●リプレイ本文
●本日貸切
「またの御来店、お待ちしてます」
そう言ってマスターは客を見送ると外に出て書いておいた黒板を立てかける。
『本日10時より貸切』
「さて、料理の仕込みとまいりますか」
これから来るお客様達に向けた料理を用意するために店の中へと入っていった。
●夜更ける
今夜、最初にやって来たのは全身を竜の着ぐるみに包み巨大なハリセンを背負った大槻 大慈(
gb2013)だった。何故そんな格好なのかと誰かが見たら問い質したかも知れない。
「いらっしゃいませ」
だが、マスターはそれも流した。
「こんばんわ、お邪魔するよ」
大慈はマスターに待ち合わせをしていると告げて世間話に興じた。
「美空(
gb1906)が世話になってるみたいで‥‥ありがとな」
と妹が世話になっている事に礼を言ってついでに溜まっていたグチを聞いてもらいながら美空達を待つことにした。
そうしているとドアのベルがなり来客を知らせる。
「おや、いらっしゃいませ」
「やあ、マスター、また来させてもらったよ」
「マスター、今日もお世話になりますわね」
やって来たのは榊兵衛(
ga0388)とクラリッサ・メディスン(
ga0853)の夫妻だった。今日の兵衛は普段の着物ではなくタキシード姿である。
その横で微笑むクラリッサはそれにあわせるようにイブニングドレスに身を包んでいた。
今日は聖夜に二人の思い出のつまったこの店で夜を過ごす予定らしい。
「どうぞ、寒かったでしょう」
二人にカウンターの席を勧めると暖かいお茶を出す。
「ありがとうございます」
礼を言うと兵衛とクラリッサはお茶に口をつける。思った以上に冷えた身体にぬくもりが染み渡っていった。
「じゃあ、今夜はそうだな。マスターのオススメのワインを頼むよ」
「そうですね。まずは食前酒にシャンパンなど」
いつもは日本酒ばかり頼むのに今日はワインを頼む兵衛に苦笑しつつもマスターはそう言うと二つのグラスとシャンパンを持って来た。
「じゃあ、クラリーと今日という日を過ごせる事に」
「兵衛と今日も一緒にいられる事に」
『乾杯』
チンッと軽い音を鳴らして二人は今日という日を迎えられた事を祝福した。
美空はナハトの前で自分の姉妹が来るのを待っていた。
「遅いでありますな。特に兄上、女の子を待たせるとはけしからんのであります」
などと呟いてると遠くから呼びかられる。
「そこに見えるは超美空!」
「お待たせなのです」
美海、美虎、美空・桃2のとても美空とよく似通った姿の集団と美紅・ラングが近付いてくる。
「みんな、よく来たのであります!」
美空も手を振ってみんなを出迎える。
「みんな、プレゼントは用意して来たでありますか?」
『もちろん!』
全員がそれぞれの包みを掲げて見せる。何が入ってるかは貰ってからのお楽しみだ。
「そういえば、美空の超兄さんは?」
「うむ、まだなのであります。どこで油を売ってるのだか」
などと、騒いでると美空達の後ろで店のドアがいきなり開く。
「こ〜ら〜、店の前で騒いだらだめ〜だろ〜」
『にぎゃ〜〜!?』
もちろん、声の主は大慈だ。大慈の事を驚かせるつもりが逆に美空達が驚かされる形になってしまった。
「兄上! もう、来てたでありますか!?」
他の姉妹も、超兄さん、兄様、兄貴とそれぞれ挨拶する。
「店先で騒ぐと迷惑になっちゃうからまずは中に入ろうか」
「はい!」
そして、みんな揃って店の中へと入っていった。
「やあ、マスター久しぶり。さすがにそろそろ冷えるね」
と言いながらローゼ・E・如月(
gb9973)が店に入ってくると入口に一番近いテーブル席に座る。
「マスター、いつものヤツを頼むよ。食べ物もね」
