●リプレイ本文
―― 限りなく時間の無い中で ――
UPC本部に能力者要請の連絡が来たのが20分前、現在能力者達はキメラが現れたとされる場所へ向かっている最中だった。
「事態は最悪の一歩手前か、急がねばな」
九条・命(
ga0148)がポツリと呟く、冷静そうに見えても何処か自分を落ち着かせようとしているようにも見えた。
「たく、めんどくさいな? しかも、時間ねぇじゃねぇか!」
神無月 翡翠(
ga0238)も逸る気持ちを抑えられないのか高速艇の壁をガツンと軽く殴る。
「確かに時間的な余裕はありませんね‥‥到着次第行動に移らねば‥‥」
シャーリィ・アッシュ(
gb1884)が呟くと「そ、そういえば‥‥」と鈴木 一成(
gb3878)が思い出したように呟き始める。
「ひ、避難は済んでいるんでしょうか?」
鈴木の言葉に「確かに‥‥」と水無月 湧輝(
gb4056)も口元に手を当てながら言葉を返す。事態は急を要する為にほとんど情報も無い状態で出動する事になったのだ。
「民家に熊みたいなキメラ‥‥侵入経路とか色々気になっちゃうけど逃げ遅れた人がいるんだよね?」
早く助けないと! と春野・若葉(
gb4558)が拳を強く握り締めながら呟く。
「連絡があってから30分は経過してる‥‥時間的にヤバいな」
Y・サブナック(
gb4625)も時計を見ながら「ちっ」と舌打ち混じりに呟いた。
「うん、分かった。ありがとう」
葵 宙華(
ga4067)は携帯電話の通話ボタンを切りながら「電話で聞ける事は聞いておいたよ」と能力者達に話しかける。
「近隣住民からの連絡でキメラが現れた事が分かったみたい。ちなみに住人の避難が済んでいるかは分からないって」
葵の言葉に「ち、ちゃんと調べないといけないですね」と鈴木はおどおどとしながら言葉を返す。
「あと向かっている家に住んでいるのは向崎ユイって女性ね。恋人と一緒に暮らしていたみたいだけど――恋人の方は死んでるみたいだね」
「今回のキメラ騒動で亡くなっているんですか?」
シャーリィが問いかけると「ううん、能力者だったみたいだけど別の事件でって聞いた」と葵は言葉を返す。
「何でも友達と一緒に居るみたいで、今回の救助対象は2人って所だね」
葵は携帯電話をバッグに入れながら呟く。本当の所、彼女は救急車まで手配したい所だったが、それは出来ないと返事が来た。
キメラが一匹と言う確証がないからなのだと言う。
「見えてきた、そろそろ準備をしておこう」
九条が呟き、能力者達は緊迫した地へと足を下ろしたのだった。
―― 襲うキメラ、死を望む女性と生を望む女性 ――
今回の能力者達は危機的状況を迅速に終わらせる為に班を三つに分ける作戦を立てていた。正確にはA班も二つに分けているので班は4つ存在するのだけれど。
A班(1)・九条、春野。
A班(2)・サブナック、葵、シャーリィ。
主にA班は対キメラをメインに活動する為、戦闘に特化した能力者で固めている。
B班・神無月、水無月の二人。B班は一般人を救助、そして保護する為に支援系能力者や遠距離から攻撃出来る能力者が振り分けられている。
最後にC班――班とは言っても鈴木が一人だけと言う編成になっている。彼は『探査の眼』のスキルを所有しているから他に逃げ遅れた一般人が居ないか、他にもキメラがいないかの周辺確認の役目を受けている。
「んじゃ、打ち合わせ通りに行くか」
神無月が呟き、最初に仲間である能力者達に『練成強化』を使用しておく。効果は30秒程しか持たないが戦いが始まれば神無月と水無月は救助対象に付きっ切りになってしまうので、最初に使用しておく事にしたのだ。
