●リプレイ本文
―― 恒例のクイーンズ旅行 ――
「さぁさぁ、今年もやってまいりました! クイーンズ恒例の宿泊旅行やっちゃうよー!」
すちゃっと大荷物を抱えてクイーンズ記者の土浦 真里(gz0004)が元気に騒ぐ。
「俺はキメラ退治を受けただけのはずだったんだが‥‥」
ゲシュペンスト(
ga5579)が小さな声で呟く。彼は『キメラ退治のみ』の依頼だと思っており、旅行の話を聞かされて慌てて準備をしてやってきたのだ。
「‥‥よぅ、真里。久しぶりだな? 遅くなったけど結婚おめでとうな」
神無月 翡翠(
ga0238)がマリに話しかけると「ありがとー♪」と神無月の背中をバシバシと叩きながらお礼を言う。
「しっかし、新婚で人妻ねぇ‥‥想像出来んねえ‥‥」
神無月は結婚しても態度が変わらないマリを見て苦笑気味に呟く。
「まぁ、あれがマリさんの良い所であり、悪い所なんでしょうね‥‥」
小鳥遊神楽(
ga3319)も苦笑しながら神無月に言葉を返した。そんな彼女に気がついたのか「小鳥ちゃーん、やっほー!」と手を勢い良くぶんぶんと振りながら小鳥遊を呼んだ。
「去年に引き続いて今年も参加させてもらうわね、マリさん。まぁこれだけのメンバーがいればキメラの方も問題ないと思うけど、油断は大敵ね」
確実に仕留めて、バカンスを楽しみましょうね、小鳥遊は言葉を付け足しながらマリに言葉を返した。
「去年といい、今年といい、どういう伝手でこういうおいしい依頼を探してくるのかね、マリは?」
苦笑しながら威龍(
ga3859)が呟くとマリは自信満々で「日ごろの行いのよさ」と即答で言葉を返してきた。
しかし能力者達が『その言葉だけは絶対にマリには当てはまらない』と心の中で呟いたのは言うまでもなかったりする。
「だが、せっかくのマリの好意だ。依頼を早めに片付けて、ゆっくりとバカンスを楽しむとしようか」
威龍はちらりとクイーンズ記者の静流を見ながら呟く。彼は静流と交際をしているがデートらしいデートはマリの結婚式以降はしていないらしく、折角の機会なので今回の旅行に参加したのだとか‥‥。
「思えばこの旅行も三回目、そして私と真里さんが出会ったのも旅行の時‥‥感慨深いものですねぇ」
しみじみと呟くのはマリと結婚した事で今後の人生をきっと彼女に振り回されるであろう人物、玖堂 鷹秀(
ga5346)だった。
「あ、これって新婚旅行と考えるべきでしょうか」
玖堂の言葉に「どうだろ、確かに新婚旅行はしてないケド」とマリが首を傾げながら言葉を返す。
その時「遅れてごめんなさい」と室生 舞(gz0140)が小さなボストンバッグを持ってぱたぱたと駆けてきた。
「こんにちは、舞さん」
レイン・シュトラウド(
ga9279)が少し顔を赤らめて話しかけると、舞も顔を真っ赤にしながら「こ、こんにちは」と挨拶を返した。
その様子を見ていたゲシュペンストはレインの肩をぽんと軽く叩きながら「頑張れよ、少年♪」と言葉をかけたのだった。
「それにしても良い場所ねぇ、遭難も無駄じゃなかったのかしら?」
シュブニグラス(
ga9903)はマリのお腹をぷにぷにとしながら話しかける。明らかにこの前の遭難以来、マリは体重が増えており「ぎゃあっ! 何してンの!」と慌ててマリは後ずさった。
「初めまして、真里さんと初対面の私が参加していいものか悩みましたけど‥‥」
加賀 円(
gb5429)が苦笑気味に話しかけると「いやいや、大歓迎だから! これから仲良くなっていこーねっ♪」とマリは言葉を返して手を差出し「あくしゅ」と言葉を付け足した。
それからマリたちは目的地近くまで高速艇に乗っていくため、クイーンズ記者である翔太に一切の荷物を任せて先に高速艇乗り場まで歩いていったのだった。