かしこまりましたとマスターが言って奥に消える。ローゼは最近まで受けた仕事で重傷を負って入院していた。一応、退院はしたがまだ療養中だった。体もまだ、あちこち痛む。
「まったく‥‥」
こんな調子では動きたくても動ないとローゼがため息をついていると。
さらにインバネスに黒のスーツという姿のジェーン・ドゥ(
gb8754)が入ってくる。
「メリー・クリスマス。マスター」
マスターも笑顔でメリー・クリスマスと応える。
「今夜もお邪魔しますね」
「はい。申し訳ありませんが相席で構いませんか?」
「あら、まだ席は開いてるようですけど」
「他にもお客様が誰か来そうな気がしまして」
ジェーンが苦笑まじりに予知かと訪ねてみれば、マスターは長年の勘と応えた。せっかくの聖夜に一人で祝うのも寂しいのでローゼが良ければと言うと。
「私は構わないよ」
「では、お邪魔します」
席に着くとジェーンはホワイト・ルシアンを頼んだ。
「まっ、これも何かの縁かな。よろしく」
「ええ、こちらこそ」
そして、女性二人は酒が来るまでしばしの歓談にふけった。
「メリークリスマス。今日は歌姫を連れて来たんだ。また、場所を貸してくれるかな?」
今日も紅い外套に羽帽子という服装で店を訪れたのは水無月 湧輝(
gb4056)だった。その横には青いドレスの水無月 春奈がコートを掛けようとしている所だった。
「まずは一杯、おっと、春奈は酒はなしだぞ」
「わかってます」
そう言うと春奈はオレンジジュースを湧輝は黒猫のラベルのワインを頼んで一息つく。
「さて、何を歌おうか? やはり、何かクリスマスの曲が良いかな?」
マスターがその辺はお客様に決めてもらう事にすると周りからいろいろとリクエストが飛んでくる。
「んっ、まずはクリスマス・キャロルからにしておくか。春奈」
「ふぅ、お仕事でもないのに歌なんて‥‥」
「たまには良いだろう?」
そう言いながら湧輝はギターの調弦をはじめた。
「あら、案外、賑わってるわね」
もうすぐ日付が変わる頃に訪れたのは冴城 アスカ(
gb4188)だった。
「マスター、お久しぶり」
「いらっしゃいませ」
アスカは挨拶もそこそこにカウンターの端の席に腰を下ろす。
「あ、そうだ。この前頼んでおいた30年物だけど」
「用意してありますよ」
「あら、準備が良いわね。ついでに食べる物も頼めるかしら」
かしこまりましたとマスターは言うとアスカの前にグラスに注いだウィスキーとナッツの入った皿を置き調理のために奥へと消えた。
アスカはいつもの物と香りも色合いも違う琥珀の液体を口に含みもうすぐ終ろうとする一年間に思いを馳せる。
「ふぅ‥‥いろいろとあったわね。本当にいろいろと」
いつもは楽しく飲むのが心情なのだが、今日はなかなか気持ちが乗らない。周りと同じように楽しむ余裕がない。
それを誤魔化すようにアスカはさらに琥珀の液体をあおった。
ひとしきりケーキや料理を楽しみながら楽しい語らいを一区切りした大慈や美空姉妹はプレゼント交換を行う事にした。
「では、行くぞ」
「ドンと来いなのであります!」
「何が出るかな」
音楽に合わせてそれぞれが用意した包みが回されていく。その様子を眺めながらクラリッサが微笑んでいた。
「ふふっ、楽しそうですね」
「どうかしたのかクラリー?」
兵衛が訪ねると少し懐かしむようにクラリッサは言った。
「ええ、私も子供の頃にプレゼント交換した時の事をね」
「クラリーは何をもらったんだ」
「ふふっ、ナイショです」
兵衛に向って悪戯っぽく笑うクラリッサだった。
テーブルの方ではプレゼントが行き渡ったらしく、包みを開いていた。
「これは? ペンダント」
「こっちは、何でありましょう? 不思議な物体であります」
