●リプレイ本文
夜10時。やや遅いが、キメラは昼夜問わず出没する。
さっそく今夜からでも調査をと、ULTの仲介で雇った傭兵に色々と教えていたところ、緊急の電話が鳴った。
「え!? はい‥‥はい! すぐ向かいます!」
何かあった。
すぐさま気を引き締める傭兵達。
「一人暮らしのお婆さんがキメラを見つけたそうだ! 山の中腹、ここからだと距離2kmほどの所に住んでる、すぐに助けに行ってくれ!」
「ふむ、急ごうか」
自分のジーザリオの鍵を取り出し、オブライエン(
ga9542)はドアを開けて待ち構えながら話を聞いている。
道は1本、車は使える。
最低限の話を聞くと、傭兵達は急いで外に出た。
住人のお婆さんと、たまたま迷い込んだという青年。
この2人を救出せねばならない。
「まあ、いつの世も元気なお年寄りってのは居る物で‥‥」
オブライエンの車に乗り込む蛇穴・シュウ(
ga8426)、太平堂(
gb3291)、番 朝(
ga7743)。
朝は今すぐにでも走って行きたそうにしている。
救助対象がお婆さんと聞き‥‥祖母を失った過去から、なんとしても守りたいという想いが溢れているのだ。
「とりあえずバンドで頭に固定するタイプの電灯と、ヘルメット型のライト借りてきました」
シュウが皆にライトを渡す。
「山道の途中まで、スピードを出すからシートベルトをしめとれよ?」
道はむき出しの土だ。
とはいえオフロードに適したジーザリオ、この程度ではスピードは阻害されない。
「山姥ですか〜‥‥いけません、いい加減このトラウマを乗り越えねば‥‥き、気合と根性で行きますよ〜‥‥」
野良 希雪(
ga4401)がインデースを出しながら自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟いている。
子供の頃に話を聞いてから、夜中に1人でトイレに行けなくなってしまったとか。
「山姥、か。バグアも勉強熱心な事だ」
「山姥っつーと、日本の妖怪でありやがるですか。相変わらずバグアは、伝承モノが好きみてぇです」
時枝・悠(
ga8810)、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が後部座席に乗り込む。
少々それぞれの武器が長いが、入りきらないほどではない。
助手席に瓜生 巴(
ga5119)を乗せて、こちらも出発。
「皆さんしっかりシートベルトしてください〜、実はペーパードライバーですけど大丈夫、きっと大丈夫ですよ〜」
希雪は微妙に不安な事をのたまうが、山道のわりに乗り心地は悪くない。
最新ショックサス、トランザを使っているようである。
「イグニッション! 私の前は誰も走らせません〜! ウフ‥‥ウフフフ〜‥‥」
だが、やはり希雪の言動は不安だった。
傭兵達が走る。2台の車で山道を。
傭兵達が走る。老婆の命を助けるために。ついでに青年も。
「走行距離1kmを過ぎた。そろそろかの」
オブライエンが呟いた。
前の希雪の車もスピードを落とし、2台とも止まる。
山姥キメラは普段は隠れているという、それなりに知能はあるはずだ。
ならば警戒させないように車から降りて近付くのがよいと傭兵達は判断した。
周りは森だ、この深い山で見失ったら再び探し出すのは困難だろう。
「あっ、朝さん!」
車から降りると即座に覚醒した朝。
そのまま1人で走り出して行ってしまう。
「私達も急ぎましょう」
巴が武器を手に走り、皆で走り出す。
ほとんどの者は気付いた、ほんの百mほど先で鳴る金属の音を。
どうやら車を降りるタイミングはバッチリだったようだ。
視界の悪い曲がり道を曲がったところで、朝の視界に青年がとびこんできた。
「わあ!?」
「!?」
お互いにびっくりして踏みとどまる。
そこに巴、シーヴ、シュウ、悠と、どんどん追いついてくる傭兵達。
よく見ると青年の上腕部から血が流れている。
ゼエゼエと息を切らせて、青年はなんとか言葉を搾り出した。
「よ、良かった‥‥お婆さん、が、すぐそこに‥‥」
すぐに老婆の声もした。
「イィ〜ッヒッヒッヒ!」
微妙にイヤな笑い方で。
山姥キメラが突き出す出刃包丁を紙一重で避け、老婆はナタを振って牽制する。
さて問題は。
「はて、キメラが二体おるように見えるが?」
「いえ、あの、それお婆さん‥‥」
オブライエンの言葉に応える青年。
「なんと、どちらか一方は人間じゃったか!? ん、いや、この場合は老婆が二名、どちらかがキメラじゃ。と言うほうが失礼がないかのう?」
いやいやお爺さん。
「どっちがキメラですか」
と直接聞きに行く巴。いやいや、あのね。
「イッヒッヒ、さてどう見えるかのぉ?」
お婆さんも悪ノリしないで!
