●リプレイ本文
―― 機嫌の悪い理由 ――
「まだ集まってないの?」
苛々とした口調で呟くのは魔王娘として人々に迷惑行為を繰り返しているキルメリア・シュプール(gz0278)だった。普段からこんな態度だけれど今日は何時にも増して機嫌が悪い、先に集まっている能力者達は心の中で呟いていた。
「キルメリア嬢とは初対面だったな、宜し「あんたと宜しくなんてしたくないわよ、ヘタレ」――挨拶くらいさせてくれ」
初対面のベーオウルフ(
ga3640)がキリーに挨拶をしようと話しかけた所、途中で言葉を遮られた挙句に酷い言葉を投げかけられて苦笑する。
(「しかし何故もやしと呼ばれているのか聞きたい所だが――そんな余裕はないな」)
ベーオウルフはちらりとキリーを見ながら心の中で呟く。
(「はわわ、キリーさんの機嫌が悪いのですよ、どーして機嫌が悪いのか聞いてみたいですけど‥‥矛先が此方に向くのが恐ろしすぎるのですよー」)
土方伊織(
ga4771)はカツカツと靴で地面を鳴らすキリーを見ながら『矛先が自分に向いた時』を想像し、そして身震いする。
「何か何時にも増して横柄な態度「誰に向かって言ってるのよ!」――う」
アレイ・シュナイダー(
gb0936)が苦笑しながら呟いたのだが、キリーから叫ばれ、しかも脛を蹴られて痛そうに表情を歪めた。
「あはは、この前はどうも――おお!?」
仮染 勇輝(
gb1239)がキリーに挨拶をした所「私は苛立ってるのよ!」と持っていたバッグを顔目掛けて投げつける。仮染は避けたおかげで顔面直撃を免れたのだが「何で避けるのよ!」と理不尽な事をキリーが叫んでいる。
「何かあったのかな? あんまり八つ当たりされても困るんだけどね」
今給黎 伽織(
gb5215)が苦笑しながら呟くと「何も苛立つことなんてないわよ!」と乱暴に腰掛けながら言葉を返す。明らかに何かあった事を意味している態度なのに、という事に本人は気がついていない。
「な〜んかピリピリしてるね〜、何かあったのかな〜? あんまり機嫌が悪いと、この前と同じ事しちゃうよ〜」
神咲 刹那(
gb5472)がキリーの背後から登場して肩に手をかけた所で仮染がにっこりと笑って神咲に話しかけた。
「刹那さん、前みたいに変な事したら怒りますからね」
仮染の言葉に「ヤダなー、何もしないって」と神咲は笑って言葉を返す。
「それにしてもまだ全員揃わないわけ?」
ふん、と鼻息荒くキリーが喋ると「白虎(
ga9191)さんがまだ来てないみたいですね」と冴木美雲(
gb5758)が言葉を返した。
実は白虎は偶然にも合流する前にキリーの母親、リリシアと会っており父親の事を聞いていた。
そして今度の任務地に父親が居るという事も。これはキリーが何処の任務に行くか知らないリリシアは知らないのだが、リリシアから話を聞いた白虎だけが次の任務地に父親が居る事を偶然だけれど知ったのだ。
「にゃー、遅くなったの「本当に遅いわよ、壁に頭ぶつけて詫びなさいよ!」にゃー!」
最後に合流した白虎はキリーの八つ当たりの標的にされたのだが、白虎もキリーの攻撃を避ける。
「何で皆避けるのよ!」
地団駄を踏みながらキリーの苛々メーターが上昇していくのが見なくても能力者達にはわかってしまった。
(「こんな感じで大丈夫かなぁ、任務」)
ベーオウルフは苦笑しながら喚くキリーを宥める仮染を見て、他の能力者達と一緒に高速艇へと乗り込み、任務地へと向かった。
―― 偶然? 必然? 運命の再会 ――
任務地に到着してもキリーの機嫌は直る事はなかった。
「どうかしたのかな〜? 困ってる事があったら教えてくれれば、役に立つかもしれないよ〜?」
