●リプレイ本文
「どの程度のが残っているやらな。いや、残っている、より、破棄された、か」
その比企岩十郎(
ga4886)の言葉に、わずかに目線を動かす幡多野 克(
ga0444)。
「ここにいるキメラ‥‥全部捨てられた訳だね‥‥単なる兵器だから‥‥当然なんだろうけど‥‥」
されど駆逐するという意思は変わりない。
さて、奈々のお手製マップによれば地上部分はぐるりと1周できる構造。
南東が入り口、西側に大部屋があり、そして北側にも大部屋があってその端に地下への階段がある。
傭兵達は施設内に足を踏み入れると、2班に分かれて行動を開始した。
各々のランタンや懐中電灯の光が薄気味悪い通路を照らす。
廊下、ではなく通路。
上を見上げればむき出しのコンクリート。
ほんのわずかに換気口らしき部分から漏れる陽光も、不気味さをやわらげてはくれない。
10分後。
東側通路を通って北側の大部屋を目指していた班が、その大部屋の前にさしかかって足を止める。
ゴゴォン‥‥と、内部の壁に何かが激突した音が響いたから。
「階段から上に出てきてますかしら」
「でも扉は破られていないわね。ここの中にいるわ」
加賀・忍(
gb7519)は金色の大太刀を構えつつ、両開きの鋼鉄の扉に手をかけた。
奈々が2本の剣を、克が刀と銃をそれぞれ持ち、頷く。
通路を警戒していた菱美 雫(
ga7479)も意識を部屋に向ける。
その手に持つ超機械から光の粒が舞い、各々の武器が強化された。
扉を開け放ち、敵の姿を目にした瞬間、多かれ少なかれ全員が反応する。
ファイアビースト3体はともかく‥‥いびつなミミズのような姿。
そのまま大人しく扉を閉める忍。
「アースクエイクのようなキメラを見つけたよ‥‥体長10メートル程度、高さは1メートルほど‥‥警戒を」
無線機に向けて克の報告。
その外見だけでも、注意すべき点が瞬時にいくらでも思い浮かぶからだ。
‥‥もっともその警戒は裏切られることになるのだが。
写させてもらった地図を見つつ、リゼット・ランドルフ(
ga5171)は岩十郎とともに部屋を調べていた。
ここは施設の西側の大部屋。
「分厚いケド、ここはやっぱり外への扉みたいだね」
夢守 ルキア(
gb9436)はバイブレーションセンサーも使ってみたが、動くものは感じられず。
「確かに、こちらの方角に部屋があるとしたらすごく狭いですね‥‥」
地図から、距離をだいたいの感覚で測ってみても、大扉の向こうに部屋がありそうなスペースは無い。
それでも岩十郎は扉以外の部分、壁や柱を叩いたりしていた。
「む」
そして見つけた違和感。
床の溝に見えるが‥‥歩いた感じ、振動の伝わり方がなんとなく違う部分を。
エレベーターのように上下するのかも知れない。
その面積は8畳ほどもあり、奈々の報告にあったケルベロスを乗せられそうである。
部屋の隅にある操作盤が理解できればどうにかなりそうなのだが。
「電子魔術師使える雫君、呼ぼうか?」
ルキアが無線の送信スイッチを押そうとしたちょうどその時、向こうから通信が入った。
アースクエイク似のキメラと交戦を開始する、と。
それならば応援に行こう。
扉閉じて待ってるみたいだし。
距離的にも、北大部屋と西大部屋とはそう離れていない。
さすがにキメラプラントと思われる施設だけあって扉も頑丈である。
とはいえ扉を引っかく音が響き、火を吹きかけられているのか扉付近に少し熱がこもるようになってきた。
行こう。
直接触ったら熱そうな取っ手を、グローブ持ちの忍と岩十郎が両方から握る。
そして開放した。
「疾っ!」
岩十郎は最も手近なビーストを獣突で弾き飛ばして部屋の中へなだれ込む。
充分な戦力を活かせぬなどという愚は犯さない。
「離れて」
続き、克を先頭に、忍、リゼット、奈々も飛び込んだ。
やや無理やりにでも空間を確保し、なるべくなら一度の火炎放射で複数に被害が及ばぬよう‥‥
ひゅるり。
リゼットの獅子牡丹が器用な軌跡を描いてファイアビーストにカウンターを決める。
周囲の味方の事も考えた、下から伸び上がるような斬撃。
月詠を前に構えて銃撃を見舞う克は、隣の忍にやや意識を向ける。
口を開けたアースクエイクもどきに対して忍は。
「‥‥さほどでもないわね」
敵の体重ゆえに一歩だけ後退してしまったものの、如来荒神を口に突き入れて受け止める事ができた。
武器が断ち折られる事も無く、むしろ刃で敵の口が裂ける。
‥‥たぶん、これはこけおどしのミミズキメラではなかろうか。
