タイトル:宵を切り裂くマスター:三橋 優

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/09 23:47

●オープニング本文


 肌寒い夜。
 歩行者にとっては問題無いけれど、車の速度で移動していると視界が悪いと感じる、霧の夜。

 とある大工の爺さんが人気のない通りを歩いていた。
 居酒屋の帰り、と言っても足元はしっかりしており、危なげでは無い。
 普段から歩き慣れた道なのだから。
 と、いつも歩いている通りに違和感を感じて立ち止まる。
 別にどこが変というわけでも‥‥?
 いや、よくよく見ると周辺家屋の壁が様変わりしているようだ。
「なんだこりゃ?」
 模様だと思っていたそれは、縦横に走る無数の傷跡。
「刀‥‥? まさかな」
 しかし1本の刀で斬りつけたにしては傷跡が均等過ぎる。
 気になってさらに傷跡をなぞったり全体を見たりして調べてみると、傷跡は4本一組。
 傷跡と傷跡との間の幅は10cmほど。
 巨大で鋭利な熊手状のもので引っ掻いたのだろうか?
 いや、それよりも地面だ。
 壁の近くは舗装されていない。その雑草のしげる道端に、何かの液体がしぶきのように飛び散っていた。
「‥‥血!?」
 量の少なさから見て、人間の体がまっぷたつとかそんなホラーな状況ではなさそうだが。
 何か危険な事が起こっているのかも知れない。
 早く帰ろう。
 寒気を覚えたのは霧の涼しさのせいではない。

 広い道に出たところで、今度は明らかな異変に気付く。
 電線が切れてアスファルトの地面に火花が散っていた。
 今しがた切れたばかりなのだろう、電線はわずかに揺れている。
 そして‥‥
 電柱の上に二本足で立つ生き物を、大工ははっきり見た。
 イタチのような体と頭。
 異常に発達した前脚のツメを互いにチャリチャリと打ち鳴らす。
 その動作はなめらかで、まるで人間のよう。
「ひえ‥‥」
 大きく跳躍するイタチ。
 ツメを交差させ飛び来る姿は、霧を裂いて眼前に迫り‥‥
 しかし、そのツメは大工の腹に届く事は無かった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
希崎 十夜(gb9800
19歳・♂・PN
橘 咲夜(gc1306
18歳・♀・ST
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
フランツィスカ・L(gc3985
17歳・♀・GD
水下 夏鬼(gc4086
21歳・♀・FC

●リプレイ本文

 体ごと棍を構えて迫る比企岩十郎(ga4886)の獣突が、キメラを弾き飛ばした。
 雄獅子型の獣人へと変じた岩十郎は、このイタチキメラをはるかにしのぐ敏捷性を持つ。
 瞬速縮地。
「逃がさん、全力で獲物を刈る」
 発見と同時に飛び込んだ一撃は不意打ちとなり。
 それとほぼ同時に、素早い傭兵達は大工を守るべく立ち塞がった。
「良いタイミングだ。出来過ぎだろ」
 時枝・悠(ga8810)の剣閃の軌跡が闇に光を残す。
 怒りの咆哮を上げるキメラ。
「さしずめ、鎌鼬といったところね。‥‥2番目しかいないじゃない」
 指先から出る炎で葉巻に火をつけるような仕草をする水下 夏鬼(gc4086)。
 レンチのようなものをキメラに向け、戦意を表す。
「あ、あんたがたは‥‥?」
 へたり込む大工の爺さん。
「ULT、未知生物対策組織の傭兵だ。キメラの相手は任せてくれ」
 霧に乗って、ふわりと冷えた空気が漂ってくる。
 外見年齢18歳の少女、シクル・ハーツ(gc1986)の背中が、大工にはたいそう頼もしく見えたそうな。

 線路ぞいの道とあって橘 咲夜(gc1306)は事前に電鉄会社に連絡し、電車を止めてもらっている。
 実際、目の前のキメラは電線をも切断しているのだ。
 被害を増やさないためには必要な事。
 なお、希崎 十夜(gb9800)も軍から手を回してもらえないかと頼んだが‥‥
 キメラ被害なら直接言った方が早いと言われ、その電話を受けた事務員がごく普通に通報してくれたという。
 閑話休題。


