●リプレイ本文
―― もやしの家(と書いて魔王の居城と読む)へいきましょう ――
「それでは、うちの娘を宜しくお願いしますね」
キルメリア・シュプール(gz0278)の母親が能力者達に頭を下げる。キリーの母親は娘の相手をしてくれる能力者達に挨拶をする為に、任務に出発する前に実家へとやってきていた。
「羽目を外し過ぎないように見ていますので、ご心配なく」
神撫(
gb0167)が苦笑しながらキリーの母親に言葉を返す。今回のメンバー、果てしなく羽目を外す人ばかり集まった――なんて言える筈もない。
「それじゃお仕事頑張ってきてねっ。いってらっしゃい、お母さん」
にこにこと天使の笑顔で母親を見送った後「‥‥準備は出来てるわけ? まだ出来てないとか言ったら高速艇から振り落とすからね」と魔王の顔で能力者達の方へと向き直る。
「ほぉら! 新しいお父さんですよ? ぷほほほほほ!」
気色の悪い笑い声を上げてキリーに近寄り、目潰しを喰らっているのは紅月・焔(
gb1386)だった。彼は先ほどキリーの母親に「第二の恋愛に興味はありませんか?」と珍しくガスマスクを外しながら口説き、キリーから熱湯の入った水筒をぶつけられ阻止されていた。
「いいわよ? 私の父親になるっていうならそれでもいいわ。家に来ればいいじゃないの、滅殺するけどね」
ごごごご、とキリーは背景に黒い炎を纏わせながら紅月に言葉を返す。
「まぁまぁ、キリーちゃんも落ち着いて♪ 可愛い顔が台無しだよ」
にこにこと仲裁に入るのは眼鏡が素敵なおじさまの大泰司 慈海(
ga0173)だった。
「まぁ、おやぢが言うなら仕方ないわね。感謝しなさいよ」
この馬鹿、キリーは紅月を蹴りながらふんぞり返って言葉を付け足す。
「はわわ、おっきな屋敷です‥‥キリーさんはお嬢様だったのですね。ちょっと驚きなのですよ‥‥」
土方伊織(
ga4771)は驚いたようにポカンとキリーの実家、大きな屋敷を見上げていた。
(「はわ、今度からキリーお嬢様って呼んだ方がいいです?」)
わんこ、こと土方は頭の中でぐるぐると考えこみ「何してンのよ、わんこ」とキリーが腕組みをしながら問いかける。
「はわわ‥‥僕の呼び方がわんこになってるです、覚醒すると犬っぽいのは否定しないですけど、ペット扱いは泣けてくるですー」
あわあわと土方が抗議してくると「分かったから早く入りなさいよ、わんこ」と土方の抗議に聞く耳持たずな魔王少女だった。
「本当に凄い屋敷だなぁ、本当にお嬢様だったんだねぇ」
感心するように呟くのは龍深城・我斬(
ga8283)だった。そして何故か他の能力者と違ってバッグがパンパンに膨れ上がっている。
「何を持ってきたらそんなにバッグが膨れ上がってるわけ? まさか家に住み込むつもりじゃないでしょうね」
(「何があるか分からないから非常食とか持ってきてるとか言ったら、この子怒りそうだよねえ‥‥」)
心の中で龍深城が呟くと「何黙ってるのよ、まさか本当に住み込むつもり!?」と更に蹴りつけてくる。ちなみにピンポイントでスネを蹴ってくるために少しどころかかなり痛いのは秘密にならない秘密だったりする。
「此処が、キリーお姉ちゃんの家‥‥」
白虎(
ga9191)が少しドキドキしながら屋敷を見上げる。そして拳を強く握り締める。
「お姉ちゃんの罠‥‥必ず突破してやるにゃー!!」
強い決意を言葉にした時に「人の家を勝手に要塞みたいな言い方してンじゃないわよ、このアホ」とバチコンとぐーで殴りながら白虎に言葉を返す。
「に、にゃーっ、痛いのにゃー! 何するにゃー!」
「うるさいわよ、馬鹿」
再びキリーの拳骨が白虎に振り下ろされようとした時「キリー、食材を持参してきたが何処に持っていけばいいんだ?」とアレイ・シュナイダー(
gb0936)がキリーに話しかける。
「ちっ、邪魔が入ったわ。生物だったら調理場に冷蔵庫があるから入れておき‥‥あんた、密かに私に喧嘩売ってるわね」
アレイが持って来た食材『もやし』を見て、キリーに青筋がいくつも立つ。
「はははは、そんなわけないじゃないか。それじゃ冷蔵庫借りるからな」
爽やかに笑いながらアレイは調理場へと向かっていく。
