タイトル:【BAR ナハト】第11夜マスター:三嶋 聡一郎

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/07 01:55

●オープニング本文


●秋の訪れを告げる雨
 とある九月の黄昏時。
 マスターは雨音で眼を覚ました。気が付けば空は暗く窓の外は街灯の明りが照らす場所以外は見えない。電気をつけていなかった店内は暗闇が客のごとく席に座っていた。
「どうやら、寝てしまったらしいですね」
 暑さが和らぎ秋の少し冷たくもなめらかで気持ちの良い空気にさそわれて椅子に座ったまま寝てしまったらしい。
 席から立ち上がり店内の明りをつける。オレンジ色の光に照らされた店内はいつもの小さくもシックで暖かな姿を現す。
 いつもと変らない店内。しかし雨の日はなぜかいつもより寂しく感じられる。
「‥‥それだけ、この店と一緒にラスト・ホープに馴染んだ、という事でしょうか」
 ラスト・ホープが動き出したのが2007年の9月、その頃からこの場所で店を営んでおり、それと同時に積み重ねて来た思い出も多い。
 赤道の直下、極地の海、嵐の中、今年の夏には島自体が戦場にもなった。
「思えば、いろいろとありましたね」
 晴れた日には晴れた日の思い出が、雨の日には雨の日の思い出が、雪の日には雪の日の思い出が生まれて来た。
 誰もが毎日を良い思い出を積み重ねて行けるわけではない。時には辛く苦しく悲しい思い出を手にしてしまう事もある。
「さて、今日はどういう思い出を語る人が来ますかね」
 嬉しい時は楽しみを共有し、辛い時は悲しみを分かちあう。
 それがこの四年間、ナハトで繰り返されて来た日々だ。
 だから、今日もこの場所を訪れたい誰かの為に店は開かれる。

 今日という雨の日はほんの少し雲に隠れた月のように開店が遅くなった。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
ロベルト・李(ga8898
28歳・♂・EP
樹・籐子(gc0214
29歳・♀・GD
班瑕(gc1366
29歳・♀・EP
美黒・骸(gc7794
10歳・♀・GP

●リプレイ本文

●風の変る頃
 日が沈むとナハトにも少しずつベルの音と共に賑いが訪れる。
「ふむ、今日は一番みたいだな。今日も寄らせて貰ったよ、マスター」
 最初に訪れた榊 兵衛(ga0388)は軽く挨拶をしながら一番入口に近いカウンター席に腰をおろした。
「今日も旨い酒を頼む。まずは‥‥日本酒で何か」
「かしこまりました」
 そしてナハトのいつも通りの夜が始まった。

「ここがロベルトのオススメのお店?」
 一時間ほど前に唐突にロベルト・李(ga8898)と飲む事を決めた班瑕(gc1366)はラスト・ホープにもこんな所があるのかとナハトの入口の重厚な扉を眺めていた。
「落ち着いて飲むには良い店だ」
「んふふ〜、楽しみ〜♪」
「‥‥本当に楽しそうだな」
「うん、人のお金で飲むお酒って最高」
「‥‥‥‥」
 既に飲んだ後の支払いを自分がする事が前提になっている事にロベルトは肩をすくめた。

「‥‥‥‥」
 鳴神 伊織(ga0421)はふと歩いていた足を止めた。特に何かを思ったわけではなく夜の散歩を楽しんでいたらふと、一軒の店の扉が気になり押し開けてみた。
 白熱灯の穏やかな光で照らされた店内には三人の先客があった。
「いらっしゃいませ」
 伊織を店主だろう壮年らしき男性が迎える。
「席は空いていますか?」
 伊織が聞くと店主は笑顔で一番奥のカウンター席を勧めてくれた。
(‥‥一人で静かに飲むには良い席ですね)
 この島でこうして酒を飲むのも久しぶりで何を飲もうかと伊織は静かに座ったまま考えた。

「フッフッフッ‥‥」
 樹・籐子(gc0214)は笑っていた。
「フッフッフッ‥‥」
 ナハトの入口の前で一人で笑っているのは少し不気味だが元から愛嬌のある雰囲気と小ざっぱりした格好のおかげか通報されるほどではなかった。
(お姉ちゃんだって騒がしいだけじゃなくてゆったりしんみりと味わうお酒の味も分るんだから)
 普段の陽気に騒がしく呑むだけと見られるのは籐子の誇りが許さずTPOに合せて優雅に大人らしい呑み方も出来るのだと証明する為に様々なツテを辿りナハトへ来たのだ。
「さあ、行くわよ!」
 そして、籐子は重厚な木製の扉を押し開けて店へと入る。
 今日もナハトには個性的な飲み手が集まっていた。

