●リプレイ本文
●1日目
ラストホープ内部、浅い層の繁華街から少し離れた所にある和風居酒屋が1日目の場所。
照明も控えめで落ち着いた店内は好感が持てた。
座敷席で向かい合い、2人でお辞儀をして笑ってしまう神埼奈々と菱美 雫(
ga7479)。
お猪口に少しずつ注ぎ合ってまずは一口。
「わたくし達の縁に」
「乾杯、です」
ほんのり畳の匂いと混ざった、吟醸酒のリンゴのような香りが鼻に抜ける。
美味しい。
「えっと‥‥ごめんなさい」
なぜか苦笑しながら謝る雫。
「奈々さんの名前を見かけて‥‥また、何か大変な事になってるんじゃないかって、心配しちゃいました‥‥」
えらい言われようだが奈々は恐縮するしかない。
肺を貫かれるわ、遭難するわ、兵舎の自室で叫んで飛び起きるわ、丸呑みされるわ、腹部に大穴あけるわ。
心配かけているのは事実なのだから。
でも雫が下の名前で呼んでくれるようになったのは嬉しかったり。
料理が運ばれてくるとお酒も進む。
白身魚の刺身と日本酒との相性は抜群に良い。
「ああっ‥‥日本人に産まれて本当に良かった、ですわ」
金髪碧眼のハーフが言うと重みのある言葉である。
くぅっ、と本当に美味しそうにお酒を味わう奈々。
そんな幸せそうな姿を見て雫にも笑顔が。
「あまり、お酒は強い方では、ないですけど‥‥」
互いに心も程よくゆるみ、おしゃべりも楽しくなってきた。
雰囲気を壊さぬ程度の小さな音量でかかっている和の音楽も心地よい。
こんなに幸せな時間もそうそう無いのではないか。
と、何の前触れもなく奈々の目から水滴がひとしずく流れた。
「えっ!?」
突然の事に慌てる雫。
「あ、いえ、その、これは‥‥わたくしの」
自然に流れてしまう、いわゆる泣き癖というもので、と奈々は冷静に説明し出す。
別に悲しいわけではなく、むしろ今は嬉しい、と聞き、雫もようやく落ち着きを取り戻した。
奈々の隣に移動して、ぽふぽふ、と頭を撫で‥‥
そっと抱きしめる。
たとえ悲しくないのだとしても、なんとなく、奈々の気持ちを落ち着けるためにはそうしたい気がした。
「奈々さんは、私なんかに比べて、とっても強い人‥‥です」
でも、と前置きして雫は続ける。
「もしまた、この前みたいに‥‥悩んだり、挫けそうになった時は‥‥いつでも、頼って下さい、ね?」
いまさらのように奈々は気付いた。
今日の雫は覚醒していなくとも、どもっていない事に。
「私でも‥‥こうやって、側にいて、話を聞いて、受け止めることくらいはできますから‥‥」
今度の涙はお酒のせいではなく、感情によって滲み出てくる。
奈々は、雫の体をぎゅっと抱き返した。
●2日目
酒を翌日に残すような飲み方はしていない。
今日の待ち合わせはラストホープ地上層。
「はぁい、いいお店探してるそうね。お酒の事なら任せて頂戴」
ヴィヴィアン(
gc4610)の派手な装いに少し気後れし、どんな店なのだろうと不安半分でついて行った先は。
とてもムードのよいBARだった。
表通りというにはちょっと外れた‥‥夜は静かになるタイプの通りである。
ぼうっと灯る看板の照明に期待が高まる。
扉を開けてくれたヴィヴィアンに続いて入ってみると‥‥
アンティークな内装に、間接照明。壁の高い所に上向きで設置されたオレンジ色の照明が天井を照らし出す。
酒と煙草の染み込んだ壁の香りが、実にアダルトだ。
片隅のステージには演奏者達の姿まである。
「お久しぶり、うふふ♪ マスター、今日はデートなのよ」
顔見知りらしいマスターに片目をつぶって挨拶を交わし、カウンター席の一番奥へ。
「これは‥‥予想以上に雰囲気のいいお店ですわ」
