タイトル:さよならの代償マスター:水貴透子

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/29 03:52

●オープニング本文


彼女が歩いていたのは‥‥修羅の道。

進めば進むほどに己を見失う魔道。

だけど大好きだった友の為に彼女は歩いていた。

※※※

「何処いくの?」

朝も早くから室生 舞は荷物を持ってクイーンズ編集室を出て行こうとしていた。

それを分かっていたかのように舞の後ろから声をかけたのは――土浦 真里だった。

「‥‥一応ね、チホがうるさくてさぁ‥‥止める素振り見せとかないと私が怒られるのよね」

ただでさえ睡眠不足なのに、マリは大きなため息と共に言葉を付け足した。

「勘違いしないでね。私は別に止めるなんて事は考えてないから」

マリの言葉に舞は少し驚いたように目を丸くしてマリの顔を見た。

「自分で決めたんでしょ? だったら気の済むまでやればいい。ただし――腕が千切れても足が吹っ飛んでも生きて帰ってきなさい。あんたを心配してくれてる人がたくさんいるんだから」

マリはそれだけ言葉を残すと舞に背中を向けてひらひらと手を振ったのだった。

※※※

そして、舞が出て行ってから一時間ほどが経過したころクイーンズ編集室の中ではチホの大きな声が響き渡っていた。

「何で止めないのよ! 今の舞は何をするか分かんないのよ!? 止めてって頼んでたでしょ! 同じような思いをしてるあんただからこそ頼んだのに!」

チホの言葉に「チホ、何か勘違いしてない?」といつものマリとは雰囲気が異なる口調で答える。

「私はお兄ちゃんを亡くした、舞は友達を亡くした。確かに似たような経験だね――だけど一緒にしないで。すっごく不愉快」

きっと強い瞳でマリはチホを睨みつける。

「お兄ちゃんを亡くした私の気持ち、友達を亡くした舞の気持ち、それは本人にしか分からない――『同じような思い』という言葉で一緒にして欲しくないね」

マリは持っていたジュースをテーブルの上に置き、言葉を続けた。

「大事な誰かを亡くしたからって皆同じ気持ちになるもんでもないでしょ? それに‥‥私は少なくとも分かってもらおうなんて思わない。分かってほしいとも思わない」

マリの言葉にチホはそれまでの勢いをなくして黙って唇をかみ締めた。

「それに‥‥誰かを亡くして心が暴走しかけた時は、自分で納得するしかない。私だって‥‥納得するのに時間がかかった。能力者を恨んだ時期もあった」

だけど、とマリは言葉を続ける。

「自分で納得しない限り、元には戻れないよ。舞だってそうだと思う。自分で調べるだけ調べて、自分じゃ何も出来ないことを納得しない限り、いくら止めたって無駄。それなら多少無理をして痛い目にあえばいい」

「舞がマリと同じように強いわけじゃない、まだ子供じゃないの」

チホの言葉に「そうだね。まだ子供だね」と呟き「だけど、あの子はあんたより大人だよ」と言葉を続けた。

「チホはまだ誰も失ってない。だから手を差し出す――私の時もだったね。いつかきっと忘れられるよって言って慰めてくれた――その言葉に私がどれほど傷ついたかも知らないで」

ま、今はどうでもいいんだけどね――マリは言葉を続け、冷蔵庫の中から朝食を作るための卵を取る。

「親を亡くし、育った施設を失くし、大事な友達だって亡くした――その状況があの子を『子供』じゃいられなくさせたんだよ、きっと」

「‥‥そうね、まだ何も失ってない私は幸せなんだわ、きっと‥‥」

「そゆこと。自分の運の良さに感謝するといいさ。それに能力者には連絡してるから大丈夫」

そう呟き、マリは朝食の準備に取り掛かったのだった。


※※※

「‥‥マリさんから貰った資料には此処が一番新しいって書いてあったけど‥‥」

マリから渡された資料、それは今まで施設で起きた事件が纏められているものだった。

その中で一番新しく事件が起きた場所に舞はやってきていた。

「‥‥キミ、どうしたの? こんな場所までやってきて‥‥」

長い髪を後ろで一つに括り、白いニット帽を被り、ラフな格好をした男性が舞に話しかけてくる。男性の隣には前髪が目の下まである少年が一緒にいた。

「え、ボクは‥‥ちょっとここに用事が‥‥」

「此処に? 何日か前に事件があったって聞いたから危ないんじゃない?」

「はい‥‥でもボクは用事があって‥‥」

この先に? と男性は遠くを見るような仕草で先の施設を見やる。

「!!!」

その時、彼の腕に光ったものは。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

舞が震える声で男性に話しかける。

「ん?」

「そのブレスレット、何処で買ったんですか?」

舞は男性の腕に光る、少し少女趣味のブレスレットを指差しながら問いかけた。

「あぁ、これ? 何処で買ったかな? 弟がこういうのが好きでね。今は弟、寝たきりだからアクセサリーは付けられないからボクがつけてるんだ、おかしいかな? イイ年した大人がこういうのって」