 生物というモノは特定の光や香というものに引付けられる本能を持つのかも知れない。
 だからその日、美黒・骸(gc7794)がナハトの扉をくぐったのも美黒の中にある本能のせいかも知れない。
「‥‥‥‥」
 美黒が店内に入ると6つのカウンター席は両端と真ん中の二つが埋まり、3つのテーブルの真ん中の席には女性が一人で大量のグラスと向き合っていた。
 その5人の客の誰も奇妙なスーツとヘルメットという姿の美黒に怪訝な顔すらせず、楽しく、あるいは静かにグラスを傾けている。
(‥‥‥妙な場所であるな)
 入ったのは良いが何をどうすれば良いかが美黒には思いつかなかった。そうしているとマスターが美黒の前に来て挨拶をした。
「‥‥奥の席を」
 そう言うとマスターは美黒を一番奥のテーブル席へと案内する。美黒は何となく壁を背にして座る。
 美黒はそのまま、己の中にある過去の記憶へ意識を沈ませる事にしたのだった。

●星達の休憩所
 兵衛は鳥の焼き物を肴に酒を飲んで、後から来店した戦友達には軽くグラスを掲げて挨拶を交わし、穏やかな静けさを楽しむ。
 そんな、小さな幸せな時間だったが。
「複雑そうな顔をしてますね」
「つまらなそうな顔をしてたか?」
 マスターはグラスを拭きながら微笑むだけだった。それを眺めていた兵衛も笑みをもらしてしまった。
「いやさ、悩みというのは違うんだが‥‥」
 兵衛は妻との間に子供が出来た事を話す。兵衛にとっても嬉しい事であり大きくなる妻のお腹を見ていると父親になるという実感が湧いてくるのだが。
「正直、良い父親になれる自信が持てなくてな‥‥未だに、妻にとって良いパートナーであるとも確信を持てないと自覚すると‥‥な」
 兵衛の言葉をマスターはいつもと変らぬ微笑で耳を傾けていた。
「続きは一杯飲みながらにしますか」
「ああ」
 兵衛の前に置かれたグラスに瓶のラベルを隠された清酒が注がれる。口をつけると夜に見る泡沫の夢のように儚く優しい味が広がった。
「いい酒だな‥‥なんて銘なんだ?」
 マスターが見せてくれたラベルには『月光』と書かれていた。
「ゲッコウ?」
「ツキミツという名です」
「これが?」
 謎かけのように出される一杯に何が込められているのかを兵衛は問う。
「これを見て思いませんか、同じ形でも見えるもが違う事もあると」
「‥‥見えるものか、どうも、俺は自分の事しか見てなかったみたいだ。俺が自信を持てるか、大切なのは俺が妻と子に何をするか」
 その答えが出ると自然と笑顔になれた。
「もう一杯もらえるか」
「はい」
 兵衛はグラスに満ちた月光を口にするとこの時間からの目覚めは良い物になりそうな気がした。

(こういう風にお酒を頂くのはいつ以来でしょうね?)
 静かで穏やかだが同時に誰とも話さずとも一人ではないという心地よさを感じながら伊織は塩焼きにした魚に清酒という組合せをのんびりと楽しんでいた。
 そんなに一気に飲んでいたつもりはないのがいつの間にか徳利が空になっていた。
「マスターさん、もう一つお願いできますか」
 返事が来てしばらく待つと白い陶器製の徳利に入った酒が、コトッと少しだけ音を立てて置かれる。音もなく置かれるのも静謐とした美しさがあるが、小さな音が聞こえるのも乙な趣がある。
「ラスト・ホープが動き出してから四年以上ですか‥‥次は宇宙、数年前までは考えもしなかったですね」
「ええ、早いものですね」
 伊織もマスターも島が動き始めた初期からおりその移り変りを見続けてきた。
「能力者も増え、多くの戦いを経て、少ない人が亡くしながら進んできましたね」
 伊織は器に満ちた酒に写り込む己の顔を見ながら昔を思い出す。
 後進の者達もそれぞれの成長を遂げ自分は支援役に回る事も増えてきた。
 無理をしても仕方ないのは分っているが‥‥。
(喜ばしいのですが同時に寂しい‥‥とでもいうのでしょうか?)
 そんな事を考えていると二本目の徳利もいつの間にか空になっていた。

