●リプレイ本文
もう赤い世界は見たくないとカーテンを閉めて玄関へ出る奈々。
「あら‥‥」
「ど、どうも‥‥」
訪ねて来たのは、信頼する傭兵仲間。菱美 雫(
ga7479)だった。
「え‥‥えっと‥‥」
眼前の奈々は疲れたような表情だ。
しかし多分、自分を通してくれたという事は、人と話したいのかも知れない。
雫はそう考え口を開いた。
「な、何か‥‥悩み事でも‥‥?」
沈黙はわずか。
やはり誰かに話したかったのだろう。
ぽつぽつと‥‥多少感情の乱れを見せながらも奈々は話し始める。
数分後。
心の内を明かされ、その震える視線が自分に向くのを待って、雫は言葉を紡ぎ出した。
「私は‥‥家族を、バグアに殺されました‥‥」
無意識に覚醒し、はっきりと。
「バグアは‥‥憎しみの、対象です」
奈々は正直、種族や派閥をひとまとまりの存在として考える事には拒否感を示す。
だが言葉にはしなかった。
今ここで大切なのは、そういう事ではないのだから。
「だから‥‥私も、迷うことなく‥‥その強化人間に、攻撃をしていたはず‥‥です」
もし同じ立場なら、同じ事をしていたと。
「‥‥それで、後になって‥‥今の神崎さんと同じように‥‥魘されていると思います」
その気持ちは悔恨ではないはず。では何か?
「それは‥‥仕方がないことだと思うのです」
奈々が認めたがらなかった事。
「例え、強化人間だとしても‥‥人を手にかけて‥‥平静でいられる人なんて、普通は、いません‥‥」
「でも‥‥!」
「なにより、私は‥‥」
奈々は言いかけた吐露を飲み込む。
雫の言葉を待つために。
「そういった行為を平然とやってのけるような神崎さんは‥‥見たく、ないです‥‥」
奈々がどう考えていようと。『雫が』見たくないのだと。
理屈で説くのでなく、雫は自分の意思と感情を奈々に打ち明けた。
その言葉が、奈々の心にかかったもやを晴らす。
「あ‥‥」
それなら。
それなら、いいかな。
今の自分でいることが雫のためになるのなら。
奈々が自分自身の心に決着を付けるのは、まだ先の事になるだろう。
でも、今はこれでいい。
「ありがとう‥‥雫さん」
3日後。
「も、模擬戦、ですか‥‥?」
「ええ。わたくしがまだ人と戦えるかどうか、それだけはハッキリさせておきませんと」
心の内がどうであろうと人の形をした敵と戦えるならば傭兵としては何の問題も無いのだから。
依頼を受けてくれた傭兵達が広いトレーニングルームに入って来る。
「あ、あの! ‥‥治療は、任せて下さい。気の済むまで‥‥思いっきり、やってくださいね‥‥」
心配そうな雫に向け、奈々は感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「話は後‥‥全力で行くよ!」
ここに来るまでに話はつけておいたのだろう、一番手は北条・港(
gb3624)。
瞬天速で近付き、いきなりのティオヨプチャギ(飛び横蹴り)。
港のロングブーツの前後には鋭い爪。それが奈々の額をかすめる。
「おっと!」
もともとケンカ好きな性質。奈々は楽しげに剣を抜いた。
「たまにはいいよね、こういうのも。バグアとばっかり戦ってても気が滅入ったりもするしさ」
楽しげなのは港の方も同様のようで。
テコンドーの華麗な連続蹴技が次々と奈々に襲いかかる。
左右に振り。
上から襲い掛かり。
時には足先をも狙い。
「素晴らしい、ですわ‥‥!」
息つく暇もない応酬の中でも、奈々は笑みを見せつつ賞賛した。
全力でかかって来てくれる事が嬉しいから。
「久しぶりの模擬戦で、もう今日は燃えてるかんね。誰だろうと蹴ったり叩いたりしてやるかんね」
港の側からも笑みを返す。