ほうっ、と息をつき、空気に酔いかけている奈々。
初めてこういう場所に入ればそりゃあそうなる。
17の時から傭兵としてラストホープに来ていて、普通の大学生としての経験も無いのだから。
「奈々ちゃんはどんなお酒がお好き?」
「え、そうですわね、日本酒‥‥はこんなお店で頼むのは気が引けるので‥‥ワインか、ラム、グラッパ?」
この子かなり飲み慣れてるな、とマスターが思ったかどうかは定かでない。
「じゃあ、手始めにラム・リッキーをふたつお願いね」
ジン・リッキーのジンをラムに代えたカクテルで、炭酸とライムのおかげで非常にさっぱりした飲み口。
乾杯に使う一杯目としてはグッドチョイスだろう。
喉にすっと染み込んでいく。
‥‥。
「殴り合いに応じてくださった皆様には本当に感謝しておりますことよ」
「そうなんだ‥‥プロレスやテコンドーね〜」
もっぱら聞き役に回っているヴィヴィアン。
奈々の好きなこと、と聞いてまさか『喧嘩』が出てくるとは思わなかったが。
なんとなく悩みがあるのではと思うものの、もし楽しく過ごすのが目的だとしたらわざわざ聞きたくはない。
それにヴィヴィアンはつっついて聞き出すような性格でもなかった。
「じゃあ奈々ちゃんは今、好きな人とかいないの?」
でもこういう事をつっつくのはためらわなかった。(おい)
「う〜ん‥‥あれ‥‥」
はて。
真っ先に浮かんできた何人かの顔が全員女性というのはどういう事だろう。
いやいや、と首を振り、改めて考える。
殴り合いに付き合ってくださった方や、命を救ってくださった方。
魅力的な殿方は何人もいるし、奈々は年齢差なんてものにこだわる性格ではない。
好きな度合いを天秤にかけるというのも失礼な話ではあるが。
そう考えると。
「‥‥何があっても助けたい、この人のためならなんでもできる、というレベルの感情を抱いている方が‥‥」
「いるの? ふふ、どんな人?」
「‥‥何人かいるのですけれど、女性しかいませんわ‥‥」
沈痛な顔で沈み込む奈々。
「あらあら、でも愛情を持つのは恋愛じゃなくても、ただそれだけで『いい事』なのよ?」
ふふ、と笑って肩をぽんと叩くヴィヴィアン。
BARでの飲みもとても楽しかった。
また、誘おう。と素直に思えるくらい。
●3日目
招待されたのは、傭兵がやっているという兵舎棟の店舗。
「こんばんはー」
兵舎入り口で元気そうなお姉ちゃん、こと樹・籐子(
gc0214)と合流。
仲間とみんなで仲良くという希望から、奈々が今日これから行くBARについて来てもらう事にしたのだ。
たぶん兵舎仲間もいるのだろうし。
「依頼を出してまで付き合ってほしいなんて、お姉ちゃん張り切っちゃうわよー」
「はい、宜しくお願いしますわ、ふふ」
明るい籐子の雰囲気に、奈々も口元を綻ばせる。
「憂さ晴らしも慰め合いも、仲間と一緒にならそれなりに高揚に持ち込めるのよねー」
だがいきなりそのものズバリな心中を言い当てられて、ちょっと固まる奈々。
1人飲みだと落ち込むばかりだし、と言われてさらに硬直。
「よく来たね‥‥」
いかにもという感じのパリッとしたバーテン姿で出迎えてくれたのは終夜・無月(
ga3084)。ここの主。
「此処はBAR『Moonlight』‥‥」
グラス磨きを中断して籐子と奈々に向き直る。
「世界中のありとあらゆる酒とカクテルが楽しめるから‥‥好きに寛いで行ってよ‥‥」
確かに、壁には色々なボトルが。
ワインが見当たらないところを見ると、適度な温度でいい管理をしているのだろう。
昨日のBARも良かったけれど、今日のも素敵だ。
