●リプレイ本文
―― 魔王娘の母が帰ってこない ――
「何処見て歩いてンのよ、この年中ヘタレ」
口を開けば罵声、手を挙げれば暴力――という言葉がぴったりなキルメリア・シュプール(gz0278)が無機物である柱に向かって文句を呟いている。
いつも荒れている彼女だが、今回は母親がまだ帰ってこないという事もあり、いつもに増して理不尽ぶりが発揮されていた。
「はぅぅ‥‥たいみんぐが悪すぎですぅー。お陰様でまおーさまごこーりんデスヨ」
はわわ、と言葉を付け足しながら土方伊織(
ga4771)が今回の任務の事を心配しながらややパニックになりつつあった。
「みんな、今日は頑張ろうね〜‥‥ってあれ? 何か凄く空気が重たいような気がする」
小野塚・美鈴(
ga9125)は可愛らしく首を傾げながらどんより空気を発している人物を見て呟いた。その人物、それはもちろん理不尽大魔王娘のキリーなのだけれど。
「誰が空気重くしてるのかしらね、死んで私に詫びるといいわよ」
「え? どう見てもシュプー‥‥「はぁ? 何か言った?」‥‥いや、別に」
空気を重くしている人物の名前を小野塚が言おうとしたのだが、黒いオーラを漂わせながらキリーが「誰の事かさっぱり分からないわよ」と言葉を付け足した。
「お姉ちゃんのおバカー!」
突然、白虎(
ga9191)がキリーに向かって『バカ』と叫び、言われたキリーは「あぁん?」と振り向きながら久々に出た般若顔で白虎を見る。
「何で私があんたにバカ呼ばわりされなくちゃいけないのよ」
「人の話は最後まで聞くにゃー! っていうかこんな所でこんな事してる場合じゃないよ!」
白虎は生還を待っていた人物が戦死してしまったり、一緒に戦った傭兵の死を見てきた経験があり、身近な人物の生死に敏感になっている部分がある。
「バカ正直に待ってるだけなんて何処までお子様なんだ!」
白虎の言葉にキリーは一つ大きなため息を吐いて‥‥ゴスと顔面パンチを繰り出した。
「はっきり言って私は攻撃力にも防御力にも体力にも自信なんてないから、私一人が突っ走っても状況は悪化するだけでしょ! 大体うちのお母さんは簡単に死ぬほど弱くないわよ、そこんとこちゃんと分かってんの?」
ごすごすごす、と何度もパンチを繰り出しながらキリーが白虎に言葉を返すが、今回ばかりは白虎も自分の考えを譲る気はないらしい。
「まぁまぁ、確かにキリーの言う通り急いては事を仕損じるってね」
神撫(
gb0167)が苦笑しながら白虎とキリーの間に割って入る。
「大体ね、いくらお母さんの所に行きたくても任務受けちゃったんだからしょうがないでしょ! 傭兵が私情挟んだら何も出来なくなるじゃない!」
このバカ虎! と白虎の脛を蹴りながらくるりとキリーは背中を向けた。
「皆さんが討伐に行っている間、私がキリーさんのお母さんについて調べておきます」
冴木美雲が荒れるキリーを宥めるようにしながら言葉を挟んできた。
「そうだね、心配なのは分かるけど情報集めは美雲さんに任せて、自分の出来る事に集中しよう」
神撫が冴木に「宜しくね」と言葉を投げかけながらくるりと彼女の方を向く。
「さっさと片付けて帰ってくれば母親の事も何か分かっているかもしれんしな」
アレイ・シュナイダー(
gb0936)がキリーの頭をわしゃわしゃと撫でながら呟くと「気安く触ってンじゃないわよ、このロンゲ!」とキリーによって強く抓まれてしまう。
「皆さん、今日も宜しくお願いします」
(「何やら大変な事になってますね‥‥俺に何か出来るといいですが‥‥」)
仮染 勇輝(
