●リプレイ本文
●サイカイノ夜
「ナハトに行くのも久しぶりですね。マスター、元気かしら?」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)はナハトへ向かう道を上機嫌に歩いていた。その横にゆったりしたワンピース姿の百地・悠季(
ga8270)が並んでいく。
「バーか、随分と久しぶりだわ」
「悠季さんもきっと気に入ると思いますわ」
そうしていると重厚な木製のドアの前に久々に看板が出ていた。
「やってるみたいね」
「さっ、行きましょう」
悠季は苦笑を堪えながらウキウキして見えるクラリッサの後ろに続いてナハトへと入っていった。
フラついた足取りでハーモニー(
gc3384)はナハトへ向かっていた。
「‥‥はぁ」
つまらない事を嫌い、楽しみを求めるハーモニーの今の表情はどこかスッキリしていなかった。
「‥‥‥ふぅ」
楽しい事を求めてナハトに来たが、こびりついたこの前の依頼の記憶がハーモニーに暗い気持ちにする。
今日のハーモニーにはナハトの扉がいつもより少しだけ重く感じられた。
「‥‥あいてる? ‥‥にゃー‥‥今日こそ、一番‥‥のり、じゃない」
ナハトのドアをくぐったノエル・クエミレート(
gc3573)は既に店内に人影がある事に落胆した。
落ち込んでも仕方ないのでノエルは気を取り直し挨拶をし。
「ん‥‥お久しぶり‥‥」
どの席に座ろうかと迷うと奥の席の方でハーモニーが呼んでくれたのでノエルも一つ手前の席に腰を落ち着けて注文をする。
「‥‥まず‥‥スレッジハンマー‥‥」
ノエルはまずナハトで久しぶりの一杯を楽しむ事にした。
人の行動は心に影響を受けるものだ。その違いはドアの開け方一つにも現れる。
「あら、いい雰囲気のお店ね☆」
そう言いながらヴィヴィアン(
gc4610)が軽快にベルを鳴らし入って来る。
「はぁい、席、空いてるかしら?」
とヴィヴィアンは大胆にスリットの入ったゴシック風チャイナ服姿で腰をくねらせながらカウンターに近付いてマスターに聞いた。
マスターはいつもと変らぬ微笑で空いている席を教える。
「あら、素敵なマスターさん。じゃあ、ここにさせてもらうわ」
とヴィヴィアンは入り口に一番近いカウンター席に腰を下ろした。
個性的な人々が集まるラスト・ホープのような場所では珍しい客が来る事も良くある。
「トゥっ!」
ベルを盛大に鳴らして入って来たのは、鳥型のマスク、勇者風の衣装にマントという姿の鐘依 飛鳥(
gb5018)だった。
誰もが無言で飛鳥に視線を向ける。
(ふっ、俺の美しさ声も出ないか)
と何かを勘違いする飛鳥の姿はバーよりもコスプレ会場の方が相応しいのではという印象を抱かせる。
「いらっしゃいませ」
とマスターが普通に対応し他の者も問題ないと判断し酒を飲む事に戻った。
「マスター! ミルクを所望する!!」
(そこでミルク!?)
