●リプレイ本文
●誰も居ない村
山間の小さな村に蔓延する静寂を切り裂いて二台のジーザリオと一台のバイクが村へと到着した。
「ここですか、連絡が取れない村というは‥‥」
バイクに跨った天宮(
gb4665)が呟きながら周囲を見回す。そこには静かな山村の風景が広がっていた。
だが、その風景を見た者は違和感を覚えずにはいられない。しかし、何がと問われると分らない。
「誰もいない村‥‥ホラー映画でよくあるシチュだよな」
車の運転席から降りて桂木穣治(
gb5595)が使い捨てカメラにその風景を収めながら言う。そう、その風景には人の姿がないのだ。いくら田舎とは言えエンジン音の一つぐらい聞こえても良いはずなのだが。
「ええ、それもとびきりタチの悪い類の‥‥」
荷台から降りたレイド・ベルキャット(
gb7773)もその苦痛になりそうな静寂に嫌なモノを感じていた。それは他の者も同じようだった。
「思い過しであれば、とも思ったが嫌な予感のする案件だな」
今日が初めての車を運転するという事を気にしていた鳳凰 天子(
gb8131)だったがその事すらも頭の中から抜け落ちていた。
「なんか、嫌な臭いだ」
「殺気にも似たモノがあるな」
鬼非鬼 ふー(
gb3760)とブロント・アルフォード(
gb5351)も双眼鏡を使い周囲を警戒するが人影が一つも見つからない事が逆に透明な圧力となっている気がした。
「大方バグアの奴らだろうが、反応なしか」
キメラの徘徊や村の占領を想定していたザン・エフティング(
ga5141)だったが、予想に反して何の反応もないのが逆に不気味に感じられた。
「確かに不気味ですが、まずは行方不明者を探しましょう」
メビウス イグゼクス(
gb3858)の言葉に他の者も賛同する。このB級ホラー映画のような状況に誰もが真綿で首を絞められるような息苦しさ感じずにはいられなかったのもある。
そして、事前に決めておいた手順で探索を開始した。
全てを押し潰そうとするような鈍い灰色が彼らの心中を代弁しているようだった。
●動く死体
ガンッ、というドアを蹴り倒した音が人の気配がない小さな郵便局の建物中に大きく響く。
「FREEZE!」
ドアが開くと同時にA班のふーとブロントが銃を構えながら踏み込む。AUKVミカエルを着込んだ天宮はライフルを構えて入口から援護の姿勢をとる。
『‥‥‥‥‥‥』
しばらく待っても何の反応もない。
「ここもですか」
「しかし、酷いものだな」
何もいないのを確認して天宮も建物に足を踏み入れる。中は酷い有様で棚や長椅子は倒れて書類が散乱する床や木製カウンターには引きずったような血の跡が残っている。
他の建物も壁や床が血塗れなのにケガ人も死体もない。バグアが持去ったのか、だが、納得できる理由が見つからない。
「まったく、どうなっているんだこの村は!」
ジワジワと焦燥だけが募る状況にふーもイラつき隠せないで手近な棚を蹴り飛ばす。
ガタッ!
