●リプレイ本文
高速移動艇から降りて歩くことしばし。
シャッター街と化した古びた商店街を抜け、錆び付いた鉄橋を渡った所。
取り壊す予定だというその2階建ての廃ビルに、傭兵達は集まっていた。
強面にがっしりした体、黒スーツにサングラス。気品漂う巨漢レスラー、木場・純平(
ga3277)。
元部闘派俳優にして現医師、しなやかな体を持つ黒帯の柔道家、辰巳 空(
ga4698)。
ファントムマスクで顔を隠し参戦、型にとらわれぬアルティメットファイター、鈍名 レイジ(
ga8428)。
陸上競技なら任せろ!青春印の元気娘、カンパネラの制服で登場の斑鳩・南雲(
gb2816)。
スナイパーが場違いだとは言わせねぇ、長身のボクシングをひっさげて勝ちに来た! 御巫 ハル(
gb2178)。
元陸自隊員、もちろん自衛隊徒手格闘の使い手の綿貫 衛司(
ga0056)、迷彩服は意気込みの表れか?
長さ3mもの刀を2振りも携えて来た漸 王零(
ga2930)、特異な武術一族の当主で継承者。その力やいかに。
ラストはいかにも武道をやっている感のある無骨な長身の男、棍棒による杖術使い、比企岩十郎(
ga4886)。
まあ、こんな紹介の仕方をしたが別にトーナメントとかやるわけではない。
今回の依頼人は、ビルの中にいる。
「確かにこれだけ広ければ、どれだけ暴れても平気そうですね」
歩いている途中、衛司が口を開いた。
デパートでも開くつもりだったのだろう広いビル。建築途中で破棄されたようで、年月を感じさせる。
「殴り合ってストレス発散、ついでにビルも格安で壊して一石二鳥‥‥かな?」
岩十郎の言葉。確かに能力者がこれだけいれば、壊そうと思えば壊せるだろうが。
「殴り合い‥‥川原‥‥星空‥‥青春っ!」
漫画の読みすぎだ。
とはいえ、南雲の心もわからなくはない。
錆びた鉄橋に昔ながらの河川敷と来ては、いきなり走り出したり寝転がりたくなる。
この舞台設定、依頼主の少女も狙ってやっているのかも知れない。
2階は壁も何もなくなっていた。その中央に立つのが今回の依頼主。
(「おー、やっぱり同い年くらいだ」)
南雲と同じ高校生くらいの容姿。
簡単なシャツとズボンの上にアーマージャケットを着ただけの格好で、神崎奈々は皆を迎えた。
「本日は依頼を受けてくださりありがとうござい――」
ドン、と純平が疾走した。
わずか3歩で奈々との距離を縮める。
先手必勝、相手の姿を認めたと同時に覚醒しての動きである。
そこは奈々とて同じ傭兵、覚醒して対応するも‥‥
純平の最初の一撃は避けきれない。
(「瞬即撃‥‥!」)
頬骨に良い一撃をもらって1歩後ずさる奈々。
「やるからには、それ相応の対応をさせていただく。ウォーミングアップは後回しだよ」
拳を構え、奈々からの反撃に備える純平。
「す‥‥」
こちらに顔を向けた奈々は――
とてもいい笑顔だった。
「素晴らしいですわ! こんなに手加減のない一撃‥‥期待以上ですわ!」
興奮して反撃のローキック、逆方向からさらにもう1発。
これこそ奈々の求めていたもの。
純平の先制攻撃はクリーンヒットし、鈍い痛みを味わったが、嬉しさの方が圧倒的に勝っている。
「では‥‥」
ローキックにも動じず純平は拳を繰り出す。
今度は瞬即撃ではない。その拳に向かって、掌底突きを合わせる奈々。
パァン! と、とても気持ちのいい音があたりに響き渡った。
それは昼下がりの闘技祭の開始を告げるゴング。
純平が奈々と戦い始め、他の参加者達は顔を見合わせる。
その中でひときわ笑顔なのがハルと南雲。
「さぁ俺たちも殴り合おうか」
「拳で語る友情だねっ!」
本当にバトルロイヤル、と言うか大乱闘、をやってみたいらしい。
早速2人で相対する。
「まずは1対1と行きたいが‥‥」
岩十郎がレイジの方を見た。
「あんたが相手か。面白ぇ、お手柔らかに頼むぜ」
レイジは素手のみで戦う気のようで、岩十郎もそれに応え棍棒を手放す。