マスターと飛鳥以外の全員が心の中で突っ込んだ。
知り合いに誘われた場所に向かいジングルス・メル(
gb1062)は夜道を歩いていた。
「バーとか久しぶりだよナー」
ジグは複雑な想いと共に呟きをもらす。
「じぐさ〜ん」
ジグを呼ぶ声が聞こえた直後、軽い衝撃が襲ってくる。それはジグに抱きついてきたレーゲン・シュナイダー(
ga4458)の重さだった。
「レーグッ♪」
「今日は来てくれてありがとうございます♪」
子犬のようにじゃれ付いてくるレグにジグもハグを返す。
久々のナハトに楽しそうに話すレグ、ジグもそれを見るだけで幸せだが、同時にその笑顔が友人に対するモノである事がジグの胸を締め付ける。
その思いから逃げるようにジグは‥‥。
「せっかく来たんだ。店に入ろう」
「あっ、そうでした」
レグの彼氏に胸の中で今日の事を謝罪したジグに続いて店に入った。
●満ち欠ける月の様に
久々に店を開ければいつもと変らぬ賑いが店内を満たす。
今日はアルコールを嗜む者が少ないが、逆にいつも以上のペースで飲む者もいる。特にハーモニーは最初に乾杯してから強い酒を十杯以上空にしていた。
「‥‥ふぅ」
その行動は調子に乗っているよりも何かを誤魔化そうとしているようだった。
「‥‥にゃー」
シャンボール・フィズをなめていたノエルがマスターの方に目線で何かを訴えていた。そのことは理解してもらえたらしく。
「今日はペースが速いですね」
「マスター‥‥何でも」
ない。とハーモニーは続けようとしたが最後の方は喉の奥で消えてしまった。
「‥‥ちょっと、どうやって強くなればと思っちゃって」
「‥‥にゅ‥‥つよく〜?」
ハーモニーの言葉に隣にいたノエルも小首をかしげる。
「強く、ですか‥‥」
マスターの方は苦笑まじりで考えてから。
「‥‥大切なのは、目的地を見つける事でしょうか」
「目的地を見つける?」
「なんで‥‥目的地?」
モノの例えですとマスターは言って。二人に追加のカクテルを出してくれた。
「目的地‥‥自分が目指す強さという事?」
出されたカクテルを眺めらながらハーモニーは呟いた。
「おまたせしました」
マスターは一礼しクラリッサと悠季の前にカクテルとオレンジジュースとオツマミを置いた。
「お久しぶりですわ、マスター。こちらは私と同じ頃に結婚した悠季さんです」
「お邪魔させてもらってます」
挨拶が終えたクラリッサが長く留守にしていた訳を聞くと中国から欧州まで旅する事になった話しをしてくれた。
「それはまた、冒険ね」
キメラと遭遇したり、チューレが欧州に向かった時の事を考えると悠季も少し顔を引きつらせた。
「さすがに堪えましたね」
その言葉でみな苦笑をもらす。
「そうそう、マスターにご報告したい事があるんです」
何かと聞かれるとクラリッサは子供を授かったことを告げる。だから‥‥。
「残念ですけどアルコールはなしで」
「子供の為にと思うとお酒は控えないとね」
悠季もクラリッサより目立つお腹をさする。妊娠から半年近くたっており女の子だという事も分っている。
「母親になってみると分るけど」
「‥‥こう言っては悪いですけど、戦闘に従事していた方が気楽でしたわ」
二人とも自分以外の命をその身に宿すという事の重さを学んでいた。
「無事生まれてきてくれるかも心配だけど、その後も心配よね」
「そうですね、仲良く幸せに、が一番でしょうけど」
それでも、生まれて来る自分達の子供に何を伝えて行けば良いのか自分達の方も不安になる。
「大人の理屈を押付けられるなんて嫌‥‥とか思ったけど今度は自分達がその立場になるのよね」
悠季がポロッともらす。
「どうするべきなのでしょうね?」
とクラリッサがマスターに訪ねてみると。
「自分の思い通りにならない事を覚えておく事かが肝心かと」
という答えが返えされた。
「そうね、つい理想を押付けてしまう事はあるし」
「私達も気をつけないといけませんね」
子供たちの為に良い親であれたらと二人して笑った。そんな二人にジグが声を掛ける。
