●リプレイ本文
―― もやしはもやし ――
キルメリア・シュプール(gz0278)がキメラに捕まってから少しの時間が経過した頃、色々な理由で能力者達が集まってきた。
ある者はキリーを心配して、ある者は捕まっている事に気がつきながら「俺には関係ない」で立ち去ろうとしたり、ある者はキリーを海に突き落とすため、そしてまたある者はバスから降りていった者達の荷物を運んだりなど‥‥。
「早く助けなさいよね! このクズ!」
きぃっと手足をバタつかせながらキリーは能力者達に向けて叫ぶ。
「素直に助けてって言えばいいのに‥‥ねぇ」
神撫(
gb0167)が苦笑しながらどんな状況でも相変わらずな彼女を見て呟いた。
「‥‥落とす手間が省けましたけど、どうしましょうか」
ソフィリア・エクセル(
gb4220)はキメラに捕まっているキリーを見ながら黒い笑顔を浮かべ、楽しそうに呟く。
「キメラもそんなに脅威じゃなさそうだし‥‥暫く放置してお灸をすえるか?」
神撫が何気に酷い事を言う。確かにキメラはキリーを捕まえているだけで他に何をするでもなく、能力者達が到着してから無意味に時間だけが過ぎていく。
「とりあえず、さよが皆の荷物持ってきてるから戦闘は出来るけど‥‥もやしちゃん! ちょっと待っててね。海で泳ぐ前には準備運動が大事なんだよね。準備運動が終わってから助けるから!」
橘=沙夜(
gb4297)がストレッチやラジオ体操を始めながらキリーに向かって大きく叫ぶ。
「その前に死ぬでしょ! あんたが溺れようが鮫に食われようが知ったこっちゃないからさっさと助けなさいよ! この腹黒!」
そんな状況を見ながらクロスエリア(
gb0356)は「よほど普段の行いが悪いんだなぁ‥‥」と直ぐに助けようとはしない能力者達を見ながら呟く。
「助けて欲しかったら、さっさと『練成弱体』使って下さいませ」
どうやらキリーが素直に能力者達の手助けをするまでは放置という何とも言い難いプレイだった。
「アレイ! そんなへんてこなお面被ってないで真面目に助けなさいよね! お面ごと顔をぶっ壊すわよ!」
フェイルノートのお面を被っているアレイ・シュナイダー(
gb0936)を見つけてキリーが叫ぶが「オレハアレイジャナイ、ファントムダ」と訳の分からない事を言っている。
「キリーさんを放しなさい!」
そこで漸く真面目にキリーを助けようとしてくれる能力者の登場でキリーは表情を輝かせたのだが‥‥すぐに表情は般若に戻る。
「あんたは助けなくていい! むしろ大人しくしてなさいよ! この天然狙いうけ娘!」
弓を構えてキリーを助けようとする人物、それは冴木美雲(
gb5758)だった。彼女は超がつくほどの天然娘であり、彼女が動くだけで何が起こるか分からない。
「キリーさんを拉致しても卵なんて産めませんよ! だから放しなさい!」
「産んでたまるかぁぁ! むしろアンタを埋めてあげるからこっち来なさいよ! 何で私の将来の旦那が半魚人なのよ!」
しかし天然娘は最凶である。キリーの言葉など聞く耳持たずに攻撃を仕掛けるのだが‥‥何故かキリーの方へと矢が飛んでいく。
「‥‥キリーを放せ」
今回の真面目役要員・神咲 刹那(
gb5472)が拳銃を構えながら低い声で呟く。どうやら冗談抜きで彼は真面目にキリーを助け出してくれるらしい。
「ちょっと待つにゃ――――ッ!」
どどどどど、と音を響かせ、大漁旗を携えながらやってきたのは一隻の漁船――その船首部分に白虎(
ga9191)が海の男のように仁王立ちをしながらやってきた。
その隣には漁師、そして彼のライバルも立っている。