ちなみに大慈は桃の用意した『貫通弾のペンダント』、美空は美虎が用意した『ゴルディアスの知恵の輪』を貰っていた。
「しまった!?」「むう、これは誤算なのであります」「超予想外なのです」「だから、誰に行っても良い物を用意しろと‥‥」
他にも『美空印(風神風)のニット帽』とか、『UKのボトルシップ』とか、『クリスマスの物語の本』、『能力者男の娘ブロマイドLHベスト5セット』があった。が、どうやら、ピンポイントで狙った人には行かなかったようだ。最後の品には店に居る数名が何か妙に心得た感じで納得した。何を納得したかはともかく。
「まあ、これも人生だな」
その様子を眺めながら湧輝は自分の分のワインを一口飲んで呟いた。
「落ち着いた雰囲気も良いですけど、賑やかなのも良いものですね」
「そっ、そうだな。ところでクラリー‥‥」
「なんですか?」
いつもと違い堅い雰囲気の兵衛を可愛いかと思いながらクラリッサが顔を向けると兵衛は一つの包み差し出す。
「メリークリスマス」
「これは?」
「俺からのプレゼントだ」
「開けてみても良いですか?」
「ああもちろん」
包みを開いてみると中身はこの冬新作のネックレスだった。
「あら、これは」
「気に入ってくれると嬉しいな」
「ええ、ありがとう。せっかくだし、兵衛の手で着けてもらえます?」
「は?」
いきなりの申し出に一瞬ぽかんとする兵衛。周囲を見回せばみんなのさまざまな視線が突き刺さる。
「ね?」
まるで童女の様に懇願するクラリッサだった。
「じゃあ‥‥」
男は度胸と覚悟を決めた兵衛はネックレスを受け取るとクラリッサの首にゆっくりと腕を回した。
「ふふっ、似合ってます?」
「‥‥似合ってる。と思う」
「思うだけですか?」
「あっ、いや、似合ってるよ」
「ありがと」
と不意打ちでクラリッサが兵衛にキスをした。
『オーーーーーーーーー!?』
とギャラリーの祝福(?)の声が店内に響いた。ギターを弾く湧輝も祝福の曲を奏でる。
「みんな、楽しそうね‥‥」
そう言うとアスカはグビッとグラスを空にする。
「今日は荒れていますね」
「‥‥そうかもね」
マスターの一言になんとなく同意するアスカだった。
「ねえ、マスター少し聞いてもらえる?」
「良いですよ」
「ふふっ、いつもそう言ってくれるのね」
そう言うとアスカは話を始めた。最初は実家の店を再建するために戦っていたと。
「最初はそうだったんだけど、強敵とも出会ったし、それ以上に沢山の仲間や愛する人にも出会えたわ」
この一年で沢山の人と出会えた。だが、出会いがあれば別れもいつか来るのが道理だった。
「傭兵なんてしてると死は身近なものだけど‥‥身内が死ぬ事がしんどいなんてね‥‥」
永遠の別れとなってしまった者の名前は美黒・改、まだ、人生の半分の半分も生きていない少女だ。アスカもせいぜい、二、三言交わしたぐらいの仲だ。
だが、それでも大切な仲間が死ぬのは辛い事だった。
「どうすれば良いかなこんな時?」
「‥‥後ろのテーブル席のお嬢さん達、彼女の家族らしいですよ」
きょとんとした面持ちでアスカはちらと後ろを見る。
「ここに来て泣いた子も居ました。そして、前を向いてます。子供がそんな風に生きてるのに私達が情けない顔をしてはいられないでしょ?」
「‥‥‥‥ふふっ、そうね。情けない事を言っちゃったかしら」
「そんな事ありません。それより、どうです?」
「頂こうかしら」
マスターが注いでくれた一杯を受け取る。飲みすぎだがこの一杯は今日飲んだ中で一番美味い酒になるような気がした。
「おっ、そうそう、さっきのプレゼント交換とは別にみんなに用意してたんだ。受け取ってくれるかな?」
「なんでありますか?」
