●リプレイ本文
枝を揺らして近付いてくるキメラ達。
「ゆっくり迫ってくる栗の木キメラですか‥‥ある意味不気味ですが、そろそろ旬ですしね‥‥」
レイアーティ(
ga7618)が真顔で本気とも冗談ともつかぬ言葉を発した。
「まぁ、美味しければそれでいいです」
プロテクトシールドをかかげて待ち構えるが。
「‥‥なかなか来ませんねー」
彼の隣で同じようにバックラーを構える御崎緋音(
ga8646)、苦笑いとともに一筋の汗。
このキメラ、ひじょーに足が遅い。
もう擬態している意味は無いと思うのだが‥‥
落ちてくるイガを、太平堂(
gb3291)がすぱっと切り裂く。
「これは‥‥普通に栗のようです」
「中の実は見事ですねぇ」
ラルス・フェルセン(
ga5133)も弓を構えながらその中身を見た。
「しかし何といいますか‥‥遅すぎませんか」
こちらも苦笑い。
もしかして遠距離からちくちく撃てば倒せてしまうのでは、と思いつつファング・バックルを起動する。
「食える! となれば倒しがいがあるってもんだ!」
志羽・翔流(
ga8872)はクロムブレイドを持って一気に接近し、連続で攻撃を加えた。
景気のいい音とともに枝を切り落としてゆく翔流。
キメラの方も、対抗してはいるのだが‥‥
ボトボトと落ちてくるイガを見て、朔月(
gb1440)は気が抜けたように呟いた。
「飛ばすとか、せめて普通に投げるとかしないのかよ‥‥」
周辺で暴れていたリスキメラは普通の戦闘能力を持っていたのに、拍子抜けである。
イガが攻撃手段だと警戒していたものの、ただ落とすだけとは。
そこに弓を引く朔月の後ろからイレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)の練成弱体が飛んだ。
「ヴィクトールおじさまも最近、能力者になったのね。私もよ、お互い頑張りましょう〜」
「ほっほう、ありがとうよ。私も負けてはおれんの」
キメラの表皮は普通の木のようで、硬そうに思えた。
が。
「‥‥あれ?」
「どしたの?」
朔月が弓を引いたまま、怪訝そうにキメラを見る。
彼女の目とエミタAIは相手の弱点をとらえようと働いているはずだ。
「いや‥‥弱点がないというか、全体が弱点だらけというか」
考えていてもしょうがない。
無いとは思うが自爆とか毒霧放射とかして来ないとも限らないし、さっさと倒そう。
矢が栗の木キメラの幹の中央に突き刺さる。
バギンと気持ちいい音がして、物凄い亀裂が走った。
1本の矢で。
いくら練成弱体がかかっていると言っても。
‥‥全員沈黙。
「要するに‥‥テレビゲーム風に言えば、防御力ゼロ、という事ですか‥‥」
結論。
こいつらはただの雑魚である。
その後はみんなでちぎっては投げちぎっては投げ。
頑張って全部切り倒しました。
怪我ひとつ無く。
全員で山を一周見回ってもみたが、もうキメラはいないようだ。
そんなわけでトングで栗を拾ってカゴに入れてゆく傭兵達。
天然物の栗と、キメラの栗。
キメラの落とした方も無害なようだが、一応分けておく。
味の違いもあるかも知れないし。
「久々にのんびりと、お菓子でも作ってみましょうかねぇ。勿論、美味しいお茶もー、忘れずにです〜」
能力者とて人間。安らぎは必要だ。
今回の対象のヴィクトール爺さんだけでなく、集まった7人も、である。
のんびりと楽しげに微笑むラルス。
さて、今回の皆のメニューは?
