タイトル:僕らがいたマスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/09 23:16

●オープニング本文


一般人にとってはただの能力者の一人。

僕らが死んだ後――『能力者の一人が死んだ』だけで済まされたくない。

※※※

「何で僕たちは戦っているんだろう‥‥」

最初は確かに揺らぐことのない決意を持って始めた傭兵業。

周りの見た目が気になり始めたのはいつからだっただろう。

「‥‥あぁ、あの言葉からだ」

僕・拓真(たくま)は思い出したように読んでいた本を閉じて呟く。

キッカケは本当に一般人の些細な言葉。

『能力者がキメラにやられて死んだんだって』

どんな人が話していたのかも分からない中、言っていた言葉だけは確りと覚えてる。

『そうなんだ、誰?』

『知らない。能力者の一人しか聞いてない』

それは普通の会話。誰が死んだなんていちいち名前まで気にしないのが普通なのかもしれない。

だけど――僕は急に怖くなったんだ。

僕が死んでも『能力者の一人が死んだ』という短い言葉で終わらされるのが‥‥話していた一般人は『能力者が死んだ』という言葉の後には普通に会話を始めていた。

能力者が死んだと知っても、一般人であるあの人達にとっては『今夜の晩御飯』の方が大事なんだとも言葉を付け足していた。

戦う力を持たないから、自分達は戦わない安全圏にいるから、そんな事が言えるのだろう。

心の中に溜まった小さな闇が僕の心を侵食していき『戦いたくない』という結論に至った。

戦いたくないのは『死にたくない』からじゃない。傭兵として生きていく事を選んだ時に『死ぬ覚悟』も出来た。

だけど――『忘れられる覚悟』まではしていなかったんだ‥‥。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
結城加依理(ga9556
22歳・♂・SN
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
葬儀屋(gb1766
25歳・♂・ST

●リプレイ本文

〜忘れられる事に怯える者〜

「‥‥ここ、かな‥‥」
 結城加依理(ga9556)が拓真の家の前に立ちながら呟く。彼の手には本部で渡された一枚の紙が持たれていた。本部では彼を心配した友人が待っていて今回の説明と拓真の家までの地図を渡された。
「何を話せばいいんだろう‥‥」
 うぅん、と買ってきた『キリマンジャロ・コーヒー』を持ちながら考え込むように呟く。そうしていると如月・由梨(ga1805)が「こんにちは」と挨拶をしながらやってきた。彼女も拓真のことを彼の友人から頼まれた一人なのだろう。
「おや、如月さんも。こんにちは」
 レールズ(ga5293)が挨拶をしながら結城と如月の前に姿を見せた。彼も拓真の件を仕事に受けた一人で如月とは同じ部隊に所属する者だった。
「あまり前回みたいな無茶はしないで下さいね? 隊長さんだけではなく、俺たちも心配しますから」
 微笑みながら呟くレールズの言葉に「はい、分かりました」と如月も言葉を返す。
「‥‥あなた達は‥‥?」
 玄関の前で話している声が耳に入ってきたのだろう『戦いたくない』と言っている能力者・拓真が扉を開けて三人を見ている。
「あ、僕たちもです」
 鐘依 透(ga6282)と水雲 紫(gb0709)が小走りで家の前までやってくる。
「‥‥はぁ、それでは何もないですけど入ってください」
 拓真は能力者達を家の中へと招きいれ、それぞれの思いを拓真に伝えるべく集まった能力者達も家の中へと足を踏み入れたのだった。