 そのテーブルにはブルーハワイ、マティーニ、オレンジカシス、スクリュードライバー、ブラックラシアンetc.etc.‥‥といくつものカクテルと空のグラスが所せましと並んでいた。
「‥‥‥‥」
 そのテーブル席に座る籐子は目を閉じ己の味覚に神経を集中させていた。ツマミは酒の味が変えないようにソルトピーナッツ、カクテルは数回に分けて味の変り方を楽しむ。
「ふ‥‥このマスター出来るわね!」
 カクテルの味は驚くほどではないが時間が経ってもそれほど変らず長く楽しめる。穏やかに時間が流れるこの場所に相応しく、肴の方も材料から良い物を‥‥。
「‥‥‥‥て、そうじゃない!!」
 テーブルを叩くのは抑えたが籐子は拳をテーブルに押付けながら身体を震わせた。
「どうしました?」
 いつの間にかマスターが次のカクテルを持って来ていた。
「いえ、ちょっと予定と違う感じになっちゃって」
「そう構えずに楽しく飲むのが一番ですよ」
「ホント‥‥そだ、少しでいいんだけどグチ聞いてもらえるの?」
 そして籐子は去年のアフリカ進行について語った。
「‥‥それで戦線を南に押し戻して欧州の危険も減ったのに、今でも亡くなった軍団長の満足の為だけの作戦だったとか非難とかあるのよ」
 酒が入ったのも手伝ってか籐子は尊敬する相手を非難される事に異を唱えマスターはそれを静かに聞いてから。
「物事にはいくつも視点がありますが、その人は次に繋がるモノを残した。それで十分です」
「でも‥‥」
「大切なのは受継いだ物を絶やさない事でしょう」
「‥‥あ〜、本当らしくない」
 そう言うと籐子は気分を変えるために次のカクテルを頼んだ。

「は〜、幸せ」
「本当に幸せそうだな」
 ジャーキーを咥えたロベルトは両手で小さい酒器を口に運んでいる班瑕を見てため息をついた。
「うんー、朝寝やお昼の後の散歩に日向での昼寝、干したばっかの布団に寝転がるぐらいロベルトと飲むのは幸せなことよ」
「ははっ、男殺しな言葉だな。しかも寝てばかりだ」
 ロベルトは自分のグラスにウィスキーを注ぎながら言うと班瑕は寝るのは最高だと返す。
「そういえばお前さん、最近、兵舎であまり見かけないが賭場に出入りしているらしいな」
「あ〜、週に‥‥3日だけ、よ」
 班瑕は曖昧な笑顔で答える。
「十分に多いだろ。結構、稼いでいると聞いたが」
「引き際を間違えなければ‥‥ね」
「負ける時はあると?」
「‥‥そ、そんなことは」
「‥‥‥‥」
「スミマセン、こないだコイン溶かしきっちゃって」
 ロベルトの無言の圧力に屈してバツが悪そうに目を逸らしながら班瑕が答える。
「はぁ、だから俺の奢りか?」
「あははははは」
 ロベルトは班瑕に身代を潰さん程度にという忠告をしながら班瑕のグラスにウィスキーを注ぐ。
 しばらく酒を飲むのに二人して無言になり、その沈黙が別の話題へ移るきっかけになっていた。
「‥‥随分と長い間、終わりが見えない戦争してきたな」
「そうだね、バグアの初めての攻撃から20年以上‥‥長い長い」
 バグアが攻撃を始めた1990年にはロベルトも班瑕も今日この店にいる者の大半が無力な子供だった。そして、今は2011年、当時生まれた子供が成人するほどの時間が流れているのだ。
「いろんなもん手に入れたねぇ」
「ああ、沢山のものを失くしもしたがな」
 ロベルトも班瑕もわずかな時間だけ無言になり意識を過去に飛ばす。
「‥‥あ〜、なんだか難しい話ししたら眠くなってぁ」
「今すぐはやめとけ」
「あかん、今なら戦場でも寝コケられるよぅ」
「‥‥確かに傭兵なんてしていればベッドの上で眠れる方が少ないがな」
 ロベルトは班瑕の呑気なセリフには何か大切なモノが削れているように感じられたがあえて深く聞きはしなかった。
(‥‥俺も人の事は言えんか)
 他人の心の傷の痛みというものは当人以外には分らぬ秘密の蜜であり、同時に誰かに明かさずにはいられない麻薬なのだろう。
「知られずにはいられない‥‥か」
「ほにゃ? なにがぁ?」
「なに、戦場で寝ようとしてもあいつらがさせてくれないだろう」
「あ〜、お嬢さんがたか‥‥暴れさせると楽しそうやね」
「おいおい、勘弁してくれよ。ただでさえ‥‥」
 話題は次第に小隊やロベルトの義妹達に事へと移っていった。こうしていると確かに心が傷つき失った物も多いが新しく手に入れたものも沢山ある。
 それを再確認したいから自分たちはこの場に居るのではないかと思いながらロベルトは班瑕と会話を続けていった。