gb1239)は能力者達に挨拶をしながら、心の中で呟く。キリーは気丈に振舞っているけれどやはり母親の事が心配なのか落ち着きのない様子が伺える。
(「まさか、10月5日の為の壮大な前振りとかじゃないですよね‥‥」)
仮染は心の中で呟くが「まさか、ね」と首を緩く横に振って、任務に集中することにした。
「まぁ、でも本部の受付とかで調べたら行き先くらいは分かるんじゃないか? 身内が聞けば、もっと詳細も教えてくれそうだし」
今給黎 伽織(
gb5215)が呟くと「それじゃ、調べられる範囲で私が調べておきますね」と冴木が言葉を返してきた。
「あ、初めまして。心細いだろうけど、サクっとキメラ退治して帰ろうか。それまでにお母さん、戻ってきてるかもしれないよ?」
小さな子供に言い聞かせるような口調で今給黎がキリーに話しかけると「私をお子ちゃま扱いしてんじゃないわよ、この変態ニヤケ顔」と言葉が返ってくる。
(「重ねた年齢は彼女の倍以上ですし、腹黒対決は負けるわけには行きません」)
にこにこと穏やかな笑顔の裏側で今給黎は心の中で呟いており、別な意味での戦闘も開始しようしていた。
「あ、遅れてゴメ「遅れてくるなんていいご身分だわね、何重役出勤してんのよ」‥‥」
神咲 刹那(
gb5472)が謝っている最中にも関わらずキリーは八つ当たりのように厳しい言葉を彼に投げつける。ちなみに彼が少し遅れた理由はキリーの母親について調べていたから。それを知らないキリーは、いや、たとえ知っていてもきっと罵声を浴びせたことだろう。
「あぁ、言い争いは後で。今はキメラを倒すのが先決、後で文句は私が聞いてあげますから」
小野塚は地雷とも言える言葉を発した事に気がついているのだろうか。きっと任務が終わる頃に彼女はこの言葉を後悔することだろう。
とりあえず能力者達はキリーの母親を心配しながらも請け負ったキメラ退治の任務へと出発する為に高速艇へと乗り込んだのだった。
―― もやしと赤頭突きちゃん ――
「ねぇ、勇輝」
今回、キメラが現れたのは小さな森なので全員が纏まって動く事にしていた。そんな中、拾った棒切れで遊びながらキリーが仮染を呼ぶと同時に‥‥「うりゃ」と可愛らしく呟きながら棒切れで仮染の鳩尾を突く。母親の事もあり、かなりストレスが溜まっているのか先ほどからこのような事ばかりを彼女はしていた。
「わんこ、あんた犬なんだから匂いでキメラ見つけなさいよね」
土方にも無理難題を押し付け、彼が出来ないと言葉を返すと「犬としてどうなのよ、それ」と更に酷い言葉を返した。
「そういえば、あんた覚悟しておきなさいよ」
キッと小野塚を見ながらキリーが呟きながらメモ帳を見せた。そのメモ帳にはびっしりと『文句』と書かれた言葉がつらつらと連ねてあり、これを全て言われると軽く2時間は超える事だろう。
(「任務終わっても2時間くらいは解放してくれそうにないなぁ‥‥」)
少しだけ先ほどの自分の言葉を後悔しながら小野塚はキメラ捜索を続けたのだった。
「全く、もう少し早く歩けないの? ヘタレな上にノロマね」
アレイの足を蹴りながらキリーが呟くと「こら」と神撫がキリーを静止する。
「焦るのは分かるけど、それでキリーが怪我したらお母さんは悲しむと思うよ」
神撫の手を払いながら「気安く触るんじゃないわよ。ヘタレ」と彼の言葉など全く耳に届かないのかキリーは態度を変える事なく言葉を返した。
「キリーさん、便りがないのは良い便り、と某国の諺に「コトワザなんて聞きたくないわよ、バカ」‥‥」
仮染もキリーを慰めようとするのだが、全てキリーによってばっさりと斬られてしまう。