皆でそれぞれイガを取って、調理できる状態にする。
栗を皮剥き機に入れて手早くアク抜きにかかり、渋皮を傷つけないよう1つずつ剥いてゆく者。
鬼皮のままでなんらかの作業を加える者。
なお栗の皮剥き機は、依頼人の家にもともとあったものである。
本人は「毎年の事ですから」と言っているが、業務用の皮剥き機なんて持ってる人はそうそういない。
(「助かったけど」)
栗の料理を作る事はわかっていたので、朔月は本部で皮剥き機のレンタル要請をしていた。
しかしそんな専門的な道具はどこのUPC支部にもULT支部にも無く、そこで駄目元で依頼人に聞いてみたのである。
もし無かったら、これだけの量の栗を包丁で‥‥
考えただけで指が疲れる。
「ほっほ、皆の衆、頑張っとるな。どれ私も手伝おう」
「あれ、爺さん?」
今回はもてなされる方のヴィクトール爺さんも、下ごしらえに加わってきた。
並ぶいくつもの鍋、漂う甘い香り。
「よし、この間に俺は米を研いでおこう」
大量の栗のアク抜きに一番頼りになったのはもちろんこの調理人、翔流。さすがの手際である。
本人は既に次の段階で、もち米を2割ほど混ぜたご飯を作りにかかっている。
みんな大好き栗ご飯。
「あまり複雑な料理は自信が無いので‥‥シンプルなお菓子にしますね」
こちらは栗の渋皮煮を作ろうとしているレイアーティ。
外側の鬼皮だけを剥き、内側の渋皮ごと煮てアク抜きをする。
手順は簡単だが根気のいる作業だ。
何回も煮直さなければならない。
(「キュヴィエ君の料理用に、多めに‥‥」)
1つ1つ丁寧にくるくると剥いてゆく。意外に器用だった。
(「栗きんとんは明日作りたてを食べてもらうとして‥‥栗ようかんはレイさんと一緒に作りたいから、先に煮物を作っちゃいましょう」)
緋音が作っているのは鶏肉とレンコンの煮物だ。人参も加えて彩りも美しく。
最初になべに鶏肉を入れて焼き色をつけ、他の材料も炒める。
油が回ったら落としぶたをして弱火にして‥‥
コトコトコトコト。
最近はアジアの戦線が忙しく、久々にのんびりできる時間とあって楽しそうである。
加えて言うならいつも恋人と一緒にいたいお年頃。
少し手が空くと、視線はレイアーティの方を向いていたりする。
「ほいっ、炊けたな?」
翔流が適量の塩と酒を入れて炊いた、もち米入りのご飯。
炊き上がったばかりでピチピチ音がしている間に、浮いている栗を手早くご飯と混ぜ合わせる。
できたても美味しいが、一晩おいてなじませたものも捨てがたい。
と、爺さんが言っていたので今回はもう作っておくことにした。
ヴィクトール爺さんは簡単な夕食を終えると早々に床についたが、何人かはまだまだ作業中。
デザート担当のラルスもその1人。
茹でた栗を半分に割り、中身をスプーンでほじって取り出して、目の粗い清潔な布を使った即席裏ごし器でどんどんこしてゆく。
(「クリームに使うぶんですから‥‥食感を大切にです〜」)
食事が終わったばかりで、こんな甘い匂いが充満している中にいたら胸焼けしてしまいそうだが。
向こうの方ではさらに甘い光景が広がっている。
栗ようかん作りにかかっている緋音とレイアーティだ。
「餡と寒天を練り混ぜるんです。食べてもらう人のことを考えて、おいしくなれおいしくなれって思いながら‥‥」
いかなる料理にも必須の調味料‥‥愛情。
栗料理はまず材料の栗からして手間のかかる工程が多い。
だが、それだけに料理する人間の気持ちが味を分ける。
傭兵仲間達も。
ヴィクトール爺さんをもてなそうとしている女性も。
爺さん本人でさえ、昼間は楽しみながら剥いて下ごしらえをしていた。