それで油断するような傭兵達ではないが、少なくともここにいるのはでかいミミズ。
むしろプレッシャーが弱まったことで、隣の克は攻撃型にシフト、容赦のない銃撃がビーストを襲う。
そのうち敵の回避動作を予測して頭部を狙った1発はあやまたず口から後頭部へ抜け‥‥
克の眼前の敵が倒れた。
ビーストの吐いた炎弾が、後衛のルキアに迫る。
しかし慌てず騒がず構える武器は。
「冷凍マグロ、持ってきて良かったなぁ。貰いモノだケド」
ジュゥという音を立てて謎の芳香を漂わせたようにも思える冷刀「鮪」だが、たぶん気のせいだ。
その炎弾を吐いたキメラも、雫のエネルギーガンを頭部に受け、顎をリゼットに断ち割られて意識を手放す。
リゼットとしては喉を狙ったつもりだったが結果オーライ。
命あるものを滅ぼすのは心地よい。
忍の生における最も重要な項目。
己の心の欲するまま、快楽を得て糧となし、向上すること、存在価値を得ることにすら昇華する‥‥
欲。糧。摂取。向上。まさに食事のように。
忍は殺戮の道を歩む。
ミミズキメラは無数の傷により確実に生命を削られ、倒れ伏した。
(わたくしも、忍さんくらいに考えられればいいのでしょうが)
奈々が忍に対して抱くのは紛れも無く憧憬。
(でも、うらやみは無意味ですわね)
「ふむ、おおなかなか良いじゃないか」
その台詞は奈々の何に対して言ったのか。
岩十郎は奈々とともに最後の1匹を倒し、覚醒を解いて獅子獣人から人の姿に戻る。
‥‥本当に何に対して言ったのかは本人にしかわからない。
地下フロア。
西側の大部屋にあった昇降装置らしきものは、とりあえず今は保留。
階段を下りることで、道が繋がっている可能性もあるのだし。
わざわざ逃げ場のないエレベーターを使う事もなかろうという結論に達した。
なお階段を下りる際にルキアは足場の悪い所で戦いたくなかったので、閃光手榴弾も用意していたが‥‥
敵の気配がまるでなかったので普通に下りた事を記しておく。
もしかしたら地上フロアと同じような、正方形のつくりかも知れない。
現在位置はほぼ真北にあたり、東西に通路が伸びている。
やはり地上と同じく狭い通路だったので、それならばと傭兵達はふたたび二手に別れて探索を開始した。
西班。
地上と違って自然の光も無く、ランタンの明かりがやや頼りなく思える。
まだ傭兵達は『ぷちアースクエイク』の驚異について考えており、緊張しっぱなしだ。
振動を感知して奇襲してくるかも知れない。
「あれは‥‥」
「地下2階?」
リゼットの懐中電灯に照らし出されたのは、またも下への階段。
どうしたものかと己の顎を撫でる岩十郎。
地上と同じだとすれば、このままぐるっと回れば挟み撃ちを受けることなく合流できると思っていたが。
こちらを先に探索するべきか否か。
だが、迷う必要もなくなったようだ。
階段下から、大きな塊が動く気配がしたから。
ルキアが閃光手榴弾のピンを抜いた。
「ケルベロスって、再生能力あったっけ?」
無かったはず。たぶん。
東班。
「怪我してないか心配でしたが‥‥また、救助に行くような事態にならなかったのは、よかった、です」
「ご心配をおかけしているのはもうほんと申し訳なく‥‥」
コンピューターを立ち上げてみている雫が、こっそり苦笑しながら背後の奈々に話しかける。
もしデスクトップに何か資料っぽいものがあれば見てみようと、駄目でもともと、起動しているのだ。
克と忍は部屋の扉を開けたままにして、外を警戒していた。
と。
ごりごりごりと巨大なものがこすれる音が遠くから近づいてくる。
それに混じって獣の唸り声も。
加えて奈々は鼻でも感知していた。さっき感じた血の臭いを。
「隣の部屋には、何もなかったはずね」
まだ敵と距離があるなら通路を通って、距離がなければ壁を壊して。
戦闘場所は隣の部屋。
「俺が通路で一度引き付ける‥‥部屋に入ってきたら十字撃を使うから、少し離れていてほしい」
覚醒した克が月詠を抜刀した。
「ま、とりあえず皆で首を一斉に落としちゃおう」
カラン、カツン、カコン、と階段を落ちてゆき‥‥炸裂。
音の逃げ場のない狭い場所で、その効果を遺憾なく発揮した閃光手榴弾。
リゼットと岩十郎を前衛に、素早く下りてみると、ケルベロスが先制のお出迎え。
「っ!」
敵の牙を太刀で受け止め、背後のルキアが階段から脇に飛び降りた事を耳で確認。直後リゼットも飛び降りる。
階段下では4体のファイアビーストが耳を伏せて目を閉じ、床に伏せて震えているが‥‥