〜戦えない理由、戦う理由〜

「僕はもう能力者を辞めるんだ‥‥だから別にあなた達がする仕事はないよ」
 拓真がリビングのソファに腰を下ろしながら能力者達に向けて話しかける。
「とりあえず、お茶でも飲んで。決断するのは、お話が終わった後からでも遅くは無いでしょう?」
 呟くのは水雲で、巾着から飲み物を取り出す。
「‥‥あ、お茶がありません。お茶がないのでコーヒーにします? 紅茶? ジュース? それとも‥‥乳酸菌取っときます?」
 巾着からホイホイと取り出しながら水雲は拓真に飲み物を見せる。その巾着の何処にそれだけの飲み物が詰め込めるのだろうというツッコミはその辺に置いておく事にしよう。
「‥‥じゃあ、紅茶を」
 拓真が言葉を返すと「僕はコーヒーを持ってきました、どうぞ」と結城が『キリマンジャロ・コーヒー』を拓真に渡しながら話しかける。
「どうも‥‥それで話って?」
 水雲から貰った『紅茶』を飲みながら拓真が能力者達を視線で流す。
「傭兵を辞めるって、貴方の友達から聞きました‥‥何故ですか?」
 如月が問いかけると、拓真は『紅茶』をテーブルに置いた後に俯き「‥‥理解、してもらえないよ」と小さな声で呟く。
「何に悩んでるのか分からなければ、理解も出来ませんね」
 狐の面をしているせいで表情は見えないけれど、水雲はきっと苦笑しているのだろう。水雲の言葉に多少躊躇いながら拓真が「‥‥怖いんだ」と短く言葉を返してくる。
「死んでしまう事が、ですか?」
 結城が問いかけると「違う」と拓真は首を横に振ってはっきりと否定をした。
「怖いのは――忘れられてしまうこと。死んでしまっても『能力者の一人』で終わらされるのが怖い‥‥」
 呟きながら拓真の手がカタカタと震え、その言葉が本当なのだと能力者達に知らせる。
「死ぬ覚悟なんて、人間そう簡単に出来るものでもありませんし、する必要もない筈です。忘れられる覚悟も死ぬ覚悟とほぼ同義」
 如月が真っ直ぐと拓真を見据えながら小さく呟く。
「あなたは何のために能力者になったんですか?」
 レールズが拓真に問いかけると「‥‥誰かを守りたいと思ったから‥‥」と俯きながら言葉を返してくる。
「そうですか、先ほど『忘れられるのが怖い』と言いましたね。確かに能力者一人が死んだ所で人は『能力者が一人死んだ』と言うだけでしょう。ただ、それはほぼ全ての人に当てはまるのではないでしょうか?」
 レールズの言葉に拓真は太ももの辺りに置いていた手を強く握り締める。辛いのは自分だけではない、それはきっと拓真自身も分かっている事だ。
「分かっている。怖いのが僕だけじゃないって事も、命を懸けているのが僕だけじゃないって事も――でも‥‥」
 キッカケは本当に些細な一言。それが拓真の心の中に暗い闇を浮かび上がらせ、戦場から退こうという結論に至った。
「あなたは誰の為に、何の為に戦っているのか、分からなくなったのかな‥‥『守っている』という気持ちが強すぎたのか‥見返りが欲しいくらいに――それとも明確な理由もなかったのか‥‥」
 それは本人にしか分からないけれど、鐘依が拓真にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
「でも‥‥顔も名前も知らない相手の為に悲しむのはとても難しい。僕自身も難しいと思う。正直拓真さんの事も顔も名前も知らないままだったら――拓真さんが亡くなったとしてもあまり、思う事は無かったと思う」
 今の拓真にとって残酷かもしれない言葉を鐘依が投げかける。残酷、確かにそうかもしれないけれど鐘依の正直な気持ちだった。
「僕はそんなに優しくないから情を移すには時間がかかる。その人の事をもっとよく知らないといけない」
 でも、と鐘依は言葉を続ける。一度止められた言葉に拓真が顔をあげて鐘依を見る。
「友人さんは違うよね? 少なくとも心配して‥‥こんな仕事出してくれるくらいだし‥‥『忘れないでいてくれる人』は近くにいるんじゃないかなぁ‥‥」
 鐘依の言葉に拓真は少し目を大きく見開く。
「私が思うに必要なのは『何があっても生きる覚悟』なのではないでしょうか。そして、戦いたくないというのであれば、それも良いのでではないでしょうか」
 如月の言葉に拓真が再び気まずそうに俯くと「あぁ、勘違いなさらないで下さいね」と如月が話しかけてくる。
「決して突き放して言っているわけではありません。キメラやヘルメットワームとの戦いは死との隣り合わせ――私も何度も危険な目に合いました。死ぬ事は誰かを悲しませる事」
 そこまで呟いた後、如月は目を伏せながら再び言葉を紡ぎ始める。
「肉親、友人、知人、その誰かを――悲しみから回避する為なら、キメラと直接、戦わないという答えも正解です」
 如月の言葉に「そうですね」とレールズが言葉を返してくる。
「選択肢は貴方にあります。どちらを選んでも、幸福かもしれませんし、不幸なのかもしれません」
「‥‥それじゃ、どっちを選んだって一緒じゃないですか」
 拓真が自嘲気味に呟くと「でも」とレールズが拓真の言葉を遮るように呟く。
「忘れられたくなかったら、どちらを選んでも今を全力で生きる事しかないと思いますよ」
 微笑みながら話すレールズに「‥‥今を全力、か」と拓真は俯きながら呟く。
「そうだ、これを食べませんか?」
 鐘依が差し出してきたのは四葉のクローバーを模ったキャンディ。ちなみに彼が手作りで作ってきたらしい。
「そういえば前の大規模作戦、大変でしたね。僕も参加するつもりはなかったんですよ。死ぬ危険が怖かったから」
 でも、と鐘依は言葉を付け足しながら呟く。
「友達が沢山戦場に行って傷ついて帰ってきて何も出来ない‥‥しなかった自分が段々腹立たしくなってきて‥‥」
 鐘依の言葉を聞いて「なぜキミが戦う事を選んだのかを思い出して欲しいな」と結城がポツリと呟く。
「‥‥そういう自分はどんな動機で戦いを選んだの?」
 拓真が問いかけると「僕は‥‥」とおどおどするように話し始める。
「少し周りに流され的に戦う事になったけど‥‥今では後悔していない‥‥大切な者が守れるから‥‥」
 後悔していないとはっきり言える結城が拓真は羨ましく思えて「‥‥そうなんだ」と情けない自分が少し腹立たしく思えてきた。
「忘らるる 事もあれども 世は廻り」
 水雲がポツリと呟き「どういう、意味?」と拓真が問いかける。
「時間と共に風化することはどうしようもない事だ、ですよ。ですが‥‥人間五十年です。かくも短い時しか生きられない世界を、悲観にくれるだけでは拙いですよ」
 水雲の言葉を聞いて、言いたい事は分かるのだけれど『はい、そうですか』と簡単に気持ちを切り替える事が出来ない。
「例え‥‥信じていたものが崩れ、夢が悪夢に、希望が絶望に変わったとしても‥‥世界は廻るんです。なら『そういうものか』と開き直るしかないでしょう?」
 水雲が狐の面越しに話してくるが、それなりに拓真のことを心配して言ってくれた言葉なのだろう。
「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ――あぁ、私の好きな詩ですよ」
 なんくるないさの精神ですよ、と意味を教えてくれて拓真は「‥‥そっか」と呟き、少しだけ笑う。
 その時にインターホンが鳴り、朔月(gb1440)が遅れて拓真の家へとやってきた。
「あーっと‥‥話はほとんど終わった、みたいだな」
 苦笑しながら朔月は呟き「ちょっと出れるか?」と拓真に話しかける。
「え? でも‥‥」
「細かい事は気にすんな、ちょっと借りてくな」
 拓真の腕を引っ掴みながら朔月は、予め調べていた近くの公園へと拓真を連れ出した。
「で、結局のところお前はどうしたいんだ? 辞めたいのか、辞めたくないのか?」
 朔月の言葉に「‥‥皆から色々話を聞いて‥‥正直、悩み始めた」と拓真は言葉を返してきた。
「お、ちょうどいい感じにベンチがあるから座ろうぜ」
 朔月がベンチに座るようにと促しながら、拓真も「あ、うん」と頷いてベンチに腰を下ろす。
「でも忘れられるのも怖い‥‥何かが欲しいわけじゃない。だけど‥‥何て言うか、一般人が僕たちを『使い捨ての駒』と思っているような気がしてならないんだ‥‥」
 拓真の言葉に「はい、これ」と持参してきた桜の香りと風味がついたミルクティーを渡す。これは予め拓真を外に連れ出そうと考えていた朔月が用意してきたものだ。
「犠牲者のことを全部知っているのか?」
 突然、朔月からの問いかけに「え?」と拓真は言葉を返す。
「お前はバグアどもの犠牲になった一般人1人1人の名前や詳細を全部知っているのか、って聞いているんだ」
 朔月の言葉に「‥‥それは、知らないけど‥‥」と何となく彼女が言いたい事が分かったのか気まずそうに拓真は俯きながら言葉を返した。
「それを知っているなら『忘れられるのが怖い』という台詞を吐く権利もあるだろうさ。だけど自分のことだけ覚えていて欲しいってのは勝手じゃないのか?」
 朔月がミルクティーを飲みながら拓真に厳しい言葉を投げかける。
「人間は誰でも何時か死ぬ。俺ら能力者の死で重要なのは、その時にどれだけの人間に自分の事を覚えていてもらえるのか、じゃないのか?」
 朔月が呟くと「‥‥‥‥」と拓真は何も言葉を返そうとはしなかった。矛盾した事を言っている事に対して自覚があるのだろう。
「結局は自分で選ぶ道だ。確りと考えて道を選べよ」
 朔月は呟くと「家に帰ろう」とベンチから腰を浮かして拓真の家へと向かい始めたのだった。


