●リプレイ本文
―― 世界的フルート奏者・ハリーとのLH観光 ――
「観光の役を引き受けて下さってありがとうございます」
ハリー・ジョルジオ(gz0170)は案内をしてくれる能力者達に丁寧に頭を下げて礼を言った。彼の服装はポスターにあるような真っ白いスーツではなく、普通の男性が好む落ち着いた色で纏められた服装だった。
「ねぇ‥‥ハリーさん」
智久 百合歌(
ga4980)が先ほどハリーが言っていた言葉を頭に思い浮かべながらポツリと呟く。
「‥‥? 何でしょう?」
「音楽は好きかしら?」
智久は微笑みながらも真剣な表情でハリーに問いかける。
「‥‥もしかして先ほど私が言った言葉を気にしてらっしゃいます?」
ハリーは苦笑しながら言葉を返す。先ほどの言葉――それは『音楽以外に道を選べなかった』と言う言葉の事なのだろう。
ハリーの問いに智久は言葉を返す事は無かったけれど、それが肯定の意味を示している事にハリーは気がついていた。
「親の所為で音楽の道にしか進めなかったとしても、嫌々ながらで続けられる程、生易しい世界でもないと思うのよ――音楽の世界は」
智久は俯きながら呟き、そして顔を上げながら言葉を続ける。
「私も傭兵になる前は、プロの楽師だったから分かるの‥‥きっと、ハリーさんは音楽が好きなんだと思うわ」
智久の穏やかな笑みと共に語られる言葉に、ハリーは少し照れたような表情を見せて「好きですよ」と短く言葉を返した。
「この道以外に選べなかった――確かにそれはありますけど、今の自分が嫌いじゃないですから――だから私は音楽が好きなんだと思います」
ハリーは呟きながら、抜け出してきたと言っていたにも関わらず肌身離さず持ち歩いているフルートで軽く演奏――という大げさなものでも無いけれど、今の気持ちを語るように音色を奏でた。
「この音‥‥‥‥‥‥フルート」
偶然歩いていたアンジェリナ(
ga6940)は風に乗って流れてきたフルートの音色に足を止める。
「‥‥母さん――いや、この音色は‥‥でも‥‥」
アンジェリナは『【OR】銀翼のフルート』と『【OR】Rita’s Cross』を見つめながら、亡き母親を想う。
彼女は7歳の頃に流行病で母親を亡くしていた。その母親はプロでこそ無かったけれどフルートの演奏が得意で、アンジェリナも母親の奏でるフルートが大好きだった。
そしてアンジェリナも母親の影響か、一曲だけ吹く事が出来るらしい。しかもその曲はアンジェリナの母親が作曲したもので、彼女にとってはかけがえの無い思い出の一つだった。
「貴女もフルートを?」
突然、話しかけられてアンジェリナはハッと我に返る。フルートの音色に聞き入っている間に、演奏していた本人が目の前まで来ていたのだ。
「手入れが行き届いたフルートですね、さぞかし良い音を奏でる事でしょう」
「‥‥さっきの演奏は貴方か?」
アンジェリナの問いに「え? あぁ、そうですね――もしかして煩かったですか?」とハリーは苦笑しながら答えると、アンジェリナは言葉を返す代わりに首を横に振って答えた。
「今日はリサイタルをさせてもらうんですけど、まだ時間があるので皆さんにLHを案内してもらおうと思いまして。宜しければご一緒しませんか?」
ハリーの問いかけに「あまり案内は出来ないが、ご一緒させてもらおう」とアンジェリナは言葉を返して、ハリーのLH観光に同行する事になったのだった。
「もしかして――ハリー・ジョルジオさんですか?」
話しかけられ、ハリーと智久、そしてアンジェリナが視線を移すと双子のようにそっくりな二人が立っていた。
「え? あぁ、そうですけど――」
「世界的に有名な音楽家のハリーさんに会えるとは嬉しいですね」
美環 響(
gb2863)が少し感動したかのように微笑を讃えながら話しかけると「ありがとうございます」とハリーも丁寧に頭を下げて礼を言った。
「確か今日はリサイタルの日ですわよね? まだ時間は早いと思いますけれど、どちらへ?」
響の隣で足首まで長い黒髪が特徴の美環 玲(
gb5471)が柔らかく微笑みながら問いかけた。
「えぇ、まだ時間に余裕もありますしLHの観光をお願いしているんです」
「まぁ、それは素晴らしいですわね。ぜひ私達もご一緒させて下さらないかしら?」