あは、と苦笑する男性に舞は何も答えない。男性の隣に立つ少年も何も言わない。

「どうしたの?」

俯いたまま口を閉ざす舞を覗き込むように男性が見ると――舞の腕にも同じブレスレットがつけられていた。

「これは、売ってるはずないんです。ボクとハルで作った思い出のブレスレットだから――あの時、ハルの死体にはブレスレットがなかった――何で、貴方が持っているんですか!」

舞の言葉と同時に血の赤が舞の視界に広がる。

「賢い子は好きだけど、小賢しい子は嫌いだな――ボクの弟になれるはずもないけど、試してみようか」

ずきん、と痛む足。突然の事で理解するのに時間がかかったけど小さなナイフが太もものあたりに突き立てられていた。

「‥‥っ」

舞は痛む足を無理矢理動かして誰もいなくなった施設へと逃げ込む。

「生きたまま捕まえておいで」

男性は隣に立っていた少年に軽く命じると「ぁ、ぅ」と少年はのろのろと走り出す。

「さぁ、鬼ごっこの始まりだ」

そう呟き、男性・オーガスタは楽しそうに笑ったのだった。

●参加者一覧

神無月 紫翠(ga0243
25歳・♂・SN
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
レィアンス(ga2662
17歳・♂・FT
椎野 のぞみ(ga8736
17歳・♀・GD
レイン・シュトラウド(ga9279
15歳・♂・SN
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
芝樋ノ爪 水夏(gb2060
21歳・♀・HD
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

―― 彼女が選ぶ道は ――

 今回の始まりはマリから能力者達へと連絡が入った事からだった。襲われて廃墟となった施設に向かっているはず‥‥それがマリからの言葉だった。向かった人物、それはもちろん室生 舞(gz0140)だった。
「はあ‥‥まだ諦めてないみたいですねえ‥‥舞さんは‥‥危険だというのに‥‥」
 やれやれ、と言葉を付け足しながら神無月 紫翠(ga0243)が呟く。
「みんな‥‥よろしくね‥‥」
 椎野 のぞみ(ga8736)は苦笑気味に挨拶を行う。いつもより冷静さはあるものの、何か考えている事がある――そんな様子が見受けられた。
「何も無いと言い切れませんし、舞さんが心配です。急ぎましょう」
 レイン・シュトラウド(ga9279)が表情を変える事なく呟く。決して彼は冷たいからと言う訳ではなく、表情の変化が乏しいだけなのだ。その証拠に彼の胸の中には嫌な予感が渦巻いていた。
「急がないとな、舞も――無茶するだろうし‥‥どうかした?」
 朔月(gb1440)が呟いた後に隣で俯いている芝樋ノ爪 水夏(gb2060)に話しかける。彼女は表情を暗くしており、朔月も心配で話しかけたのだろう。
「いえ‥‥『他人の傷を痛がる事は出来ない』‥‥シェイクスピアの言う通りだと思って」
 芝樋ノ爪はマリの言葉を思い出しているのだろう、チホと少し喧嘩をしたと彼女は笑って言っており、その内容も少しだけは聞いていた。
「マリはいつもふざけてるが、極稀に真面目なことを言うんだよな」
 須佐 武流(ga1461)が苦笑しながら呟く。
「しかし無茶なことをするものだな。過去にもキメラに襲われていると言うし、とにかく出発しないか?」
 クリス・フレイシア(gb2547)が煙草をくわえながら呟くと「‥‥確かに、急いだ方が良さそうだな」とレィアンス(ga2662)が言葉を返した。
「うん‥‥なんかヤな予感しかしない‥‥急ぎましょう」
 椎野も言葉を返し、能力者達は舞が向かったとされる施設跡地へと出発していったのだった。


―― 彼女を見守る者・それを妨げる者 ――

 能力者達は高速艇に乗ってやってきた場所、そこは舞が何度か訪ねたらしい滅ぼされた施設だった。子供達で賑わっていた筈の建物は崩れ、花壇は荒れ放題。
「それじゃ、此処からは別れて行動しましょう」
 レインが呟き、能力者達はそれぞれ予め決めていた班に分かれる。
 探索班・朔月、レィアンス、クリス、レインの四人。
 攻撃班・神無月、須佐、椎野、芝樋ノ爪の四人。 
 何があるか分からない以上、探索班と攻撃班に分けて行動する事に決めていたのだ。
「何かあったら‥‥直ぐに連絡‥‥ですね」
 神無月が呟き、能力者達は別行動を取り始める。

