●リプレイ本文
鱗に覆われた太い脚が振り下ろされてくる。
その先端に生えた鋭いツメを、ラサ・ジェネシス(
gc2273)は前転しながら紙一重で避けた。
「奈々殿‥‥いつもついてないナァ‥‥厄年?」
拳銃・スピエガンドを構え、ドラゴンの左から顔面めがけて弾丸を撃ち込む。
さらには制圧射撃。
「今レスキュースルヨー、ワンミニットプリーズ!」
巨躯をかすめるように放たれる何発もの弾丸は、ドラゴンの判断力を鈍らせ動きを制限していた。
同時にティナ・アブソリュート(
gc4189)がドラゴンの後ろ足へと傭兵刀を振るう。
軍人である父親は、こういう時にどう考えるか。
戦場に立つ者は死を覚悟している、犠牲を増やさぬために慎重に戦況をうかがえと言うだろうか。
「‥‥私はお父様と違う、だから絶対に助ける!」
別に猪突猛進するつもりは無い。しかし悠長に敵を観察するつもりも無い。
ひとつ息をついて。
「よし! では行きます!」
反った刀を活かした円閃。
ザクリと、まるで大木に刃を立てたような感触が来た。
さすがに硬い。
だがそれならば敵が倒れるまで何回でも刃を振るえばいい。
「『ソラノコエ』‥‥言ってる。『容赦スルナ‥‥徹底的ニ壊シテ‥‥救エ』」
さらに双拳の攻撃を加えるのは、脳に傷を負った少年、不破 炬烏介(
gc4206)。
その眼に宿るは暗い激情。純然たる殺意と、バグアに属するものへの残虐性。
明らかにその殴打によってツメを引き剥がす事を狙っている。
実戦経験が浅いとは思えない。
前衛班はふたつ。片方の班が注意を引いて隙を作り、もう片方が全力攻撃。
後衛の射撃班がその援護。
このドラゴンの巨体と鈍重さなら、注意をそらしてやれば狙った方を死角にすることができる。
さいわい敵の知能はそれほど高くないらしい。
今の3人による左側からの攻撃で、すぐにそちらを向いた。
攻撃役交代。
敵の体内にいる奈々にまでダメージを与えぬよう、ドラゴンの腹以外に全力攻撃だ。
「先ずはその視界塞がせて貰うッ!」
敵の目という狭い範囲を確実に狙うため、荊信(
gc3542)は一歩遅れて行動する。
立て続けに2発のペイント弾をドラゴンの両目めがけて発射。
巨体に対し塗料は少ないが、ほんの少し眼球を濡らすだけでも十数秒は涙で視界がぼやけるだろう。
咄嗟に目蓋を閉じる程度の反射神経は持っていたようだが‥‥
奇跡的に2発とも目蓋の上側に着弾。重力に従って流れ、鱗の肌を滑り落ちてドラゴンの眼窩に入る。
「命中!」
反対側の味方に知らせるため、ペイント弾の命中を声に出す荊信。
効果は明瞭。暴れるドラゴンの脚はもう味方を狙ってはおらず、あちこち無差別に振り下ろされている。
その好機を逃さず斬りかかる鐘依 飛鳥(
gb5018)。
「ナイスガイは女性の味方だ! 今助けるぜ!」
飛鳥はもともと十数秒前まで、鏡のごとき刀身を持つ明鏡止水で太陽光を反射しようとしていた。
視力を阻害するという目的は荊信によって達成され、攻撃への段取りがひとつ少なく済んだということ。
奈々の救出のため、できるだけ強力な攻撃を惜しまず使ってゆく。
「飛鳥流N.Gフラッシュ&スラッシュだ!」
明鏡止水に反射した光とともに、ドラゴンの前脚関節に斬撃の軌跡が走る。
構え直しをせず流れるような『薙ぎ』『返し』『引き』の連続攻撃。
その場から動くことなく、鱗の薄い膝裏を狙って打ち据え続けた。
同時に襲いかかる機械拳クルセイド。
覚醒し一角獣の角を持つラフィール・紫雲(
gc0741)の、美しき白銀の篭手。
電磁波を纏い、これまたドラゴンの後足にいくつもの輝きを散らす。
