●リプレイ本文
―― 息子の身を案じる母親 ――
「少し手が震えます‥‥正直‥‥怖いです‥‥」
冨美(
gb5428)が震える手を抑えるように強く拳を握り締めながら呟く。今回が初任務の彼女は任務に対して多少なりとも恐怖感が強くなってしまうのだろう。
同じく藤河・小春(
gb4801)も初任務となるのだが『アキラを無事に助け出さなくては』と言う強い思いが負の感情を上回っているのだろう。
「あの‥‥息子を、宜しくお願いします」
能力者達が捜索に向かう青年・アキラの母親がげっそりとやつれた表情で丁寧に頭を下げてくる。
「傭兵は受けた依頼は必ず遂行します‥‥ただ――」
フィアナ・アナスタシア(
ga0047)が呟き『間に合うかどうか‥‥賭けるしかないですね』と言う言葉を口から出す事が出来なかった。息子の帰りを待つ母親に掛けられる言葉ではないと思ったからだ。
「‥‥最悪の事態は、想定しておりますので‥‥」
母親はフィアナの言葉が分かったのか俯きながら震える声で呟く。想定している、とは言っても息子の無事を願っているのだろう、母親は今にも泣きそうな表情だった。
「アキラさんは必ず連れて帰りますわ‥‥必ず‥‥」
ミルファリア・クラウソナス(
gb4229)が呟くと母親は何度も頭を下げながら「お願いします」と繰り返し言葉を呟く。
だが、ミルファリアは口にこそ出さないがアキラが死亡している可能性が高いと考えていた。
「‥‥貴方も少し休んだ方が良いですよ、そのままでは貴方が倒れてしまいます」
不知火 チコ(
gb4476)が母親を気遣うように話しかけると「‥‥私の事はいいんです、息子が帰ってきてくれれば‥‥」と母親は言葉を返してきた。
(「な〜んかイライラするなぁ‥‥この人にイラつくワケじゃないんだけど‥‥むしろ親族の思いとかどうでもいいし」)
風花 澪(
gb1573)がため息混じりに心の中で呟く。
「そろそろ出発だよね、無事に救助出来るように最善を尽くそう」
神咲 刹那(
gb5472)が呟くと「急ごう‥‥焦りは禁物だが、な」とシルヴァ・E・ルイス(
gb4503)が言葉を返し、能力者達は何度も頭を下げる母親を背中に本部を後にしたのだった。
―― 絶望の山へ ――
今回の能力者達はアキラを捜索、キメラの捜索を迅速に行う為に班を二つに分けて行動する事に決めていた。
1班・フィアナ、風花、ミルファリア、藤河の四人。
2班・不知火、冨美、神咲、シルヴァの四人。
「将来有望な息子さんとの事でしたが‥‥なぜこんな所に足を運んだのでしょう‥‥ともかく、仇討ちにならない事を祈ります」
フィアナが呟き、藤河が少し大きなため息を吐く。
「‥‥どうか、したのか?」
シルヴァが問いかけると「アキラさんのお母さんに携帯のメールを教えて貰って、何度か送っているんですが‥‥」と携帯電話を見せながら呟く。アキラが諦めないように『絶望しないで』『諦めないで』とメールを送り続けていたのだが‥‥彼からの返信は一通もない。
「‥‥返事が無いのも気になります‥‥急ぎましょう」
冨美が呟き、能力者達はそれぞれの班で行動を開始したのだった。
※1班※
「ヤバい‥‥すっごいイライラする‥‥依頼やんなきゃいけないのに‥‥」
風花は他の能力者にも聞こえない小さな声でため息混じりに呟き、本部に申請して借りてきた地図を見ながら迷わないようにアキラ、そしてキメラ捜索を行う。
「生きていて欲しいです‥‥絶望はして欲しくない‥‥」