「行くにゃ!」
GOサインを出しながら船をキメラへと突撃させるためにスピードを上げる。
そして‥‥。
「キリーお姉ちゃぁ――んっ!!」
だっぱーんと海に飛び込みながら白虎がキリーを抱えて、危険の無い場所に運ぼうとするのだが‥‥。
「ドサクサに紛れて何処触ってんのよ! このエロガキ!」
自分の胸にぴったりフィットしている白虎の手を摘みながらバチコンと平手打ちを食らわす。その隙に再びキメラはキリーを捕らえ、ついでに白虎も捕らえ、結果として人質が2人に増えただけなのだった。
「な、何でこうなるにゃー! 僕の想像では余計な虫ごと跳ね飛ばす予定だったのに! このまま跳ね飛ばされたら僕が余計な虫になるにゃー!」
あわあわと白虎が混乱に陥り、ばたばたと暴れ始める。
「何か、総帥もヤバそうだな‥‥じゃ行こうか、此処からは速さが勝負だ」
神撫は呟きながら、一気にキメラへと近寄り『二段撃』を使用して二人を捕まえている両手を斬り落とす。
そしてトンファーを胴体に押し当てながら『急所突き』を使用して攻撃を仕掛ける。
「子供を人質に取るなんて‥‥許さないよ」
クロスエリアは『試作型水中剣 アロンダイト』を構えて『紅蓮衝撃』を使用しながら攻撃を仕掛ける。
「おらっ‥‥あとは頼むよ」
神撫は『豪力発現』を使用してキリーを安全な場所へポイッと投げる。
「あんたねぇぇぇ! 私の体重は『豪力発現』使わなくちゃいけないほど重くないわよ!」
投げられながらも憎まれ口を叩き、神撫は思わず力が抜けそうになる。
「あんたも行きなさいよ! 私を人質に取るような奴は滅殺してきなさいよ!」
抱きかかえようとしたアレイに飛び蹴りを食らわしながらキリーが彼を戦闘へと送り出す。
「あらあら、優しいお兄さんお姉さん、大好きな白虎君助けて下さいなんて言ってくれたら可愛げもありましたのに」
ソフィリアの言葉に「けっ、いないのに言いようがないでしょ」とぷいっと横を向きながら言葉を返した。
「さて、皆も戦ってるしさよも頑張るぞっ」
橘は呟きながら小銃『シエルクライン』を取り出して攻撃を仕掛ける。ちなみに彼女の武器は雷属性が付属されており――此処まで言えば最後まで言わなくても分かるだろう。
しかし属性『雷』は電気じゃないらしく、彼女が思っているような効果は得られなかった。
「大丈夫? 怪我はない?」
神咲がキリーに話しかけると「してるわよ! ほらぁ!」と傷とも言えない掠り傷を見せながら「あんた達がぼけっとしてるから怪我したのよ、最悪、死んでわびなさいよ」とぎゃあぎゃあとまくし立てる。
「とりあえずは元気そうで良かった、パニックにでもなってたらキスでもして冷静さを取り戻してあげようかとも思ってたんだけど」
冗談めかして呟く神咲に「キス魔、甲斐性なし」とキリーはジト目で見ながら言葉を返した。
「人生初の本気モードにゃーーーっ! よくもお姉ちゃんをー!」
白虎は『マーズアックス』を両手に携えながらキメラへと特攻していく。自分でも言っているが生まれて初めての本気モードなのだろう。ぎらついた瞳はいつもの「にゃー」と言っている彼と同一人物とは思えず、むしろ「ぬああああ」と叫んでいるようにも見える。
「よっと、人質取って不利になったら逃げるなんて卑怯じゃないの?」
クロスエリアがキメラの退路を断ちながら攻撃を仕掛け、本気になった能力者達に半魚人が適う筈もなく『俺、何の為にいたのかな』という言葉が似合いそうなほどに不様に敗北していったのだった。
―― もやしと遊ぼう ――
キメラ退治を終えて能力者達はバス乗り場へと向かったのだが、既にバスはなく泊まる場所さえも危ぶまれる状況。