「恐るべし、もやし。スケールが違う」
ぶつぶつと呟いているのはしっと団総帥の白虎と並んでキリーに桃色である仮染 勇輝(
gb1239)だった。彼はキリーと親交を深めるために今回のお泊り会に参加したらしいのだが、スケールの違う屋敷の大きさに驚いている最中だった。
(「俺の家もデカイけど‥‥スケール違いすぎ!! どこの貴族様ですかっ!?」)
「何混乱してぶつぶつ言ってンのよ! へたれ」
ごす、と鳩尾に突きをいれながらキリーが仮染を現実の世界に引き戻す。
(「ふーん、合宿ではすれ違ったけど色々噂は聞いてるわよ。でもね、その程度なら猫可愛がりすれば良いレベルね」)
百地・悠季(
ga8270)がキリーを見ながら呟く。
「何じろじろ見てンのよ、この乳馬鹿」
キリーは嫉妬の心が混じる言葉を投げかけると、背後から、はらぐ‥‥もといソフィリア・エクセル(
gb4220)が「こんにちは、キリーさん♪」と話しかけてくる。
「この人はソフィリアの『大切な』お友達の百地さんですわ♪ ‥‥この意味、分かりますわよね♪」
楽しそうにソフィリアが説明すると、キリーは腕組みしながら暫くの間考え込んで首を縦に振る。
「俗に言う『百合な関係』って言うのね。分かったわ、私別にそういう趣味じゃないし、邪魔なんてしないから安心してちょうだい」
「「は?」」
ソフィリアの言う『大切』を見当違いな方向へ勘違いしたのか、キリーは『二人は恋人同士』という結論に至った。ちなみに百地は夫が、ソフィリアにも彼氏が存在する為にそんな関係ではないのだけれど。
「ちょ‥‥」
「何も言わないでもいいわよ、別に私は偏見なんて持たないから。うん。だけど私を標的にするのだけは止めて頂戴ね、私は『のーまる』という奴だから」
言いたい事だけ言って、百地の言葉を聞かずに次の能力者達の所へと向かう。
「何かプールに居たような気がしたんだけど‥‥気のせいかな‥‥」
獅子河馬(
gb5095)がプールに視線を向けながら小さな声で呟く。
「イタッ」
余所見をして歩いていたせいか、小さなキリーに気づかずにぶつかってしまいキリーは転んでしまう。
「何するのよ! 何処に目ェつけて歩いてるのよ、水の中で1日息を止めて私にわびなさいよ、ヘタレ!」
一気に文句をまくし立てるキリーに少し獅子河馬が怯んでいると「ほらほら、キリー。困ってるじゃないか」と神咲 刹那(
gb5472)がキリーを宥める。
「やっほー、キリー。今日はお邪魔させてもらうね」
神咲が呟くと「別に構わないわよ、ヘタレ」と言葉を返した。
「本当は彼女も連れてこようかなって思ったんだけど、用事があるみたいでね」
苦笑しながら呟くと「別に見たくないわよ!」と言いながらも少しだけ興味があるのか、少しそわそわとしていた。
「き、キリーさん! お土産に生八橋持ってきました! 食べてください!」
冴木美雲(
gb5758)が包装を破きながら、何故か此処で破きながら(大事なので二回言わせて頂きます)八橋片手にキリーへと向かってくる。
「『人様のお家にお泊りするんやったら、手土産くらい持っていかなアカンで』と兄に言われて持たされてきました。皆で食べましょう!」
冴木が走りながら呟いた瞬間、落ちていた石に躓き「きゃあっ!」と派手に転ぶ。そして手に持たれていた生八橋は『ひゅ〜』とマヌケな音を出しながら『べしょ』とキリーの顔面に直撃する。
「あぁっ! ごめんなさい! わざとじゃないんですっ」
慌てて弁解するが、生八橋をべりっと顔から剥ぎ「当然よ、わざとだったらタチが悪すぎるわ」と怒りのオーラを抑えながら低い声で呟く。
「第一、何で生八橋片手に持って走ってこっちにくるわけ! むしろ何で外で包装開けようとするわけ! あんたは歩く天然危険物なんだから大人しく、大人しく、大人しくしてなさいよね!!」
キリーは物凄く大事な事なのか『大人しく』と三回も連呼しながら呟く。
「あ、あの‥‥その美雲様もわざとじゃないですし‥‥その、許してあげては‥‥?」
神楽 澪(
gb7497)がおずおずとキリーに話しかけると「分かってるわよ! 早く屋敷の中に入んなさいよね、アンタ達も!」とお嬢様の女の子らしくない歩き方で屋敷の方へと向かう。
