●リプレイ本文
今回の仕事を請け負う能力者達はマリの様子に多少驚いていた。色々な所で噂されている彼女は『取材の為なら人の迷惑も顧みないじゃじゃ馬』という印象だった。
しかし、目の前にいるマリは騒ぐこともなく、ただ静かに兄を亡き者へと変えたキメラの写真をジッと見続けているだけだった。
「‥‥あのさ、何で危険を冒してまで、うちら‥‥傭兵についてくるの? キメラ討伐の依頼が出た時点で、全部うちらに任せておけばいいじゃない」
伊佐美 希明(
ga0214)がマリに問いかける。
「気持ちは分かるけど、自分の目でキメラ討伐を確かめても気持ちの良いものじゃないよ?」
続けて呟く伊佐美の言葉に「そうだね」とマリは静かに言葉を返す。
「分かってるわ、きっと兄さんを殺したキメラが死んでいくのを見ても心が安らぐことなんてない。けど――‥‥頭では理解してるけど、心は理解してないのよ」
マリが答えた言葉に伊佐美は黙る。彼女は多少冷たい言い方をしてマリを突き放すようにしているが、心の中では他人事と思えない感情を抱いていた。
「‥‥それこそ、ずっと忘れていれば幸せなのに」
伊佐美がポツリと呟いた言葉はマリの耳に入る事はなかった。
「聞いてたのとイメージ違うなあ」
大山田 敬(
ga1759)は少し離れた場所から少し残念そうに呟く。彼は相棒からマリのことを聞いていて、実際その破天荒ぶりを見るのを何処か楽しみにしている部分があった。
しかし、今回は兄の敵討ちという事もあるせいか、マリはいつものテンションを隠していた。
「はてさて、仇を討った後はどうするのなか、あの娘は? このまま記者を続けんのか、それとも燃え尽きるのか――俺様としちゃ記者を続けて欲しいんだがね」
角田 彩弥子(
ga1774)が煙草をくわえながら呟く。彼女はマリが毎回捨て身タックルで書いている気合の入った記事が気に入っているのだと言う。
「そうですね‥‥でも、今後のことは彼女自身が決めるのでしょう‥‥敵討ちは他の仕事でもよく目にしますが、その度に人の不幸を垣間見るようで気が滅入ります」
如月・由梨(
ga1805)が暗く沈んだマリを見ながら悲しそうに呟く。
「そうだな、早く敵だの何だのって言うことのないようにしてやらなきゃな」
如月の言葉に醐醍 与一(
ga2916)が言葉を返した。
「そうね、本来は一般人を戦場に連れて行くのは大反対なんだけど――あのマリさんじゃしょうがないし、状況が状況だからね」
ため息を吐きながら小鳥遊神楽(
ga3319)が呟く。彼女としてはマリを無理矢理本部に居残りさせても、きっと追いかけてくるであろうと考え、それならば此方の目の届く範囲にいてくれた方が守りやすいという事もあり、マリがついてくる事に反対することはなかった。
「確かに一緒にいてくれた方が守りやすいね、ただ‥‥仇を目の前にして感情的にならなければいいんだがな」
花柳 龍太(
ga3540)が呟く。普段の彼女は無茶をするという話は彼も聞いている。仇を目の前にしても今のように大人しくしていてくれれば任務遂行に問題はないのだが‥‥。
「初めに言っておくが、此方の指示には従ってもらう、特に戦闘中の伊佐美の指示にはな」
時任 絃也(
ga0983)がマリの元へと足を運び、少し厳しい口調で話しかける。
「もちろん、いつもの取材ならともかく‥‥今回だけは絶対に邪魔しないわ――その代わり、ちゃんとしとめてね?」
マリの返してきた言葉に時任は「もちろんだ」と答え、能力者達のところへと戻っていった。
●キメラ捜索――三年前の悪夢
大山田と小鳥遊が索敵の一方としてキメラの発見に全力を尽くす。
そして、マリの護衛として伊佐美、如月、花柳、時任の四人がマリの近くに必ず立ち、キメラから彼女を守る役割。
角田、醐醍は索敵班のもう一方として共に行動する。
今回は、大きな班分けはなく8人とマリが一緒になって行動する作戦だ。キメラを発見したら各々が臨機応変に攻撃役に回る――というところだろうか。
もちろん、スナイパーは先に行き、キメラ索敵を行っている。
「あのキメラは――‥‥はっきり言って馬鹿よ。同じような攻撃しか仕掛けてこない」
マリが呟いた言葉に能力者達は『何故知っている?』と言いたげな視線を送った。
「‥‥あのキメラが起こした事件は全て調べたわ――役に立つか分からないけど、まとめてあるから」
そう言ってマリはキメラの写真と殴り書きされた一冊のノートを能力者達に渡した。そのノートの中には兄を亡き者にしたキメラの起こした事件、被害者がどんな傷を負っていたかなどが細かく書かれていた。
「‥‥よく此処まで調べられたな」
時任がノートをぱらぱらと捲りながら感心したように呟く。
しかし――‥‥そこで角田が「いたぞ!」と大きく叫ぶ。彼女が叫びと共に指差した方には獅子を模したようなキメラが此方を見ていた。
その途端にマリの足ががくがくと震える。誰にも言っていない事だが、マリの兄はマリを庇って逃がしたことで死亡しているのだ。
