると、ちょうど調べ終えたところだったのか、梓が、両開きのクローゼットを、勢い良く、それはもう、そんなに勢い良く閉めなくてもいいんじゃないか、というくらい勢い良く、閉めているところだった。バシン、と重厚な造りのクローゼットが揺れ、何がどうなったかは分からないのだけれど、突然、バシン、と反対側の戸が開いた。梓の顔面を直撃する。
 意味不明な叫び声を上げた彼女は弾き飛ばされ、床に尻餅をついた。意外とどうしたらいいか分からなくなっている感じで突っ立っているブロントの前で、更に続けて傷んでいた床が、抜けた。
 バキベキバキ、と凄い音を立て、梓の体が、目の前から、消える。
 あ、とか思った。それから、あー、と思った。何かもーそうなるんじゃないかと思ってたんですよ、くらいの顔で、懐に下げた荷物入れから無線機を取り出した。下の階で探索しているはずの二人に、繋ぐ。
「こちら、ブロント。今、梓が、何か、落ちたみたいなんだけど」


 マルセルは、一階フロアにある、従業員が使用していたと思しき事務所のドアの向こう側をそっと、覗き込んだ。
「いませんねえ、民間人さん」
 体を戻し、隣で辺りを警戒し待機しているはずのコッペリアを見る。と思ったら、そこにはコッペリアはいなくて、え、とか思ってたら、頬の辺りに鼻息というか、何か、息を感じて、更に振り返ったら、衝撃的なくらい近くに濃い顔があり、「んー、グッボーイ、いい香り」とか、何かもう荒い息とは吐き出しながら言われたので、ひいい、と思わず、情けない悲鳴が漏れた。これはもう、キメラとか相手にならないくらいの、身の危険というか、緊急事態だった。
 ずささ、と室内に逃げ込んだ。「も、モルゲン先生。ち、近いです」
「あらん、ごめんなさいね。何ていうか、グッボーイが余りにグッボーイなものだから。その生足、とか」
 え、それっていうのはあれですか、獲物を狙う目とかですか、っていうか、心は女的な事を言ってるわりに、その、こっちを見る時の、がっつり野生本能むきだしの男の目とかはどういうことですか、とか、いろいろ思うけど、何から言っていいのか分からないので、何も言えない。
「と、とにかくあ、あの、その、おおお俺の背後にだけは絶対に立たないでもら、貰えますか!」
「分かったわ、そうするわね」
 とか言ってる目は、がっつりマルセルの生足とかを見ていて、絶対、いつかあの足、みたいなそんな気配がむんむんしている。危うい。危うすぎる。むしろ、こんなはずではなくて、機会があれば北崎さんと2人きりになろうと思っていたはずなのに、とマルセルは自分の薄幸を恨む。


 見取り図を眺めながら歩いていたムーグの額の辺りから、ガツ、と短い、けれど痛そうな衝撃音がした。
 まさしく、あの長身過ぎる長身は、ドアの框なんかにぶつかったりしないかしら、とか何か、心配していたところだったので、藍は余計にびく、とした。しかも、先程から何度か彼はぶつけていて、そろそろ長身である自覚を持つべきだ、とか、無防備にも程がある、とか、助言をするべきではないか、と思っていたところだっただけに、残念な気分にもなった。
「あ、あのー、大丈夫、ですか」
 むう、と無言で振り返ったムーグは、むーっとした表情のまま、「こノ、国、ノ、建物ハ、窮屈スギルノ、デスヨ」とぼそり、と零した。
 その顔が何か、ちょっと可愛らしい感じもして、藍は頬を緩ませる。その時だった。「アブ、ナイ!」
 ムーグの大きな手が、藍を庇うように差し出された。藍はハッとして背後を振り返る。キメラだ。数は、一匹。唸り声を上げ、突進してくる。
 ムーグが、漆黒の拳銃「ケルベロス」を構えた。引き金を引くと、ずどずどずど、と三発の銃弾がキメラに向けて飛んで行く。ぐああ、と唸り声を上げたキメラは、素早く銃弾を避け、体制を立て直す。
 藍は無線機を取り出し、すぐさま、「こちら、御鑑です。キメラが出ました!」と、声を張り上げた。
「了解、すぐに向かうよ」
 向こう側からマルセルの勢い良い返事が返ってくる。「実は今、俺達も民間人を見つけたんだ。こちらにはキメラはいないみたいだから、隠れて貰っておくことにしよう。じゃあ、後で」
 藍もすぐに、覚醒状態に入る。瞳と髪が蒼く変化する。髪や武器を持つ手から、蒼い雪の様な光が溢れ舞い上がった。