「俺と春野は庭から行こう」
「そうだね、うまくキメラの注意を引き付けて他の班の動きをサポート出来たらいいんだけど」
九条と春野が呟き、気配を隠して慎重に庭へと進み行く。
「先ずは何にしてもキメラを外に出す必要がありますね」
シャーリィが家を眺めながら呟く。彼女の言葉に対して「確かに、家の中じゃ戦い難いからな」とサブナックが言葉を返す。
「さて――囮として動きますか」
葵は『【OR】フェイクブラッドパック』を使用して『重傷者』を偽ってキメラを引き付ける囮役を引き受けている。リアルさを出す為に葵は自らの頬に傷をつけていた。
「それでは、行きましょう」
シャーリィが呟くと同時にサブナック、葵は家の中へと突入する。
「さ、さて‥‥私も行きましょう」
鈴木は小さく呟くと逃げ遅れた一般人や潜んでいるキメラが居ないかの確認を始めたのだった。
※A班・キメラを探せ※
A班が庭と玄関、それぞれから家の中へと入るとあまりの状況に言葉を失う。綺麗に片付けられていたであろう家具なども滅茶苦茶に散乱していた。
「恐らくキメラはリビングのガラス戸から入ったんだろう、外からの衝撃で硝子が割れていたから」
九条がリビングに足を踏み入れながら呟くと「うん、此処に足跡みたいなのが集中してるから‥‥此処で誰かが襲われてるね」と春野もリビングの中央、ソファがある付近にある足跡を見ながら言葉を返した。
「‥‥う‥‥うぅ‥‥」
リビングから出ようとした二人の耳に呻き声のようなものが聞こえ、バッと勢いよく後ろを振り返る。
するとタンスが倒れていて分かり難かったが隣の部屋に通じる扉があった、どうやらうめき声はそこから聞こえるようで九条と春野はタンスを退かして隣の部屋へと入る。
隣の部屋で二人が見た者、それは白い顔で倒れる女性と同じく頭から血を流している女性だった。
「お願い、助け――‥‥」
女性の必死な声と同時に玄関口の方からキメラの唸り声というには大きすぎる声が聞こえたのだった。
「リビングから外に出て神無月君に診てもらおう」
春野が呟いた瞬間、熊キメラと同じA班の能力者達がリビングへとやってきた。
「救助者‥‥っ! 急いで外へ!」
葵が血に塗れた姿で九条、春野の二人に言うが必死に助けを求める女性の足が倒れた家具の間に挟まっていて直ぐに外へ出る事は出来ない。
「とりあえず三人で引き付けて、命と若葉には二人を外に連れ出して貰おう」
サブナックが呟き『棍棒』を振りかざして熊キメラへと攻撃を仕掛ける。図体ばかりは大きいので攻撃をミスする事はないのだが、逆に此方も攻撃を受けると危ない。動きが鈍い分、力はそれなりにありそうな相手だから。
「あんたの相手はこっちだ!」
葵は『スコーピオン』で射撃を行いながら叫ぶ、彼女は女性二人の反対側から攻撃を行い、女性達に矛先が向かないように攻撃を仕掛けていた。
それから数分後、九条と春野が女性二人を外に連れ出して、キメラの相手をしている三人も本格的に攻撃を始める。
「外に出すのに手段を選ぶ余裕は無いか‥‥南無三っ!」
シャーリィが呟くと同時に『竜の翼』を使用して熊キメラの懐に入り『竜の咆哮』を使用して庭へと飛び出させた。竜の翼によってついた加速の勢いで熊キメラは彼女の攻撃を回避する事は出来ず、大きな音を立てて外へと出されたのだった。
※保護班と周辺探査役※
「‥‥ご、ご不便をおかけして申し訳ありませんが‥‥ご協力をお願いします」
何度も頭を下げながら鈴木が少し離れた家の住人に避難をするようにと説得を行っていた。最初は「離れているから」と避難を渋っていた住人だったが鈴木の誠意ある説得に「分かったよ」と苦笑して避難を始めたのだった。