―― 高速艇の中、そして現地到着 ――
「来てから、しかも高速艇にに乗ってから言うのも何だが‥‥俺でよかったのかね、来るの」
ゲシュペンストが苦笑気味に呟くと「うりゃ!」とマリからチョップが食らわされる。
「私がいいって言ってるからいいのー! それともペンちゃんは私と仲良くなりたくないわけー!?」
マリは腰に手を当てながら『ふんっ』と怒ったような表情でゲシュペンストを見る。しかし彼にとってはどちらかと言うと『ペンちゃん』と呼ばれた事に対しての言葉を聞きたかったりする。
「何で俺はペンち「あ、私荷物の中にジュース入ってたから取ってくるー!」‥‥いつもああなのか?」
人の話は聞かない、自分の話は聞かせる、そんなマリの姿を見てゲシュペンストは苦笑気味に玖堂に問いかける。
「すみません、えぇとこの場合は何とフォローすればいいのか全く分からないんですけどとりあえずうちの妻がすみません」
玖堂は恭しく頭を下げて謝罪する。きっと彼が胃痛、もしくは精神的疲労で倒れる日も遠くない未来なのかもしれない。
「話に聞いていた以上だな‥‥」
何で炭酸が噴出してくるのよ、と叫びながら同じ記者であろう男性を蹴りつけるマリを見ながらゲシュペンストは小さな声で呟いたのだった。
それから高速艇は白狼館から少し離れた所に着陸して、能力者達を下ろした。
「此処からは歩いて、だな。そんなに離れてはいなさそうだが‥‥」
神無月が少し遠くを見ながら呟く。今回泊まる白狼館の屋根が見えており、あまり離れていない事が分かる。
「おやぁ、もしかしてあんたら白狼館に行くのかね」
年配の女性が能力者達に話しかけてきて「えぇ」とシュブニグラスが言葉を返す。
「白狼館に行くにはこの道でいいのよね?」
シュブニグラスの言葉に「あぁ、この道しかない。まぁ一本道だから迷う事もなかろうて」と言葉を返してきた。
「‥‥なんでももっさいのがいるんですって?」
シュブニグラスが呟くと「キメラやね、能力者に頼んでるって言ってるけど大丈夫かねぇ」と女性は苦笑気味に呟く。明らかに観光目的、という格好の能力者達を見て女性も少しだけ不安を隠せないようだった。
「大丈夫ですよ、内実はどうあれキメラ退治が目的ですから。私達も能力者ですからどんなに弱い相手だとしても気を抜く事はないですから」
加賀がにっこりと穏やかな笑みを浮かべて言葉を返す。
「それじゃ早く退治に向かいましょうか、あたしも早くバカンスを楽しみたいしね」
小鳥遊が呟き、能力者達は白狼館へと続く道を歩き出したのだった。
今回の能力者達は行動こそ一緒にとるけれど、キメラが現れた以降は決めた班で行動をとり連携する作戦を立てていた。
A班・ゲシュペンストが前衛、玖堂、小鳥遊の二人が後衛から支援と援護。
B班・威龍が前衛、レインと神無月が後衛から支援と援護。
C班・加賀が前衛、シュブニグラスが後衛から支援。
今回のキメラは脅威的なものではないけれど、これから被害が増える可能性もある為、能力者達の中に油断をしている者はいない。
「さて、何処から現れるかね」
神無月は手袋をはめながら小さく呟く。
「キメラにマリちゃんと来れば勿論取材だよねっ、がんばるぞー!」
メモとペンを構えてマリがきょろきょろとしながら周囲を見渡す。そんな彼女の姿を見て「真里さんは大人しく、くれぐれも大人しくしていてくださいね」と玖堂が言葉を返す。
キメラ退治を何事もなく済ませるためには『マリが暴走しない』というのが必須条件になる。いくら簡単なキメラ退治といえども彼女が暴れる事によって難易度が上がっていくに違いないのだから。
「おや? 現れたようです、援護いたしますので、無理なさらないように」
神無月は覚醒を行いながら呟き、ずし、ずしと重そうな音を響かせながら能力者達の前に立つ熊型キメラを見た。