藤河は震えるように呟きながらアキラへのメールを続ける。能力者達は出発前にアキラから届いたメールを見せてもらい、その内容に絶句していた。
(「後悔の中だけで死んでしまうのは、悲しく、哀しいじゃないですか‥‥お願いです、返事を‥‥」)
藤河のそんな姿を見てミルファリアは少し悲しそうな表情をして彼女を見つめていた。
「意外と開けた場所があるんですね‥‥この辺なんか戦うには適しているかもしれません」
一番前で歩いているフィアナが少し開けた場所を見つけ、そこを指差す。確かに能力者が全員集まって戦うには適している場所だ。
(「‥‥このイライラはキメラで発散させて貰おうかな、発散出来るほどの強さだったらいいんだけど。弱かったら逆にストレス溜まりそう」)
はぁ、と風花は大きなため息を吐きながら足を進めていく。
「あら‥‥?」
その時、ミルファリアが何かに気づいたように立ち止まり、他の能力者達も「何か見つけた?」と彼女が足を止めた場所を覗き込む。
「‥‥足跡? それにしては大きさが‥‥」
泥濘のような場所に残されていたのは獣の足跡、そこまでは普通だったのだが足跡の大きさが普通の獣以上なのだ。
「でも、足跡はあるけどキメラはいないねー。この辺にはいないのかな?」
風花は『方位磁石』で先ほど見つけた開けた場所の確認などを行いながら呟く。確かに彼女の言う通り、周りにキメラがいる気配は全く感じられず、1班は見つけた広い場所とキメラの足跡の事を2班に伝え、引き続き捜索を続けるのだった。
※2班※
「獣道にしては、折れてる枝の高さが高すぎる‥‥最低でも、普通の獣ではない痕跡だね」
神咲が木の枝に手を伸ばしながら呟く。
(「メールの内容から‥‥最悪の事態は覚悟していますが‥‥出来れば生きていて欲しいです」)
不知火は心の中で呟きながら、不気味な程に静かな山の中を歩いていく。
「この辺に‥‥足跡が‥‥」
シルヴァが人の靴跡と乾ききった血痕を見つけ、他の能力者達もそれを覗き込む。血の乾き具合からしてここ二日以内のものなのだろう。
「‥‥足跡が乱れてるね。ここで何かに襲われたのかな?」
神咲が引きずるような足跡を見つけ、周辺を調べると大きな獣の足跡を発見する。それと同時に1班から連絡が入って、大きな獣の足跡と戦いやすい場所を見つけたと連絡が入る。
「キメラが大きな獣という事ははっきりしましたね‥‥それに、この出血量‥‥すぐ死に至る事は無くても‥‥危険な事には変わりません、急ぎましょう」
不知火が呟き、地面に手をつけて血が付着した石に触れる。
「アキラさんのお母さんの為にも‥‥身内がこの世からいなくなってしまうのは心の何処かが軋んでくるような気がしてならないんですよ‥‥」
不知火は胸の辺りに手を置きながらポツリと呟く。彼女自身が身内を失っていると言う事もあり、余計にアキラと母親の気持ちが分かってしまうのだろう。
「キメラ‥‥バグアに作られた‥‥ボク達の敵‥‥」
冨美が呟いた時、ガサリ――と何か音がして能力者達が其方に視線を移すと‥‥普通の犬の三倍ほど大きな犬キメラが姿を現した――‥‥。
―― 戦闘開始・犬型キメラと行方不明の青年 ――
キメラを発見した後、2班はすぐさま『トランシーバー』で1班に連絡を行い、現在地の特徴などを伝えていた。
大きな岩のようなものがあったせいか、2班のいる場所はすぐに特定する事が出来て、多少の時間はかかったけれど、能力者達は無事に合流して戦闘を開始する事が出来た。
「あのさぁ、何かすっごくイライラするから――八つ当たりさせてね」