「‥‥とりあえず、無事みたいだな」
アレイがキリーの頭を撫でながら話しかけると「何処が無事なの! 髪の毛は海水まみれ、あんたの顔に岩塩塗りこんであげましょうか!」とギロリと睨みながら言葉を返す。
「あんた達、どうかしたかね」
海辺を散歩している老人に取り残されたこと、泊まる場所がない事を伝えると「そこの公民館の鍵を開けておいてあげるから、そこに泊まるとええじゃろ」と優しいお爺さんは泊まる場所を提供してくれた。
「全く、アンタ達がもっと早く助けてれば今頃家でゆっくりまったりだったのに!」
ふん、と鼻息荒くしながらキリーが呟くと「ありがとうございます‥‥でしょ」とアイアンクローをかけながら神撫がにこやかに言葉を掛ける。
「ぐ‥‥! あ、あんたも何か役立ちなさいよね! アレイみたいに薪拾いでもしてきなさいよ、でっかい桃見つけてきなさいよ!」
何処の日本昔話だ、神撫はツッコミを入れたかったが入れても無駄のような気がして大きなため息と共に立ち上がり現地の食材を使って何か料理をする事にした。
「美雲さん、貴女はこれでも剥いていてください」
料理を手伝おうとやってきた冴木をソフィリアが優しく戒めて、絶対に味が変わる事のない仕事を任せる。
「分かりました、野菜斬りを頑張ります!」
何処から取り出したのか冴木は剣を携えながらやる気100%で応える。ちなみに彼女が持っている『武器』で実行した場合、やる気ではなく殺る気になりそうなのは気のせいではないだろう。
「‥‥あれ? 荷物が‥‥」
神咲が橘が持ってきてくれたはずの荷物が見当たらないときょろきょろと見渡しながら呟く。
「みんなごめ〜ん、洋服、べしょべしょになっちゃったぁ‥‥でも安心して! さよ、こんな事もあるかなって、人数分の洋服持ってるの!」
橘が「じゃんっ☆」と取り出したのは――全身タイツ、着れば別の意味でピチピチになれる代物だろう。
「仕方ないね、公民館に何着か浴衣みたいなのがあったし、それを今日は着る事にしようか」
神咲は橘の差し出したタイツを見なかった事にして、海の中でびしょぬれになっている荷物を取って、くるりと背中を向けて公民館へと帰る。
「えぇぇ、きっと可愛いのにぃっ」
残念そうな橘の声を背中に聴きながら「着れない、あれは着れないよ」と神咲は遠い目で呟いたのだった。
そしてキャンプファイアーや料理の準備が出来て、能力者達はもう一日だけ夏を満喫する事となった。
「キリーさん、これを持ってて下さい」
ぐい、と冴木に押し付けられたのは赤い紙、キャンプファイヤー時のペアを決める為のくじらしく「これを持って引いた振りしてください」とずずいっとキリーに押し付ける。
「何これ、いかさまじゃないの」
「大きな声で言ってはいけません! 皆さんに知られたら気分を悪くする人もいるかもしれないんですから!」
此処で補足しておこう、冴木はキリーの声の数倍以上の大きさで喋っており、既にくじのいかさまについて能力者達に知られている。
「まぁ、どうせ‥‥白虎とのペアにするつもりなんだろうしねぇ‥‥」
クロスエリアは苦笑しながら一生懸命隠そうとしている冴木を見て呟く。
「白虎さん、キリーさんには焼きそばを一緒に作ってもらいます――拒否したら夕飯抜きになりますわよ」
最後の言葉はぼそりと呟き「仕方ないわね」とキリーは立ち上がりながら白虎と一緒に焼きそばを作り始める。
しかしここで彼女が普通に作ると考えてはいけない。作るのは全て白虎に任せてキリーは指示だけを出して雑誌を読んでいる。
「私が夕飯抜きになったら、シメるわよ」