※攻撃班※
「こういう場所を見ると、悲しくなりますね‥‥」
 芝樋ノ爪が呟くと「そう、だね」と椎野も同じ事を考えていたのか首を縦に振りながら言葉を返す。
「‥‥ん?」
 神無月が何かに気づいたようで少しだけ表情を険しくする。
「どうかしたか?」
 須佐が問いかけると「あれは‥‥誰でしょう」と能力者達に背中を向けて施設の方を見る男性の姿があった。こんな場所に観光というわけでもあるはずなく、能力者達は怪しむしか出来なかった。
「あの、そこのお兄さん‥‥ここで何しているんですか?」
 椎野が恐る恐る問いかけると「ん?」と男性は能力者達に気づいたようでゆっくりと振り返る。
「キミ達は?」
「人を探している」
 男性の言葉に須佐が短く言葉を返し「貴方はこんな所に、何の用ですか?」と芝樋ノ爪が再び問いかける。
「ボクも人を探してるんだ。施設の中に迷い込んだみたいでね、連れに探しに行ってもらってるんだ」
 男性はやんわりとした口調と、それに見合うだけの笑顔で言葉を返す。
「何なら‥‥手伝いましょうか‥‥? どんな‥‥人なんです?」
 神無月が問いかけると「別にいいよ。ボクの連れは優秀だから、すぐに連れてくる」とそれを否定する。
「キミ達の探し人って?」
 能力者達はまだ怪しむ素振りを見せながら舞の写真を見せる。すると僅かに一瞬だけだったけれど男性が薄く笑んだのを彼らは見逃さなかった。
「知ってるんですか‥‥?」
「知ってるよ。少し前までボクと話してたからね」
 そこで椎野が気づく。男性の足元付近に大量ではないけれど、決して少量でもない血痕が残されていることに。
「大丈夫――直ぐにあの子には会えるよ。ボクの連れが探しに行ってるからね。あぁ、でもあの子はやりすぎる事が多いから、少し怪我をさせてしまうかもしれないね――ボクが使い終わったら、亡骸だけど返してあげるよ」
 男性は呟き終わると嫌な笑みを浮かべ「ボクの弟になれる子があの子ならいいのだけど」と言葉を付け足した。
「‥‥弟?」
 須佐が眉間に皺を寄せながら聞き返す。しかし他の能力者達にはそれが何を意味するのか予想することが出来た。
「お前が、子供達を、ハルさんを‥‥舞さんを!!」
 椎野が大きな声で叫ぶと『バスタードソード』を振り上げて男性へと向かって走り出す。
「貴方が、ハルさんをあんな姿にした張本人!」
 芝樋ノ爪も『機械剣α』を構えながら叫ぶ。
「あんな姿? ボクの弟になれなかったあいつらが悪いんじゃないか」
 男性は懐から銃を取り出して能力者達に向けて発砲しながら呟いた。

※探索班※
「真新しい血痕が残ってる‥‥まさか、舞の?」
 探索班は別の入り口から施設内部へと入っていた。その途中から点々と続く血痕に能力者達は過ぎる不安を隠すことが出来なかった。
「それに明らかに僕達以外に誰かいます、もちろん舞さんじゃない」
 施設に入った瞬間からばたばたと走り回る音が聞こえる。味方とは限らないので能力者達は気を抜く事はしなかったけれど。
「恐らく向こう側へ行ったんじゃないか?」
 クリスが壁や床を見ながらポツリと呟く。他の能力者達も視線を移すと、壁に手の跡、床は足を引きずるような不自然な跡、そして続く血痕。
「これだけじゃ怪我人が誰なのかは分からないけれど『襲った者』と『襲われた者』が居る事は分かったね」
 クリスの言葉に「‥‥とにかく舞を探そう」とレィアンスが少し逸る気持ちを抑えながら施設内を移動する。
「きゃああああっ!!」
「舞!」
 聞こえた悲鳴に朔月が顔をあげながら叫ぶ。それと同時にガシャンとガラスの割れる音が響き、能力者達は慌てて窓へと向かう。
「――――いた!」
 レィアンスが叫び、指差す。そこから見えたものは――足を怪我した舞と、舞を襲うように覆いかぶさる少年の姿。
 能力者達も窓から外へと出て少年の前へと出る。長い前髪から覗く赤い瞳が不気味に思え、能力者達は動くことが出来なかった。
 いや、動こうと思えば動くことは出来た。しかし、少年の鋭い爪が舞の首に押し付けられていた為、動くに動けなかったのだ。
「気を失っているようだな――――最悪だ」
 舞は意識を失っているようで、能力者達からかけられる言葉にも反応はしない。
「あぁ、そんなに乱暴したら大事な体が傷つくだろう」
 静かな声が響き、少年は舞を抱えたまま男性の所へと移動する。
「自己紹介が遅れたね。ボクはオーガスタ・イヴァン。この子はアクラス」
 オーガスタは意識を失った舞を抱きかかえながら能力者達を見て、下卑た笑みを浮かべながら呟いたのだった。