神咲が問いかけると「別に‥‥馬鹿親父が連絡してきたって事以外は何もないわよ」とキリーはぼそりと言葉を返す。
そしてキリーは集合する前に起きた出来事を能力者達に話した。昔キリーやリリシアを捨てて出て行った父親が会いたいと言ってきている事に。
(「色々と込み入った事情があるみたいだね‥‥まぁ、そういう事が出来るのは羨ましい‥‥かな?」)
神咲はキリーの話を聞きながら心の中で呟く。既に彼の両親は他界しており、例え良い関係でなくてもそういうやり取りが出来るキリーを羨ましく感じたのだろう。
「キリーさん‥‥」
冴木が小さく呟く。
(「さて、どうしたものか」)
ベーオウルフは心の中で呟いた。キリーの年齢を考えても本当に父親が出て行った原因が彼女の言う通りなのかわからないからだ。何か誤解があるかもしれないし、本当に彼女の言う通りなのかもしれない。
「あ、僕はちょっと町の方まで行ってくるにゃ。忘れ物があって買い足してくるのにゃー」
白虎は能力者達に高速艇の所で待っていてくれるように頼み、町まで走っていった。勿論忘れ物と言うのは彼の真っ赤な嘘である。
彼が町へ向かった本当の理由、それは。
「あんたがキリーお姉ちゃんの父親?」
それは町にあるホテル、リリシアからこの町のホテルに泊まっている事を聞きだし、先に会っておこうと考えたのだ。
「‥‥キミは‥‥? それにキリーって‥‥」
白虎の前に現れたのは顔色も悪く、やつれた、明らかに『病気』の男性。
「こんな手紙一枚で、同情を誘おうなんて安くみたもんだね‥‥娘に縋りたいだけなら一人で逝け、それがあんたの犯した罪の重みだ」
白虎の言葉に「そうか、キリーの友達か‥‥」と男性は力なく笑う。そんな男性に白虎は機械剣を突きつけながら色々と問い詰める。
キリーを捨てた事、腕の傷がトラウマになっている事、おかげで魔王な性格になった事、自分が凄く被害に遭っている事。
「俺が馬鹿だったんだろうな、決してあの生活に不満があったわけじゃない、キリーが嫌いだった訳でもないのに‥‥一時の感情に流されて‥‥だから謝りたいんだ」
その言葉を聞き、白虎は何も言葉を返さずに能力者達の元へと戻っていく。
「あ〜ぁ、白虎の馬鹿、遅いんですけど「ごめんにゃ、待たせたにゅあああ‥‥」遅いわよ!」
帰ってくるなり拳骨を食らい、白虎は頭を押さえる。
「さっさとキメラ退治に行くわよ」
「場所はこの辺と聞いていたが‥‥」
アレイが地図を見ながら呟く。キメラが現れたのは町から少し離れた公園、能力者達がよほどの事をしない限り住人に被害が出る事はないだろう。
「もしやアレかね」
高速艇から公園の方まで歩いた所でベーオウルフが呟く、すると滑り台に寄りかかった明らかに『人以外のモノ』の姿を確認する事が出来た。
(「‥‥はわわ、ぼ、僕のどーるいですかー」)
キメラの外見を見ながら土方が心の中で嘆く。キメラは人型の姿に耳と尻尾、確かに土方の同類に見えなくもない姿をしていた。
「あれ、誰か居る‥‥町の住人かな?」
神咲が指差すと公園のベンチに座ってうな垂れる男性がいた。
「危ないですね、避難するように言わないと‥‥」
恐らく男性からキメラの姿は確認できないのだろう。
「!」
顔を上げた時、白虎は驚きに目を見開く。うな垂れている男性、それはまさに先ほど彼が会っていた人物だったのだから。
「キリー‥‥?」
男性が呟きキリーは首を傾げたのだが、すぐに男性が誰なのか心当たりがついたのだろう。顔を真っ青にしながら「まさか‥‥馬鹿親父」と呟く。
しかし、次の瞬間――男性に気づいたキメラが男性に向かって走り出し、引っかき攻撃を仕掛け、男性はそのまま近くにあったジャングルジムに強く叩きつけられた。
