●リプレイ本文
〜自信をなくした能力者〜
「‥‥『命を守る覚悟』たぁ、随分思い上がった事じゃないか」
任務に出発する前、伊佐美 希明(
ga0214)が小さく、でも男性能力者・アキラに聞こえるように呟いた。
彼女が少し怒りを混ぜた口調で呟いたのには理由があった。今回一緒に任務を行う事になった能力者・アキラが自嘲気味に呟いたからだ。
『貴方達は『誰かの命を守る覚悟』がありますか』
その言葉を聞いて伊佐美は半ば自棄になっているアキラに怒りが込み上げてきたのだ。
「‥‥いくら最善を尽くしても、救えない命がある。守れない人がいる。私達に必要なのは、どんなに辛い現実でもしっかり受け止めて、認めて、前に進む覚悟だ」
伊佐美の言葉に俯いていたアキラが「貴方に‥‥アンタに何が分かる!」と少し声を大きくして反論してくる。
「俺達がもう少し早く到着していたら助かっていたかもしれないんだ! 助かっていたら‥‥あの子だって父親を失わずに済んだのに‥‥」
アキラは拳を強く握り締め、搾り出すような声で呟く。
「貴方は生真面目で責任感の強い方なのですね‥‥貴方は『誰かの命を守る覚悟』ではなく、全力を尽くした結果がどんなものであろうとも『受け止める覚悟』がなかったのではないかと私は思います」
ルーシー・クリムゾン(
gb1439)がアキラに向けて呟く。実際、アキラ達が到着した時に既にキメラもいなく、生存者もいなかったのならば『失敗』ではない。彼らとて急いで向かったのだから『どうあっても間に合わなかった事』なのだ。
「受け止められるわけが‥‥ないじゃないか‥‥。俺達が間に合わなかったからあの子はあんなに苦しんで‥‥」
アキラが再び俯きながら呟くと「本当に大切なのは‥‥」とルーシーが言葉を続ける。
「そこで立ち止まるのではなく、どんなに辛い結果であろうと甘んじて受け止め前に進んで行く事だと思うのです」
アキラはルーシーの言葉を黙って聞き、言葉を返す事もしなかった。そこに黒須 信哉(
gb0590)がやってきて「逃げてもいいんだよ」と言葉を投げかける。
「そうだな、戦いてぇなら戦え。嫌なら、別にいい」
武藤 煉(
gb1042)が黒須の隣に立ち、鬱陶しい程に落ち込んでいるアキラに言葉を投げかける。
「選ぶのは俺達じゃない。お前自身だ」
武藤はぶっきらぼうに呟き、背中を向ける。アキラのような悩みを持つ能力者は掃いて捨てるほど存在する。態々、アキラ一人に構っている暇なんてない――‥‥。
(「‥‥けど、なーんか、放っておけねぇんだよな」)
くそ、と言葉を付け足して武藤は呟く。
「‥‥そんな事、分かってる‥‥分かってるけど‥‥」
武藤の言葉にアキラは俯きながら続く言葉が見つからずに言葉を飲み込む。
「‥‥ふむ」
葛藤するアキラを見てリヴァル・クロウ(
gb2337)はアキラの言っていた『許されない失敗』という言葉について考えていた。
アキラの言う『許されない失敗』という言葉には『あってはならない』と『許す行為自体が成立しない』と二つの解釈が可能だ。
「生きている間、常に背負わねばならない今回の傷をどのように受け入れるか‥‥か」
リヴァルは眼鏡をかけなおし、今回の任務がアキラにとって良い答えを出せる手助けになればいい――と心の中で呟いたのだった。
「能力者だから‥‥って特別に思われがちですけど‥‥お医者さんや看護師さん、消防士さん‥‥能力者じゃなくたって、背負っているのは皆同じ‥‥なのかな‥‥」
朧 幸乃(
ga3078)が小さく呟くと「‥‥お医者とかはどうやって立ち直っているんだろう‥‥」とアキラが独り言のように呟いた。
「また誰か襲われる前に急がないと‥‥」
淡雪(
ga9694)が呟き「そうだな、そろそろ出発しようか」と黒川丈一朗(
ga0776)も言葉を返し、能力者達はキメラが出現した場所へと向かい始めたのだった‥‥。
〜熊キメラとの戦闘、戸惑う心〜
今回の能力者達は、任務を効率よく行う為に班を四つに分けて行動する事にしていた。
A班・淡雪、黒川、アキラの三人。
B班・黒須と伊佐美の二人。