その時の恐怖を思い出したのだろう。
「後ろに下がってて!」
伊佐美がいち早く叫び、キメラに射撃しながら覚醒する。
そして時任は、後から攻撃する能力者、もしくは先に行った伊佐美が攻撃しやすいようにキメラの攻撃を自分に引き付ける。打ち合わせ通りにキメラを囲うような陣形を取り、マリの傍にスナイパー一人、ファイター二人を置く。
万が一、キメラの攻撃がマリに及ぶようなら近くにいる三人が壁になるという重要な、そしてリスクのある役割を受けた。
「キメラにとっては生きているだけ。人の命を奪うことさえも、その範疇。ですが、私達にとってはそれは許容できないこと。キメラを倒すことが『正しい』事になる――それだけです」
如月は呟くと同時に覚醒し、マリの護衛を勤める。
「てめえら、キメラは許せねえんだよ! 人を不幸にする事を当たり前にしやがって!」
角田も叫びながら自分の持ち場に立つ。
その時、キメラがマリへと襲いかかろうと動きを変える。それを見た伊佐美は、マリの前に立ち、鋭角狙撃で攻撃する。
「射法八節 正射必中―――あんたの相手は彼女じゃないでしょ」
「そうだ、お前の相手は俺達だろう?」
低く呟きながら時任がキメラを蹴飛ばし、マリから離す。
そして、その隙を突いた醐醍が近接で覚醒し、鋭角狙撃を使ってキメラの目を狙い撃ちにした。
「素早い奴だろうが、目が見えなきゃ攻撃を避ける事も出来ねえだろ――マリの兄貴の仇、討たせてもらうぜ」
醐醍はキメラに向かい、低い声で呟く。
そのころ、小鳥遊はキメラに自分の位置が気取られないように射撃を繰り返していた。
「‥‥怖いのか? 震えてるけど」
花柳はマリの近くに行き、震えているマリに問いかける。
「‥‥違うのよ、兄さんを殺したキメラが目の前にいるのに、何もできない自分が悔しいの」
マリの言葉に花柳はため息を吐き、震えるマリを落ち着かせるように呟きだした。
「ただ黙って見ていな。俺達がちゃんと兄さんの仇を取ってやるから」
「そうね――私に出来るのは黙って見ている事だけだもの」
マリは唇を噛み締め、キメラが倒されるのをひたすら待つ。
そして、戦闘が30分近くになった時‥‥能力者たちの攻撃でキメラの雄叫びのようなものが耳に響き、キメラはそのまま地面に倒れた。
もちろん能力者達も無傷とはいかなかったが、救急セットで治療できる軽い怪我ばかりだったことが幸いだった。
●彼女の今後
「あなたは仇のキメラが討伐されるのを見て、満たされたの? 幸せなの?」
伊佐美が本部に帰る途中の高速艇の中でマリに問いかける。
「いいえ、満たされないし、幸せになんてなれない」
マリの返した言葉に伊佐美は首を傾げる。
「私が今回の仕事を頼んだのは、私自身が前に進む為よ。これ以上、後ろを向いて生きていきたくないから、だから、この目で確りと見届けたかったの」
マリは伊佐美の目を見据えて、迷いのない瞳で答えた。
「そうですか‥‥ならば、これからは過去に縛られずに前を見て生きていってください。悲しんでいる姿よりも、喜んでいる姿の方が誰だっていいものです‥‥亡くなってしまったご家族にとっても」
如月は少し笑みをたたえながらマリに向けて話した。
「そうだな、これからも仕事頑張れよ!」
醐醍がそう言った時に角田が「記者をこのまま続けるのか?」と問いかけた。
「もちろん! クイーンズは私がいなくちゃ始まらないでしょ! これからも突撃取材はするわよ!」
いつものような口調で、いつものような軽いノリでマリは笑って答えた。
「そう、出来ればこれからは戦場にしゃしゃり出て来ないでくれるとあたしらも助かるんだけど‥‥」
小鳥遊が苦笑しながら呟くと「それは無理!」とマリからの即答だった。
「兄さんの無念を晴らす為にも、これから取材は続けるわ!」
マリが叫んだとき「それは違うんじゃないかな」と伊佐美が呟く。
「私は‥‥兄さんの無念はキメラに殺されたことじゃないと思う。マリ‥‥あなたの幸せを見送れなかったこと‥‥だと思う」
伊佐美の言葉にマリは瞳から涙を流し始める。
「馬鹿兄だったもの、何もかも私を優先させて――だから、あなたの言う通りかもしれないわね」
「お兄さんの最後の写真、まだ掲載してないんだろ? 今回の仇であるキメラと戦った者として――寄稿させてくれ」
マリに向けて寄稿させてくれと頼んだのは大山田だった。彼は相棒と執筆したいと言ってマリに許可を願う。
「‥‥もちろん、いいわ。ただ半端な原稿は認めないからね?」
ぐす、と鼻を啜りながらマリは笑いながら答えた。
そして、一週間後に発売されたクイーンズには今回のキメラの原稿が細かく書いてあった。
原稿の締めとなった文は以下の通りである。
奪われた人々はもう戻ってこない。
だが、遺された人々との間に居座っていた魔物は消え去った。
生き残った者は再び故人の冥福を祈る生活に戻るべきだ――‥‥。
END