タイトル:月下之殺陣マスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/10 23:12

●オープニング本文


 ‥‥月。
 明るすぎる月。
 不気味なほど冴えた青白い光が無機質な都市に降り注ぐ。
 そしていつまでも続く静寂。
 耳がおかしくなったかと思うほどに何の音も無い。

 本当にこのあたりにキメラがいるのだろうか。
 あまりにも静かだった。
 倒壊したビル。落ちた架け橋。
 これから復興するであろう都市。
 まだ戦いの爪痕の残る都市。
 電気や水道すらいまだ通っておらず、どこまでも続く高速道路も不気味にそびえ立つのみ。
 戦いの気配が残るためだろうか虫1匹の姿も無く、自分達の立てる音以外には何も感じ取る事ができない。

 明るい。月の光がこんなにも明るいなんて。
 ULTから借りてきた電灯など誰もつけていない。
 月の光の美しさ‥‥油断すれば心を奪われる‥‥
 キメラ退治ではなく休息している時に、思う存分この降り注ぐ月光を味わいたかった。


 倒れて隣のマンションに寄りかかったビルの最上階。
 元々パーティー会場だったのであろう、豪華な調度品が無残に壊れてフロアの片側に積み重なっている。
 大きく斜めに傾いたフロアで『それ』は立ち上がった。
 敵の到来を喜ぶかのように鎧兜の隙間から青白い光を放ち、腰に差した刀をゆっくりと抜き放つ。
 壊れた窓から差し込む月光を反射して、刀身が妖しく輝いた‥‥

●参加者一覧

比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
セラン・カシス(gb4370
19歳・♀・DF
ジン・レイカー(gb5813
19歳・♂・AA
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
シィル=リンク(gc0972
19歳・♀・EL
剣城 咲良(gc1298
24歳・♀・DF

●リプレイ本文

 玲瓏たる輝きを放つ月を背に、傭兵達はこの広い都市の中、たった1体の敵の姿を探す。
「月が綺麗だねぇ‥‥と、月見は後回しだな」
 なるべく音を立てぬよう、ジン・レイカー(gb5813)は巨大なコンクリートの破片から飛び降りた。
「先発隊が戦ったのは、この『元』ビルの屋上で間違いないんだよな」
「地図で言えば確かにここだからね」
 2本目のタバコに火を点ける剣城 咲良(gc1298)。
 カチャンと軽い音を立ててジッポを閉じ、瓦礫の山の向こうの月を見上げる。
「また派手にやったもんだ‥‥自然に崩れ落ちたのかも知れないけど」
 既にここに来る前に、敵と戦ってやられてしまった先発隊の面々から話は聞いてきている。
 この瓦礫は戦場となったビルのもの。
 それにしても何故わざわざ逃げづらい場所‥‥ビルの屋上などを戦闘場所にしていたのか。
 話を聞く限り、敵に飛行能力は無いはずだが。
「何とかと煙は高い所が好きっていうあれですかね‥‥?」
「さあ、空気が武器で、風の吹きやすい所を好むって事も考えられるけどな」
 ぐるっと瓦礫の向こうを回って来た瓜生 巴(ga5119)と守剣 京助(gc0920)も会話に加わる。
 この静かな世界の中では、小声で話していてもよく響くものだ。

 残念ながら周囲に手がかりは見つからず、巴は軽く首を振った。
「もし敵の体が多少飛び散っていたとしても、この瓦礫の中では見つからないでしょう」
 先発隊からの情報。
 鎧の中に砂利のような手応えがあったと。そしていくら攻撃しても倒れなかったと。
 砂状のボディを持つスライムだとか、中に詰まっている砂利はフェイクだとか予想はできるが‥‥
 この現場でその破片を見つけるのは無理だろう。
 戦闘の中で見極めるしか無さそうである。
「いかにも何か出ますって雰囲気はばっちりだけどさ‥‥」
「んじゃ、そろそろ行くか」
 咲良はタバコを揉み消し、京助は背中のバスタードソードを背負い直して、月光の満ちる街を歩き始めた。