「!」
朝はいちはやく出刃包丁を受け止めに行った。
巴とシュウも息を合わせるように、老婆とキメラ、両方の武器を止めに入る。
「おおっと‥‥ヒッヒッヒ」
むう、と考え込む巴は、老婆のナタを止めている。
外見はキメラとて誤魔化せそうだが。
「瓜生さん、こっちどう見ても怪物っぽい顔してるんですが」
シュウはキメラの包丁を受け流しつつ。
「そのセリフ、そっちがお婆さんだったとしたらとても失礼なのでは」
まあ、そういう可能性もなくはない。
しかし助けに来た人達に対して、般若の面のように牙をむき出し目をむいている人間はそうそういないと思う。
いや、そんな事を言うなら助けに来た人達に対して思わせぶりにイッヒッヒと笑う人間もあまりいないが。
「婆、ちぃとばっか年甲斐も無く、無茶し過ぎじゃねぇですか‥‥」
シーヴの剣が、キメラの振り回した出刃包丁をガギンと受け止める。
その時、皆は確かにフォースフィールドが発現するのを見た。
「‥‥出刃包丁もキメラの一部のようですね」
だが、わかってしまえば後は戦うだけだ。
オブライエンが頭上に照明銃を撃ち、多少の光を確保。
シュウはペイント弾を撃って、万が一逃がした時の保険を。
巴はすぐに目の前のお婆さんを抱えて後ろに跳んだ。
「こっちが人間です」
わかってますがな。
「年配者には敬意を示すべきだが、姿だけの妖怪、それを真似ただけのキメラには必要無いな。迅速に確実に片付けよう」
スラリと双刀を抜き放つ悠。
今までの動きから、キメラの足は遅い方だと判断した。
お婆さんと青年は引き離したし、包囲してしまえば2人を傷つけられる事はあるまい。
「大丈夫ですか、今治しますから」
ようやく追いついてきた希雪が青年に練成治療をかけ始めた。
バッサリとやられていた傷がどんどんふさがってゆく‥‥が、そんなにすぐには回復しない。
「‥‥皆さん、相手の攻撃力は高いみたいです。気をつけて」
お婆さんを抱えたままの巴が皆に注意を促す。
意外と本当に強いかも知れない。
その時希雪に向けて、バサバサの白髪の隙間から、ほぼ白目をむいたキメラの顔が現れた。
皺だらけと言うよりも、顔の筋肉が不自然に浮いた鬼の顔のようだ。
「や、やっぱり山姥怖いです〜‥‥実物洒落になってませ〜ん。無理無理〜トラウマ克服無理〜、ヒィィ〜」
やたら怯えながらも希雪、しっかり練成強化はかけてくれている。
「てめぇの相手は、シーヴ達でありやがるです」
走って突破をはかろうとしたキメラに、威圧感あるコンユンクシオで切りかかるシーヴ。
ミシミシとキメラの肩の肉に食い込み、ダメージを与える。
(「‥‥手ごたえが微妙でありやがるです」)
骨に届いた感触が無い。
はたから見れば大きなダメージに見えるだろうが、やはり人間タイプといえキメラはキメラという事か。
同じ大剣使いの朝も、バスタードソードを振り回す。
今まで背中側に回りこんでいて攻撃が当たらなかったが――そう、彼女は老人には攻撃しづらいのだ――正面から見れば、ただの鬼にしか見えない。
ばっちゃんを守る。
ばっちゃんを傷つけようとした奴は許さない。
気持ちのこもった一撃はキメラの脇腹に食い込んだ。
「地の利を活かさせないように、取り囲んで、袋叩きですね」
さらにはシュウの怨恨の斬撃も。
練成強化された剣が幾度も皮膚を裂き、肉を抉る。
何度も、何度も。