 傷を負ったキメラの咆哮。
 警戒する傭兵達。
「はぁはぁはぁ‥‥ま、間に合いましたか‥‥ぜぇぜぇ‥‥」
 フランツィスカ・L(gc3985)が追いついて、傭兵はこれで8人。
「‥‥ふぅ。私は、ここで‥‥護衛目標の守りに専念しますので、皆様はイタチをお願いします」
 盾と本を構えるフランツィスカ。
 怪訝な顔をする大工。
 しかしその本がSES武器バトルブックだという事はみんな知っている。
「サクヤ君、フランツィスカ君、爺君のことは任せたよ〜」
 護衛が揃ったのを確認し、ドクター・ウェスト(ga0241)は己の首にメス型シルバーナイフを当てた。
「職員の話では血液の臭いで興奮するらしいが、さてどうかね〜」
 ドクターの首から血がしぶく。
 即座に大きく踏み出して攻撃してくるキメラの爪を、夏鬼がレンチのようなもので受け止める。
 キメラを大工から少しでも離すべく、弾き飛ばす岩十郎。
 そして血を嗅ぎ付けたかキメラの表情が変わった。
「キシャァァ!」
 両手を使って、防御も考えず捨て身で突っ込んでくるキメラ。
「っつ!」
 標的は十夜。刀、滝峰で受けるが、不規則に襲ってくるキメラの両の爪に傷を受けてしまう。
 腕からしたたり落ちる血。
(「‥‥いや、むしろ、血が出てくれて好都合だ」)
「死なない限り、問題は、無い」
 あくまで冷静に。

 ドクターの首の傷は、咲夜が練成治療でふさいだ。
 そこに路地から飛び出てくる新手のキメラ。
 だが爪の一撃はシクルが阻んで止める。
「これ以上、誰も傷つけさせない‥‥!」
 キメラの攻撃を忍刀で受け、逆の手に持った機械剣からレーザーの刃を伸ばし。
 狙いはあやまたず命中し、爪を指ごと2本切り落とす。
「報告のあったイタチは全部で5匹‥‥」
 フランツィスカは大工の守りを考え、ビルの壁を背にして周囲を警戒。
 まだあと3匹いる。

 猛烈な勢いで十夜に向かうキメラの爪を、横から悠が斬り飛ばす。
 そして岩十郎の棍がキメラの腹にめり込み。
 たたらを踏んだキメラの頭を狙って再度突き。
 よろけたところに力を込めて、頭上から振り下ろしの全力攻撃。
 どこか背骨が折れる手応えがあった。
「ちょっと待ちたまえ〜。血の臭いがそう遠くまで広がっているとは限らないよ〜」
 そこにドクターから制止がかかる。
「ああ、この霧だ、湿気で臭いが下りてしまう事も考えれば集合を待った方がいい」
 集合する前に各個撃破ができればと岩十郎は考えていたが‥‥
 今回のキメラの知能が高いであろう事はULT職員から聴取済み。
 キメラも仲間があっさり次々にやられていれば、あとの方に来る数匹は交戦前に逃げ出す可能性が高い。
「なるほど‥‥こちらが気付く前に逃げられてはどうにも対処できないか」
 そこは冷静な岩十郎、すぐに『キメラ集合後、逃亡する前に各個撃破』へと気持ちを切り替える。
 すでに倒してしまったものはしょうがないが。

 線路の向こうから1匹。
 路地からまた1匹。
 そして、線路ぞいの道、フェンスの上を走ってくる個体が1匹。
 視認はできた。
「挟み撃ちにするぞ!」
「承知した!」
 殲滅担当の傭兵は5人。キメラは残り4匹。
 場所的に、瞬速縮地でどこにでも行けるよう待機していた岩十郎とともに、まずシクルが動く。
 すでに血の臭いに興奮しているキメラは猪突猛進でシクルに向かってきている。
 スッと横にひきつけ‥‥
 そちらに動いたキメラの脚を狙って岩十郎は棍を薙いだ。
 当然よろめくキメラ。
 ここを見逃すシクルではない。
「もらった!」
 キン、と軽い音がして。
 シクルの手には青い、美しい大太刀が握られていた。
 風鳥ツバメ返し。
 その二撃で両手の爪は残さず半ばから折られ‥‥
 一瞬ののち、キメラの腹部から大きく血が噴き出す。
 倒れ伏すキメラ。
 痙攣はしているが、もう動く気配は無い。
「大工は‥‥無事か」