「そっちの日傘女も早く来なさいよねっ」
くるりと能力者達の方を向きながら、庭園に見とれている綾小路 若菜(
gb8529)に話しかけ、漸く能力者達は屋敷の中へと足を踏み入れたのだった。
―― お泊り会☆開始 ――
キリーの屋敷には多くの部屋がある為、能力者達は好きな部屋を勝手に使っていいとキリーから言われ、それぞれ部屋を探し始めていた。
「さて、ソフィリアと百地さんはお茶会や夕食のメニュー制作に取り掛かりますね」
ソフィリアと百地は屋敷に入って部屋を決めると直ぐに調理場へと向かっていく。
「いや、凄いなぁ‥‥大勢で話せるサロンに遊技場、外には庭園、プールまであるぜ‥‥」
龍深城が窓から外の景色を眺めて、感嘆のため息をもらしながら呟く。
「キリーちゃん、キリーちゃん、庭園で臨時立ち飲み屋とかして大丈夫?」
大泰司がちょいちょいと手招きをしながら問いかける。
「勿論大丈夫よ、私も後で行きたいから熱々の牛乳とカチカチのチョコは必須だからね」
ぐ、と親指を上に向けて言葉を返すと「了解」と彼も同じポーズで言葉を返す。きっと此処で彼が「いや、無理だから」とか言ってしまえば上を向いていた親指が勢いよく下に向けられて罵声を浴びせられていた所だろう。
「はわわ‥‥折角ですからキリーさんのお部屋を訪問しちゃうです」
土方の言葉に「僕も行くのにゃ!」と白虎がシュパッと土方の所まで移動してくる。
「俺はプールで泳いでいようかなぁ‥‥」
仮染は太陽の光を浴びてきらきらと光る水面を見ながら小さく呟く。
「俺は持って来た材料で料理でもしていようかな」
アレイが呟くと「そんなに『もやし』を料理したいわけね、お礼に私があんたを料理してあげるわよ」と魔王の笑顔で言葉を返してくる。
「じゃあ、俺は女性陣の観察を‥‥「消えろ、へんたい」‥‥手前ぇの育て方が悪いんだ、このプリン野郎!」
キリーに苛められた仕返しを本人‥‥ではなく彼が『親友』と豪語するアレイにする。
「なんだと! そこにプリンは関係ないだろう! プリンを馬鹿にするなよ!?」
論点がズレているのは気のせいだろう。その前にキリーを育てたのはアレイではない。
「こうなったら覗きのベストポイントを探してやるんだからねえええええっ」
何故かおねえ言葉になって紅月はまるで何処かの少女漫画のようにきらきらと涙を散りばめながら走り去っていく。
「とりあえずサロンでお茶でもしようよ、折角キリーの家に来たんだから満喫させてもらおう」
神咲の言葉に「ふっ、あんたたちに満喫という平穏が来ればいいわね」とキリーは謎の言葉を残して何処かへと行ってしまった。
「あ、それじゃあ私は百地さんとソフィリアさんのお手伝いをしてきますね」
たたた、と走って調理場まで行った彼女だが、部屋を出て直ぐに『どん、がしゃん、ばりん、がらがら』と音がした事から彼女は『歩く破壊神』の名前を密かに命名したのだった。
※サロン※
「何か優雅に時間が過ぎていきますわねぇ」
サロンに集まった能力者達はソフィリアと百地、そして手伝いで行った冴木が作った『洋梨のタルト』『紅茶のシフォンケーキホイップクリーム添え』『スコーン薔薇のジャム添え』を食べながらまったりとした時間を過ごしていた。盛り付けは百地が行ったようで、綺麗に盛り付けがされており、食べるのが勿体無いくらいの出来栄えだった。
「それじゃ僕達は探索に行って来るのにゃ!」
白虎は呟きながら土方と共に屋敷の探索に出かけていく。既に龍深城など探索に赴いている者達も多数存在している。
「まぁ平穏無事に済むとは思ってないけど‥‥羽目は外しすぎるなよ」
神撫が出て行く白虎に向けて呟くが「にゃー!」と既に突撃態勢を取っている為に果たして白虎たちの耳に届いていたかどうかは定かではない。
(「何か修学旅行の引率の先生みたいな気分だなぁ‥‥」)
苦笑しながら神撫は紅茶を一口飲み、出されたお菓子に手を伸ばしたのだった。
「自分達で作ったものですけど、美味しいですわ♪」
ソフィリアが洋梨のタルトを口に運びながら満足そうに呟く。
「そういえば‥‥焔は大丈夫かしら‥‥」