『っ!?』
全員が蹴った棚と反対側の音がした部屋に銃を構えながら向き直る。数秒の無言の後に目線だけで合図を送り合う。
天宮が狭い室内では大鎌もライフルも不向きなため徒手で扉の前に立ち、それをふーが援護するように銃を構える。そして、片手に拳銃を持ちドアノブに手をかけるブロントが二人に向けて頷くといっきに扉を開ける。
そして、その先にいたものは‥‥。
「本当にB級ホラー映画の世界に入った気分だな」
そう言いながらザンは交番の中を見回した。
B班の探索して来た建物も程度の違いはあれ物が机や床に散乱し室内は荒れ果てていた。
「灯りが点きませんね」
「懐中電灯、使えそうですね」
レイドが仕事机の上に残ってた懐中電灯を点けて辺りを照らしてみると宿直室の方に僅かに血の跡が続いていた。
慎重に奥へ足を進める三人、いつまでもまとわりつく粘着いた不安に誰もが息をのむ。
「っ!」
素早くドアを開き室内に身を滑り込ませる。そこにあったのは制服姿の死体と壁にこびり付いた血痕だった。予感が現実になりつつある事に嫌な汗が流れる。
「ヘッドショットで一撃‥‥だが、妙だな」
バグアやキメラなら銃を使わなくても頭ぐらい熟れた林檎のように潰すのは容易いずなのに。
「‥‥とりあえず、他の所も見ておきましょう」
メビウスの言葉に促されて奥にある拘置所の方に足を運ぶ。こちらにも制服の死体があった。体温等から死後、半日以上経過している様子だった。
「一体ここで何が?」
何気なく格子の向うにもライトを向けるとそちらにも同じ様な死体がある。しかも、カギの閉った状態でだ。
ますます、妙な状況に混乱しそうになる。すぐ近くの死体がカギを所持してないかと思い後ろへ向き直るとそこには信じられない光景があった。
「え?」
自分でも一瞬、何が起っているか判断に迷う。向き直った先には死んだはずの警官が『二本の足で立って』いた。
「ウォオオアァ!」
その死体がレイドへ掴みかかってきた。それも一般人とは思えない怪力でレイドを締め上げながら噛み付こうとしてくる。
「なっ!?」
必死で相手の顔を押さえるが体勢が悪く押しのけられない。
「レイド!」
「どいてください!」
ザンが掴んだ服が破れると同時にメビウスが握りこんだ拳を死体の顎に全力で叩き込んで引き剥がす。筋肉の繊維が千切れる音と骨の砕ける感触が生々しく伝わってくる。
だが、嫌悪感を抱いているヒマもなく死体は起き上がろうとする。
「くっ!」
さらに蹴りを顔面に叩き込み頭が形を変える程の状態になってやっと動きを止めた。
「これは‥‥」
ガーーーン!!
いきなり、背後で金属に何かぶつかる音がして振向けば格子の向うにあった死体が起き出して土気色で皮が剥けた腕をこちらへ全力で伸ばしていた。
「予感的中という所だな」
ザンが死体の頭にアイリーンを突きつけ引き金を引く。赤黒い静寂を銃声が打ち砕いた瞬間だった。
「‥‥奴ら‥‥奴らが来る‥‥」
「先程からこの調子か‥‥」
A班が保護した男がいたが先程からこの調子だった。何かに怯えているのだがその正体がハッキリしない。ただしきりに『ヤツラ』と繰り返すだけだった。天子もため息をつくしかない。
「完全にホラー映画だね。俺苦手なのにな」
なのに何故かここにいる桂木だった。
「まあ、あれだね。かなりの精神的ショック受けてるみたいだな」
すぐにでも落ち着ける場所に送ってやりたいが他の仲間や要救助者達を残して勝手に戻るわけにいかず座らせて休ませるぐらいしかなかった。
「ん?」
桂木に変わって周囲を警戒していた天子が他の班からの無線に気付いてそれに出る。
「ゾンビ?」
仲間の口にした言葉に何を言っているのかと思うがその口調がハッキリしている事から錯乱しているわけではないらしかった。向こうが言うにはとにかく、人影を見つけても不用意に近付くなという事だった。
「どうした?」
「いや‥‥それが、む!?」