玲が両手を合わせながら呟き「各地で演奏された時の話などぜひお聞きしたいですね」と響も賛同するようにハリーに問いかける。
「私としては人数が多いほうが楽しいと思いますから、ご一緒しましょう」
ハリーもにっこりと穏やかな笑みを浮かべて言葉を返すと「少し準備をしてきますので、先に向かっていて下さい。この周辺ならば探せますから」と響が答えて、そのまま何処かへと行ってしまう。
「あらあら、どうしたのかしら‥‥と、私もご一緒させて頂きますね。まだ此方に来て日が浅いものですから、分からない事ばかりなんですの」
玲は智久とアンジェリナに頭を下げながら同行する事を告げた所で、ハリーの時計がちょうどお昼を知らせてきた。
「‥‥少しお腹が空いてきましたね‥‥観光の前にまずはお昼なんていかがでしょう?」
ハリーが「ぐぅ」となるお腹を押さえながら呟くと「‥‥ん。お腹すいた?」と最上 憐(
gb0002)がハリーの服の裾を掴みながら問いかけてくる。
どうやら『お腹が空いた』と言う言葉が聞こえていたらしく「‥‥ん。カレーを。紹介。する」とハリーを見上げるように話しかけてきて「カレーですか♪」と彼自身もまんざらではない様子だった。
「あの‥‥すみませんがお昼はカレーで宜しいでしょうか?」
ハリーが智久、アンジェリナ、玲に問いかけると「私は構わないわよ」と智久が言葉を返す。
「私も‥‥異論は無い。貴方が行きたい所に行けばいい」
アンジェリナも言葉を返し「‥‥ん。じゃあ、カレー。決定」と言って、最上がオススメと言う店へと歩き出したのだった。
「‥‥ん。ここの。カレーは。肉が。凄く多め」
何件かカレー専門店が連なっており、最上は店を指差しながらその店のオススメをハリーに教えていく。
「‥‥ん。ここの。超・地獄カレーは。意外と辛いから。オススメ」
そして最上は一つの店の前で立ち止まると「‥‥ん。今日も休み」とシャッターの閉められた店の前で小さなため息を吐いたのだった。
「あら、このお店はお休みなんですの? 今日はそれなりに人で賑わっているというのに‥‥珍しいですわね」
玲が口元に手を当てながら呟くと「‥‥ん。いつもの事」と最上はがっくりとしながらため息混じりに言葉を返してきたのだった。
「いつもの事?」
アンジェリナが聞き返すように問いかけると「‥‥ん。ここは。食べ放題だけど。私が。行くと。何故か。いつも休み。残念」と言葉を返してきた。
ちなみに最上はかなりの大食漢らしく『食べ放題』の看板を下げている店からは避けられてしまうのだろう。
ちなみに『休みの店』も慌てて休みにしたような感じが見受けられた。
「とりあえず、何処かのお店に入らないと人でいっぱいになっちゃうわ。何処にするか決めた?」
智久がハリーに問いかけると「じゃあ、このお店で‥‥」と最上が最初に言っていた『肉が凄く多め』の店へと入っていった。
そこで全員カレーを注文して、料理が運ばれてくるのを待っているとハリーの携帯電話が着信を知らせてきた。
「ちょっと失礼――もしもし? ハリーですけど」
席を立ちながらハリーが電話に出ると「ハリー、久しぶりだね」と電話の向こうから聞き覚えのある声が流れてくる。
「話には聞いていたが、此方に来るのだって――ともう来ているのかな?」
電話の相手はUNKNOWN(
ga4276)で、今はLHから離れているけれど、ハリーがLHにやってくるという話を聞いて電話をしたのだと彼は言葉を付け足した。
「今はカレー屋で昼食中なんだ」
「ダンスパーティーも兼ねてリサイタルをするんだろう? また久々に演奏するか」
「そうだね、むしろ音楽でも生活できそうな程の腕前なのに勿体無いよ」
ハリーの言葉に「ん?」とUNKNOWNは聞き返すように呟き「あぁ」と思い出したように言葉を付け足す。
「私はやはり研究者だから、な。趣味程度だよ。相変わらず、ね」
UNKNOWNは苦笑を交えた言葉を返し「リサイタルの時間には間に合うようにいけるだろうから、演奏できるのを楽しみに待っているよ」と言ってUNKNOWNは電話を切ったのだった。
携帯電話を切ったハリーが席に戻ると、既にカレーが運ばれており「早く食べないと冷めてしまいますわよ」と玲が苦笑気味に話しかけてきた。