「私は、できれば早いうちに奈々さんと対戦したいです。救護班をしたいので」
空は救急セットと緊急セットも持ってきており、さすがに医者だけの事はある。
「なるほど。では、次の奈々さんの相手はお任せします」
衛司は特に奈々との対戦に執着してはいないらしく、譲った。
「我は‥‥乱闘にも対応できるが、1対1の状況を作りたいな」
別に王零だけではないが、タイマンが好きなのだろうか。
普段キメラと戦っている時は多数と戦う事が多いし、そのぶんのストレス発散でもあるのかも知れない。
「しかし遊技場の景品で目にはしていましたが、国士無双が2本とは凄いですね」
「ふふふ。一応、自慢の武器だね。こちらを炎双、そしてこっちが雷双と名付けているんだよ」
鯉口を切られた刀、少し覗いている刀身からはうっすらとオーラが見える。
「火属性と雷属性‥‥なるほど」
「二刀は好きで。それに、居合系の技も使う」
「え、その刀でですか?」
「なに、居合と言っても一般的な抜刀術ばかりではないからね」
なるほど。
「では‥‥辰巳さんは温存しておきたいでしょうし、漸さん、お相手願えますか?」
「望むところだ」
衛司対王零、開始。
純平も奈々も互いの攻撃を一切避けようとせず、殴り合っていた。
奈々の顔には心底楽しそうな笑み。
「レスラーの木場さんでしたわね‥‥さすがですわ」
「普段のタフネスの見せ所だ。どんな攻撃をくらっても膝をつくつもりはないよ」
身長差40cm以上の2人、実力はほぼ互角だがこの身長差がひびく。
しかしそんな事は今の2人には関係ない。
純平が腕を振るえば奈々は両腕で受け、奈々が拳を放てば純平が手の平で止める。
時に顔面に、向こう脛に、みぞおちに当たったりもするが、2人とも避けようとはしない。
腕で防ぎきれなければ体に当たるだけだ。
小細工を弄さず、ただひたすらに殴り合う。
「うっふふふ‥‥いつまでも殴り合っていたいですけれど‥‥そろそろ交代と行きましょうかしら!」
1歩下がって、大ジャンプ。奈々のソバットが純平の頬に的確に命中し‥‥
純平の顔にも思わず笑みがこぼれた。
攻撃してきた奈々の足を掴み、そのまま振り回しにかかる。
「こっ‥‥これはぁ!」
ジャイアントスイング。
一応抵抗をしてみようと試みるも、既に遠心力はすさまじい領域に達しており腕が伸びきってしまう。
回る、回る、どんどん回る。
そして純平の手が離され、奈々は宙を飛んだ。
ドゴォン! と大きな破壊音。コンクリートの瓦礫の中に突っ込んだのだ。
もちろんその程度でめげるわけがない。
「ふふふふふ‥‥さあ、次の方ですわ!」
奈々は勢いよく立ち上がり、ちょうどよく1人空いていた辰巳空を指名した。
空の流儀で、礼をしてから試合開始となった辰巳空戦。
「ふっ!」
瞬速縮地を用い、奈々の呼吸がずれた瞬間へ叩きこむ。意識の間を縫ってくるとは、相当な使い手だ。
「では、こちらからも!」
奈々の力の方向をそらし、あるいは受け止めつつも力を受け流す空。
気合とともに繰り出された双掌打も、自ら後ろに跳び受身を取る事でいなした。
(「むむ?」)
と、空に違和感が。
当初は怪我を覚悟の上で望んだが、予想よりはるかに軽いのだ。
試しに、全力であろうと思われる奈々の攻撃を、獣の皮膚を使わず受け止めてみる。
「っと!」
衝撃は来たが、その衝撃さえも予想よりはるかに少ない。
まして、すり傷などは決して負っていないだろう。
(「通常のダメージを軽減する‥‥こんなにも強力だったんですか」)
SES搭載武器を使わなければ、覚醒した能力者同士でもほとんどダメージにならない。
奈々の攻撃を、今度は受身をメインにして回避、防御してゆく空。
そして反撃。
「くっ!?」
両手利きである事を利用した、左右からの連撃。
円運動による回り込みと合わせて、破るのが困難な動きに仕上がっている。
しかし奈々もとより破る気など無い。
攻撃をことごとく受けながら空の顔面にヘッドバッドをかます!