風花は呟くと『豪破斬撃』を使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。その際にキメラも反撃のように風花に攻撃を仕掛けたが防御などせずに尚も踏み込む。
「土に還って頂きましょうか‥‥」
ミルファリアが呟き『【OR】フリルパラソル』を構えてキメラに向かって走り出す。機動力を殺ぐ為に足を重点的に攻撃した後に、キメラの頭部に『スマッシュ』を使用して攻撃を行う。
その後、キメラも反撃するかのように爪で攻撃を仕掛けてくるのだがミルファリアはそれを『エアストバックラー』で受け止め、その間に不知火が『ゼロ』で攻撃を仕掛ける。
「貴方の存在が人を悲しくさせる――ならばこれ以上誰かを悲しませる事のないように、引導を渡してあげましょう」
不知火が呟き『ゼロ』で攻撃を行い、キメラがフラついた所にシルヴァが接近して『蛍火』で攻撃を仕掛ける。
「犬程度に負けるつもりはないんだけどな、むしろこの状況で勝てると思っているのかな?」
神咲が拳銃『マーガレット』を構え、発砲しながら呟く。彼の弾丸はキメラの足を撃ち抜き、キメラは大きな声を上げながら地面へズシンと倒れる。
その時、フィアナはキメラと能力者達の戦いが見える木の上へと移動して『スナイパーライフルD−713』でキメラに照準を合わせていた。
「的が大きい上に小春さん達が足止めしてくれている‥‥外すわけにはいきません」
フィアナが狙っている姿に藤河が気づき、彼女の射程範囲内にキメラを誘導する。穏やかな性格とは裏腹に彼女の戦闘スタイルは真っ向からと言うもので、キメラの攻撃も『蛍火』で受け、彼女がキメラをひきつけている間に冨美が小銃『S−01』で射撃を行う。
「ほらぁっ、このくらいで倒れられちゃコッチも困るんだけど?」
風花は攻撃のたびに『豪破斬撃』を使用して、滅茶苦茶にキメラを攻撃する。地面に倒れていたキメラは起き上がると同時に風花に攻撃を行うが、その後ろにいたシルヴァが小銃『S−01』で攻撃を行い、キメラから視界を奪う。
「チェックメイト‥‥」
ぐおおぉ、と雄叫びのように叫ぶキメラに照準を合わせて『強弾撃』を使用して威力を高めた弾丸をキメラへと撃ち込む。その後『即射』を使用して連続で撃ち込めるようにして、前衛で戦う能力者達の支援に徹した。
「‥‥いい加減倒れて下さいな」
ミルファリアは呟きながら『二連撃』を使用して胴体を攻撃して、再び地面へと沈める。
「貴方に‥‥憎しみはないけれど。貴方も被害者なのだから‥‥だから私はバグアを憎みます、悲しい命を生み出し、命を奪うバグアを‥‥」
藤河は呟きながら攻撃を行い、その後、まともに動く事の出来なくなったキメラを能力者全員で攻撃を行って、山に潜むキメラを無事に退治する事が出来たのだった。
―― この世を恨みながら死んでいった青年 ――
キメラを退治した後、能力者達はアキラを探す為に山の中を捜索し始める。キメラと戦闘を行う前にある程度の所は捜索しており、それでも見つからないと言う事は――‥‥何処かに隠れている可能性があると能力者達は考えた。
「運命‥‥ではなかったと信じたいですわね‥‥」
少し斜面になった下の方にアキラが無残な姿で倒れていた。普通に歩いていれば見つけにくい場所に倒れていた為、最初の捜索の時に見つからなかったのだろう。
「‥‥やっぱり‥‥遅すぎですよね‥‥力があっても‥‥何も守れない?」
冨美が震える手、震える声でポツリと呟く。
「‥‥誰も守れない力なんて意味あるの?」
自分を責め続ける冨美に「自分を責めないで‥‥」と神咲が言葉を掛ける。