そのひとつひとつがなるべく筋肉組織の弱い部分を狙っており。
「キメラさん、相手はこちらですよ、手のなる方へいらっしゃいな」
できるだけ派手に攻撃を続けることで今度はこちらの3人に注意を向けさせるのだ。
「っとと」
地団駄を踏むように激しく四足を踏み鳴らすドラゴン。
回避が間に合うか、というギリギリの所。ラフィールは狙った瞬間にスキルを発動できず若干戸惑う。
エミタAIにインストールされている技術なのでうまく説明できないが‥‥
この瞬速縮地、自分自身に余裕のない時に一瞬で跳び下がるという事はできないらしい。
「‥‥ふー‥‥」
太いツメがラフィールの耳のすぐ横をかすめる。
危ない所だったが、振り下ろされた脚は自前の敏捷性だけで回避した。
瞬速縮地‥‥少しでも自分から能動的に『行動』できる余裕が無ければ縮地はできないという事か。
ひとつ大きく首を振り、右側の荊信・飛鳥・ラフィール組を睨むドラゴン。
視界が涙ではっきりしないため暴れてはいるが、一応、ぼんやり見えてはいるようだ。
「グオォォォゥ!!」
ドラゴンは明確に苦悶の声とわかる叫びを喉から搾り出す。
その右目には矢が突き立っていた。
「前衛の方々が倒れられては厳しくなりますので‥‥」
「神崎さん‥‥待ってて下さいねっ、すぐに‥‥助けますから‥‥っ!!」
皇 織歌(
gb7184)の洋弓ハーストイーグル。菱美 雫(
ga7479)のエネルギーガン。
尋常ならざる威力を持つ物理と非物理の射撃攻撃。
その織歌の放った1本の矢が目を射抜いたのだ。
他の矢も、頑強であるはずのドラゴンの皮膚を破って突き刺さり。
雫の放った強烈な光は喉の皮膚を焼いて、敵を怯ませる。
2人は前衛のサポートのつもりで、敵の攻撃動作のたびに顔面を狙っているわけだが‥‥
その攻撃力は半端ではない。
むろん雫はサポート役。戦闘開始直後、奈々が呑み込まれる前から既に、前衛班へと強化を発動させている。
しかし激情は抑えきれない。
キメラは憎悪の対象であり。
奈々は親友なのだから。
「私の大切な友達に、何て酷いことを‥‥絶対に‥‥絶対に、許さない‥‥!」
再び雫の撃った光条がドラゴンの喉を焼いた。
痛みをこらえるように大地を踏み鳴らすドラゴン。
そのドラゴンが突如背中を丸め、うめくような鳴き声をもらす。
体内の奈々が両断剣でも使ったのか。
そして‥‥トカゲ肉の焼けるいい匂いが、ラサという少女にやる気をもたらした。
「一意専心!よーく狙うヨー」
雫の灼いた喉を狙い、横から銃弾を叩き込む。
同時に炬烏介はドラゴンの前脚を駆け上がり、織歌の打ち込んだ矢をさらに奥深く打つべく全力を以って‥‥
「『ソラノコエ』‥‥言ってる」
豪破斬撃。スマッシュ。
「『テメェら生きてんのが罪なんだよ‥‥神崎吐き出して‥‥みっともなく死ねよ‥‥!』」
ありったけのパワーを込めた連撃が、何本もの矢を折りつつ傷を抉った。
その苛烈な痛みに耐えかねてか、向こうを向いていたドラゴンが激しく頭部を使って振り落としにかかる。
顎下と喉に挟まれた衝撃はさほどのダメージではなかったが‥‥
ドラゴンの皮膚には指のひっかかる場所もなく、炬烏介は地面に落とされる。
そこに迫る敵の牙。
地面を削るほどの怪力の顎。
ラサの背中に背負ったSES中華鍋がガランと景気のいい音を立てた。
「鉄壁ガード!」
落ちてくる炬烏介をティナ側に弾きつつ、自身もわずかにバックステップして盾を構える。
噛み合わされたドラゴンの牙は空しく空気を噛み、ラサを弾き飛ばすだけの結果に終わった。
「誰のバストが鉄壁だコラァ」
わけのわからん逆切れである。
そんな1人漫才にも気を散らすことなく、ひたすら斬撃を重ねるティナ。