「二人とも子供出来たんか? お祝いに奢らせて‥‥」
「気持ちは嬉しいけど遠慮させて頂きますわ」
「ちゃんと彼女の相手してあげなさい、坊や」
母親になった二人に窘められて席に戻っていった。
いつしか母親二人の話題は体調や好みの変化へと移っていった。
「もう、何やってるんですか」
ジグが奥のテーブル席に戻るとレグが屈託のない笑顔と口調で出迎えた。
「オコられちゃったよ」
「ダメですよ」
肩をすくめるジグにレグは他の人のお話しに無暗に聞き耳たてたりしないのがバーでの暗黙のルールだと語る。
「おや、レーゲンさんも初めの頃は‥‥」
「マ、マスター!? それは!」
マスターは黒ビールとミルクにサラダを置いて行った。
「もう、マスターもイジワルなんですから」
そう言って唇をとがらせるレグだが拗ねるよりも先にどこか嬉しそうに見える。
「いつにもまして楽しそうだな」
「え、そうですか?」
ああ、とジグは相槌を打つ。
「そうですね〜、美味しいお酒と食べ物、大好きなジグさん。とても幸せですよ〜♪」
笑顔で黒ビールと肴を口にするレグは本当に楽しそうでそれを眺めるジグの顔も自然とほころんでいく。
「嬉しい事いってくれるね」
「はい〜、特別なお友達ですから」
グサッという擬音に『!』のマークが複数つきそうな言葉の一撃がジグの胸に抉る。
「‥‥光栄だな」
引き攣った笑顔でそれだけ言うのが精一杯だった。
「どうかしました?」
「いや、何でもないんだ。何でも」
こうして、楽しくもすれ違う二人の夜はふけていった。
(奥の二人、見てるだけで十分に面白いわね)
奥のテーブルの会話の聞きながら考えていたが、このまま誰とも話さないのも退屈だった。
(誰かにイタズラでもしてみようかしらぁ)
さすがに妊婦の二人と凄いペースでグラスを空けてる二人はターゲットから外すと‥‥。
「アレは旅先での事だ」
と仮面の意義についてマスターに語っている飛鳥がヴィヴィアンの目に止まる。
「美しい刀と出会った。その名は『紅姫』、人を魅了し‥‥(中略)‥‥『紅姫』が囁くんだ自分を手に‥‥(中略)‥‥気付けば俺は大枚をはたいて『紅姫』を手に入れていた‥‥(中略)‥‥後悔はない。『紅姫』が居れば孤独ではない。心は満たされ‥‥(中略)‥‥そして、『紅姫』が囁くんだ仮面をつけろと!」
飛鳥は『紅姫』が示してくれた道が間違っているはずないとマスターに語っていた。
「‥‥‥‥」
妄想か真実か分らない事を語る飛鳥にヴィヴィアンも少し引いたが、悪戯するするのに遠慮しなくて済みそうだと思い直した。
「面白そうな話ししてるわね」
「ふっ、俺の話を気に入ったのかお嬢さん」
「お話しは結構だけど、バーならお酒を飲んだ方が良いんじゃない?」
「何を言う! 牛乳は美味しい上に栄養たっぷりの素敵な飲料だろう!」
と調子に乗り大きな身振りと早口の飛鳥のグラスにヴィヴィアンはコッソリとカルーアを混ぜる。
「ふぅ、熱く語ったら喉が渇いたな」
飛鳥はカルーアの混ざったミルクを一気に飲み干した。
「美味い! 胸が熱くなる程美味いミルクだ!!」
「あら、良い飲みっぷり」
「それほどでも」
「じゃあ、あたしからの奢りよ」
今度は正真正銘のカルーアミルクを飛鳥へ勧めるヴィヴィアンだった。
その後も飛鳥がヴィヴィアンに弄られ続けたのは言うまでも無い。
「マスター‥‥止め、なく‥‥て、良い‥‥の?」
ハーモニーが怪我の疲れもあって寝てしまい一人で飲んでいたノエルが入り口側の席の様子を見て聞いた。
騒ぎたい時もあるだろうから、度を過ぎなければという事だった。
(‥‥起すの、カワイソウだし)
横の席で眠るハーモニーを見守るノエルは退屈を持て余していた。
「ん〜‥‥あっ、マスター‥‥オミキ、って‥‥ある?」
「いや、さすがに神事に使う物ですから‥‥」
「む〜」
ノエルは残念そうな顔をしたが12時が近付くと次第に舟をこぎ始め、一度大きく揺れると。
「あら、マスターお久しぶり」