「‥‥楽しそう、です」
「そうだな」
雫の呟きに答えたのは番 朝(
ga7743)。
皆ベンチに座っているが、朝はちょこんと座った姿が犬のようで愛らしい。
その横では須佐 武流(
ga1461)が思った事を口にした。
「戦える事を確認するための模擬戦と言うから、何かあったかと思ったが‥‥」
「‥‥」
雫からは言葉は無い。
少なくとも今のところ奈々に異常がありそうには見えないし、雫から言うことでもないだろうし。
「さて、ね」
審判をかって出たUNKNOWN(
ga4276)、謎めいた風貌の影から優しげな微笑をたたえつつ。
「あるいは、既に自分の中で心が決まった、かな?」
奈々に熱いバトルの楽しさを思い出させる初戦である。
港が最初に一撃を入れた事も良い刺激になった。
「しッ! せぇぇぇっ!」
奈々が袈裟懸けに振り下ろす剣を、ブーツで横から弾くという離れ業をやってのけた港。
そして今度は港の番とばかりに右側からのトリョチャギ(回し蹴り)。
奈々は左手の剣もそれを受け流すために使ってしまう。
蹴り足を戻すのと剣を戻すのでは、どちらが早いか‥‥
港の限界突破スキルにより、勝敗はここで決した。
瞬時に回し蹴りから繋いだネリョチャギ(踵落とし)は奈々の鎖骨をとらえ、ビッと寸止め。
この角度とタイミング、常人であれば鎖骨を折られている。
「くぅっ‥‥。ありがとうございましたわ」
「なんのなんの、是非またお相手してほしいな」
「はい、是非!」
最後は笑い合ってがっちり握手。これぞ傭兵の友情であろう。
「初対面じゃからの、面倒な事は抜きじゃ‥‥本気で来い」
ユーミル・クロガネ(
gb7443)とのバトルは、シェイクハンドデスマッチ。
互いに手を握り合って殴り合う単純明快な闘法である。
ばちっ、びしっ、と、互いの頭部めがけて拳を出し合う、痛そうなバトル。
だが奈々の顔はほころんでいた。
この人もまた楽しませてくれる、と。
「女は黙って拳とはよく言ったもんじゃの‥‥!」
よく、こんなにも好みの傭兵が集まってくれたものだ。
「余裕そうじゃな?」
「ま、覚醒していますし」
港との試合では互いに刃物を用いていたが、かすり傷で済んでいる。
出血も少し滲んだ程度。
能力者の体とはそういうものなのだ。
「ならば次、首、気をつけろよ?」
「!?」
ユーミルは奈々の体を抱え上げ‥‥
大技、ノーザンライトボム。
このまま殴り合うものだと思っていた奈々はまともに落ちてしまう。
「ったぁ‥‥」
「ほれ、お前からもかけてみぃ」
技を受けてやる、と笑みを浮かべるユーミルに、思わず口元がほころぶ奈々。
本当に。
本当に魂を震わせてくれる女達よ。
礼代わりの双掌打は、ズン、とユーミルの体を浮かせた。
その5秒後。
奈々は試合場の天井を見ていた。
壊れたベンチにうもれながら。
「わしに本気を出させるとは大した子供じゃよ」
剛拳エリュマントスを外し、ユーミルはベンチの残骸の中の奈々に手を差し伸べる。
「だ、大丈夫かい?」
港も驚く破壊力。
ユーミルが奈々への返礼に同じように放った双掌打は‥‥
パワーだけならメンバー中最高、歴戦の傭兵をはるかに上回る一撃だった。
「素晴らしい殴り合いでしたわ‥‥」
ユーミルの手を借りて頭を振りながら立ち上がった奈々は‥‥
しかし、笑っていた。
そして三人目、番 朝だが。
「以前ご一緒した時は、大剣での暴れっぷりを拝見しましたが」
覚醒した朝は、表情が消え無言でその力を振るうようになる。
巨大な剣を絶え間なく振り回すそのさまは、小さな竜巻のごとし。
しかし。
この人とも『ケンカ』してみたい、という欲求が奈々の中で沸き起こる。
「今回は‥‥貴女も、素手でいらっしゃいますかしら?」