その努力は意外と早くむくわれた。
後足の筋を傷つけたのか、ドラゴンが体勢を大きく崩したのだ。
体勢をたてなおそうとしたが、そこはもともとすさまじい体重のあるドラゴン。
加えて言えば知能のプログラミングが足りなかったのか反射神経で咄嗟に四足で立とうとしてしまう。
さらにラフィールが反対側の後足までも電磁波打撃によって使用不能にし。
数秒グラグラと揺れていたが、織歌と雫の射撃で加わる痛みもあり、ゆっくり前方に倒れこん――
「危ねぇっ!」
倒れようとしていたのは矢をつがえていた織歌の上だった。
咄嗟に荊信が織歌を庇って飛び込み、突き飛ばして身代わりとなる。
トラックより重いであろう肉と骨と血の詰まった頭部。
まともに受けた荊信だが‥‥
「この距離なら‥‥外さねぇな」
自身障壁。被害は軽微。
貫通弾を込めたS−01の銃口を突きつけ、ドラゴンが体勢を立て直す前に引き金を引く。
鼻孔と眉間から頭蓋に食い込む、とっておきの弾丸。
これは効いた。
「ブゴッ‥‥! ゴッ、ゴォォ‥‥!」
大量の血や体液がドラゴンの鼻孔から流れ出る。
それを、流れ出る事も許さないと言わんばかりに上から叩きつける炬烏介。
「オラ‥‥痛がって‥‥痛がって‥‥死ねよ‥‥ッ!」
その血が気管に入ったかドラゴンの苦悶はますます大きくなる。
「あまり苦しませるのもかわいそうだ‥‥決着をつけてやる! ドラゴン!」
飛鳥の明鏡止水がドラゴンの喉首に大きく食い込む。
今までも雫が灼き、ラサがダメージを蓄積してきた、充分に弱くなっている部分だ。
「俺の美しさに免じて吐き出せ、ドラゴン!」
ドラゴンの前脚からもゆっくり力が抜け‥‥
大きな地響きを立てて、その巨躯は完全に地に伏した。
フォースフィールドの消えたキメラの腹を裂くのは、SES武器にかかれば簡単である。
「奈々ちゃん、大丈夫でしょうか‥‥? ‥‥ん?」
ラフィールがドラゴンの死体の口をこじ開けようとしていたところ、ドラゴンの喉の脇から刃が突き出た。
SESの輝きを持った刃はそのままドラゴンの肉を裂いて。
「ぶはぁっ‥‥し、死ぬかと思いましたわ‥‥」
奈々のイアリスである。
彼女は無事だった。
酸素の少ない中で奮戦していたのだろう、大きく息をついているが‥‥
元気そうで何より。
「うぅ‥‥神崎さぁん‥‥!」
涙ぐみながら奈々に抱きつく雫。
「ちょ、ちょっと雫さん‥‥わたくしの体、臭いですわよ」
「そ、そんなこと、いいんですっ‥‥ぶ、無事で‥‥よかったです‥‥!」
奈々としては抱き返してあげたいのだが、消化液まみれなので迂闊に雫の服や髪に触れない。
ふりほどくわけにも行かず、ただ身を任せるのみである。
「やれやれ、皆に手間ぁかけさせやがって。一杯ぐらい奢ってもバチは当たらんよな!」
微妙に笑みを浮かべながら煙草に火をつける荊信。
そしてティナがあせあせと話しかける。
「あの、服、服!」
非常に早く撃破したおかげでまだ多少の布地は残っているが‥‥
ものすごくキケンである。
いろいろと。えろえろと。
慌てて自分の白衣で奈々の体を隠す雫。
ティナはいちおう男性陣に見られないようガードしているつもり。
「まあ‥‥皆さん紳士な人ばかりですから、まさか見ようとする方なんていませんよ、ねー♪」
後ろを振り向きながら呼びかけるティナ。
その言葉に対する反応は。
「ナイスガイは紳士だからな!」
飛鳥は体を見ないよう奈々に上着と、皮膚洗浄用にペットボトルの水を渡し。
「‥‥‥‥」
炬烏介は覚醒を解いたらもう反応もなく、あっちを向いている。
が、荊信は。