「‥‥!」
攻撃を受ける瞬間に後ろに体重をかけ、これも受身で流した。
そろそろ、やめておいた方がいいだろう。もし鼻血でも出したら集中力が落ちる。
「では、私はこれで‥‥」
余裕を見せないよう礼をして終わらせるつもりだったが。
「ふふ、楽しかったですわ。さあ次の方!?」
奈々は気にしちゃいなかった。
参加者達も参加者達で組み合わせの入れ替えをしていた。
今は、ハルと衛司の試合。
「そらッ!」
長身を活かした距離を保ち、ボクシングで勝負に来ているハル。
衛司のスタイルは体重を前にかけた左半身、右拳を胸元に、左拳は軽く前方に。
ここだけまるでボクシングの試合をしているようだ。
と、ハルのフックを受け流し、衛司が即座に反撃に転じる。
「ふッ!」
気合とともにカウンターを狙っていくハル。
スナイパー特有の視界把握能力と注意力と集中力。射撃にだけ活かされるものではないのだ。
なんとか紙一重でかわす衛司。
(「これは、確実に行かないと‥‥おや?」)
一撃の威力を増すため豪破斬撃を使おうと思ったものの、いつもの感触が沸いてこない。
(「ああ、そういえばこれはSES装置に対応した能力でした」)
最近は素手で戦う機会などとんと無かったもので忘れかけていた。
もっともキメラ相手に素手の攻撃は意味が無いため使う必要もなかったが。
そしてハルは、違和感を覚えた衛司の一瞬の隙を見逃さなかった。
「超絶最強アルティメットメガトンパーンチ!」
ボディーへの渾身の急所突き。
まあ『超絶』の部分で既に衛司は後ろに跳んでいたが。
「‥‥今のは良い一撃でした」
第1ラウンドはハルのポイント。さあ次は?
また奈々の方に戻る。今度の相手はレイジ。
「さァて、俺と遊んでもらおうかァ‥‥お譲ちゃん」
微妙にムスッとした表情になる奈々。
「オィオィどーしたよ‥‥? ヘヘッ、ビビッて動けなくなっちまったかァ?」
ナイフを取り出し、左右から流し斬りで服を浅く切りに行くレイジ。
カウボーイハットとファントムマスクで顔を隠したのはこのためだ。
『下衆風味の嫌な奴を演じて殴られる』。
心の表面を逆撫でる程度に、内容のない後に残らない言葉で。
しかし。
「フ‥‥フフフ‥‥」
レイジとしては怒りが募ったあたりで軽率に突っ込み、奈々の攻撃を受けて派手に吹っ飛ぶつもりだったが‥‥
奈々は、スッとレイジの眼前まで寄ってきた。
瞬発力はかなり自慢できるレベルのレイジだが、動体視力云々の問題ではなく、動けぬわけがある。
「アはははははァ!」
奈々の目蓋が限界まで開き、まるで瞳が縦に伸びたように見え。
口は人間じゃないレベルまで『ニタァ』とつり上がっている。
(「怖っ! 生理的に!」)
そしてレイジの唇への攻撃。勢いに任せて押し倒してマウントポジション。
殴る。殴る。ひたすら殴る。
唇が切れる事もなく、歯が折れる事などもないが、これは痛い。
20秒ほど殴って気が晴れたのか、スッキリした顔で奈々は立ち上がった。
「まったくもう‥‥わたくしは、イヤな方に対してはいささか過剰なほどの怒りが沸くんですのよ?」
「あー‥‥悪い。嫌なヤツをブン殴ったほうがスカっとすると思ったんだ」
上半身だけ起き上がり、ポリポリと頬を掻くレイジ。
「フフ。でも、まあ‥‥沢山殴らせて頂きましたし、感謝ですかしら」
結果的にはおおむねストレス解消の助けになれたようだ。
王零と岩十郎の試合も見逃せない。
