●リプレイ本文
―― 悲劇が招いた悲劇 ――
「‥‥宜しく頼むよ」
男性能力者達は後を任せて、自分も請けた任務へと出発していった。
「なぜ‥‥か」
須佐 武流(
ga1461)が男性能力者が去った後に小さな声でポツリと呟いた。
今回、更紗が何をするか分からない状態だったために男性能力者からの依頼を受けて、8名の能力者達が更紗を追いかける事となったのだった。
「更紗の向かった地点の事を知りたいんだけど」
高村・綺羅(
ga2052)が本部のオペレーターに問いかける。
「少々お待ち下さい」
オペレーターはコンピュータを操作しながら更紗が向かった地点、つまり彼女の友人が殺された町の情報を引き出していく。
「町の規模は小さいですね、普段はのどかな町――と言った所でしょうか。ですが数匹のキメラ出現により、住人にも被害が出たようです」
オペレーターは表示された情報の数々を読み上げていく。
「その町の警察の電話番号はわかる? 綺羅、電話したいんだけど‥‥」
高村がオペレーターに話しかけると「少しお待ち下さい」と言葉を返し、紙に電話番号を書いたものを渡した。
そして高村はその紙に書いてある番号に電話をかける。
「えっと、綺羅、少し聞きたい事があるんだけど‥‥先日の能力者殺害の犯人の男性はどうなってる?」
高村の突然の質問に電話の向こうにいる警官は「どちらさまでしょうか」と言葉を返してくる。そこで高村が能力者だと言う事を告げると「失礼しました」と、犯人についての情報を提供してくれた。
「動機は‥‥恋人を守ってくれなかった事に対して、か」
漸 王零(
ga2930)は警察が調べた犯人の動機や人間関係などが纏められた資料を見ながら呟き、大きくため息を吐いた。
女性能力者を殺害した男性、その男性自体は周りから嫌われているということはないと資料には書かれていた。幼馴染の女性と結婚して、ささやかながら幸せな生活を送っていたらしい。
「キメラに襲撃されて、妻を殺され、その怒りの矛先が能力者に向けられたのだろうな」
漸は二度目のため息を吐く。大事な者を失って気が動転するのは漸も理解出来なくはない、だけどその怒りを能力者に向けるのはお門違いだ、漸は心の中で呟いた。
「さて、我もそろそろ集合場所に行くかな」
漸はこれから向かう町の警察が調べた資料を持って、能力者達の集合場所へと向かったのだった。
「えぇ、送った写真の女性能力者が来たら引き止めておいてください」
レールズ(
ga5293)も現地の警察署に電話をかけていた。
「俺たちが行くまで、なるべく犯人と彼女を合わせないで下さいね」
電話の向こうにいる男性にレールズは言葉を続ける。既に向こうの警察署には更紗の写真を送っており、能力者が到着する前に更紗が犯人と対面する事だけは避けたかったのだ。
友人を殺され、しかも一般人に殺されたとなっては彼女も穏やかではいられないだろう。冷静さを保とうとしても、何が原因でその理性の糸が切れるか分からないのだから。
「因果関係が分かんないから何とも言えない事件だね」
九条・護(
gb2093)が大きく伸びをしながら呟く。
「とりあえず、手早く更紗さんと合流して事実確認しましょうか」
九条が呟くと「そうですね」とレールズが言葉を返し、そのまま待ち合わせ場所へと向かう。
更紗を追いかけるのは5人で、須佐、高村、漸、レールズ、九条だけだった。
「全員一緒になって荻城さんを追う事はない、かな」
深墨(
gb4129)が高速艇へと向かう能力者達を見ながらポツリと呟く。
「あの日から、元気でいるか気にしてたけど‥‥今回の事聞いて心配になりました」