それを見た能力者達は慌てて戦闘態勢を取り、キメラとの戦闘に備える。
「みなさん! この戦い、長引かせるわけには行きません!」
目の前で一般人が襲われている姿を確認し、冴木が他の能力者達に向けて叫ぶ。
「そうだね、さくっと終わらせよう」
ベーオウルフは『【OR】屠竜刀』の柄を伸ばし両手で持ち、スキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。その際にキメラは反撃をしてきたけれどそれなりに実戦経験のある彼はさらりとそれを避け、更に攻撃を続けた。
(「はわわ、まおーさまの怒りが爆発寸前ですよ‥‥何故におとーさんが巻き込まれてるですー、キリーさんの八つ当たりがー、周りへの被害がー」)
どー責任取るですかー、など土方は口にこそ出さないけれど既にパニック状態である。
「はぅぅ、しかもあの外見だと倒しづらいのですけど‥‥お仕事ですし、成仏して下さいです」
土方は呟きながらスキルを使用してキメラへと攻撃を仕掛ける。
「横に避けろ」
アレイが短く呟き、前衛で戦っていた能力者達は横に避ける。それと同時にキメラに放たれる銃弾、アレイが『真デヴァステイター』で攻撃を行い、その攻撃のおかげでキメラの動きが止まり、再び前衛の能力者達が攻撃を仕掛け始める。
「天明流・穿陣」
仮染は呟き、スキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。いつもは回避優先で戦う彼だったけれど、今回だけはいつもと戦い方を変えていた。
(「あの人が、キリーさんのお父さん」)
ちらりと負傷した男性を見る。冴木が「大丈夫ですか?」と声を掛けているのが見え、仮染は再び戦闘へと集中する。
「あまり僕達の脅威になるキメラじゃなさそうだね――それなら現れなければいいのに、どうせ僕達に倒されるんだから」
今給黎は呟きながら『真デヴァステイター』で攻撃を仕掛けた後『拳銃 黒猫』で攻撃を行う。
「キリー、僕達はキメラを倒すから怪我人を見てて。キミが一番そういうの得意でしょ」
神咲はキリーの背中を押しながら自分もキメラへと向かう。確かに治療などはサイエンティストであるキリーが一番得意だろう、しかし今回は相手が悪い事を神咲は失念していた。
怪我で呻く父親を見下ろし、拳を強く握り締めている姿を神撫だけが見ていた。キメラの方と言えば8人もの能力者に追い詰められ、既に瀕死に近く、それぞれスキルを使用して攻撃を仕掛け、倒す事に時間はかからなかった。
―― 時間と心の溝 ――
キメラを退治し終わったまでは良かった、しかしキリーの姿を見て能力者達は眉を顰める事になる。キリーに父親の治療を頼んでから多少の時間が経過しているにも関わらず、キリーは治療さえしていなかったからだ。
「私はあんたなんか治療したくない、今度は私があんたを見捨ててやる」
いつものような勢いのある口調ではなく、淡々とした、感情を見せない口調でキリーが呟く。いつもと違う口調にそれが本気なのだと他の能力者達も分かってしまう。
「腕の傷を見るたびに捨てられた事を思い出しちゃう、だからあんたなんて嫌い、大嫌い。私を突き飛ばして見捨てたクセに今頃になって会いたいなんて‥‥」
「親だって神様じゃないもの‥‥酷い奴ならキライなままでいいにゃ」
白虎がぽつりと呟き「でも」と言葉を続ける。
「今ここで決着をつけないと、その腕の傷はキリーお姉ちゃんをいつまでも追いかけてくるよ」
白虎の言葉にキリーは強く拳を握り締める
「何故、今頃になって会いたいと? それに娘を突き飛ばして怪我をさせた理由についても聞きたい」