 良い月だ。
 こんな夜は化け物との剣舞もさぞや絵になるのだろう。
 そんな考えが時枝・悠(ga8810)の頭をよぎる。
(「‥‥終わったら夜風を浴びて頭を冷やそう、うん」)
 自分自身の、戦闘に傾倒した思考回路に軽く呆れつつ。
 タクティカルゴーグルの望遠機能を使い、一番高いビルの非常階段から周囲を見回す。
 既に別班との相互連絡により現場の状況は聞いているのだ。
 比企岩十郎(ga4886)は無線を切ると独白を漏らした。
「いい月夜ではないか、鎧武者が迷い出るのも解らなくも無い」
 無骨な風貌にわずかな微笑を浮かべ。
「ま、キメラだから倒してしまうがな」
「本当に明るい月ですね」
 ほんの少しだけ感動を見せる声で呟いたシィル=リンク(gc0972)。
 この明るすぎる月の神秘性は、皆の魂を震わせ、彷徨へといざなっているようだ。
 ‥‥約1名を除いて。
 表面上は動揺の無いセラン・カシス(gb4370)だが‥‥
「こ、怖くない怖くない」
 誰にも聞こえぬようにこっそり呟いたつもりでも、この静寂の中では以下省略。
 暗がりに入るたびに懐中電灯をつけているので、たぶん怖がっているのだろうなという事はわかる。
「‥‥無理に前衛に立つ必要はないぞ?」
 思わず声をかける岩十郎。
「敵を逃がさないためには素早く包囲できる方がいい。私と比企が先行する」
 加えて悠の提案もあり、ひとまず正方形の陣形で固定したところで。
 シィルが何かに気付いた。

「あの倒れかけたビルを見てください」
 双眼鏡で対象を確認したシィル。
 彼女の指差す先を見ると、大きなビルがあった。窓を数えると10階ほどもある。
 眼前の道路にはKVかワームが落ちたのであろう大規模な陥没。
 その地割れがビルの下に走り、ビルがマンションに寄りかかるように沈み込んでいるのだ。
「そこの最上階です。月の反射光ではないように思いますが」

 クリニックやショップや数々のオフィスが入った巨大雑居ビル。
 内部もそのままの形で傾いた建物。
 頑丈に作られていたのだろう、KVでもなければビルを倒壊させる事はできそうになかった。
 立ち入るしかない。
 ひび割れた耐震ガラス。
 部屋の傾きの下方に寄り集まったデスク。
 ぶら下がった避難器具。
 ‥‥1階上るごとに高まる緊張感。


 最上階、大きく開けたフロア。
 月光よりもなお不気味に輝く、青白い瘴気を含んだかのようなぼんやりした光。
 その鎧の隙間からは質量のある光が、まるで煙のように漏れ出ている。
 ヒュッ、と振った刀が一瞬月光を反射し、キメラの姿は光と闇のコントラストの中で美しく目に焼きついた。
「ひぅっ」
 怯えた声を出したのは無論セランである。
「なかなか風流な奴じゃないか」
 真紅の布地で飾られた豪華な扉の影で軽く呟く岩十郎。
 その直後、空気が動いた。
 咄嗟に両脇に飛びのく岩十郎と悠、セランとシィル。
 扉が、斬られた。
「‥‥」
 前情報通りの飛び道具持ち。
 覚醒したセランは何も言わず、冷静に皆に合わせ後ろに下がった。どうも覚醒で精神も変わるタイプらしい。
 ‥‥全身からかすかに青白い光を放っているところは、なんか今回のキメラと同類のような気もする。
 ともあれ、全員階段まで後退するとキメラは追って来ない。
 好都合だ。
 別行動中の班には既に連絡済み。
 全員が無線を持っているため、たとえ1つや2つ壊れても通信に不便は無い。

(「しかし、ノイズが入らないとは?」)
 以前に電波障害を起こすキメラと戦った事でもあるのか、岩十郎は無線のノイズに注意していたが‥‥
 ワームと違って電波障害を起こすキメラは少ないという事を彼が知るのは、この依頼から帰った後になる。

 半分になってしまった扉も、目隠しとしてはまだ利用可能。
「砂利‥‥いや、鉄のようだ」
 斬られた扉の向かいの壁についている傷跡‥‥そこに溜まっていた細かな鉄の破片。
 砂鉄と言うにはやや大きい粒。それこそ細かい砂利のような。
 これを刃のように飛ばしていたのか。
 シィルは考えた。
 物理攻撃だというなら、タイミングさえ合えばソニックブームで弾き飛ばせるかも知れないが‥‥
 しかし鉄の砂だという事が見えないほどの速度。銃弾を叩き落とすのと変わりない。
(「‥‥危険ですね」)
 あと考察される事というと。
「これが体内に蓄積されているなら、自分の命を削って攻撃している?」
「ドラゴンキメラが火を吹くのと同じような、ただの燃料かも知れないが」
 シィルと悠の意見。
 しかしまあ。
 どちらでもやる事は変わらないようだ。
「面倒なので、私は中の砂を吹き飛ばしましょう。遠距離攻撃をさせないだけでも敵の戦略は狭まるかと」
「本体が鎧でも刀でも、正体なんざ気にするな、斬って捨てれば全て塵だ」
 そこに。
「その通り、全部壊せば問題無い」
 無線と実際の声が重なった。
 抜き身のバスタードソードを持った京助を先頭に、斜めの階段を上ってくる別班の面々。