「ん? ガキの裸なんざ、わざわざ見るほどのモンでも無ェだろうがよ」
煙草を吸いながら興味も無さそうに言う。
女子軍団が反応しないわけがない。
「そういう問題じゃありません!」
「む、むこう向いてて、くださいっ」
そして奈々も。
なんか青筋立てている。
「ガキとな? 今年の11月で二十歳になるこのわたくしを‥‥」
色々とスマート過ぎる体型に、雫より低い身長。
ちょっと気にしていたようだ。
「ハハハッ‥‥なら、相応のイイ女になるんだな」
「おのれ荊信さん‥‥あなたにだけは奢って差し上げませんわよ!」
子供そのものである。
「まあ‥‥確かに皆さんに助けていただいたのは事実。感謝しますわ‥‥」
目を合わせずにありがとうございますと一言。
ツンデレである。
ラフィールとラサがテントを設置してくれており、奈々はその陰で洗髪中。
「酷い目に遭いましたね‥‥」
ラフィールからもう1本ペットボトルの水をもらい、体と髪を洗い流す。
全身についた消化液を落とすにはもう少し時間がかかるようだ。
雫にも手伝ってもらいながら、特に髪を念入りに。
「あ、自分の着替え用に持ってきたブレザーをもしよかったらどうぞ、他の人達も着替え提供してくれてます」
「ありがとうござ‥‥!?」
固まった奈々。
もらったブレザーの、とある一部分の戦力差に。
二十代前半ラフィール・紫雲、胸だけはいまだ成長中。
外では織歌がお茶の用意をし、ラサはドラゴン料理を作ろうと奮闘していた。
「コレで我輩もドラゴン殺しカ、両手剣でも探してくるカナ」
鉄塊と呼べるような大剣は未来科学研究所ではつくられていな‥‥
‥‥何種類か開発されていたか。
と、飛鳥が手伝うべくドラゴンを切っていると。
「おっと‥‥ん? もうこれ溶けないのか?」
奈々が脱出してきたところから足元に広がるドラゴンの消化液。
しかし刺激臭こそするものの、さっきから靴をつけているのに溶ける気配が無い。
「えと‥‥た、多分、ただの消化液ではないから‥‥? だと‥‥思います‥‥」
奈々の洗髪を終えて皆の診断にかかっていた雫が、予想を口にした。
そもそも体内にフォースフィールドがある事がおかしい。
神崎奈々が呑み込まれたのは胃袋ではなく、素早く溶かすための『攻撃手段』としての器官なのではないか。
詳しくは未来科研に解剖してもらわなければわからないが。
ドラゴンが意識して分泌しようとしなければそれほど早く溶けないのかも。
「では‥‥神崎さんがいたのが胃の中ではなかったなら、飲ませてみても良かったかも知れませんね‥‥これ」
織歌の取り出したるは古酒『龍殺し』。
竜は酒が好きだというけれども、どうだっただろう。
度数が高すぎて吐き出されたかも知れない‥‥
「さあできタヨー! 食べて弔うのデス、エイメン」
ラサの、ドラゴンの尻尾焼きが完成した。
味見したところ普通にヘビのような味わい。
皆を呼んで食器に盛る。
奈々もテントの中で着替えを終えて。
「あの‥‥不破さんも食べませんかしら?」
不良座りで空を見上げていた炬烏介も誘うべく奈々が声をかけるが、無反応。
フリーズしてます? と目の前で手を振ると‥‥
炬烏介は突然立ち上がる。
しかし戦闘後、覚醒後で急激に調子が変わったせいか、よろめいて。
あやまって奈々の服を掴んで転んでしまう。
「あ」
ブレザーのスカート。
これはラフィールから借りたサイズであって、まあ、凹凸の差から、ストンと降りてしまうわけで。
さらには下着もボロボロだったわけで‥‥
「‥‥『ソラノコエ』‥‥言う。『逃ゲロ‥‥危ケ』」
人は、空を舞えるものである。
奈々の渾身のアッパーを受けて打ち上げられる炬烏介の姿。
これにて閉幕。