これが美味しくならないはずがあろうか。
「一緒にお料理、楽しいですね♪」
緋音が型に流し込みレイアーティが混ぜる。
冷やしながら混ぜる、混ぜる。
ここで混ぜることなく固めてしまうと、餡と寒天が分離して失敗作になってしまう。
「ん‥‥固まりはじめたようです」
「はいっ、それじゃ栗入ります」
栗の甘露煮を散りばめてあとは冷やすだけ。
と、レイアーティの指が伸びた。
「‥‥ん。緋音君、お菓子も練習したんですね‥‥美味しいです」
「ちょっとレイさーん?」
本人は味見と言っているが、固まりきっていないようかんの端に少し凹みが残ってしまう。
ちょっとレイアーティのほっぺたを引っ張りつつ、緋音は冷蔵庫にようかんを冷やしに行った。
仲間達はそれぞれ作る料理は申し合わせてあるので、スペースもちゃんと空いている。
イレーヌの愛情こもった栗のシロップ煮の隣に置かせてもらって‥‥
本日はこれまで。
翌朝。
本領発揮といったところで、翔流、朔月、イレーヌが調理にかかっている。
翔流は茶巾絞り。
栗きんとんと違って、栗を裏ごしした後で煮詰めることなく砂糖を加えるのだ。
全体に甘味を浸透させるためには長く念入りに混ぜる事が必要だが、そこは職人。
「しっとりするまで根気よく! お客さまの笑顔のために」
愛情を込めて混ぜ合わせる。
朔月の手で一口サイズに切られた食パン、リンゴ、梨、それに栗。
フルーツグラタンの材料達。
「グラタン皿には忘れずにバターを塗っておいてと」
皿の底に食パンを敷き、上にリンゴと梨と栗をほどよく散りばめて、カスタードクリームを流し込む。
カスタードクリームはラルスと共用。
半分余ったぶんはラルスに渡す。
「あとはオーブンで軽く焼いて、表面に焦げ目をつければ完成‥‥しかし‥‥」
本当、よく調理器具が揃っているものだ。
バーナーとか普通の家庭には絶対ないだろう。
今回の依頼人、よっぽど料理好きとみた。
そんな事を考えながらも手は動いている。次は‥‥マロンチップス。
栗をスライスしてココナッツオイルで揚げる簡単なおやつだ。
オイルは朔月の持ち込み。
さっと揚げて塩をふり、冷ましているうちにフルーツグラタンの方ができてくる。
グラタンの表面に焦げ目をつけ、完成。
9人ぶんともなると重労働だ。
昨日のうちに作っておいたイレーヌのシロップ煮。
ラップを外すと、バニラの良い香りがふわっと広がる。
たっぷりの砂糖で煮込んだ栗にバニラビーンズを加えてねかせておいたものだ。
「うんうん、よくできてる!」
上機嫌で栗を取り、こしてペースト状にする作業に入る。
ぎゅぎゅっと力を込めるついでに愛情も込めて。
そして手早く作らなければならない一品がある。
そこに爺さんも起きてきた。
ちょっと寝すぎな気がしなくもないが。
「あ、おじさま」
「おおお!? それは‥‥クロワッサンかの?」
「そうよ〜、朝食用に♪」
なんとマロンペーストを生地に包んだクロワッサン。
さらに、生クリームとペーストを混ぜたところに濃いコーヒーを注いで。
さらにさらに、ヨーグルトにマロンソースをかけてすっきりした甘さに仕上げる。
「これは贅沢な。美味しく頂かせてもらうぞい」
爺さん、実に嬉しそうである。
カスタードクリームに栗を練りこみ、プチシューに絞り入れる。
ラルスの品はモンブランプロフィットロール。
プチシューを積み上げて、マロンクリームを隙間に絞りいれて安定させ。
シューの上にもモンブラン用口金を使ってクリームを飾り、粉砂糖を振って、栗の甘露煮を飾りつける。
「お口に合えば宜しいのですが〜」
レイアーティの渋皮煮も無事にできた。
「‥‥まずまず、ですね」