 鎧武者キメラは有利な位置を心得ているのか、傾いた部屋の上の端に陣取っている。
 しかし上側は壁。
 包囲はやりやすい。
 キメラの両脇を固めるように飛び出す岩十郎と悠。
 情報によればこいつは陽光のもとでは姿がほとんど見えなくなるという。
 逃がすことはできない。
 ここは一方向の壁面はすべて窓。加えて、入ってきた扉以外にもいくつも出口はある。
 そんな状況のため、慎重に取り囲む傭兵達。
 だが傭兵達が完全に取り囲む前に、戦闘は始まった。

 大きな刀を腰に構えて薙いでくるキメラ。
「‥‥ふっ!」
 覚醒して雄獅子と化した岩十郎。その棍が刀を弾き、ギン、と硬い音を立てる。
「さぁて、楽しませてくれよ?」
 次峰はジン。
 岩十郎の弾いた敵の腕にさらに追撃をかけるべく、和槍『隼風』を振って上から叩き付けた。
 どこまでも赤く染まった目は戦いの喜びに震えている。
 逆側からは京助が移動の勢いのままにバスタードソードを振り回し‥‥敵の肩当てを大きく曲げる。
「てめえを倒して正体を探ってやる!」
 京助の背には4本の剣の影。風車のように回転するのは彼の心が昂ぶっている証。
「なるほど、フォースフィールドが見えないわけですか」
 巴は銃を構えスキをうかがいながら、冷静に観察していた。
 敵はもともと多くの光を放出しているため、赤い光が発動しているのかどうかわからない。
 鎧が本体か? 刀が本体か? 核のようなものが鎧を操っているだけか?
 少なくとも中に一般人が囚われているとかいう事はなさそうだ。
 先発隊が戦った跡であろう腕の隙間からは、何も見えない。
 ただの空洞である。
「包囲しての射撃は‥‥流れ弾を避ける工夫の必要なとこ」
 巴は自分の位置が下にある事を利用し、屈んで敵の頭や肩を狙うことで、弾丸が天井に当たるように撃つ。
 エネルギーガンの光が、異質なる光を貫いた。

 すべての攻撃に両断剣を付与して長柄斧バルディッシュを振り回すセラン。
 鎧武者の両の腕部を狙って猛攻を仕掛ける京助とジン。
 もとより皆、鎧ごと叩き斬る心算だ。
「流石に硬い、か。いいねぇ、壊し甲斐があるじゃねぇか」
 ジンは楽しそうに言ってはいるが頭は冷静。
 岩十郎が棍を回しながら引き、刀を滑らせた上で突く瞬間‥‥
 同じ長物であるジンの槍は、頭をかがめたセランの上を走り、キメラの横から薙ぎ払う。
 鎧が裂けた。
「会心の一撃ってか?」
 その内側には、やはりギッシリ詰まった鉄の砂利。
 そして岩十郎の棍も注意を引くだけではなく。
 きっちり相手の刀を折り曲げていた。

 鎧武者キメラは壁を背にしており、背後は取れそうにない。
 しかしシィルは小太刀、屠剣『ぜんころ』を手に、一気にキメラの懐に飛び込んだ。
 ジンの作った裂け目を狙って、錬力を纏った得物を突き入れる。
 本来ソニックブームは指向性のある衝撃波を飛ばすもののため、爆発的な作用は無い。
 しかし『詰め込まれた鉄片』は振動の波を伝えやすくし、外殻の『非常に硬い鎧』がその波を乱反射し‥‥
 結果。シィルの狙い通り、鎧の隙間から大量の鉄砂利がこぼれ落ちた。
「死によって断てぬもの無し‥‥消えなさい」
 キメラの返礼の斬撃はシィルの体の前面を大きく裂く。血が飛沫いた。
 しかし無茶は覚悟の上。
 背中から倒れるように後方に跳び、二撃目はなんとかかわす。
 一回転して起き上がり、自分自身の体をロウ・ヒールで癒してゆく。
 この傷は肋骨まで届いているかも知れない。
 たった一撃でこれほどとは、これ以上の無茶はやめておこう。
「浮気するなよ、寂しいじゃあないか」
「てめえの相手はいくらでもいるんだ」
 追撃しようとしたキメラは悠と京助が阻んで止める。