 照と共に先程調べた部屋から移動し、別の部屋を調べ民間人を発見した矢先、頭上から、雫が、落ちて来た。
 ビシシシシと、頭上から、得体の知れない音と共に振ってきた梓は、すた、と見事に着地をし、「いやあ、びっくりびっくり」とか、何か、朗らかに、笑った。びっくりさせられた張本人から、自分だってびっくりしたのだ、と聞かされるのは、物凄い何か、腑に落ちないぞ、とシクルは、思う。
 とか何か、結構凄い状況だったのだけれど照だけは、あらー不思議な事とか起こるんですねーみたいな顔で、民間人に向かい、「落ち着いて、下さいね」とかAU−KVのフェイスを開き、ほにゃり、とほほ笑んでいる。通常ならば民間人は「いや絶対落ちつけないですよね!」だとか言って、「こんな状況で落ち着くことを強いられるなんて!」と怒りだしても良さそうな場面だったけれど、民間人の男は、明らかに普通の状態ではなかった。意識がどうやら朦朧としているようで、目の焦点も合っていない。何らかの薬物を投与されている、もしくは、しているのではないか、というような有様だった。
 そんな彼に照はまだ「あたし達は助けに来ただけですよ」とか何か、言っている。
「照殿、これはその、言っていいかどうか分からないのだが、恐らく彼は、聞いてない」
「あ、そうですか?」
 しかし何故、このような状態の民間人がこんなところに居るのだろうか。まるで、誰かに、閉じ込められでも、したかのように?
 その時、ぴぴ、とシクルの持っていた無線機に通信が入った。
「ブロントだ」
 彼の声は随分落ち着いていたから、梓の無事でも確認するために無線してきたのかと、思った。けれど、違った。「キメラが、出た」
 短くも鋭い声が、飛ぶ。
「なに!」
 シクルは、すぐさま覚醒状態に入った。目に青い残光が発生し、辺りを冷気が舞う。「すぐに向かう。待っていろ」
 同じく覚醒状態に入った梓が、銀色に変化した髪をなびかせながら、蒼く輝いた瞳で民間人を見つめる。
「ちょ〜っと、ここで待っててもらっていいかなぁ?」


「円閃!」
 叫んだ藍の体が回転した。
 白く、神秘的な輝きを放つ直刀「翠閃」を構え、頭を振り回し、攻撃の機会を狙っているキメラの頭へ、遠心力を利用した一撃を叩きこんだ。
「キメラなんか怖くないー!」
 ずいいいいん、とAU−KVの装輪が床の上を滑る音が響く。マルセルが叫びながら突進してきた。
「怖いのは自分の薄幸属性だけだーッ! コンチクショー!」
 竜の爪と竜の瞳が発動し、スパークしたAU−KVの放つ一撃は、藍の攻撃で一瞬の間、戦意を喪失していたキメラの頭部に炸裂した。双剣「パイモン」のラバルとアバリムが交互に、キメラの頭部を打ち砕く。
 ふら、と白目を剥いたかと思うと、キメラはドシン、とその場に倒れ込んだ。
 何故か、そして何時の間にかタイツ一枚になっていたコッペリアが、わたわた、と皆の周りを走り回っていた。意外に素早い動きだったし、戦闘の邪魔をされた、というわけではないのだけれど、何か視覚的に物凄い、邪魔だった。「も、モルゲン先生、だ、大丈夫ですか」とか藍はとりあえず、声をかける。
「あらん、私は大丈夫よ。それより藍ちゃん、それ怪我してるんじゃないの」
「い、いえ違います」
「動物キメラ、ノ、命ヲ奪ウ事ハ胸ガ痛ミマス、ネ」
「そうだね」
 マルセルは悲しげにほほ笑み、息絶えたキメラの傍にしゃがみ込む。「次は、優しい命が与えられるといいね。おやすみ」
「おヤスミ、ナサイ」
「私はこう見えて医者なの。保険の先生をしていたこともあったわ! だから大丈夫よ、私を信用して、ほら」
「いえ、いいです、大丈夫です」
 あらん、残念とか言ったコッペリアが、すぐに「さあ、怪我をした子はいねえがー! あら、ムーグ君」とかもう、次のターゲットを見つけている。
「あら、なんて逞しい腕! さ、触っても、良いのかしら?」


「縄張りを荒らしたせいか、偉くご立腹だな」
 威嚇するような唸り声を上げるキメラと対峙しながら、ブロントは、攻撃の間合いを測っていた。赤く変化した瞳で、じっと敵を見定める。刀身が淡く光る直刀「蛍火」を構えた。
「この距離なら」
 先に動いたのは、ブロントだった。「エアスマッシュ!」
 衝撃波がキメラめがけて飛んで行く。素早く動き、攻撃に意識を奪われたキメラの背後に回った。蛍火を振りかざし、後ろ足を、切りつける。地響きにも似た悲鳴を、キメラが、漏らした。
「チャンスですね」追撃に出たのは、和槍「鬼火」を翳した照だった。「覚悟して下さい」
 彼女の構える焔色をした細身の槍から、酷く不気味な人の呻き声にも似た怪奇な音が放たれる。装輪でガツン、とキメラに突進すると、槍で一息に胴体部分を突き刺す。
「もらった!」
 続けて躍り出たシクルが、忍刀「颯颯」を構え、キメラの首を狙う。直刀の刃が、キメラの首を切り裂いた。
 ふらふら、と、それは自分の意思でというよりも、本能的な生の余韻で彷徨っているだけにも見えるキメラの前に、「さあ、ボクの出番だよ!」
 ガトリングランチャーを構えた梓が、躍り出た。「皆、避けてよ!」
 生き生きとした声で叫ぶと、引き金を引く。凄まじい勢いで、凝縮したエネルギーの弾丸が、飛び出していった。キメラは愚か、ホテルすら破壊しそうな勢いで弾丸は放たれていく。
「実は生きてましたーじゃ洒落にならないからさ。しっかり止めを刺しておこうね!」
「ああなると、彼女のことは誰も止められまい」
 客室の影から様子を窺うシクルが、呟く。
 二人が、同意するように頷いた。