●リプレイ本文
―― 凍った心の少女を救う為に ――
「辛ェ現実、だよな‥‥」
煙草を吸いながらヤナギ・エリューナク(
gb5107)がポツリと小さな声で呟く。
「表情を無くした少女‥‥何とか取り戻してやりてェな。両親は還って来なくても、彼女が元気に生きる術くらいは」
「‥‥‥‥ちっ」
西島 百白(
ga2123)は舌打ちしながらキメラに対して激しい怒りを感じていた。9歳と言う幼い少女から両親を奪い、挙句に少女から表情、感情まで奪ったキメラに怒りを感じずには居られなかったのだ。
「‥‥全ての人を救う事が出来ないとは分かっていても‥‥」
リヒト・ロメリア(
gb3852)が呟きながら拳を強く握り締める。彼女や他の能力者達がどんなに任務を遂行しようとも、多くのキメラを退治しても、今こうしている間にキメラの被害に遭っている人がいるのかと思うとリヒトは歯がゆさを感じていた。
「せめて‥‥自分の手の届く範囲の人は絶対に救ってみせる。牙無き人の剣と楯。ボクはその為に‥‥此処にいるから」
リヒトが呟くと「ふぅん」と勅使河原 恭里(
gb4461)が頭を掻きながら呟く。
「‥‥共鳴を感じた訳じゃねぇけどな」
ポツリと勅使河原が呟く。彼女も既に親を亡くしており、様々な理由があって現在は1人なのだとか。
「けど、あんまり私情を挟む訳にもいかねぇ‥‥これは『仕事』だからな」
勅使河原が呟くと「皆さん‥‥燃えて、やる気ありますねぇ‥‥」と神無月 紫翠(
ga0243)が苦笑を交えながら呟く。
「でも‥‥この子、運が良いですね? 両親の仇が見つかり‥‥復讐出来るんですから‥‥」
冷めた表情でポツリと神無月が呟き「ん? どうかした?」と飯塚・聖菜(
gb0289)と言葉を返した。
「‥‥いえ、何でも‥‥ありませんよ?」
神無月は首を振って言葉を返す。
「観客がいないのが残念デスが、仕事はしっかりとやりまショウ」
道化師(
gb4975)が芝居じみた口調で仲間達に話しかける。
「大丈夫ですか?」
夜光 魅鞘(
gb5117)が『蛍火』を持って一点を見ていると、神無月が話しかける。
「あ、大丈夫だ。初めての任務だしな。覚悟は出来ているんだが、これからオレはバグアと戦っていくんだなって実感してさ」
夜光が言葉を返し「装備、ありがとうな」と夜光が礼を言う。
「いいえ、気にしないで下さい」
神無月は柔らかく言葉を返し、能力者達は少女の両親を、感情を奪ったキメラを退治する為に本部から出発したのだった。
―― キメラを退治する為に ――
「広い場所は‥‥」
目的地へ到着すると、西島は地図を広げて戦闘に適した広い場所を探し始める。
「住人は避難していますから‥‥巻き込まれる心配はないですが‥‥被害は、それなりに酷い、ですね」
神無月がマンション群を見ながらため息混じりに呟く。他の能力者達もマンション群を見渡すが、確かに壁が壊されていたり、花壇の花が踏み荒らされていたり、大きな損壊もないが決して許される事ではない。
「‥‥此処が‥‥それなりに広いから‥‥戦いやすいと思うんだが‥‥」
西島が地図の一点を指しながら能力者達に問いかける。彼が見つけた場所、それは新しく家を建てる予定だった場所でキメラが現れた事により工事が中止になっているようだった。
「ふむ、工事とは言ってもマダ手付かずの状態なんデスね、此処だったらマンション群への被害もなさそうデス」
道化師が地図を覗き込みながら呟く。
「そういえば、避難した住人って何処にいるんだろうな。聞きたい事があったんだけどな‥‥」