百地が小さく呟く。
「そういえば‥‥覗きの‥‥ポイントとか‥‥」
神楽が呟くと「‥‥なんて事かしら」と頭を抱えながら百地は深くため息を吐きながら呟く。
「何かお手伝いする事があるならソフィリアは喜んでお手伝いしますわよ♪」
にこにことソフィリアが百地に言葉を投げかけるが、その笑顔の裏に果てしない闇が見えるのはきっと気のせい、気のせいだと信じたい。
「‥‥しない方が身の為だよ、紅月さん」
紅茶を飲みながら神咲は呟き、紅茶のシフォンケーキを食べ始めたのだった。
「あんたたち、何まったりしてるわけ? そんな優雅な気分――ぶち壊してやるわよっ」
ふふん、とキリーが呟き、窓という窓を全て全開にする。
「‥‥焼き鳥?」
風に乗ってサロンに入り込んでくるのは庭園の一角にて大泰司が始めている『簡易立ち飲み屋』から漂う焼き鳥や焼きそばの匂いだった。
紅茶やケーキなどで優雅に過ごしている気分が台無しである。
「お茶会なんてやってられるかっ!」
じゅーじゅーと音を響かせ、良い匂いをさせながら大泰司が叫ぶ。
「おやぢ、ぐっじょぶっ」
きゃはははは、と子供らしい笑い声と共に何処かへと行く。
「お腹空いたらこっちおいでよー、結構美味しく出来てるよー」
優雅な気分を粉々に打ち砕き、大泰司がちょいちょいと手招きをして能力者達を呼んでいる。
だけど何処かほのぼのとしており、怒るに怒れない状況になっていたのだとか‥‥。
「で、でも朝から何も食べてないですし、夕食までは時間もありますし、ちょっと食べに行きましょうよ」
冴木の言葉も確かに尤もだったりする。
「‥‥澪も‥‥一緒に‥‥行っていい‥‥?」
神楽の言葉に「もちろん、一緒に食べに行きましょ」と冴木は手を引っ張って庭園の中で立ち飲み屋をしている大泰司の所へと向かったのだった。
そして、もう一人優雅な気分を打ち砕かれた者が存在する。
「‥‥何故、庭園を歩いていて突然焼き鳥の匂いが‥‥」
立派に手入れされた庭園を散策している最中、突然風に乗ってやってきた匂いに綾小路が呟いていた。
「お昼ご飯でしょうか‥‥庭園散策は少し休憩して行って見ましょう」
綾小路は小さく呟き、匂いの元へとなっている立ち飲み屋へと歩いていったのだった。
※散策組※
「何だ、この機械‥‥パンチングマシーンは分かるけど‥‥」
遊戯室(2)と書かれた部屋に龍深城が入ってみると、そこは何処かのスポーツジムのような設備が整っていた。
そして彼が疑問に思っている機械は『ツッコミマシーン』と書かれた機械。
「何だ何だ、この部屋は何にゃー」
そこへ白虎や土方達も入ってきて、やはり目にするのは『ツッコミマシーン』だった。
「それは呼んで字の如くツッコミをする機械よ、お手本見せてあげるから見てなさい」
そこへキリーもやってきて機械を操作していく。大きな画面に漫才コンビのような男性たちが移し出されてギャグを言っていく、そしてツッコミ処が来たスイッチを押して「何でやねん!」とツッコミを入れる――というくだらなさMAXの機械だった。
「白虎、ちょっとやってみなさいよ。私はこっちをするから」
キリーはそう呟いて、ツッコミマシーンの隣にある『改』と書かれた機械の前に立つ。
「そ、それじゃするのにゃ」
白虎は何か罠を張っていないかドキドキしながらプレイをしたのだが、自分がツッコミを入れる前に隣の機械からハリセンツッコミがやってきてバシンと白虎の頭を殴りつける。
「こっちの機械はそっちのプレイヤーにツッコミ入れる機械なのよ」
可笑しそうに笑うキリーを見て「にゅあー‥‥っ!」と頭を抑えて蹲る。
(「首領‥‥隣のハリセンがこっち向いてる時点で気づこうや」)
(「はわわ‥‥なんと言う機械があるですか、ここは悪魔のお城ですかー‥‥」)
龍深城と土方も自分がターゲットになるのは嫌なので口にこそしないけれど、それぞれの気持ちを心の中で呟いていた。
「そういえばあんたたちは何で此処にいるわけ?」
キリーが問いかけると「俺は怪しげな遊戯室を見つけたから」と龍深城が言葉を返す。
「僕達はキリーお姉ちゃんの部屋を探してる途中で、がー君見つけたからにゃ」
私の部屋? とキリーが首を傾げて呟く。