 美黒の視界にあるのは暗い縁取りに囲まれた彼方にある青い空。
 それが突然に埋められていく。美黒の意志とは無関係に降注ぐ土砂と成句。そして、嘆きの声。
(やめろ‥‥生きてる‥‥死んでない‥‥まだ戦える‥‥美黒は‥‥ある)
 ‥‥‥‥。
 目が覚めるとそこは寒い穴の底ではなく暖かくシックな空間だった。
 少しの間眠ってしまったらしい。夢に見ていたのは美黒の中で最も古い記憶。それ以前の事は思い出せず姉妹に聞いても話してもらえない。
「‥‥ふぅ」
 息苦しさを覚えて復帰してから手放せなくなった全身スーツのヘルメットを脱ぐとそれを見計らったようにマスターが注文した料理を持って来た。
 小さな黒パンと湯気の立つクリームシチューに小さな皿に盛られたサラダというメニューだった。
 食事を口にしようとするとヘルメットに収まっていた銀髪が流れ落ちる。普段、外では髪をさらすのを躊躇うのがここでは自然と隠さずにいる事に美黒は思わず苦笑をもらしてしまった。
「はじめて来るはずなのに自分の家のように感じられるな」
「おそれいります」
 美黒の呟きにマスターが笑顔で応える。美黒もそれに対して笑顔を返すと少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
 何が原因で死に掛けたのか、以前は何をしてどこに居たのか分らず不安に感じる事もあったが今、この場所で生きているのは事実なのだから。
 食事を終えると目を閉じて再び店の中に満ちる暖かい空気に身を任せて意識を過去へと向けた。そうすると、また何かを思い出せそうな気がしたから。

●暁の前の静けさ
「ん〜〜っ」
 籐子はシメにソルティドッグを飲むと溜っていた何かを押し出すようにグッと身体を伸ばす。
 自分の思ったようにはならなかったがそれはそれで楽しく心地よかった。
「さてと、そろそろ行きますか」
 籐子は今日の休息は終りとばかりに席を立つ。
 店を出ると風が心地よく籐子の頬を撫でる。
「明日はどんなドコに連れて行ってくれるのかしらね?」

 夜も更け月が西に傾いた頃。
「ん〜」
 班瑕はカウンターに突っ伏して眠っていた。
「おい、寝るな」
「ん〜、もう飲めんよぅ」
「ったく」
 班瑕に起きる気がないと見るとロベルトは班瑕を背負い席を立ち、出口へ向かうとマスターがドアを開けてくれた。
「悪いな迷惑かけて」
「いえ、またの御来店をお待ちしております」
「ああ、そうさせてもらうよ」
 店を出てしばらく歩くとロベルトは背中の班瑕に声をかけた。
「実は起きてるだろ」
「そんなことないよぅ」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
 沈黙と足音がしばし二人の周囲を支配する。
「カワイイなぁ」
「誰がだ?」
「お嬢達‥‥とロベルトも」
 班瑕はロベルトの頭を撫でながら言った。
「ありがとさーん」
「‥‥別に」
 ロベルトがそう言うと再び沈黙が辺りに満ちる。あと数時間で目を覚ます街並を二つの影は一つに重なって進んで行った。

「マスター、勘定はここに置いとくぜ」
 兵衛はそう言うと少し多めの金額をテーブルに置いた。
「少しは何か見えましたか?」
「さあね。でも、やれるだけやるしかない‥‥いつもの事さ」
 その答えをどう思ったのかは分らないがマスターの変らぬ笑顔に見送られて兵衛は愛する者達が待つ場所へと戻って行った。

 ナハトを後にした伊織はふと空を見上げるとそこには無数の星がまたたいていた。
「時は常に流れ行く‥‥ですか」
 いつもと同じように感じる星の輝きも伊織と同じく変らないものではない。
「‥‥‥‥」
 言葉の見つからない伊織は星空に向かい手を伸ばす。何も見えずともそこに答えがあるように思えたから。

「んっ‥‥」
 美黒が目を開けると店内の人影は全てなくなっていた。眠っていたらしく肩には毛布が掛けられていた。
 美黒は夢の中でいつもの過去とは違うモノを見た。誰かが差し伸べた手、その相手に何かを伝えたかった。だがその想いは夢の中では届かなかった。
 今は美黒が伸ばした手を握り返してくる手はない。それでも、誰もがその手に何かを掴もうとしているような気がした。
 その夜はそんな事を思えた。

 そして夜は伸ばした手で何かを掴めるかも知れぬ明日へ向っていくのだった。

 了