―― 戦闘開始 ――

「援護するが、あまい事考えてたら、怪我するぞ」
 神無月が覚醒を行いながら少年を見る。洗脳されているのか、それともオーガスタに従わねばならない何かがあるのか――はたまた彼の言う『弟』として作り変えられてしまったのか分からないけれど、今の時点で甘い事を言っていたら自分の命も、そして舞の命すらも危うい状況なのだ。彼の言う通り甘い事は出来ないというのは当たり前の事だろう。
「虫唾の走る奴だ‥‥怒らせる相手が悪いとどうなるか――教えてやる!」
 須佐が叫ぶと同時にオーガスタへと向かって走り出すが、アクラスによって遮られる。
「ぁ、ぅ‥‥ぅー‥‥」
 がっしりと須佐の足首を持ち、感情の感じられない瞳で彼を見上げると――須佐の腹に喰らいつく。
「ぐ――ッ」
 突然走る腹部の痛みに須佐はアクラスを蹴り飛ばし、壁へと叩きつける――筈だったのだがアクラスは空中でくるりと回り、壁を足台にして着地する。その動きから既に人間ではなくなった事を能力者達は悟り、それぞれ攻撃態勢を取る。
「反射神経は良いみたいだが、元々の動きは鈍いようだな」
 レィアンスが『先手必勝』を使用しながらアクラスに近より『蛍火』と『【OR】柄無』で攻撃を仕掛ける。
「‥‥すぐに楽にしてあげます」
 レインは小さく呟き『【OR】スナイパーライフル luna cinericia』を構えて『急所突き』を使用しながら攻撃を仕掛ける。彼の放った攻撃はアクラスの足を貫通したが、アクラスは足を引きずりながら能力者達と戦おうとする。
「可哀想に‥‥この少年も被害者って事か‥‥」
 元々のアクラスの事は知らないけれど、絶対に目の前にいるような少年ではなかったはずだ。哀れみとオーガスタに対する怒りが沸きあがり朔月は『エクリュの爪』でアクラスに攻撃を仕掛けた。
「‥‥貴方は、一体何人犠牲にすれば気が済むんですか!」
 アクラスの悲惨な状況を見て芝樋ノ爪がオーガスタに向かって叫ぶ。
「何人でも。ボクは弟を蘇らせる事が出来るなら何人でも犠牲にしてみせる。彼らだって幸せなはずだよ――ボクの弟になれるんだから、もちろんこの子もね」
 くく、と舞を見ながらオーガスタは冷たい笑みを見せた。
「お前の悪夢はここで終わりだ‥‥後は俺が見続ける」
 クリスが『ライフル』を構えてアクラスを狙い撃つ。攻撃を受けて倒れかけたところ、クリスは死角へとアクラスの腕を引っ張り込み、至近距離から攻撃を仕掛ける。
「ぅぁ‥‥」
 口から大量の血を吐き出し、よろよろと崩れ落ちる。他の能力者達も心を鬼にしてトドメを刺そうとした時、オーガスタの持つ銃が発砲された。
「殺されちゃ困るんだよね。ボクの弟なんだから」
 オーガスタの言葉に能力者達は目を丸くする。呟きながらオーガスタは攻撃を続け、アクラスの周りから能力者を追い払う。
「散々人を殺しておいて自分の弟は守るのか」
 須佐は呟きながら蹴り技で攻撃を仕掛けるのだが――オーガスタは『練成弱体』を使用した後、隠し持っていた短剣でアクラスに噛み付かれた場所を探検で抉る。
「ボクは結構貧弱なサイエンティストだったんだからさぁ、力技ってあんまり好きじゃないんだよね――死ねば?」
 短剣を引き抜き再び振り下ろそうとした時、神無月の放った矢がオーガスタに襲い掛かる。
 だが‥‥攻撃を受けたのは彼ではなく、守ろうとしていたアクラスだった。それもアクラスが自ら守ったのではなく、まるで盾にでもするかのように傷ついたアクラスを持ち上げたのだ。
「あぁ、ごめんねぇ。すぐに治してあげるから我慢しててよ」
「隙を見せすぎだ」
 レィアンスが呟きながらオーガスタに攻撃を仕掛けようとしたのだが――‥‥彼は剣を振り下ろす事が出来なかった。なぜなら、今度はアクラスではなく舞を盾にしたのだから。
「アクラスも少し危ないみたいだから、今日は退散するよ――その子、女の子みたいだしね。男の子みたいな格好してるから弟になれるかと思ったのに、残念だよ」
 オーガスタは舞とアクラスを抱き上げ、そのまま能力者達に背を向ける。
「待て! 舞をどうする気だ」
「どうもしないよ。後ろからぶすりとやられても困るからね。この子は麓に置いとくから後は好きに引き取ればいい」
 オーガスタが背中を向けた瞬間、須佐がブレスレットのついた腕を斬り落とす。
「それ欲しいの? どうせ玩具だからあげるよ――元々ボクの左手はないからね」
 ぼとりと落ちたのはマネキンの手のような義手。
「次に下手なことしたら殺すよ、キミ達じゃなくてこの子をね」
 オーガスタはそのまま言葉を残して去っていった。そして姿が見えなくなった後、能力者達は急いで麓まで行くとまるで投げ捨てるように舞が倒れているのが見えた。