「私の部屋ならこの遊戯室を出て真っ直ぐ行った左の部屋よ」
キリーの説明を受けて「いざ突撃にゃー!」と白虎は遊戯室から出て行く。その後をついていくように「はわわ、待ってくださいー」と土方も駆けて行った。
「うわぁ、最新鋭のフィットネス? すごいねー!」
立ち飲み屋が一段落ついたのか大泰司が遊戯室(2)にやってくる。
「あ、これって何かなー?」
ツッコミマシーンを見て大泰司がキリーに問いかける。そこで龍深城だけが見ていた。魔王の笑顔をして凄く楽しそうな表情のキリーを。
そして大泰司が勿論『改』の餌食になったのは言うまでもない。
(「‥‥大変だなぁ、あの子」)
龍深城は心の中で呟き、お腹が空いたと感じたのかサロンへと向かって歩き出したのだった。
※キリーのお部屋※
「こ、これはー‥‥!」
あれからキリーの部屋に来ていた白虎と土方は大変なものを見てしまっていた。
「これはキリーさんの昔の写真です?」
そう、彼らが目の当たりにしているのは年齢別に分けられたキリーの写真。1歳〜13歳までの写真があり、13歳のアルバムはまだ完成していないのか『製作中』とシールが張られていた。
1歳の頃からの写真をぱらぱらと捲っていると‥‥3歳の時のアルバムで二人は大変なものを見てしまう。
『鬼裏胃と魔々 夜露死苦』
そう書かれたアルバムには白い特攻服に身を包んだキリーの母親と同じ服装のキリーの姿があった。
「にゃ、にゃ‥‥こ、これは‥‥キリーお姉ちゃんのママに何があったのにゃー!!」
「こ、これは見なかった事にした方がいいで「別に見なかった事にしなくてもいいわよ」‥‥はわわわわ‥‥」
きぃ、とまるでホラー映画のように扉を軋ませながら背後から魔王‥‥キリーが近づいてくる。その時のテーマ曲はきっと某鮫映画だろう。
「見たわ――きゃあっ!」
そこに何故か仕掛けられているバナナの皮。キリーは気づかぬままそれに滑って転んでしまう。
「はわわわ‥‥僕は何も見てないです、見てないです」
必死に目を隠す土方の視線を白虎が追うと‥‥そこには可愛らしいキリーのぱんつがあった。
「あわわ、わざとじゃないのにゃー!」
「へぇ、わざとじゃないんだ? ご丁寧に人の部屋にバナナの皮を仕掛けて、どうわざとじゃないのか‥‥じっくり、ゆっくり、聞きたいわねぇ。逃げんな、わんこ」
そそくさと逃げようとする土方の首根っこを掴んで、部屋の中で正座をさせ、それから一時間ほど説教が始まったのだった。
※ビリヤード※
「ふんっ、人のぱんつを見るなんてけしからん奴らだわ!」
どすどすと歩きながらキリーがぶつぶつと文句を言っていると「あれ。キリー?」と神咲が話しかけてきた。彼は遊戯室(1)でビリヤードをしていたようだ。
「彼女が来れたら良かったんだけど‥‥まぁ、来れないのは仕方ないよね‥‥」
ふぅ、とため息を吐きながら呟くと「しみったれた声出してんじゃないわよ、ヘタレ」と背後から蹴りが入る。
「キリー、もしかしてビリヤードが出来るのかな?」
神咲の言葉に「キューをあんたの頭に刺す程度だったら出来るわよ」と言葉を返す。
(「つまり出来ないんだね」)
苦笑しながら神咲が呟くと「そっか。やる気があるならレクチャーするけど?」と神咲が言葉を返す。
「殺る気ならあるわよ、昔お母さんとやってて死にそうな目にあったからビリヤードは嫌いよ。私はちょっと休むけど好きに遊んでていいわよ」
キリーは言葉を残して遊戯室(1)から出て行ったのだった。それと入れ替えに綾小路が遊戯室に入ってきて「お上手ですわね、神咲様」と言葉を投げかけた。
※謎の人物※
「あれ? あれは‥‥」
屋敷の散策をしているとき、龍深城はこそこそと動く怪しげな物体――もとい紅月を見つけて、後を追う事にする。近くにプールやお風呂があるのできっと覗きのポイントでも探しているのだろう。
「あれ?」
しかし紅月が入っていったのはアレイが泊まる部屋。
(「はて、男にでも走るのかね」)
だけど紅月はアレイが持って来たであろうパジャマを持って「ひゅぽぽぽぽ」と謎の笑い声を上げながら素早く走り出す。
「よし‥‥此処ならば!」