「すみません、それではいただき――‥‥」
ます、と続くはずの言葉が途切れ、同席していた能力者達が何事かと振り向いたら‥‥そこにはハリーそっくりの少年が立っていたのだ。顔を隠すように目深に被られた帽子を悪戯っぽくあげて、そこから現われた顔は――先ほど別れた響だった。
「ふふ、驚かせてしまいましたか? 冗談が通じる方だと思ったので、ついこのような事をしてしまいましたよ」
そう言って響は空いている席に座り、自分もカレーを頼んで食べ始めるのだった。
―― 観光・展望台 ――
昼食を食べ終わった後、智久の案内でハリーと能力者達は展望台へと来ていた。
「此処なら、LHを一望出来ると思うの」
少し風が強く吹いており、智久は髪を押さえながらハリーに言葉を投げかける。
「高層ビルの街並みや、少し外れれば人工的ではあるかもしれないけど、山や川、丘などの自然もあるわ」
智久の説明を聞く中で、ハリーは「本当に良い眺めですね、気持ちいい」と風を感じながらLHを見下ろすように景色を楽しんでいた。
「教会やお寺もあるんですね、しかも結構近い位置に‥‥」
「多種多様な国から人が集まっているから、宗教施設もごちゃ混ぜなんでしょうね。結構見ていれば面白いわね」
智久がクスと笑みながら呟くと「それだけ――此処は希望なんでしょうね、名前の通り――最後の希望な場所」とハリーが何処か遠くを見るように呟き、望遠鏡を見つけて「ちょっと見てきます」とまるで子供のように笑って望遠鏡の所まで行く。
「忙しい人ねぇ‥‥って覗きは駄目よ、覗きはっ!」
ハリーが望遠鏡を向けた先に居住区がある事を知って、智久は慌てて止めに入ったのだった。
―― 観光・公園&甘味処 ――
「次は僕がよく行く公園などをご案内しますね」
響が髪をかきあげながらにっこりと穏やかな笑みを浮かべて、公園までの道のりを歩いていく。
「公園によく行くんですか?」
ハリーが問いかけると「時々ですけど奇術を披露しているんですよ、公園と近い場所には眺めの良い丘もありますよ」と響は言葉を返してきた。
「響さんの奇術は凄いんですのよ、ハリーさんも見せて頂いたら宜しいのに」
玲がハリーの隣に立ちながら話しかけてくる。
「へぇ、そんなに凄いんならぜひとも見せていただきたいですね」
ハリーが呟くと「それじゃあリサイタルの時にでもお見せしましょうか? ハリーさんが良ければ、ですけど」と響が苦笑しながら言葉を返す。
「もちろん良いですよ、私も奇術には興味があるので見せていただきたいですし」
ハリーが言葉を返すと「それじゃ、頑張らせていただきますね」と響はにっこりと応えてきた。
「‥‥ん。人が。いっぱい」
話しながら歩いているうちに目的の公園へと到着したらしく、親子で遊ぶ姿や、子供同士で遊ぶ姿などが公園の至る場所で見受けられた。
「こんなのどかな姿を見ていたら、戦争中だなんて思えないわね」
アンジェリナが母親と戯れる少女を見ながら少しだけ目を細める。
「そういえばお二人は双子なんですか? そっくり――ですよね?」
ハリーが響と玲に向けて話しかけるが、「内緒です」と響には笑顔でうまくかわされてしまう。
玲も流し目をしながら思わせぶりな英語のフレーズを口にするだけで、あくまでも二人は実際の所を話そうとはしなかった。
「そういえば、響さん。オススメの甘味処があるって言ってなかったかしら?」
玲が響に話しかけると「あ、そうでした。美味しい甘味処があるんですよ」と響が思い出したように呟き、「甘味処? 興味あるわ♪」と智久も少しはしゃぐように話に入ってくる。
「えぇ、此処からそう遠くない場所ですので行きましょうか」
響の案内で『甘味処』へと行く、到着した場所はそんなに大きな店ではなく、小さな店だった。
「店自体は小さいんですけど、味は保証しますよ」
響が店の中に入るように促し、ハリーと能力者達は店の中に入ってそれぞれが食べたい甘味を注文したのだった。
「そういえばハリーさんは色々な場所で演奏されてきたんですよね? 何かお話してくださいませんか?」
響がハリーに問いかけると「私も聞きたいですわ」と玲も笑顔で話しかけてくる。