無線が切れた直後、こちらへ近付いてくる人影二つを発見する。今の無線がなければ不用意に近付いていたかも知れない。
「止まれ!」
だが、人影は警告に従わずにこちらに近付いてくる。それを察して天子は機械剣を抜いて警戒する。
「‥‥う‥‥あああううあぁ」
地の底から這い湧くような不快な唸り声と共に人影が迫ってきた。
「はぁ!」
躊躇う事はなかった。光の刃が人影の胸を焼切るが動きを鈍らせる事なく迫り来る。だが、鈍重な動きでは天子を捉える事はかなわず一つの人影が首を刎ねられて地に倒れ伏す。
「ああああああああああ!」
だが、ここで保護した男が恐慌状態に陥り車から飛び降りて逃げ出した。
「なっ!? おい待て!」
その隙を突いてゾンビが天子に迫る。
「天ちゃん、危ない!」
だが、それを桂木の守鶴が焼き倒す。辺りに肉の焦げた臭いが漂うがそれ所ではない。
「追うぞ!」
桂木の言葉を聞く前にエンジンをかけたままのジーザリオの側面に取り付く天子。そのまま、急発進する。
だが、建物の影からいきなりゾンビが車の前に姿を曝す。全力でアクセルを踏んでいた車体は避ける事も叶わずゾンビを轢き潰しその血肉に車輪を取られてしまう。
「うおっ!?」
なんとかバランスを取って横転はせずに済んだが電柱にぶつかり動きを止めた。
「しくじったぁ」
気絶しなかったのは不幸中の幸いだった。そのまま、キーを抜いて外に出る。だが、最悪はさらに続く、桂木と転がり降りた天子の前で大量のゾンビが迫りつつあった。
「ここは逃げるよ」
「しかし、車が!」
「俺達だけじゃどうにもならんよ」
「くっ」
まずは逃げた男性を保護するべく後を追って村の中央へと走り出すが中央にも大量のゾンビがいた。
「どこに隠れていたのだ!?」
天子が機械剣を振りながらゾンビに囲まれた男性へと近付いていく。とにかく、男性を助け隠れる場所を探すしかなかった。
C班から退路の確保を失敗した報告を受けたA班も生き残りの人間を見つけながら合流地点を目指して移動していた。
「ちいっ! FFがないくせに!」
ゾンビは攻撃を受けてもバグア側兵器の特徴である赤い障壁を発生させていなかった。だが、苦痛に悶える様子もなく淡々と迫り来る様は恐怖という名の圧力となりのしかかって来る。
「屍でも人を切るのは後味は良くないが!」
「死してなお弄ばれるとは‥‥哀れな。主よ彼らに安息の眠りを!」
ブロントの円閃と祈りを捧げつつもライフルを撃つ天宮が道を開く。
「よし、走るぞ遅れるな!」
幸いゾンビ達は力は凄いが足は遅いので簡単に引き離せる。ふーを先頭に救助者達を真ん中に天宮とブロントが殿を務める集団はゾンビ達を引き離して山裾へと向っていったのだった。
●脱出
無事に合流を果す事は出来たが問題は山積みだった。
まず、救助した者の人数は行方不明者4名のうち2名と村人12名、これに傭兵達を含めれば20名を越える大所帯だ。他は既に死亡かゾンビの仲間入り果したらしい。撤退ルートを見誤れば傭兵達はともかく一般人は一溜りもない。
「これだけ、人数がいると‥‥」
「まずは車両の場所まで辿り着かねばならんがな」
メビウスの言う通り傭兵の乗ってきたジーザリオ二台では詰め込んでも全員は無理だ。それに天子の言うように辿り着かねば意味がない。
「せめて、もう一台車があればな」
「私はサタナエルがありますし能力者なら屋根でもなんとか」
ザンの言葉を天宮が引き継ぐ。だが、今の状況で悠長にどこかの建物に入り車のキーを捜すヒマはない。
ゾンビ達に囲まれれば能力者でも奴らの餌食になりかねない。
「せっかく、肉片のサンプルも取ってきたのにな」
「持ち帰れなければ意味がないからね〜」
途中で倒した敵からサンプルを入手しておいたふーと桂木だったが今のままでは持ち腐れだ。既に腐った死体の一部ではあるが。
「あの〜」
そこに今いる倉庫に村の子供と身を隠していた街の雑貨店店主が割って入ってきた。