「今はキリーのお母さんも心配だけど、ボクとしてはあっち(白虎)とこっち(仮染)のどっちが本命なのか気になるなぁ」
ぼそりと神咲が呟くと「‥‥さぁ?」と少し意味深な笑みを浮かべてキリーが言葉を返す。
「あ、聞こえちゃった? いや、ふと思っただけだよ。あ、今給黎さん、何か分かりました?」
神咲が誤魔化そうと『探査の眼』を使って行動している今給黎に話しかける。
「いや、特に待ち伏せや罠などは見つからないね」
話しながらキメラ捜索をしていた能力者達はいつの間にか森の一番奥地まで来ていた。場所は少し開けた場所で戦闘を行うには便利な広さだった。
「‥‥気をつけて、右、いるよ」
今給黎が呟くと同時に能力者達が右へと視線を移す、すると木の上から能力者達を見下ろした少女がにっこりと笑顔で能力者達を見下ろしていた。情報通りで頭巾部分だけが赤く‥‥というより赤黒く染まっており、既に犠牲者が出ていることが伺える。
「こんなキメラにやられたんじゃ、悲しくて成仏も出来ないね」
苦笑しながら今給黎が呟き、能力者達は戦闘態勢を取る。能力者達が武器を取り出した事で『遊び相手でも見つけた』というような無邪気な笑顔でひらりと地面へと落ちて来て自らも銃を取り出す。
「キリーの護衛を頼みますね、白虎君は右から、勇輝君は左から、伊織君は俺の援護をお願いします」
神撫は言葉を残しながらキメラへと向かって走り出す。
(「とりあえず、まおーさまの八つ当たりは受けずに済みそうなのですぅー」)
土方は心の中で安堵のため息を漏らしながら神撫の援護をする為に行動を起こしたのだった。
「援護は任せて」
小野塚は短く呟くと拳銃『黒猫』を構え『強弾撃』を使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。
「お姉ちゃんとの頭突き対決を見たいと思ったのはきっと僕だけじゃないのにゃー!」
白虎は叫びながらそれぞれの手に持った『機械剣α』を振りかざしてキメラへと攻撃を仕掛けた。同時に仮染は『先手必勝』を使いながらキメラの手に持たれている銃を目掛けて攻撃をする。最初に飛び道具をなくせば後衛の能力者達への飛び火も避けられるのだから。
「初期の居合は先手必勝の剣。まずは一つ手を減らさせてもらう!」
同時に白虎も攻撃していたせいか、キメラは仮染の攻撃に対処出来ずに腕ごと銃を斬り落とされたのだった。
「ぐっ‥‥!」
しかし仮染はキメラから頭突きを受けてしまい、少しよろめき後ろへと下がる。
「接近します! 援護射撃よろしく!」
神撫が援護射撃を行うアレイと小野塚に向けて叫んだ後にキメラへと接近を試みる。2人以上で行動されるとキメラも対処できにくいのか、どちらか1人への対処しか出来ずに、結局はもう1人の攻撃を受けてしまっている。
「キミの相手は1人じゃない‥‥ってね、目の前だけ見てると怪我するよ」
神咲は呟きながら『ファングバックル』『影撃ち』を使用してキメラを攻撃していく。最初は頭巾だけが赤黒く染められていたけれど、自らの血液によって白い外套は赤く染められている。
「こっちは、帰った後にキリーの母親の事も調べなくちゃならないんでな。悪いがさっさと退治させてもらうぞ」
アレイは神咲の攻撃を受けてよろめいたキメラに向けて『影撃ち』を使用しながら攻撃を繰り出す。足を狙って攻撃したため、キメラはバランスを崩して倒れこみそうになるのだが‥‥。
「にゅあっ!」