「昔は私、そんなに音楽が好きじゃなかったんですけど――だいぶ昔に被災地にリサイタルに行った時に、数名の子供達が凄く楽しそうに聞いてくれたんですよ。それから私はちゃんと『誰かを幸せに出来る演奏』をしようと決めたんです――ってちょっと暗い話になっちゃいましたね、すみません」
ハリーが苦笑すると「いいえ、ハリーさんの音色は素晴らしいですわ。色々な感情が揺らぎとして伝わってきますもの。そういう理由があったからなんですね」と玲が少し感動したように言葉を返してきた。
その後、少ししんみりとした空気になったけれど運ばれてきた甘味を食べると、ちょうどハリーのリハーサルの時間となり、能力者達は彼を送っていき、リサイタルの時間を待つことにしたのだった。
「リサイタル、とても楽しみにしています」
ハリーと別れる前に智久が話しかけると「ご満足して頂けるようにがんばります」と穏やかな笑みを浮かべて、会場へと入っていったのだった。
―― リサイタル開始・時知らぬ奏で音 ――
リサイタルが始まると、続々と人が入場していき、その最前列にLHを案内してくれた能力者達の席が取ってあった。
「ふふっ、最前列で見れるなんて幸せですわね」
ハリーの演奏を聴きながら玲が響に話しかけると「そうだね」と彼も短く言葉を返した。この後にはダンスパーティーなどが控えている為に、ハリーの演奏自体は30分程で終了したのだが、その間に奏でられたものはどれも素晴らしいものばかりだった。
涙を誘う切ない曲、思わず笑いが出そうになる程な明るい曲、様々な曲をハリーは演奏して、ダンスパーティー&立食パーティーが開始されたのだった。
「‥‥ん。まだ。演奏するんでしょ? カレーで。栄養つけて。演奏頑張って」
最上が持ってきたカレーをハリーに渡しながら話しかけると「ありがとう」と苦笑しながらハリーはカレーを受け取った――のだが、肝心のライスが無い。
「‥‥ん。カレーは。飲み物。飲料」
「ええっ!? の、飲み物!?」
「‥‥ん。大丈夫。練習すれば。誰でも。カレーを。飲めるようになる」
(「‥‥練習しなくちゃ飲めないんだ」)
ハリーは心の中で呟き、苦笑するが最上があまりにも真剣に話しているので「違うんじゃない?」とツッコミを入れる事が出来なかったのだとか‥‥。
「あ、智久さん」
そこでワインと共に用意された料理を食べている智久を見つけて「一緒に演奏しませんか?」とハリーが誘いをかけた。
「ふふ、良い演奏が出来るように頑張りましょう」
智久は『【OR】ヴァイオリン Janus』を持って、ハリーと一緒にステージへと立つ。それと同時に沸き起こる拍手に二人は軽く頭を下げて演奏を始めたのだった。
最初はスローテンポな曲から始まった二人の演奏だったけれど、進んでいくにつれてテンポの速い曲に変えていき、演奏によってダンスフロアの人間達の踊りも変わっていった。
そして智久との演奏が終わる頃にUNKNOWNが会場へとやってきた。
「ハリー、すっかり立派になった、な」
UNKNOWNはハリーとハグをしながら挨拶を行い、そして肩を叩きピアノの方へと向かう。歩くたびに彼が首からさげているシルクのロングマフラーがゆらゆらと揺れ、それがどこか心地よかった。
そんな時にぽつんと立っている玲の姿を見つけて「演奏が終わったら一曲踊っていただけませんか?」とダンスの誘いを行った。
「もちろん、楽しみに待っていますわ」
玲は柔らかく微笑むと「演奏頑張ってくださいね」と言葉を返して、ステージに向かうハリーを見送ったのだった。
ハリーとUNKNOWNの演奏が始まると、ハリーのフルートを引き立てるように、だけど何処か存在を主張するように演奏をするUNKNOWN、絶妙のハーモニーを奏でてダンスフロアの人間達の動きが止まるほどだった。
楽しいひと時になるようにと二人が考えながら演奏を行い、終わると同時に拍手が起きたのだった。
そして奏者が居なくなったステージでは響の奇術が惜しみなく披露される事となった。ダンスに疲れた人間達はまるで魔法のような奇術に「わぁ」と感嘆のため息を漏らすほどだった。
「‥‥ん。ハリーの。フルートは。何か。美味しそうな。響きがする」
ステージから降りた時、料理が山盛りに積まれた皿を持ちながら最上が話しかけてきた。美味しそう、この言葉は彼女なりに最高の褒め言葉なのだと解釈したハリーは「ありがとう」と言葉を返したのだった。