C班・リヴァルと朧の二人。
D班・武藤とルーシーの二人。
班を分けて行動と言っても、キメラを発見するまでは皆一緒に行動をして、キメラを見つけたら四つの班で囲むように陣形を取って戦闘を行うという作戦だった。
「‥‥二ヶ月前になるか」
キメラを捜索中、アキラと同じ班の黒川が小さく呟く。アキラは視線を黒川に向けて首を傾げる。
「任務に失敗してな。12人が死んだよ。一人の少女が父親と視力を失って、一人の少年が弟と妹を失った」
黒川の言葉にアキラは驚きで目を丸くしながら黒川を見ている。同じ痛みを知っているからこそ、黒川はアキラの気持ちが分かるのだろう。
「念のために言っておくが、命に代えても、なんて事は思うなよ‥‥‥‥そんな事で許されはしないよ。誰より、お前自身にな」
黒川の言葉に「‥‥許されたいと思わなかったのか?」とアキラが問いかけた。
「許される為に戦うんじゃない。許される為に守るんじゃない! 戦う理由なんてものは、誰かが窮地に陥っている、それだけで十分だ。それが俺達だ、それが人間というものだ!」
黒川の言葉にアキラは俯くばかり。そんな姿を淡雪は少し心配そうに見ていた。他にも武藤も似たような経験を持つ能力者だった。依頼主の少年の兄を救えなかった過去と辛い現実を本人に伝えた――アキラと酷似した経験を持つのだ。
だからこそ武藤は『構っている暇はない』と思いながらも放っておけないのだろう。
「皆さん、キメラです――」
朧が小さく呟き、リヴァルと朧が囮役になる為に熊キメラがいる場所へと駆けていく。その隙に他の三班は熊キメラを囲むようにそれぞれが位置につく。
最初に攻撃を行ったのは朧だった。彼女は『ルベウス』で熊キメラに攻撃を仕掛ける。朧が攻撃を行った後、熊キメラが反撃をしようと手を振り上げるが、リヴァルが熊キメラの手が振り下ろされる前に『刀』で攻撃を行う。反撃の時に攻撃されて熊キメラは攻撃出来ずに攻撃が中断させられてしまう。
その後、包囲を完了した伊佐美が『鋭覚狙撃』と『影撃ち』を使用して熊キメラに攻撃を行う。彼女は熊キメラの機動力を削ごうと足首を狙い、それは見事に命中する。
「おっとっ、そんな攻撃には――当らないよ」
黒須は茶化すように呟き『イアリス』で熊キメラの腕を攻撃する。怪力を生かして攻撃してくる熊キメラは手が地面にめり込む程の攻撃を行ってくる。
黒須が攻撃を行った後、ルーシーが洋弓『リセル』で熊キメラの手を狙って攻撃を行う。
そして熊キメラの気がルーシーに向いた隙を見逃さぬように黒須が再び攻撃を行う。
「黒須、伏せろ!」
黒川が叫び、それを聞いた黒須は座り込むようにして伏せる。その次の瞬間、黒須の頭を風が掠めて、黒川のボディーブローが熊キメラの脇腹にヒットする。
「楽に逝けると思わないで下さいね‥‥皆を苦しめた罰です」
淡雪は熊キメラが攻撃される様を見て、冷たく呟き『練成弱体』で熊キメラの防御力を低下させて『練成強化』で能力者達の武器強化を行う。
「へっ、森のくまさんじゃ、俺の相手にはならねぇよッ!」
武藤が叫び『蛍火』で熊キメラを攻撃する。武藤が攻撃した後に黒川が攻撃を行い、武藤はそれを見てキッと強く黒川を睨みつける。
「手前にゃ、絶対負けねぇかんなっ! ‥‥とにかく負けねぇの!」
対抗された黒川は苦笑しつつ「何なんだ?」と呟き、再び戦闘に戻る。
「‥‥あ‥‥あ‥‥」
八人の能力者が戦う中、アキラだけはまだ行動を開始できないでいた。
「何してるんだ!」
伊佐美の叫ぶ声にアキラはハッとして、前を見る。すると既に瀕死に近い熊キメラが「ふー、ふー」と息を荒立てて立っていた。
「‥‥あ――」
やられる、アキラが覚悟をして目を閉じた――が、いつまで待っても攻撃は来ない。それもそのはずだ。伊佐美が『即射』を使用して熊キメラに攻撃を行い、気を引いてくれたからだ。
「何で動かないんだ。戦いたくないからというわけじゃないだろう? だったらこの場にいないはずだ」
黒川の言葉に「怖いんだよ、また誰かを守れなかったらって思うと‥‥」とアキラが震える声で言葉を返す。