「ふむ‥‥棒術か」
「たいした武器ではないのだがな、少しばかり手を染めた技の中にあったものでな」
半身に構え、両手に巨大な刀を構える王零。
雷双の方で棍を受け、そこに炎双の斬撃が襲い掛かるという具合だ。
「では、一つぱっと派手に行きますか」
突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくにも外れざりけり‥‥
神道の中の武道のひとつ。
いかなる場合にも対応できるのが杖術というものだ。
円を描く運動は力の方向を反らす事に向いている。
しかし円の動きという面では王零もだ。
片手で受け流しそのまま攻撃に入る動き。迂闊には踏み込めない。
睨み合いと牽制が続く。
「‥‥‥‥」
その様子を空は見守っていた。この試合がどう考えても一番怪我をしそうな組み合わせだから。
「えっへっへ、奈々さんとは殴り合ってみたかったんだよねっ!」
拳を打ち合わせて始まった、南雲戦。
「あら、覚醒はなさらないんですの?」
「うーん、覚醒すると冷静になっちゃうから、あんまり覚醒したくないなぁ」
「そうなんですの? でしたら、わたくしも」
奈々も覚醒を解き、頭を狙ってフックを繰り出した。
それを頭突きで受ける南雲。
「あたたた‥‥行くよーっ!」
お互い覚醒してないので、痛みが強い。
ジャブ、ジャブ、ストレート、フック、アッパー、フリッカー。
今までの人生で嫌な思いをしてきた事もあるのだろう人名と悪口を叫びながら奈々が殴る。
「うっおー! くっあー! ざけんにゃー!」
その気持ちにあてられたか、南雲までハッスルし始めた。
そこらへんに転がってた鉄球やらドラム缶やらまで投げ始める。
あんた本当にドラグーンか。
「とあー! どっせーい! はいやー!」
「ちょわー! だらっしゃー! ほあっちゃー!」
流れ弾と言うべきか、その投げられた物体がそれぞれの試合に被害を及ぼし、一気に大乱闘に発展する。
「らあっ!」
レイジが瞬発力を活かして純平の懐に飛び込み、さっき奈々が見せた双掌打に豪力発現を加えて必殺となす。
「まだまだ!」
衛司が拳を岩十郎に叩き込めば、岩十郎の方は棍を掴まれる事を想定してさっさと棍から手を離し、逆に密着距離から一撃を見舞い。
「あ、すまない。つい反射で迎撃してしまった」
奈々が手当たりしだいに殴ろうとしていた所、王零によりにもよって国士無双で迎撃され。
「AAAハイパーエクストラダイナミックパーンチ!」
ハルがまたも急所狙いの1発を、トリプルエーの『トリ』の部分で南雲を吹っ飛ばしながら放つ。
「大丈夫ですか?」
その吹っ飛んだ南雲を心配して空が駆けつけるが、瓦礫から起き上がった南雲のアッパーが直撃したりして。
数分後。
純平が岩十郎に放ったパワーボムが、たまたま床の弱い部分を抜き。
たまたま同じタイミングで衛司がコンクリートの柱を粉砕し。
結果。
ガラガラと崩れゆくビルの中で、2つの声が聞こえた気がした。
「レイジ〜〜〜!」
「か、勘弁してくれ〜〜〜!」
「‥‥能力者ってスゲー」
瓦礫と化した『元ビル』の上で、岩十郎の勧めてくれた飲み物を飲みつつ、傭兵達は遠くを見ていた。
とっさに覚醒したおかげか、南雲も無事である。
クロスカウンターで沈んだ王零とレイジもいる。
が、もはや夕日に向かって走る気力もない。
「‥‥疲れた」
愛すべき泥臭い傭兵達に、栄光あれ。