ヤナギがシンと静まり返るマンション群を見渡しながら呟くと「此処から少し離れた公民館に避難しているみたいですよ」とリヒトが言葉を返す。
「そっか、じゃあキメラ退治した後にでも顔出しに行って見るかな」
ヤナギが呟き「まずはコッチの問題をさっさと片付けようぜ」と勅使河原が大きく伸びをしながら呟く。
「百白は囮なんだよな、気をつけて」
「‥‥あぁ‥‥」
夜光の言葉に西島は軽く手を挙げながら言葉を返し、囮役として動き出し、他の能力者達も包囲班、狙撃班としてそれぞれの役目を果たすべく動き出したのだった。
「‥‥あっちか‥‥」
誘導地点とキメラの位置を確認しながら西島は『ハンドガン』を手に持って移動をする。
恐らくキメラ自身は西島に気づいているのだろう。何故なら西島は自分を見張るような視線を先ほどから感じていたからだ。
「‥‥何処から見てる‥‥?」
西島が呟いた瞬間、背後から虎型キメラが大きな唸り声を上げながら襲い掛かってくる。
「‥‥くっ‥‥」
西島は『ハンドガン』で攻撃を仕掛けながら「‥‥こっちだ‥‥」と牽制を行う。
「‥‥虎型、マタタビが必要か‥‥?」
挑発するように虎型キメラの足や顔を掠める程度の攻撃を行い、虎型キメラから攻撃が来れば防御に徹する――そんなやり方で西島は誘導地点へと少しずつ虎型キメラを誘導していった。
そして少し時間は掛かったが、西島は仲間たちが囲い込みをする為に待機している場所へと到着した。
―― 戦闘開始・奪われた少女の心を取り戻すため ――
西島が虎型キメラを誘導してきた後、囲い込み班は二手に分かれて虎型キメラを逃がさないように挟み撃ちのような陣形を取って戦闘を始める。
囲い込みの位置はA・ヤナギ、勅使河原でB・飯塚、道化師、夜光となっている。
「さてと、今まで好きに暴れて来たんだ。今までに殺された奴の恨み、晴らさせてもらうぞ」
神無月は呟きながら長弓『黒蝶』で「ひゅん」と風を切るように矢を放ちながら攻撃を行って「援護はしてやるが、攻撃力は、アテにするな」と言葉を付け足す。
「感情など‥‥俺には不要だ‥‥邪魔なだけだ‥‥だが、あの少女はそうじゃなかった筈だ‥‥」
西島は『ハンドガン』をその場に投げ捨てて武器を『グラファイトソード』へと持ち替えて、殺意を込めた目で虎型キメラを見据える。
「いくら素早いのが自慢でも‥‥足さえまともに動かなくなければ――意味はありません」
リヒトは『狙撃眼』と『鋭覚狙撃』を使用しながら拳銃『ラグエル』で虎型キメラの足を狙って攻撃する。
その際にリヒトは『隠密潜行』を使用したまま行動を行っているので、虎型キメラに彼女の気配はおろか、位置さえも感じ取る事は出来ないだろう。
リヒトの攻撃によって虎型キメラの足は撃たれ「ぎゃん」と言う苦しげな声が能力者たちの耳に入ってくる。
「にゃ〜ん、猫が一匹かかったにゃ〜」
道化師が猫の動作を真似ながら『ゼロ』を構えて攻撃を仕掛けようとしたのだが、虎型キメラを「ぐぉう」と牙をむいて威嚇をしてくる。
「躾がなっていないデスネ。牙を折って差し上げます!」
道化師が虎型キメラの牙を折るように『ゼロ』を振り上げるが、虎型キメラは前足で道化師に攻撃を仕掛けてくる――が神無月の攻撃がそれを防ぎ、道化師は掠める程度の傷で済んだ。
「お‥‥っと! 危ね‥‥ッ」
背後から攻撃を仕掛けようとしたヤナギは虎型キメラの後ろ足で攻撃をされかけたが、リヒトの攻撃が効いているのか僅かに動きが鈍り、ヤナギに当たる事はなかった。
「隙あり! ってね」
にっ、と不敵な笑みを浮かべながらヤナギは『イアリス』を振り上げて『円閃』で虎型キメラに攻撃を仕掛けた。