やっぱりつまみ食い。
本人は味見と主張するのだろうが。
「はい、では‥‥キュヴィエ君、おすそわけです」
「ありがとう〜!」
イレーヌはこの渋皮煮を使ってマロンクリームを作るという。
なんともはや贅沢な味わいが楽しめそうだ。
その横では緋音が王道の栗きんとんを作りにかかっている。
しっとりぐつぐつ、水を加えて砂糖で煮込む。
愛情こめてかき混ぜながら‥‥
「よし、栗ご飯も良い仕上がりだ! 茶巾絞りも一丁上がり!」
「栗ようかん‥‥出来上がっていました」
「栗と鶏肉の煮物、栗きんとん、できました♪」
「モンブランプロフィットロール、完成です〜」
「甘栗もできています」
「マロンスフレ、完成っ!」
「秋のフルーツグラタンとマロンチップス、完成だ!」
そしてヴィクトール爺さん待望の、昼のお茶会。
さまざまな栗料理とデザートに囲まれて喜色満面である。
「いや〜、傭兵と言うと野戦でサバイバル的な料理が浮かんでしまうが‥‥優雅なもんじゃの〜」
「まあ、そういう事をする時もあるけどな」
今回の依頼人であるところの婦人も上機嫌で、ポットを持ってきた。
ラルスとレイアーティ、両者とも紅茶と緑茶を用意していたのだ。
各人にお茶の好みを聞き、2人がそれぞれ別のお茶を淹れる。
「ほぉー‥‥凝っておるの」
ティーカップにお湯を入れて温めたり、蓋をして香りをくゆらせたり。
「お茶淹れがー、一番得意なのですよ〜」
ラルスは言葉通り楽しそう。
他の面々も、ヴィクトール爺さんの反応を楽しみながら自分以外の料理も楽しんでいる。
「みんなの力作‥‥ん〜、おいし」
イレーヌのマロンペーストは、大人用にはブランデーを使ってある。
子供用には何も入っていないペーストを使ったのだが。
「のう朔月さんや、私もそちらを一口頂いていいかね?」
返答を待たず、皆で取り分けるために使っている巨大スプーンを伸ばす。
爺さん少し自重しろ。
「マロンシェイクです〜」
ラルスがまたも新しい一品を持ってきた。
栗の甘露煮と牛乳、氷をミキサーにかけた、マロンシェイク。
今日はあたたかいのでピッタリである。
「こいつはいい、デザートによく合うわい」
ヴィクトール爺さんと世間話をしていたレイアーティは、爺さんが料理に夢中になると手持ち無沙汰になる。
そこを見計らって。
「レイさん、はい、あ〜ん」
緋音のいちゃつき攻撃。マロンチップスを口元に運ぶ。
おとなしく口を開けるレイアーティ。
効果は抜群だ。
「‥‥はい、あーん、です」
微妙に照れながらお返しの『あーん』をするレイアーティ。
それに大して緋音は、指ごとくわえるという荒技で応えた。
「かっかっか、若いのお」
「いいですねえ」
見る人によっては壮絶なヒガミを覚えそうな場面も、老成したおじいさんや子持ちの貴婦人にとっては微笑ましい光景以外の何者でもない。
お茶会は終始和やかに進んで行った。
楽しんだ後は、後片付け。
最初に片付けに注意を向けたのは太平堂。
もとより他メンバーの手伝いを優先させていたためだ。
しかし料理人であるところの翔流やお菓子作りに慣れた者、気遣いのできる者は作っている最中でもさっと洗っておいてあったため、楽に洗う事ができた。
学校の調理実習なんぞでは後片付けをしない生徒もいるが、さすがにそんな無精者はいない。
次々と後片付けに加わってくる。
「ほいほいっと、次はグラタン皿じゃの」
なぜかこの人も。
「爺さん、休んでてくれていいんだぜ?」
「なーに私のために作ってくれたんじゃ、最後まで一緒にやらせてくれい」
かっかっか、と笑うヴィクトール爺さん。
実にフランクな新兵であった。