「BARの雰囲気で飲みたい時にどうぞ‥‥未成年やお酒の飲めない方でも大丈夫ですよ‥‥」
今日の一杯目はラム・トニック。
ラムというお酒は不思議と楽しくなる作用がある‥‥少なくとも奈々にとっては。
今のところしんみりとしてしまうような話も、軽く話せていた。
「もう、心を重くするのは勘弁してほしいのですけれど、わたくしもしょせん人間という事ですかしら‥‥」
籐子の持つ、包容力のありそうな受け入れてくれそうな雰囲気も良かった。
上品に皿に盛り付けられたカマンベールチーズをつまみつつ、舌も動く動く。
何かしら長く生きていると経験も豊富なのであろう、籐子も実感のこもった同意を示し。
「たまにいるものねー、自分が正しいと信じて疑わない人も」
次のカクテルを作りながら、落ち着いた声で無月も語りかける。
「自分と戦い続けるしかないですよ‥‥何事も‥‥」
キューバ・リバー、コーラとラムの組み合わせは非常によく合う。無月の腕も良く。
くいくい飲めてしまうとなると簡単に奈々の涙腺がゆるんでしまって。
初日に雫に大して行った説明をもう一度する羽目になった。
でも‥‥
「泣くも酒‥‥笑うも酒です‥‥」
楽しんでもらえていれば、人に迷惑をかけなければ、そんな癖など問題ではないのだ。
「お姉ちゃんの胸で存分に泣いていいのよー」
その言葉には泣き笑いで返すだけの奈々だったが、抱きしめても抵抗しないのでしばらくそのままに。
たとえ悲しくなくても、泣くという行動はなにかしら弱さを呼び起こすものなのかも知れない。
「‥‥ありがとうございます」
(可愛い)
自然に抱きしめられるのが同性の特権よね、などと妙な事を思う籐子であった。
なお、籐子は終始一貫して淑女であったが‥‥
奈々自身の感情の動きによってはお持ち帰りされていたかも知れない事を、誰も知らない。
●4日目
本日、行きつけのお店に案内してくれるというのはシンディ・ユーキリス(
gc0229)。
普段から世界中を旅して回っている彼女が案内してくれたのは、無国籍料理を売りにしている居酒屋だった。
広いというほどではないがさりとて狭くもない店内。
中にはさまざまな人種・国籍の客が見受けられる。
「人種のるつぼのアメリカ、マルチカルチュアリズムのオーストラリア、みたいですわ‥‥」
ラストホープに暮らしてずいぶんになるが、確かにここは世界各国の人々が集う場所なのだと実感する。
周囲のざわめきも心地よい。
「‥‥記憶が、まだ、戻らないから‥‥かな」
「え?」
シンディは傭兵になる前、行き倒れていた。
そこまでの記憶は一切無い。
「色々な国の人・お酒・料理があるこの場所に‥‥何か、記憶を探るヒントがあるかもって、無意識に」
思っているのかも知れない。
2人用テーブルについて、まず注文したのは濃いビールとジャーマンポテト。
どちらもそんなに一気に飲むタイプではなく、味わいながら楽しんでいる。
「くぅ〜‥‥たまりませんわ」
戦場で適当に炒めて食べることもあるジャガ芋だが。
きっちり料理して肉も加えて香辛料も加えて、しかもビールと一緒にというのが贅沢きわまりない。
安さのわりに充分過ぎる満足感が得られる組み合わせである。
シンディはあまり表情が変わっていないが。
キャベツ炒めをつまみにまた違う国のビールを飲み、話すは各々の依頼のこと‥‥
そして、世界各地をめぐってきた旅のこと。
「線路をたどって‥‥湧き水を沸かして飲んだりした」
「わかりますわ、夜の旅‥‥危険だからとか、寝るなら昼の方がとかの理由より、星空が‥‥」
「雲海‥‥山の上から見る、朝日に‥‥足の疲れを忘れてしまった事がある」