「あたし達の楽しいホテルでのバカンスの為に早々に消えてもらうわよ。あなたに付き合っていると遊ぶ時間がどんどん削られていく一方だしね」
小鳥遊も『スナイパーライフル』を構えながらキメラをきつく睨んで呟く。
「人の旅行を邪魔する奴はぁ‥‥俺に蹴られて地獄に落ちろ!」
ゲシュペンストは叫びながら靴に装着した爪を見る。このような旅行は子供の時以来の彼にとって遊びなれていない部分もあるのだが、楽しみにしているという部分もあるのだろうか。
「舞さん‥‥危ないので後ろに下がっててください」
レインも『【OR】スナイパーライフル luna cinericia』を構え、舞に危険が及ばないように後ろに下がらせる。
「‥‥奮発して『練成超強化』してあげるから頑張って!」
野生で獣臭いのか、決してシュブニグラスはキメラに近づこうとはしない。確かに近くによれば少し異臭がするし、清潔そうなキメラには見えないから多少潔癖な人間であれば近づきたくないと思うのも無理はないかもしれない。
「あらあら、邪魔な獣ですね。皆さん、この後を楽しみにしているのですから、さっさと消えてくださいね」
加賀は穏やかな口調で話してはいるけれど、浮かべられた表情は冷たい笑みだった。
玖堂が『練成強化』を使用してゲシュペンストの武器を強化し、小鳥遊が『先手必勝』を使用して『スナイパーライフル』で攻撃を仕掛ける。
「究極! ゲシュペンストキィィィィック!!」
ゲシュペンストは『急所突き』を使用しながらキメラを蹴って攻撃する。元々が素早さの低いキメラなのか能力者達の攻撃を避ける事が出来なかったけれど――キメラはゲシュペンストが離れる間際に鋭い爪で攻撃を仕掛け、彼の胸部分を掠める。
「‥‥援護します」
レインは呟きながら『狙撃眼』を使用した後に『先手必勝』を使用、そしてキメラの足や目などを狙い動きを封じる。
そして前衛で動く威龍の武器に、神無月が『練成強化』を使用して強化する。続いて『練成弱体』も使用してキメラの防御力を低下させる。
「後に楽しみが待っていればやる気もいつも以上に出るものだな」
威龍は呟きながら『急所突き』『瞬即撃』を使用してキメラに攻撃を仕掛ける。
「くすっ、熊鍋の材料にしてあげますよ」
加賀は『薙刀 疾風』を構えて「あぁ」と思い出したように呟く。
「どうかした?」
シュブニグラスが問いかけると「いえ」と加賀は苦笑して言葉を返す。
「‥‥不味そうですから、熊鍋は止めた方がいいですかね、と思っただけです」
本当にやるつもりだったのかしら、シュブニグラスは心の中で呟いたけれどそれを口にする事はなく、代わりに『練成超強化』を加賀に使用した。
「お前の相手はあっちにいるだろうが! こっちに来るんじゃねぇよ!」
玖堂は自分たちに近づいてくるキメラに吐き捨てると『電波増幅』を使用して『エネルギーガン』でキメラに攻撃を仕掛ける。攻撃を受けて苦しがっている間にゲシュペンストによって先ほどの位置まで蹴り戻され、小鳥遊が『強弾撃』と『影撃ち』を使用してキメラに攻撃を仕掛ける。
そして前衛のゲシュペンスト、加賀、威龍の3人の攻撃によってキメラはあえなく撃沈させられたのだった。
―― これこそ目的、日ごろの疲れをゆっくり癒しましょう ――
キメラを退治した後、能力者達は真の目的地である白狼館へと到着した。
「あらあら、沢山の人で久々に楽しい日になりそうだわ」
少し品のある初老の女性が能力者達を見てにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。白狼館は町からは少し離れた場所にあるので、年老いた女性の一人暮らしはやはり寂しいものがあるのだろう。
「とりあえずお疲れになられたでしょう? お部屋割りはどうしましょう?」