「お前のせいで、苦しんでる奴がいるんだ――だから、オレはお前を倒す」
夜光は『蛍火』を構えて虎型キメラに確実にダメージを与える為に前へと出て攻撃を仕掛ける。
「ぐ‥‥」
腕を爪で切られ、痛みに夜光が表情を歪めるが『円閃』を使用して虎型キメラに攻撃を仕掛けた。
「こんな傷如きでオレは止められない」
夜光は強気に出て、虎型キメラを警戒させるような態度を取る。
「この仮面のような表情をアナタがした事デ奪われた少女がいるのデス、その罪は――償っていただきますカラ」
道化師は『ゼロ』を振り上げ『喜』の仮面で表情を隠したまま攻撃を仕掛ける。その時に神無月が『鋭覚狙撃』と『影撃ち』を使用して、虎型キメラの動きを一時止め、道化師は全く防御していない虎型キメラに直撃させた。
「貴様には分からぬだろ‥‥大切な家族の温もりを‥‥思い出を‥‥奪われた者の気持ちがな!」
西島は大きく叫んだ後に『紅蓮衝撃』と『ソニックブーム』を使用しながら攻撃を行って虎型キメラの目を潰す。
「楽には‥‥殺さない‥‥苦しませて‥‥殺したんだろ? ‥‥お前は?」
「危ないっ!」
飯塚が叫び、夜光を庇って虎型キメラから攻撃を受ける。
「だ、大丈夫か!」
夜光が慌てて駆け寄るが、飯塚は「大丈夫だよ」と言って『活性化』を使用しながら傷の回復を行う。
そして飯塚は『流し斬り』を使用しながら『フランベルジュ』で攻撃を仕掛ける。まるで先ほどのお返しと言わんばかりに。
「おら、鉄のサンドイッチだ‥‥旨そうだろ」
勅使河原が呟きながら『円閃』を使用して攻撃を行い『二連撃』で致命傷を与える。
「悪いな‥‥覚えたばっかで手加減できねぇんだ‥‥」
勅使河原は呟きながら既に死に掛ている虎型キメラへと視線を落とす。
「永遠の苦しみと共に‥‥地獄へ落ちろ!」
西島が『急所突き』を使用しながら攻撃を行い、能力者達は虎型キメラを無事に退治する事に成功したのだった。
―― 少女の笑顔を取り戻す為に、それぞれがする事は ――
虎型キメラを退治した後、能力者達は住人達が避難している公民館へと移動してキメラを退治した事を伝えた。
だが、住人のほとんどが少女――美奈の事を心配して能力者達に聞いてくる。
「そういえば、よく家族が聴いてた音楽とか教えて貰いてェんだけど‥‥」
ヤナギが住人の1人に問いかけると「音楽の教科書に載っているような曲が好きだったみたいよ」と言葉を返してきた。
「そっか‥‥ありがと」
ヤナギは何かを思いついたように言葉を返し、能力者達は美奈に会う為に本部へと帰還しようと踵を返した――ところで1人の住人に呼び止められた。
「あの子を助けてやっておくれね‥‥」
中年女性の言葉に能力者達は首を縦に振って、本部へと帰還して美奈が入院している病院へと足を運んだのだった。
「こんにちは、美奈さん」
神無月が『猫のぬいぐるみ』を美奈に渡しながら彼女に話しかける。
「これ、どうぞ。元気出してくださいね」
神無月が差し出すが、美奈はピクリとも表情を変える事はなかった。見かねた看護師が「良かったわね、美奈ちゃん」とぬいぐるみを美奈の手に確りと持たせた。
「初めまして、だな‥‥」
美奈と視線を合わせるように西島が屈み自分の事をポツリと呟いていく。
「俺も‥‥目の前で家族を殺された‥‥それ以外覚えていない‥‥」
西島の言葉に美奈の手がピクリと動き、カタカタと小刻みに震えだす。恐らく両親を失った時の事を思い出しているのだろう。
「他の任務でも言ったが‥‥言わせてくれ‥‥自分を偽るのは止めろ」
泣きたい時に泣き、怒りたい時に怒り、笑いたい時に笑え――西島が言葉を付け足しながら美奈に話しかけると「そうだよ」と飯塚も美奈に言葉をかける。