行き着いた先はやはりプールとお風呂。何度もうろうろとして自分にとってのベストポイントを探しているのだろう。
「ん?」
紅月が去った後、やはり同じく怪しげな行動をしている人物がいた。それは意外にも神撫であった。どうやら行動を見ていれば覗きポイントを探しているようにしか見えず、怪しさ満点である。
「よし、この辺をソフィリアさんや百地さんに報告しておけばいいかな」
神撫は呟き、ソフィリアたちに報告する為にくるりと方向転換をする。
「「うわっ」」
神撫が方向転換をした直ぐにお互いが目を合わせる形になり、互いに驚く。そして神撫の謎の行動の真意を聞いて『疑ってごめん』と龍深城は心の中で小さく謝ったのだった。
※プール※
「勇輝! 暑いからプール行こう」
屋敷散策をしていた仮染を見つけて、キリーがぐいぐいと腕を引っ張って外のプールへと連れ出す。
「にゅ! プールで二人だけになどさせるかー!」
正座で痺れた足を押さえながら白虎が二人の前に立ちはだかる。
「僕も準備してくるのにゃ! 先に行って待ってるのにゃ!」
くわっ、と白虎は言葉を残して自分が泊まる部屋へとかくかく走りで急ぐ。
それから二人は先にプールに向かうと、そこには神咲が先にぷかぷかと浮かんでいた。
「あれ? 二人もプール? 何かまったりして楽しいよ〜」
神咲が呟いた瞬間「待たせたな!」と白虎が太陽の光を背景に巨大浮き輪を抱えてやってくる。そしてそのままキリー目掛けてプールに飛び込むのだが‥‥浮かんでいた神咲の腹部にHIT☆
「にゃ? お姉ちゃんどこー?」
「白虎くん、まずキリーを探す前に僕に何か言う事があるんじゃないかなぁ?」
お仕置きをされている白虎を横目に「馬鹿ねぇ、こっちはこっちで楽しむわよ」とキリーと仮染は泳ぎ始める。
「にゅあー! お姉ちゃんのピンチ! お姉ちゃんにょー‥‥!」
むしろピンチなのは絶賛お仕置き中の白虎である。
「楽しそうですね」
「‥‥でも、き、危険な人も‥‥」
「あれはきっと友情表現なんですよ、だって楽しそうですもの」
綾小路、神楽、冴木がプールの外から4人の微笑ましい(?)姿を見てにこにこと話をしている。ちなみに白虎は絶賛お仕置き中なので本人は決して楽しくない。
※料理※
「さて、始めるか。皆、手を洗うのを忘れないようにな」
アレイやソフィリア、百地など夕食を担当する能力者達は先に調理場へとやってきて仕込みを始めていた。
「くっ、このっ、このっ!」
アレイは持参してきた『もやし』を水に浸したり、必要以上に叩いたり、まるで仇の如く切りつけたり、キリーに劣らぬ魔王な表情で炒めたりなどしていた。本人曰く「料理をしているだけだ」なのだが、どう見てもキリーに何か恨みがあるとしか思えない料理っぷりだった。
ちなみに彼が作るのは『もやし入りハンバーグ』『もやしとささみのゴマだれ和え』『もやしの卵焼き』と見事なほどにすべてにもやしが入っている。
そして百地とソフィリアは『ホワイトアスパラとベーコンのサラダ』『合鴨のロースト』『大根とポロネギのコンソメ煮』『プティトマトのグリル』など洋風の食事を用意しているのだが、彼女のメニューの中で一つだけ気になるものが存在した。
「ワニキメラのステーキ‥‥?」
百地も引きつった笑みを浮かべソフィリアの顔を見るがきらっとした笑顔で誤魔化されて上手く聞き出すことが出来なかったのだった。
「わぁ‥‥美味しそう‥‥」
冴木を探しているのか、神楽がひょこっと調理場に顔を覗かせる。
「お風呂の用意が出来たらしいので、お知らせに来ました」
綾小路も顔を覗かせながら呟くと、百地とソフィリアはにやりと黒い闇を纏いながら微笑んだのだった。
※お風呂※
お風呂は大きいけれど一箇所しかなく、男と女、時間を違えて入ることになっていた。現在のお風呂は『女』という看板が立てられており「ふふふふふ」とだらしのない表情(ガスマスクの下)をした紅月がそろりそろりと風呂場へと近づく。
かぽーん、と何故か和風の音が響く中、湯煙の中で誰かが身体を洗っている。
(「シルエットしか見えないけど、髪の短い美人に違いない」)
ドキドキとしながら紅月は「もう少し煙が晴れてくれれば‥‥」とその時を待つ。