女性が人数分の鍵を予め用意していてくれていたらしいが、部屋割を聞いていなかったので完全に準備は出来ていないと言葉を付け足してきた。
結局話し合いの結果、部屋割りは以下の通りになった。
シングル・神無月、小鳥遊、ゲシュペンスト、加賀、クイーンズ記者の翔太の五人。
ツイン・玖堂&マリ、威龍&静流、シュブニグラス&チホ――だけの予定だったがマリが口を出してきてレインと舞もツインの部屋割りに決められてしまった。
「うふふ、それじゃご用意しますから夕食の時間までお好きに楽しんでくださいな」
女性が準備の為に動こうとした時、シュブニグラスが「この度は我侭を聞いてくださってありがとうございます」と丁寧に挨拶をした。シュブニグラスはマリの人を見る目は信用できると考えており、オーナーの女性も素晴らしい人だと会う前から確信めいたものを持っていた。
「いいえ、此方こそ一人だと寂しいものですから。賑やかな食卓なんて久々ですから腕を振るいますわね」
それぞれ荷物を部屋まで運び、折角なので海に行って夏を満喫しようと言う事になった。
「そろそろ、時期はずれになってると思うんだが‥‥皆元気だよなぁ、くらげとか大丈夫か?」
神無月は海で騒ぐ他のメンバーを見ながら苦笑気味に呟く。
「でもあたしはこういう機会があって嬉しかったわね。今年は水着を着る機会に恵まれないと思っていたけれど、新調しておいて良かったわ」
小鳥遊はパーカーを羽織ってはいるけれど、彼女の着ている水着は紺系の背中が大胆に開いたワンピース水着だった。
「あら、貴女は水着にはならなかったの?」
小鳥遊が加賀に問いかけると「え、えぇ‥‥」と少し言葉を濁して呟く。男性恐怖症の彼女にとって『泳がないのに男性の前で水着にはなりたくない』と言う気持ちがあったらしく、彼女だけは水着を着ていなかった。
「まぁ、プールもあるみたいだしホテルに帰ってからでも楽しめると思うわ」
小鳥遊の言葉に「はい、プールに入れたらそっちで楽しみたいなと思います」と加賀は言葉を返したのだった。
「舞さん。良かったら少し泳ぎませんか?」
レインは脇に黒いラインの入った灰色のトランクスタイプの水着に白いパーカージャケット姿で舞に話しかける。一方の舞はビキニではないけれど上下に分かれた薄い緑色の水着を着ており「は、はいっ」と少し照れたような表情でレインと共に海に入る。
ちなみに余談だが、レインはこの日の為に泳ぎを練習してマスターしてきたという。
「‥‥俺も、泳ぎたい」
青い空、白い雲の下でどんよりと暗雲を立ち込めさせる男性・翔太はパラソルの下で荷物番をさせられていた。
「えぇと、私が荷物番変わってあげましょうか? 翔太君も遊んできたら?」
シュブニグラスが苦笑気味に話しかけると「ありがとう、でもきっと後が怖いからいいッス」としょぼーんとしながら言葉を返した。
「貴方、良い男になるわ‥‥‥‥耐えれていたらね」
シュブニグラスがぽんと肩を叩きながら「頑張ってね」と言葉を残してチホの所へと行く。そしてオイルを塗った後砂浜で横になってまったりと過ごす。
「鷹秀が白衣脱ぐなんて珍しいねー。絶対海でも白衣だと思ってたから」
けらけらと笑いながらマリは玖堂と手を繋いで砂浜を散歩していた。玖堂の格好は青いハーフパンツ型の水着で上着にパーカーを羽織っている。対するマリは橙色の水着。
「出かける時はドタバタしてましたからね、穏やかな時間は大変貴重なのですよ」
遠くを見ながら玖堂は呟く。あえて言うけれど彼が妻に選んだ女性は『穏やか』という言葉から果てしなくかけ離れた女性だったりする。
「‥‥何で此処でこんなものが‥‥」