〜彼の決断、彼が選んだ道は〜

「何か、今日はありがとう。皆に色々話を聞いてもらったおかげでこれからの自分がどんな道を歩むか、決めたよ」
 拓真は目を伏せながら呟き「僕、やっぱり傭兵を続ける」と少し晴れ晴れとした表情で能力者達にしっかりと伝える。
「‥‥これからも宜しくお願いします」
 握手を求めるようにレールズが手を差し出し、拓真も少し照れたように手を差し出す。
「そうだ、俺が戦う理由を言っていませんでしたね。守りたい人が出来たのもそうなんですが‥‥信じているんですよ」
 レールズの言葉に「信じている?」と拓真が問いかけてくる。
「人がこの戦争を通して肌や目の色、文化の違いや信じる神の違い、小さな土地を巡って争うなんて馬鹿げてると気づく事をね」
 微笑みながら呟くレールズの言葉に「‥‥そうだね、いつかきっと気づくさ」と拓真は言葉を返した。
「ただ戦う事が僕らの全てじゃないから‥‥悩む事も無意味だとは思いません」
 結城の言葉に拓真は何処か救われた感じがして「ありがとう、本当にありがとう」と憑き物が落ちたような明るい表情で礼を述べてきた。
 その後、能力者達は拓真の家を出て、報告の為に本部へと帰還する。本部には拓真の友人がいて「どうだった?」と少し心配そうに話しかけてきた。
 そして能力者が説明をすると「ありがとう」と心から安堵のため息を吐いて「報告の邪魔して悪かったな」と言葉を付け足し、能力者達から離れていく。
「‥‥きっと、大丈夫ですよね」
 結城が誰に言うでもなく呟き、能力者達は報告へと向かったのだった。


END