深墨は少し目を伏せて呟く。
「人とは弱きもの‥‥誰かのせいにしないと自分を保てない、そんな方もおられるのは、確かです」
雪待月(
gb5235)がポツリと悲しそうな表情で呟いた。
「けれど、だからと言って、恨みを誰かに向けても良いわけではありません‥‥自分が傷ついたからと言って、故意に誰かを傷つけていいわけでもありません‥‥」
雪待月の言葉に「そうだな」と月城 紗夜(
gb6417)が短く言葉を返す。
「武力で解決するだけなら、獣でも出来る」
月城は首にかけられた首輪が戒めのように感じて、軽く触れる。冷たい感触が余計に彼女の気分を害した。
「それぞれ、やるべき事がある。六花、我らはやるべき事をやろう」
月城の言葉に雪待月と深墨は首を縦に振って行動を開始したのだった。
―― 更紗を追うもの達 ――
「高速艇からバイクを法定速度ギリギリで走らせれば、更紗さんより先に町に到着出来るかな?」
九条が高速艇の中で少し落ち着きのない様子でウロウロとしながら呟く。自分が此処で慌てても何もならない事は分かっているのだけど、更紗が何かをするかもしれない、という事を考えれば落ち着いていられないのだろう。
「更紗がしたいのは、犯人の口から真実を聞くこと――だろうな。俺たちが聞いて、更紗に伝えることも可能だが、それではダメだ」
須佐が壁に寄りかかりながら少し苦しそうな声で呟く。彼は本当ならばゆっくり休んでいないといけない体なのだが、今回の任務に参加していた。本人が気丈に振舞っているせいもあるのか、彼が重傷を負っている事に気づく者はいない。
「俺は、犯人と更紗を直接対面させて真相を解き明かしてもらおうと思う」
もちろん須佐は更紗にも犯人にも殺させるつもりはない。強化プラスチックの壁越しに話をさせる――という意味での対面だった。
「警察に捕まってるんだったら、犯人の武装も解除されてるよね」
高村がポツリと呟く。もちろん、彼女も武器を持って警察署に入るつもりはない。警察は信用出来ないと思いながら。
「我は更紗と犯人が話し合いをする時に立ち会おうと思う。更紗が感情的にならないとは言い切れないからな」
漸の言葉に「そうですね、友人を殺した犯人との対面ですから‥‥」とレールズも言葉を返した。
それぞれ、心の中で色々なことを考えるうち、高速艇は目的の場所へと到着して能力者達を下ろしたのだった。
「あ、見つけた!」
九条が法定速度内でバイクを飛ばしながら目的の人物を見つけて「更紗さん!」と声をかけた。
「あ――‥‥」
更紗は九条に気づき、軽く頭を下げ、それから少し遅れてやってきた4名の能力者も更紗と合流した。
「警察署にいるとばかり思ったが‥‥」
須佐が問いかける。彼が疑問に思うのも無理は無い。更紗、彼女は警察署の近くにある小さな公園のベンチに腰掛けてボーッとしていたのだから。恐らく九条も周りを見回しながら運転していなければ彼女に気づきもしなかっただろう。
「前にも会ったね、出会いの意味は分かる?」
高村が更紗に問いかけると「‥‥ボクを止める為、でしょう」と俯きながら彼女は言葉を返した。
「とりあえず、無茶をしてないようでよかったです」
レールズも少し安心したように安堵のため息を吐いた。
「頭に血が登って、だから少しだけ落ち着こうと思って座ってたんです」
更紗は「警察署、行きます」と立ち上がりながら呟き、能力者達は更紗の後をついていきながら警察署へと足を踏み入れたのだった。
「この奥です」
警官に案内されたのは冷たい拘置所。奥の扉から更紗の友人を殺した男性が入ってきた。二人の間には強化プラスチックの壁が隔たっており、お互いに手は出せない状況だった。