「困っている事があったら、人を頼るんだよ。1人じゃ解決出来ない事も、皆の力で解決する。そして困難を乗り越えて強くなっていくんだよ」
最初より表情を崩しかけている部分はあるが、やはり凍りついた心を溶かすには一筋縄ではいかないようだ。
「初めマシテお嬢さん」
道化師が美奈に近寄り、挨拶をしながら手品で黄色い花を出してみせる。何もない所から取り出されたその花は美奈の髪に飾られる。
「私はピエロデス、今日のご機嫌いかがデショウか?」
そう言って再び道化師は先ほどと同じ花を出して「この花をご存知デスか? フクジュソウと言いマス」と美奈の手に福寿草を持たせる。
「このような花には貴女のような可愛いヒトがお似合いデス」
そして病院のキッチンを借りて勅使河原が『牛乳』を温めてコップに入れて美奈に「‥‥飲むか?」と差し出す。
湯気を出す牛乳を見た途端、美奈の瞳からぼろぼろと涙があふれ出て勅使河原は驚きで目を丸く見開く。
「美奈ちゃん、暖めた牛乳が大好きなんです。お母さんがいつも作ってくれていたみたいで‥‥」
看護師が涙を流す美奈を見ながら小さな声で呟く。
「そうだ、嬢ちゃん‥‥好きな曲とか、あるか?」
ヤナギが問いかけると「‥‥‥‥きらきらぼし」とポツリと呟き『【OR】ブルースハープ』で美奈のリクエスト通りの曲を奏でる。心の奥底に響くように。
だけど依然として美奈の表情は変化を見られない。
「‥‥これからオレは厳しい事を言うかもしれない」
それがキツイなら耳を塞いでくれ、夜光は言葉を付け足しながら自分が思っている事、美奈の母が願ったであろう事を口にしていく。
「お母さんはキミに生きて欲しかった。例えキミが独りぼっちになって寂しい思いをするとしても、それでも生きて欲しかったんだ――そして出来れば幸せになってほしかった」
夜光の言葉に「‥‥しあわせ?」と美奈が言葉を返してくる。
「お父さんもお母さんもいないのに、私だけが幸せなんてなれない。私はお父さんとお母さんがいなくちゃ‥‥幸せじゃない」
「うん‥‥それでも、生きて欲しかったんだ。お母さんがいなくなって、それでも笑えと言うのは難しい事だろう、出来なくて仕方ない、むしろ当たり前だ」
だけど、それがお母さんの願いなんだよ――夜光の言葉に「そうだ‥‥それがキミの両親の‥‥願いなのでは‥‥?」と西島も話す。
「‥‥私は、お母さんやお父さんの為に何が出来るの?」
美奈が呟くと「天国の二人に1人でも頑張るよ、って言ってあげられないかな?」と夜光は美奈の頭を撫でながら呟く。
「それに‥‥貴方の両親は責務に従って命を懸けた訳じゃない‥‥それはきっと、幸せな人生を貴方に歩んで欲しかったから‥‥精一杯生きて欲しかったから」
リヒトもどこか苦しそうな表情で呟き「無理に笑わなくてもいいんだ」と言葉を付け足す。
「いつかは自分を許してあげて欲しい‥‥誰も悪くなんてないんだから」
リヒトの言葉に「うっうっ」と美奈が顔をくしゃくしゃにしながら泣き始める。
「だけど、両親の事を思うなら‥‥出来るだけ笑ってろ‥‥それがきみが両親に出来る事だから‥‥」
その後、美奈の病室には美奈の泣き声とヤナギが奏でる『ブルースハープ』の音色が響いていた。
その時、神無月は一足先に外へと出ていて空を見上げていた。
「ふぅ、嫌な事思い出しました、傷が‥‥疼きます」
痛まない筈の傷を押さえながら神無月は大きく息を吸う。
「駄目ですね、どうも精神不安定になりそうで、未熟です」
はぁ、とため息を吐き、神無月は他の能力者達が出てくるのを待っていたのだった。
END