「いや〜ん、まいっちんぐ★」
にやりと黒い笑顔を浮かべながら振り向いたのは‥‥大泰司だった。
(「ぎゃあああああああああっ」)
紅月は心の中で叫び、だだだだ、と慌てて風呂場から出て行く。ちなみに本当ならば現在は男の時間なのだが、大泰司が看板を入れ替えるという紅月専用の悪戯を仕掛けていたのだ。
そしていよいよ女性陣の入浴時間になり、白虎はピコハンを構えて入り口に陣取る。
「キリーお姉ちゃんに悪さはさせないっ!」
しかし紅月の『煩悩』は時にしっと団総帥をも上回るほどで、こそこそと秘密の抜け穴から紅月はお風呂場へと侵入する。
「あー、いい気持ちー♪」
百地がお湯をかけながら気持ち良さそうに声をあげる――が、これは百地を囮とした女性陣の罠だった。予めキリーなど別の女性陣にも話を通していた百地とソフィリアは煩悩撃退チームを結成して、紅月退治ミッションを発動したのだ。
(「くぅ、見えない、見えないわよっ!」)
紅月は何故かおねえ言葉になりながら心の中で呟く――が、そこへ影が差す。
「うえ?」
くるりと後ろを向くと、百地を除いた女性陣が怒りのオーラで彼の前に立ちはだかっていた。
「えーと、覚悟は良い? 返事・反論は無視するけどね」
百地の綺麗な黒い笑顔に「き、きゃー‥‥」と紅月は小さな叫び声をあげて粛清を受けたのだった。
「まったく、覗きなんて最低だわ」
百地が気を取り直してお風呂を満喫しながら呟く。
「吊るして晩御飯抜きと言うお仕置きも待ってますしね♪」
ソフィリアの黒い言葉に「やっぱり腹黒じゃん」とキリーがぽつりと呟いた。
「はぁ、それにしても大きなお風呂って、やっぱり気持ちいいですね〜」
冴木は胸を隠しながら(特にソフィリアに見つからぬように)天井を見上げて呟く。
「‥‥なんか‥‥極楽って感じ‥‥だね」
「そうですね、凄く気持ちいいお風呂ですものね」
神楽の言葉に綾小路が言葉を返し、ゆっくりと時間をかけてお風呂を満喫したのだった――が、入り口付近で白虎が待ち構えており、キリーから覗きと誤解されて謂れのない粛清を受けたのだとか‥‥。
※ご飯※
それぞれお風呂に入った後、パジャマに着替えて夕飯を食べる事になっていた。
「ど〜ぉ〜♪ に・あ・う?」
バチコンとウインク付きでフリルたっぷりのパジャマを着た‥‥大泰司がモデル歩きでやってくる。
「うう‥‥すっごいみんなから玩具にされてる気がするです‥‥」
白虎の言う通り狼のヘアバンドとベルトをつけて『わんこ』になると泣きそうな顔で土方が呟く。
「馬鹿ねぇ、玩具になんてするはずないじゃないの‥‥わんこなんだからペットでしょ、ペット」
更にトドメを刺すキリーの言葉に「ひ、ひどいですぅー!」と土方は少し大きな声で言葉を返したのだった。
「あー、風呂では野郎の断末魔を聞いてゆっくりできなかったし、用意されたパジャマはアレだし‥‥」
龍深城は持参してきたジャージを着用してキリーの嫌がらせを回避する。
「にゅあー! 可愛さでキリーお姉ちゃんを越えるのだっ、ロリショタコンビなのだ!」
白虎もショタ好きならたまらん格好で出てくると「へぇ」とキリーから冷めた言葉が返ってくる。
「何故、俺の持って来たパジャマが消えているんだ‥‥」
アレイの言葉に「てへ☆」と紅月がパジャマを見せながら言葉を返してくる。どうやら彼はフリル回避を出来ずに、アレイまでフリルパジャマに巻き込んだ、と言う事なのだろう。
「デザートにレアチーズケーキを作りました、どうぞ」
仮染が呟き、用意しておいたデザートを運んでくる。ブルーベリーソースで飾りがされているのだけれど、キリーの分だけハートマークになっていた。
「ほー、首領、先を越されてるぞ」
龍深城がからかい気味に白虎に言葉を投げかけ「あらあら、可愛いことするわね♪」と百地もハートマークの飾りを見て呟く。色んなからかいの言葉が飛んでくるけれど仮染は知らぬ存ぜぬを通していた。
「そういえば‥‥キミの名前ってなんだっけ?」
既に一日も終わろうとしている中、紅月がキリーに向かって話しかける。
「‥‥ちょっとコッチに来なさい」
珍しくにこにことしながらキリーが指で紅月を呼び出す。そして。