「綺羅は外に出てるね」
高村は呟き、外へと出た。
「あ、ちょっと電話」
九条も着信を知らせる自分の携帯電話を持って、部屋の外へと出て行った。
「何で、殺したんですか」
拳を強く握り、更紗は地を這うよな低い声で男性へと話しかけた。
「‥‥俺の妻、助けてくれなかったのに――‥‥別の奴を助けてたんだ。あの時、俺が『助けてくれ!』って言った時に助けてくれれば、あいつは死なずに済んだのに‥‥っ」
男性は涙をぼろぼろと流しながら「何であいつらは、俺の妻は助けてくれなかったんだ!」と部屋内に響き渡るような大きな声で叫んだ。
「だからって! 何で殺さなくちゃいけないの!」
ばん、と強化プラスチックを強く叩きながら更紗が大きく叫ぶ。強化プラスチックとはいえ、能力者であれば簡単には行かなくとも割る事は可能だろう。
「やめろ! それじゃコイツと同じだぞ!」
レールズの言葉に「だって‥‥」と更紗はがくりと椅子に倒れこむように座りながら呟く。
「‥‥人を裁くのは裁判官であって俺達じゃないんですよ」
レールズは更紗を落ち着かせるように肩に手を置きながら話しかける。
「能力者は‥‥全員を助けられるワケじゃない‥‥それなのに、助けられなかったからって何で殺されなくちゃ‥‥」
更紗の言葉に「復讐をするのは簡単だ」と須佐が呟く。
「‥‥だが、それをした所で何も変わらない。いや、された者の家族・恋人も同じ事をするかもしれない。復讐にはいつまでも終わりは来ねぇ‥‥」
「‥‥汝は後悔しないらしいが、汝の知人・縁者がどうなろうとも気にしないということだな」
漸の言葉に「は」と男性が目を丸くしながら呟く。
「そうだろう? 汝は大切な人を護れなかった事を能力者のせいにした‥‥なら、今度は自分が復讐される立場の人間になったというわけだ。別に汝に復讐せずとも、知人・縁者を手にかけても良いだろう?」
汝のした事はそう言う事だ、漸の言葉に男性が真っ青になる。
「貴方が殺した彼女は貴方の大事な人を護れなかったかもしれない、しかし貴方は彼女がこれから救えたかもしれない数十、数百、数千の同胞も共に殺した事を自覚して欲しい」
レールズは呟くと、更紗を連れて他の能力者達と共に部屋を出て行った。
「あのね、殺された彼女――あの人の奥さんに頼まれて別の人を先に助けたらしいよ。足の悪い人がいるから、そっちを先にって――」
きっとあの人はそれを知らなかったんだ、九条は携帯電話を閉じながらため息混じりに呟く。
「更紗、前にも綺羅は言ったよね。綺羅達が戦っても死んでく人達がいるって。原因は様々だけど、それは綺羅達のせいじゃない」
高村は俯く更紗に話しかけ、言葉を続ける。
「でも、護りたくても戦う力のない自分を責めるって簡単に出来る事じゃない‥‥じゃあ、誰に矛先を向ければいい? 理不尽だけど戦える者達って、そういう業を持ってると思う」
彼女もそれを分かってたんじゃないかな、高村は言葉を付け足して更紗の顔を見た。
(「それと‥‥優しいが故に業を背負って戦うのにも疲れてたのかもね」)
高村は口に出して言いはしなかったけれど、心の中で更紗に向けて呟いたのだった。
―― 彼女の軌跡 ――
「あいつが殺された時に一緒にいた仲間? あぁ‥‥それなら、あそこにいる奴がその一人だよ」
深墨が訊ね回る中、一人の男性が本部内の少し離れた場所で外を見ながらボーっとしている女性を指し示す。
「‥‥あいつが死んでから、ずっとあんな調子でさ‥‥」
その男性はため息混じりに呟く。
「あの、殺された方ってどんな方だったんでしょうか‥‥名前も知らないので‥‥」