覚醒した時に出てくるもう一人のノエルが現れた。
「今日は何をお飲みになります?」
「そうね‥‥オールド・パル、パラダイスで最後にX・Y・Zをお願い」
了解した事を伝えるとマスターはカクテルを作り始めながら、意味ありげな順番に見えると言う。
「そう?」
マスターはいつも通りに微笑みステアしながら語る。
いつか、ここに集った人達が昔を懐かしめる友人になった頃、戦争が終り楽園が来て物語に幸せな終わりが来る。
「特にそんな事は考えてなかったけど‥‥そういうも悪くないわね」
自然と浮かんだ笑顔のままノエルは透明な赤銅色のカクテルに口づけした。
●一人の帰り道
ナハトでは夜明けに向かう時間と共に店から人が去って行く。
「あら、そろそろ良い時間かしらね」
ヴィヴィアンは凝り固まった身体を伸ばす。その横には‥‥。
「べびびへ‥‥あひしへ‥‥」
べろんべろんに酔った飛鳥がカウンターに突っ伏していた。
「‥‥やり過ぎたかしら?」
さすがの反省するヴィヴィアンにマスターが飛鳥の面倒は見ておく言う。
「ありがとうマスター、代りと言ってはなんだけど今夜の彼の分もあたしが持たせてもらうわ」
二人分より少し多めの代金を置くとヴィヴィアンは席を立つ。
「それじゃ、また来させてもらうわね☆」
最後にウィンクを一つしてヴィヴィアンは店を出た。
「べにひめ〜! おれへをおいていかないでふへ〜」
飛鳥はどんな夢を見ているのか泣き上戸になりはじめていた。
「さて、夜更かしが過ぎるのも良くないし帰らないと」
「そうですね。名残惜しいですけど」
日付が変わって少し経った頃、悠季とクラリッサも席を立つとマスターが一声かける。
「お帰りですか」
「ええ、今度は兵衛さんと一緒に来ますわ」
「今度はお互い夫婦揃って四人‥‥あっ、お腹の子もいるから六人ね」
「ふふ、そうですね」
赤ちゃんが生まれたらまた全員で集まるのも良いかという話をしながら二人は店を出た。
「そろそろ、良い時間だな。帰るか」
「まだ大丈夫ですよぅ」
「若い女の子がそんな事をいうもんじゃありません。襲われても知らないぜ、俺とか」
「大丈夫です!ジグさんはそんな事はしないですから」
信頼はしているが男としては見られてない発言がジグの心に突き立つ。
「いいから、行く」
「むぅ、ジグさんのイジワル」
「イジワルで結構」
とか言いつつも二人の顔に不快は浮んでいない。マスターに挨拶して店を出ると二人は夜の道を並んで歩いていく。
「次の作戦はアフリカだっけか」
「そうですね」
男女がするには色気のない話題だったが恋人でない二人がするにはちょうど良かった。
「‥‥気を付けてな」
「大丈夫ですよ。私だって昔に比べたら強くなってますから♪」
「‥‥フラグぽいな」
「むぅ、ヒドイです」
頬を膨らますレグとそれを見て笑うジグを夜になれば空に浮ぶ月が見下ろす。そこには戦地に赴く想い人の無事と幸せを願う男の姿があった。
「そろそろボクも帰らせてもらうよ」
「ハーモニー様はどうします?」
「一人で泣きたい夜もあるでしょ?」
ノエルが隣で眠り続けるハーモニーを優しく撫るとハーモニーは少しだけ体を揺らした。
「だから、後はお願い」
マスターは一つ頷きノエルが店を出るとはハーモニーと飛鳥に毛布を掛けていく。
「ん〜‥‥なんで、ぜんぜんあいてなかったのよ」
ハーモニーがもらす寝言に微笑ましく思いながら店内の照明を少し落とすとあとにはハーモニーと飛鳥の規則正しい寝息だけが響いていた。
「なぁ〜」
「ん?」
帰り道を歩いていたノエルの前に黒い子猫が姿を現す。
「に〜ぁ〜」
子猫はノエルの足元ですり寄りノエルの方はその子猫を左腕だけで器用に抱き上げる。
「キミも一人? 一緒に来る?」
「ミャッ!」
子猫は元気良く鳴く。
「じゃあ行こうか。今日は寂しくならないですみそうだね」
そうしてノエルと子猫は夜の街へ消えていった。
そんな今日を生きる彼らの姿を夜空と星が静かに見守っていた。
了