大慈が用意していた包みを美空姉妹がそれぞれ受け取り開いてみる。毛糸の帽子、手袋、マフラー、セーター、ついでにパンツがそれぞれ入っていた。
「日付変わっちゃってるけど、みんな、誕生日おめでとう」
「わあ、ありがとうなのです」
「うん、喜んでもらえたみたいで良かったよ」
一人、今日ここにこれなかった姉妹もいるが彼女の分も想いを乗せて彼らは歌を歌うことにした。
背後では湧輝の弾く曲も生まれて来た事を祝福する曲になっていた。
「だから、私は思うのですよ。キリストの降誕を祝う日なのにみんな浮かれすぎだと! 別に独り身なのをすねてるんじゃ無いからね!」
「ああ分る。経験不足とは本当に恐ろしいモノだ! あれは冗談抜きで死ぬかと思った!」
人が幸せなのを見るのも悪くないと談笑していたジェーンとローゼだったが、つい何杯もグラスを空にしてしまっていた。
みんな、それぞれで楽しんでいたので無理に盛り上げる必要が無かったのもあるが、飲み過ぎてしまうのは話し相手が居たからか、それとも酒と肴が美味かったからか。
「‥‥どっちでも良いことですね」
「ああ、酒が美味くなるならな」
ろれつは回るが、どうも考えが上手く纏らない。
「これはアレですね。少し、酔い覚ましが必要かと」
とジェーンはそう言いつつ赤ワインをあおる。
「そうだな、なあ、吟遊詩人の兄さん。何か酔い覚ましになる歌でもないかな?」
「さすがにそこまで便利なものはないが、あの歌なんかどうかな?」
湧輝が休んでいる春奈に歌えるか聞いてみる。人使いが荒いと言いながらも居住まいを正して詠う。
「これは、空を追われた者達が再びその手に空を掴む事を夢見て歌った歌‥‥」
少し、船を漕ぎ始めていた者もその歌に耳を傾けはじめる。
『深い 雲に隠れ 息をひそめる空』
春奈の透明な声に湧輝のギターが軽快ながら優しいリズムで並ぶ。
『やまない 雨などない』
クラリッサの優しい声が歌に加わる。
『いつか 願う明日へ』
次の歌詞へ移る間奏の間に兵衛のマスターから借りたサックスが演奏に加わる。
『あざ笑うように 降る憎しみのスコール』
アスカが今の想いを洗い流すように歌いだす。
『疲れ果てた世界は 嘆きの調べ唄う』
ジェーンが慈しみを込め唄いだす。
『どうして 争うの』
そこにローゼはハーモニカを吹いてその列に加わった。
『答えは 出なくても 恐れずに 進んでみよう』
桃、美虎、美海、美紅もそのまま、勢いよく歌い出した。
『守り抜きたい 誰かが居るから』
美空と大慈も仲良く姉妹達の後に続く。
『遙かなる 光目指し』
『ぼく達は越える 翼広げ』
『何が立ち塞がろうと 今すぐ希望抱いて』
11人の歌声と3つの楽器の演奏が一つになって響き渡る。
『HA CATCH THE SKY』
そして願う。いつか自分達も空をこの手につかめるようにと。
『届かない今はまだ 思い切り 大地を蹴ろう』
『共に戦う 仲間が居るから』
その傍らにいる大切な人達と共にいつか空に届く事を。
『遙かなる 光目指し』
『ぼく達は越える 翼広げ』
『興が終わりを告げても 誇らしい朝日浴びて』
辛くとも自分達の進む道が正しいと胸を張って一緒に目指す事をただ詠うのだった。
●宴の終わり
夜もそろそろ、終わりを告げ始める。
あの歌が終ると寝てしまう者、一息ついてお茶を飲む者、飲み過ぎてフラフラしながらも家路につく者、仲睦まじく寄合い店を出る者、この日に雪が降ってくれないかと願う者、誰の上にも祝福された夜は過ぎ去っていった。
願わくば、また、この日を誰もが過ごせるようにと願わずには居られなかった。
そして、聖なる夜も明ける。生きる者達が希望に満ちた明日へ向えるようにと。