雑誌から視線を外す事なくキリーは呟き、白虎は「にゃー! にゃー!」と叫びながら必死に焼きそばを作っている。
「ん? 何か落ちたわよ」
白虎のポケットから落ちた『ハートフェルトリング』を指差す。
「指輪? お子様に指輪なんて100年早いわよ」
ひょい、とキリーは指輪を拾って自分の指にはめようとしたのだが‥‥「か、返すにゃー!」と白虎がキリーから指輪を取り返す。
ちなみに彼はキリーに指輪を渡すのが嫌というわけではなく、自分でキリーに手渡ししたいから取り戻した――という事なのだが、そんな事など知らぬ彼女の逆鱗に触れる。
「ガキんちょが何マセた事してるわけ? 一度死んで生まれ変わってから持ちなさいよね、そういうのは」
菜ばしをギラリと光らせて白虎に向けて投げつける。
「ちょ、な、何してんの‥‥」
クロスエリアが慌ててキリーを止めると「やきそば飽きた、続きはやってよね」とさいばしをクロスエリアに渡してスタスタと歩いていってしまう。
「きゃっ!」
足元を何かが通り過ぎ、キリーが突然可愛らしい声で叫ぶ。
「敵かにゃ!」
白虎がきりっとしながら呟くと「これ使え!」とアレイが水筒を投げ渡す、その中には熱い珈琲が入っており「にゃー!」と叫びながら白虎は珈琲攻撃を仕掛ける。
しかし、足元にいたのは虫で、珈琲はキリーに掛かってしまう。
「ありゃりゃ、もやしちゃん! 服がないなら全身タイ「いらないわよ」‥‥可愛いのに」
「と、とりあえずお風呂入りましょ。何かコーヒー臭いですし」
冴木の言葉に「本当だ」とアレイが呟くと「アンタのせいでしょ!」とショートアッパーがアレイの顎にクリーンヒットする。
「一つ、言っておきますけど! 覗きはダメですからね」
公民館にある少し大きめのお風呂へと入る前、冴木が男性陣に向けて念押しをする。
「したければすればいいじゃない――――死なすケドね」
親指をグッと上から下に向けなおしながらキリーが今までで一番の般若顔になって男性陣へと言葉を投げかけた。
「本当に‥‥育つのかしらねぇ、この状態から」
女性陣は一緒にお風呂に入り、ソフィリアはキリーの胸を見ながらため息混じりに呟く。
「だ、大丈夫ですよ。キリーさん、女性は胸が全てではないですから」
冴木がフォローを入れるがキリーがすかさずチョップを食らわす。
「私の胸が育たない前提でのフォローなんていらないわよ、ド阿呆」
「そうそう、まだまだこれからじゃないか、ね? キリー」
クロスエリアがキリーの頭をくしゃりと撫でながら話しかけると「まだ私は若いものね、オバサンにはない魅力があるのよ」と「へっ」とどこかの芸人風に言葉を返してくる。
お風呂から上がった後はキャンプファイアーを楽しんだり、料理を食べてお腹一杯になったり、ソフィリアが歌を披露して「あたしでもアイドル成れるわよ」とキリーが野次を飛ばしたりと夏を満喫するのだった。
「白虎さんももやしさんも可愛いですわ」
寝てしまった子供達の寝顔を見ながらソフィリアはくすっと微笑む。
「うん、そうだね‥‥キリーが助かって本当に良かった、夜も楽しんでくれたみたいだし‥‥」
神咲は色々文句を言いながらも楽しそうにしていたキリーの姿を思い出しながら苦笑する。
「やっと静かになったか‥‥」
子供達が寝た後は大人の時間、と神撫は大人達を集めて予め作っておいたつまみと一緒に酒を呷る。
そして――次の日、キリーは誰よりも早く起きて能力者達の顔に悪戯書きをしていたのだった。
「早く助けてくれなかった罰を受けなさい」
これはキリーが能力者達に怒られる一時間前に呟いた事だった。
END