傭兵達は四方から囲み、キメラの移動を封じながらも、一撃をもらわないように注意して動いている。
接近を許せば、物凄い風が頬を撫でるのだ。
悠が傷を負ったが、かすめただけだというのに結構な流血が見られる。
そして‥‥
「っ」
朝が腹部を裂かれた。
傷はまだ浅い部類とはいえ、無視できないダメージ。
さらに、地面を大きく鳴らして2mほども跳ぶキメラ。
「く!」
太平堂は、陣形を維持するかどうかという所で一瞬判断が遅れた。
後ろに下がることなく受けてしまったせいで、体の前面を大きく切り裂かれてしまう。
派手に血がしぶいた。
そしてキメラは逃げようとする。
「逃げやがるなです」
が、そうは問屋がおろさない。
「とにかく逃がさんように‥‥な」
シーヴのソニックブームが、オブライエンの鋭覚狙撃がキメラに突き刺さった。
本当はシーヴは足を狙ったつもりだったが、まあ体でもいい。
「‥‥せっ!」
大きなモーションで振るわれた出刃包丁を、悠が刹那を用いて受け止めた。
そこを月詠ではさみこんで‥‥
「包丁は、振り回すものじゃない」
二方向からの重圧に、キメラの体の一部だった包丁は耐えられなかった。
刃先を半分以上ヘシ折る事に成功する。
さらに横から朝のバスタードソードがうなりを上げて襲い掛かる。
さっきシーヴが狙った部分にもう一度の斬撃。
今度は、しっかり骨1本断った。
「出刃包丁ごと叩き潰しやがるです」
豪破斬撃。シーヴの大剣の光が強くなる。
希雪の練成強化が、今度は悠の双刀にともる。
速攻。
キメラの肉体を中心に、シーヴが円を描くように回りながら攻撃する。
豪破斬撃を併用した流し斬り。
注意がそれた隙に背後からシュウのヴィアが刺さり。
「油断も容赦も躊躇もしない。ナマスに刻んで狗の餌、だ」
悠の二段撃が、連続でキメラに襲いかかる。
重い、とても重い4連続攻撃。それはキメラの生命を削りきった。
「‥‥あっと。手に直接の感触が来ると、どうも興奮しちゃっていけませんねえ」
死んだか、死にやがったか、と攻撃を浴びせていたシュウだが、キメラが完全に沈黙した事を確認すると元に戻った。
「無事でありやがったですか?」
シーヴは剣を振って鞘に収めると、老婆の方を気にして首をかしげた。
いくら元オリンピック選手でも一般人がキメラに立ち向かうのは無茶である。
しかし‥‥その度胸やよし。
「少しは見習うが良し、でありやがるです」
青年の方はもう傷もふさがっており、ただ恐縮するだけである。
「まあまあ、今回は青年の方が足が遅かったんじゃ、逃げるのが正解じゃて」
「おいぼんず、どこに行くかね?」
老婆が朝を呼び止めた。
いや、彼女は『坊主』ではないのだが。
「‥‥他にも、いるかも」
そこまで1人暮らしの老婆を心配しているのだろうか?
「そんな無茶はするもんじゃない。怪我しとるじゃないか、こっちに来い」
老婆の言葉には素直に従い、希雪の持っていた救急セットで手当てをしてもらう。
希雪は太平堂の大怪我にも練成治療を施しているので、朝の手当ては老婆がしてくれた。
「‥‥なあ‥‥本当に、ありがとうよ」
でも。
「そりゃ、わしは能力者じゃあない。でもわしなんぞの老人からみればな‥‥子供や、若いのに無茶させる事の方がつらいんじゃ‥‥」
ぺたぺたと手当てを受けている朝を見て。
傭兵達は、なんとも言えない安らかな気持ちを感じていた。