 滅茶苦茶に腕を振り回すキメラ。
 その爪は夏鬼に有効な攻撃を与えることができずにいる。
 長すぎて届かないのだ。
「ここはナッキーの領域よ」
 なぜなら彼女はキメラに密着して戦っているのだから。
 フォースフィールドはあくまで衝撃を和らげるものであって万能の防御手段ではない。
 組みつかれれば己自身の力か技で脱出するしかない。
 今の、血の臭いに我を忘れたキメラがどうにかできるはずもなく。
 剣であれば、逆手に持って自分に向けて突き刺すという真似もできようが、直接手から生えている爪では。
「つかまえた」
 レンチのようなものでキメラの爪を挟み込む夏鬼。
 普通、圧力だけでキメラの肉体をへし折ることはできないが。
 これはSES武器なのだ。
 バキンと硬い音を立てて折れる爪。
「あらあら、大事なお手手が台無しねー」
 残った方の手もレンチのようなもので受け止め‥‥
 今度は、夏鬼ももう片方の手が空いている。
 バールのようなものを取り、顎を狙って一撃。
「刃物が鈍器に敵うわけないのよー」
 二足歩行の動物という形状。
 弱点も人間のそれと同じだった。
 脳を揺らされて大地に膝をつくキメラに向けて‥‥
 抜き撃つ魔銃『DOUBLE MAYHEM』。
 頭に2発。心臓に2発。

 咲夜も後方からエネルギーガンを撃ってくれている。
 敵の攻撃に合わせての援護射撃。
(「味方の立ち位置さえ把握できれば、射撃武器は活かせる、か」)
 滝峰で爪と打ち合いつつ、エネルギーガンを撃ちこむ十夜。
 紅に燃える右目は霧の中でなお紅く。
 咲夜の射撃でキメラが一瞬止まった隙を見ての円閃。
 浅い‥‥が、すかさず刃を返して二撃目。
「‥‥!」
 これが滝峰の真価。柄のトリガーを握りこみ、二重構造の刃が伸びる。
 刃を交わしていた時間が長いほど、刃の長さが変わった時の影響は大きい。
 たとえそれが血に狂った獣であろうとも。
 爪を構える前に顔面を斬られて、のけぞるキメラ。
 目の上から血が流れ、キメラはもはや滅茶苦茶に爪を振り回しはじめた。
 だが、人間の血の臭いは感じ取っているのか、後ろに下がる十夜の方向へは的確に進んで来ている。
「問題は‥‥無い!」
 それにも臆することなく、十夜は爪を誘導するかのように滝峰で受け続ける。
 そして、キメラの脚に咲夜の光が突き刺さった時‥‥
 キメラは転倒し、勝負は決した。

「必要かどうかは怪しいところだがね〜」
 超機械で強化するにあたってドクターが悠の二刀の性能を感じ取り、そう口にした。
「なに、速攻で片を付けたいと思っていたところだ。助かる」
 敵はドクターの血で充分に興奮している。
 前情報からてっきり敵は連携してくると思っていたのに、互いを気にするそぶりすら見せない。
 肉食魚類から行動をクローニングでもしているのだろうか。
 もう全力でかかっても大丈夫だろう。
 手加減はしない。
 油断もしない。
「ギシャァァァ!!」
 悠の剣閃がキメラの両腕を切り裂く。
 息つく暇も与えない二段攻撃の連続。
 霧の世界で閃く、燃ゆる刀と冷たい刀。双刀の月下の剣士の美しさよ。
 内腿。
 首。
 鳩尾。
 心臓。
 眉間。
 脳天。
 反撃しようとするキメラ、ダメージによろめくキメラ、その動きのすべてに対応して斬撃を加え。
「イタチごっこなんて趣味じゃないんでね」
 大地に倒れるより先に、キメラは絶命していた。


「間に合ってよかった‥‥」
 大工の爺さんは、もう普通に立って歩けるようになっている。
 微妙に現代人らしく、ライオンの獣人やら冷気を発する少女やらいても大して気にもとめず。
「命拾いしたよ。九死に一生を得るってなこんな気分だろうな‥‥本当にありがとう」
「ご無事で何より。よければ御宅まで送りましょう」
 傷の手当てが終わってからだが。
 ドクターは血を失ったぶん栄養を取って休めば大丈夫だろう。
 傷自体は自分でつけただけあって綺麗なものである。
 十夜の方はわりと深くはあったが、咲夜が治療しているところだ。
 エミタのメンテナンスついでにメディカルチェックも受けておけば完璧である。
(「‥‥うん。良かった」)
 大工の爺さんの安堵の表情が心に染み入る。

「普通の哺乳類とさほど変わり無いようだね〜‥‥一応サンプルをもらっていくとしよう〜」
 ドクターはキメラの調査に余念がない。
「ドクターの血管工事は専門外だわ〜」
 妙なジョークを飛ばす夏鬼。
 線路ぞいで戦っていたとはいえ、道の真ん中で戦っていたし線路に影響は無く、夏鬼の仕事もあるまい。
 電線が切れている事だけ報告して、今日の仕事は終わり。
 何はともあれめでたしであろう。