―― 彼女の決意 ――

「ごめんなさい」
 意識を取り戻した舞が呟いた言葉がそれだった。
「復讐なんて‥‥空しいですよ‥‥復讐の相手が見つかるだけでも‥‥運がいいですよ」
 神無月は少し遠くを見ながら呟く。彼にとっての復讐相手は見つかっていないからだろう。
「同じモンつけてたみたいだからな。それに――無茶はするな」
 須佐はブレスレットを渡しながら舞の頭をくしゃりと撫でてやる。
「答えは出たか?」
 須佐の問いに舞は緩く首を横に振った。
「舞さん、この前はゴメン‥‥私も漁船で函館脱出する時、両親や親族、知人は私を守る為に囮になって死んだ。でも結局攻撃が来て‥‥乗っていた子供のほとんども死んだ」
 その時抱えた感情は誰にも舞さんにさえも分からないはずなのに、分かっていたのに、と椎野は涙混じりの言葉で呟く。
「私は数少ない生き残った子供達の為に生きてる。アイドルになったのも子供達が笑ってくれたから」
 椎野の言葉の後、レインは「無理はしてもいいですが、無茶はダメです。舞さんがいなくなって悲しむ人が沢山いますから」と話しかける。
 そして朔月は舞の不意をついてキスをするのだが「‥‥何、するんですか」と舞は俯いたまま言葉を投げかけてきた。
「コレは約束♪」
 明るく話す彼女だったけれど、舞は明るく言葉を返す事は出来なかった。
「私には何も出来ない‥‥何が正しいのか分からないけど‥‥無事でよかった」
 芝樋ノ爪が舞と視線を合わせながら安堵したように言葉をもらしたのだった。
「復讐は負の連鎖だ。誰かが死んだら誰かが復讐に駆られる。記者仲間や関係のある傭兵、そんな者まで私怨に巻き込むな。命を粗末にする前に自分に出来る闘い方をする事だ」
 クリスの言葉に舞は小さく「ボクに出来る闘い方‥‥」と繰り返すように呟く。
「それでも復讐に駆られるのなら‥‥バグアに取り入って強化人間にでもなれ。奴を消した後は僕がお前を消してやる」
 冷たい言葉だったけれど彼女なりに舞を心配しての言葉だったのだろう。
「――失うってのは‥‥怖いんだな」
 レィアンスがポツリと呟く。記憶の無い彼にとっては気がつけば既に失われた状態だったのだ。だから『失う時の怖さ』が分からないのだろう。
(「だが何かを得る事で知る事が出来た‥‥だから俺は何があろうと――いや、今はただ見届けよう」)
 レィアンスは心の中で呟く。
「‥‥帰りましょう、真里さん達が待っています」
 レインが手を差し出し舞もその手を取る。
(「ボクに出来る戦い方――――‥‥」)

 それから舞を無事に保護した事を知らせ、能力者達は舞をクイーンズ編集室へと送っていった。
 それから数日後の出来事だった。

「真里さん、ボク――記者を辞めようと思います」


END