微笑んで拳を突き出し構える奈々。剣は雫の膝の上に。
それならばと、朝も素手で奈々と向かい合う。
「宜しくだ」
互いに礼をして静かに微笑み始まった試合。
しかし山林で動物達と遊んでいた朝の動きは自由奔放でトリッキー。
手を地につき、飛び跳ね、足元を駆け抜け、奈々の周囲を回り‥‥
猫が雀に飛びつくように脇腹めがけ拳を突き立てる。
「っと」
流石の野性味溢れる闘法。
すんでの所でかわしたが、奈々が振り向いた時には既に逆方向から飛びかかる体勢を整えている朝。
ただの素早さだけではない肉体にしみついた動きである。
朝は試合を楽しむように、少年らしく元気溌剌と飛びまわっていた。
「!」
しかし攻勢に転じようとした奈々の動きが一瞬止まる。
中性的な朝の容姿が、どことなくかぶって見えたのだ。
自分が手をかけた、強化人間の少年に。
「あ!?」
低い姿勢のまま固まったせいで右目に蹴りをもらってしまう奈々。
まぶたの傷自体は当然かすり傷だが、視力が心配になる当たりだった。
攻撃をかけた朝の方が心配そうに下がり、試合を見守っていたユーミルは中断させようとしたが‥‥
「シッ!」
奈々は朝の足を踏むべく歩を進め、同時に眼球を狙って親指をねじ込まんと素早く拳を出す。
この不意打ち気味の攻撃、足を踏まれはしたものの朝は頭をひねって避けた。
「はい、そこまで」
そして奈々の伸ばした目潰しの拳は、より大きな手に包まれる。
いつの間にか横に歩み寄って来ていたUNKNOWNによって。
「‥‥大丈夫です‥‥特に異常はありません」
奈々の目ははっきり見えており雫の診断でも傷は見当たらず。
涙を拭けば、元通り。眼球の水分が出るなんて事もない。
「で、でも、心配しました‥‥」
「うん、俺もだ」
「すみません」
反撃をかけた朝にも心配されている事を申し訳なく思い、奈々は素直に謝った。
「つい先日の記憶が蘇りまして‥‥ここで反撃しなければ、戦わなければと思い」
そして奈々は今回皆を呼んだ理由と原因を話す。
自分が人と戦えるかどうかを確かめるため。
人を殺めた事に負い目を感じる自分が、間違っていると感じたため。
「俺は‥‥相手によるな」
朝は真剣な表情で考え込んでしまった。
彼女は野生動物達を友としていたがゆえ、奈々と同じく、人間と動物という種にこだわらない。
逆に言えば相手が獣キメラであっても引きずる事が多いという事だ。
まずユーミルが口を開く。
「自分の考えと感じる事が食い違っても関係無い。問題はそれらを受け入れる強い精神を持っているかどうか、じゃ」
拳と拳でぶつかれば何かわかるかも、なんて考えて試合に臨んだユーミルだ。
奈々に近い部分はある。
「確かに。解決はしてませんけど、雫さんに声をかけて頂いただけで心が軽くなりましたもの‥‥」
何かを抱えたままでも行動できる精神力。
それが欲しい。
「お前はまだまだ強くなれる、それに見合った心も持つ様に心がけろ。そして年寄りを楽させてくれ」
「年寄り?」
ユーミル・クロガネ、外見年齢12歳。
実年齢不詳。
「人とは古き時代より未来に至るまで矛盾の存在、だよ、変わる事無くね」
奈々に話しかけているというより独り言を聞いているように感じるUNKNOWNの言葉。
「自信を持つのはいい‥‥だが、自信過剰は困る。悩まず進めばいい‥‥だが、悩む事が必要だ」
それは確かに奈々に向けられていた。
「好きも嫌いも構わない。だが、嫌いだから騒いでいいなどでは社会性があるとは言えん」
「あぁん?」
‥‥まあ、奈々がどう受け取っているかは別として。
「だから、ね。普通に生きればいいのだよ。能力者と言えども我々は人なのだから、ね」