「車なら広場の方に俺が乗って来たヤツがある。キーもここに」
「なるほど、それならジーザリオに一般の方々と護衛を兼ねて私達の半分がつけば何とか」
店主の言葉にレイドが頷く。
「なら、後は撤退ルートですね」
ブロントがそういいながら考え込む。詳しい道が分れば川向うの方が遭遇率は低いのだが傭兵達では道に不案内だった。
「これなら中央を突っ切るしか」
「あっ、河原の方ならボク達が道分るよ」
「本当か?」
救助者の中にいた子供が声を上げる。あちら側は子供達の遊び場らしく探検と称して歩き回っていたらしい。
「なら、ルートも決まったな」
「日が沈む前に決着を着けた方が良さそうですね」
決まるが早いか最低限の荷物と武器だけを持ち揃って倉庫を出たのだった。
「橋の辺りにゾンビの集団あり。やりますか?」
先行警戒をしていた天宮が橋の辺りに群れるゾンビを発見した。ゾンビにはまともな知能がないのか多少の音を立てても気にした様子はない。
『まて、もうすぐそちらに合流できる。その時にいっきに倒す』
「了解です」
無線機から聞えたザンの声に答えるとプルートの柄を握る手に力を込め直して周囲への警戒を強めた。
「よし、用意はよいな?」
ふーはショットガンに弾を込め直しながら聞く。誰もが息を切らし答える余裕はない。
既に緊張と疲労で心身が限界なのだろう、傭兵達も重傷を負った者はいないがそれでも練力は底を尽きそうな者が半分ぐらいいる状態なのだから。
「カウント行くぞ。3、2、1‥‥走れ!」
「ぐ?」
鈍い反応でこちらを向くゾンビに容赦なく銃を持つ者が鉛玉を叩き込む。フィールドがないためSESなしでも攻撃が通じるゾンビ達は瞬く間に肉片となっていく。僅かなダメージで済んだ奴は天子、ザン、天宮、メビウスが川に突き落とした。
落ちたゾンビは深みに嵌ったのか上がってくる様子はない。そのチャンスを逃さず橋を渡ろうとするが男性の一人が限界を迎えたのか橋の途中で膝をつく。
「おい、大丈夫か!」
近くの男が男性を起そうとする。
「う‥‥ヴドゥアガ!」
倒れた男が跳ね起き近くにいた男に噛み付いていったのだ。
「え!? ああああああああ!!」
そして、その喉笛を貪るように食いちぎる。噛み付いた男は逃げた後にゾンビに囲まれ腕を噛まれた男性だった。
「なに!?」「きゃあああああ!!」
いきなりの暴挙に思わず女性が悲鳴を上げ足を止めてしまう。それが失敗だった。まだ、残っていたゾンビ達に群がられてしまう。
「しまった!?」
「手遅れですね」
戻ろうするレイドより先にゾンビの仲間入りを果した男の頭を天宮がライフルで撃ち抜く。
「く、何たる失態!」
とっさの事態に対処できなかった己にメビウスが憤る。
「とにかく、残った奴は走るのだ、これ以上余裕はないぞ!」
ふーの声に我に返った救助者達は慌てて橋を渡り車両のある村の入口まで走る。桂木と練力の切れたレイドが車を動かしすし詰めに救助者達が車に乗り込む。
その時間をザン、ふー、天宮、メビウスが稼ぎ、天子とブロントは車の屋根や側面に取り付きつつゾンビを払いのける中で車は走り出す。
車が村の入口を抜けるのを見届けるとザン達の4人は広場のトラックを回収して撤退した。途中の戦闘で天宮がサタナエルを破壊され掛けるが無事に脱出する事ができた。
●観察者
少し離れた高台から傭兵達の脱出劇を見守る者がいた。
「強化も中途半端では使い物にならんな」
キメラの成果を確認したのは女性で予想通りに期待はずれの結果にタメ息をつく。
「ああああ!」
唐突に近く建物からゾンビが躍り出てくるが慌てる事無くその首を掴むと無造作に道路に叩きつける。
「しかも、敵味方の区別もつかないか」
冷ややかに見下ろす彼女の上から水滴が落ちてくる。雨だ。
その雨に打たれるとゾンビの体はまるで砂の様に崩れはじめていく。
「こんなものか、改良は必要だな」
そういい残して彼女は暗い雨の中へと消えていった。