ゲシュペンストは海釣りを楽しんでいた‥‥筈なのだが何故か魚を入れるバケツの中には長靴、下駄、サンダル、と履物ばかりが入れられており、先ほど釣れたのが初めての魚で何故か『イカ』だったりする。黒地にフレアパターンのプリントされたハーフパンツ型の水着が少し寂しそうに揺れる。
「‥‥お前、明らかに住んでいる場所を間違っているだろう」
ゲシュペンストはイカに向かって呟くが、イカが言葉を返すはずもなかった。
「綺麗な貝殻、何かこういう風景を見てると『夏』って感じがするわよね」
静流がポツリと呟くと「そうだな」と威龍が言葉を返す。
「皆と楽しんでくればいいのに」
隣に座っている威龍を見て、静流が呟くと「十分俺は楽しいから心配するな」と威龍は言葉を返した。
勿論、彼も能力者達と楽しむことも忘れていないけれど、静流と楽しく過ごすことも忘れては居ない。
「そろそろ夕食の準備が出来る頃じゃない? みんなを呼んだ方が良くない?」
静流が立ち上がり、威龍も続いて立ち上がり、他の能力者達の所へと向かっていったのだった。
―― ご飯を食べて、ゆっくりまったり遊びましょ ――
「久々のお客さんだから腕を振るい過ぎちゃったかしら」
うふふ、と女性は苦笑してテーブルを見る。長いテーブルの上に並べられた料理、料理、料理の数々。人数が多いけれど、これを食べきるのは少しだけ苦労するかもしれない。
「あ、無理はしないでもいいですからね? 食べきれなかったら残してくださっても大丈夫ですから」
女性が呟くが、能力者達の中には残そうと考えるものはいなかった。何故ならこの料理の数々で普段どれだけ寂しいと感じているのか能力者達には分かってしまったからだ。
「よっし、とりあえず食べようっ。こっちのエビチリ美味しそう〜♪」
いただきまーす、と手を合わせた後でマリが料理を食べ始め、他の能力者達も続いて料理を食べ始める。
「一応プールも使えるようにしていますので、使う方は遠慮なくどうぞ。地下にはバーがあり、ある程度のお酒は揃えてありますから」
それではごゆっくり、女性は丁寧に頭を下げて下がっていった。
「この後は自由行動だから、皆好きに過ごしちゃってねー♪」
マリが食べながら他の能力者や記者たちに言葉を投げかける。
「バーでカードゲームでもしない? 時間ある人は是非ご一緒しましょうよ」
シュブニグラスが持参してきたトランプを見せながら呟き、数名の能力者や記者たちが参加の意を示した。
それから一時間ほどは料理を食べる事に専念して、バーに行く者、プールに行く者と別れたのだった。
「わぁ、ちょっと冷たいですけど気持ちいいかも」
加賀は足をそぉっと水にいれながら呟く。まだ夏とは言え、陽も落ちた夜に泳ぐには少し肌寒いかもしれない。
加賀はゆっくりとプール内を泳ぎ、その後は空を見るようにぷかぷかと浮いている。のんびりとした時間だったけれど、戦闘に身を置く能力者達にとってはこういううゆったりとした時間は珍しいのかもしれない。
「カードゲームはどうしましょう、あんまり得意じゃないですし‥‥というより、男性と指が触れ合うようなゲームはちょっと‥‥」
空に浮かぶ丸い月を見ながら加賀が呟く。男性恐怖症の彼女にとって男性と関わるゲームは少しでも避けたいのだろう。
その頃、地下のバーではカードゲームで盛り上がりを見せていた。
「フフ。伊達に間違えてディーラーやってないわっ」
きりっとシュブニグラスが呟くが『間違えて』の部分が既にうっかりさんを暴露しているのは気のせいだろう。
ちなみにしているゲームはシンプルなもので『ばば抜き』だった。難しいゲームを知っている能力者達もいたけれど、誰でも知っているゲームにしようと言う事になり『ばば抜き』となった。
勿論ゲームなのだから『罰ゲーム』が存在して、負けた者は『恥ずかしい格好』が待っており、恥ずかしい格好をしたくない能力者達は静かに必死でゲームをしていた。