仮染の言葉に「俺が馬鹿だったんだ、一時の感情で2人を捨てて」と白虎に言った言葉と同じ事を呟く。
「でも、病気で長くないと分かった時にキリーに会いたくなったんだ」
「会えないのは自業自得だ――お前も俺の父と同じタイプの人間だったか」
仮染の言葉にキリーが「え?」と聞き返すように視線を向ける。
「こう見えて、俺にも父がいないんでね」
「さっさと帰るわよ、そのうち誰かが気づいて手当てしてくれるでしょ」
父親に背中を見せて踵を返すと「いいんですか?」と冴木が話しかけてくる。
「今、ここで言わなきゃ一生後悔しますよ?」
「いいって言ってるでしょ! こんな奴と話す事なんてないし、時間の無駄よ」
キリーの言葉を聞いて「やれやれ」とベーオウルフが呟く。
「人の意見を最後まで聞かずに自分の意見を押し通す。これじゃ犬猫と変わらんな」
ベーオウルフの少し厳しい言葉にキリーは強く睨みつける。
「これは親父殿、もしくはキルメリア嬢のどちらにでも言えそうな言葉だが――子供が大人の思いが解らない事は罪ではない、だが大人が子供の思いを理解出来ないのは罪だ」
じろりと父親を見ながらベーオウルフが呟く。
「あのさ、確かにキリーのお父さんのした事は許されないかもしれない。キリーにとって許したくない事実だと言うのも分かる」
神撫が呟き「だけど」と言葉を続ける。
「自分が死ぬかもしれないという立場に立たされて、キリーに会いたいと思った、これは心のどこかでキリーを捨て切れなかったという事だよね」
神撫の言葉にキリーが父親を見る。
「許せないという気持ちも分からなくはないけど‥‥そこで何も聞かないままだったら何も変わらないよ」
今給黎の言葉に「はぅ、あの‥‥僕も言わずに後で後悔するよりは、言って後悔しておく方が僕は良いかも? と思うですよー」と土方も恐る恐る自分の意見を言う。
「あの‥‥皆、ありがとう――‥‥「勘違いするな、キリーお姉ちゃんの為だ」」
父親の言葉に白虎がばっさりと斬り捨てるように言葉を遮る。
「あんたの行動もマズかったな、親が子供だと思っていても、子供は案外色々と考えているものだぞ」
アレイの言葉に父親は返す言葉が見つからないようで黙ったままだった。
「‥‥私はあんたを許さない、今まで大嫌いだったんだもの、すぐに自分の考えを変えるなんて出来るわけない、だから――‥‥」
ぐ、と唇を噛み締めながらキリーは拳を強く握り締める。
「私が許してあげるまで、精々長く生きたら? このまま死ぬのも許さない、死んだら絶対に許してあげない」
それだけ呟くとキリーは手早く治療して高速艇の方へと駆けていく。恐らくあの言葉がキリーに言える最大の言葉だったのだろう。
「き、キリーさん!」
冴木、そして他の能力者達もキリーを追いかけていく。
「ありがとう‥‥キリー‥‥ありがとう」
父親が泣き崩れた後、神撫はボイスレコーダーを止めて町まで父親を送る。そして高速艇に戻るとキリーは涙をボロボロ流して泣いている最中だった。
「大丈夫、大丈夫だよ? キリーさんにはいつも私達がついてますから‥‥だから私達に出来る事は頼って」
冴木がキリーの背中をあやすように叩きながら呟く。
「思いっきり泣いたら、いつもみたいに毒舌に戻ればいいよ。キリーの沈んだ顔なんか見ても面白くないからね。重要なのは過去じゃなくてこれからだよ」
神咲が呟く。
「ま、この様子だったら心配する事はないかな。これから距離が縮まっていけばいいだろうし‥‥」
ベーオウルフは苦笑しながら呟き、能力者達は本部へと帰還していく。
後日『私が泣いた事バラしたらぶっ飛ばす』と血を連想させるような豪快な文字で書かれた手紙が能力者達の所へと送られ、キリーが完全に復活した事を知って苦笑するのだった。
END