「言われずとも。何物も個人の精神活動を阻む事はできないのですからね」
常に冷静で、余裕と微笑を絶やさないUNKNOWNの真意を汲み取る事は難しい。
ましてド直球で直情的な奈々では相性が悪い。だが‥‥
「でも‥‥心配してくださるのでしたら、感謝しますわ」
ここで単純に反発するだけでは、何か負けたようでイヤだ。という敵愾心が生まれたようだ。
これはこれで良いのかも知れない。
一息つくと奈々は武流の方を見る。
目に闘志をたぎらせて。
「ん? やるかい?」
「もちろん!」
目に一撃もらったというのに元気である。
心配そうな雫や朝、困った子だなあという表情の港とユーミル。
皆に両手を合わせてごめんなさいしつつ、奈々は剣を取った。
審判はUNKNOWN。
武流の靴には脚爪「オセ」が付けられているが、スタイルは港とは違うはず。
「かかってきな‥‥自分で言うのもアレだが、俺は結構強いよ?」
「それは存じておりますわ」
最終戦を望んだ武流。その理由は、奈々が戦えなくなるかも知れないから、ということ。
全力で相手をするつもりだ。
危なくなったら止めてね、とあらかじめ周囲に言っておくという事は‥‥
覚醒すると性格や言動が変わるタイプか。
「普段は機械剣が便利なんだけどな」
しかし今回はSESなしの模擬戦なので刃が出ない。
「来ないなら‥‥こっちから行くぜ!」
武流の上半身がゆらゆらっと左右に傾いた、と思った次の瞬間。
奈々は右側からの回し蹴りを脇腹にくらった。
「お‥‥!」
肺から空気が漏れる。表情は嬉しそうではあるが。
(「不規則なステップで攻撃が読みづらい上に‥‥攻撃が見えても剣が間に合いませんわ‥‥」)
反撃の突きを、足首、膝、そして股関節も使い、なめらかに外へと受け流す武流。
そして突きの後で奈々の体の前が空いている所に綺麗に入るショルダータックル。
「っの‥‥」
このまま二刀を持っていても受け流せないと判断し、奈々は左の剣を捨てた。
左手で武流の服を掴む。
しかし。
「ふっ!」
「っ、かは‥‥」
奈々がインファイトの体勢を整える前に膝蹴りが腹に入った。
その蹴り上げた右足が地面に着くとほぼ同時に今度は左足の膝が入る。
たまらず反射的に距離を取ろうと、掴んだ手を離す奈々。
冷静に下から顔めがけて剣を突き出すが、武流はそれ以上に冷静に無駄のない動きでかわす。
そして剣を持つ右手を上げたその脇腹に蹴りが入る。
少しでも隙を見せれば、まさに『猛攻』としか表現できない連続攻撃が襲い掛かるのだ。
約2分後。
「勝負あり」
UNKNOWNが静かに動き、武流を制止した。
「ぜぇ‥‥はぁ‥‥あ、ありがとうございましたわ‥‥」
ついに一度も受け流せず、また、一度もクリーンヒットを当てられず。
それでも楽しそうなのが奈々であるが。
「‥‥それだけいい顔ができれば大丈夫そうだな。またいつでも相手になってやる」
「‥‥ふふっ」
雫に抱きかかえられ、体重を預ける奈々。やはり疲れていたらしい。
「お疲れ様‥‥でした」
「ご心配おかけしましたわ‥‥」
雫は涙ぐみながらも微笑んでくれる。
気遣いが嬉しかった。
「食材を用意している。応急手当が済んだら、皆で食事にしないかね?」
きっと運動の後の食事は美味しいだろう。
「俺は‥‥肉が食いたいね」
UNKNOWNの手提げの中、バラ肉を骨に巻いて作った漫画肉を見て、武流。
「わ、私も、用意‥‥してます」
こっそりモツ鍋の用意をしていた雫。
断る理由はどこにもない。
「では、兵舎に戻りますか」
「上質の料理を約束しよう。無論、皆にも手伝ってもらうが、ね」
心の力。
本当に身につく日まで‥‥少し皆から力を分けてもらっても、いいだろう。