「やりぃ、俺の勝ち♪」
一番最初に抜けたのは神無月だった、女性に見えなくもない彼が負けた場合は恐らく確実に『女装』が待ち受けていた事だろう。
「‥‥ジョーカーは、きっとマリさんの所ね」
小鳥遊がちらりと視線を移しながら呟く。いかにも『これを引きなさいよね』と目立つようにされているカードが果てしなく怪しさ満点だったりする。
「そういえば、玖堂さんとの新婚生活はどうなの、マリさん?」
小鳥遊が怪しさ満点のカードを避けながら問いかける。
「ちっ、う〜ん、今までと変わらないんじゃないかなー? 私は記者の仕事があるし、鷹秀は傭兵の仕事があるし‥‥何なら編集室に引っ越してくる?」
玖堂に視線を向けながら呟くと「え!」と玖堂が驚いたような表情で言葉を返してきた。
「‥‥俺は負けられない、俺が俺である為に」
ゲシュペンストは背景に『ごごごごご』と効果音を背負いながら真剣にカードゲームに取り組む。此処で負けてしまえば、彼にも『女装』という恥ずかしい格好が待ち受けているからだ。
「レイン坊、もっと顔に出しなさいよ。Kをちょうだいよ、Kを」
マリが唸りながら呟くと「手札を読ませないのは、カードの基本ですからね」とさらりとレインは言葉を返す――のだが、運悪くマリにKのカードを渡してしまい、マリが先に抜けてしまう。
その後、一時間近く硬直状態などが続いた後――ビリになったのは‥‥レインだった。
「ううう‥‥此処まで来て、こんな格好をする事になるなんて‥‥」
レインは過去にも母や妹などに女装させられた経験があり、何故かもう違和感がなくなっている。
「だ、大丈夫です。そんなレインさんも可愛いですよ」
先日漸くお互いの気持ちが通じ合って付き合い始めたばかりの彼女、舞に言われてしまうのだがレインにとってその言葉がトドメとなっている事に舞は気づいていない。
「さて、そろそろお開きにするか。明日の朝一番で帰るんだろ?」
威龍がマリに問いかけると「うん、本当はもっとゆっくりしたいんだけどね」と苦笑しながらマリが言葉を返してきた。
「俺はもう少し飲んでから寝る事にするよ」
からん、と氷の良い音を響かせながら神無月はグラスを持ち上げてみせる。
「そうね、あたしももう少し飲んでから寝ようかしら。こういう機会は滅多にないものね」
小鳥遊もグラスに残ったワインを飲み干して呟く。
「俺も少し飲んでから寝るとするかな、結構な上物の酒が揃ってるから少し嬉しくてな」
ゲシュペンストはワインセラーなどを覗きながら呟く。
「シヅ、寝る前に少し散歩に行かないか?」
威龍が静流に話しかけると「いいわね、少し酔いを覚ましたかった所なの」と言葉を返し、二人は海辺の方へと歩いていった。
「私達はどうします?」
玖堂がマリに問いかけると「う〜ん、ちょっと眠くなってきちゃったかも」とまるで小さな子供がするように目をこすりながらマリは言葉を返す。
「それじゃ、私達は先に休ませていただきますね」
玖堂はマリを連れて泊まる部屋まで戻っていく。
「ボクたちも散歩に行きませんか?」
レインが舞を見て呟くと「は、はい」と舞は少し顔を赤くしながら言葉を返す。
「あ、そういえば海に来たのだから『すいかわり』をしてみたかったのですが‥‥ボク『すいかわり』ってしたことなかったんですよね」
レインが思い出したように呟くと「棒切れでスイカを叩き割るだけですよ?」と舞がかくりと首を傾げながら言葉を返した。
「それじゃ私達は先に休んじゃいましょうか、夜更かしはお肌の天敵だものね」
シュブニグラスがチホに言葉を投げかけると「そうね、今日は少し疲れたからぐっすりと眠りたいかも」とチホも言葉を返した。
その頃の加賀は昼間のキメラ退治などで疲れていたのか、既に自室でぐっすりと寝入っていたようだ。