「消えてなくなってしまえばいいわ、このド腐れヘンタイマスク男。その空っぽの脳みそでも覚えられるように私の名前を刻み込んであげましょうか?」
フォークを持ちながらにこにこと詰め寄るキリーを神撫が止めるのだが、何故か彼以外止めようとする者はいなかった不思議がある。
「いや‥‥本当に‥‥調子こいてすんませんでした‥‥でもアレイ君がしろって」
「はぁ!?」
紅月は自分が堕ちそうになると自分で友と思っている人間すら道連れにするタイプらしい。
「ほら、俺たち魂の友じゃん?」
てへ、と呟いた時「そういえばあなたは覗きをした人ですよね」と冴木が「覚悟!」と紅月に攻撃を仕掛けるのだが‥‥。
「だから何で真後ろに攻撃が来るのよ!」
真後ろにいたキリーに攻撃が行き、キリーは近くにいたアレイを盾にして攻撃を回避する。
「‥‥凄い‥‥特技だね?」
神楽も首をかくりと傾げながら呟く。
その後も色んな問題がおきつつ(冴木の天然率99%)それぞれ就寝の時間となっていた。
―― 一日の終わり ――
百地とソフィリアは同じ部屋で寝て、大泰司はフリルたっぷりで夢の中へと旅立つ。
「僕も寝るにゃー」
大きく伸びをしながら呟く白虎に「首領は夜這いにはいかんのか」と龍深城が真面目な顔で問いかける。
しかし彼は此処で考える。相手はともかく本気で『夜這い』に行きそうな人に心当たりがある事を。
「もう落書きはするなよ、キリー」
神撫は自分の部屋に対キリー用のトラップを仕掛け、寝る前に一応念押しをしながら部屋へと入っていった。
「俺は寝る前にもう一度風呂を借りようかな、ゆっくり疲れを落としたいからな」
アレイは呟くと、全員分の食器を洗ってから風呂場へと向かっていったのだった。既に彼が主夫としての才能をかなり開花させているのは気のせいだ。
「くくくくく‥‥」
紅月は懲りずに再び何かをやらかそうと「ふおおお」と何かに覚醒するように静かな屋敷の中を歩いていく。
「どうしよう‥‥」
獅子河馬は壊した壷を見ながらため息混じりに呟く。彼はプールの近くにある池から何か怪しげな物体を発見して、それを捕まえるために屋敷中を走り回っていた‥‥。
しかし、ソレを捕まえる為に屋敷の壷や絵などを壊してしまったのだ。
(「これの後始末をどうしようかなぁ‥‥」)
とりあえずバレないようなところに隠して、獅子河馬は部屋へと入って就寝したのだった。
「うぅ‥‥なんか恥ずかしい気がするのは気のせいでしょうか‥‥」
フリルたっぷりのパジャマを着ながら冴木が呟く。しかし自分で言っている以上に彼女にフリルたっぷりパジャマは似合っている。
「‥‥ふぅ」
その頃、仮染は庭園を散歩していた。特に意味はないけれど、いつ死んでもおかしくない状況に身を置いているため、美しい夜空を目に焼き付けておきたい‥‥という事なのかもしれない。
「何してンのよ、もうみんな寝てる時間でしょ」
カーディガンを羽織ったキリーが仮染の背後から話しかける。
「キリーさん‥‥いえ、今日は月が綺麗だなぁって」
苦笑しながら呟くと「月なんていつでも綺麗だわよ」とべしっと背中を叩かれる。
「何考えてるか知らないけど、もうちょい楽に考えてもいいんじゃないのー?」
「キリー‥‥「ちょっと待つにゃー!」‥‥」
「部屋に行ってもいないから探してみればっ! こういう抜け駆けは許さんのにゃ!」
しかし白虎の言葉に何か引っ掛かりを感じたのだろう。キリーが「あんた、まさか夜這いにでも来たの?」と背中を向けながら問いかける。
「い、いや、違うのにゃ、これにはふか〜い事情が‥‥にゅあああああ」
(「白虎さん、流石に俺でも庇えないよ、それ、むしろ庇わないよ」)
キリーにお仕置きされる白虎を見ながら仮染は心の中で呟いたのだった。
そして人が寝入った深夜、キリーは起き上がり神撫の部屋へと向かう。部屋に常備されているベッドはウォーターベッド。
「‥‥仕掛けなんか無意味なのよ、ふふふふ」
吹き矢で神撫が眠るベッドに穴を開けて水浸しにする。きっと朝起きたらビックリなことだろう。
朝になり、ソフィリアたちが用意した食事を食べて能力者達はそれぞれの家へと帰還していったのだった‥‥。
END