感覚器官が本当に3つあるのか、ケルベロスの真ん中の頭だけはしかと狩猟者の目を向けてきていた。
「いや多い多い、ともかく片っ端から片付けるか」
ここで階段上にいた岩十郎がライトニングクローを繰り出す。
脚爪「オセ」を着けている岩十郎は多少の足場の悪さも活かしてしまうのだ。
ルキアの練成弱体がかかったところに、リゼットは刃を振るう。
手ごたえあり。
怒りの吠え声を上げながら炎を吐く(口が3つあるというのは器用なものだ)ケルベロス。
ちょうど息を吸いかけていた岩十郎は咄嗟に息を止め肺を守った。
獅子の金色の体毛が焦げて少し痛々しいが、ダメージは見た目ほどではない。
そして、正面に気を取られている隙に‥‥
リゼットは横から刃を振り上げて喉を刈り、ルキアも左側の首に超機械で電撃を加える。
なにせ両脇の頭は瞼を閉じているのだ。
利用しない手はない。
「狭いなら、それなりの戦いをするだけだ」
そして岩十郎もまた天井近くのパイプを掴み‥‥背中側から、中央頭の後頭部を狙って、爪を繰り出す。
獅子牡丹、雷遁、ライトニングクローが頭をひとつずつ、斬り、焼き、抉る。
それでケルベロスは生命活動を完全に停止した。
残りは、ビースト達だが。
「可愛いような気もしますが‥‥見逃すわけには行きません」
ケルベロスとの戦闘に使った時間は20秒あまり。
チカチカする頭を振って立ち上がるのもいるが、もはや勝負は決まった。
彼らの敗因は、落ちてきた物体に反射的に注目してしまった事である‥‥
忍は通路に出ると、手で合図をした。
雫と奈々はその後を追って隣の部屋へ、そして克は扉の前で待ち受ける。
通路の向こうから派手な音を立てて現れたのは、ぷちアースクエ‥‥もうミミズでいいや。
通ってきたあとを見ると壁があちこち凹んでおり。
たぶん壁や床を掘る力は無く、こんな派手な音を立てていては振動を感知できるとしても奇襲できっこない。
さらにその後ろから現れるケルベロス。
さらにその後ろから現れるケルベロス。
別に大事な事でもなんでもない。単に2体来たのである。
「あまり、偉そうなこと言える程の、腕は‥‥ありませんけど‥‥」
克、忍、奈々の武器が輝きを増す。
「背中は、引き受けます‥‥奈々さんは、目の前の敵に集中して下さい‥‥!」
名指しされてしまった。
そんなにわたくしは危なっかしく見えますかしら‥‥と少し落ち込む奈々。
しかし実際に戦闘中の不注意で危機に陥った事もあり反論できない。
いや、雫が好意から言ってくれているのはわかるのだが。
「一匹たりとも、生きてここから出す訳には行かない」
通路でキメラ達を待ち受ける克。
その克にすぐ練成治療をかけられるよう待機している雫。
そして接敵の時は来た。
「全て‥‥吹き飛べ!」
リノリウムの床に刀を突き立て、膨大なエネルギーを流し込む。
開けてあった扉ごと、ミミズキメラとケルベロス2体を巻き込む衝撃波が床を走り抜けた。
忍はすかさずその衝撃波を跳び越えてケルベロスに斬りかかる。
ミミズキメラはもはや瀕死‥‥とはいえ、のたうち回る巨体は著しく戦闘を阻害する。
そちらは奈々が口部分(頭?)を斬り飛ばし、沈黙させた。
まんべんなくダメージを与える衝撃波を受けたケルベロス2体‥‥
怒りを形にするように2匹同時に炎を吐き、対峙する者を焼き尽くさんとするが。
「滅びろ」
炎の中から現れた忍が、肉体を最大限に活用し大きく振りぬく。
克がもう1匹の、胴体の胸部分を刺し貫く。
生体兵器たる彼らは最後までその役割に忠実だった。
そして彼らは残るキメラ達も掃討し。
ルキアが入り口に張り巡らせておいた、黄色と黒の危険標識用ロープを回収する。
切られてもいないし、戻ってくる途中の扉も破られていなかったので、キメラは1匹も逃がしていないはず。
‥‥瞬間移動能力でも無ければ。
そうホイホイ某魚座がいても困るので、逃がしてない、でいいだろう。
「は、はい‥‥エレベーターです‥‥」
地上フロアの西大部屋で雫が操作盤を使っている。
岩十郎の見つけたのは、やはり地下1階、地下2階とも通じる大きな昇降機だった。
機材などはやはり見つからなかったが、噛み千切られたファイアビーストの死体をひとつ見つけた。
なんらかの異常があったのか。
あるいは、あの『血臭がしたケルベロス』だけが早く目覚めてしまい、空腹のあまり同属を襲ったか‥‥
「このキメラ達‥‥ここに生まれたのが‥‥不幸だったのか‥‥」
克の質問に答えられる者はいない。
「‥‥俺も‥‥大して変わらないかも‥‥ね‥‥」