「‥‥ん。それじゃ。ご飯の。続きする。みんな。小食だね。遠慮なく。私が。頂く」
最上は呟くと、ぺろりと皿いっぱいの料理を平らげて次の料理を口に運び始めた。
「それでは、お手をどうぞ? お姫様?」
ハリーは玲に向けて手を差し出し、まるで童話の中のお姫様のように玲を扱い、ダンスフロアまで歩いていく。
そんな姿をステージの上から見ていた響は玲に悪い虫がつかないように、奇術を行いながらひっそりと監視をしていた。勿論恋人――というわけではなく兄的立場から来る過保護――という事なのだけれど。
「さすがお上手ですね」
踊りながら玲がハリーに話しかけると「貴女もお上手ですよ」と言葉を返す。一曲終わる間、二人は踊り続け、響はずっと監視をしていた。
その後、再びハリーがステージへと上がり、ダンスパーティーも終盤になってきた事から静かな曲を演奏し始める。響はハリーと交代でステージから降り、自分もダンスを踊る為に女性に声をかけた。
「僕と踊っていただけませんか?」
中性的な顔立ちの響を見て、女性は少し顔を赤く染めると「喜んで」と手を差し出し、二人でダンスを始め、踊り終わると奇術で薔薇の花を出して、笑顔と共に差し出した。
「ふふ、最後は私と踊ってくれる?」
玲が響に話しかけると「もちろん」と二人はダンスを始める。響にとって玲は妹のような存在であるように、玲にとっても響は恋人じゃないけど大事な存在には変わりは無い。
そして全ての曲を演奏し終えたハリーがステージから降りてくると「お疲れ様」と智久が話しかける。
「貴女の演奏も素晴らしかった。傭兵をされているとの事ですが、音楽家としてはもう活動されないのですか? 貴女の腕はそこらの奏者より素晴らしかったのに‥‥」
ハリーの言葉に智久は少し俯きながら「私は音楽が大好き‥‥愛してる」とポツリと呟き始める。
「だから中途半端は出来なくて、傭兵になった時点でプロの舞台からは降りたわ。それでも音楽は止められない」
智久は苦笑しながら「きっと貴方も仲間よ」と言葉を付け足したのだった。
「そう、ですね‥‥きっと私も音楽を捨てる事は出来ないでしょう。どんな状況になっても、どんな姿になっても、私は音楽から離れられない」
そして、とハリーがアンジェリナの方を向きながら「一曲、お願いできませんか?」とハリーが問いかけると、彼女は首を横に振るだけだった。
「‥‥もし、本当に吹きたくないならいいのですが――少しでも、いいよ、という気持ちがあればお願いしたいです。私は貴女の演奏が聴いてみたいから」
ハリーの少し強めな言葉に、アンジェリナはステージには上がらないという条件つきでフルートを吹き始める。
彼女の持つフルートとクロスは母親の形見であり、その気持ちが強く出ている所為なのか綺麗な曲調にも関わらず、音色はどこか憂いを秘めていた。
だけど、その少ししんみりとした音色はパーティーの終わりを告げるには十分すぎるものだった。
「‥‥ん。無くなった。おかわり欲しい。大盛りで」
皆がアンジェリナのフルートに聞き入っている間に最上は会場に並べられた料理全てを平らげており、しかもまだ足りないといっているらしい。
―― 宴の終わり、泡沫の夢 ――
その後、パーティーは無事に終わり、響と玲、そしてハリーは写真を撮る事になって三人はカメラの前でポーズを取っていた。
「ふふ、ありがとうございます。これからも貴方の活躍を楽しみにしていますわ」
玲は不意打ちでハリーの頬にキスをすると、響が少し険しい表情でハリーを見ていた。
「それじゃ、私は一足先に帰るよ」
UNKNOWNは軽く手を挙げて、能力者達やハリーに別れを告げて車に乗って帰っていく――が何故かいきなりバックしてきてハリーを轢こうとした。
もちろんわざとなのか、そうでないのかは分からないけれど。
「危ない!」
車がハリーと接触する前に、ハリー専属のSPが彼をかばい、代わりに轢かれる事になった。バックと言う事もあり、大した傷はなかったのだけれど「――くっ、バグアめ」とUNKNOWNは「違うだろ」とツッコミたくなる呟きを残してどこかへと去っていったのだった。
これは現実にはあり得ない話。
エイプリルフールが見せた泡沫の夢――‥‥。
END