「俺も『あの時』ベストを尽くした筈だった。それでも失敗した。言い訳がましいが俺達は神様じゃない」
黒川の言葉にアキラは動きを止める。
「‥‥落ち込むのは、満足していないから‥‥やりたいことが、まもりたいことがあったから‥‥かな‥‥その気持ちは、宝物かも、ですね‥‥」
朧の言葉に「そうですね」とルーシーが呟く。
「それに『自分がもう少し上手く出来ていたら‥‥』という言葉は自惚れ以外の何者でもないですよ‥‥」
ルーシーは呟く。
「確かにそうですね、あなたには止まる事は許されない。止まればまた失うことになる――失ったものは戻らない。ならば失った事が無駄でないことを立証すべきだ、君自身の手で」
リヴァルがアキラに話しかけ、アキラは震えを抑えて武器を構える。
そして熊キメラと戦う能力者達と混ざって攻撃を行う。アキラが加わる時点で瀕死に近い状態だったため、それから能力者達の連携で熊キメラを無事に倒す事が出来たのだった。
〜許される事と許されない事〜
熊キメラを退治した後、能力者達は帰還する前に少し休憩を取っていた。その中で伊佐美がアキラに近寄り「‥‥私もね」とポツリと呟き始める。
「能力者になる前‥‥そう、まだKVや能力者なんてのが無い頃。キメラに家族を殺されたんだ」
だからアンタを責めた子供の気持ちがよく分かる、と伊佐美は言葉を続ける。アキラは子供のことを思い出したのか、少し表情を暗くしながら伊佐美の話を聞いていた。
「辛くて、悲しくて、はちきれそうで‥‥それで当ったんだよ」
伊佐美は切ない表情を浮かべながら呟き「もう一度その子供に会ってみないか?」と提案をしてきた。
「‥‥え」
アキラは明らかに動揺を表情に浮かべながら呟く。
「今のお前なら、かけてやれる言葉も見つかるんじゃねぇかと思う。確かにお前は失敗をして人を死なせたかもしれない。だけどその責任の取り方はあると思う」
伊佐美の言葉にアキラは俯いたまま。恐らく彼自身も逃げられる問題じゃないという事は分かっているのだろう。
「不器用でもいいんだ。自分のやり方で答えを出してみろよ」
伊佐美の言葉に決心がつかないアキラは「でも‥‥」と苦しそうな表情で次の言葉を捜そうとしている。
「救えなかったことを責められ、許されなくても、呼ぶ声があるなら進み続けるしかないじゃないか、それが俺達さ――自分の言葉で自分の気持ちを伝えるんだ」
黒川も後押しするように言葉を投げかける。
「でも――俺にはまだ覚悟が‥‥」
アキラが渋るように呟くと「覚悟なんてものは、有る無いの話じゃない‥‥決めるものさ」と黒須がアキラの背中を押すように呟く。
「わか‥‥った‥‥行ってみる」
アキラは決心したように呟き、能力者達と共に、父親を亡くした少年の所へと行く事になった。
「‥‥何しに来たんだよ‥‥」
家に赴き、少年が泣きはらした目で玄関を開けた。アキラは少年の目が痛々しくて顔を逸らす。
「‥‥あの、その‥‥俺達が間に合わなかったのは事実だし‥‥本当に悪かったと‥‥」
アキラが呟くと「謝られても父ちゃんは帰ってこない」と少年の厳しい言葉が帰って来る。淡雪はそれを見て少しだけ辛そうな表情を見せた。
「僕はお前が大嫌いだ――でも母ちゃんが、悪いのは能力者じゃなくて、父ちゃんを襲った奴だっていうから――‥‥僕はもう責めない」
子供の言葉に能力者達は驚いたように呟く。
「だから‥‥もう、僕のところに来ないで。もう‥‥父ちゃんのことで嫌な事を言いたくないから」
子供は泣きながら能力者達に訴える。甘えたい盛りの子供にそんな事を言わせる情けない自分が嫌になり、アキラは拳を強く握り締め、頭を深く下げ、子供の家を後にした。
「もっと強くなりたい。誰かを守れるくらいに。もうこんな情けない気持ちにならないで済むように‥‥あんな子供が泣く事のないように」
アキラは空を見上げ、小さく呟く。
「‥‥きっと、大丈夫ですね」
黒須はこれからのアキラを少し心配したが、彼の表情を見て薄く笑って呟く。
その後、能力者達は報告をする為に本部へと帰還したのだった‥‥。
END