突然白虎の声が響く、何故ならキメラが彼目掛けて頭突きを仕掛けてきたからだ。しかし普段からキリーによって頭突きなどの乱暴行為を受けている為、動作やタイミングを読み『機械剣α』を構えて『円閃』で迎撃する。
「伊達にお姉ちゃんから頭突きを喰らってたわけではないのにゃ! むしろこの技はお姉ちゃん迎撃用にと考えていたのにゃ!」
余計な一言のせいで白虎目掛けて石が飛んでくる、もちろん投げたのはキリーだ。そしてキメラはそのまま能力者達の攻撃を受けて、地面へと倒れていった。全員無傷と言うわけには行かなかったが、重傷者を出さずに任務を終了することが出来たのだった。
―― 帰還、母親の情報は‥‥ ――
(「はわわ、キリーさんの苛々が限界を超える前に早く本部に戻るですよ。願わくばキリーさんの苛々倍増な情報はノーセンキューなのです」)
キメラ退治を終え、能力者達は高速艇で本部へと向かって帰還を始めていた。
「シュプールさん、お疲れ様♪」
小野塚がにっこりとキリーに話しかけると「ちょっと文句言うから正座しなさいよね」と果てしなく上から目線で言葉を返した。キリーにとっては例え初対面でも遠慮と言う言葉はないらしい。
「あ、その前に早く任務完了の報告をして先輩が集めた情報を聞きにいこう♪」
キリーの文句攻撃が来る前に小野塚は上手く避ける。キリーも基本的におバカちゃんなので小野塚の言葉に「それもそうね」と納得してしまう所もあった。
そして本部に帰還するとキメラ退治の完了報告を行い、情報を集めてくれていた冴木の所へと向かう。集められた情報を見てキリーは顔色を青くするのを隠すことが出来なかった。
簡単なキメラ退治の任務、それがキリーの母親が受けた任務だった。しかし予想外のキメラが現れてキリーの母親を含む5名の能力者達は重傷を負っているのだとか。
「お母さん‥‥」
くしゃりと資料を握り締めながらキリーがポツリと呟く。その時のキリーには普段の魔王ぶりは感じられず、母親の安否を気遣う一人の少女そのものだった。
「はわわ‥‥なんかキリーさんのお母さん、大変です?」
土方がおろおろとしながら呟くと「何て声をかければいいのか分かりませんね」と小野塚も困ったような表情で小さく呟いたのだった。
「キリー、平気?」
何の意味での平気なのか神撫は言わなかったけれどキリーは無言で首を縦に振る。
「キリーさん‥‥」
仮染もかける言葉が見つからずに彼女の名前を呟くしか出来なかった。
「キリー、1人で解決できない時は‥‥皆の手を借りればいいんだよ」
今給黎が小さく呟くとキリーは言葉を返さずに資料を握り締める手に少しだけ力が篭る。
その頃、白虎はオペレーターに「今すぐ任務地へ向かわせろ」と駄々を捏ねていた。流石にオペレーターも帰ってきてすぐに任務を入れる事に躊躇いがあったのか困ったような表情で「怪我をされているみたいですし、まずはその怪我を治されてからの方が‥‥」と言葉を返している。
「ちょっと落ち着こう、一番パニックになりかけてるのはキリーだと思うから。周りが騒いだら余計にキリーがパニックになっちゃうよ」
神咲が穏やかに白虎を宥める。
「‥‥ねぇ、とりあえずまだ皆怪我してるし、皆が怪我治してる間にお母さん帰ってくるかも知れないけど――もし帰って来なかったときは‥‥」
背中を向けたまま呟いていたキリーがくるりと能力者達の方を向きながら言葉を続ける。
「手伝ってなんて言わない、お母さんが帰ってこなかった時はお母さんの所に行くから、ついてきなさいよね」
素直に『お母さんの所に行くからついてきて』といえばよいのに、わざわざ命令形でするあたりが彼女らしい言葉だと能力者達は苦笑するしか出来なかった。
END