「ろくにデートする時間も作れなくて、シヅにはほんとすまないと思っている。何かシヅには格好の悪い所ばかり見せている気もするな」
威龍が頭を掻きながら静流に呟くと「いいんじゃない?」という短い言葉が返ってきた。
「カッコイイだけの人に興味はないもの。格好の悪い所、弱い所を見せてくれるほうがあたしは好きだけどね――それに会えない時間が長ければ会った時の楽しみも増すでしょう」
静流の言葉に「まぁ確かに」と威龍は呟く。
「俺も会えない時間のおかげでシヅの事を思うことが多いのも確かだけどな‥‥愛してるぜ、シヅ」
星が瞬く中、波のさざめく音を聞きながら威龍と静流はゆっくりとキスをしたのだった。
「今回の旅行、舞さんと一緒に行けて楽しかったです」
海辺を歩き、星を眺めながらポツリとレインが舞に向けて話しかける。
「ボクも凄く楽しかったですよ、それにこれも‥‥ボクの宝物です」
舞はレインからもらった懐中時計を見せながら照れたように呟く。あれから肌身離さず持ち歩いているのだと舞は赤い顔で言葉を付け足した。
「また、いつか何処か遊びに行ってくれますか」
舞がにっこりと笑って呟くと「もちろんですよ」とレインは言葉を返したのだった。
「今日は楽しかったし、疲れたからぐっすり眠れそうー♪」
マリが部屋に到着すると同時にベッドにダイブする。
「真里さん‥‥」
あとはもう寝るだけとなった時、玖堂はベッドに腰掛けて静かな口調でマリの名前を呼ぶ。
「実は真里さんにお話したい事が‥‥」
神妙な顔で何処か影さえ感じられる表情で呟く玖堂に「ほえ?」とマリは首をかしげる。
(「はっ、まさか離婚したいとか言うんじゃ‥‥そんな事言われる心当たりなんて――‥‥ありすぎて困るううう!」)
心の中でマリが一人悶えていると「これから私が依頼に入る事があると思いますが、報酬は半分でいいですよ」と玖堂が言葉を続けた。
「は?」
「え?」
お互い予想してなかった反応にきょとんとした顔で互いの顔を見る。
「もう半分はまたいつか請求書が届くようなことがあってもいいように積み立てておいてください」
はぁ‥‥マリはまだ状況を飲み込めていないような表情で言葉を返す。
「もしかして別れ話とか良くない事だと思いました?」
可笑しそうに笑う玖堂に「べ、べつに」とマリは明後日の方向を向いて言葉を返す。
「大丈夫ですよ? 私はずっと、真里さんの事を、愛し続けますから」
玖堂は言い終わると同時にマリに優しくキスをする。
「‥‥当たり前でしょ、私みたいな万能な嫁なんて探したって簡単には見つからないんだから」
マリは呟いたあとに「もうねるっ」とベッドに寝転んで布団を頭まですっぽりと被って寝てしまった。
―― 楽しい時間は直ぐに過ぎて ――
「もう帰ってしまうんですねぇ‥‥さびしいですわ」
次の日の朝、帰宅準備をして玄関付近に能力者達が集まっているとオーナーの女性は寂しそうな表情で能力者達を見る。
「おばさま、今度はプライベートで友人と来たいと思ってますから、そんなに寂しそうな顔をしないで下さい」
シュブニグラスが呟くと「ふふ、そう言ってもらえると凄く嬉しいわ」と女性は嬉しそうな表情で言葉を返した。
「うー‥‥眠い」
神無月は目をこすりながらまだ完全に目覚めていないのか小さな声で呟いた。ちなみに彼を起こしにいった翔太の証言なのだが『男に見えない色気でソッチに走りそうになりました』だそうだ。
「それじゃ、皆さん。今回はキメラ退治も本当にありがとうございました。お気に召したらまた遊びに来てくださいね」
女性は丁寧に頭を下げながら能力者達を見送ったのだった。
その後、能力者達は本部に依頼遂行の報告をしに向かい、その後、各自解散となったのだった。
END