雪待月が問いかけると「エルって名前だったよ、優しすぎて他人ばかり気にしてた奴だったな」と男性は懐かしそうに言葉を返してきた。
「だから更紗の事も気になって仕方なかったんだろうなぁ。更紗は妙にびくびくしてるからなぁ、放っておけなかったんだろう」
「そうか‥‥ぶつけようのない怒りを他者にぶつけるという事はよくある事だ――それが能力者にぶつけられるのも、よくある事だ」
月城が少し眉間に皺を寄せながら呟く。よくある事、とは言っても気分が良いものではないからだろう。
「一緒に任務を行っていたという者に話を聞こう」
月城は女性能力者の方へと歩きながら雪待月と深墨に言葉を投げかけた。
「優しすぎた、そんな女性だったんですね‥‥」
男性の話を聞く限り、エルという女性能力者の悪評は窺えない。それなりに他の能力者達からも好かれていた人物だったのだろう。
「少し話をお聞きしたいのですけど‥‥」
深墨が女性能力者に話しかけると「エルの事?」と此方を向く事なく言葉を返してきた。
「えぇ‥‥事件が起きた時の状況とか‥‥犯人の男性についてとか」
深墨の言葉に「エルも馬鹿なのよ」とポツリと言葉を漏らす。
「どういう意味だ?」
月城が問いかけると「殺した男の奥さんがね、足の悪い人から助けてやってくれっていってきたのよ」と思い出すように女性は言葉を返してきた。
「その人の言う通りに足の悪い人から助けたんだけど――もう一人の方は‥‥間に合わなかったの」
だから逆恨みされて殺されたのよ、女性は涙を零しながら嗚咽混じりに呟いた。その事を知らせる為に深墨は携帯電話で更紗を追いかけている能力者達に電話をした。
「自分の無力さを棚にあげて能力者を批判か、能力者じゃなくとも優れた技術で我々を支える奴も大勢いるというのに――その犯人の男は自分を甘やかしすぎだ」
月城は表情を厳しく歪め、吐き捨てるように呟く。
「向こうはどうなったかな」
月城は小さく呟く。もしかしたら更紗が怒りに任せて暴れているかもしれないと考えているのだろう。
(「能力者は所詮汚れ役。敵を斬って平和を見る覚悟がないなら能力など捨ててしまえばいい――少なくとも殺された能力者は、その覚悟を全うしたのだろうな」)
月城は心の中で呟き、ソファに腰掛けた。それから暫くが経過した頃、能力者達が更紗を連れて本部まで帰って来た。
「‥‥彼の話を聞いて、気持ちの整理はつきましたか?」
深墨が更紗に問いかけると「整理はつきませんでした、でも‥‥あの人は最後まで優しいまま死んだ、それだけはわかりました」と更紗は言葉を返した。
「人は弱いかもしれない。けれど、自分の弱さを知ってこそ強くなれる、私は思うのです。強い無念はあるでしょうが‥‥堪えられた貴女は、十分強い人ですよ」
雪待月の言葉に「ありがとう」と更紗は涙を堪えながら言葉を返した。
「そういえば、最後になんて言ってたんです?」
レールズが思い出したように漸へと言葉をかける。彼は犯人がいる部屋を出る際に一人だけ残っていたのだ。
『我らは能力者である前に人だ‥‥汝と同じな‥‥だから汝の気持ちが分からんでもない‥‥無力だった自分の苛立ちを力ある者のせいにするしかないという気持ちがな‥‥だがな、汝の大切だった人は汝が復讐の連鎖に呑まれるのを望んだと思うか?』
「いや、何でもない」
漸はあえて言う事でもないと判断し、報告を行う為に他の能力者達と一緒に歩き出した。
そして、皆と別れてから更紗の友人でもあり先輩でもあった女性の墓へと花を添えに高村は来ていた。
「これで楽になった? ‥‥お疲れ様‥‥これからの業は綺羅達が背負っていくね」
そんな優しい言葉を残しながら。
END