「こ、これで近隣の家に住人は居ないから万が一の心配は無いですね」
鈴木は呟き、覚醒を行うと『探査の眼』を使用して見落としなどがないか再度確認を始めたのだった。
そして保護班の二人は――九条と春野が救助者を抱えて保護班が待機する場所へとやってきた。一人は意識を失っており、もう一人は酷くは無い物の軽傷とも呼びがたい傷だった。
「もう少し離れよう、此処も戦闘の影響がないとは言えないからな」
水無月は呟き、戦闘の影響がないであろう場所まで救助者を連れて下がる。そして神無月は下がる前に戦う能力者達に一言告げる。
「本当は、援護したい所ですが、状況がアレですので無理なさらずに。後方に控えておりますので何かあったら下がってください」
神無月の言葉に前衛で戦う能力者達は首を縦に振り、再び戦闘へと戻る。
その時だった、意識を失っていた方の女性・ユイがキメラに向かって「殺して」と叫びながら走っていくのは。神無月が後方へ戻ろうと背中を見せると同時にユイは横を通り、彼女を止めようにも一歩遅れてしまう。
「あぶねーだろーが!」
キメラとユイの間に割って入り、サブナックが怒鳴りつける。
「離して! 私を――彼の所に行かせてよ! 邪魔しないで!」
錯乱しているのかユイは喚き叫ぶ。流石に能力者達もユイに視線をやり、キメラでさえも此方に移動してこようとしている。
「‥‥っ」
考えに考え抜いた事だったが、サブナックは首に手刀を落としてユイの意識を奪う。がくりと倒れたユイを見て「ごめんな、手荒な真似して」と呟きながら神無月へとユイを渡す。
しかしサブナックはユイに気を取られすぎて背後にキメラが迫っている事に気づかず、気づいた頃には手遅れの状態だった。
「やば‥‥」
サブナックが呟いた瞬間「ヒィーーハァーー! ひゃははは」とけたたましい高笑いが聞こえると同時にキメラの腕に『バスタードソード』で攻撃を仕掛ける鈴木の姿が視界に入った。彼は『自身障壁』を使用しながら攻撃を仕掛け、万が一自分が攻撃を受けた時も最低限の負傷で済ませようとしていた。
「とにかく先ずはコイツを倒してからだな」
九条が呟きながら『限界突破』と『瞬天速』を使用してキメラとの距離を縮めた後に『二段撃』を使用して蹴りを腹に、拳を顎に叩き込む。そのまま力尽くで押し、キメラの動きが止まった所をシャーリィが『バスタードソード』で攻撃を仕掛ける。
キメラも暴れて能力者に攻撃を仕掛けようとしたが、水無月が長弓『桜花』で熊キメラの喉を射抜く。
「相棒『【OR】タッキー・ラージャ』の相手に不足なしっ! 錆にしてあげる!」
春野は武器を構えてキメラに攻撃を仕掛けながら叫ぶ。その際に『スマッシュ』を使用しながら攻撃を仕掛け、サブナックが攻撃を仕掛けた後に今度は『円閃』で攻撃を仕掛ける。
「いい加減倒れておけば楽なのに」
葵はため息混じりに呟き『先手必勝』『急所突き』『影撃ち』を使用してキメラに攻撃を仕掛け、トドメを刺したのだった。
―― 彼が彼女に求めたものは ――
キメラを倒し、報告を終えた能力者達はユイとエミを病院へと連れて行った。幸いにも命に別状はなく、ユイの傷が大きいの一週間程度の入院が必要だと診断された。
「さて‥‥どういう状況なのか教えてくれないか?」
病院からの帰り、水無月を含む全ての能力者達がエミに問いかける。そしてエミはユイの身に起きた事を躊躇いながら小さな声で話したのだった。
そして後日、能力者達はユイの病室を訪ねた。
「何で‥‥死なせてくれなかったの」
能力者達を責めるような態度でユイが呟く。