今回のアキラ、彼は誰が依頼を受けていても救えなかった命。依頼が来た時には既に手遅れだったのだから。
「この時代では珍しい事じゃないのかもしれない‥‥だけど親と子が死に別れるなんて悲しくないわけないです」
フィアナが俯きながら悔しそうに、そして悲しそうに呟く。
「傷だらけではあるが‥‥連れて帰れない程の傷でもなさそうだ‥‥」
シルヴァがアキラの遺体に近づき、状況を見ながら呟く。そこで彼女は気づく。アキラが大事そうに抱えているぼろぼろのノートに。
「それ、何?」
風花がノートを指しながら問いかけると「さぁ‥‥中を見てもいいのだろうか」と困ったように言葉を返す。
「うーん、いいんじゃない? 荷物は全部持って帰らなくちゃいけないんだし」
風花の言葉にシルヴァがぱらぱらとノートを捲ると‥‥そこには鳥の事がびっしりと書かれていた。
「野鳥‥‥アキラさんはこの山の野鳥を見に此処まで来ていたんですね‥‥」
何故アキラが此処に来たのか、その理由が解けた事でフィアナは納得しながら首を縦に振る。
「残された者にとって、死んだ人間の体が如何に重要か‥‥皆さん‥‥絶対に遺体は連れて帰りましょう‥‥」
ミルファリアの言葉に能力者達は首を縦に振る。流石に母親に見せられなさそうな遺体の場合は連れて帰る事を躊躇っていたが、状況を見る限りそこまで損傷は激しくない。
「暫く我慢して‥‥必ずお母さんの所まで連れて帰るから‥‥」
神咲がアキラの遺体に話しかけながら「レスキュー呼びにいきましょうか」と能力者達に言葉を投げかける。
その後、片方の班がレスキューを呼びに麓まで向かい、もう片方の班はアキラの遺体の所で待つという事になった。
そして数時間後、レスキューが到着して、漸くアキラは母親の元へと帰る事が出来た。
―― 母の言葉、子の心 ――
「駆けつけた時には‥‥期待に答えられなくて‥‥ごめん」
母親に報告に向かい、神咲が頭を下げながら必死に謝罪する。
「いいえ、貴方たちはアキラを連れて帰って来てくれました‥‥今の時代、子供の死に顔すら見れない親もいると聞きます。そんな中で、私はアキラの顔を見ながらお別れを言える‥‥だから、ありがとうございます」
母親は涙を零しながら何度も頭を下げる。
(「ボクも‥‥親がいたらこんな風に悲しんでくれるんだろうか」)
戦災孤児である冨美は少しだけアキラを羨ましく思いながら拳を強く握り締める。
「力が欲しい‥‥守れるような力が‥‥誰も‥‥傷つかない世界を取り戻す為に‥‥その為に‥‥ボクは‥‥強くなりたい‥‥」
冨美は自らを奮い立たせるように呟き、これからも戦い抜く事を決意する。
そして藤河は誰にも見られぬ場所で一人涙を流していた。私は未だ人を救えないのか、と自分を責め続けながら。それと同時にバグアに対する怒りも心に浮かび上がってくる。
「バグアは絶対に許しません‥‥」
藤河は涙を拭い、決意を新たにする。
(「‥‥救済は天に、怨磋は地に。それでも、生きる事こそ人の性‥‥生き残った者の勤め‥‥」)
シルヴァは心の中で呟きながら母親に視線を移し、彼女がこれから先の未来を強く生きていける事を願う。
「今回はアキラさんを救えなかった‥‥だけどうちは――今は自分に出来る事をやっていく事で誰かを護りたいと思います」
不知火が遠ざかっていく母親の後姿を見ながら呟く。今回、アキラは救えなかったけれど、アキラを連れ帰った事で母親は『救われた』のだから。
その後、能力者達はアキラの死を悼みながら報告を行う為に本部へと向かい始めたのだった。
END