 長柄斧バルディッシュを振りかぶったセランの全力攻撃が、運良く膝から脛当てを引き裂いた。
 ついでに大きな衝撃とともにコンクリートの床を陥没させる。
「その鎧、バラバラに引き裂いて正体暴かせてもらうよ!」
 今度は咲良が飛び込んだ。
 バルディッシュを引くタイミング、セランの隙を埋めるように角度を低くしつつの流し斬り。
 ダメージのある脚部をさらに削るイアリスの鋭い刃。
「っ、は」
 しかしキメラの動きは予想を上回った。
 いや、予想しえなかった。
 ミスではない。
 人の纏う鎧の姿をしていながら、背後も見えるとは誰が思うだろう。
 流し斬りで上手く死角に回ったはずの咲良の、右背部がバッサリ斬られていた。
「悪いっ、一旦下がる!」
 自身の傷は活性化で癒す。傷は深いが、腕はまだ動くのだ。
 後ろに転がり、今度は銃を構える咲良。
 京助はそこに迫るキメラの攻撃を受け止めつつ、カタキとばかりキメラの刀を完全に半ばから断ち折った。
 しかし‥‥
「っ」
 急に軌道が変わり、キメラの斬撃が突きに変化する。
 折れた刀が京助の左胸をとらえる。
 ‥‥突き刺さりはしない。大丈夫。
 肋骨にヒビくらい入っているかも知れないが。
 このキメラ、馬鹿力だけは一人前か。
「刀も折った、鉄砂も抜いた、それでも倒れないか」
「背後も見えるとなるとやはり鎧が本体、感覚器官は前後か左右か死角のないように付いているでしょう」
 巴が皆に注意を促す。

 そして‥‥

 前面に大きな空洞を晒している鎧武者。
 そのダメージは誰が見ても明らかだ。
 キメラ自身も自覚したのだろう、逃げに走る。
 完全に包囲されている中でどうしたかというと‥‥背後の壁をぶち抜いたのだ。
「ぬう」
 驚きながらも傭兵達の行動は素早い。
 獣突でキメラを吹き飛ばす岩十郎、そのキメラを掴むセラン。
 しかし相手はセランの体重など気にせず壁の外へと身を躍らせる。

 キメラを掴んだまま、咄嗟に壁の一部を掴むセラン。
 壁の方がもたずに崩れたが、その1秒があれば傭兵達が判断するには充分だった。
 高さは60メートル未満。
 角度は30°前後。
 この角度では滑り降りるのは難しいが、落下の衝撃は途中途中で弱まる。能力者なら死ぬ事は無いだろう。
 行こう。


 ジンと京助が壁を滑る。
 悠が空中を舞う。
 岩十郎が壁を下へと走る。
 掴んでいるセランを払うべく、折れた刀をふりかぶるキメラ‥‥
 その右腕は既にジンによって痛めつけられていた側。
 やりかけた仕事は最後まで。
 月に光るジンの槍が、キメラの腕部を完全に貫き通した。

 1秒。

 壁面に足を着こうとしたキメラは、しかし体勢を崩した。
 咲良の抉っていた足部分が、この衝撃に耐えられなかったらしい。
 その隙を逃さず獣突。
 窓からビルの内部に入れるべく、岩十郎はキメラと自身の位置を調整するも‥‥耐衝撃ガラス。
 派手な蜘蛛の巣状のヒビが入るが壊れない。

 3秒。

 しかし禍を転じて福となす。
 バウンドしたキメラは無防備な背中を晒した。
 落下の風の中、京助のバスタードソードが振るわれる。
 刀持つ腕は、主の肉体を離れた。

 5秒。

 悠が双刀を交差させ、バウンドしたキメラの正面から刃を振るう。
 斬撃。
 追撃。
 二段撃。
 能力者でない者が見れば、月光にひらめく刃が閃光のように走っただけにしか見えまい。
 同一箇所に狙い違わず斬りつけた熟練の技は、キメラの胴を完全に両断していた。

 7秒。

 大きな衝撃とともに落下し、フォースフィールドの加護を失った鎧はたやすく潰れあっさり壊れた。
 数瞬遅れて悠がその鎧の残骸の上に、轟音を立てて着地。
 他の4人はビルの壁を多少砕きつつ安全に。
「痛いな‥‥」
 壁面に何度も足をついて衝撃を緩和したとはいえ、これで痛いで済むのが能力者の凄いところ。

 その様子を双眼鏡で見て、上のシィル、巴、咲良も一息つく。
 終わったようだ。


 空が薄紫色に変わってゆく。
 あけぼの。
 町並みが藍色に、藤色に染められる。
 月光の神秘が終わり、陽光が地を照らす。
 安全が確認されればすぐにでも復興の手は入るだろう。
 この町に虫や鳥の声が帰って来るのも遠い事ではあるまい。