「大切、好きだったから、認めたくないのは分かるが、勝手に、死なれると迷惑だ」
神無月が少し厳しい口調で言葉を返した。
「‥‥貴方の大切な人は戻ってこない‥‥受け入れなければならない事です。そして、その方の分まで生きること‥‥それが貴方の義務です」
シャーリィがユイを諭すように話しかけるが「大事な人がいない世界で‥‥何の為に生きろって言うの」と指先が真っ白になるほどシーツを強く握り締めながらユイが言葉を返してくる。
そんなユイの態度を見て鈴木は居た堪れない気持ちになり、表情を曇らせる。大切な人を失った辛さに直ぐ耐えられるほど誰もが強いわけではない。死による逃避も選択肢のうちにあってもいい、鈴木はそう考えていた。
(「‥‥ですが、なるべくなら生きられるだけ生きて欲しい」)
鈴木は心の中で小さく呟く。
「貴方の彼は、貴方が死ぬ事を望むのだろうか?」
水無月の言葉に「え」とユイが顔を上げながら言葉を返す。
「彼は、力無き人の為に、キメラと戦って死んだのだろう。そのキメラに、恋人が殺される事を望むのだろうか?」
水無月の言葉に「きっと‥‥言わない」とユイは言葉を返す。
「そう、貴方が命を捨てようとする事は彼の望んでいる事じゃないよ。彼は貴方の中にいる」
春野の言葉に「そんな気休めいらない、両親も何もかも亡くした私にとって彼が全てだったのに‥‥」と瞳から大粒の涙を零しながら泣き始める。
「他人の俺がどうこう言うのはおかしいかもしんねーけど、そいつはあんたの幸せ、笑顔の為に戦ってたんじゃねーのか? それだったらあんたのしてた事はそいつを裏切ってるんじゃねーか?」
サブナックが淡々と呟くがユイは俯いたまま。
「‥‥俺もよ、大切な人を失った、この手で殺した、後を追おうと思った事もあるがな」
殺したという衝撃的な事実にユイが驚いたような表情で顔を上げる。
「自分が生きる事を逃げる理由にそいつを使うんじゃねーよ!」
サブナックが怒鳴り、病室内にシンとした空気が流れる。
「何が怖いの? 何を忘れたいの? 彼の死? それとも置いて行ってしまった事? 置いて行かれた自分自身?」
葵がユイに近寄りながら問いかける。恐らくユイにとってはその全てが答えなのだろう。
「世界の中に息づき、日常の中に根付いている彼の魂や言葉や想いは、全てを塞ぎ皆との交流を絶った今の貴方には届かない」
葵はユイに分からせるように強調しながら話しかける。
「彼の死を認めても彼の全てはなくならない。だから認めて俯いた顔を上げて生きなさい。そして日々、生かされている自分を感じ、愛してあげなさい」
貴方は彼が一番守りたかった命なんだから無駄にしないで、葵は言葉を付け足してユイの肩に手をポンと置く。
「彼の事を想うのなら生きろ、自分を追って死ぬ事を能力者は望まない」
九条がユイに話しかけると「お前、訃報を聞いた時、泣いたか?」と神無月がユイに問いかける。
「大声で泣き喚いた方が、精神的に楽だと思うぞ?」
神無月が言い終わった瞬間、ユイは声をあげて泣き始める。
「これからも大変だろうが、彼の事を忘れなければ何でも乗り越えられるさ」
「そう、彼は貴方の中にいる。だから、ね」
春野は宥めるようにユイを抱きしめながら呟く。そしてサブナックは『クリスタルローズ』をユイに手渡す。
「あんたはまだ生きているんだぜ? きっとこの花より綺麗な花が咲くだろうぜ? だからよ、この花に負けねーくらいに綺麗な笑顔でいてくれないか?」
俺みたいな荒んだ花を咲かすんじゃねーぜ、サブナックは呟いた後に病室を後にする。他の能力者達もユイの表情を見て安心したように病室を出たのだった。
END