「春はあけぼの、にも紫だちたるというのがありますけれど、上から見る紫雲も綺麗ですわよね〜‥‥」
「市場は、いいね‥‥たとえ貧しくとも‥‥息づく力がある」
「商人根性は辟易してしまう事もありますけれど、掘り出し物を見つけた時の感動は‥‥」
話は盛り上がり(それでもシンディの表情はあまり変わらなかったが、けして冷たくはなかった)。
いつの間にか店内は一杯になり、入り口にさらに新しく客が来ていた。
「あ、ここ」
「あ、ここ空きます‥‥」
2人で同時に声をかける。
テーブルの皿やグラスは既に空。もっと呑んでもいいけれど、今日はこのへんにしておこう。
そうすれば、また今度の楽しみがある。
「また‥‥気が向いたら、誘って。その時は‥‥別のお店、連れて行ってあげるから、ね?」
●最終日
依頼にするのはやり過ぎでしたかしら、明日からしばらく自重しましょう、と奈々が汗をたらす。
お腹とか財布とかがビミョーに心配になってきたので、今日の『屋台』という申し出はありがたかった。
ラストホープ地表層。
物静かなミルファリア・クラウソナス(
gb4229)とともにのれんをくぐって長椅子に座る。
「大根と、タマゴと‥‥がんもどきを」
「わたくしは、大根、はんぺん、チクワをくださいまし」
星空の見える屋台。
ショップでも売られている日本酒を、コップに注いでもらって飲む。
安っぽいけれどどこか楽しい、この空気がたまらない。
「珍しい依頼ですね‥‥」
クールそうでいてゆったりした自然体のミルファリア。
だんだんと奈々も肩の力を抜いてゆく。
あたりさわりのない話から自己紹介へ。
ミルファリアの語ることは、奈々にとっても楽に聞ける話だった。
「騒がしくて、冗談ばかりだけれども‥‥それでも楽しくて、興味の尽きない人達‥‥」
話は周囲の友人達や、夫の事にも。
「旦那に至っては、ボクには勿体無いくらいに外も、中も綺麗で、優しい人で‥‥」
(旦那さん居たんですのね‥‥)
「エレガントでなくとも、必死で‥‥青臭くても、泥臭くても‥‥そうやってでも、護りたい人達」
そういった気持ちは奈々にもわかる。
むしろ色々変な所でプライドの低い奈々は、それのどこがおかしいのだろうと思ってしまうかも知れないが。
「彼らが居なかったら、ボクの剣は何処かで折れていたかもしれません‥‥」
「わたくしも‥‥」
コップに今度は烏龍茶を注いでもらい、喉を潤して話し出す。
「自分自身の中で葛藤があった時、支えてくださった方々がいます‥‥わたくしも、感じられますわ」
ふたり、自然な微笑みを、浮かべた。
奈々が多くを語らずとも、わざわざ依頼にするなんて大げさな事をしたのには理由があるだろう。
(それが、元々からの孤独さ故なのか、喪失した孤独さ故なのかは分かりません‥‥)
奈々は家族の事には一切触れていないが‥‥
ここまでの会話で、親友と呼べる人がいて、模擬戦に付き合ってくれる友人も沢山いる事はわかった。
最初から、孤独なことが自然体。
それは頼らないという事ではなく、人をよせつけないという事でもなく。
『対価を払う』という行動が当たり前だと考えて、話を受けてくれる人が遠慮しないように、依頼にした。
でも。
それは逆に言えば、特に何も考えなくとも。
「奈々さん」
「はい」
2人でコップを持ち上げて。
「たまには不真面目に、フラフラしてもいいんじゃないでしょうか‥‥」
コンと音がするかしないかくらいに軽く打ち鳴らす。
「そうしたくなったら、また誘って頂ければ幸いです‥‥」
今度は依頼ではなく、ひとりの友人として。
互いに楽しむのであれば、対価は必要ないだろう。